4:カウントダウン

 山野ミユは既に第三東京市に潜入していた。
 と言うより、そこは既に放棄されていたから侵入したこと自体にどうという意味は無かった。彼女の任務は情報収集という漠然としたものだったし、任務をどう解釈するか、それは彼女自身に委ねられていた。直属の指揮官である加持リョウジもそう了解しているし、命令者であるマリア=ロフスカヤ=エッケナーの意志もそうだった。
 機会があればジオフロントに入り込むのも悪くはないけど、と彼女は思案した。
 機会があれば入り込むのも悪くはないけど、そううまくいくかしらね。それまでは、周辺で情報を拾うしかない。そうして手に入れられる情報と言えば・・・。
 そうね。「同業者」の動きを探ることはできるかな。
 そう意識してみると、この周辺は確かに諸々の諜報機関の格好の遊び場だった。一日観察しているだけで、少なくとも内調や戦自の諜報員らしき人物は確認できた。
・・・まあいいか、しばらくは泳がせておいてあげる。
 日が傾いている。「散歩」にも飽きた彼女はその足を爆心地の方へ向けた。そこは湖になっているはずだった。

 湖岸には瓦礫が散乱していた。かつては街だった周辺には、雑多な諸々の残骸が無秩序に転がっている。岸辺水面にも、電柱や看板、建物のなれの果てが突きだして異様な光景を生み出していた。
 視線の先に、どういう訳か比較的原型をとどめている石像があった。何の像かはよく分からないが、そんな事は彼女にとってどうでもいい事だった。彼女がそれに目を留めたのは、その傍らに少年の後ろ姿を認めたからだった。中学校の制服姿のその少年は、飽きもせずじっと湖面を眺めているようだった。
 不意に少年が振り向いた。
 風になびく銀色の髪と白い肌をミユの視角が捉える。しかしそれよりも、彼女は相手の気配から全てを察し、反射的に身構えていた。
 彼女は相手が何なのかを知らされていた。
・・・よもやこんなに早く出会うことになるとはね・・・。
 少年はその血の色のような赤い瞳でじっと彼女を見つめていたが、すぐにそんな彼女のしぐさを笑うように表情を緩めた。
「・・・やあ。そんなに怖い顔をしないでくれないかな」
 穏やかな表情にふさわしい、穏やかな声だった。敵意とかそういったものはまるで感じられない、むしろ楽しげにすら聞こえる。ミユが黙っていると、少年は思案するように視線を巡らせた。
「そうだね、やはり君も来ていたんだね。彼らも予想するべきだったかな・・・僕には分かっていたような気がするけど」
「・・・」
「少し白々しい気もするけど、自己紹介しておくよ。僕はカヲル、渚カヲル。よろしく、ミユさん」
 微笑む少年。ミユの表情は変わらない。
「・・・あたしを知っているのね」
「君が僕を知っているようにね。ああ、気にしなくていいよ、彼らは僕ほどに君を知らないはずだし、僕が教える必要もないから」
「・・・そう」
 ミユは構えていた右手を降ろした。その掌の陽炎のようなゆらめきが消える。それを認めたカヲルは一つ頷いた。
「ありがとう。僕は君とは争いたくないんだ」
「・・・」
 今、ここでやりあった所で何にもならない。いいところ差し違え、悪くすれば返り討ちに遭うだろう。何せこの子は・・・。
 首を振ると、ミユは石像にもたれかかった。
「ここで何をしてるの?」
「人を待っているんだよ」
「人?待ってるって?」
「そう、人をね。今の僕にとってはそれが一番大切な事なんだ」
「・・・」
 沈黙。カヲルは何か思案している風情だったが、一つ首を振ると再び口を開いた。
「そうだ。君に一つお願いがあるんだけど」
 彼もまた、石像にもたれかかった。視線を天に向け、微笑をたたえつつ声だけミユに向ける。
「・・・なに?」
「時間が欲しいんだ」
 ミユは思わず少年の横顔をみつめた。カヲルは相変わらず空を見上げたままだ。
「時間?」
「そう。ほんのしばらくでいい、僕たちをそっとしておいて欲しいんだ。僕と・・・僕と出会う事になっている、その人を」
「駄目って言ったら?」
「君は優しいひとだからね、そんな事は言わないよ。それに、これからどうなるかも僕にはある程度分かっているんだ。君たちに迷惑は掛けない」
 淀みなくカヲルはそう言った。その表情に作為的な何かは感じられなかった。
 ミユは何も言わず、横目で少年の横顔を眺める。また少し笑うと、カヲルは続けた。
「僕は僕なんだ。他の誰でもない。そして君たちは君たちだ。やはり、他の誰でもない。僕はそれを分かっているつもりだよ」
「・・・」
「やがて訪れる審判の刻に・・・君たちが自分で道を選ぶこと、それを妨げるつもりはないし、僕にそんなことはできない。だから」
 淡々と続けるカヲル。ミユはその金色の瞳を閃かせた。その口元に、微かな笑みが浮かぶ。
・・・そう、そういう事なの。こんな事って・・・あるものなのね。
「いいわ」
 ミユはそう呟くと、風のように身体を翻した。
「いいわ、あなたに時間をあげる。アトロポスの鋏を自分で振るうつもりだというなら、そうするといい。そういう事なら、待ってあげる」
「君は詩人のようだね。面白い事を言うよ」
 カヲルはさも楽しそうに笑った。屈託のない笑顔だった。
「アトロポスの鋏、か・・・いいねえ。あるいは、ギャラルホルンの最初の響き、と言ってもいいかな。僕たちにとって生と死は等価値だからね」
・・・生と死は等価値?どういう意味だろう。
 聞き返そうかとも思ったが、彼女はそうしなかった。その必要はないと思ったからだった。
「それじゃ、邪魔をしちゃ悪いからあたしは行くね。安心して、約束は守るから」
「ありがとう・・・あ、一つ聞いておこうかな」
 カヲルはいたずらっぽく笑った。
「君は運命というものを信じる方かな?」
 ミユも笑う。彼女の方は、唇の端だけで。
「さあ?もって生まれてしまったものは運命だと思うしかないのかも知れない、でもそれからどうするかは自分で決める事。そこまで運命のせいにするのは、ただの責任逃れよね。あたしはそう思うけれど」
「なるほどね。同感だよ」
 一つ頷く。相変わらず、楽しそうな表情だった。何がそんなに楽しいのか、ミユには分からなかったが。
 
