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それを最初に探知したのは、浜松地方隊のDD「せとゆき」だった。
今や3隻を残すのみとなったかつての海自の主力「ゆき」級DDは、その全てが地方隊所属となっていた。一応装備その他のアップデートは受けているが、新鋭の「なみ」級DDなどとは比べるだけ時間の無駄といった程度の旧式艦になってしまっているからだった。
しかし、その老嬢の艦長は勇敢な男だった。
曹候補士からの叩き上げで二佐までになった、二佐にしては異様な程に年を喰った彼は、その年齢相応の老練さと年齢不相応な闘志を兼ね備えていた。自分のキャリアはもう終わりであり、後は帽振れに見送られて陸にあがるときを待つのみ、という事もその戦意にいささかも影響を与えていなかった。いや、むしろ戦意をかき立てていたのかも知れない。
合戦用意。低く潮にサビた声で、彼はそう下令した。
地方隊勤務は出世街道ではない。そして、そうであるが故にヴェテランが多い。「せとゆき」の場合も、副長以外の艦橋スタッフはそういう連中だった。ちなみに副長の三佐は、まだ若いにも関わらず長患いのせいでコースを外れてしまった不幸な男だった。そして彼を蚊帳の外にして、古いDDは歴戦の艦に相応しい手早さで臨戦態勢に入った。
目標が使徒である事は既に確認済みだった。NERVのように反応を確認したわけではないが、目標がそれ以外ではあり得ない事は分かり切っていた。常識的に考えるなら、この旧式護衛艦で化け物相手にまともに戦える訳がないが、だからと言って艦長にとって逃げ出すなどは論外だった。見敵必戦というモットーに忠実なあたり、彼はまぎれもなく古くから続くオールド=セーラーの系譜に連なる男だった。
0320時、暗闇の中で「せとゆき」は戦闘を開始した。
後に救助された若い副長が肌身離さず持っていた戦闘詳報には、「せとゆき」がいかに勇猛に戦ったかが記されている。水中を移動する使徒に向けASROCを投射、それが浮上すると76ミリ速射砲、ハープーン、そしてCIWSまでを叩き付けた。使徒の放った光の矢がかすめて艦が炎上すると、艦長は即座に総員退艦を下令している。これが0337時。
「ゆき」級は自動化が高度に進んだ最初の護衛艦だった。艦長は一人CICに残り、最後の職務を遂行した。
0345時、「せとゆき」は生涯最後の変針を行い、使徒に体当たりした。それは、かつてノルウェー沖でドイツ重巡「アドミラル=ヒッパー」に体当たりしたイギリス駆逐艦「グロウワーム」の勇敢さに匹敵するものだった。「グロウワーム」は「アドミラル=ヒッパー」を道連れにはできなかったものの手ひどい傷を負わせる事には成功した。しかし「せとゆき」にとって惜しむべき事に、彼女は相手を傷つける事もできなかった。
「せとゆき」からの緊急電は浜松地方隊から護衛艦隊司令部へ送られ、統合幕僚会議に伝達された。公式にはその時点で防衛省からNERVに使徒襲来が知らされた事になっているが、しかし彼らはその時点で既にそれを知っていた。「せとゆき」からの通信を独自に傍受していたからだった。
自衛隊法修正条項第3条に従って統幕会議議長陸奥イワオ陸将が各自衛隊に出動命令を下したのは0334時。NERV司令碇ゲンドウが使徒迎撃を下令した1分27秒後である。
最も早く行動を起こしたのは航空自衛隊だった。
入間基地に展開していた第1航空団と第2支援航空団は即時待機態勢から臨戦態勢に切り替え、スクランブル待機中だったF−22制空戦闘機3機を出撃させた。4分遅れてE−767AWACSが離陸、空中警戒管制を開始した。入間基地の司令部正面には、どこから取り寄せたものか八幡大菩薩の大きな幟が高々と掲げられていた。
陸上自衛隊は、強羅駐屯地に司令部を移している第1教導師団師団長妙高陸将を既定の構想通り関東地区防衛担当司令官に任命、戦術指揮の全権を賦与した。妙高陸将は直ちに指揮下全部隊に既定位置への展開を指示、自らも司令部を前進させた。彼の指揮下には第1教導師団の他第1師団、第5師団、第7師団の一部、第1空挺師団その他が入っていたが、第7師団は北海道からの移動が間に合わず、一部の連隊が到着しているに過ぎない。出撃に際し、彼は麾下各部隊にごく短い訓令電を送っている。曰く、「不撓なれ、不屈なれ、勇敢なれ」。また、彼を含めた司令部要員は全員野戦帽の下に長い白鉢巻を締め、不退転の決意を表していた。
新横須賀港に投錨していた海上自衛隊第1護衛隊群も行動を開始している。新横須賀基地司令は艦隊を送るべく、都合良く基地祭の為に新横須賀へ来ていた海上自衛隊東京音楽隊に非常召集を掛けた。整列した基地要員たちの「帽振レ」と日本最高のドイツ式ブラスバンドが演奏する伝統の「軍艦行進曲」という、日本の軍艦乗りにとってはこれ以上のものはない訣別の挨拶に対し、鳥海海将以下第1護衛隊群は総員登舷礼と旗艦「やまと」のヤードに掲げられた信号旗「誓ッテ戦果ヲ掲グ」で報い、まだ夜が明けきらぬ新横須賀を出撃していった。
港を出た「やまと」のヤードには、鳥海の指示による信号旗が新たに掲げられた。「本職ハ各員ガソノ義務ヲ遂行セン事ヲ期待スル」。微妙なニュアンスの違いがいかにも現代の日本らしいが、海上自衛隊の信号員も、200年前のイギリス海軍の信号員が解けなかった問題には同じ回答しか与えられなかったらしい。
戦自も独自に戦闘態勢を整えていたが、もはや他の自衛隊との亀裂は決定的だった。彼らは国連軍の指揮下で動いていると言った方が良い、三自衛隊の誰もがそう考えていた。そして実効戦力としては我々以上に期待できない、と。
国連艦隊は新横須賀に居座り、様子見を決め込んでいる。
一方、最も早く臨戦態勢移行を下令したはずのNERVは、この期に及んでもまだ足並みが揃っていなかった。
周囲の声も全く耳に届いていない。NERV作戦部長葛城ミサト三佐はじっと腕組みしたまま司令部正面のスクリーンを睨んでいる。
自衛隊は既に行動を起こしている。それも、今までに無いほど有機的に。つい先ほど、第1教導師団師団長・・・いや、陸上自衛隊関東地区防衛担当司令官たる妙高陸将より短いメッセージが届いていた。陸上自衛隊ハ0400時ヲ期シテ迎撃戦闘ヲ開始、驕敵ヲ撃攘セントス。貴軍ノ武運ヲ祈ル。
彼女の周囲では、半ば悲鳴のような叫びが飛び交っている。
「エヴァ弐号機、シンクロ率いまだ起動レベルに達しません!」
「初号機は!?」
「それが・・・」
語尾のトーンが低くなる。言うまでもない、か。
「じゃあ、出せるのは零号機だけですか!」
「そうなるわね」
「葛城三佐!」
何度目かの呼び声。いや叫び声。
何でなのよ。
何だって、あたしが決めなくちゃいけないのよ。何もかもあたしのせいだっていうの?冗談じゃない、あたしが何をしたって言うのよ!
