3:微笑む吹雪

 自衛隊の中枢は、日本の首都である第二東京市に存在する。昔で言う所の「市ヶ谷」だ。
 しかし、東京消滅の教訓から、その有時指揮所は別の所に設置されていた。当初候補に挙げられていた長野県松代のいわゆる「松代大本営」の跡地はNERVに取られてしまったので、それが建設されたのはセカンドインパクトで地形が一変した黒部川上流域の日本アルプス山中だった。崩壊した黒部第4ダム、そして黒部湖周辺の地下に設置された自衛隊統合指揮所は、周囲の山々と強固な岩盤、そして黒部湖の豊富な湖水に守られておりN2兵器や反応兵器の直撃にも十分耐える防御力を持つとされている。その隔絶した地形から、万一本土決戦などという事態になった場合でも難攻不落の堅塁たることを期待されていた。
 竹島沖での「はやとも」被弾事件の情報を受けた自衛隊は、直ちに指揮機能を統合指揮所に移転した。指揮通信能力が段違いに優れていたからだ。
 自衛隊にとって、今度は対使徒戦とは訳が違った。本物の戦争の危険がある。

「この期に及んでもこれか。どうにもならんな」
 航空幕僚長、伊勢空将がぼやく。彼のもとに届けられたのは、政府がまだ対応を固めきっていないから云々という知らせだった。
「伊勢君、どうした」
 伊勢は顔を上げた。会議中である。統合幕僚会議のトップ、各自衛隊の幕僚長と統幕議長が顔を揃えている。ただし、例によって戦自の羽黒戦将は来ていない。
 怪訝そうな顔をした敷島統幕議長がこちらを見ている。
「済みません。AWACSの事でして」
「AWACS・・・ああ。駄目か」
「ええ。領空から外に出すな、だそうで」
「ふむ」
 AWACS、言わずと知れた空中早期警戒機。EB-767改を未だに改良し続けて使用している航空自衛隊は、事件が起きるや直ちに出動させようとした。浜松から日本海上空まで出て滞空する、といった程度の運用であれば、常時3機を日本海上空に張りつけることが可能なはずだった。AWACSという「眼」があると無いとでは状況が全く違ってくる。
 「はやとも」被弾事件から半日が過ぎている。今のところ、外交上の応酬は続いているものの軍事的なそれは始まっていない。高麗側は音無しの構え、日本側は例によって相手の出方を窺っている。
 政府がいかなる自衛隊機も領空から外に出すな、と言ってきたのもそういう事だった。これではまともな偵察活動もできない。
「状況はうちのハンマーも同じです。岩国に何機か移動させましたが、領空から出られないのでは大した効果は」
 と海上幕僚長、長良海将。ちなみにハンマーと言うのは、海自の早期警戒機E-2Fホークアイの事だ。
「伊勢さんの方はどうですか」
「ああ・・・まあ、767改なら高度を取れば領海内でも何とかエリアカバーは出来ますけど、それにしても」
「敷島さん、3群を動かすわけには・・・」
「駄目だ。釘を刺されてる」
 敷島は首を振った。どうにもならんよ、と。
「とにかく向こうを刺激するような真似はせんでくれ、とな。政府はとにかく穏便に事を収めたいらしい」
「はあ・・・」
 例によって、陸上幕僚長北上陸将は憮然とした表情を見せている。政府の弱腰は今に始まった事ではないが、それにしてもいい加減うんざりしていた。
・・・死んだ妙高ならもっとうまく立ち回るだろうが、俺はあいつほど器用じゃない・・・畜生、都合のいい時にくたばりやがって。お陰で俺はいい迷惑だ。
 渋い表情の北上を横目で一瞥すると、敷島は軽く手を組んだ。声を落とす。
「それに、私にもちょっと気がかりがある」
「・・・気がかり?」
「そうだ。政府がそこまで考えているかどうかは知らないが、どうも今回の件は怪しい。慎重に事を進めるべきだと思う」
「怪しいって、何がです」
「うん」
 周囲を一度見回す。この部屋にいるのは自分を含めて四人だけだ。
「・・・連中とうちを戦わせて得をする奴がいるんじゃないか、そう私は思うんだ」
「そ、それは・・・しかし・・・」
 長良が表情を強ばらせる。伊勢は戸惑うような表情を見せた。
 意外なことに、表情を変えなかったのは北上だった。
「・・・あり得ない話ではありませんな」
「そう思うかね、北上君」
「ええ」
「・・・私の方でも情報部を使って情報収集を進めているのだがね」
「私にも心当たりがあります。調べてみましょう」
「頼むよ。ああ、それから」
 敷島は三人を見回した。
「・・・戦自には悟られないようにして貰いたい。ここは一つ、乗ったふりをしてみよう。政府の弱腰に我々は怒っている、という風にね」

