5:時は来たれり

 フィフスチルドレン・渚カヲルが第17使徒としてエヴァンゲリオン初号機と交戦して死亡、と言うより半ば自殺的に命を絶ったという情報がUNMIDに届いたのは、それがターミナルドグマの奥深くで起きた事だった事もあって事の起きた二日後の事だった。NERVの防諜体制はいまだ機能していたが、それはかつての絶大な力を失いつつある、UNMIDのエージェント達はそう考えた。もしも彼らがかつての彼らなら、もうしばらくは情報が外に漏れる事はなかったはずだった。

 UNMID本部は最近にわかに慌ただしくなっている。
 この組織は、大抵の諜報機関がそうであるようにピラミッド型ヒエラルキーの上に行けば行くほど情報が集積されるようになっている。頂点に立つマリアの下には首席参事官であるグナイゼナウがおり、その次に三人の参事官がいる。彼らはUNMID各局から吸い上げられた情報を解析して上司に取り次ぐ訳だが、しかしマリアの方も独自に各局やさらにその下から情報を引き出しては自分でチェックしている為、下手な解析結果を提出すれば「氷の女王」のブリザードに似た叱責を浴びることになる。彼女の部下を務めるというのは神経をすり減らす仕事だった。
 そういう訳で、その日彼らが長官室に召集された時、彼らは一様に緊張していた。彼らが知らない何かを彼らの上司が掴んだとしたら、あるいは見過ごしていた何かに気付いたとしたら、彼らを待っているのは容赦のない氷雪の嵐だ。
 彼らが長官室に入ると、そこにはいつものように執務机に向かっているマリアの姿があった。彼らに気付くと、視線を上げて一つ頷く。
「揃いましたね。始めましょうか」
 実のところ、ここにいる参事官達はいずれもそれぞれの分野で異能を発揮したやり手が揃っている。首席参事官のグナイゼナウは元々フリーライターで、その独特の嗅覚と行動力を買われてUNMID入りした。経済担当参事官曹済遠は名の知れた華僑で、隠居するまでは有名な多国籍企業の事実上の経営者だった。政治担当参事官のラザール=クレマンソーはその姓の通りフランスの名宰相の末裔で、かつては国際政治学者として鳴らした人物だ。軍事担当参事官アルバート=ジョーンズは合衆国陸軍統合作戦本部次長まで務めた男で、旧NATO軍司令官の経験もある。
 その彼らが見ても、マリアは恐るべき人物だった。
 この「氷の女王」はかつて東欧のとある国の諜報機関にいたと言われている。それは全くの嘘ではないが、彼女が所属していた諜報機関は東欧のどこかの国、ではなくロシアのそれだった。彼女はかつてKGBにいたのだ。この落日の大国の諜報機関が最後までCIAやMI6と張り合い続けたのは、最終的には若くしてKGB軍事情報三課課長の地位にあった彼女の力が大きかったとされている。
 そしてセカンドインパクト後に設置されたUNMIDの初代長官に就任し、今に至る。それが彼女の表向きの経歴だった。
 ここにいる参事官達はそれ以上の事も知っているが、それにしてもこの女性は畏怖に足る人物だ。諜報活動に長じ、情報処理能力にも優れ、軍事的な能力も高い。UNMID部内で言われている冗談にこんなものがある。
・・・うちの長官が長官をやっているのは、野に放して武装ゲリラでも組織されたらたまらないからだ。だから国連は危険を承知であのひとを飼っているのさ。
 この冗談には二つの事実が含まれている。マリアが組織者として、あるいは不正規戦の指揮官として卓越した手腕を持っている事、そして国連上層部がそんな彼女を危険視しているという事だ。確かにUNMIDの活動内容はほとんど外部に知らされていない。国連事務総長すら、彼らの実態をほとんど把握していない。
 把握していたからといって、彼女への警戒が緩むとも思えないのだが。
「アルバート、情勢報告を」
 まず「ご指名」を受けたジョーンズは、生粋の軍人らしく背筋を伸ばすと小さく頷いた。同時に、他の連中はそれぞれ少し安堵している。情勢報告で済むらしい、と。
 ジョーンズの報告は、主に国連軍と極東情勢に関するものだった。例の「はやとも」被弾事件から派生した緊張についても触れている。一通りの報告が終わった後で、彼は私見を付け加えた。