それが指揮官って奴さ。
どういう訳か、脳裏で声がした。妙高陸将の声だった。今までは、こんな時聞こえてきた声は加持くんの声だった。何で今日はあの人なんだろう。そうだ、加持くんはもういないし、きっと軍隊の話だから、じゃないかしら。・・・あたし、何考えてんだろう。
ミサトは顎に力を込めた。そう、あたしは作戦部長なんだ。適格だろうと無かろうと、望むと望むまいと、ね。
「弐号機の出撃見込みはどうなの?」
ようやく口を開いてくれた指揮官に、日向マコトは明らかに安堵したようだった。
「・・・立っていません」
「あたしが聞いてるのはそんなことじゃないわ。行けるとすればあとどの程度掛かるのか、って事よ」
「今の調子でシンクロ率が上がるなら、あと52分」
替わって答えたのは赤城リツコだった。
「でも、今の調子で行けるかどうかは分からない、のね」
「ええ」
「そう・・・ちょっち、いやかなり辛いわね」
彼女はスクリーンの右側に視線を向けた。初号機のゲージが映っている。
そこに、パイロットである碇シンジの姿は無い。
「困ったものね」
とリツコ。ミサトは視線を動かさない。もしも視線で人が死ぬとすれば、それが誰であっても確実に即死すると思われるほどに、スクリーンを睨み据えている。
なぁにが困ったものね、よ。
いつもと変わらない友人の取り澄ました表情にも、彼女は苛立ちを募らせる。
ついこの間までは、あの子供達の気持ちが分かるつもりでいた。戦うことの意味、エヴァに乗る事の意味、そんなことを問い続けながら命を懸けて戦わねばならない彼らに同情もしていた。そしてそれが、作戦部長としての自分の任務の一つでもあり、人間として当然のことだと思っていた。
しかし今のミサトには、それがたまらなく無責任な事に思えた。子供だから仕方がないとはいえ、あまりの幼さと身勝手さに腹が立つ。
そんな事、後で考えればいいじゃないの。今は生き延びる事が大事なんじゃないの?ええ、命を張って戦わなきゃなんないあんたたちには同情するわよ、でもね、別にあんたたちは生け贄じゃない。あんたたちが負ければ、あたしたちもおしまいなんだから。献身を強要はしないわよ、でも戦えるのはあんたたちだけなのよ。
今彼が目の前にいたらどうしたろう。きっと感情に任せて張り倒しているだろう。でも、そんな事をしている場合でもない。
「・・・エヴァ零号機は出撃待機」
「葛城三佐!」
日向が驚いたように顔を上げた。
「手をこまねいて見ていろって言うんですか!」
「どのみち、あたしたちは見ているだけしかできないのよ」
「しかし!」
「レイ一人で仕留められる保証はどこにも無いわ。切れるカードが一枚しか無いなら、確実に勝てる状況を待つしか無い」
「様子を見る、のね」
だからあんた、その繕ったような態度何とかしてよ。叫び出しそうになるのをこらえながら、ミサトは頷いた。
「ええ。今はそれしか無いわ」
「・・・随分気に入ったようね」
「何のこと」
「自衛隊の妙高陸将」
横目で睨むと、リツコは例によって涼しい顔をしている。
「・・・あっちが高く買ってくれるなら、あたしも相応に考えてあげないとね」
「・・・そう」
夜が明ける。
使徒は相模湾に侵入、上陸しつつあった。
使徒出現以来不面目な戦いを強いられてきた自衛隊は、今日こそは全力で当たる事を決意している。相手に通用するかどうかはともかくとして、自分たちにできることを最大限に実行するしか無いのだから。
まず使徒と接触したのは、航空自衛隊のRF−4EJ改2戦術偵察機と、海上自衛隊のVF−1A戦闘攻撃機だった。VF−1は戦術偵察ポッドを抱いている。
空自の”ファントムライダー”たちと海自の”シルフドライバー”たち(まだ公表されてはいないが、VF−1の愛称は”シルフィード”となる事が内定している)はそれぞれに敵の姿を確認し、情報をそれぞれの本隊と「スカイキッド01」、今回の戦闘における航空攻撃の指揮管制を行うAWACSに送信した。使徒は今のところただ前進するのみで、頭上をフライパスした偵察機には何の関心も払っていないようだった。
「スカイキッド01」は全力攻撃に移るべきであると結論、その旨を入間基地と第1護衛隊群に通知。それは直ちに実行に移された。
入間基地の第1航空団と第2支援航空団は出撃準備を終えた機体から「上にあげる」、つまり出撃させる事にした。通常、こうした五月雨式の航空攻撃はやらないのだが、制空戦闘の必要がない今回はこれでいいだろうと幹部達は考えていた。出撃開始から10分間で入間基地を離陸した機体は第1航空団のF−22 BJ”ラプター”制空戦闘機が11機、第2支援航空団のF−2C”ヴァルキリー”支援戦闘機が17機。もちろん全機対地攻撃装備で固めている。
一方の第1護衛隊群の方は、それとは対照的にいかにも海軍らしい折り目正しさで一斉出撃を選択した。航空護衛艦「ひりゅう」「ずいかく」「しょうかく」から出撃したのはVF−1A”シルフィード”戦闘攻撃機10機、F−4EJ改2”スーパーJファントム”戦闘攻撃機25機、AV−8J”ハリアーV”戦闘攻撃機12機、計47機。海自機動部隊にとって現有航空打撃戦力のほぼ全てだ。
使徒が湘南海岸の西部へ上陸第一歩を記すとほぼ同時に、自衛隊航空部隊の襲撃は開始された。それは今までの対使徒戦闘で多用されたNERV及び戦自の重攻撃機によるそれと比べればよほど従来の感覚における戦闘らしい、苛烈で言うなれば華やかなものだった。
それと効果のほどは別問題だが。
「新撰組より入間AB、攻撃終了。効果は極めて小と思われる」
「攻撃指揮官より1群旗艦へ、第二次攻撃の要有りと認む」
それぞれの報告は、やはりというか何というか、攻撃の効果がほとんど挙がっていない事を示していた。
一方、被害は無い。今回の使徒は対空攻撃の手段を持っていないようだった。
