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 取りあえずの打ち合わせが終わったのは3時頃だった。帰りは車ごと輸送ヘリで送ってくれるとの話なので、ミサトは遅い昼食の誘いを受ける事にしていた。
 昼食と言っても、駐屯地脇で取るCレーションと缶コーヒー、というものだったが。
「飯を喰うにしろ師団長室なんかに連れ込んだら、うちと貴女のとこの防諜部が大騒ぎするだろう。俺の場合、KAに知れたらそれこそコトだ・・・ああ、家内のことだよ。隠語でね」
 缶を手に、妙高は苦笑いした。ミサトも微笑んでみせる。
「ま、面倒だがお互い立場が立場だと言うことだ。貴女とは、出来ることなら別の所で出会いたかったものだが」
「お上手ですのね、閣下」
「はは・・・閣下はよしてくれ。まだ慣れなくてね」
 この古くさい敬称は、最近になってようやく部内で非公式に使われるようになっていた。
「ま、悪い気はしないけどな。一族の中で、生きているうちに閣下呼ばわりされるまで出世できたのは俺が初めてだし」
「では、御血縁の方で他にも?」
 前もって見せられた資料で、彼の父母が自衛官、祖父が陸軍軍人だった事をミサトは知っている。多分知っているということを妙高も承知しているはずだった。白々しいと思いつつそう言うと、彼は複雑な笑みを浮かべた。
「ああ。父と母が自衛官だったよ。父は演習中にヘリの事故で死んだ。死ななければ、方面総監にもなれたかも知れなかったそうだ。死んで陸将補だから、生きている間に閣下にはなれなかった」
「そうですか」
「母は叩き上げでね、貴女と同じ三佐で退役・・・いや、娑婆の言い方ではリタイア、だな。そうだな、お袋は喜んでくれたな、俺が閣下になった時は。祖父は戦車乗りで、帝国陸軍中尉として硫黄島で死んだ。もう70年も前の昔話だ。父が生まれる前だそうだ」
「・・・」
 ミサトが黙っていると、妙高はひとりごとのように呟いた。
「俺も一族の系譜に連なる事になるらしい。それはそれで本望だが」
 はっとして振り返る。初老の「将軍」は、彼女に横顔を向けている。
「・・・出来れば戦い甲斐のある敵と戦っての結果でありたいものだ」
 単純な男だ、とミサトは思った。
 悪い意味で思ったのではない。もちろん彼には、政府と自衛隊の上層部が何を考えて彼と彼の師団をここにこの時期に配備したのか読めているはずだ。しかしそれも知りながら、彼はここを死処と考えている。彼は単純に自分を武人と考え、ここで使徒と戦う事が祖国や人々の為になると考え、故にここで討ち死にしても構わないと判断している。
 物事はもちろんもっと複雑だ。しかし彼は単純化し、それに命を懸けようとしているようだった。それはそれで一つの生き方だろう。
「閣下・・・」
「・・・失礼、つまらん事を言った」
 妙高は残るコーヒーを一息に喉に流し込み、制帽をかぶりなおした。
「そう言えば、戦自の連中がぶつくさ言っていたな。こないだのあれはあんまりだと」
「・・・あれでしたら、必要な処置でしたから」
 妙高は陽電子砲の事を言っていた。戦略自衛隊から強制徴用した陽電子砲は、エヴァ用のポジトロンスナイパーライフルに改装されて使徒撃滅に使用されている。
「時間もありませんでした。強引だったのは承知していますが」
「俺達には関係ないからそれはいいんだが」
