<本文書を閲覧する方へ>
この文書は、「戦人たちの長い黄昏」という文書の続編となっています。
一応、「新世紀エヴァンゲリオン」の物語世界を借用し、その登場キャラクターも流用したアンソロジー形式になっていますが、内容は実物とは全く異なります。
私なりに「戦人たちの長い黄昏」にケリをつける為に書かれたものなので、皆様が求めるようなものになっている保証はどこにもありません。「普通の」エヴァ小説を想像しておられる方は、余りの無茶さに呆れる事必定ですので、そのあたり覚悟してご覧下さい。
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<主要登場人物紹介>
前作をお読みでない方、忘れてしまった方の為に簡単な紹介を書いておきます。階級と肩書きは前作終了時点のものです。
妙高タダシ:陸将、第1教導師団師団長。関東地区防衛司令官として使徒迎撃を指揮、戦死。
妙高テツヤ:一等陸尉、第5師団第4戦車連隊第7戦車大隊第2中隊中隊長。タダシの息子。対使徒戦では常に前線にあって奮戦した。
笠置カスミ:一等陸尉、第1教導師団司令部付作戦幕僚。対使徒戦で重傷を負ったが生き残り、現在療養待機中。
鳥海アキラ:海将、第1護衛隊群司令官。
大淀ハヤト:海将補、打撃護衛艦「やまと」艦長。
笠置ミユキ:一等海佐、第1護衛隊群幕僚長。カスミの姉。
大山トシロウ:海上自衛隊技術本部本部長付補佐官。打撃護衛艦「やまと」の主任設計者。「やまと」公試中に病没。
葛城ミサト:NERV作戦部作戦部長。三佐待遇。
赤木リツコ:NERV技術部技術部長。
惣流=アスカ=ラングレー:エヴァンゲリオン弐号機パイロット。
綾波レイ:エヴァンゲリオン零号機パイロット。
碇シンジ:エヴァンゲリオン初号機パイロット。
碇ゲンドウ:NERV司令。
マリア=ロフスカヤ=エッケナー:国連軍事情報局(UNMID)局長。「氷の女王」の異名をとる。
加持リョウジ:元NERV特殊監察部所属、日本内務省情報部の密偵。NERV防諜部に殺されかけた所をUNMIDに確保され、現在保護下にある。
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全ての自衛隊員に。
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「審判の刻」
1:発火点
「貴方の言いたい事は分かりました」
女は、眼鏡を中指で押さえながらそう言った。何か事を起こすときの癖なのだが、後に仇敵となるかも知れない男も同じような癖を持っているといる事までは知らない。
「結局の所、作戦に使えるのは一人だけなのですね」
「その通りです。前回の作戦時よりも、第三東京市の警戒は厳重になっています。新規の工作員を送り込むのは極めて困難、いやまず不可能でしょう」
「そうでしょうね・・・第三帝国最盛期のグロス=ベルリンに黒人のCIA工作員を送り込むようなものだ、そう貴方は書いている」
「あるいは、真珠湾奇襲直後のワシントンに日本人の軍事探偵を潜入させるような」
「なるほど・・・分かりました。妥当な判断です」
UNMID(国連軍事情報局)長官、マリア=ロフスカヤ=エッケナーは、目を通していた書類を揃えると、視線を室内にいる今一人の人物に移した。初めてここにきた時よりも幾分こざっぱりした外見になっているが、その視線までは変えようがない。
「貴方はどう思います、リョウジ?」
かつてのダブルスパイにして現在はUNMIDの客員扱いとなっている加持リョウジは、口元に皮肉気な笑みを浮かべてみせた。
「ま、そんな所でしょうな。監察部も大分張り切っているみたいですしね」
