8

 打撃護衛艦「やまと」は、快調に砲撃を続けていた。
 火器管制システムのほとんどはダウンしたままだったが、主砲は生きている。今回は、主砲さえ撃てればそれでいいはずだった。ダウンしたシステムも、笠置一佐が懸命の復旧作業を続けている。NERVからのハッキングを防ぎきった今、「やまと」をさえぎる者は存在しなかった。
「第51斉射、準備完了」
 艦橋に戻った鳥海以下の幕僚達の視線の先で、前甲板の二基の主砲塔の旋回が終わり、右の砲身がわずかに仰角を掛ける。電磁砲とはいえ、砲身を冷やしながら撃たなければならないのは普通の大砲と似通っている。
「射ぇ!」
 砲術長睦月二佐の号令がスピーカーから響き、継いで轟音と閃光が走る。

 陸上自衛隊最強の部隊はついにその牙を剥いた。
 陸上自衛隊第1教導師団。
 系譜をたどれば、その前身はかつての陸上自衛隊富士学校だ。幹部の実地教育の総本山という位置づけのこの学校は各種の教導部隊を持ち、若い幹部からヴェテランまで、それぞれのレベルにおいての指揮実習を行っていた。それを実働部隊として師団兵力に編成したものが、この第1教導師団だ。
 しかし、その内容はかつての「練習部隊」とは大いに異なっている。どちらかと言えば、かつての第三帝国における「戦車教導師団」か「大ドイツ(グロスドイッチュラント)師団」、旧帝国陸軍の「近衛師団」に近いものがあるかも知れない。装備は最新鋭、隊員は選り抜きのヴェテランばかり。名実共に、陸自最強、最精鋭だ。
 それだけに、その兵力展開と戦闘態勢移行の手際の良さは水際立っていた。妙高が指揮所に選んだ小高い丘を中心に素早く展開すると、航空支援を仰ぎつつ前衛の戦車連隊が牽制攻撃を掛ける。その間に、配置に手間取る特科連隊が展開、戦闘態勢に入ったのだった。
 まさに、その効果は劇的だった。
 第5師団、そしてその右翼に展開した第1空挺師団に注意と兵力を誘引されていた敵は、その隙に楔のように打ち込まれた第1教導師団の攻勢を防ぐことが出来なかった。致命的な半包囲と分断の罠に掛けられたのだ。
「アウステルリッツ、ですね」
 笠置一尉の表情は素直に感嘆の色を湛えている。さしずめナポレオンといった格好の妙高は、ここはやはり素直に会心の笑みを浮かべていた。
「俺の擲弾兵も、なかなかじゃないか?」
 そう、第1教導師団はアウステルリッツにおけるあの「スルトの擲弾兵」だった。プラッツェン高地に突撃してロシア皇帝近衛軍を撃砕し、かの芸術的勝利を確定されたあの第W軍の役回りを果たしていた。
「5師より報告・・・敵は明らかに混乱しているようです。前進攻勢の許可を求めていますが」
 ニヤリ、と妙高は笑った。
「当然だ。5師に伝達、両翼と連動しつつ敵を追撃せよ。詳細は任せる、存分にやれ、と」
「はっ」
 妙高は上機嫌だった。上機嫌で指揮を執っていた。
「1空師に7師が追いついたようです。連動して攻勢に入ります」
 続けて報告が入る。第7師団の一部、それにNERVの地上部隊を加えた混成部隊も戦闘態勢に入ったらしい。
「足を引っ張らなければいいがな。所詮は急拵えの混成部隊だ」
「沖風師団長は張り切っていたようですよ。NERVの小僧どもに戦争を教育してやるんだ、とおっしゃっておられたとか」
「ほう・・・そりゃ頼もしい」
 そういえば、と妙高は思い出した。
 そういえば、あのお嬢さんはどうしているだろう。挨拶でもしておいた方がいいかな。
「笠置一尉、NERV本部の葛城作戦部長を呼びだしてくれ。一応挨拶しておこう」
「挨拶、ですか」
「そうだ。協力にも感謝しておきたい」
「・・・下手したら嫌味に取られますよ」
「そこまであのお嬢さんは馬鹿ではなかろう」