入間基地サイドとしては、こうなれば諦めるしか無い。彼らは持てる最強の攻撃力を投入し、跳ね返されたからだ。しかし第1護衛隊群にとっては、一つの攻撃手段が無効である事が分かった、それだけの事だ。
「残念だったな」
旗艦「やまと」のCICで、鳥海は傍らの航空戦幕僚如月ユタカ二佐を振り返った。如月は表情を歪め、小さく頷く。
「予期はしていましたが、現実を突きつけられるのは辛いですな」
「まあ被害は無かったんだ。誰も死なせずに済んだだけマシだな」
「は」
鳥海は一つ頷くと、今度は水上打撃戦幕僚の吹雪リュウ二佐に視線を向けた。
「ここからは君の仕事だ」
「n2地雷が無いのは辛いですな」
天気が良ければ相模湾、そして太平洋まで望める高台に、妙高は野戦指揮所を設置させていた。部隊の展開はまずまずの進捗状況を見せている。一撃で敵を屠る手段がない以上水際迎撃の意味はない、そう判断していた妙高は縦深防御戦を基本方針にしていた。
「あれを海岸にばらまいておけば、少しは足止めになったかも知れません」
「あの」
例によってあまり緊張感のないその声は、笠置カスミ一尉以外のものではあり得ない。言い募る幕僚達の愚痴を聞き流していた妙高は、その声には注意を向けた。
「何だ、笠置一尉」
ずっと年かさで階級も上のその幕僚の声は、厳しいようでいて微妙に引いている。
「あのですね・・・その、無いものを悔やんでも仕方がないんじゃないでしょうか。n2地雷は全部使ってしまっている訳ですし」
「それは分かっとる、しかし」
「でしたらもっと前向きにものを考えた方がよろしいかと」
「・・・ま、まあ、それは・・・」
「そのへんにしておけ」
妙高が口を挟むと、幕僚は少しだけ表情を歪め、頷いた。
「は」
「諸君、もう一度状況と方針を確認しておこう。笠置一尉、説明を」
「はい」
笠置は地図ボードに照明を入れると、ポインタを手に取った。もう一方の手は小さなキーボードに掛けている。
「使徒は江ノ島と小田原のほぼ中間、湘南海岸付近に上陸しました。現在」
ボード上に、第1護衛隊群のシンボルマークが表示される。
「海上自衛隊第1護衛隊群と航空自衛隊入間基地の第1航空団、第2支援航空団が航空攻撃を実行中です。今のところ、効果はあがっていませんが」
「出撃数はどのくらいなんだ」
幕僚が口を挟む。笠置が素早くキーボードを叩き、ボード上の表示が図表に切り替わった。
「入間基地からの攻撃は散発的に反復されています。実働機はほぼ全機が投入されており、平均出撃回数は2.4回。出撃、投弾、帰投、補給のサイクルを一機単位で繰り返しています」
「そりゃあ・・・地上員は大変だな。補給は保つのか」
「問題はそこです。空自は主幹航空基地のうち・・・宮崎の新田原、大分の築城、北海道の千歳などの補給物資を引き抜いて関東エリアに移転集中させてはいましたが、それでも限界があります。これは私が個人的に聞いた話ですが、入間にある弾薬は二個航空団の全力出撃に換算して5回分程度だそうです」
「ではもう半分使った、という事じゃないか」
「そうなります」
近代軍用機、そして自衛隊の問題点はそのあたりだ。第二次大戦後、軍用技術の発達は一機一出撃あたりの攻撃回数を減少させていたし、更に自衛隊は正面装備の拡充に予算をつぎ込んでいたため経戦能力には問題がある。簡単に言えば、弾薬燃料の類に余裕がない。
「三沢からの攻撃も行われる予定ですが、距離がありますし」
「それは諒解した。海自の方はどうだ」
「母艦航空隊が二次にわたって攻撃を実施しています。出撃機数は延べ100機程度です。補給にはまだ余裕があるようですが、当面航空攻撃は停止すると先ほど連絡が来ています」
「・・・やるだけ無駄だから、か・・・」
幕僚の一人がため息をついた。妙高がそれを横目で睨むと、慌てて咳払いする。
「彼らにはまだ打つ手があるという事だろう。それに」
そこまで言って、視線を笠置に向ける。分かっているな、というように。
「はい」
つまり、海自は「この後」を考えているのだ。ゲームはこれで終わりという訳ではないから、元手を使い切る訳にはいかない。
「続けてくれ」
「はい。・・・目標の上陸地点は想定範囲内です」
「想定Aの2だな」
「はい。正確には5師(第5師団)のやや右翼です。5師司令部からは、既に対応を取りつつあると連絡が入っています」
画面表示が切り替わる。海岸線から数キロ入った所に、第5師団のシンボルマークが映し出された。ゆるやかに形を変え、正面を向け直している。
「間に合うか」
「そのはずです。空自は阻止攻撃にシフトしてくれています」
彼女は更にキーを打った。周囲の各部隊が表示され、動き始める。
「5師の後衛として7師が既に移動済みです。師団と言っても現在の所14普連(第14普通科連隊)と8特連(第8特科連隊)、2戦連(第2戦車連隊)のそれぞれ一部しか戦域にはいませんが」
「随分早いな。身軽だからか」
「1師は現在移動中です。7師の兵力から考えて、実質的な第二陣になるでしょう。後は我々と1空師(第1空挺師団)です」
「分かった」
使徒は上陸地点から第3東京市を目指して直進するだろう。
妙高は、その進路上に麾下の部隊を並べ、ぶつけていく構えを取っている。
直率の第1教導師団は最後の切り札。第1空挺師団は予備兵力として、機を外さずに投入を図る。全部ひっくるめると4個師団半位の戦力になるだろう。今の陸自にしてみれば、総力と言ってもいい。強力で心強くはあるが・・・しかし、負ければ後がない。
「戦術的には古くさい手だよ。おかしいだろう」
彼は自嘲気味に笑った。
「秘策といってもこの程度さ。並の相手ならもっといい将棋を指せるんだが」
笠置を含め、幕僚達は皆沈黙している。
巨大なスチームローラーの前に立ちふさがる、蟻の行列。そんな連想をした者もいる。
「NREVからはあの後何も言ってこないか」
「はい」
一瞬だけ、あの若い作戦部長の姿を思い浮かべる。全く、こんな状況で出会ったのは心外だ。テツヤの奴が連れてきたんだとしたら、どれだけ良かったか。父さん、俺はこのひとと・・・。