 北上陸将は、戦死した妙高陸将の二期年長にあたる。防大以来だから付き合いは長く、もう三十年以上にもなるだろう。北上自身には息子がなく、一人娘はバリバリのキャリアウーマンとして外資系の商社で働いている。彼女は自衛官の父を軽蔑している事を隠そうともせず、ここ五年ほどまともに話もしていない。
 それだけに、彼にとって妙高の息子、妙高テツヤ三佐は実の息子のようなものだった。「第三東京市防衛戦」で見せたその戦車将校としての手腕は、友人を失った北上を大いに慰めるものになっている。
 北上は自室に戻ると、その妙高三佐の所在を確認した。現在の配置はとりあえず陸上幕僚監部付、つまり北上の直属ということになっている。ここ二日ほど休みをとっていたらしいが、もうここへ戻っているはずだった。
 呼び出すと、若い三佐はすぐに現れた。
「妙高三佐、参りました」
 敬礼。答礼し、座るようにうながす。
「休みはどうだった」
「ええ、いい休暇でした」
「そうか。問題はなかったな」
「はい」
 妙高は休暇に入る前、情報部を使って自分の周囲を「掃除」して欲しいと北上に要請していた。特に戦自やその他諸々に悟られるとまずいもので、と。北上はそれを受けて、数名の部員を妙高の周囲に張りつけていた。当然、彼がNERVの葛城作戦部長と会っていた事も、北上は承知している。
「向こうさんに、何人か「同業者」がくっついていたらしい。うまく排除したそうだから、デートの事はばれていないはずだ」
「そうですか。助かりました」
 お互い、苦笑する。
「それで、どうだった」
「は」
 さすがに父は、全てを北上に伝えていたらしかった。その時点ではまだ北上は陸上幕僚長ではなかったが、それでも最も親しい友人であり有力な協力者でもある北上には何もかも話していたようだった。妙高にはよく分からないが、どうも父を含む陸自上層部、更には自衛隊そのものには何らかのグループが形成されていて、あまり大きい声では言えないような活動を続けていたらしい。葛城三佐と妙高陸将が接触していたのも、その一環らしかった。
 妙高は、「デート」のいきさつを手短に説明した。多分父の見立ては正しいと思います。信頼できるかと。
「ふむ・・・よし。テツヤ」
 彼を名で呼ぶときは、半ば私的な話な内容であることを意味する。
「今はまだその時期ではないが、お前にもいずれ話す。しばらくは黙って動いて貰いたいが、それでいいか」
「無論です」
「うむ。当面、お前は陸監部付として動いて貰う。笠置一尉は知っているな」
「は」
「彼女と組んでもらう事になる」
「分かりました」
 言いながら、妙高は実際には少し当惑していた。おいおい、俺は戦車乗りだぞ。諜報作戦をやれってのか・・・。
 北上はそんな妙高の心中を見透かすように人の悪い笑みを浮かべた。
「心配するな、彼女は優秀だ。何せ親父さんが眼をかけていた子だからな。彼女に任せておけば、お前は楽が出来る。お前の仕事は力仕事といざというとき腹を切る事、そのくらいだな」
 自分の冗談が気に入ったのか、北上は笑顔を浮かべる。妙高の方は笑うどころではなかったが。
「それで、だ。まず、目立たない程度に葛城三佐と接触を保ってくれ。笠置君を使っても構わない。できるだけNERVと国連軍の動きを掴んでおきたいのでな」
 北上は先ほどの会議での話を説明した。「はやとも」被弾事件には裏があるかも知れない。その事も頭に入れて置いてくれ。
「その話は、葛城三佐にもして良いのですか」
 沈黙。さすがに北上も迷ったようだったが、ややあって頷いた。
「構わん。ただ、お前の考えという事にしておいてくれ。上は気付いていない事にして貰うと都合がいい」
「分かりました」
 頷く。北上はニヤリと笑った。
「美人に囲まれて仕事をするんだ、もっと楽しそうな顔をしたらどうだ。葛城三佐というのはなかなかの美女だときいているが」
 美人。確かにそうだろう。笠置カスミは美人だし、葛城ミサトもいい女だ。だからと言って、それが今の俺にとって何なんだ。仕事が楽になる訳でもないし、そんなことで喜んでられるほど気楽な身分でもない・・・。
「・・・自分は美人より戦車の方が好きですから」
 憮然とした表情でそう言うと、北上は苦笑した。
「そんな事では親父さんに笑われるぞ、あれで若い頃はもてたんだからな・・・まあ時には意に添わない仕事もせにゃならん。観念して・・・」
 言いかけた所で、電話が鳴った。
 受話器を取った北上の表情がみるみる険悪になっていく。それを置いた頃には、彼は明らかに不快そうな顔つきになっていた。
「どうしました」
 それには答えず、卓上の関東地図を一瞥する。そして彼はため息をついた。
「芦ノ湖が一つ増えたそうだ」
「・・・は?」
「使徒だよ。NERVと交戦したそうだ。で、敵は仕留めたものの、それが相打ちだったそうだ。連中の巨人兵器・・・」
「エヴァンゲリオン」
「そう、そいつだ。それの一機が刺し違えたらしい。自爆だな」
「・・・」
 妙高は、エヴァンゲリオンというものがどういうものかをよく知らない。
 ただ、それが何かとてつもないものであるらしい事は色々と聞いていた。アメリカで建造中の一機が誤って爆発、消滅し、あたりに大被害をもたらした事も聞いている。
「・・・あれは確か、爆発するとえらい事になる、と・・・」
「ああ、アメリカの話だろ?聞いてるよ、その通りだ。それで芦ノ湖が一つ増えた。だいたいこのへんだ」
 地図上の一点を指さす。
「お陰であのあたりは穴だらけだ・・・畜生、あんな物騒なモノをのさばらせてたら、今に世界中こうなっちまうぞ」
 エヴァンゲリオン。NERV。
 妙高にとっては、それは疫病神のようなものだった。これからの任務が、そして北上達が考えていることが一体何なのかはまだ分からない。しかし、それがこの疫病神どもと深く関わっている事はまず間違いないのだろう。
 彼は頷くと、椅子から立ち上がった。敬礼。
「妙高三佐、任務につきます」
「よろしい。よろしく頼む」
 北上も立ち上がり、答礼。