 湖岸から立ち去ったミユは、その途中でまた一人の少年とすれ違った。
 彼女は彼も知っていた。彼の名は碇シンジと言うはずだった。
 その華奢な後ろ姿を振り返りながら、彼女は自分の予感が当たっていた事に満足と不安を覚えた。
・・・渚カヲル。あなた、一体何を、どこまで考えているの?
 少し困った事になったかも知れない、と思う。相談してみる必要があるかも知れない。


 その数日後、相模湾。
 それは水深20メートルの水中を這うような速度で航行していた。
「相模湾というのは意外に潮流が強いんですね。私知りませんでした」
 海洋調査船「アーケデイア」搭載の水中作業艇「ナンタケット」。その操縦席に座っているのはルリだった。両手をコントロールパネルの上に置き、そこからダイレクトコントロールを行っているその姿はかなり異様だった。席の周囲には数々のメーターだのインジケーターだのが並んでいるが、彼女はその一つ一つに目を配っているらしい。
「気を抜いたら流されてしまいます。あ、安心して下さい、気を抜くような事はありませんから」
 電動モーターの低いうなりが続いている。この潜水艇は「アーケデイア」とケーブルで繋がれており、電源はそこから供給される。万一ケーブル切断などで電源が断たれた場合は艇内のバッテリーで短時間の航行が可能だが、ほとんど補助的な意味しかない。そういう意味で、この艇はエヴァンゲリオンに似ているかも知れない。
「あとどのくらいかかるのかしら?」
 狭く固い座席にいい加減うんざりした笠置ミユキが呻くように呟いた。「ナンタケット」の狭い艇内にはルリと彼女の二人だけだ。定員は6名だから本来もっと余裕があるはずだったが、艇内一杯に貨物を積んでいる為狭苦しい事この上ない。
「あと5分くらいで目的地です。もう少し我慢してください」
「ああ、そう・・・」
 元々DSRV(深海救難艇。遭難した潜水艦から乗員を救出する為の特殊潜水艇)だったものを改造した艇である為、「ナンタケット」は操縦性は軽快だったが船足は著しく遅かった。しかも潮流に逆らって航行しているせいで、「アーケデイア」から目的地点までせいぜい10キロ程度の距離を移動するのに1時間以上かかっている。
 またしばらく無言の時間が過ぎる。しかしその静寂は突然破れた。
「停止します」
 ルリがただそれだけ呟くように言うと、艇のモーターが停止した。推力を失った艇は、しばらく惰性で前進した後で行き足を失った。
「・・・着いたの?」
「いいえ、そうじゃありません。付近に所属不明の潜水艦がいるようです。母船から連絡がありました・・・しばらくここで待機します」
「所属不明の潜水艦?エスコートじゃないの?」
「違います。「うずしお」ではありません」
 この艇には探知用ソナーなどという高級なものはついていない。外で何が起きているかは、母船からの連絡で知るしか無い。しかし状況を考えれば、だいたいの見当はつく。
「・・・相模湾に入り込んでくるとは、無茶な奴もいるものね」
「やはり国連軍でしょうか」
「多分ね。まあ、しばらくここで黙ってるしかないでしょ。「うずしお」が何とかしてくれるはずだし・・・」
 ミユキは後輩の事を思い起こす。あの後一度会ったが、彼女が見ても「いい潜水艦乗り」に育っているようだった。