妄想だな。
双眼鏡を構える。ニコンがまだ日本光学という名前だった頃に製造された、自動調光装置もレーザー距離計もついていない年代物の大型軍用双眼鏡だ。はっきり言って重い。
「歩いているだけ、だな」
「そうですな」
傍らで、やはり双眼鏡を構えていた陸曹長が頷いた。彼が持っているのは陸自制式の双眼鏡だ。キヤノン製で、色々と便利な装置も組み込まれているし、軽い。
「距離は・・・7200見当だな。違うか?」
「あっ・・・と、7217です」
曹長は舌を巻いた。レーザー距離計が弾きだした数値と、若い上官が目測で割り出した数字はほぼ一致している。17メートルなどは誤差で許容できる範囲だ。
「大したものですな」
「私物をわざわざ持ち込んでいるんだ。それなりに慣れてるさ」
第5師団第4戦車連隊第7戦車大隊第2中隊中隊長妙高テツヤ一等陸尉は、そう言うと爽やかと言う以外に形容のしようが無いような笑顔を浮かべた。本当に白い歯がまぶしく見える。
「爺さんの形見らしい。親父がずっと使ってたんだけど、任官祝いにくれたんだ。もう老眼だから使わないって言ってたな」
「はあ、それは」
曹長は中隊長の祖父が帝国陸軍の戦車将校だった事までは知らなかったが、父親が陸将である事は知っていた。彼がかつて第7師団にいたころ、師団長だったのが妙高陸将だった。師団長などといえば曹士連中からすると別世界の住民だが、妙高の事はよく覚えている。
そして妙高一尉は、確かに父によく似ていた。笑顔も似ているし、だいたいこういう場面で笑ってみせる剛邁さも似ているのかも知れない。
「どうします」
それは質問の形をとった確認だ。それは妙高も承知している。
「任務は偵察だから、これ以上ここにいても仕方がない。戻ろうか」
「諒解しました」
二人は藪を抜け、道に戻った。普通ならかなり交通量の多い道なのだが、今日はその姿もない。かわりに、一応アスファルト保護パッドを履帯に装着した戦車が停まっている。陸自の新鋭MBT、13式戦車。複合装甲とリアクティヴアーマーで覆われ、強力な130ミリライフル砲を備えた、世界最強の戦車の一つだ。
二人はそれぞれの戦車に飛び乗ると、砲塔ハッチに身を沈めた。手早くヘルメットをかぶり、喉頭マイクのスイッチを入れる。
「中隊長より中隊全車、これより原隊へ復帰する」
同時に、老練なドライバーに操縦された隊長車は素早く超伸地旋回し、前進しようとした。
その瞬間、妙高は叫びを上げた。
「待てっ!」
「!」
ブレーキが掛かり、急激に停車した巨体に耐えきれずアスファルトにひびが入る。妙高は双眼鏡を南に向けた。
使徒は停止している。その輪郭がぼやけているように肉眼では見えた・・・しかし?
「これは・・・」
作られて80年が経とうという古い双眼鏡は、その素性に相応しい性能を発揮した。高倍率の日本光学製レンズは、最新の光学機器も及ばぬほどのシャープな解像力を示していた。
使徒は分裂しはじめていた。いや、そう言うより、その表面から無数の小さな個体がわき出そうとしていると言うのが適当だろうか。
妙高は数秒間茫然としていたが、すぐに我に返るとハッチの縁を握りしめた。これはすぐに報告しないと。親父の判断材料の足しにはなるはずだ。
「・・・戻るぞ、急ごう」
「どうします」
「路面保護だなんて言ってる場合じゃない」
「諒解」
今一度エンジンが咆吼する。13式戦車の群はアスファルトを割りながらほぼフルスピードで突進しはじめた。
「これは・・・」
「個体数は把握できません。おそらく万単位です」
報告する伊吹マヤの声もかすれている。正面のスクリーンには、停止した使徒とそれから生み出された無数の小さな群が映し出されていた。
「親子使徒・・・?」
「あるいは、群体で一つの個体なのかも知れないわね」
相変わらず冷静に聞こえるリツコの声も、さすがに調子が違ってきている。つきあいの長いミサトにはそれがはっきり分かった。
「我が名はレギオン、我はあまた群れをなして一つであるが故に」
呟いたのは、日向だった。
「え?」
「昔見た、古い映画に出てきた台詞ですよ。それに出てきた群体生物の名前が、レギオン」
「そう」
ミサトはスクリーンの片隅を見つめる。エヴァ弐号機のシンクロ率は確かに上昇しているが、しかしそのカーブはゆるやかになっている。
シンジは何とかゲージまでは連れてきた。しかしまだぐずっているらしい。
動けるのはまだレイの零号機だけだ。
「でも、まだ使えない」
呟いてみる。やはり駄目だ。しかし。
このまま黙っている訳にもいかない。
もしもあの使徒の群れが押し寄せてきたら・・・。そうね、打てる手は打たないと。
「日向くん、第1教導師団の妙高陸将を呼び出してちょうだい」
「はい」
手早いコンソールの操作が続き、スクリーンに映像が入った。薄暗い指揮所を背景に、野戦服姿の妙高がこちらに視線を向けていた。当然のことなのだろうが、その表情は厳しい。
「妙高だ」
「葛城三佐です」
敬礼。スクリーンの妙高も敬礼を返す。
「状況が変化したのは承知している。その件だな」
「はい」
「手短に頼む」
スクリーンの背景に、やはり野戦服を着込んだ笠置の姿がちらりと映った。似合わないようでいてやはり一応様になっているのは、職業故なのだろうか。
ミサトは一つ息を吸い込むと、早口に、しかし明瞭に言った。
「0430時をもって、NERVが把握している全地上防衛部隊の指揮権を、陸上自衛隊関東地区防衛司令官たる妙高閣下に委譲します」
まず反応を示したのは日向だった。
「な・・・何を言い出すんです!」
「ミサト、あなた!」
リツコも柳眉を逆立てる。
それには構わず、ミサトは司令席を振り仰いだ。
「司令、よろしいですね」
「反対する理由はない。やりたまえ」
半ば予想したように、「天の声」はそう言った。要はエヴァに関する事以外はどうでもいいのだろう。彼女は頷くと、スクリーンに向き直った。