 スクリーンに浮かび上がった妙高の表情には精気と闘志が漲っていた。ミサトが知る限り、ここまで若々しい印象を与える五十男というのもそうはいない。
「葛城です」
 敬礼。妙高もラフな敬礼を返す。少し笑ったのは、ミサトの周囲でスクリーンを覗き込んでいる連中の顔が映っていたからだった。まあNERVは軍隊組織ではないからうるさい事は言うまい。
「君の所にも作戦経過は行っているとは思うが、一応説明しておいた方が良かろうと思ってな」
「ご配慮、感謝します。経過はほぼこちらでも把握しているつもりです」
「だろうな」
「私見を述べさせて頂くなら、お見事としか言いようがありません。正直、閣下と自衛隊がここまでの作戦能力を持っているとは思っていませんでした」
「ほう。誉められたと取っていいのかな」
 妙高は苦笑したようだった。
「だが、悪いがそれでは誉めた事にはならんよ。素人に見抜かれるような巧みさというのは、本当の巧みさとは言えんだろうからな」
 傍らで日向の表情が変わる。ミサトはさっと手で制した。
「お手柔らかに願います、閣下。素人である事は確かですから」
「はは、謙虚なのはいい事だ」
 これも人徳というものなのだろうか、とミサトは思った。妙高は相当きわどい事を言っているのだが、それが刺々しく聞こえない。丁度それは、大学の教授か何かが生徒へ向けて軽い嫌味を言っているようにも見えた・・・え?
 そうか。学べ、と言っている訳ね、妙高陸将。ミサトは一つ頷いた。
「貴官のところの部隊もそろそろ戦闘に加入する。良い働きを期待している」
「足を引っ張らなければいいのですが」
「なに、そんなドジは踏まんよ。それでは、また後ほど」
 通信が切れる。
 同時に、日向が立ち上がった。ヘッドセットをコンソールに叩き付ける。あきらかに激昂しているようだった。
「畜生!」
 面に朱を注いでいる彼を横目で眺め、ミサトはため息をついた。
「・・・怒っても仕方がないでしょ」
「葛城三佐は悔しくないんですか!」
「別に、悔しくはないわ」
「なんで・・・!」
 ミサトは敢えて表情を消し、冷厳と言い放つ。
「悔しいと思うのは、対等の立場に立っていると思うからでしょう?NERVと自衛隊は対等じゃないわ。戦争をやらせれば、彼らの方が上よ。何せプロなんだから」
「・・・葛城三佐・・・」
「そうよ、NERVは軍隊じゃないもの」
 一瞬あっけに取られたような表情を見せた日向は、次の瞬間にはミサトから視線をそらし、呪文を唱える呪術師のような表情で呟いた。
「あの偉そうな態度・・・自衛隊のくせに!」
「・・・」
 彼らの苦労がしのばれる。二言目にはこれなんでしょうからね・・・。
「そう。そういう言い方をするなら、もう言う事は無いわね、日向君」
「・・・」
 返事がないならそれで結構。ミサトは視線を上げ、スクリーンを見やった。異変が起きたのはその時だった。
 異変と言っても、それはつい最近まで見慣れたものだった。エヴァンゲリオン弐号機出撃準備完了を示すサインがそれだった。
 ゲンドウもそれに気付いたらしい。次の瞬間、声が天から降ってきた。
「エヴァ零号機及び弐号機を射出。あらゆる障害を排除し、使徒本体を確保しろ。同時にNERV全部隊はエヴァを支援、手段は問わない」
「・・・!」
 ミサトは「天」、司令席を振り仰ぐ。その表情は一瞬のうちに蒼白になっていた。
「無茶です、司令!今エヴァを出撃させれば、自衛隊の戦線が混乱します。下手をすると・・・!」
「問題ない。指揮権は我らが優越している」
「そういう問題ではありません!」
「・・・使徒本体の確保は何事にも優先する。自衛隊の犠牲はこの際許容される」
「司令!」
「復唱はどうした」
「・・・」
「葛城君・・・君は何者なのだ?何の資格故に、ここにいることを許されている?それも分からないのか?」
 あまりの事に声が出ない。
 しかし、そうなのだ。
 あたしはNERVの作戦部長。今まで、自分の指示一つでどれだけの自衛隊員を殺して来た事だろう。そう、エヴァの出撃時間を稼ぐため迎撃を指示する度に、自衛隊は黙々と報われぬ迎撃任務にあたっていった。あたしが指示を出すたびに、彼らは確実に死んでいったのだ。
 そのあたしが、今更自衛隊に同情してどうするのだ?彼らはNERVにとってはただの捨て石、そう考えてきたじゃないか。
・・・でも、それが本当に正しかったのだろうか。
 いや、それは今考える事じゃない。
「せめて、事前の警告だけでも・・・」
「無用だ。一刻を争う」
 あたしに引き金を引け、と?
 惨劇の幕を開けろ、と?
「・・・」
「命令よ、ミサト」
 リツコの声。
 命令。ああ、何故あたしは今ここにいるんだろう。こんな所にいるべきではないのに。嫌だ、なんであたしがこんな事を・・・なんで・・・。
「・・・分かりました。エヴァ零号機及び弐号機、出撃させます」
 消え入るような声で復唱する。
 あたしは何者なんだろう。少なくとも自衛隊にとっては魔女なのかも知れない。
 視線を落としたその横顔をリツコがじっと見つめている事に、彼女は気付いていなかった。

