2:臥龍たち
相田ケンスケはその日、友人を連れて相模湾を見下ろす小高い丘の上に来ていた。第1教導師団司令部が玉砕した丘のすぐ近くだったが、ミリタリーマニアではあっても自衛隊にシンパシーしている訳ではない彼にとって慰霊碑見物は興味の埒外だった。
「やってるなぁ」
高倍率の電子双眼鏡を覗き込むと、ケンスケは感心したような声をあげた。
「見てみなよ」
友人に双眼鏡を押しつける。押しつけられた碇シンジは戸惑うような表情を浮かべながら、双眼鏡を顔に当てた。
視界に飛び込んできたのは半ば水没している軍艦の姿だった。海上で右に大きく傾いた状態で沈んでいるのだが、海が浅いため甲板から上が水上に出ている。その周囲にはクレーン船が数隻、そして灰色の奇妙な形をした船が停泊していた。
「隣にいる船は何なの?」
「ああ、あれか?あれは海上自衛隊の特務艦「あすか」だよ。元は試験艦だったらしいけど、今は改造されて多用途特務艦になってる。データ取りでもしてるんじゃないかなあ」
「ふーん・・・」
「あすか」か。
皮肉だな、とシンジは思った。あの戦艦を沈めたのはアスカだ。そしてその骸の隣に寄り添うように停泊している特務艦「あすか」。
こうして見に来るのも、あまり気が進まなかった。あの戦いの時、僕は結局何もしなかった。怒り狂ったアスカが戦艦を沈めた事も、後になってミサトさんから聞いた。
一般発表では、打撃護衛艦「やまと」は使徒と交戦して大破着底したことになっている。ケンスケもそう了解しているはずだが、シンジは真相を知っているだけに複雑な思いでその光景を眺めていた。
「せっかく建造したのに、何もしないままに解体か・・・戦艦「大和」よりも不幸な生涯だったかも知れないな」
ケンスケはケンスケで、勝手に感慨にふけっている。
シンジは双眼鏡をおろし、空を見上げた。
そう、全てが変だった。
ミサトさんはあの後何日も口をきかなかった。今は元通りになっているように見えるけれど、そうでない事はなんとなく分かる。リツコさんの様子も変だ。アスカはもうエヴァをほとんど動かすことができなくなった。ここ何日かは口もきこうともせず、部屋にこもりきりになっている。
何が起きたんだろう。これから、何が起こるんだろう。
その視線の先、特務艦「あすか」艦橋横のウイングプラットホーム。潮風が心地よく吹き抜けているその場所から、笠置ミユキ一佐は傾いた「やまと」を眺めていた。あの戦いの後、第1護衛隊群幕僚長から海上幕僚監部付に転任し、ここにこうして派遣されているのだった。
「・・・工事の進捗状況は以上です。突貫工事は承知でやってます。工期の遅れは一日未満で済んでいますから、まず大丈夫でしょう」
彼女が意識を飛ばしている間に、傍らに立っていた若い技官の報告は終わっていた。防衛技研から派遣されて来た彼は、報告書の分厚い綴りを彼女に手渡そうとした。
ミユキは書類の束に気付くと、慌てて首を振った。
「・・・ああ。いらないわ。データだけ、後でちょうだい」
「は、はあ」
「昨日ここについたばかりなのよ、あたし。あまり大きな荷物は作りたくないの、端末は持ってきたんだけどね」
笑ってみせる。技官も釣られるように笑った。
「そういう事でしたら。では、後でお送りしておきます」
「今晩中に目は通すわ」
「よろしくお願いします」
技官は一礼すると、プラットフォームから降りていった。
打撃護衛艦「やまと」。
一般には、使徒との戦いで大破し、放棄されたと発表された。
一部の者は、NERVのエヴァンゲリオン弐号機と交戦して大破、着底したと了解している。
そしてごく一部の者だけが、この艦が自沈した事を知っている。ミユキはその数少ない一人だった。
あの時、総員退艦が下令されるまで、艦の中枢でメインコンピュータと格闘していた彼女は何が起きていたのか全く知らなかった。甲板に出た彼女が見たものは、活動停止した赤い巨人と、大きく傾斜した「やまと」の傷ついた姿だった。その後で、立ちつくす海自の隊員達を後目にヘリで回収されていったエヴァンゲリオンのパイロットらしい少女の姿は今でも忘れられない。彼女にはそれが、異次元の存在のように見えた。あるいは、彼らの営みを傲然と見下ろす何か・・・「超越者」の眷属、そんな気もする。気分のいいものではない。