「こちらに問題はありません。部隊系統その他は既にお知らせしてあるはずです」
スクリーンの中の妙高が横を向き、何か早口で言った。笠置のものらしい女の声がして、一つ頷く。
「諒解している。そちらの手続きが終わり次第、こちらは動かせる」
「それは直ちに」
「うむ」
妙高はもう一度頷くと、微かな笑みを見せた。
「貴官の配慮に感謝する。難しい決断だったろうが」
「戦力は集中されるべきですし、指揮は一元化されるべきです」
「戦術の初歩であり、要諦だな」
「はい。では、よろしくお願いします」
「諒解した。もし貴官がNERVで職を失ったら、うちで椅子を用意してもいい」
ニヤリと笑う。負けずにミサトも笑って見せた。
「覚えておきます、それは無いでしょうが」
「君を手放すほど、君の所の司令も馬鹿ではあるまいな。こちらからは以上だ」
スクリーンに映らない上の方に「司令」碇ゲンドウがいるのを、彼は承知なのだろう。ミサトはさっと敬礼を向けた。
「御武運を」
「有り難う」
通信が切れる。同時に、日向が立ち上がった。
「無茶苦茶です!我々の・・・」
「公私混同も甚だしいんじゃないの?」
日向の激昂、リツコの冷たい視線。しかしミサトはそれを跳ね返すほどに強い視線で周囲を睨め回した。
「通常部隊の運用に関しては、うちよりも彼らの方が何枚も上手よ」
「そうかもしれませんが・・・」
「なら、うまく扱える連中に任せてしまった方がいい」
日向は勢いを削がれる。しかし、リツコは相変わらず冷たい視線を向けている。
「国連軍や戦自が黙っていないわよ」
「組織論的に問題は無いわ」
「・・・」
「NERVの作戦部長はあたしよ。あたしが指揮権をどこへ委譲しようと、それはあたしの職務権限であって上級指揮官以外の誰からも文句を言われる筋合いは無い、そのはずじゃない」
リツコは少し驚いたような表情を見せた。
何が彼女を変えたのかしら。そう、以前とは様子が違う。
加持リョウジを失ったせいなのだろうか?それとも?
「・・・分かったわ。そこまで言うのだったら、言うべき事は何もないわね」
「弐号機の起動を急いでちょうだい。今のあたしたちには、エヴァ以外のカードは一枚もないわ」
「ええ、それは」
それは、あたしの問題じゃないけどね。
同時刻、エヴァ弐号機エントリープラグ内。
「何で動かないのよっ!アタシが動けって言ってんでしょ、動きなさいよ!!アンタたち、馬鹿シンジや人形の言うことは聞くくせに、アタシの言うことは聞けないって言うの!?認めない、絶対認めないんだから!!!」
惣流=アスカ=ラングレーの呻きは、今や叫びを通り越して錯乱の域にまで達していた。
しかし真紅の弐号機は、ピクリとも動こうとはしない。
同時刻、エヴァ初号機ゲージ。
「嫌だ・・・僕には分からないよ。何で僕がやらなきゃいけいんだよ。アスカだっている。綾波もいるじゃないか。何で僕が・・・エヴァに乗るのはもう嫌だよ。もうたくさんだ・・・」
無人のゲージ内に、碇シンジの呟きだけがこだましている。
同時刻、エヴァ零号機エントリープラグ内。
「・・・」
綾波レイは、その真紅の瞳を閉じてただ時を待っていた。
命令が下れば、彼女は目を開く。エヴァを操って戦う。
それだけの事だ。
同時刻、使徒上陸地点から北西へ3キロ地点。
正面に展開した13式戦車の群れは、既に剣を構えていた。彼らの後方では特科大隊の重砲とMLRSが待機し、既定の距離に入るのを待っている。
そして、彼らの時は来た。
「目標、第1指標線を通過!」
「・・・状況開始」
野戦指揮所の妙高陸将は、むしろ静かにそう下令した。
その指示は即座に麾下全部隊へ伝達される。
「射撃開始」
「射ぇーっ!!」
瞬間、203ミリ重砲と155ミリカノン砲、そしてMLRSの砲声が沸き上がった。衝撃と破壊を内包した鉄量の群れは前線の将兵を飛び越え、迫る使徒の群れへと突入していく。爆発、轟音、衝撃、破壊の渦。
それを正面に睨みながら、妙高一尉は腹をくくった。やるなら今だ。
喉頭マイクのスイッチを入れ、一つ息を飲み込む。
「中隊長より各小隊長へ。待つのはやめにしよう」
頭上を砲弾とロケット弾が通過する轟音。まだ続く。全力射だな。
「前倒しでいく。手筈通りだ、ぬかるなよ」
「第2小隊諒解」
「第3小隊諒解しました。叩きのめしてやりましょう」
「よし」
頷く。妙高は敢えてハッチをあけ、上半身を外気に晒した。砲声、衝撃が全身を叩く。硝煙の匂い。戦場、そう、ここは戦場なんだ。
「第1小隊・・・」
妙高はさっと右手を振り上げた。
「戦車、前へ!」
手を前へ振り下ろす。その号令が「パンツァー=マールシュ」であったとしても何も違和感が無いほどに、その姿は絵になっていた。それはそれで得難い資質なのだろう。
ディーゼルエンジンの轟音が高まり、13式戦車の群れは突進を開始した。
第2小隊と第3小隊はそれぞれ左右に散開し、一足先に射撃を開始する。その支援を受けつつ、第1小隊は前進。突撃という奴だ。
「見えてるか」
回線を車内系に切り替え、叫ぶ。その一言だけで、中隊長車の乗員達には全てが分かっている。
「赤外線、レーザー、感度に問題なし。距離1200」
「手近な奴から喰え、細かい事は任せる」
「諒解、1000まで待ちます」
本来なら砲塔内に身を沈め、ハッチを閉じるべきなのだろう。しかし妙高は上半身をさらし続けている。何とも言えない気分だ。ハッチの縁を掴む手に力がこもる。恐怖、戦慄、そんなものじゃない。何とも言えない高揚感とこみ上げる力だけが全身を駆けめぐっている。もしかしたら、と彼は思う。もしかしたら、俺の先祖とかいう連中が感じた空気はこんなものだったんだろうか。甲斐の荒武者だったとか言う俺の先祖達。聞こゆる者は音にも聞け、見える者は目にも見よ、我こそは甲斐にその人ありとうたわれし馬場駿河守信春が侍大将、妙高弾正義春が裔、妙高テツヤなり。
いざ、見参!