「貴方が上げたレポート、あれは役に立っています」
「ほう。・・・信用して頂いているようですな」
「今貴方が嘘をつく理由は無い、そう考えているまでです」
「なるほど」
彼は腕を組んだ。どのみち俺はまな板の鯉、カゴの鳥だ。そして板前や飼い主は、どうやら俺と利害が一致しているらしい。確かに嘘やはったりをかましても意味がないな。
「工作員というのは、私と面識がある人物なんでしょうな」
「ええ。使えるのは彼女しかいません。我々の組織で最も腕が立ち、しかも潜入に問題がない」
「確かに」
「作戦の指揮は貴方に任せます。よろしいですね」
おっと。いきなりかよ。
その瞬間、部屋の中で平静を保っているのはマリアだけだった。参事官も加持も、腰を浮かしかけていた。参事官が何か言いかけたが、マリアはそれを手で制した。
「第三東京市の状況は彼が最も詳しい。適任です」
「しかし」
「諜報作戦の経験もある」
「ですが」
「エルネスト、貴方が気に掛けているのは信頼性の問題でしょう?それなら問題はありません。私が監視につくし、大体彼が下手な動きを見せた所でどうにもならない。ミユなら独自に判断して行動できる」
「それは・・・そうですが・・・」
「ならば問題は無いでしょう、話は終わりです。エルネスト、情報その他の引継は今週中に済ませなさい。作戦発動時期はリョウジ、貴方に任せます。出来るだけ急いで貰いますが」
「は・・・はあ」
「分かっているとは思いますが、この作戦は我々の、そして人類の存亡を掛けたものです。決して失敗は許されない。これ以上、あの化け物どもの好きにはさせておけません」
マリアは薄く笑った。もろちん口には出さなかったが、その言葉は続いている。
そして・・・私から全てを奪った奴らの息の根を止めてやるのだ。その野望が実現目前になっている今。
望みが指先から滑り落ち、何もかもを失う絶望・・・お前達も味わうがいい。
「君の信頼性を疑っている訳ではないんだ」
長官室を退出してすぐ、UNMID長官室首席参事官エルネスト=グナイゼナウは肩をすくめながらそう言った。言い訳というより、多少困惑している口調だった。
「気を悪くしないでくれ」
「いいんだ、気にするな」
「それなら助かるが・・・いや、それよりも、君が動かす工作員のことなんだ」
ワーテルローでナポレオンの大陸軍を倒したプロイセン陸軍の伝説的名参謀長を先祖に持つというこの男は、それから連想しがちなゲルマン的なものをまるで感じさせない口調と表情で続ける。元々グナイゼナウ将軍は軍人らしくない軍人だったと言われるが、この男もそうだった。若手のフリーライターかカメラマンを思わせる、俊敏で軽快そうな印象を振りまいている。
「あの子は確かに優秀だ、この上無い位にね。だが」
「扱いが難しいのか」
「ああ。あの子を本当に理解しているのは、多分長官だけだろう。君の救出作戦の指揮を執った時も、僕は指揮官と言うよりただの報告中継器だった」
「・・・ま、女の子の扱いに掛けては、君より俺の方が上だろうさ」
「それならいいんだが、一筋縄ではいかないぞ」
グナイゼナウは再び肩をすくめた。
「とにかく、うまくやってくれ」
事態は深刻だ、と彼らは考えていた。
報告が上がってくるたび、レポートが提出されるたび、それは確信へと変わっていった。
ある者は、先の戦闘(「第三東京市防衛戦」と呼称されていた)において、陸上自衛隊が戦力をすりつぶし過ぎたのがまずかったのだと言った。またある者は、海上自衛隊が猪突した挙げ句虎の子の打撃護衛艦「やまと」を喪失したのが要因だと主張した。航空自衛隊は一見槍玉に挙げられていないようにも思えたが、しかし彼らが関東地区に補給物資を集中させていた事とそれをほぼ使い切った事を知っている者はそれを批判した。