 ちなみに、従来の陸・海・空各自衛隊と戦略自衛隊はあまり仲が良くない。「まるでかの武装親衛隊みたいじゃないか」と公然と不満を口にする自衛隊幹部もいるという。事実、編成にあたって部隊や装備の供出を求められた各自衛隊はそれを渋り、陸自の場合戦自に渡したものと言えば現役を外れた74式戦車だの旧式になった火砲だの、半ばどうでもいい「お下がり品」ばかりだった。戦自ではその74式に無理矢理120ミリ滑腔砲をくくりつけて運用しているが、125ミリ滑腔砲を搭載した陸自の90式改や130ミリライフル砲を持つ13式と比べればどう見ても見劣りがする。
「連中の事も気に入らんが、まああまり事を荒立てても仕方がないんじゃないかな。どうせなら友好的に事を進める方がいい・・・ただでさえ、貴女の組織はよく思われておらんのだ。程度の問題にしかなるまいが、それでもまだマシだろう」
 ミサトは何も言わなかった。
 所詮日本政府に所属する自衛隊と、国連直轄、いや考え方によっては国連そのものすら優越するNERVとではそもそも立場が違う。そう言ってしまえばそれまでだし、NERVが持つ権限の前には自衛隊などそれこそ「餓鬼の使い」に過ぎないと言ってしまう事もできる。
 しかし目の前でレーションのパッケージを丸めているこの生粋の武人にそんな事を言うのは躊躇われた。彼は彼の責務を果たそうとしている。勢力争いとか、権益とか、機密とか、そういった生臭い諸々の物事とは無縁に、ただ敵と戦おうとしているだけだ。
 重ねて思う。単純な男だ、と。恐らく達観しているのだ、自分は祖国の槍であり楯である、と。自分が日頃接している彼と同年輩の男達・・・冬月副司令は年上、碇司令は年下なのだろうが・・・が不気味なくらい複雑怪奇で、それに慣れてしまっている立場とすればこの初老の陸将は信じられないくらいにまっすぐに見える。
 この時代において、そうして生きていられる妙高は幸せなのだろう。ミサトは心の中で嘆息した。多分強い人間なのだ、あるいは彼女の知っているどの男よりも。
「・・・これはまだ非公式な話になりますが」
「ああ」
「今度有事になれば、NERV作戦部としては自衛隊に戦術面でのフリーハンドを差し上げようと考えています」
「・・・ほう」
 ミサトの表情は打って変わって真剣だった。その表情を眺めながら、何となく妙高は思った。綺麗な子だな、うちのかみさんの若い頃と同じくらいか、それ以上だな。
 こんな子が作戦部長か。アナクロなのは承知だが、護るべき対象としていてくれた方が、俺みたいな古くさい防人にとっては有り難いぞ。
 そんな彼のとりとめのない思いに関係なく、ミサトは続けた。
「少なくとも第一教導師団に関しては、完全に閣下にお任せしようと考えています。今回の打ち合わせで有益な事があったとしたら・・・閣下のお人柄を知ることができた事だと思っています」
 妙高は無言。
「NERV作戦部長として、閣下を信じます」
 へえ、殺し文句を心得てやがる。
「・・・諒解した」
 一つ頷くと、彼は笑った。先ほどまでの不純物が混ざったような笑顔ではなく、心からの笑みに見えた。
「俺もまだまだ大丈夫って事か」
「・・・は?」
「まああれだ。貴女ほど魅力的なお嬢さんを籠絡する事ができた訳だ。まだ捨てたものではなかろう?」
 ミサトは一瞬呆気にとられたような顔をした。そして次の瞬間、彼女もまた満面に笑みを浮かべた。
「・・・もしも閣下が20歳ほど若くて、もっと別の場所で出会えたなら、きっと閣下の事が好きになっていたと思います」