 潜水艦「うずしお」は、相模湾の入り口付近の潜望鏡深度で待機していた。受けた命令が相模湾海域の監視という漠然としたものだったのは気に入らない所だった。こんな浅くて狭い水域に何があるというのだ、そう彼らは思ったが、しかし彼らの網に掛かった相手は予想以上の大物だった。何かあるな、そう思っていた者も少なくはなかったが、発生した状況はそれを裏付けるものだった。
「不明艦は恐らく21級」
 その報告に、艦長宗谷二佐と副長天城一尉は期せずして同じような嘆声をあげた。最近ますますこの二人の息は合ってきており、乗員達の罪のない冗談の種にされているほどだった。
 しかし、そうでなくてもこの海域に21級・・・SSN-21、いわゆるシーウルフ級・・・がいるのは驚くべき事実だった。何せ三隻しか建造されず現在生き残っているのはたった一隻という「レア」な艦だし、合衆国がその技術の粋を集め史上最強を自負する攻撃型原潜なのだ。
「この浅海にあいつを持ち込むとはな・・・無茶をする」
「何のつもりでしょうか」
「副長はどう思う」
 天城は少し首を傾げた。狭い発令所内はいつものように静まり返っており、それぞれの任務にあたっている乗員達も二人の会話に耳を傾けているようだった。
「・・・偵察任務、でしょうか・・・」
「違うな。それならわざわざこんな場所にあんなでかい艦は持ち込まんよ」
 言いながら、宗谷も考えている。
・・・偵察ではない。SEALSの侵入任務か?いや、それも無いな。ここは日本だ、特殊部隊を投入するにしても潜水艦で運ぶなんて事はせず堂々と入国させればそれでいい。では何だ?偵察ではない、偵察ではない・・・いや、待てよ。
・・・そういう事か?
「副長」
「はい」
「案外正しいかも知れんぞ、偵察というのも」
 戸惑う副長の表情を見物しながら、彼は続けた。
「多分これは威力偵察という奴だな。ああやってここに入り込み、こちらの出方を見ているんだ」
「では・・・いずれあの21級はここへ入り込んで何かやるつもりなんでしょうか?そうでなければこんな事をする意味がありませんし」
 そうそう、いいじゃないか。最近すっかりこの女の事を気に入っている宗谷は腹の中で何度も頷きつつ、実際には小さく表情を歪めてみせた。
「そうだな」
「それでは何をするつもりなのか、という事ですが・・・」
「うむ・・・」
 宗谷は海図を睨んだ。何が悲しくて、わさわざこんな浅い海に入り込む必要がある?オライオン改(対潜哨戒機P-3GJ)に食い付かれたら一巻の終わりじゃないか。
 そこまでの危険を犯す意味とは、何だ?
 その傍らで同じように海図を見つめていた天城は、不意にコンパスを取り出すと現在の21級の位置を取り、続いて箱根山中の一点の位置を取った。その二点を測定しているのだ。
「副長?」
「いえ、ちょっとした思いつきなんですが」
 視線を上げず、二点を睨む。箱根側の点を一瞥した宗谷はそれが何を示している点かに思いを巡らせ、その一瞬後にそれに気付いた。
「・・・聞こう。続けてくれ」
「はい。彼らの意図が分からないので、この周辺で最も戦略的に重要な地点がどこかを考えてみたんです。そうしたら」
「第三新東京市、だな」
「ええ、そう考えるのが妥当です。では21級がここから第三新東京市へ向けて何をするつもり・・・なのか・・・」
 喋りながら考えていたらしい天城の言葉が途切れた。同時に宗谷もそれに気付く。
「そうか!」
「はい、そうです。あの21級は恐らく、ここからあそこを攻撃・・・恐らく巡航ミサイルでも撃ち込むつもりなんじゃないでしょうか」
「そのリハーサルをやっているわけだな」
「そうとしか考えられません」
 宗谷は腕組みすると、発令所の壁にもたれかかった。天井と海図を交互に眺める。
「・・・まずいものを見ちまったかな・・・」
 天城は無言。その中で、彼女は彼女なりに思案している。
・・・合衆国海軍、いや国連軍が第三新東京市を攻撃する意味があるのかしら?だいたい、あそこはこないだの事故で大半が消滅してしまったはずなのに・・・。
 彼女の持っている情報量ではそのあたりの推量が限度だったし、宗谷も似たようなものだった。良かれ悪しかれ彼らは潜水艦の艦長と副長に過ぎない。出来ることは限られている。
「どうする」
 宗谷が呟くように言う。しかしその意志は既に決まっているようだった。
「・・・気付いていないふりをするか」
「そうですね。状況を上に報告するだけにしておきましょう。本番の時に叩ければそれでいいと思います」
「うむ。手の中で泳がせていた方がいいな」
「連中にはどう連絡しておきますか?」
「そうだな・・・」
 思案してみる。打てる手はいくつも無かったが、その場その場でベストだと思う手をとるしか無い。取りあえず今の任務はこのあたりの監視だし、あの生意気な21級についても手を打つ必要がある。その両方を満たす手は・・・と。
「よし。司令部宛に打電、暗号文だ。ブイと衛星回線を使えば気付かれないで済むだろう」
 手はあった。妙手かどうかは知らないが。