ともあれ、彼らの認識は一致していた。
「えらいことだ」
総括するように呟いたのは、つい半月前に統合幕僚会議議長に就任したばかりの敷島ヨシアキ海将だった。呉地方隊司令官でキャリアを終えると誰もが思っていた彼がここにいるのは、部内の人事に詳しい者にとっては奇跡か冗談としか思えないことだった。彼はここ2年と少しで第1護衛隊群司令官、護衛艦隊司令官、自衛艦隊司令官と海自のメインストリームを歴任し、海上幕僚長を省略してついに統幕議長に登り詰めてしまったのだった。別段切れ者という訳でもなく、政治力に長けている訳でも無いと言われる彼がここにいる理由について色々憶測が為されているが、口の悪い者は「敷島サンがそうだからだ」、つまり政治力もなければ切れる訳でもないから、と言っているらしい。
「えらいことだ」
敷島はもう一度繰り返した。余りに漠然とした台詞だった。しばしの沈黙が会議室を支配した後で、たまりかねたように机を叩いた者がいた。陸上幕僚長、北上タカシ陸将だった。
「その位の事は分かりきっている。我々が今考えねばならぬのは、だからどうするのかという事じゃないですか」
「ああ、そうだね」
「ならば!」
「まあ落ち着こう、北上君」
敷島は穏やかにそう言った。穏やか過ぎる位だった。
「ここで我々が騒いでどうなる」
「騒げと言っているのではない、もう少し危機感を持たねばと言っているんです」
「だからえらいことだ、と」
「・・・」
「とにかく、今は頭を冷やしましょう」
口を挟んだのは航空幕僚長の伊勢アキト空将。海上幕僚長長良エイジ海将は、先ほどから腕組みをしたきり黙っている。
「・・・そうですな」
「うん、では始めようか」
敷島が促す。そこで長良が初めて口を開いた。
「羽黒君が来ていませんよ」
「ん、ああ、定時に来ないのが悪いよ」
他の二人も無言で頷く。戦略自衛隊のトップ、戦略幕僚長の羽黒シゲアキ戦将はまだ来ていない。どこにいるのかも分かっていない。通知は行っているはずだったが。
「また横須賀詣でじゃないかな・・・まあいい、始めよう。ペーパーはいっているね」
「は」
一同は配布されたペーパーに視線を落とした。統合幕僚会議の中枢、要は制服組のトップ会談。戦自の人間がいない分、実戦部隊のトップ会談といった所だろうか。
「先ほど情報一課から上がって来た、最新のレポートだ。見ての通り、事態はますますまずいことになっている」
男達の口から、うめきともため息ともつかないものが漏れる。
ペーパーに記されていたのは、高麗軍の動静についての最新情報だった。
セカンドインパクト以後の混乱のさなか、ようやく宿願の統一を果たした南北朝鮮。彼らは伝統ある高麗の名を国名とし、国家再建を成し遂げていった。国連が世界秩序の中心となり、ヴァレンタイン休戦臨時条約が発効した後も、彼らの歩みは営々として続いていた。
自衛隊の幹部達は彼らの脅威を感じてはいたが、しかしそれを口に出す事は許されなかった。彼らに対する伝統的な国民感情というものもあったし、セカンドインパクト後の世界新秩序の中でそうした事を口に出すのは一種のタブーになっていたからだった。ようやくここ数年、目覚ましく増強された高麗軍に対抗する備えが認められるようにはなってきたが、しかし使徒の襲来でそれも消し飛んでいた。
そして、これだ。
「この時期を狙っていたとしか思えん」
仏頂面で長良が呟いた。
「役人どもは何をしているんだ」
これは伊勢。
「見ない振り、じゃないかな」
無表情に敷島が言うと、再び北上が机を叩いた。
「冗談ではない、これは明らかに挑発だ」
「だから見ない振り、と」
「敷島さん、いい加減にして下さい。これを黙って見ていろと言うんですか」