「日本のコーストガードが攻撃された件についてですが、私は一種の謀略だと思っています・・・そう、放送局襲撃や一発の銃声、の類ですな。今のところ日本の対応は緩慢ですし、高麗の動きも積極性を欠いています。戦時動員が為されたという話も聞きません」
「・・・続けて」
「は。それで、時を同じくしてダーウィンを始めとするUNF(国連軍)の動きが活発化しています。この二つ、どうも私には連動しているように思えて仕方がありません」
「それは何か証拠があっての事ですか?」
 ジョーンズは一瞬だけ沈黙したが、すぐに首を振った。
「いいえ。私のカンです」
 アメリカ人らしい直截な態度に、マリアはほんの少しだけ微笑んだように見えた。
「・・・私は直感を否定はしませんよ。ありがとうアルバート」
 彼女は視線を一同に向けた。
「さて、ここから始めましょう。極東、特に日本を中心とする緊張と国連軍の動き。アルバートは軍人としての直感で、これにキナ臭さを感じている・・・意見を聞きましょうか」
 一同は顔を見合わせた。マリア得意のやり方なのだ。誰か一人に喋らせた後でそれをたたき台にして皆の意見を出させ、それを汲み上げる。その場で考えながら話さなければならないので、全く隙を見せないというわけにもいかない。きっちり組み上げたレポートを提出すれば済む、というようにはいかないのだ。
 まず口を開いたのは、最年長の曹済遠だった。
「経済的見地から、現在高麗が日本に仕掛ける意味は無いとは思っていた。曲がりなりにも極東経済ブロックの中心は中国と日本だから、あの周辺でこの二国に喧嘩を売って得をする国は存在しない」
「それに朝鮮人は賢明でしたたかだ。彼らは日本に外交的圧力を掛けるだけで優位に立てる事を熟知している。自分から手を出すことは、その優位の根拠になっている日本人性悪説を自ら覆す事を意味する、そんなことはせんだろうよ」
 フランス人らしい素っ気ない態度と早口でそう言ったクレマンソーは、取りあえず自分の番は終わりだという風に葉巻に火をつけた。この部屋で彼以外に煙草を嗜む者はいなかったが、そんなことを気にする彼ではない。
「では、これはペテンだと?」
 こういうミーティングでは、グナイゼナウは大抵聞き役に回る。彼は記者あがりらしく速記をとりながら他人の意見を集約していき、ここぞという所を見計らって自らの口を開く。彼の得意技は冷静な相手を激昂させ頑なな相手から情報を引き出す事だったが、そういう特性は彼の今の地位でも十二分に生かされていた。
 クレマンソーは顔をしかめた。まさに、うるさい記者に捕まった代議士のような態度と表情で。
「君はラインハルト=ハイドリヒ氏を知らぬ訳ではあるまい、エルネスト?」
 メモを取る手を休めず、グナイゼナウは一つ頷く。
「よく存じてますよ。我が民族の生み出した傑作の一人です・・・その正負を問わなければ、ですがね」
「抗日戦争を思い出しても良いのではないかな?」
 どこか中国人とフランス人は似ている、グナイゼナウはそう思う。そういう時の曹済遠とクレマンソーの表情はそっくりだ。
「ええ、そうですね」
「ではこれは謀略だと君たちも考えているんだな」
 注意深く分量を量りながらコーヒーに砂糖を入れていたジョーンズが口を挟む。三者はそれぞれに頷いた。
「と、いう事だ」
「筋は通ります」
「うむ」
 確認するように頷いたジョーンズは微笑すると、腕を組んだ。
「ここからはまた私の手番だな」
 彼はそのまま目を閉じた。何か思案している風情だった。セカンドインパクト直後の困難な時期にNATO軍司令官を務め、「新世紀のアイゼンハウアー」と評された彼の持ち味は緻密な思慮と沈着さ、そして普段の温厚さからは想像しにくい思い切りの良さだった。
「・・・私の知っている限り、放送局襲撃やロコウキョウでの銃声は今回とは性質が違うようだ。今回の謀略は、当事者によって実行された訳ではない」
「双方に利がない、というのが判断の理由でしょうか」