「やあ。来てくれるとは思わなかったよ」
 太平洋の荒波を切り裂きつつ40ノットで疾駆しているとは思えないほど揺れはない。ヘリ甲板に降り立ったリツコの第一印象はそれだった。その直後、明るい声がした。
 声の方には、眼鏡を掛けた貧相な小男が立っていた。
「・・・大山くん」
「久しぶりだねぇ」
 その男、大山トシロウははにかんだような笑顔を浮かべた。どう見ても冴えない小男にしか見えないが、恐らく現在の日本、いや世界でも有数の技術者である事を、リツコはよく承知している。この男のことだ、10年かそこらで衰えたりする訳がない。
「ええ、お久しぶり」
「赤木博士ですな」
 大山の横に立っていた制服の男が、右手を差し出してきた。素早く階級章を確認する。それは彼が海将補である事を示している。
「本艦の艦長、大淀ハヤト海将補です。「やまと」へようこそ」
「赤木リツコです」
 潮風に鍛えられたアドミラル、というのは海軍将官に対する最高の賛辞だという。リツコと握手を交わした男はまさにそういう男のようだった。よく日焼けしており、いかにも生粋のネイビーといった明るい印象を振りまいている。
「艦をご覧になるのでしたら、後で私の艦内巡察におつきあい頂けませんか?その方が、ありのままを見て頂けるかと思いますが」
「よろしいのですか」
「博士ほどの方には何を誤魔化しても無駄でしょう。自分よりも頭がいい、と大山君から聞かされております」
 そうするうちに、伝令らしいセーラー服姿の海士が駆け寄ってきた。何かを耳打ちされると、大淀は一言二言海士に告げる。海士は敬礼すると、また駆け去って行った。
「博士、ご来艦されて早々、本艦の本領をお見せできそうですな」
「と、おっしゃいますと」
「ようやく準備できたそうです。本艦の主砲公試をご覧に入れますよ」
 リツコはヘリ甲板の前方にある主砲塔に目をやった。巨大な砲塔に、どういう訳か異様に太い砲身が二本取り付けられている。何故か砲身の先は塞がっていた。
「大山くん」
「ああ、あれかい」
 大山はニヤリと笑った。
「史上最強の艦載砲だよ。まあ見てなって」