「黙ってなどいないさ」
相変わらず無表情を貫きつつ、敷島が視線だけ北上に向けた。
「長官には話を通した。面識のある議員や大臣にも非公式に話をしてある。それでこれだ」
「それでは・・・」
「現憲法下の現職自衛官にできる事はしたし、これ以上は出来ないよ。私もこれでいいとは思わないが、民主主義下の軍人であることまで否定するつもりは無い」
さすがの北上も、何事かを言いかけて沈黙する。室内の空気が、鉛のように重くなった。
その沈黙を破ったのは、先ほどから言葉少なな長良だった。
「舞鶴の3群は出動準備を完了しています」
「・・・長良君」
「神戸の「そうりゅう」は最終艤装をほぼ完了しています。上がり次第、試験を省略して舞鶴へ回します。1群の「ひりゅう」と「ずいかく」のグループにも、舞鶴へ回航するよう指示を出しました。自衛艦隊の編成に関する指揮権は私にあります。先だって「おおすみ」も3群へ回してありますから、小島一つなら十分獲れます」
そう、高麗軍は竹島、彼らの言う所の独島付近で大規模な演習を重ねているのだった。本国でも軍の動きが活発化している。セカンドインパクトでも生き残ったこの小島に関する問題はヴァレンタイン条約での係争凍結条項に含まれているが、高麗の動きはそれを無視したものだった。日本の外務省は抗議を続け、国連にも提訴しているが、今のところ効果は無い。
「兵力展開云々はともかく、こちらも演習位やれませんか」
「無理だ」
敷島は首を振る。
「奴らを刺激するなと、上からな」
「では、泣き寝入りをしろ、と」
「さあ、どうだろう」
北上の表情が変わる。怒るより先に呆れたらしい。
「敷島さん」
「我々は民主主義下の軍人、いや自衛官なんだよ」
無表情を保ちつつ、彼は繰り返した。
「我々は剣であり、楯だ。それを操る手ではない。出来ることは、それがいつ抜かれても構わぬように準備しておくことだけだ」
再び一同を沈黙が支配する。
その時、会議室の扉が開き、一人の男が入ってきた。室内の雰囲気など無視した高い足音を立て、空席になっている自分の椅子に手を掛ける。戦略自衛隊幕僚長、羽黒シゲアキ戦将その人だった。
「羽黒君、時間は厳守して貰う」
視線を向けず、低い声で敷島が言う。しかし羽黒は返事もせず、大げさな音を立てて椅子に腰を降ろした。
「羽黒君」
「新横須賀でUN司令部と会合がありましてね、そちらが重要ですから」
怜悧、としか言いようのない印象の彼は、血色の悪い薄い唇に薄い笑みを浮かべるとそう言った。
瞬間、北上が立ち上がりかけた。明らかに血相を変えていた。反射的にその右手を長良が掴み、伊勢が腰を浮かせて北上の前に割って入る。敷島は表情を変えず、羽黒に視線だけ向けた。
「貴官はここより新横須賀での会議の方が重要だと言いたいらしいが」
「子供にでも分かることでしょう」
「貴様!」
北上が怒鳴る。羽黒は眼鏡越しの細い視線をちらりと声の方に向けた。
「誰かと思えば、北上閣下ですか。相変わらずお声が大きいですな」
「よくもしゃあしゃあと・・・」
怒り狂った猛虎さながらに、北上が身を乗り出す。ずば抜けた長身と体躯を誇る彼を、長良と伊勢は何とか制止していた。さっさと手を離してしまいたいと思いながら。
敷島はそれを横目で見やると、仏像のように全く表情を変えずに口を開いた。
「羽黒君、残念だが今回は君には関係の無い話だ。定時にも遅れているのだし、引き取って貰おう」
羽黒は少し唇を歪める。眼鏡のレンズが微妙にきらめいた。
「ほう」
「高麗の動静に関する話だ。戦自にもUNにも関係はないだろう」
「・・・ふむ、そういう事ですか。そんな事を言っていいんですか、いざと言うときは」
「いいのさ。UNの手は借りない」