 「うずしお」が曳航している通信ブイから発信された緊急電は、通信衛星を経由して浜松の潜水艦隊司令部、呉の自衛艦隊司令部へ届けられた。司令部幕僚たちは多少戸惑ったが、すぐに宗谷たちの見解が妥当だと判断した。
 宗谷が要請したのは対潜哨戒機の派遣だった。相模湾は厚木にホームベースを置く対潜航空集団のお膝元である為、オライオン改が飛び回っても不自然ではない。こちらが気付いたことを悟られずに21級にプレッシャーを掛けられるのではないか、という訳だった。彼らは直ちに厚木基地に指示を飛ばした。
 同時に、極秘のうちに海幕監部から「アーケデイア」にも指示が出された。しばらく待機されたし、という内容である。

 厚木基地を離陸したロッキード/川崎P-3GJオライオン改は3機。彼らは緊急出動訓練という名目で駆り出され、相模湾のど真ん中にソノブイを投下するように指示されていた。
「一体全体なんでまたあんな所にソノブイを落とすんだ?」
 若いパイロットはぼやいたが、まあ訓練だからな、と思い直す。
「あそこならブイを回収しやすいですからね。ソノブイもタダじゃないんですし」
 ヴェテランの音響員はそう言い返しながら、心中ではニヤニヤと笑っていた。「甲羅に苔が生えている」彼には、おおよその見当がついている。
・・・どうせヤバめの何かが入り込んだんだろうさ。
「目標地点を視認、ファイナルアプローチ」
「よし、ソノブイ投下開始」
「了解、投下開始。派手にやってやりますか」
 3機のオライオン改は低空侵入を開始する。

 大型ターボプロップ機の爆音と落水音、それに続く騒がしい探信音波の合唱。やれやれ、派手にやってくれた訳だ。
 それにしても反応が早いが、宗谷はそう思った。普段からこういう対応をしてくれれば俺も楽なんだがなあ。具申電打ってすぐじゃないか。
「21級、反転します。辟易したようですね」
 ソナー室からの報告に、天城も表情を緩めている。しかし彼女もまた、宗谷と同じ疑問を持ったようだった。
「それにしても対応が早いですね。やはりわけありなんでしょうか」
「そんな所だろうな。なにをやっているかは知らんが・・・」
 何か隠したい事でもあるんだろうか?しかし相模湾にそんなものがあるものだろうかね・・・。
 宗谷は制帽を取ると、それを指先でくるくると回した。彼が自分の任務の意味に気付くのは、しばらく先の事になる。