しかし。
「龍が淵に伏すのは、天駆けるその日の為なり・・・か」
しかし真相を知った彼女の目に映る「やまと」は、傷つき倒れた巨竜ではなかった。それは深淵に身をひそめ、再起の日を信じて待つ飛龍の姿に他ならない。
その為に、彼女はここにいるのだ。
同じ頃。
新小田原の駅の前で、葛城ミサトは一人の男を待っていた。色々悩んだが、やはり会うべきだと決めたのだった。
一応人目を気にして、私服を着込んでいる。加持の事件があった後、監察部の活動は一層活発化していた。作戦部長とはいえ、自分の行動が彼らの気に障るものである事くらいは承知しているつもりだった。
・・・気が進まないのは分かります。でも、会ってみてください。
一週間前、同じ場所で彼女は笠置カスミと会った。戦死した妙高陸将から贈られた本を手渡され、そしてその息子の事を聞かされたのだった。
会ってどうなる、とも思う。
彼はあたしを憎んでいるだろう。多くの部下、戦友、そして父親までを死なせた惨劇の引き金を引いたのはあたしなんだから。憎まれる事は覚悟している。
・・・妙高閣下はあなたを信頼されたのだと考えています。閣下は不幸にして亡くなられましたが、その志は誰かが継がなければならないとも思います。あなたや、私や、妙高一尉・・・今を生きている若い世代の、それは義務なのだ、と。
買いかぶりだ。あたしはそんな大げさな信頼に値するような人間じゃない。でも。
・・・決めるのはその後でもいいと思います。辛いでしょうが、会ってみて下さい。
憎まれたままなのは、確かに嫌だ。
あたしは確かに妙高陸将に好意を持っていた。彼もそうだったのだろう。その後に憎悪だけが残るような事は、したくない。
靴音がした。
はっとして視線を上げると、そこには一人の長身の男が立っていた。薄い緑色の、陸上自衛隊の制服を着ていた。階級は三佐。
男はサングラスを取ると、感情を感じさせない視線でミサトを一瞥した。
「・・・葛城三佐というのは、あなたですか」
よく日に焼けた、精悍な容貌の男だ。しかし低い声にも、その表情にも、全く感情が感じられない。いや、あるとすればそれは冷たい敵意かも知れない。当然と言えば当然だが。
無言で頷くと、男も小さく頷いた。
「陸上自衛隊、妙高三佐です」
昇進発令は昨日のはずだった。定期昇進にしてはかなり早いそれは、彼が先日の戦闘で示した武勲と能力に対する自衛隊なりの評価なのだろう。同時に陸上幕僚監部付を命じられている。この人事が何を意味するものかはよく分からないが、恐らく休暇配置のようなものだろう。妙高テツヤという若い三佐の父親は内外に令名の高い人物だったし、特に陸自内部では大きな影響力を持っていたから、その父を失った彼に対して上層部が温情的になるのは無理もない事だろう。
暫しの沈黙。
こんな時、どういう顔をしていいものか、大抵の人間には判断がつかないものだ。ミサトは表情をこわばらせたまま立ちつくしている。
妙高は黙ってサングラスを胸ポケットに差し込むと、そのまま背を向けた。
「立ち話もなんです・・・行きつけの店があります。そこで話しましょう」
無言のまま、連れだって歩く。妙高が足を向けたのは、いつかミサトが笠置カスミと会った喫茶店だった。
店にはいると、めざとく二人に目を留めた店の女主人が驚いたような表情を見せた。
「あら、テツヤちゃん!」
「・・・お久しぶりです」
ちょっと照れくさそうな表情。女主人はカウンターから駆け出してくると、妙高の手を取った。
「・・・どうしてるのかと思ってたのよ・・・大変だったわね。ごめんなさいね、お葬式にも出られないで・・・」
「いいんですよ。お店が大変だったんでしょう?焼け出される所だったと聞いたけど、大丈夫だったんですか?」
「ええ、危ない所で・・・ところで、こちらのお嬢さんは?確か・・・先週にも来てたわね。その時は女の人と一緒だったけど・・・」