・・・都合のいい混乱、というべきだな。ふん。
 「アーケデイア」のブリッジでその知らせを受けた時、加持はまずそう考えた。その後鼻で笑ったのは、そんな思考形態を身につけてしまった自分への嘲笑のつもりだ。
「第三東京市の大部分は自爆に伴って消滅したようです。爆発規模は数メガトン級といったところでしょう」
 静まり返ったブリッジに、ルリの声だけが響いている。一体どうやっているのやら、ブリッジ正面のスクリーンにはこまごまとした情報が映し出されていた。そう言えば、「アーケデイア」のブリッジは一般的な船舶のそれとは大分様子が違っている。強いて言うなら、NERV本部の発令所のような雰囲気だ。
「・・・ジオフロントにも一部被害が出ています。もっと場所考えて自爆するべきですけど、まあ緊急だったから仕方がないんでしょうね」
・・・よし。やるか。
「秋津島船長」
「加持さん、その言い方やめてくださいって言いませんでした?ユリカでいいですよ」
「・・・じゃ、ユリカちゃん。作戦を開始するけど、いいかな」
 ユリカは眼を丸くした。
「え?今、ですか?確かあとしばらく様子を見るって・・・」
「そのつもりだったんだが、いい機会があっちから来てくれたんでね」
「・・・そんなものなの?」
 ルリに視線を向ける。ルリは小さく頷いた。
「妥当な判断だと思います。第三東京市は半分以上吹っ飛んじゃった訳ですし、多分今頃大混乱で警備どころじゃないでしょう。こんな時に入り込もうとする者がいるなんて、普通考えないですし」
「ま、そんなとこだ」
 言いながら、加持はこの不思議な少女の横顔を眺めた。「マリアドールズ」の一角、ルリ=アストリアス。異様に白い肌と淡い色の髪。ふむ。
 偶然とも思えんな。綾波レイに似すぎている。そのあたりから解きほぐせるのかも知れないな・・・謎は確かに多いが、だいたいマリア=ロフスカヤ=エッケナー自身にも謎が多すぎる。
 考えていると、不意にブリッジ後部のシャッタードアが開き、一人の少女が入ってきた。第三東京市の高校の制服を着ている。
「あたしの出番なんでしょう、加持さん」
 彼女、山野ミユは微笑とも嘲笑ともつかない表情で加持に視線を向けた。
・・・そう、この子もだ。まとっている雰囲気、とでも言うのだろうか。ミユの場合髪の色はありふれた栗色なのだが、その異様に白い肌と金色の瞳がやはり常人ではありえない何かを強く感じさせる。
「・・・ああ。今そう考えたところだ」
「これを利用しない手は無いもんね。いいわ、行ってくる」
 ちょっと近所のコンビニへ、とでもいうような気軽さで彼女はそう言った。
「大丈夫なんだろうな、随分気軽だけど」
「平気よ、慣れてるから。ああ、そうだった」
 ミユは眼を細め、ちょっと小悪魔的な笑みを浮かべる。
「伝言があれば、聞いておくよ」
「伝言?」
「ええ。葛城ミサトさんへの伝言」
 加持の表情が強ばる。畜生、そんなことまで・・・まあ、マリアが知っているんだ。その腹心であるこの子が知っていても不思議ではない、が・・・。
 彼が黙っていると、ミユはその心中を見透かすように笑った。
「大丈夫、あたしはドジなんて踏まないから。捕まって私の口から漏れるのを気にしてるんでしょ?」
「・・・そういう訳じゃない」
「ふーん・・・ま、いいわ。で、伝言は?」
「・・・事実を最小限伝えてくれればそれでいい。それから・・・」
「うん。暇があったら、彼女のまわりにも目を配っておくわ。それでいいんでしょ?」
「ああ」
 心底を見透かされるのはあまりいい気分がするものではない。特にこの少女には、その金色の瞳に全てを見抜かれてしまうような気がする。薄ら寒いものを感じながら、加持は手を振った。
「じゃ、頼むよ」
「任せて」
 頷くと、ミユは来たときと同じように音もなくブリッジから出ていった。その後ろ姿を見送る加持は、ドアが閉まると同時に大きなため息をつく。
「・・・あの子と話してるとどうも疲れちまう」
「そうですか?」 
 とルリ。
「ああ。どうも、言わなくてもいい事まで平気で言ってくれるからね・・・もう少しデリカシーが欲しいところだな。かわいいんだから、そのへんを何とかすればね」
「・・・そんなものですか」
「俺はそう思うけど。ま、君も年をとれば分かるよ」
「・・・私、少女ですから」
 加持は唇を歪めた。まあ、綾波レイよりはマシだ。少なくとも感情が無い訳ではないし、受け答えもしっかりしている・・・多少変わってはいるがね。
「で、ミユの追跡は大丈夫なんだろうね」
 ルリがコンソールに視線を落とす。てのひらをコンソール上のボードにかざすと、スクリーンに地図が投影されシンボルマークが浮かび上がった。彼女は手を触れる事無く、この「アーケデイア」とコンタクトできるらしい。何でも、そういうインタフェイスを体に埋め込んでいるのだそうだ。手の甲に埋め込んだそれを見せて貰った事があるが、何かの文様の刺青のようだった。そういえば昔読んだSF小説にも似たようなものが出てきたな、確か「レンズマン」だっけか。
「ミユさんの位置は自動トレース中です。多分重遮蔽された場所に入らない限り、位置は拾えるはずです」
「重遮蔽?」
「建物の中位なら大丈夫ですけど、ジオフロント内部までは追跡できないって事です」
「なるほどね」
 ま、あの子ならうまくやるだろう。
 加持は頷くと、椅子の上で大きく伸びをした。どうも船内にばかりいると、体がなまってしょうがない。外に出たいものだが、まあそうもいかんか。
・・・また待ち続ける日々、か。まあ仕方がないわな。