「そうだ。高麗には仕掛ける利点が無く、日本は先の戦闘で戦力をすり減らしている。ただでさえああいう政府なのだ、とても積極的に出られる状態ではない」
「では、これは第三者によるものだ、と」
「そうだな」
「ふむ」
 グナイゼナウはメモを取る手を止めた。
「では、その第三者とは?」
「私にそれを言わせたいのかね」
「ええ」
「相変わらず人の悪い事だ」
 これまたアメリカ人らしいしぐさで肩をすくめると、彼は机の上で手を組んだ。
「ボクシングを見たことはあるかな、エルネスト」
「学生時代はフェザー級の選手でした。殴られて顔が歪むのが嫌でやめましたがね」
 苦笑。同じく少し表情を崩したジョーンズはそのまま続ける。彼の言葉は、奇しくも日本の戦略自衛隊幕僚長が頭の中で呟いた台詞とほぼ同じだった。
「なら分かるだろう。顔面にジャブを入れるのは何故だ?」
 違うのは、顔面とボディのどちらにジャブを入れるか、という部分だが。
「・・・ボディにきつい奴をお見舞いしたいから、ですね」
「そういう事だ。日本の北側、つまり日本海に注意を引きつけておきたいのならば、そのターゲットは南側、太平洋岸だな」
「・・・第三新東京市か」
 曹済遠がうめいた。クレマンソーは何か言おうとしたが、首を振ると大きく紫煙を吐き出した。
「するとくだんの第三者というのは」
「国連軍。というよりSEELEですね。間違いない」
 勢い良くそう言うと、グナイゼナウは大きく頷いた。彼の言う所の「スパート」、つまり思考をまとめる段階に入ったらしい。彼は視線を上げると、早口に喋り始めた。
「奴らは最後のカードである第17使徒を切り、しくじった。こうなれば実力で奴らの切り札であり悲願成就の鍵、あの地中深くに眠る忌まわしい太古の遺物を取り戻すしか、奴らに残された手はありません。恐らく、彼らにしてみれば乾坤一擲の大勝負という事になるでしょう。全てを、文字通り全てを投入した大勝負です」
 マリアを含めて、室内は静まり返っている。構わず彼は言葉を継いだ。
「他はともかく、オプションの一つとして通常戦力による第三新東京市の制圧作戦が行われるのは間違いありません。日本政府がどういう立場に立つかは分かりませんが」
 そこで、皮肉気な表情のクレマンソーが口を挟んだ。
「それなら決まっとる。日本人は大喜びでNERVを見捨てるさ。日本政府にとって生き残る道は国連に擦り寄る事だけだし、NERVにはさんざん煮え湯を飲まされているからな」
 グナイゼナウはちらと尊大なフランス人に視線を向ける。
「そう言い切れますか。日本の情報機関も馬鹿ではありませんが」
「言い切れるとも。日本の情報機関でA級にランクできるのは軍・・・いや、ジエイタイだな、とにかくその所管のものだけで、政府管轄のものはまともな集積分析システムも無い。しかもあの国は1945年以来決定的な過ちを訂正していない。政府と官僚とマスメディアは反射的に軍人の言うことに反発するようになっている。日本人は優秀な国民だが、あのセクショナリズムと思想的極端さだけはどうにも度し難い」
 あまりに辛辣な評ではあったが、グナイゼナウは少し表情を歪めただけで特に何も口にしなかった。彼も、その国と国民がそういう評価をされても仕方がない事は承知していたからだった。
 そして、老政治学者の言葉はそれ以上に致命的な内容を含んでいた。マリアはともかくとして、その言外の意味に最初に気付いたのは彼だった。
「自衛隊と政府の情勢分析に差が出ていると言うわけですね」
 次の瞬間、それぞれがそれぞれに思考を巡らし、ほぼ同じ可能性に到達した。それを代弁したのはジョーンズだった。
「危険な兆候だな。政府の意志と軍部の意志が乖離しているということだぞ、それは」
「よくあることではある、それは承知だろうアルバート」
「しかし大抵の政府は軍情報部の忠告に耳を傾けはする。意図的に無視するようなことはあり得ない」
「しかし日本はそうなんだ。だから度し難いと言った」
「それでいいのです」
 今まで沈黙を守っていたマリアが、ごくさりげない口調でそう言った。
 一同、まるで伝説の魔物でも見るような視線で彼らの主に目を向ける。
 