「・・・」
妙高はようやくミサトを振り返った。また、表情が消えている。
「こちら、この店のオーナーの千代田リサさん・・・私の母方の叔母です」
それにしては随分と若い女主人は微笑を浮かべながら一礼した。
「・・・彼女は葛城ミサト三佐。父の知人だったそうで」
「あら、タダシさんの・・・」
「で、ちょっと奧の席を借りたいんですけど、いいですか?」
妙高一家は自衛官揃いのはずだった。妙高陸将の妻にして妙高三佐の母、恐らくは千代田リサの姉に当たる彼女も自衛官あがりだ。それだけに、妙高の表情を察したらしい彼女は小さく頷いた。
「いいわ。今日はお客さんも少ないし、多分大丈夫だと思うわよ」
「済みません」
店の一番奥まった席は、衝立を動かすと周囲からはほとんど見えなくなる。妙高とミサトはそこに落ち着いた。リサはアイスコーヒーだけを出し、後は何も言わずにカウンターに戻る。
「・・・まあ、父と私が密談によく使っていたんです」
ガムシロップの封を切りながら、妙高が呟くように言った。誰に話している訳でもない、といった風情だった。ミサトと視線を合わせようともしない。
途方もない居心地の悪さを感じつつ、ミサトはため息をついた。こうなる事は半ば予測していたことだ。子供の喧嘩ではあるまいし、会ってすぐうち解けられる訳がない。しかも負い目があるのは自分なのだ。
仕方がない。自分から口を開くしかない、気は重いけれど・・・。
「・・・お父様の本、確かに受け取りました」
妙高の動きが止まる。
「ご存じのように、私は作戦指揮官としてはほとんど素人です。妙高閣下は私に勉強しろとおっしゃられたのでしょう」
ミサトは例の本を取りだし、テーブルの上に置いた。
「・・・ですが、私にはこれを受け取る資格がありません。お返ししたいと思います」
本の黒い表紙をじっと睨む。妙高はその事には特に何も答えず、表情を歪めた。
「・・・父は特に機動防御戦に掛けては権威と言って良い人物でした。ご存じだとは思いますが」
「はい」
「先日、1教師・・・第1教導師団の戦闘詳報を見ました。詳報と言っても、師団司令部が一人を残して全滅しているから、各部隊とのやりとりの断片や情報から組み上げたものに過ぎませんがね・・・父は本領を発揮したと考えています。見事な作戦指揮だった」
そこで妙高は言葉を切ったが、ミサトにはその続きが聞こえていた。
・・・お前達が馬鹿な真似をするまではな。
下手にごまかすつもりなら、最初からここには来なかった。辛いけれど、やはり素直に正直に、やるしかないんでしょうね・・・思い直すと、一つ息をついた。
「お父様からの最後の通信の事はご存じですか」
「最後の・・・通信?」
「ええ。戦死される直前に打電されたものです」
ミサトはバッグの中から一枚の電文紙を取りだした。例の、妙高陸将からの訣別文だった。
・・・戦況最後ノ関頭ニ立チテ貴下旧来ノ厚情ト協力ヲ謝ス。難敵ニ対シ将兵飽クマデ勇戦敢闘セシハ小職聊カ喜ビトスル所ナリ。当隊0930玉砕ス。貴下貴隊ノ武運長久ヲ祈ル。陸上自衛隊第1教導師団師団長、陸将妙高タダシ。
さっと目を通した妙高は、顎に力を込めるようにしながら俯いた。何かを耐えているような様子だった。それが何なのか、ミサトにはある程度察しがついている。
彼女はそれを敢えて口にした。
「文字面通りに受け取った訳ではありません。これは閣下の、最大限の抗議だったのだと私は考えています・・・自衛隊をあのような目に遭わせた、私たちへの」
妙高は沈黙している。じっと、テーブルを睨み付けていた。
「言い訳はしません。作戦面での責任は私にあります。エヴァンゲリオンの出撃命令を出したのは私です」
「・・・」
「・・・妙高陸将と多くの自衛隊員を殺したのは、私です」
のろのろと、妙高は視線を上げた。そこには、若い女の意外に穏やかとも言える表情があった。美しかったが、それは限りなく悲しげな表情に見えた。少なくとも妙高はそう直観した。
「・・・上層部の命令だった、と聞いているが・・・」