 射出坑を駆け上がっていく感覚。
 ようやく動いたわね、このガラクタ!
 地上に降り立った惣流=アスカ=ラングレーは、素早く周囲を見回した。前方、目標の方に閃光や砲煙が見える。走れば大した時間は掛からないだろう。
 横を向くと、青い零号機も射出されてきた所だった。
「ファースト、さっさと片づけるわよ。いいわね!」
「・・・」
 例によって返事は無い。それにも苛立ちながら、アスカは行く手を睨んだ。
 全てが彼女を苛立たせていた。エヴァがなかなか言うことをきかない事も、彼女たち抜きで戦闘が進んでいる事も、そしてそれが一定の効果を挙げているらしい事も。
 使徒を倒すのは自分だ。
 NERVのメンバー達以上に、彼女は自分の存在意義をそれに見出している。無意識のものであるとは言え、それは間違いなかった。そしてそれを阻害する全ては、彼女の敵だった。
「いくわよ!」
 駆け出す。
 足下のものに注意を払う必要を、彼女は感じなかった。「そいつら」も敵だから。

 状況は、一変した。
 考えてみれば戦場での「状況」など、あらゆる事象のあやういバランスの上に成り立っているに過ぎない。何かが一つ崩れれば、何かが一つ動けば、簡単に全てが激変する。
 しかし、この変化はどうだ?うまくいっていた全てが崩壊した。神でない身の俺に、予測などできる訳もない。
「閣下!」
 悲鳴のような幕僚達の声。
 妙高は能面のような表情で状況表を睨んでいる。
 そこに記されている情報、そして耳や目から入ってくる情報は、それが全て崩壊しつつある事を示していた。
「閣下!」
 ・・・そういう事か、お嬢ちゃん。俺はあんたを買いかぶっていたようだな。握手できるかと思ったら、途端に肘鉄か。所詮あんたもNERVだったって訳か・・・くそっ!
 しかし今は恨み言を言っている時でも無い。
「進路上の各部隊は独自判断で待避。他の部隊は現状を出来うる限り維持せよ」
 呻くように指示を下すが、しかし間に合いそうにもない。いや、現に間に合っていない。既に特科大隊が二つ、「NERVのからくり人形」、エヴァンゲリオンに踏み潰されている。その支援を受けるはずだった前衛の普通科連隊もまた苦境に立たされている。更にはNERVの要塞部隊がめくら滅法に攻撃を開始、その火力のほとんどは自衛隊に被害を与えていた。
「・・・海自と空自に支援を求めろ。手当たり次第、何でも良い。敵の前線を止めてくれ、と」
「はい」
「隙が出来れば兵を引く・・・いや、出来なくても引かなければなるまい。さもなければ・・・」