「排除したようですね。移動を再開します」
 あれは厚木のオライオンでしょうね。先ほどまで「ナンタケット」の艇体を叩いていた音波がソノブイの探信音波である事をミユキは承知していた。待ち時間が30分を越え、いい加減うんざりしてうとうとしていた彼女を叩き起こしたのはそのやかましい音響だった。潜水艦に乗った経験がない彼女にも、あの音波が潜水艦乗りの神経をさぞ痛めつけるだろう事は充分理解できた。
 低いモーター音が戻り、「ナンタケット」は再び進み始める。
「気付かれたでしょうか」
 とルリ。彼女は待機中もずっと同じ姿勢のまま操縦席に座っていたらしい。
「向こうがアクティヴソナーを使った形跡は無いわね。パッシヴだけではこの艇は捉えきれないと思うから、多分大丈夫でしょ」
「それならいいんですけど。この船に乗っているのは不安です。感覚が狭くなってしまって」
 ミユキは無言のままこの少女の後ろ姿を眺める。
・・・感覚が狭くなる、か。確かにあなたにならそうなんでしょう。
 この娘が一体何者なのか、ミユキはある程度知っていた。新型のMMI(マン=マシン=インタフェイス)の試験者。システムが対応さえしていれば、彼女はそれと同一化する事ができる。まるでSFのようだが、彼女はそういうように創られていた。各種センサを自分の感覚とし、ネットワーク内に自分の意識を投影させ、それらを思いのままに操る。いわばワイヤードの理想型、電脳世界の新たな扉を開く新技術の鍵がこのルリという少女だ。
 学生時代にネットワークとコンピュータの可能性に惚れ込み、それに熱中したミユキにはそれがどれほど素晴らしく、かつ恐ろしいものであるかがよく分かる。かつて夢見たものの一つの答えが、少女時代に読みふけったサイバーパンク小説の世界が、現実のものとなってここに存在しているのだ。
・・・電子の妖精、あるいは新時代の女神?全くとんでもない・・・。
 そういうものの間近にいる事に、彼女は言いようのない高揚と不安を同時に感じている。しかし、それより先に彼女には任務があった。それには、この無口な少女の力が必要なのだ。
「着きました。現在「あすか」の真下、これより接舷します」
「よろしくお願いね」
 しばし沈黙の時間が流れる。程なくして、ルリが突然口を開いた。
「NERVからのハッキング撃退、あれって笠置さんなんですよね?」
 虚を衝かれた格好のミユキは多少戸惑う。
「・・・ミユキでいいわよ、ルリちゃん」
「はい・・・じゃあミユキさん、だったんですか」
「・・・ええ、そうよ」
 何でその事を知っているんだ、とも思ったが、まあこの子が「やまと」の事を何でも知っていても不思議はないのかも知れない。ミユキが答えると、ルリは微笑した。
「経過を見せて貰いました。素晴らしいと思います。普通はあそこまで思い切った対抗処置はできないですから」
「ありがと。でも、あれはやりやすい相手だったからね」
「そうですか」
「ええ。手段を選ばないようなクラッカー相手だったらもっと頭が痛い所だったけど、あの時は相手の目的も分かっていたし・・・それにプライドを持ってる相手だったから。NERVの赤木リツコってのは相当なものよ、会ったことは無いけどね」
「そうなんですか」
「ええ、多分ね。あれだけのシステムを組んだ人だし、攻撃の手際も引き際の思い切りの良さも大したものだった。結構面白かったわね、あれは」
「・・・」
 軽い振動が艇を揺さぶる。
 どうやら「あすか」の拘束アームに捕まったようだった。こうなれば後はルリにもする事がない。このまま吊り上げられて固定されるのを待つだけだ。彼女は一つ息をつくと、体を固定していたシートベルトを外してミユキの方を振り向いた。
「笠置さんは知っていますか?」
 少しためらったあとで、彼女はそう言った。
「・・・何を?」
「赤木博士のことです。あの後、彼女がどうなったか」
「え?」
「理由は知りませんが、彼女は今身柄を拘束されているはずです。NERVの碇司令の命令らしいんですけどね」
「・・・」
 まさかあの攻撃が失敗したからだろうか。だとしたら・・・いや、馬鹿げた同情だ、ミユキは首を振った。優秀で惜しい人材かもしれないが、所詮は「敵」だ。どうということはない・・・。
 そんな心中はお構いなしに、ルリは言葉を継いだ。
「赤木博士は碇司令の腹心と言われていましたから、本当に理由が分からないんです。どうも内部でもめているみたいですね、NERVも」
「・・・そう。よく知っているのね」
「その程度の動きならMAGIにちょっかいを出さなくても探り出せます。他にもまあ、いろいろと」
 ミユキは加持たちの動きの事までは知らなかったが、この娘ならその程度の情報を探り出す事も可能なのだろうと思った。自分たちが端末を介して色々苦労しつつ行うような作業も、彼女なら自分の手足を動かすような容易さでこなすことができるのだろう。全く、羨ましくもあり恐ろしくもある・・・。
「・・・ああ、そうだ」
 ミユキは少し首を傾げた。この間カスミから聞いた話・・・ええと・・・。
「作戦部長がどうなったかは、分かる?」
「作戦部長・・・ああ、葛城ミサトさんの事ですね」
 どういう訳か、ルリはミサトのことはさん付けで呼んだ。それがちょっと引っかかったが、敢えて聞き流す。