かすれるような声。彼は相手を責めるつもりでここに来ていた。糾弾するつもりで出向いてきたのだ。しかし、この女は淡々と自分の責任を認め、直截にそれを口にした。どんな非難も甘んじて受ける、その表情ははっきりとそう語っている。
「でも、指示を出したのは私です。責任は私に・・・」
「・・・それは違う、葛城さん」
既に当初の腹づもりとは違った方向に話が進んでいたが、妙高はそれを意識しなかった。
相手を詰るつもりで出向いたものの、相手にこう出られては追い打ちを掛けるような真似は出来ない。そうするほど、妙高は感情的な人間ではなかった。いや、彼は十分感情的なつもりだが、そもそも彼の感情そのものが意外に穏和かつ理知的に出来ているらしかった。
ともあれ、彼には既にこの若い女作戦部長を詰問する気が失せていた。甘いと言われればそうだろうが、彼はそういう男だった。このあたりの気性も、父によく似ているのかも知れない。
「・・・確かに指示を与えたのはあなただ。だが、更に上層部から指示が出ているとすれば、あなたはそれに従ったまでの事、それだけの事だと思います」
全く。妙高は半分苦笑している。
全く甘い事だ、俺も。ここにいる相手が権柄ずくの「いかにも」な奴だったら思いっきり罵倒してやる所だったのだが。しかしまあ・・・多分、こいつは悪い奴じゃない。面を見れば、ある程度は分かる・・・。
「でも・・・」
「あなたがたの組織がどうかは知りませんが、軍隊というところでは上官の命令には従うのが義務です。確かに上官の理不尽な命令には意見具申し、時として反論する義務もあるが、そうは言っても服従の原則が軍隊組織の秩序のバックボーンです。私は自衛官です・・・自分の感覚では、あなたに落ち度は感じられない」
「・・・」
「それに」
ようやく、妙高はまっすぐにミサトを見つめた。その瞳に涙が溢れかけている事に気付くと、彼は小さく首を振る。
「・・・それに、あなたの様子を見る限り、指示に唯々諾々と従ったという訳ではないようですし」
「・・・」
「私はね」
アイスコーヒーのグラスを一息に傾ける。冷え切った液体が喉を駆け下り、その冷たさが頭に染み入るような痛みを投げかけた。ちょっと顔をしかめ、そしてぎこちない笑顔を浮かべてみせる。
「正直に言うと私はあなた方が憎かったし、それは今でも変わらない。でも、憎むべきは組織の意志であって、それに動かされていたあなた個人を憎んでみても仕方がないと思います。いや、私はそこまで聖人でも君子でも無いから、ここでこうしてあなたと会うまで、あなた個人を憎悪していたことも事実です。だけど・・・」
テーブルの上の本の表紙をめくる。黒い毛筆の筆跡で記されているのは、「贈之葛城三佐」という文字。
「・・・父はあなたにこの本を贈ろうとした。わざわざ部下を差し向けて関係を維持しようとした。父はあなたを買っていたのでしょう。私は父を尊敬しています・・・その父の判断が間違っていたとは思えません。あなたは多分、父の好意に足るのでしょう。ならば私はそれを認めようと思う。許すとか許さないとかじゃなくて」
確かに親子なのだ。
ミサトは考え考え話し続ける若い三佐を見つめながら、そう思った。
精悍な容貌も、篤実そうなまなざしも、彼は父によく似ていた。そして、相手が示した意志を素直に受け入れる、優しいと言っていい感受性も似ている。妙高陸将は初対面、しかもNERV作戦部長である自分の言葉を受け入れ、信頼を寄せてくれた。その息子は、父と多くの戦友を失いながら、やはり自分を受け入れようとしてくれている。
視界が霞む。頬を涙が伝っていく感覚。
「ご、ごめんなさい、あたし・・・」
もう止めようが無かった。両手で顔を覆う。
妙高は黙ったまま、本をミサトの方に押しやった。
「・・・父があなたに贈ったものです。取っておいてください」
「・・・」
「あなたに逢えて良かった・・・変な言い方ですが、心が憎しみで凍り付いてしまう前に、こうして話ができて良かった」
ミサトの嗚咽は続いている。