 「やまと」戦闘指揮所。
 機密の塊であるはずのそこに、大淀たちは部外者のリツコを入れて平気な顔をしている。彼の言葉通り、何を隠しても無駄だと思っているのか、それともNERVに対して含むところが無い事を見せようとしているのか。あるいは。
 いけない、どうも疑い深くなっている。リツコは二三度頭を振った。
 彼女の事は忘れたかのように、大淀たちは自分たちの職務に没頭している。大山がひとり、リツコの横についてあれこれと説明をしてくれているが、それが無ければいくらリツコといえどもそこで何が行われているかの半分も理解できなかっただろう。
「標的はここから南へ210キロの所にあるダミーでね。でっかい風船みたいなものだよ」
 大山はさらりと言った。ちなみに、先代「大和」の46サンチ砲は射程40キロと言われている。
「随分射程が長いのね」
「ああ。だから言ったろ、最強の艦載砲だってさ」
「主砲公試開始10分前。総員艦内へ待避せよ。繰り返す、総員艦内へ待避せよ」
 艦内放送が流れる。同時に、指揮所正面のモニターに艦橋から艦首方面を見た映像が映し出された。前甲板に二基備え付けられた主砲塔がゆるやかに旋回し、右方向を指向する。
「方位盤、目標を捕捉。自動追従装置作動開始」
「目標までの距離、誤差は許容範囲内」
「ビヨンド=シーカーよりのデータは自動入力中」
「ビヨンド=シーカー?」
 リツコの問いに、大山はモニターから視線を外さずに応じた。
「使い捨ての小型無人機だよ。気圧や風速、気温なんかのデータを拾うんだ。これだけ射程が延びると、いくら砲弾がある程度姿勢制御できると言っても限界があってね、出来るだけ精密なデータがいるんだよ」
「主砲射撃最終準備にかかれ」
「主砲射撃最終準備開始。誘導砲身展開」
 モニターに映し出された砲塔に変化が生じた。
 砲身は縦に割れると、その内部に収められていた一回り細い砲身が前方へスライドして延びる。同時に砲塔両脇の装甲が外部へ開き、放熱板のようなものが展開する。
 結果として、砲身は今までの二倍ほどに延びた事になる。まるで出来の悪いSF映画のような光景だった。
「これは・・・」
「R砲の話は聞いたことがあるだろ?」
「・・・なるほど、そういう事ね」
 リツコは苦笑いした。そうなのだ。戦自ではまがりなりにも陽電子砲なんてものを実用化しようとしているのだ・・・ならばR砲だって、という事か。
「レールガンかぁ・・・参ったわね」
 防衛技術研究所で試作されていたという「R砲」と呼ばれる新型砲の事は、リツコも聞いたことがあった。何のことはない、原理だけは古くから知られているレールガンの事だ。ただ、原理は知られていてもそれが実用になるかと言えば話は別で、実戦で柔軟に運用できるほど小型かつ信頼性の高いものはいまだ存在していなかった。唯一配備されているのものとして、ドイツ国防軍が制式採用しているゲレード10「ドーラ」があるが、これにした所で威力はあるが図体がかつての列車砲並に巨大だ。
 R砲の開発でも、その大きさが問題となったらしい。解決に手間取るうちにいつのまにか話を聞かなくなり、てっきり計画倒れになってものだと思っていた。
「本当はもっと小さくしたかったんだ。それを三門ずつ砲塔に詰めたかった。それでこそ「やまと」の名に相応しいんだけど、まあ仕方がないね」
 言いながら、彼は手元のコンソールを素早く操作した。
「僕の知り合いに、超伝導工学に詳しい人がいてね」
 モニターに、何かの解析図のようなものが映し出される。それが恐らくレールガンの概要図であるらしい事は、リツコには一目で理解できた。
「ここさ。誘導砲身に組み込む超伝導コイル、こいつの効率がその人の研究のおかげで格段に良くなった。九州大学工学部の超伝導工学研究室だよ。僕はしばらくそこに厄介になってたんだ」
 彼が指し示した所は、レールガンの心臓部と言える箇所だった。弾体を加速し、射出する誘導砲身。先ほど、「やまと」の主砲が変形し伸長したのはこの部分だ。