 同じ頃、その「上司」マリア=ロフスカヤ=エッケナーはグナイゼナウ首席参事官が持ち込んだ速報レポートに目を通し、その氷の美貌に更に冷たい輪郭を加えていた。
 元々あまり表情を見せない人物だが、それでも顔を見れば機嫌は分かる。これはさしづめ、タイガを吹きすさぶブリザードといった所か・・・グナイゼナウは背筋を伸ばし、表情を引き締めた。こりゃあ機嫌が悪い。ま、あの内容なら仕方がないが・・・。
「・・・内容については了解しました」
 ややあって、マリアはそう言った。声まで、いつもに増して冷たい。
「これは間違い無いのでしょうね、刺し違えたのは青い機体だった、と言うのは」
「ええ。確度については問題ありません。直接目撃情報が複数あります。自爆したのは青い機体、零号機に間違いありません」
「そう・・・と、いう事は」
「パイロットが脱出したという情報はありません。こちらでいくつかの角度から再計算してみましたが、あの状況下で脱出し得る可能性はまず無いですね」
「・・・」
「そうです。つまり、零号機パイロット・・・綾波レイは消滅したと考えるのが妥当でしょう」
「・・・分かりました。そう考えて良さそうですね」
 そう呟くと、マリアは瞑目した。
・・・可哀想な子、また殺されたのね。そしてまた同じ別のカラダを与えられる・・・同じ事の繰り返し。同一なるものの永劫回帰、なんて綺麗なものじゃない、呪われた宿命か・・・。
 目を開く。その視線には、何の感情も宿っていなかった。
「・・・それで、あなたの考えを聞きましょうか」
 グナイゼナウは小さく頷いた。
「彼らにはもう残されたカードは何枚もありません。17番目のカードを切って勝負に出るか、さもなくば・・・」
「さもなくば?」
「力ずくで切り札を取り戻すか」
 そこまで言って彼は言葉を切った。マリアは手を組み、見透かすようにじっと彼を見つめる。
「・・・続きを」
「はい」
 内心でほっとしながら、グナイゼナウは言葉を継いだ。
「連中がどちらの手を取るか、これは連中がNERV・・・言い換えれば碇ゲンドウという男をどう評価しているかによるでしょう」
「16番目が失敗した事をどう取るか、という事ね」
「そうです」
「それで、あなたはどう評価するの?いいえ、あなたがNERVをどう評価するかではなく、連中がどう評価するか、という事です」
「・・・私は、連中は手札で勝負に出ると確信しています」
 再び沈黙。今一度マリアは瞑目し、そして頷いた。
「そうね。結論は私と同じです。一応理由を聞いておきましょう」
「はい」
 今度こそグナイゼナウは大息をついた。やれやれ、合格のようだな、俺の答案は・・・。
「まずリスクが大きすぎるという事です。強硬手段は彼らにとってあくまで次善の策であって、本当に求めるものではありません」
 マリアは無言で頷く。
「そもそも、そういう手段を取る気があるならもっと早い段階で手を打っているはずです。16番目自体がかなり問題のあるやり口でしたが、それでも彼らは当初の目標にこだわっていた。だとすると、切れるカードが無くなるまで彼らはそれに執着し続けるでしょう」
「そう予測する根拠は?」
「強硬手段とそれによってもたらされる結果が彼らの望むものになる保証が無いからです。それならば多少問題があってもベストの結末を求めたい・・・彼らはそう考えているのでしょう」
「・・・分かりました」
 頷くと、彼女はレポートをシュレッダーに掛けた。承認した、という意味だった。
「エルネスト」
「は」
「時が近づいています。準備の方を怠らないように。あなたが言うように、彼らにはもう残された手段がありません・・・審判の日はもうすぐそこでしょう。これに敗れる訳にはいきません」
「・・・無論です。承知しました」
「リョウジからの連絡はありませんか?」
「今のところ。ですが、恐らく既に動いているでしょう。彼のことですから」
 そうね、と言うようにマリアは頷いた。
 