 前線で力闘するその息子、妙高一尉もまた苦境に立たされていた。
「どういう事だ!話が違うじゃないか!!」
「俺に言うな!」
 怒鳴ってみても、相手の反応は同じだった。つまり困惑している。
 突撃に成功して敵前面を突破した第5師団の各戦車大隊は、後続の普通科大隊・・・つまり歩兵の浸透を待っていた。歩兵の浸透が無ければ突撃して敵の戦線に穴を開けた意味がないし、それどころか取り残された戦車大隊は一つ間違えば全滅してしまう。
 その普通科大隊が来ない。
「42大隊は他の戦線に投入された。貴隊の支援に回せる部隊は存在しない」
「冗談じゃない、俺達に死ねって言うのか?後続のアテも無いのに突撃させたってのか?」
「そうじゃない、違うんだ。42大隊は師団左翼の維持に投入された。左翼にいた13連隊が壊滅したんだ、仕方がないだろうが」
「・・・!」
 符丁も通信定型も忘れて怒鳴り合っている。どのみち普通じゃない。
 頭を冷やしてみよう。妙高は眉をしかめた。
 つまりこういう事か?師団の前衛左翼にいた第13普通科連隊が壊滅し、第42普通科大隊がその補充として投入され、左翼を維持している。編成としては連隊より規模が小さい大隊を投入しなくてはならないほど、戦線は維持できなくなっているのか?
 どういう事だよ。俺達は勝っていたんじゃないのか?
「理由は教えて貰えるのか」
「・・・NERVの馬鹿どもだよ。連中、突然あの何とかいうからくり人形を出撃させやがった。あれが勝手に走り回るおかげで、後方が大混乱に陥っている。その上、要塞部隊が何を血迷ったのか知らんが無茶苦茶に撃ちまくってやがる。13連隊がやられたのも、特科大隊が潰されたせいで支援を受けられなくなったせいだ」
「・・・畜生め!あの気違いどもが!」
「分かってくれたか?分かってくれたなら、何とかして逃げてくれ。待避許可は出ている」
「・・・了解した。何とかする」
「済まない。終ワリ」
 最後だけはまともに通信が切れる。一つ息をつくと、彼は隣接する第3中隊の中隊長、例の大鷹一尉を呼び出し、状況を手早く説明した。
「・・・状況は了解した。何とかして後退するしか無いな、我々は突出しすぎている」
「好きで突出した訳じゃない」
「分かってる・・・よし、第3中隊が後衛を務める。貴隊から後退してくれ」
「・・・おい、しんがりは我々が」
「貴隊の位置が悪い。入れ替えている余裕はない」
「こちらの方が被害は少ない。後衛をやるなら・・・」
「何度も言わせないでちょうだい。位置を入れ替えている余裕はないの」
 ふといつもの口調に戻る。妙高ははっとした。
「駄目だ、あんた死ぬつもりか!」
「任務で忠実でありたいだけよ」
「やめろ、勝手に・・・」
「勝手に死ぬなって?まだそう決まった訳じゃないわよ。それに、ね・・・あんたに無様な所は見せられないからね。通信終ワリ」
 一方的に無線が切れる。
・・・畜生!
「第3小隊から順次後退するぞ、急げ!」
 指示を下しながら、彼は歯ぎしりするように思考を巡らせている。それは大鷹の無事への祈りと、NERVへの怒りだった。

 無惨としか言いようがなかった。戦線は崩壊し、戦場は魔女の大釜が蓋をあいたような有様と化している。
 海上自衛隊第1護衛隊群は総力戦に移行していた。陸自からの悲鳴のような救援要請を受け、もはや投げつけられるものは全て投げつけていた。
「司令、連中の・・・ええと・・・エヴァンゲリオン、が前線に接近しつつあります。目標をシフトした方が良いのでは・・・」
 打撃戦幕僚吹雪二佐の進言には、しかし実が籠もっていなかった。どうせ却下される事は分かっていたし、彼自身それが容れられてたまるか、と思っている。
 そして案の定、鳥海海将はそれをはねつけた。
「奴らは陸自を踏みつぶしながら暴れてるんだ。こちらだけ遠慮してやる義理など無い」
「はあ」
「構う事などあるものか。遠慮なく叩き込んでやれ」
 さすがに狙って当てろ、とは言えないが、しかし彼はそうしたい気分だった。奴らのせいで全てが台無しになってしまった。どころか、今もあの炎の中で同僚が次々と殺されているのだ。
 そして、トップの主砲指揮所に詰めている砲術長睦月二佐は鳥海ほど遠慮というものを知らなかった。更に怒りを直接的に表現する気でいた。
「貸せ!」
 怒鳴るや、彼は測的儀を部下から奪い取った。熟練しきった手さばきで測距測角を済ませ、各種データを流し込む。凶暴としか言いようがない表情を浮かべると、そのままトリガーに手をかけた。
 部下の一人が、彼が何をしようとしているかに気付く。
「砲術長、無茶です!これでは・・・」
「奴らはこれ以上の事をやったんだ!止めるな!」
 トリガーを引く。全門斉発。
 8門の305ミリ電磁砲が咆吼する。