「射撃開始!」
砲手の声。一瞬遅れて、発砲の閃光、爆風、轟音が妙高の全感覚を襲った。130ミリライフル砲、弾種はAPFSDS。
超音速で飛翔する減径弾芯徹甲弾は、まっすぐに1000メートルを駆け抜けるとその目標を捉えた。
弾かれるか?いや・・・これは!
埃と煙で汚れた顔を拭うと、妙高はニヤリとした。砲塔の上面装甲を平手で叩く。
徹甲弾は効果を発揮していた。直撃を受けた目標は芋差しにされ、そのまま数体を貫通したようだった。衝撃でばらばらにされた死骸が周囲にブチ撒かれたように散らばっている。
「中隊長より中隊全車」
声が弾む。いける、いけるじゃないか。
「今度の奴らには効くぞ!手当たり次第だ、やってやれ!」
「5師は敵の攻勢を受け止めています」
見れば分かる。小型の敵には、通常兵器が通用するらしい。そうなれば普通の相手と変わらない。
妙高陸将は地図を一睨みすると、傍らの幕僚を振り返った。
「NERV各部隊の割り当ては済んだか」
幕僚がクリップボードを眺め、頷く。
「先ほど終わりました。笠置一尉の基本線を流用していますが」
「それでいい。連中の反応はどうだ」
「何やかやとごねていましたが、NERV作戦部長名で厳命が出た後はおとなしくなりました」
「分かった。状況発動は0500時、いいな」
「はっ」
NERVの通常戦力と言っても、重攻撃機の部隊がいくつかと74式改を装備する戦車大隊が2個、完全機械化などされていない軽歩兵大隊1個、後は要塞部隊がいくつかだ。主戦力としては使えないし、連携に問題があるから切迫した状況での予備にもならない。笠置は重攻撃機は第1空挺師団の指揮下に、地上部隊は第7師団の補強として使う構想を立て、妙高がそれを承認した。そう使うのが常識的だし、無駄にもならないだろう。
今回ばかりはあのからくり人形はいらないかも知れない。あんたはそこで観戦していて貰おうか、葛城三佐?
「状況を入間と海自さんに伝えたか」
「先ほど伝達しました」
「よろしい」
これなら、普通の喧嘩が出来るかも知れないな。
スクリーンには戦況が刻々と映し出されている。
それを見つめている者たちの表情は複雑だった。露骨に顔をしかめている者もいる。
おかしなものね、とミサトは思う。結局の所、自分たちだけが使徒を倒せるという事実だけが、NREVを支えていたのかも知れない。しかしその事実が損なわれたらどうなるのだろう。こうも不快な顔をするものだろうか。
「小型の個体にはATフィールドが無いんですか」
伊吹マヤが呟いた。不安そうな表情を見せている。
「無いか、あるとしても微弱なのか」
とリツコ。表情は平静に見えるが、心中に鬱屈した何かがあるのは間違いない。
ミサトは口を開いてみた。
「エヴァが動かせないんだから、これは助かるわね」
「そうかしら」
こちらに視線も向けず、リツコは呟いた。
「えっ」
「そうかしら、と言ったの」
「どういう事よ」
「エヴァ・・・NERV無しで使徒を倒せるという事が分かったら、自衛隊や日本政府はどう考えるかしら。今までのNERVが何によって立っていたかを考えてご覧なさい」
「そのくらい分かっているわよ」
「では、それがいかに危険な事か分かるでしょう?」
「関係ないわ」
ミサトはその形の良い唇を歪めた。
「あたしたちの任務は使徒を倒す事、人類を護ること。それ以外の事を考えるのはあたしたちの仕事じゃない。使徒が倒せるなら、たとえそれが何であろうと、それはあたしたちの味方よ」
「・・・」
「単純な女だって思ってるでしょうね」
「・・・」
「碇司令や上の方が何を考えているかは知らないわ。でもね、あたしはNERVの作戦部長なのよ。使徒と戦うこと、そしてを倒すこと、それが職務・・・そう、今はね」
「・・・そう。あなた、変わったわね」
「そうかな・・・うん。そうかもね」
ミサトは小さく頷き、スクリーンに視線をもどす。つられるようにリツコもスクリーンに目を向け、そして微妙に表情を変えた。
「海自が動きを見せています」
日向の声。
スクリーンには、打撃護衛艦「やまと」の姿が映し出されていた。
「面白い事になってきたじゃないか」
鳥海は通信士から受け取った電文綴を一瞥すると、薄く笑った。
「おい、幕僚長。見てみろ」
「はい」
笠置は電文綴をさっと眺め、微笑する。
「やれますね」
「ああ、やれる」
頷くと、彼は通信士を振り返った。
「陸自の前衛・・・ああ、第5師団だったな。その司令部宛に打電、当方支援介入ノ用意有リ」
「はっ」
「吹雪二佐」
「発動用意は出来ています」
「よろしい、現時刻をもって1群指5号を発動」
「1群指5号、発動します」
1群指5号、つまり第1護衛隊群指令第5号とは、前もって策定しておいた水上打撃戦態勢への移行を意味している。これにより、第31護衛隊と第32護衛隊は、先任である第32護衛隊司令那智サブロウ海将補の指揮下に移行、護衛隊群本隊から分派される。つまり、航空戦をやらないのであれば母艦はいらんだろう、という事だ。これに伴い、第61、62、63護衛隊のDDG「あまつかぜ」「たちかぜ」「しまかぜ」も本隊を離れ、那智の指揮下に入る。防空戦専用のミサイル艦である「かぜ」級DDGは、水上打撃戦の役にはあまり立たない。
「32隊旗艦より諒解を返信、続けて司令より通信」
「読み上げろ」
「はっ。以後ハ独自行動ヲ取レトノ意ナリヤ」
「32隊司令に返信、貴官ノ手腕ニ期待ス」
「貴官ノ手腕ニ期待ス、32隊司令にやります」
薄暗いCICのスクリーンに、背後の光景が映し出される。第32護衛隊の旗艦、DDC「ひえい」が右へ舵を切り、輪型陣から離れようとしていた。3隻の母艦、DDG3隻も分離していく。
「陸自第5師団司令部より返電、リンク回線を回すとの事です」
「接続しろ。リンク担当艦は本艦」
「接続完了。各艦の認識を待ちます・・・認識終了。回線使用可能」
大淀艦長の声がしばらく続いた後で、航海幕僚の龍田二佐が顔を上げる。
「陣形の再編完了」
「よろしい、全艦水上打撃戦合戦用意」