妙高はポケットに手を突っ込んだ。IDカードの入ったケースには、父と大鷹リョウコの写真が入っている。それを握りしめると、彼は小さく頷いた。
・・・この方がいいんだろうな。いつまでも恨んでたり憎んでたりしてると、親父は笑うだろう。あいつも、そんな俺を軽蔑するに違いない・・・。
全く同時刻。
新横須賀港軍港ブロックの外れに、一隻の見慣れない船が係留されていた。艦尾には国連旗が翩翻と翻っている。
艦の名は「アーケデイア」。国連海洋自然調査局(UNMIA)所属の調査船だ。軽武装を施している為、軍港ブロックに停泊している。最近では海上の治安も悪化しており、平和目的の調査船といえども丸腰で航行できる状況ではない。特に、海洋調査船は辺鄙な海域を長期間行動する必要がある為、武装は必須だった。
というのは名目に過ぎないのだが。
その船室で、一人の男がぼんやりと港をながめていた。うかうかと外を出歩く訳にはいかなかったが、この船内は安全なはずだった。
港からではよく分からないが、先日の戦闘は相模湾岸一円に大きな被害をもたらしたらしい。今回の「アーケデイア」の寄港は、使徒が海上を移動した際の水質汚染についての調査という名目になっているが、本当はそんな悠長な話ではない。
その男、加持リョウジは電話に手を伸ばし掛け、そしてやめた。
・・・まだだ、まだその時じゃない・・・。
作戦はもうすぐ開始される。「アーケデイア」とこの船が所属するUNMIAは、実のところUNMIDのダミー組織だ。彼はこの船から、諜報作戦の指揮を執る事になっている。
・・・葛城・・・いつかまた、逢える日が来るんだろうか・・・。
彼は、すぐ近くの新小田原にかつての恋人がいることを全く知らなかった。
加持が物思いを巡らせているキャビンから数層上の露天見張所では、また別の人物が感慨にふけっていた。
・・・新横須賀か。懐かしいわねえ。
長い髪を潮風になぶらせながら、港に視線を馳せる。彼女の名は秋津島ユリカ、「アーケデイア」船長。船長と言う割には年の頃が二十歳そこそこにしか見えないが、実際の年齢も24歳の若さだ。
視線を巡らす。少し向こうのパースに、特務艦「あすか」の異様な、見ようによっては不格好な姿が見えた。あの艦には乗った事がある、と言っても幹部候補生として、だけど。
彼女は、海自の幹部(士官)になりそこなった人物だった。
能力に問題があったわけではない。防大では優秀な成績を挙げ、特に戦略理論と戦術シミュレータでの図演(図上演習)にかけては無敗を誇った。成績表に「作戦能力に関しては独創性に富み大胆、極めて優秀」と記されるほどだから、能力に対する周囲の評価は高かった。そして防大を卒業し、江田島の幹部学校に入校。
そこで彼女の運命は一変した。
彼女の家系は代々の海軍(海自)一家で、父は海将、第2護衛隊群司令の要職にあった。しかしその父、秋津島海将が機密漏洩事件に連座したのだ。
これが普通の機密漏洩程度ならまだ救いはあったのだが、彼が流していた機密が特に戦自と国連軍、そしてNERVに関するものばかりだったのが大問題となった。厳しい追及の手が秋津島に向けられたが、その矢先、彼は自決した。自らの旗艦「ひえい」の司令公室で、拳銃で自らの頭を撃ち抜いたのだった。
結局、彼が何故、どこに情報を流していたのか、真相は闇の中になった。その娘であるユリカは幹部学校を自主退学した。何故か海自は彼女を庇うつもりだったらしいが、世論とそれに乗った代議士達の追及がそれを許さなかった。そして秋津島の友人だった現統幕会議議長の敷島海将が密かに手を回して紹介した彼女の就職先、それがUNMIDの下部組織と化していたUNMIAだった。
UNMIDのマリア=ロフスカヤ=エッケナー長官は彼女の能力を認め、UNMIAが保有する最新の調査船を彼女に任せた。海自で艦長になり損なった彼女は、その別の場所で船長になったのだった。
ただ、普通こういう数奇な運命をたどった人間というものは多少陰ができたり、人格が変わったりするものだが、彼女の場合は全くその影響がないように見えた。かつて「幹部候補生としての自覚が全く欠如しており」云々と書かれたその性格は全く変化していない。