「ええ、そう」
「彼女の周囲には表だった変化は無いみたいですね。ただ、まわりで監察部の動きが活発化しているようですけど」
 やはりか。
 彼女は妹と葛城作戦部長が接触している事を知っていた。もしもそれが原因だとすると、まずい事になる。
「・・・理由は分かるかしら」
「さあ?ただ、元々監察から目をつけられる要素はあったようですね」
「そう・・・」
 また、艇が大きく揺れた。その後で何かが艇に当たる固い振動が伝わってくる。
「あ、揚収が終わったようですね。お疲れさまです、到着です」
 ブザー音がして、艇上部の水密ハッチが開く。そこから這い出すように外に出ると、ミユキは胸一杯に潮風を吸い込んだ。今まで密閉された空間にいた分、この解放感というのはたまらない。やはり私はサブマリナーにはなれないな、と思う。
 遅れてルリもハッチから出てきた。その多少危なっかしい足取りに、ミユキは思わずその薄い肩を掴んだ。
「あ・・・」
「気を付けないと落ちるわよ」
 微笑する。こうしてみると、まるっきり普通の少女にも思える。ルリの方も、ぎこちない笑顔を見せた。
 艇は「あすか」の艦尾に特設された揚収用拘束アームで固定されていた。そこから細いラッタルが差し掛けられている。貨物の方は、移動式の小型クレーンで揚げるつもりらしい。艦尾作業所の上から、若い三尉がこちらに向けて敬礼している。どこかで見たことのある顔だった。
「お久しぶりです、生徒監殿」
 ラッタルを登ると、その三尉は親しげな笑顔を見せた。ミユキが幹部学校の生徒監だった頃に生徒だった響という男だ。海自というのも意外に狭い世界で、こうして顔を知っている者と会う事も多い。
「ああ、響君ね。久しぶり、今はこの艦に?」
 響は生徒時代と変わらない笑顔を見せた。最初は多少気障が目立つ男だったが、江田島の一年は彼もまた気持ちの良い「潮風の匂いのする士官」に変えたのだった。
「はい、本艦の砲術士を。今回の任務中は一佐殿付きを命じられています」
 「あすか」の艦長はミユキの同期だ。これもどうも彼の計らいらしい。彼女は苦笑した。
「そう。まあ、よろしくね。頑張ってるみたいじゃない」
「あはは・・・鬼の笠置生徒監殿相手ですからね。だらけた所は見せられませんよ」
 言われたミユキも苦笑いする。響はその傍らのルリに目を留めると、その視線に合わせるようにしゃがみこんだ。
「やあお嬢ちゃん、こんにちは。君がルリちゃんだね」
 にこやかな笑顔を見せる彼に、彼女はいつも通りの無表情な視線を向けた。
「・・・こんにちは」
「僕が君たちのお世話をすることになってるから、何かあったら何でも言ってね。狭い船だけど、なるべく楽しくやりたいと思ってる」
「・・・」
「響君、彼女をただの子供だと思わない方がいいわよ。多分キミより切れるんじゃないかしらね」
 ミユキが口を挟むと、響は頭をかいた。
「聞いてますよ。今回の話の中核なんですってね。でも任務は任務、他は他ですよ。こんなかわいい子をむげに扱えるほど、自分は冷血じゃないです」
 あんたロリコンの気があったっけ、と軽口を叩こうとしたミユキより先に、ルリは小首を傾げるようにして口を開いた。
「・・・私、そんなに子供に見えますか」
 響は明らかに狼狽したようだった。慌てて首を振る。
「え・・・いや、そういう訳じゃないんだ。気を悪くしたかな」
「いえ、いいんです。慣れてますから。それに私、少女ですから」
「・・・」
 毒気を抜かれたような彼の肩を、ミユキは軽く叩く。
「そういうこと。気をつけるのね、女の子の扱いは弾薬よりも慎重にって、昔教えた事があるはずだけど」
「は、はあ・・・」
 響は苦笑いすると、背筋を延ばし任務中の若手幹部の姿に戻った。
「では、こちらは積み荷の揚収作業に入ります。その間に一佐殿たちは艦橋へどうぞ、艦長がお待ちです」
「よろしく頼むわね」
 答礼。響が揚収指揮所に戻ると、ルリが首を傾げた。
「・・・鬼の笠置生徒監殿って、ミユキさんの事なんですか」
「ふふっ、そう呼ばれた事もあるかしら」
「生徒監っていうのは?」
「ああ、知らないわよね。江田島・・・海上自衛隊の幹部学校は全寮制で、幹部生徒は生徒隊っていうグループに分けられるのよ。その生徒隊につく現役幹部が生徒監。生徒隊のお目付役ってとこね」
「怖かったんですか」
「ま、怖かったんでしょうね。鬼って言われてたらしいし」
「ちょっと信じられないですね、今のミユキさん見てると。でも」
 ルリはまた首を傾げる。
「さっきの人は怖がっていないようでしたよ、鬼って言ってましたけど」
 不思議そうなその様子に、ミユキは思わず吹き出した。
「あはは・・・時が過ぎるとね、何でもいい思い出になるのよ。響君も懐かしく思ってくれてるんでしょうね、あの頃は随分手を焼いたけど・・・」
「・・・私にはちょっと不思議な気がします」
「ルリちゃんはまだ14歳でしょ?子供扱いするつもりは無いけど、もう少し長く生きると色々分かってくる事もあると思うな」
「そうですか」
 一瞬だけルリは表情を曇らせたが、すぐに首を振った。笑顔のようなものを浮かべてみせる。
「・・・そうですよね。生きてみないと分からない事ってあるんでしょうね」