「大きく出ましたな。最近、自衛隊は何と言われているかご存じですか?」
怜悧な眼光に傲岸な色が浮かぶ。しかし、その視線の先に今一人が割り込んだ。
「UNの丁稚に忙しくて何も出来ない誰かさんよりはマシだ」
寡黙な長良だった。冷厳と言い放つ。さすがの羽黒も表情を変えた。
「・・・言いたい事を」
「先の使徒迎撃戦で、君らは何をしていたのだ?」
「それは」
「言い訳があるなら聞いてやる。言ってみるといい」
「それは・・・そう、UNと高度に戦略的な・・・」
結局、国連軍と戦略自衛隊は先の戦闘では何もしていない。それは厳然たる事実だ。
「さしずめ戦略的行動とでも言いたいのだろう。ふん、戦略ね・・・よく使われる言葉だな、特に口先だけの能なしが言い訳をするのによく使われる」
「・・・」
「誰も君らなどあてにしていないから、大好きな新横須賀に帰るといい。司令部も移してしまえ、UNに頼めばオフィスくらい貸してくれるだろう。何なら海自の倉庫でも貸して差し上げていい。会議の結果も後で知らせてやるから、もう出席しなくても構わないよ」
他の二人はあっけにとられて長良を見つめていた。いつもは「サイレント=アドミラル」で通している長良がここまで毒舌を振るうとは、誰も予期していなかった。
羽黒は表情をこわばらせている。
「・・・言いましたな」
「言ったさ。さっさと失せろ」
羽黒の表情は完全にひきつっていた。
・・・それでいい、長良君。官僚もどきにはこれが効くんだ・・・。
それを横目で一瞥した敷島は、おもむろに机を一つ叩くと立ち上がった。
「今日はこれにて散会、次回は追って通達する」
「いいんですな、敷島さん」
と羽黒。しかし敷島は何も答えず、そのまま会議室を後にした。他の三人もそれに続く。
後には、蒼白な表情の羽黒だけが残された。
彼はしばらく何か呟いていたが、やがて会議室に設置されている電話の受話器を取った。
あの戦いで第1教導師団が司令部を置いていた小高い丘の上には、最近になって簡素な慰霊碑が立てられていた。陸上幕僚長北上陸将が墨書した「義烈」の二文字が、自然石に彫り込まれている。
三等陸佐への昇進が内定している妙高テツヤ一尉は、その前に黙って立っていた。石碑の傍らにはまだ時を経てはいない花束が置かれていて、彼は少し眉をひそめる。しばらく花束を見つめた後、首を一つ振ると手に持っていた一升瓶をその脇に添えた。
敬礼。
「親父、来たぜ」
そう呟くと、一升瓶の栓を抜く。父が好きだった麦焼酎を瓶の半分ほど慰霊碑に注ぐと、彼はその前に腰を降ろした。自分でも紙コップを取り出し、手酌で一息に干す。父に似て、酒には自信があった。
「また戦さだそうだよ。今度は韓国・・・もとい、高麗とやるんだそうだ。北上のおじさんと話したけど、多分どうにもならないそうだ」
北上陸将は、彼の父より防大の二期先輩にあたる。子供の頃から家族付き合いの間柄で、任務を離れれば今でも叔父と甥っ子のような関係にあった。
彼の速い昇進のわけを父とその先輩に求める者も多かった。その陰湿な噂はあの戦いによって払拭されたが、しかし引き替えに彼が失ったものもまた大きい。
「俺がこんな事を言うと親父は怒るかも知れないが・・・参ったよ。正直、嫌になった」
父を失い、部下を失い、友、あるいはそれ以上になるかも知れなかった女性を失い・・・。
「・・・畜生」
もう一杯あおる。そこで、背後に気配がした。
「・・・妙高テツヤ一尉、ですね」
「・・・ん?」
振り向くと、女が立っていた。陸自の制服姿だったが、上着は肩から掛けているだけで左腕はギブスで固定され首から吊っていた。階級章は一尉を示している。袖のワッペンは富士山と流星をデザインしたそれ、現在再編成中という第1教導師団のものだった。