「ああ、いい天気。こんな日はどっかに遊びに行きたいわね。南太平洋なんかいいなあ、パラオとかヤップとか・・・残念、新横須賀なんてつまんないよぉ」
朗らかな声で言ってみる。独り言にしては声が大きいが、彼女は独り言のつもりだった。が。
「任務ですから」
ぼそっ、と無愛想な声がする。いつのまにブリッジからここに来たものか、副長のルリ=アストリアスが彼女の背後に立っていた。慌てて振り向くと、ルリはいつもの無表情を保ちながら見張り所の手すりに歩み寄った。小柄な彼女は、鼻から上が辛うじて手すりの上に出る程度の背丈しかない。何せまだ十代半ばなのだ。
「・・・よく見えない」
呟くと、彼女は軽い身のこなしで手すりの上に飛び乗り、腰掛けた。ユリカは声を上げかけたが、まあいつものことだと首を振った。一つ息をつき、呟く。
「・・・あたしはこの港、あまり好きじゃないな」
夕暮れの新横須賀。新しくて綺麗だが、どこかよそよそしい。停泊している艦艇はほとんどが国連軍のものだ。海自の艦艇は、地方隊所属の何隻かの旧式護衛艦と掃海艇、そして例の「あすか」だけだった。
「ここは日本じゃないですから」
「・・・そうかもね」
「新横須賀は国連軍の占領地だって、みんな言ってます」
「仕方がないね、そう言われても」
言いながら、ユリカはルリの異様に白い横顔を眺めた。
彼女もまた謎の多い少女だ。艦長として「アーケデイア」に赴任する際、副長として付けられたのがこの子だった。その正体を知っているのはマリア長官だけだというもっぱらの噂だ。更に噂によると、マリアはルリのような正体不明の腹心を数人持っており、ここぞという局面と場所に投入しているのだ、という。彼らは誰が名付けたか、「マリアドールズ」と呼ばれているそうだ。
そう言えば、今「アーケデイア」艦内にいる加持さんが使う工作員、山野ミユもそうした「マリアドールズ」の一人らしい。ならば有能なのだろう、とユリカは思う。何しろ、彼女の隣にいるルリからして、異様に有能なのだから。
「さあて」
ユリカはいつもの元気いっぱい、という快活な動作でくるりと振り返った。
「これからしばらく忙しくなるわ。がんばらないと、ねっ」
対照的に、ルリはあまり起伏のない声で言う。
「作戦準備はほぼ完了しています。あとは加持さんの動き、そして「敵」の動き待ちです。しばらくは暇だと思います」
「・・・あ、あは、そうとも言うわね・・・でも、いざって時の準備ってモノも、ねえ」
「それは既に終わっています」
「・・・そ、そう。あはははは・・・・は」
照れ隠しなのか何なのか、引きつった笑い。それを横目に、ルリはため息をついた。
・・・ばかばっか。
その四時間後。
日本海、竹島沖。
後に事の真相がどうだったのか色々と言われる事になるのだが、起きた事態は次のようなものだった。
政府の方針で周辺海域の警戒に当たっていたのは海上保安庁だった。第8管区海上保安本部所属の巡視船「いずも」「はやとも」の二隻が、その日のローテーションに当たっていた。「いずも」はヘリコプター二機を搭載する大型巡視船であり、「はやとも」は高速密漁船を追跡するために高速発揮を主眼に設計された中型船だった。いずれも武装として30ミリ機関砲を装備しているが、当然戦闘が目的ではない。
先行していた「はやとも」の水上レーダーが、領海内に不審な船舶が侵入している事を捉えたのは午後10時過ぎの事だった。「はやとも」船長は隊司令船である「いずも」に状況を打電、直ちに追跡に入った。
十分後、「はやとも」は領海内に国籍不明の船舶4隻が展開している事を確認。領海外に退去するように警告しつつ、距離を詰める。あいにく新月であり、ベタ凪ぎとは言え日本海の海上は漆黒の闇に包まれていた。
距離が数キロに迫った所で、「はやとも」はその強力なサーチライトを点灯した。当初相手は密漁漁船だと考えていた「はやとも」の乗組員達は、闇に浮かび上がった相手を見て驚愕した。