「水上打撃戦合戦用意」
即座に各部に復唱があがり、ラッパを持った信号士が駆け出す。そして、スピーカーから過剰なまでに抑揚の付いたラッパの音が吐き出された。
「本艦合戦準備よろしい」
「1隊司令より通信、発砲命令マダナリヤ」
「あいつめ」
第1護衛隊群の前衛、第1護衛隊の司令秋月ユウジ海将補は海自きっての鉄砲屋として知られている。「やまと」艦長の大淀海将補とはライバル兼親友といった間柄で、航海屋の大淀が「やまと」の初代艦長を拝命した時には人事統監部に怒鳴り込みかけたという逸話を持っている(その時は、鳥海になだめられて諦めたのだが)。
「一番槍くらい付けさせてやるか」
「そうしないと、またふてくされるでしょうな。あいつは幹校の頃からそうでした」
「よし・・・1隊司令に返信、司令判断ニテ攻撃開始サレタシ」
「司令判断ニテ攻撃開始サレタシ、1隊司令にやります」
発砲の報告が「やまと」CICに届いたのは発信からわずか7秒後だった。
もちろん、発信した段階で砲撃準備は整っていた。第1護衛隊の2隻に備えられた127ミリ砲は既に目標を指向し、スタビライザーと連動して自動追従に入っている。
「やまと」からの返信を受け取った秋月がまず示した反応は、会心の笑みでも気の利いた文句でも無かった。その瞬間、彼は司令用座席の肘当てを折れんばかりの勢いで叩き、叫ぶように下令した。
「攻撃開始!」
「砲術、打ち方始め」
それよりいくらか抑制の利いた艦長の声が続き、砲術長の号令が下る。次の瞬間、手ぐすね引いて待っていた第1護衛隊旗艦「あやなみ」の127ミリ速射砲が腹に響く咆吼を上げた。
畜生、艦砲を軽視した現用艦船の欠点って奴だ。
続けて発砲する「いそなみ」からの砲声を聞きながら、秋月は顔をしかめた。昔なら、5000トンクラスの艦なら12.7サンチを6門以上装備していて当然だったはずだ。しかし、この「あやなみ」を含めて海自の汎用護衛艦は127ミリを1門しか持っていない。全自動の速射砲だから手数でカバーできなくはないが、それにしても限界がある。
ええいくそ、こんな時にはアメ公の「アイオワ」クラスが羨ましくなる。いや、俺達には「やまと」があるが・・・あれは俺のフネじゃない。同じ事だ。
「初弾弾着」
「修正データ届いたか」
「今届きました」
「修正急げよ」
続けて第2射。このままサイクル射撃までもっていけば、後は一昔前の機関砲のように連中の頭上に127ミリの雨を降らせてやれる。
少し機嫌を直した秋月がまた顔をしかめたのは、通信士からの報告を聞いた時だった。
「群旗艦より通信、只今ヨリ射撃開始」
「ちっ」
あれの指揮を執っているのが俺なら最高なのに。
「艦長、負けるなよ、連中に獲物を残すな!」
「努力します」
とは言っても、127ミリ速射砲と305ミリ電磁砲では威力が、なぁ。
「やまと」の主砲砲身は1/2展開、つまり格納状態から先端を開いただけになっている。最大出力で撃つには、距離が無さ過ぎるからだった。
「秋月には悪いですが、いい露払いですよ」
大淀は目標付近に双眼鏡を向け、ニヤリと笑った。
「射ぇ!」
鐘楼トップの主砲射撃指揮所に詰めている砲術長の号令がスピーカーから流れ、同時に「やまと」の巨体が鳴動する。305ミリ電磁砲、連装4基8門の主砲斉発。「やまと」がその生涯で初めて、敵に向けて放つ砲撃だ。
その8発の砲弾は周囲の大気を半ばプラズマ化されながらほぼ水平に飛翔した。砲弾の最高到達点は高度約百メートルに過ぎない。あまりの弾速の速さは、この距離での通常の弾道射を無用にしている。目標付近に到達すると、弾体に先行する衝撃波が地面を引き裂いた。8本の、巨大な爪痕のような直線の溝が一瞬で印される。そして、弾着。
それは凄まじい光景だった。
弾体に炸薬は詰まっていない。しかし、超高速で飛来した高比重複合素材の弾体が大地に叩き付けたエネルギーの前にはそんな事は問題ではなかった。衝撃波の爪痕の果てに着弾した弾体は、そこにクレーターとしか言いようがない地形を現出させた。同時にベクトルを拡散させられた余剰エネルギーが新たな衝撃波となって周囲を荒れ狂い、そこにあるもの全てを薙ぎ払う。
そう、その光景は、想像を絶するエネルギーと衝撃が演出した人工の地獄だった。
「弾着地点の誤差は許容範囲内」
その事実を伝える砲術長の言葉は、しかし冷静だった。
「陸自の回線がパニックになっていますね」
大淀はニヤリとする。
「離れた所に落としたのは正解だったな」
「はい・・・ええ、今陸自さんから言って来ました。くれぐれもデータリンクで指示した所を叩くようにしてくれ、だそうです。たまげているようですな」
「諒解した。砲術、任せる」
「射撃の粋を見せてやりますか」
砲術長は破顔すると、再び意識を職務に集中させた。
「次弾装填急げよ」
「うわぁ・・・」
モーゼが紅海で神の秘蹟を見た時の衝撃というのはこんな感じだったのかな、妙高はそう漠然と思った。
「やまと」の砲撃は、彼の指揮する戦車中隊の1キロほど前方に着弾していた。しかしその衝撃波はここまで届いていたし、一瞬で大地が切り裂かれ、クレーターが出来る光景もはっきりと見えていた。
それは、まさしく神の怒りの一撃にも似た、圧倒的で畏敬すら抱かせる光景だった。
「師団司令部より通信」
「何て言ってる」
「只今ノ砲撃ハ、海上自衛隊ニヨル支援砲撃ナリ」
「海自・・・そうか、なるほどね」
彼はハッチから砲塔内を覗き込んだ。
「あれは「やまと」だな」
「ああ・・・海自の戦艦ですね。聞いたことが」
「新横須賀で見学した事がある。主砲はレールガンなんだそうだ」
「へぇ、それは」
「これは負けてはいられんぞ」
「続けて通信・・・以後ハ師団司令部ノ予告ニ注意ヲ払ウコト」
「そりゃそうだな、突出して巻き添えを喰ったら たまらん」
彼は再び視線を前方に向け、例の双眼鏡で周囲を見渡した。