 新横須賀通いが多いとは言え、彼のオフィスも黒部の統合指揮所内にある。久しぶりにここに戻ってきた戦略自衛隊幕僚長羽黒シゲアキ戦将は、部下から情勢の報告を聞くと一人この部屋に籠もった。
 彼は一人で沈思黙考する事が好きだった。他人と話し合いながら考えて事を進めるようなやり方は苦手、というより嫌いだった。それは外務省にいた頃から変わらない。
 電話が鳴る。受話器を取り、短く受け答えをすると、彼はすぐにそれを置いた。電話は彼の古巣からで、今はその北米二課長を務める同期の友人からのものだった。
 じっと卓上の地球儀を睨む。
・・・ニューサンディエゴの動きが妙らしい。パールハーバーも騒がしいらしいが、その類の情報は君のところの方が早いだろう。あと、どうも合衆国がDEFCONを二段階内密に上げたらしい。州兵の動員も開始されたそうだ。なんともキナ臭いぞ、お互い気を付けよう。
 早口にそう言って電話は切れた。サンディエゴと真珠湾の事は知っていたが、DEFCONの話は初耳だ。さすがに外務省だけあって、軍事情報でもこうした類のネタを掴むのは早い。
 彼が向かっている端末のCRTには、諜報部から上がってきた最新の報告が表示されていた。中でも目立っているのは、東海岸の工廠でモスボール解除工事中だった戦艦「モンタナ」「ニューハンプシャー」が工期を切り上げてパナマを通過したこと、インド洋西部で「旗見せ」をやっていた空母「ロナルド=レーガン」の任務群が予定を切り上げたことだった。
 国連艦隊主力は現在オーストラリアのダーウィンに集結している。セカンドインパクトの大惨事の際、南極から見るとちょうどオーストラリア大陸の陰になっていたため被害が少なかったこの港町は、災害調査の拠点になった事が縁になって国連艦隊の母港となっていた。
 かつて外務官僚だった彼は、これらが一体何を意味しているのかを外交的角度から理解することができた。諜報部の活動はその理解を裏付けている。ここしばらく、戦自だけでなく各自衛隊、政府、そして諸外国の情報組織はその活動を一層活発化させている。
・・・締め上げて来やがる・・・。
 「はやとも」被弾事件にしても、あれは間違いなく謀略、たちの悪いペテンだ。海自のバカどもは慌てて舞鶴に戦力をシフトしているが、高麗に日本とやりあうつもりなどある訳がない。彼らは通商上日本に依存している部分が大きいし、「島」は現に彼らが占拠しているのだから今更武力を振るう理由もない。あの事件は間違いなく何かのトリックだ、乗ると痛い目に遭う。
・・・かと言って。
 かと言って、日本政府が音無しの構えを取っているのはそれを見抜いているからでは無い。かつて外務省にいた彼には、それがよく分かっているつもりだった。彼らはただ嵐が過ぎ去るのを頭を下げて待っているだけだ、いつものように。
 まあ、それはいい。
 それはいいのだが、ではトリックのタネはどこにある?
 彼はここしばらくそれを考えていたのだが、どうやらその結論が出たと考えて良さそうだった。ボクシングを考えてみればいい、腹にジャブを当ててガードを下げるのは、顔面にストレートを入れたいからだ。北に目を向けさせたのは、南を衝くつもりなのだ。
 国連軍が日本に対して何かの行動を起こそうとしているのは間違いない。
 彼は眼鏡のずれを直すと、秘話装置付きの電話機に手を掛けた。彼は彼の責務を果たさねばならなかった。