女は、無事な右腕で持っていたハンドバッグを下ろし、敬礼した。
「はじめまして、笠置カスミ一尉です。妙高閣下の下で、作戦幕僚を務めていました」
「ああ・・・君が・・・」
妙高は立ち上がり、答礼した。
・・・この子が、師団司令部唯一の生き残り、か・・・。
「療養中、と聞いていたけど?」
「はい。今朝退院しました。父上のご葬儀には参列できなかったものですから、ここへ」
「そう・・・じゃ、この花は、君か」
「そうです」
笠置はじっと慰霊碑を見つめていた。その大きな瞳一杯に、涙が溢れていた。見ていられなくなって妙高は目を背け、さらに焼酎を注いだ。
「父上は・・・妙高閣下は立派な方でした。私は今までに、閣下のような上官に会った事はありませんでした。私にとっては先生のようでもありましたし・・・父のようにも思っていました・・・」
「・・・そう、か・・・」
「はい。私の父は、私がまだ子供の頃に死にましたので」
「・・・」
聞いてるか、親父?格好いいじゃないか、死んだあとこんな事言って貰えるなんて、滅多にあることじゃないぜ・・・。
「あ、ああ。そうでした」
涙を拭うと、笠置はハンドバッグから紙の包みを取り出した。
「閣下から、あの前日に渡されたものです。あなたに渡して欲しい、と」
「・・・親父から?」
包みを開けると、本が三冊入っていた。黒い表紙の素っ気ない装丁の本だった。表紙にはこうタイトルが書かれていた。
防衛態勢における機動戦術概要。
著者の名前は陸将妙高タダシ、とあった。
「これは・・・」
「防衛研究所で製本したものの見本誌だそうです。閣下のところに届いたその場で、最初の三冊をこうして包まれました」
「ああ。親父がずっと書き継いでたものだ・・・」
表紙を開くと、その扉のところに毛筆で書き込みがしてあった。言うまでもなく、見慣れた父の筆跡だった。
贈之妙高一尉(これを妙高一尉に贈る)。
「親父・・・」
思わず、拳で涙を拭う。目に見えるようだった。製本されてできてきた最初の一冊を手に取り、その場で書き記したのだろう。嬉しそうな顔をしていたに違いない・・・。
残る二冊も開いてみる。次のものには、贈之笠置一尉とあった。
「これは君のものだ。受け取ってくれ」
「・・・はい」
受け取ると、笠置はそれを胸に抱きしめた。
更にもう一冊。
贈之葛城三佐。
「葛城三佐・・・?誰だ、聞いたことがないが・・・」
笠置ははっとしたようにその一冊を見つめた。彼女はしばらく黙っていたが、ややあって口を開いた。その表情には、明らかに躊躇いがあった。
「私、存じていますが・・・」
「誰だい?」
「はい、その・・・」
「教えて欲しい。親父がわざわざ本を贈ろうとしていた相手だ。出来ることなら、形見として会って自分で渡したい」
「はい・・・分かりました」
彼女は一つ頷くと、じっと妙高を見つめた。
「葛城ミサト三佐。NERVの作戦部長です」
「・・・!」
その瞬間の妙高の反応は、笠置が半ば予期していた通りのものだった。
穏やかだったその表情は一変した。視線は殺気すら漂わせ、眉間には怒りが閃いている。腕は震え、今にもその本を地面に叩き付けそうだった。
「NERVの・・・作戦部長だって!」
「はい」
「冗談じゃない!親父を殺したのは誰だと思っているんだ!」
「・・・」
「あの馬鹿どもじゃないか!」
笠置は黙って彼を見つめていたが、ややあって口を開いた。躊躇いがちに。
「私、葛城三佐にはお会いした事があるんです」
「・・・」
「妙高閣下も高く買っておられる方でした。人柄も良さそうに思いました。少なくとも、私はNERVがああいう行動に出た責任は無いのだろう、と思っています。内々に聞いた話ですが、あの指示はNERV最上層部・・・つまり司令から出たそうです」
