October 27,1998

vol.9


ビートルズの英国でのセカンド・ア
ルバム「With The Beatles」。写真は
今でも店頭に置いてあるCDから。


アメリカでのデビュー盤「Meet The
Beatles!」。写真はアップル・マーク
が付いた再発もの。


1964年のオリジナル盤を手に入れる
のは難しい。それよりも、この曲も
収録されているボックス・セット「Back To Mono」を手に入れること
を薦める。

ビートルズ自身が磨ききれなかった原石

 ビートルズのセカンド・アルバム「WITH THE BEATLES」に収められている「Hold Me Tight」は、彼らの作品の中でもあまり魅力的とは言いがたい曲だ。これは、ポール・マッカートニーの作品であるが、実は2度目にリメイクされたものだったという。
最初の録音は、1963年2月11日に彼らのファースト・アルバム用としてレコーディングされたが、収録曲順を決める際に、この「Hold Me Tight」は、外されてしまった。のちのポール・マッカートニーのインタビューでも、この「Hold Me Tight」が選曲から漏れた理由として、「メロディーがいいとか、何かピンとくるものがなくてはいけないが、この曲にはそれがなかった」と語っている。しかし、本当にそう思っていたのなら、なぜ1963年9月12日に再録音を試みたのだろうか。この曲を単に習作として捨ててしまうには惜しい何かがあると、ポールは感じていたのではないか。アルバム用の曲が足りなかったとは考えにくいことから、プロデューサーのジョージ・マーティンも同じように思っていたのだろう。
 結果として、ジョージ・マーティンもポールも適切な調理法を見つけられないまま、中途半端な料理を皿に盛ってしまった。それでも、アメリカでのデビュー・アルバムとなった「MEET THE BEATLES」にも収められることになったわけだが。
 フィル・スペクターは、ビートルズのアメリカ上陸記念にちなみ、「Ringo, I Love You」を献上したが、これはよくあるノベルティー・ソングのひとつに過ぎなかった。続いて、スペクターは、「Ringo, I Love You」をいっしょに書いたピーター・アンドレオリとヴィンセント・ポンシア・ジュニアのふたりを「ザ・トレジャーズ」というグループに仕立てあげ、ビートルズの作品「Hold Me Tight」をカヴァーした。この曲が単に「MEET THE BEATLES」に収められていたというだけではなく、おそらく、スペクターもこの曲に対してピンとくるものを感じていたに違いない。そして、それが生煮えの料理であり、自分なら完璧な調理ができる自信があったからこそ、あえて取り上げたのだろう。事実、できあがりは、ホワイト・ドゥーワップのエッセンスにユニークなリズムをあしらうという、オリジナルとはまったく違ったすばらしい一品料理だった。これは、当時のビートルズやジョージ・マーティンにとって逆立ちしても作れないサウンドである。
 ザ・トレジャーズのカヴァー・ヴァージョンは1964年の2月にゴールドスター・スタジオでレコーディングが行なわれた。ジャック・ニッチェがアレンジを施し、ラリー・レヴィンがエンジニアを務めるという、いつもと同じ布陣であるが、フィレス・レーベルからではなく、新たに作られたサブ・レーベルの「Shirley」から1964年の春にリリースされた。この「シャーリー・レーベル」は、スペクターの姉の名前から取られたものである。なお、このシャーリー・レーベルからは、ザ・トレジャーズの1枚だけしかリリースされなかった。もともとビジネス色の薄いレーベルであったため、ヒットを望んではいなかったが、フィレス・レーベルからリリースされていたら話は違っていたかもしれないほどの傑作だ。と同時に、改めてポール・マッカートニーの力を認識させる1枚でもある。この曲をビートルズの歌でしか知らない人は不幸といっていい。ビートルズを越えた唯一のビートルズ・カヴァーであるといっても過言ではないからだ。



1976年に発表された、ディスコ・ブームに対するアンチテーゼ。布谷文夫がシャウトするジャパニーズ・ダンス・ミュージック。
ジャケットに載っている振り付をマスターすれば、トラボルタを打ち負かして盆踊りのスターに!!


「The Wah Watusi」と「Mashed Potato Time」が収録されている
The Crystals Sing The Greatest Hits
(Philles 4003)。1963年のリリース。
しかし、「Mashed Potato Time」を
実際に歌っているのは、ロネッツのヴェロニカ・べネット。「The Wah Watusi」は、ネドラ・タリー。


スペクターのB面は、侮れない。




カラオケ付レコードの元祖
フィレス・レコード

 日本で最初のカラオケ付レコードとされているのが、大瀧詠一氏が主宰するナイアガラ・レコードから1976年にリリースされたシングル、「ナイアガラ音頭」だ。このシングルのB面に、「あなたが唄うナイアガラ音頭」というタイトルでA面のカラオケが収められており、それに合わせて歌い録音したテープの募集までしていたのである。今では常識となっている「カラオケ付」だが、76年当時では、まったく理解されず、「手を抜いた」という批判すらあったらしい。大瀧詠一の昨年のヒット曲「幸せな結末」にカラオケが付いていないのは、21年前の、この経緯があったからだという。
 その1976年前後にFM東京(現TOKYO FM)の土曜の昼下がりに放送されていた、すぎやまこういち氏がパーソナリティを務める番組「パディスコ・サウンド・イン(正確な番組名ではないかもしれない)」の中で「歌ってみよう」という人気コーナーがあった。毎週1曲、まず、歌入りをワン・コーラス流し、すぎやま氏がワンポイント・アドバイスを付け加えて、カラオケをフルコーラスを流す、というものだった。もちろんカラオケは、レコードに使用しているオリジナルである。そのため、ダブル・ボーカルの部分は、当然その歌手の声が聴こえてくる。取り上げられた曲は、山口百恵の「横須賀ストーリー」、キャンディースの「夏が来た」、「哀愁のシンフォニー」、ピンクレディーの「ペッパー警部」、「SOS」、太田裕美の「赤いハイヒール」、森田公一とトップギャランの「青春時代」、清水健太郎の「失恋レストラン」、郷ひろみの「あなたがいたからぼくがいた」など、若者向けのヒット曲ばかりで、今考えると、その後訪れるカラオケ・ボックス・ブームを十分予感させるものがある。
 ところで、カラオケ入りのシングル盤を最初にリリースしたのは、フィル・スペクターであった。彼の場合は、文字どおりの手抜きで、B面を適当に誤魔化しただけではあるが。
 クリスタルズの3枚目のアルバムに収録された「The Wah Watusi」のカラオケが、上で取り上げたトレジャーズのB面に、「Peet Meets Vinnie」というタイトルで収められている。ただし、回転数を33回転に落とさないと自然な音で聴くことができない。「The Wah Watusi」は、男性1人女性3人からなる黒人グループ、ジ・オーロンズの1962年のヒット・ナンバーだ。また、ボニー・ジョー・メイソンの「Ringo, I Love You」のB面である「Beatle Blues」は、やはりクリスタルズがカヴァーした「Mashed Potato Time」のカラオケ。これも、ジ・オーロンズと同じカメオ・パークウェイ・レコードのシンガー、ディー・ディー・シャープの1962年の大ヒット曲。

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