「前方、目標は軍艦!大型の駆逐艦級2、フリゲート級2!」
この海域で遭遇する相手は一つしかない。船長は背筋に冷たいものを感じながら警告を続けた。サーチライトは相手を捕捉し続け、数分後には「いずも」から飛来したヘリもサーチライトを点灯して「はやとも」を支援した。
しかし、侵犯艦はその警告を無視し続けた。
警告を数十回に渡り繰り返した船長は、国際法に則って警告射撃を行う事を決意。「はやとも」の船首に装備された機関砲がゆっくりと旋回する。侵犯艦の先頭艦、その艦首より数十メートル離れたあたりを慎重に狙うと、船長は警告射撃開始を警告した。折り目正しく、国際法を遵守した訳だった。
相手の動きに変化はない。船長はうなずき、発砲を命じた。
「てぇ!」
発砲。
闇にも鮮やかな水柱が数条上がる。
事件はその次の瞬間に起こった。
「目標発砲・・・対艦ミサイルです!」
「何いっ!!」
見張り員の絶叫。船長は回避を命じたが、この至近距離でしかも戦闘艦ではない「はやとも」にこれを回避しろというのが無理だった。数秒後、ロケットモーターの推力で超音速にまで加速したミサイルが「はやとも」の上部構造物に突き刺さる。煙突その他が吹き飛ばされ、「はやとも」は炎上した。逆に至近距離だっただけに、船体への直撃は避けられたようだった。
まだ統制を失ってしなかった「はやとも」は懸命の消火活動を続けつつ撤退にかかる。一方、不明艦の方も慌てたように反転し、闇の中へ消えていった。
状況を把握しきれていない「いずも」は最大速度で現場に急行した。1時間後、「いずも」はなんとか鎮火した「はやとも」と合流したが、「はやとも」船体の損害はたひどく自力航行は限界に達していた。結局、「はやとも」は「いずも」に曳航され、舞鶴まで帰港した。
「はやとも」の乗員31名が死亡、47名が負傷。ミサイルが直撃したにしては被害は抑えられていたが、しかしこの事件の持つ意味はあまりに重かった。
管理人(その他)のコメント
アスカ 「ついにここにもでてきたわね! まったくゴキブリみたいにあっちこっちと!」
ケンスケ「ご、ゴキブリってあまりにかわいそうな・・・・」
アスカ 「いいの! 放っておいたらみんなしてちやほやするから調子に乗ってどこにでもほいほいほいほい・・・ほいほいでてくるからやっぱりゴキブリよ!」
ケンスケ「あやー。なんかかなりのファンを敵に回しているような気がするんだけど・・・」
アスカ 「敵? 敵・・・・倒すべき敵・・・・ふっふっふ」
ケンスケ「こらこらこら! 勝手にエヴァを動かすんじゃないっ! 危ないじゃないか!」
アスカ 「ふっ 臥竜なんて悠長なこといわないわよ、アタシは! 速戦即決! 大胆、大胆、常に大胆!」
ケンスケ「君の場合は誤断誤決、粗雑、粗雑、常に粗雑じゃないのか?」
アスカ 「ほっほ〜。そういうことをいうか〜」
ケンスケ「あいや待った待った! そうすぐに殴りかかるのが粗雑だっていうんだ! ほらほら、シンジがくるぞ!」
シンジ 「ふ〜ひさしぶりにこっちにきたな〜。なんか二人で楽しそうにやってるじゃない」
ケンスケ「これが楽しかったら、渚のやつは楽しすぎて死ぬだろうなー」
シンジ 「ん?」
アスカ 「何でもないわよ! あんたはごちゃごちゃうるさい、黙ってなさい!」
ケンスケ「ごちゃごちゃって・・・汗」
シンジ 「で、その・・・今後の展開なんだけど・・・・」
アスカ 「アタシは知らないわよ。そうね〜アタシとアタシの名の付くものはすべて大活躍ってとこじゃないの?」
シンジ 「エヴァ弐号機と実験艦「あすか」のふたつ?」
アスカ 「そうね〜なんてったってアタシの名前を冠しているんですもの」
ケンスケ「・・・ってことは・・・・「あすか」に乗っている彼女も大活躍、と」
アスカ 「・・・・・・そう言うか〜(ぽそ)」
ケンスケ「やばっ!」
シンジ 「ケンスケ、何で逃げるんだよ!」
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