「しかし、そいつは作戦部長なんだろう?」
「ええ、確かにそうです。私は別に葛城三佐を庇うつもりはありませんが、でも閣下がわざわざ本を贈ろうとしていた人だという事も心に留めて欲しいのです」
「・・・」
妙高は改めて本を見つめた。息子である俺。部下である笠置一尉。それと並べてこいつ、か。
「ここだけの話ですが」
周囲を素早く見回すと、笠置は声を落とした。
「・・・妙高閣下は有事においてNERVとの連帯を考えておいででした。葛城三佐はその際の有力な協力者になる、そう考えておられたようです」
「連帯?笑わせる、そいつにどんな目に遭わされた事か!」
「でも、それが三佐の本意だったとは思えないんです。戦闘開始前に、NERV作戦部長名でNERV地上部隊の指揮権委譲が為された事はご存じですか?」
「いや・・・そんなことがあったのか?」
「はい。葛城三佐は自発的に、部隊の指揮権を妙高閣下に委譲しています。いままでに例のない事でした・・・多分三佐自身は、我々に好意を持っていたのだと思います」
「・・・命令には逆らえず、という事か・・・」
「・・・多分」
沈黙。
妙高は首を振ると、笠置に本を手渡した。
「・・・やはり、君に渡しておこう」
「・・・」
「君から三佐に渡してくれ。そして、伝言を頼みたい」
「はい」
「俺が・・・妙高の息子がこう言った、と。俺はお前達を許しはしないが、あんた個人に俺に会う度胸があるのなら出てくるがいい、話は聞いてやる、と。もしも疚しい所があるなら出てこなくても結構だが、その場合俺はあんたを決して許さない、と」
「・・・分かりました」
丘の上を風が吹き抜ける。ここが激戦地だとは到底思えぬほど、甘い風だった。
管理人(その他)のコメント
カヲル 「ふーっ、やっとアスカ君があっちに行ってくれたよ」
ケンスケ「惣流のやつはいっぺんキレると手が付けられないからなー」
カヲル 「N2の直撃食らっても生きていそうだし」
ケンスケ「いやいや。平気な顔してるさ。絶対に」
カヲル 「でも、彼女の弱点を僕は知っているよ」
ケンスケ「なになに? 本当? それさえあれば・・・・僕はもう殴られなくてもすむじゃないか!」
カヲル 「しかし・・・・(もごもご)」
ケンスケ「なんだよ? もったいぶらずに教えてくれよ!」
カヲル 「これは諸刃の剣だから・・・・僕としてはあまり使いたくない・・・・」
ケンスケ「毎回ぼろ雑巾のように殴られてもか?」
カヲル 「そうなんだよ。そこが悩ましいところなんだ。殴られる苦しみをとるか、シンジ君を彼女に近づける苦しみをとるか・・・・」
ケンスケ「近づけるって・・・・なんだ、シンジを使うのか〜」
カヲル 「何だって何だよ」
ケンスケ「惣流が僕らをいたぶってること、シンジにはばれないようにしてるの知ってるだろ? 苦しい言い訳や強引な説得など・・・・シンジがそれに丸め込まれているからこそ、僕らは苦労しているんじゃないか!」
カヲル 「ちっちっち。まあまあ。話には続きがあってね」
ケンスケ「なんだよ・・・・そのでかいものは」
カヲル 「ほら、これだよこれ」
ケンスケ「何々・・・・贈之アスカ・・・・みんなで仲良くしてね。特にカヲル君とケンスケとは・・・・をい」
カヲル 「どうだい? 我ながら見事な計画だろう? 今回のこの話を見て、僕は思ったんだ。こうすれば彼女だっておおっぴらに殴ることはないだろうってね!」
ケンスケ「なんで・・・・僕の文字はちっちゃくて君の文字はでかいんだ?」
カヲル 「いやまあ、それはアイデアの勝利ってことで」
ケンスケ「ちょっとまてー!」
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