 モニター上の概要図の片隅には、「15式305ミリ電磁砲」と記されている。
「主砲準備よし。一次コンデンサの電圧は正常」
「測的誤差修正中・・・修正完了。フルオートモードへ移行」
「本艦主砲射撃準備よろしい」
 大淀はまっすぐモニターを見つめる。一つ息を吸い込むと、彼は頷いた。
「砲術。打ち方始め」
「打ち方始め。主砲斉発、弾種徹甲」
 砲術長が復唱し、続けて号令。
「てぇ!」
 短くブザーが鳴り、一瞬遅れて強烈な閃光と衝撃が「やまと」の巨体を襲った。火薬を使わない電磁砲−レールガン−は静かなのではないかと思いがちだが、実際はそうではない。一瞬で超高速まで加速された弾体が射出される衝撃、それに伴う轟音、そして放出された過電流のきらめきは、通常の火砲とはまた違った砲声となって周囲を鳴動させる。
 戦闘指揮所に、声にならないどよめきが起きる。その中で、砲術長の声だけが意味を為している。
「第一斉射完了、弾着は87秒後」
 リツコは脳裏で素早く計算した。相対距離は約210キロ、弾着は87秒後。つまり・・・
「射弾の平均速度は秒速2300メートル程度、時速にして約8300キロだ。ついでに徹甲弾の弾頭はタングステン=カーバイトを芯にした超硬高比重複合素材で、重さは1トン弱ある。炸薬は入っていないけど、そんなものはいらないだろう」
 と大山。リツコは途中で計算をやめた。
「とてつもないとしか言えないわね」
「まあね。人類の持つ現在の力では、この砲撃を止める事はできない。よしんばAAMを当てられても、先行する衝撃波で弾き飛ばされるだけだろう。砲弾そのものが鏡面加工されているから、光学兵器もほとんど効かない」
 確かにそうだろう。そしてこれが当たれば、どんな防御施設も濡れたボール紙のように撃ち抜いてしまうに違いない。
 リツコは半ば戦慄しながら、無言で砲弾の軌跡を追った。じりじりと時間が過ぎる。
「初弾よーい・・・4、3、初弾、弾着、今!」
 砲術長がストップウォッチを止めた。モニターには標的付近に待機していた無人観測船からの映像が映し出されている。
 天空から降り注いできた8本の光の矢が海に飛び込んだ瞬間、まず周囲が爆発的な水蒸気に包まれた。続けて海がへこむ・・・そう、へこんだとしか言いようがない。そして水柱が上がる。高く、高く、高く。
 ブザーが鳴る。大淀が高声電話を取る。彼は二三度頷くと、電話をフックに戻した。心なしか表情が紅潮している。
「艦橋からだ。水平線上に水柱がはっきりと見えるそうだ」
 おおっ、とまたどよめきが上がる。
 砲術長もまた、彼宛に入ってきた連絡に耳を傾けている。
「・・・観測班より連絡。目標は完全破壊、命中弾数は不明。砲弾の散布界は約300メートル」
 彼の声が歓喜を含んでいたのは仕方のないこと、いや当然のことだった。200キロの大遠距離射で散布界300メートルというのは、ほとんどミサイル並の驚異的な数字だった。「やまと」の斉射は、ほぼ完全に集束したまま着弾したと言うことなのだ。
「素晴らしい」
 大淀がうめく。
「全く素晴らしい・・・この瞬間から、海軍の歴史は変わる」
 確かにそうだろう。
 リツコは半ば無意識のうちに口元に手をやり、苛立たしげに人差し指に歯を立てていた。
・・・この命中精度、そして威力。そりゃATフィールドを抜かれるとは思わない、でもATフィールドが作用しない状態で、これの直撃をエヴァが受けたらどうなるの?
 どう考えても一発で終わりだろう。エヴァは串刺しにされ、衝撃波で貫通孔が拡大し脆弱な内部をズタズタにされる。いかに1万2千枚の特殊複合装甲があるとは言っても、この砲弾の貫徹力の前には無意味だ。だいたいエヴァの装甲は、その人型という制約から最適の形状と配置をされているとは到底言えない。
 かねてよりの疑念が、再び頭をもたげる。
・・・この艦は何の為に建造されたの?