 グナイゼナウが退出した後、マリアはキャビネットからウイスキーのボトルを取りだした。いつだったか加持と飲んだ、あの貴重な「ホワイト・アンド・マッカイ」はもうなくなっていたから、別の何かで我慢するしかない。最近の酒量の増加は十分自覚していたが、しかし彼女は全く気にしていなかった。そのような事を気に掛けられる身分でもないのだ。
 彼女が手に取ったのは、「マッカラン」だった。全くセカンドインパクトというのは人類史上の大犯罪だな、と彼女は思う。スコットランドの蒸留所はほとんど壊滅してしまった、それだけで取り返しの付かない罪だ。
 そして、自分などがそれを味わうことが出来るのは、それだけで過ぎた恩恵だと言わなければならない。ウイスキーという言葉の語源はゲール語の「命の水」なんだそうだ。
・・・いのち、ね。
 自分が神になれるとでも、あの愚か者たちは思っているのだろうか。それがいかにくだらない思い上がりであるか、この私ですら承知しているというのに。あるいは、神の使命を代行しているつもりなのだろうか。それにしても同じ事だ・・・馬鹿なことを。
 あるいはこういう事なのかもしれない。彼らの「神」はいと高き御座にましましてそれをお望みになっているのかも知れない、確かに・・・だからと言って、それに従わねばならぬ義理など私には何もないのだ。神ならぬ者の手になる私には。
 グラス一杯分の「命の水」をからだに流し込むと、彼女は空になったグラスを眺めた。
・・・いずれにせよ、もうすぐ全てが終わる。そしてまた、新しく始まるのだ。