相変わらず小型の使徒が視界を埋め尽くしている。母体からは次々と新しい個体がわき出しているらしい。「やまと」の砲撃で出来た爪痕もクレーターも、すぐに埋め尽くされてしまったようだ。
「数が多すぎるな」
独り言のように呟くと、彼は喉頭マイクの回線を大隊系に切り替えた。
第5師団は健闘していると言っていい。
彼らは押し寄せる敵をしっかりと受け止め、効果的な応戦を続けていた。戦闘開始から15分ほど経過し、敵の個体が単一種ではないらしいことも分かってきている。
早い話、歩兵のような個体やら砲兵のような個体やら、あるいは戦車のような大型で大火力を持った個体まで、一通りの兵科らしきものが揃っているようなのだ。それがある程度組織的に攻勢を掛けてきている。
「普通の戦争じゃないか」
第5師団の将兵たち、司令部、そしてその報告を受けた各部隊は半ば拍子抜けし、次いで闘志をみなぎらせた。普通の戦争なら、どうって事は無い。今までの訓練の成果を示せばそれでいいし、それができる戦いなのだ。
妙高率いる関東地区防衛司令部は、前線から上がってくる報告と偵察結果を元にシミュレーションを繰り返し、「使徒軍」の戦力評価を急いだ。その中心となっているのは笠置カスミ一尉だった。そのおっとりした風貌と物腰からはそうだと分かりにくいが、ことこういう事に関しては彼女は抜群の能力を発揮し、与えられたスタッフと情報をうまく捌いて短期間にシミュレーションを繰り返した。
それを横目で見ながら、妙高は作戦地図と状況板、そして脳裏のプロットボードとを重ね合わせていた。彼は若い連中のようにコンピュータとかシミュレーションとかに詳しい訳ではないが、しかし長年鍛え上げ研ぎ澄ませてきたカンというものはそれを補って余りある。少なくとも自分ではそう思っている。
ほどなく、笠置がプリントアウトを持って妙高の所へやってきた。一段落ついたらしい。
「ひとまず、お見せできるものが上がりました」
「ご苦労」
ペーパーを受け取り、さっと目を通す。妙高は頷くと、作戦地図に視線を落とした。
「敵さんの方が兵力的に勝っている、と言うわけだな」
「はい」
笠置は兵力マーカーをいくつか手に取ると、それを作戦地図の上に並べていった。いつの間にか、他の幕僚たちも地図の周りに集まってその作業を見つめている。
規模に換算して、およそ6個師団強から7個師団弱と言ったところだろう、笠置の報告はそう結論していた。
「現在も敵は増加を続けています。最終的な数は見当も付きませんが、増加ペースは落ちていますから、このままで行くと多分9個から10個師団程度になるのでは、と予想しています」
「10個、か」
こちらは4個師団強。倍以上だ。
「まあ、こちらは防勢だし、航空支援も海上からの支援も受けられる。それを割り引いてやれば、そう悪い態勢でもないな」
妙高は頬杖をついて、じっと地図を睨んでいる。そこに見えるもの以上のものが、彼には見えているらしかった。しばらく彼はそうしていたが、やがて視線を上げた。
「戦線構築を考え直す必要があるな」
「は」
首席幕僚が大きく頷く。
「このままでは前衛に負担が掛かりすぎます」
「状況がこうなったからには、逐次投入に意味はない。押し戻せるなら押し戻したいし、受け止められるなら受け止めた方がいいな」
「はい」
「木曾一佐、大至急連中の移動状態をプロットしてくれ。長良二佐は各師団の態勢を確認」
指示を受けた幕僚達が駆け出す。その意味するところは明らかだった。残るスタッフの動きも慌ただしくなる。
「笠置一尉」
「はい」
「敵を10個師団想定で、包囲戦を行った際のシミュレートをやってみてくれ」
「包囲戦、ですか」
「ああ」
口元に、不敵としか言いようがない表情を浮かべながら、妙高は頷いた。
「どうやらここは硫黄島ではなく、俺は栗林将軍でもないらしい。なら別の手を取らせてもらう」
管理人(以外)のコメント
アスカ 「兵科、ってなに?」
ケンスケ「ん? そんなこともしら・・・いや、やめておこう」
アスカ 「あら、ずいぶんと今日はおとなしいわね」
ケンスケ「いや、前回あまりに狂乱しすぎて、抗議のメールが・・・来たわけじゃないけど、天の声がね。「えーかげんにせいっちゅうねん」ということで、今日はおとなしくしようと」
アスカ 「ほぉ〜天の声ね〜じろっ(と宙を見る)」
ケンスケ「まあまあ、で、兵科はなにかって? それはだね、たとえば自衛隊には普通科連隊というのがある。これは旧軍でいう歩兵だね。まあいえば、歩兵、砲兵、戦車なんかといったように、それぞれの戦闘をする方法や装備によって区別される呼び方が兵科なんだよ」
アスカ 「あ、そう」
ケンスケ「戦車だけじゃ戦闘はできない。同様に、歩兵や砲兵だけでも戦闘ができない。それぞれの戦力が最も有効にいかされる場所に投入し、互いにそれを補うことが、今の戦争では重要なんだよ」
アスカ 「へぇ〜そうなんだ〜」
ケンスケ「・・・・なんか僕の言ってること、かんっぜんに右から左に流してない?」
アスカ 「そんなことないわよ。まあ、一応読者に知識を与えるためには聞いておかなくちゃいけないかなぁ、とおもっただけでね」
ケンスケ「・・・・やっぱり自分自身じゃ聞く気ないんじゃないか〜涙」
アスカ 「まあまあそう言わずに」
ケンスケ「しかし・・・レギオンか・・・また、マニアな部分できたなぁ・・・」
アスカ 「・・・(聞くとまたなんか延々と講釈をたれそうだから、ここはだまっておこう・・・しかし・・・カヲルの奴・・・・前回最後に逃げてから、いったいどこにいったのよ!)」
ケンスケ「まあ、エヴァじゃなくても倒せる使徒が現れたってことで、惣流の仕事もちょっとは減るのかな?」
アスカ 「・・・はっ! そう言えば龍牙! 何でアタシが半狂乱でエヴァを動かせないのよ! あんなテレビの電波な放送に惑わされて、本当のアタシの姿をみていないわね!」
ケンスケ「おやおや、今日はアスカ君が天の声に怒鳴られるかな?(笑)」
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