 三十分後、会議は終わった。
 彼らは会議開始前よりも更に蒼白な表情で長官室を後にした。彼らにとっては積年の、そして最大の謎が解かれていた。そしてそれは、彼らが今まで何をしていたのかという疑問に答えを与えるものでもあった。
 かと言って彼らが楽しい気分になれるはずも無かったのだが。


 その数日後、陸上幕僚監部付という曖昧な任についたままの妙高テツヤ三等陸佐は、NERVの葛城ミサト作戦部長に会う為に新小田原に出向いていた。第三東京市の壊滅で警戒態勢が厳しくなるのではないかという懸念もあったが、むしろその予想は逆に出ていた。様々な諜報機関が活発に活動し始めたため、手負いのNERV監察部は対応に忙殺されていたのだった。しかも第三東京市という生活基盤が半ば失われた事によって新小田原へ移った者、あるいは足繁く通う者も増えたため、監視体制はむしろ甘くなっているようだった。
 今日の彼は一人ではなかった。彼の正確に二歩後ろを、まるでサーベルのような印象を与える男がついて歩いている。「永遠の夏」にも関わらず、黒いスーツを完璧に着込んでいささかも崩れていない。この男、イギリス陸軍少佐ユージン=ツェッペリン=ウェルズリーをミサトに引き合わせるのが、今日の訪問の目的だった。
「飛行船で有名なフォン=ツェッペリン伯爵は先祖でしてね。まあ妾腹の傍系ですし、今は私はイギリス人なので」
 流暢な日本語で自分の姓の事を笑うこの男は、表向き親善訪問目的でイギリス政府と軍から派遣されている。しかし彼の任務は連絡将校だった。彼がもたらした情報は自衛隊上層部を愕然とさせ、事態が終局へ近づいている事を告げるものだった。それで北上陸将、あるいは敷島海将はその事実を自分たちの同盟者と目される葛城ミサトへ伝えるべきだと考えたらしい。そのミーティングには妙高も北上の副官として参加していたが、その時の恐怖ともつかない驚きは今でも鮮明に焼き付いている。
 喫茶店「スコッツ・グレイ」では、既にミサトが待っていた。もう何度も会っている妙高は軽く手をあげて挨拶しただけだったが、ウェルズリーの方は軍人らしい折り目正しい動作で敬礼すると右手を差し出した。
「大英帝国王立陸軍、ウェルズリー少佐です。以後お見知りおきを、葛城少佐」
「・・・どうも」
 ミサトはこの細身のドイツ系イギリス人の手を握り返した。
「私は三佐です、少佐ではありません。それに軍での正規階級を持っているわけでは」
「同じ事ですよ。呼び方が違うだけです」
 そう言うと、ウェルズリーはちょっと皮肉気な笑みを見せた。
「軍隊組織というのはそういうものです。私は元々ドイツ連邦国家警察の大尉でしたが、イギリスに帰化した時に陸軍大尉として遇されました。その後正式に任官されて今に至る訳ですがね」
 ちなみに、ドイツでは警察は準軍事組織だ。第三帝国、いやそれ以前からずっとそうだった。そういう国は以外に多いが、ミサトはそういう事情には疎かった。
「警察でもそういう階級があるんですね。知りませんでした」
「お国の警察にも階級はあるでしょう?それを読み替えれば同じです。それにドイツの警察は半分軍事組織なんですよ。GSG-9はご存じですか?」
「聞いたことは。特殊部隊でしたよね」
「そうです。誤解される事も多いのですが、正式には第9国境警備隊と言って陸軍所属では無いんです。私はそこに在籍していました。今はSAS所属ですから、商売そのものはあまり変わらないのですが」
「つまり、生粋のコマンドというわけですよ」
 妙高が口を挟む。陸軍ではどこでもそうだが、戦車兵以上にコマンドというのはエリート中のエリート、精鋭中の精鋭だ。GSG-9、SASとそうした特殊部隊を渡り歩いたこの男はそれだけで尊敬すべき兵士と言えた。
「イギリスに帰化されたのに、何か理由が?」
 結局欧州連合は破談に終わったが、その理由はドイツとフランスとイギリスの対立にあった。そうした二国間を「移籍」したという経歴に興味を覚えたのか、ミサトは特に考える事も無くそう口にした。
 しかし彼女の方に考えは無くても、それがウェルズリーに及ぼした影響は同じだった。彼はほんの少し表情を曇らせると、懐から銀でできたロケットを取り出し、開いて見せた。中には一目で類い希な美人と分かる女性の写真が微笑んでいた。
「私の妻です。イギリスの駐ドイツ大使館付武官の娘でした。それで」
「そうなんですか。綺麗な方ですね」
「それが最後の写真です。撮った三日後に、義父と一緒にいたところを襲われて殺されました。私がついていれば、そうはならなかったはずですが」
 さすがにミサトは表情をこわばらせたが、続く彼の言葉は更に彼女の表情を蒼白にさせた。
「そして私は誓ったのですよ。私から妻と義父ともうじき生まれるはずだった子供を奪った連中に復讐しようと。彼らは自分たちの事を1937年以来『魂の座』、SEELEと称しているそうです」
「・・・!」
「そうです。私の義父は彼らについて知りすぎ、公の場で糾弾しようとして消された。妻はその巻き添えにされたんですよ」
 そしてウェルズリーは、SEELEと呼ばれる結社について語り始めた。それはNERVに所属しているミサトですら知らされていないことばかりだった。