 彼らの推測は的を射てはいたが、一つだけ大きな過ちを犯していた。
 その事に彼らが気付くのは事が起きてからのことだったが、しかしそれは後悔を伴うものでは無かった。もしもこの時マリアがそれに気付いていたとしても、彼女は怒りを抱きもしなかっただろうし悔いる事もまた無かっただろう。もしかしたら、微笑みさえ浮かべたかも知れない・・・いずれにしても、この時神ならぬ彼らがその事を知る事は無かった。
 
 フィフスチルドレンと呼ばれる少年が日本へ向かったのはそのしばらく後のことだった。
 彼の名を、渚カヲルという。 






龍牙さんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「あ、僕だ」

アスカ「あんたまだでてきてなかったの?」

カヲル「そんなこといわれても、僕には答えられないね。そもそも今まで僕はコメントではでてきていたから、いかにもいたように思えたんだね」

アスカ「・・・・まさかあんた」

カヲル「はい?」

アスカ「この話が、今まで自分が死んだ後の世界の話だと思ってたんじゃない?」

カヲル「ぎくうううっ!!」

アスカ「なによそのびびり具合は」

カヲル「いやだね、まさかそんなことがあるわけないじゃないか」

アスカ「その割にはその頬を流れる汗はなによ」

カヲル「ああ、それは龍牙さんが僕を出してくれたことに対する感謝の汗さ」

アスカ「感謝の汗・・・・いったいどういう汗よそれは」

カヲル「まあまあそう言わずに。それに僕はちゃんとわかっていたよ。この話がまだ僕の死ぬ前のものだってことは」

アスカ「なんでそう言いきれるの?」

カヲル「だってそうじゃないか。僕が死んだ後だったら、君はあっちの世界にイッちゃってエヴァに乗れなくなっているんだよ。それが起動するまでむちゃくちゃ時間がかかるし、ほとんどうまく操れないとはいえ、一応エヴァを操縦できるんだから、まだまだ僕は死んでいないってことさ」

アスカ「・・・・ほー。そう言う風に判断したのね」

カヲル「ああ、だって君の壊れ具合をはかるのが一番いいんだから・・・って・・・・またそこでマサカリを持ち出す・・・・」

アスカ「ふっ。アタシの壊れ具合? アンタと話しているときはこれがないと壊れちゃうのよ!」

カヲル「代わりにそれで僕を壊しているじゃないか!」

アスカ「あんたはいいの!」

カヲル「どういう論理なんだ〜それは!」




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