 アスカの弐号機が自衛隊の前衛部隊を踏み荒らしながら前線に出た瞬間、その周囲は爆発的な閃光と凄まじい爆風、あまたの物理的暴力に包まれた。
「!!」
 さしもの彼女も、当初何が起きたのか把握できなかった。弐号機が何かに打ち倒された事、それは何とか理解できたが。
「な・・・何なのよ!」
 周囲を見回す。
 あたりは、人工的な陥没地形と化していた。何か凄まじい力で大地が引き裂かれ、その中央に彼女の弐号機は倒れている。機体そのものに大した被害は無かったが、それにしても凄まじい破壊力を持つ何かが作用した事は間違いない。
「何なのよ」
 立ち上がる。彼女の呟きに応じるように、零号機から通信が入った。
「ちょっとファースト、これって一体どういうこと?」
「・・・自衛隊の戦艦の砲撃。あなたはその真ん中に飛び込んだようね」
 相変わらず、綾波レイの声には何の感情も籠もっていない。それが更にアスカの理解速度を遅らせたが、それでも次の瞬間には彼女は彼女なりの理解に達していた。
「・・・って、アタシがここにいるのは見えているはずでしょ!それなのに撃ってきたの?信じらんない!!」
「私たちも彼らに構わずに戦っているわ。同じ事よ」
 レイの冷たい声も、しかしアスカには全く届いていなかった。
「あいつ、許さない!」
「・・・」
「ファースト、使徒の始末は任せるわ。どうせ半分死んでるみたいだし。アタシは、あの戦艦を潰してやる!」
「・・・それは」
「アタシに手を上げたなんて、許せない!!」
 レイは制止しようとしなかった。止めても無駄だと思ったのか、止める必要を感じなかったのか、それは分からない。
 とにかく、次の瞬間には弐号機は海へ向けて突進していた。

「ちっ、通常弾では転ぶだけか・・・」
 あからさまに無念そうな表情を浮かべると、睦月は再びスコープを覗く。そこへ艦橋から高声電話が入る。
「・・・ほどほどにしろ、と言っていますが」
「ほどほどにしてるつもりだ、とでも返しておけ」
 ほどほどでなかったら通常弾なんか使ってる訳がないだろ。殺すつもりなら、特制弾かT弾を使ってるさ。それにしても、あの野郎・・・お?
 睦月は口笛を吹いた。
 「やまと」のレンジファインダーに接続されたスコープには、こちらに向けて突進し始めたエヴァンゲリオン弐号機の姿が捉えられている。
「・・・こっちに来るつもりか」
 彼は一瞬思案した後、一つ頷くと高声電話を掴んだ。
「奴がこっちに来ます、怒ったようですな・・・迎撃すべきだと思いますが」

「・・・と言っていますが」
 大淀の言葉に、鳥海は首をひねった。
「だから言わない事ではない・・・」
 言いながら考える。どうするべきか? 
 「やまと」の全力を以て奴を迎え撃てば、仕留める自信はある。しかし、この艦はそんな事の為に建造された訳ではない。
 彼は、「やまと」が何のために生み出されたのか、よく承知していた。
・・・こんな所で力を見せる訳にはいかん。かと言って当然、艦を失う訳にもいかん。
 海図を一瞥する。
 頷くと、彼は視線を上げた。
「両舷全速、進路70度。艦を旧稲村ヶ崎の沖に入れろ」
「しかし・・・水深が浅すぎます。座礁の危険が・・・」
「承知の上だ」
「・・・了解。戦闘態勢はどうしますか」
「通常兵器使用自由。特種兵器使用は禁じる・・・どのみち、使えんのだろうが」
「は、システムはいまだ大半がダウンしたままですので」
「よろしい」
 艦は大きく右へ舵を切った。見る間に増速し、江ノ島へ向け突進する構えを取る。

 ずっと後。あたしが老婆になった頃とか、死んでしまった後でもいい。過ぎ去ってしまった出来事を「歴史」として誰かが評価する事になったとき、あたしたちの事を彼らはどう言うのだろうか。
 目の前で繰り広げられている惨劇をじっと見つめながら、ミサトは考えていた。
 スクリーン上の状況図は、破綻した作戦の残骸を示していた。完璧な半包囲−中央突破の戦場画を描ききろうとしていた妙高の意図は完全に挫折していた。背後に展開していた特科大隊のいくつかが崩壊し、そこから前線へ無遠慮に突進した二機のエヴァは進路上の陸自各部隊を無造作に踏みにじっている。その変化が予期せぬ背後からのものだっただけに混乱は混乱を呼び、それにつけ込むように反攻に移った敵は前線を各所で食い破っていた。妙高以下第1教導師団司令部は何とか状況を収拾しようと苦闘しているようだったが、それは実を結んでいなかった。この状況を何とかまとめられることなど、歴史上のどの名将にもできそうにない。
 全てはあたしの命令から始まったのだ。
 ミサトは既に表情を失っていた。どういう顔をすればいいのか分からないほど追い込まれた時、ひとは無表情になるものだ。こうなる事は分かり切っていた。
 司令室も静まり返っていた。誰もが、自分たちが招いた結果に絶句している。
「・・・ひどいものね・・・」
 ぽつり、とリツコが呟く。傍らではマヤが顔を伏せ、スクリーンから視線をそむけている。
 先ほどまでの勝ち戦をよく知っているだけに、そしてこうなったのが何のせいなのかも知っているが故に、彼らには正視できない光景だった。