・・・SEELEが現在に近い形で結成されたのは1937年のベルリンにおいてだった。初代代表はカール=ハウスフォーファー、当代きっての神智学者にして魔術師として知られている。神秘主義に傾倒していた第三帝国総統アドルフ=ヒトラーとアーリア人種の優位性を確実に立証する必要を感じていたSS全国指導者ハインリヒ=ヒムラーがその設立に深く関わっているが、彼らの側近だったハウスフォーファーが第三帝国の力を利用しようとしたとも考えられる。ハウスフォーファーは紀元前以来続くというクムラン結社の一員であり、彼らは常に時の権力者に擦り寄って存続し続けてきたのだから。
「皮肉と言えば皮肉なのですが、ハウスフォーファーのような男が仕切る集団が正統ユダヤ教の末裔であり、キリスト教は教義をねじ曲げた邪教だと彼らは言うのです。そうした手合いがヨーロッパにおいては常に歴史の裏にいたのです。例えばローマ教会、例えば神聖ローマ帝国、例えばロシア帝国・・・一説では、ナポレオン=ボナパルトがああいう最期を遂げたのは彼がクムラン結社を弾圧して抹殺しようとしたからだとも言いますが、まあこれは別の話です」
・・・しかし第三帝国は敗北した。ヒトラーはオカルト好みとは言ってもそれに全てを委ねるほど愚かでは無かったし、そうするにはあまりに近代人でありすぎた。しかしヒムラーの方はSEELEに相当入れ込んでおり、実際になにがしかの成果も挙げていたらしい。いわゆる「聖杯」を手に入れ掛けた事もある(これはアメリカ人の考古学者によって阻止されたのだが)。そして最大の成果は、死海のほとりにて多数の文書を発見したことだった。クムラン結社が代々伝えてきた文書はその相当部分が散逸していたが、これによってほぼ完全なものを復元することができたという。このうち重要性が薄いとしてSSとSEELE の調査隊が回収しなかったものが1947年に「発見」されるが、これがいわゆる死海文書のことだ。
「つまり、死海文書が別にあるという事?」
 ミサトはかつて加持から「裏死海文書」というものがあるらしい、とふとしたきっかけで聞いたことがあったが、それは敢えて口にしなかった。伏せておこうとしたのではなく、このイギリス人が持っている情報の方が確度が高そうだと判断したからだった。
「いや、そう言うべきではありません。死海文書というのはSSとSEELEが拾い集めた文書の残り滓で、彼らにしてみれば緊急を要する価値は無いものだったのです。ですから、死海文書が一般に流布しているものとSEELE版のものと二種類ある、と言うよりはこう言うべきでしょう。死海文書とは別にクムラン文書とでも言うべきものが存在する、と」
 ウェルズリーは紅茶を一口すすると、話の続きを始めた。
・・・ヒムラーがフォン=シェレンベルクSS中将を使って連合国との間で独自に進めた講和交渉の取引材料となったのがSEELEとクムラン文書だった。更にSSは死海にまだ何かある事をつかんでいたから、その情報も材料になった。しかし連合国側はこれを一蹴、ベルリンは陥落して第三帝国は滅亡した。この時ハウスフォーファーも消息を絶っている。
 しかし連合国はSEELEには強い関心を寄せていた。特に強く反応したのが国内に強大なユダヤロビーを抱える合衆国、そして宗教を否定しつつオカルトめいたものが大好きなスターリンを頂点に置くソヴィエト連邦だった。ベルリン陥落前後のゴタゴタでSEELEは分裂状態となり、その大多数が西側と東側に分散した。こうして長い冷戦の間、彼らは息を潜めて時を待ち続けることになる。合衆国があれだけユダヤ人国家イスラエルにこだわりつづけたのは、パレスチナ周辺に眠る「何か」が世界の命運を握るものであることを知っていたからだった。
「でも、冷戦が終わった頃からアメリカの対イスラエル政策は変化していますね」
「そうです。もはやパレスチナには用が無いことを彼らは知ったのです。冷戦終結の結果、東側のSEELE残党は西側に合流し、SEELEは本来の姿を取り戻しました。彼らの調査によって死海付近からある遺物が発掘された時、彼らにとってパレスチナはどうでもいい場所になったのです。それが何か分かりますか?」
「いいえ」
「あなたがたがロンギヌスの槍と呼んでいるものですよ。SSの残した資料に従ってそれが発掘されたのは1994年の事でした。その後どうなったか、それはあなたもよくご存じのはずです。葛城博士のご令嬢でいらっしゃるあなたには」