「短刀直入に聞くけどね」
 その2時間後、リツコは大山と向かい合わせに遅い昼食を取っていた。
 あの後、大淀の案内で艦内を見て回った。軍艦というものには決して詳しい訳ではないリツコにも、この艦がいかに常識はずれの能力を持っているかは十分理解できた。
・・・本艦は現状で考える限り、完璧な防空能力と防御力を持っています。誘導弾の類はほぼ完全に撃墜できますし、これは防秘ですが10キロトン程度の反応弾が至近距離で爆発しても戦闘能力を維持できます。語弊を恐れずに言わせて頂くならば、本艦一隻で国連艦隊を相手にしても十分戦えるはずですよ。もちろん戦力的に、という話ですがね。
 大淀はそう言って胸を張った。対空荷電粒子砲まで含む各種の防空兵器や艦の主要部を護る特殊装甲プレートは、その自信が十分な根拠を持つ事を示している。
 そして、彼女の疑いはますます強くなっている。
「何だい」
「・・・大山くん。このフネは何故建造されたの」
 大山は驚いたようにリツコを見つめた。
「どうしたんだい、いきなり」
「とぼけないで。このフネが強力なのはよく分かったわ。私が知りたいのは、これほどまでに強力な軍艦を、何故今頃日本が持つ事にしたのか、という事よ」
 有無を言わせない彼女の語気に、大山は手にしていた自動販売機のコーヒーをテーブルに置いた。眼鏡をかけ直すと、手を組む。真剣に話す時の、彼の癖だ。
「・・・誤魔化せそうにないなぁ」
 苦笑する。リツコは無言のまま、彼を睨んでいる。
 大山は大きく息をついた。
「分かった。白状するよ。この艦が想定している敵は国連艦隊、そして君たちだ」
 リツコは固い表情のまま頷く。
「・・・やっぱり」
「この艦の主砲の要求性能は数値の形で与えられた。その数値の根拠は教えて貰えなかったが、僕にはすぐに見当がついたよ」
「ジオフロント天蓋を貫通できること、ね」
「それだけじゃない」
 彼はティースプーンを手に取ると、それをまっすぐコーヒーカップに突き刺した。薄いプラスチックの蓋が割れ、ティースプーンはカップの内部へ没入する。
「天蓋はもとより、NERV本部最下層・・・君たちがターミナルドグマと呼んでいるエリアまで貫通し、破壊し得るもの、だ」
 大山の声は穏やかだった。まるで明日の天気の話をしているかのようにのんびりとしていた。しかしその意味している事は余りに重いことだった。
 その重さに、リツコは愕然とした。彼女にしてはめずらしく、唇を半ば開いたまま茫然と、大山に視線を向けていた。
「・・・それは・・・」
「機密というものは漏れるようになっているんだ。日本政府や自衛隊上層部は、既に大体の所まで事実を掴んでいるはずだよ。そこになにがあるかはまた理解していないにしても、そこにあるものが重大で致命的で、恐らく自分たちの為にならないものである事は既に知っているんだ」
「・・・」
「いざとなれば、国連軍やそれを操る者たちの妨害を排除しつつ、ジオフロントを攻撃し君たちを抹殺する・・・「やまと」はその為に生み出された。そして現に、この艦は一隻でそれを為すだけの力を持っている。僕が、その力を持たせた」
 それを操る者たち。SEELEの事だ、そうとしか考えられない。何て事、彼らはここまで掴んでいるというの?であるなら・・・。
「な、なぜ・・・」
 うわごとのように、辛うじてリツコは呟いた。大山は何度かうなずき、薄い笑みを浮かべた。
「なぜ、かい?うん、答えよう。まず第一のなぜ、なぜ日本政府が国連軍や君たちと戦うフネを作ったか、これは簡単さ。彼らはただ、日本国という国家を護ろうとしているだけだろう。既に日本の独立は君たちNERVに踏みにじられているしね、国家とはそういうものだ」
「・・・」
「そして第二。僕がなぜ、この艦の建造に携わったか。僕にとっては、日本がどうなろうとNERVがどうなろうと知った事じゃない。僕はただ、僕の時間が尽きる前に、自分の持てる全てをぶつけた何かを生み出しておきたかったんだ。それが最強の戦艦、という形を取っただけだ、タイミングが良かったんだね。もしもこの計画に参加する以前に、君たちが僕に声を掛けていたら、多分僕は全力を挙げて君たちの計画に協力していたかも知れない・・・いや、それは無いかな」
 彼は穏やかな表情のまま、じっとリツコを見つめた。彼女は半ば茫然とその視線を見つめ返していたが、ややあってはっとした。
 彼の言葉の言外の意味に気付いたのだった。
「・・・まさか、あなた・・・」
「そう。僕はもう長くないんだよ」
 静かにそう言うと、彼は咳き込んだ。元々貧相な男だったから気にも留めなかったが、言われてみれば明らかにやつれているように見える。
「変異性結核とかいう病気でね、運の悪い事にタチの悪い結核菌に取り付かれたらしい。突然変異だとかで、伝染はしない替わりに現在知られているどの薬物も効かないそうだ」
 大山は再びコーヒーを手に取ると、一息に飲み干した。彼の表情は晴れやかだった。
「君が来ると聞いたとき、どんなに嬉しかったか分かるかい?出来ることなら、君にこの艦を見せてから逝きたかった。その望みが叶うんだからね。この艦は僕の全てだ。僕の生きた証そのものなんだよ」