 同時刻、第1教導師団司令部。
 前衛は既に崩壊し、司令部周辺には後退した前衛戦車大隊の生き残りが踏みとどまっているだけになっていた。普通科部隊は出来うる限り退避させた。この状況で歩兵達を戦わせるのは自殺強要に他ならない、そう考えたからだった。それは統率の埒外だし、軍人として妙高のプライドの許容するものではなかった。
 野戦司令部施設の破棄を命じた彼は、傍らに置いていたヘルメットを取ると無造作に頭に乗せた。肩には自動小銃と重MATの誘導装置を掛けている。
 既に、敵は視界内に入っている。ひっきりなしに戦車砲の甲高い砲声が届いている。
 彼は煤に汚れた顔を歪めると、傍らで蒼白な表情を見せている笠置に笑い掛けた。やや引きつってはいたが、この状況下で浮かべる表情とは思えぬ笑顔だった。
「一尉、やはり俺は硫黄島が似合いの男だったらしい。祖父に続く事になりそうだ」
「・・・」
「君のような若い者を負け戦に付き合わせるのは辛いが・・・」
「いいえ、お供できるのは光栄です。それに」
「それに?」
「閣下は負けてなどいません。こうなったのは・・・」
「・・・戦場とはこういうものかも知れんな」
 彼は大きく頷くと、まだ電源は生きている簡易通信装置に目を留めた。
「一尉、これはまだ使えるんだろうな?」
「はい、電文を打てるだけですが」
「よろしい。では、最後の挨拶をしておくとするか。訣別だ」
 妙高は軽く笑った。
 それは玉砕を前にした司令官の笑みではなく、たちの悪い冗談を思いついた男の笑みだった。
 その電文が飛び込んできたのは、ミサトが視線を上げた直後だった。宛先は特に記されていなかったが、NERV用の周波数も使用していたから彼らに宛てられたものである事は確かだった。
 電文綴をひったくったミサトは、素早く視線を走らせるとがっくりと椅子に腰を落とした。
「・・・ミサト?」
「・・・」
・・・戦況最後ノ関頭ニ立チテ貴下旧来ノ厚情ト協力ヲ謝ス。難敵ニ対シ将兵飽クマデ勇戦敢闘セシハ小職聊カ喜ビトスル所ナリ。当隊0930玉砕ス。貴下貴隊ノ武運長久ヲ祈ル。陸上自衛隊第1教導師団師団長、陸将妙高タダシ。
 古風な文体で綴られたそれは、言うなればNERVへの最大級の皮肉だった。
 目を走らせたリツコは、何も言わずに電文綴をコンソールの上に置いた。
 ミサトはすすり泣いていた。

 自分が打たせた電文がどういう効果をもたらしたか、妙高が知る事は無かった。
 彼は自ら銃を執り、一歩も引かずに押し寄せる敵と戦った。司令部要員たちも全員がその後に続いた。第1教導師団司令部は最後まで敵の蹂躙を許さずに戦い、壊滅した。
 踏み止まって殿を務めた司令部要員のうち、生き残ったのは笠置カスミ一尉だけだった。彼女は瀕死の重傷を負ったものの奇跡的に生き延び、戦闘終了後に救出された。