 ウェルズリーが言葉を切ると、あたりはしんと静まり返った。ミサトはうつむいて何か考え込んでいるようだったし、妙高は無表情を通している。それらを見て取ると、ウェルズリーはまた一口紅茶を口にした。
「私には従姉がいました。父の姉の娘で、私より少し年上でした。まだ子供だった私を可愛がってくれましてね・・・とても綺麗で、優しい人でした。叔母は日本人と結婚していたのでその従姉は日本とドイツのハーフでしたが、私に東洋の美しい島国の話をしてくれたのもその従姉です」
 ミサトと妙高は、突然そんな話を始めた彼に戸惑うような視線を向けた。そんな二人にどこか人の悪い視線を向けつつ、ウェルズリーは白磁のティーカップに手をやる。
「彼女の事を、私はキョウコ姉さんと呼んでいました。お分かりですが、葛城少佐?」
「私は三佐です、ウェルズリー少佐」
 言い返しながら、ミサトは思考を巡らせてみる。ウェルズリーとその従姉。従姉は日本人とドイツ人のハーフ。ドイツ人?そうだ、ユージン=ツェッペリン=ウェルズリーと名乗ったじゃないか。え?ツェッペリン?
 まさか!
「キョウコ=ツェッペリンって言ったら・・・」
「そうなんですよ、少佐。従姉のフルネームは惣流=キョウコ=ツェッペリンと言いました。あなたのところのエヴァンゲリオン弐号機パイロット、惣流=アスカ=ラングレーはその娘のはずです。私にとっては従姉の娘、私は大叔父という事ですか」
 再び沈黙が流れる。ミサトは何か言おうとしたが、しかしそれより先にウェルズリーが口を開いた。先ほどまでの仮面のような微笑が少し歪んでいる。
「私は妻と子と義父、そして子供の頃好きだった従姉まで奴らに殺されているんです。私が復讐の女神に魂を売り渡していても文句は言えますまい?」
「ウェルズリー少佐」
 気が重い。しかしこれは自分の役目だ。
「何でしょう、葛城少佐」
「・・・私は」
 三佐です、と言おうとしてやめる。
「実はそれだけでは無い事をお伝えしなければなりません」
「・・・と、言うと?」
「あなたは更に一人、失いかけているんです。アスカが今どういう状況か、ご存じでは無いでしょう?」
 一瞬だけ、ウェルズリーの視線が煌めいた。彼が周囲に与える印象そのままの、サーベルのような輝きだった。
「彼女に何か?」
「はい」
 言葉を選びながら、ミサトはアスカが半ば廃人と化している事実を伝えた。ウェルズリーは表向き表情を変えなかったが、その瞳が更に暗い色を湛えている事は彼女、そして妙高にも見て取れた。
 ミサトの言葉が終わると、ウェルズリーはまた紅茶を一口すすった。そしてやや大きな音を立ててカップを置くと、彼は首を振った。
「・・・つくづく私の家系は呪われていると見える。こうなるのだったら、力ずくでもあの子の日本行きを阻止するべきだったかも知れない」
「・・・」
「ご存じ無いでしょうが、そういう計画もあったのですよ。私とSAS一個中隊を使って彼女を奪取しようか、とね。計画段階で沙汰止みになりましたが」
「・・・」
「いずれにしても、私の中の最後の慈悲はたった今死にました。妙高少佐」
「はい」
「北上閣下によろしくお伝え願いたい。きたる審判の日には、我々は持てる全力を挙げてあなたがたに協力するでしょう。王立軍総司令部から私に与えられた権能に従い、そのように復命するつもりです」