「・・・」
「あと一つ、君に見せておくものがある。来てくれ」
 彼は立ち上がりかけ、不意によろけて床に倒れ込んだ。
 リツコは慌てて駆け寄る。大山は手で口元を押さえていた。その手からは、鮮やかすぎるほどに赤い血が溢れていた。
「・・・大山くん!」
「大丈夫、大丈夫だ。伝染はしないよ」
 彼はリツコの手を振り払うと、ふらつきながらも何とか立ち上がる。
「大丈夫な訳無いでしょう!医務室はどこ、早くしないと」
「だから無駄なんだって。みんな知ってるんだよ、僕がもうすぐ死ぬ事はね。それでいて、誰も僕を特別扱いはしなかった。好きなようにやらせてくれた。ここの連中には感謝している・・・さあ、行こう」
 大山がリツコを連れていったのは、艦の最深部だった。対爆シャッターを抜けたそこは、静かに空調装置だけが声を立てている清浄な空間になっていた。
「ここは・・・」
「艦の脳髄さ。セントラルコンピュータだよ」
 正面にあるコンソールに、リツコは歩み寄った。コンソールには金属のプレートが留められていて、そこにはこう書かれている。
 SHCC−015S−2 ”Wenli”と。
「ウェン・・・リー?」
「ああ。ウェンリー、愛称だよ。何でも、古いSF小説に出てくる名将の名前を貰ったそうだ。プロトタイプはラインハルトと呼んでいたんだけど・・・こいつが何を目指したか、分かるかい?」
「・・・」
「君と、君の母上が精魂込めた、例の人格移植OSを稼働させる第七世代有機体コンピュータ・・・ええと・・・」
「MAGI」
「そうそう、そいつだ。それに勝てるコンピュータを作りたかったんだ。うまくいかなかったけれどね」
「・・・」
「僕の趣味が良くなかったんだよ。僕は完全有機体コンピュータは嫌いでね、あくまで有機体回路は補助として使った。と言うより、有機体構造を光素子で置き換えて、双方の長所を持つ回路を作ろうと思ったんだ。時間が足りなくて、完全なものには出来なかったけれど」
 大山が何を言っているのか、リツコにはよく理解できていた。彼は従来の手法で、彼女の最高傑作を越えるものを生み出そうとしていたのだ。
 そしてそんな事は不可能だ、という事も彼女には分かっている。MAGIと同じ、あるいはそれを越える能力を持つものは、MAGIと同じ手法からしか生み出せはしない。言い換えると、通常型コンピュータでは不可能ということだ。
 しかし、目の前の死につつある小男はそれに挑戦し、一定のものを作り出したらしい。
「まあ、こいつは軍艦のセントラルコンピュータだから、君のMAGIのようなオールラウンダーにする必要はなかった。仕事が限定されているから、むしろやりやすかった・・・こと単純な演算能力とそれが必要な戦闘支援、戦術管制については、こいつの力はMAGIと同等かそれ以上のはずだ。人格移植OSも不要だったから組み込んでいないしね」
 大山はコンソールの脇にある椅子に腰を下ろした。息は荒いが、表情は穏やかだ。
「後は、この「やまと」がどれだけ戦えるか、それを実際に見てみたかったが・・・どうやらそれは無理だな。まあよしとするか、最後に君に逢えただけで十分だろう」
「大山くん、あなた・・・」
 あたら才能を空費して死んでいくのか、リツコはそう思った。理想も、目指すべき何かも無しに、ただ一隻の軍艦に全てを託して、恐らく自分をも上回るであろう文字通りの天才は無駄に死のうとしている。こんな戦艦が何になると言うのだろう。MAGIとエヴァ・・・私が作り出したものは、大いなる目標を達成する為に必要なものだ。その為に、その為に生み出したものだ。だから意味がある。ではこの男が命を賭けたこの戦艦は何だ?
 何の意味も無いじゃないの。
「・・・僕は満足なんだよ。そんな顔はしないでくれ」
 大山はじっとリツコを見つめている。睨んでいるようにも思えた。
「僕は人類の未来だとか、そんなものには興味が持てなかった。それは僕の考えるべき事ではないからね。さっきも言ったけど、ただ自分の持てる能力の全てを注ぎ込んだ何かを作り出したかっただけだ」
 それまでの穏やかな表情を振り捨てるように、不意に彼は笑った。口の端からはまだ一筋の血が流れ落ちている。それは尋常の笑いではなかった。マッドサイエンティストと呼ばれる類の人々のみが見せる、一種狂的な笑みだった。
「この「やまと」は史上最強の軍艦として、歴史にその名を残す事になる。それでいい」
 それでも・・・それでも、意味なんて無いじゃないのよ。
「意味がない、とでも思っているらしいね」
 リツコははっとした。大山は彼女の心中を見透かすように、その細い目をますます細めている。
「意味なんていらないんだ。技術そのものに意味があるか無いかなんて、どうでもいい事だと僕は思う。それよりも、暴走した技術が思想を身にまとい、世界を変えられるとでも思う方がよほど傲慢さ。僕が君たちに協力できそうになかったと言ったのはそういう事だよ」
 彼は口元を拭った。袖が赤く染まる。
「願わくば・・・リツコちゃん、君が道を誤らぬように」
 リツコは無言で、古い友人を見つめるだけだった。