龍牙さんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「ああ、前回に続き二回連続の登場! 僕はうれしいよ!」

アスカ「ったく、こんな燃え滓みたいなやつだして、何が楽しいのかしらね」

カヲル「燃え滓とはあんまりな言い方じゃないか。よく燃えると言ってくれれば良いのだが」

アスカ「・・・・アンタ、どういう意味でその言葉使ってるのか分かってるの?」

カヲル「分かってるからちょっとぼけてみただけじゃないか」

アスカ「ここでのボケは尋常じゃないツッコミを生むわよ」

カヲル「ほらほら、そこでガソリンとライターを取り出さない取り出さない」

アスカ「ふっ。まあいいわ。しかしあの小娘、ついに年上にまでねらわれるようになったわね。ロリコンキラーとはまたいい命名じゃないの、あっはっは〜」

カヲル「・・・・誰が命名したんだい、誰が(汗)」

アスカ「誰でしょうね〜」

カヲル「でも考えてみれば」

アスカ「ん?」

カヲル「なんだかんだ言っても君もまだ14歳。うん」

アスカ「・・・・何が言いたいの?」

カヲル「いや、これ以上は歌舞伎町に行かないと話せない内容だから、やめておくよ」

アスカ「・・・・・・」

カヲル「しかし、次の僕の活躍が楽しみだよ。いったいどういう風に鳴るんだろうな〜」

アスカ「どーせべちょぐちょのぎっちゃぎちゃのぺぺいのぺ〜って感じでしょ。決まってんじゃないの! デスでヘルでマッドでスプラッタな最後よ!」

カヲル「・・・・そこまで言うか・・・涙」

アスカ「ところで、あいつはどうしたのよ?」

カヲル「あいつ?」

アスカ「あいつよあいつ。アンタとマブダチのあいつ」

カヲル「誰が彼とマブダチだっていうんだい?」

アスカ「え、違うの? てっきりそうだと(にや)」

カヲル「まさか、僕は彼なんかと友達になった覚えはないよ」

アスカ「あ、そ。じゃ仕方ないわね。アタシが引き受けましょ」

カヲル「おやめずらしい。どういう心境の変化なんだい・・・・って、いったい誰の話をしているんだい?」

アスカ「決まってるじゃないの。シンジ〜♪

カヲル「は、はかられた!」




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