「分かりました。そのように伝えます」
「それから、葛城少佐」
「・・・はい」
「私はあなたを脅迫するつもりでここに来ました。もしも私の意に添わぬのなら命は保証しない、と。しかしそれはやめにします。私は事実を伝え、その判断はあなたに任せようと思う」
 表情を変えないままそう言ったウェルズリーは、軽く手を組むとちらと妙高に視線を向けた。
「構いませんね、妙高少佐」
「いいでしょう。私もそのつもりです」
 頷く。ウェルズリーもゆったりと鷹揚な調子で頷いた。
「感謝します。・・・よろしいですか。恐らく近いうちに、国連軍は日本に対して、端的には第三新東京市に対する制圧作戦を開始するはずです。MI6の情勢分析はそう示唆していますし、そしてUNMIDからの情報もその分析を裏付けています」
 不思議とその時、彼女は驚かなかった。ついに来るべきものが来たか、という思いでその宣告を受け止めていた。ここしばらく妙高から伝えられる断片的な情報はその時が近い事を示していたし、先ほどのSEELEにまつわる話から考えても彼らがそういう挙に出る事は想像できたからだった。
 もはや彼らにとって、NERVは邪魔者でしかない。
「それで、です。葛城少佐、あなたは作戦部長としての職責を全うしつつ、時間を稼いで欲しいのです。恐らくNERVの上層部・・・具体的には碇司令ですが、彼は敵の攻撃に対して何らかの行動を起こすでしょう。それを食い止めて貰いたいのです。SEELEの意図はある程度読めていますが、碇ゲンドウという人物の意図は今ひとつはっきりしていません。しかし彼の意図も、恐らく人類にとっては致命的なものでしょう。我々は今の世界を維持する事を考えています。その為には、彼の意図も挫かねばならない」
「つまり・・・いざという時には、碇司令を殺せ、と?」
「そこまでは要求しません。ただ、我々が手を打つまで彼の動きを止めていて欲しいのです。国連軍は我々で何とかしますから」
 簡単な事だ。つまり目の前の男は、彼女にNERVを裏切れと言っている。
「もはや非常事態なんですよ、葛城さん」
 妙高が言葉を引き継ぐ。
「それは我々、つまり自衛隊も承知している。自衛隊としてはギリギリまで政府を説得するつもりでいますが、それがかなわぬ時は我々も腹を括らねばならない。その覚悟も準備も既にできています。父はあなたにそういうニュアンスのことを何か伝えていませんでしたか?」
「・・・ええ、聞いています」
 少なくとも我々の任務は、国土と国民を護る事ですから。いつだったか、笠置カスミはそう言った。
 やはり、そういう事だったのだ。
「願わくば、あなたには我々の戦友になって貰いたい。そうでなければ沈黙を守って頂きたい。私はあなたを脅迫しないと言いましたが、それでもこれだけは言っておく必要がある・・・もしもあなたの存在が我々にとって不利益を招く場合は、私はあなたを消す事をためらったりはしない、と。その余裕は、もはや我々にはないのです」
 そしてウェルズリーは低い声でそう言うと、底冷えのしそうな視線でミサトを見つめた。その視線そのものが、その言葉に偽りがない事を示していた。