 父が戦死した頃、息子はようやく前線の混乱を突破して味方と合流し、一息ついていた。想像を絶する乱戦の中を、彼はまたもや部下の大多数を生き延びさせつつ切り抜けたのだった。
 よく帰った来たな、半分諦めていたぞ。そう喜ぶ同僚や上官たちを置き捨てて、彼はひたすら待っていた。戦車の砲塔の上に一人立ち、ずっと背後の戦場を見つめている。
 しばらくして、一両の戦車が戻ってきた。標識は第3中隊第1小隊2号車を示していた。彼は駆け出すと、その半壊した戦車を制止した。
「おい!」
「あ・・・一尉殿!」
 ガンナーハッチから頭を出したコマンダーが慌てて敬礼する。その憔悴しきった表情を一瞥すると、妙高は咳き込むようにわめいた。
「貴様らの親分は!」
「・・・」
「中隊長は!大鷹一尉はどうしたっ!!」
 コマンダーは何も言わず、ただ首を振った。
「おい、まさか・・・」
「・・・申し訳ありません。中隊長は・・・大鷹一尉殿は・・・」
「・・・死んだのか」
「・・・隊長車は最後に戦場を離脱しようとして敵に殺られました。おそらく、あれでは・・・」
 妙高はよろめくように座り込むと、被っていたヘルメットを投げ出した。
「一尉殿・・・」
「済まん。一人にしてくれんか・・・」
 じっと地面の砂を睨み付けながら、彼は呻くように呟いた。
 泣きたいと思ったが、そういう訳にもいかなかった。わめきたかったが、錯乱する訳にもいかなかった。幹部学校の頃、任官した時、共に勤務した日々の様々な場面が頭の中に浮かんでは消え、同じ所を回り続ける・・・。
 畜生。
 殺してやる。見つけたら、この手で殺してやる。あのふざけた兵器を出撃させた奴。パイロット。みつけたら必ず殺してやる。許さん。絶対に許しはしない。
 彼は砂地を殴りつけた。
 素手の拳が血塗れになっても、彼は黙々と砂地を殴り続けていた。

 レイの零号機が使徒本体にたどりつこうとした時、「やまと」が使徒に向けて放った斉射が付近に着弾した。砲術長睦月二佐は次の射撃から目標を接近する弐号機に変えていたので、これが「やまと」が使徒本体へ向けて放った最後の射撃だった。
 レイは機敏にこれを回避した。爆風とその他諸々に攪乱された視界が戻ったとき、使徒本体は崩壊していた。砲弾のうち二発が、使徒を脳天から串刺しにしたのだった。
「・・・」
 レイは無惨にひしゃげた使徒を一瞥すると、いまだに原型を留めていたそのコアを無言のうちに破壊した。
 使徒は死んだ。
 同時に、自衛隊と交戦していた全ての小型使徒はその行動を停止した。
 これがあと30分早ければ、後になって誰もがそう思った。しかしそれは、彼女の関知する所ではない。
 しかし、戦闘は終結していなかった。

「弐号機、海自戦艦と接触します!」
「!!」
 司令室は先ほどまでの静寂とはうってかわって騒然となった。
「暴走?」
「違うわ、これはアスカが自分でやってるのよ!」
「アスカ!やめなさい、もうこれ以上!!」
「電源はどうなってるの!」
「現在内部電源で活動中、残り活動時間はおよそ1分!」
「強制停止を!」
「現在実行中ですが、これでは間に合いません!」
「零号機は?」
「間に合いませんっ!」
「ああっ!」

 大口径艦載砲とは思えない旋回速度で追従した「やまと」の主砲が次々に発砲。もはや統制射撃ができる局面ではなく、睦月は各砲塔各個射撃に任せている。
 しかし、ATフィールドを展開したエヴァンゲリオン弐号機は至近距離からの305ミリ電磁砲弾の直撃にも耐え、手に持っていた大型トマホーク、スマッシュホークを無茶苦茶に振り下ろした。
 衝撃が走る。「やまと」の巨体も、大揺れに揺れる。
「司令!」
「構わん、直進しろ!現在のキール下水深は?」
「は・・・約20メートル!」
「・・・よし、キングストンバルブを開放する」
「え!」
 キングストンバルブ。
 いわゆる自沈弁である。艦底部各所に配置されたこのバルブを開けると、船体内に海水が侵入して艦は浮力を失う。非常事態時に艦を放棄する際に使用されるバルブで、それ故にその配置場所は秘中の秘であり、艦長以下ごく一部の幹部しかその位置を知らない。
「つまり、つまり・・・」
「艦を着底させる。総員退艦を下令」
 幕僚達、そして艦橋要員の全てが蒼白になる中で、大淀一人がニヤリと笑った。鳥海の真意をくみ取ったのは、彼だけのようだった。
「・・・そういう事ですか、司令」
「まあな。いい機会だと思う」
「確かに」
 一つ頷く。大淀は、艦長用のコンソールに向かった。昔は自沈の際は艦長自ら艦底に降りてバルブ開放の指揮を執ったものだが、今ではその儀式まで自動化されている。ここからパスワードを入力してプロテクトを外せば、遠隔操作でバルブを開ける事ができる。
「オイ、誰か。信号所へ行って、白旗挙げてこい・・・降参ですってな」
 大淀の言い方があまりにもさりげなかったので、その意味に誰かが気付くまで数秒を要した。そして真っ先に指示の意味を察した信号員が、艦橋の外へ駆け出した。