 赤木リツコ博士が「やまと」を退艦し、帰路についたのはその30分後だった。
 海上自衛隊技術本部本部長付補佐官、大山トシロウ博士が息を引き取ったのはその更に10分後だった。友人に死ぬところは見せたくないと言い張った結果だったというが、結果として彼は望み通り「やまと」艦上で死んだ。享年32歳。
 故人の遺体は、遺言通り室戸岬沖で水葬に付された。大淀艦長以下が見守る中、「やまと」の生みの親は海軍の伝統に則って旭日の艦旗に包まれ、太平洋の紺碧の海に消えていった。



龍牙さんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「こそこそこそ・・・・」

アスカ「なにこそこそしてんのよ」

カヲル「うどわぁっ!! ・・・・なんだ、アスカ君か。おどかさないでくれないか」

アスカ「おどかさないでくれないか、って、アンタがこそこそしているのが悪いんじゃない」

カヲル「しかたないじゃないか、あの、めがねをかけた彼・・・・」

アスカ「ん、相田のこと?」

カヲル「そう、かれがどうやらぼくを『仲間』にしようとしているらしくて、なにやら大量の本を持って僕を探しているとかいないとか・・・・」

アスカ「ふうん、あんたも見込まれたものねぇ(にやり)」

カヲル「冗談じゃない。ぼくはああいう趣味は個人的にはちょっとね・・・・」

ケンスケ「やあやっとみつけたよ渚くん」

カヲル「うげぇっ・・・・あ、いや、どうかしたのかい、相田くん(汗)」

アスカ「ちょうどよかった。こいつがあんたに、上の話で出てきた「ウェンリー」「ラインハルト」ってなにか知りたがっていたわよ」

ケンスケ「よくぞ、よくぞ聞いてくれた! あの名前は田中芳樹という小説家が20世紀に書いた小説「銀河英雄伝説」のなかに出てくる二人の主人公、ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラムから取られた名前で、ふたりの卓越する頭脳からこういう名前がつけられたんだ。プロトタイプの「ラインハルト」が戦略的にひろい範囲を追い求めすぎて開発費用が莫大になりすぎたことを教訓に、「ウェンリー」では戦略的な要素を付加することも可能ながら、しゅとして戦術的範囲に限定した機能を持っているという話なんだ・・・・って今度もちゃんと聞いているかい? 前回みたいに突然いなくなるなんてことじゃ立派なアナリストにはなれないよ」

カヲル「・・・・そんなもの、なりたくもないんだけどね」

アスカ「ふっ、あわれなやつ・・・・笑」




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