 一週間後、ダーウィンに終結した国連艦隊は一斉に抜錨して進路を北西に取った。
 事態は最終局面を迎えつつあった。






龍牙さんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル 「あう(号泣)」

アスカ 「あーーーーーーーっっはっはっはっはっはっはっは。スプラッタもデスでヘルもなんにもなく、たったあれだけで片づけられてるじゃない、アンタ(笑)。こ、こ、これが笑わずにいられるモノかしら! あーっはっは!」

カヲル 「うう、ぐっすし、いじいじいじいじ」

アスカ 「えーい、うざい、のの字を書かないの、のの字を!」

カヲル 「いじいじいじいじ」

ケンスケ「なんだい、ずいぶんといじけてる人がいるね」

アスカ 「珍しい。どこ行ってたのよ」

ケンスケ「いやちょっとダーウィンまで国連艦隊を撮影しに」

アスカ 「・・・・アンタってやつは・・・・筋金入りね・・・・」

ケンスケ「え? そこまでいわれると照れるな〜あっはっは」

アスカ 「ふぅ(バカはほっときましょバカは)」

ケンスケ「しかし、惣流に大叔父がいたなんてしらなかったな」

アスカ 「知らなくて当然よ。アタシも知らなかったんだから」

ケンスケ「・・・・・はぁ?」

アスカ 「このアタシすらも知らない親族の存在を知ってることの方が不気味じゃないの」

ケンスケ「いや、それより、その親族を知らないって言うのは・・・・」

アスカ 「えーい、細かいことは詮索しない! ご都合主義と作者の都合ってものが世の中に存在するのだから!」

ケンスケ「あ、う、ま、まあそう言うことにしておこうか。うん」

アスカ 「それよりも・・・・!」

ケンスケ「うどぉ! ど、どうした!?」

アスカ 「アタシがさらに廃人化してるとはどういう事よ! さっさと復活させなさい復活!」

ケンスケ「・・・・・それは無理だと思う・・・・」

アスカ 「なんですってぇぇぇ! 何でそういえるのよ!」

ケンスケ「ほら、前の話のコメントで言ってたじゃないか。君の壊れ具合が話の進み具合を測る尺度だって」

アスカ 「そんなの、アタシは納得しないわよ〜〜〜〜!!」

ケンスケ「ま、往々にして作者の都合ってものがあることだし・・・・ほら。さっき惣流もいってたじゃないか」

アスカ 「そんなの知らないわよ!」

ケンスケ「・・・・・なんてご都合主義的な・・・・」

カヲル 「いじいじいじいじいじいじいじいじ」




続きを読む
前に戻る
上のぺえじへ