 怒りに我を忘れているアスカには、ミサトやリツコからの制止も何も届いてはいなかった。ただ、怒りにまかせて目の前の戦艦を攻撃し続けている。最初は戦艦は色々と反撃していたが、程なくそれもやんだ。艦は大きく右へ傾斜している。
 彼女の視界に白い旗が翻り、そしてそれが降伏を意味するものである事を彼女が知覚するまで、それから更に数秒を要した。
「アスカ、アスカ、いい加減にして!もういいでしょう!!」
 半ば涙声になったミサトの叫びに彼女が気付いたのは、その後だった。弐号機は既に電力を失っていた。甲板まで波に洗われている戦艦の無惨な姿に満足したアスカは、一つ頷くとその形の良い唇の端を歪めた。
 少女故の残酷さ、そう物書きは言うかも知れない。


 全ての戦闘行動が終結したのは、午前10時少し前だった。
 わずか五時間強の戦闘で、相模湾岸は地獄と化していた。その被害詳細が発表されたのはずっと後の事だったが、概算見積は数日後に防衛省から関係各機関に報告された。
 陸上自衛隊は第1教導師団と第五師団が甚大な被害を受けた。戦死者6000余という数字は、近代戦においては壊滅と判定されるものだった。
 海上自衛隊は、その虎の子である打撃護衛艦「やまと」の大破着底という損失を蒙った。復旧の見込みは立たず、現地にて浮揚解体処分とする、報告にはそう記されていた。
 航空自衛隊に大きな被害はなかったが、弾薬と燃料の消費量が大きすぎた。これからしばらくは通常の訓練にも差し支えることになりそうだった。
 日本政府はNERVへの抗議を行わなかった。
 その替わりに、陸・海・空各幕僚長と統合幕僚会議議長が責任を取って辞任している。

 ずっと後になって、この戦いがある終わりの始まりだった事を多くの人々が知る事になるが、しかしこの時点でその事に気付いている者はごくわずかだった。



 
                                      (終)
 



龍牙さんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

ケンスケ「ああああ、「やまと」が、「やまと」が沈む〜(号泣)」

アスカ 「けっ なによあんな屑鉄戦艦。よりにもよってこのアタシをねらったんだから、当然の報いよ!」

ケンスケ「綾波もねらわれたんだけど・・・」

アスカ 「ふんっ、ファーストは無視よ無視。一発くらい当たった方が、あの堅苦しい性格も直ったんじゃないの?」

ケンスケ「(・・・・ずいぶんと今日はふんぞりかえってるな・・・・背中に支えの棒でもしないと、倒れていきそうだ・・・・)」

アスカ 「何か言った?」

ケンスケ「あいやいや、なんでもないでしゅ(汗)」

アスカ 「ふっ! しかしこれで、悪の自衛隊が擁する平和の敵、護衛艦という名をまとった戦艦「やまと」は海の藻屑と消えたのよ! 正義は我にあり! 恐れ入ったか自衛隊!」

ケンスケ「・・・・話を見ている限りでは、どっちが悪役かわからないような気が・・・・」

カヲル 「むしろ、自衛隊員を踏みつぶし蹴散らし進む君のほうが、まるで某怪獣映画の主人公のような風体で・・・・」

アスカ 「アタシはゴジラか!」

ケンスケ「いやいや、ゴジラだってここまでむちゃくちゃじゃないような・・・・」

 

どかっばきっ

 

アスカ 「久しぶりの鉄拳制裁の味はどう?」

カヲル 「あう・・・もうお腹いっぱいでしゅ・・・・ぐふぅ」

ケンスケ「何で僕まで・・・・げはっ」

アスカ 「まあいいわ。これで「戦人たちの長い黄昏もついに息の根を止められたんだしね!」

ケンスケ「・・・・(ちょいちょい)」

アスカ 「なによ」

ケンスケ「・・・・(黙って指を指す)」

アスカ 「だからなによ!」

ケンスケ「・・・・↓」

アスカ 「だーっ! なんなのかわからないわよ!」

ケンスケ「ずーっと下見て」

アスカ 「ずーっと下?」

ケンスケ「そう。ずーっと下」

アスカ 「・・・・なによ、この「続きを読む」っていうのは・・・・最終回じゃないの!?」

ケンスケ「そうみたいだね〜」

カヲル 「じゃあ、またあの壊れたアスカ君を見ることが・・・」

アスカ 「ほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(腕まくり)」

ケンスケ「げっ!」

カヲル 「やばっ!」




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