著者 踊りマンボウ
その時、少女は道に迷っていた。
少女の名は雪風ナギサ。
先程、シンジとぶつかった綾波レイとは親友であり、同居人でもある。
「あら・・ここはどこでしょうか」
きょろきょろと、周りを見回す。今日来たばかりの第三新東京市で、見覚えのある風景などそうそう在るはずも無い。
「やはり、レイさんに一緒に付いてきて頂くのでしたわ」
彼女は素直に自分が道に迷ったことを認めた。
だからといって、彼女に降りかかった問題が解決するわけではないのだが、正しい認識は必要なことだ。その後の対処が早くなる。
「誰か、わたくしの通う中学校の生徒さんでもたまたま通りがからないでしょうか・・」
きょろきょろと、今度はたまたま通りがかる人を探して自分の居る道路の左右を見る。
ちゅん、ちゅん。
平和な朝だ。
車すらまったく来ないで、スズメの鳴く元気な声がよく聞こえる。
「あらまあ・・どうしましょう」
あまり緊張感の無い声。
「困りましたわ・・」
だが、そんな彼女に助け船がやってきた。
「ほら!バカシンジ。きりきり走れー!」
「・・ぜいぜい・・」
碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレーのコンビである。
シンジは、もう息も絶え絶えで足取りもおぼつかない。
「・・あのー」
凸凹コンビが丁度目の前に来たところでナギサは声を掛ける。
「すみません・・その、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ほら、シンジ!」
「アスカ・・もう駄目」
おずおずと話し掛けるが、二人には聞こえていないようだ。歩道の端にいるナギサに気付いていないかのごとく、歩いて行く。
先にアスカがナギサの目の前を横切った。それに続いて、猫背歩きのシンジ。
「・・えい」
ナギサは、それでは困るので、通り過ぎて行くシンジの襟首を摘まんだ。
「はう!」
急に襟首を後ろから引っ張られて、シンジは息が出来なくなった。
足は前に進もうとしているのに首から上が後ろに引っ張られて、シンジの体勢は海老反りになっている。
「あらあら」
度重なるダメージと走りによる疲労でシンジの体力は限界に来ていたようだ。その顔は泡を吹かんばかりに青ざめている。しかも目が空ろで、半ば白目になっていた。
その顔に驚いて、ナギサはシンジの襟首から手を放した。
ごちん。
「ぐえ・・」
体が後ろに大きく反っていたシンジは、その体勢を立て直すことなど出来るはずもなくそのまま後ろに倒れた。
コンクリートの歩道に、したたかに後頭部を打ちつける。
いくら打たれ強いシンジとはいえ、無事では済まない。意識が遥か彼方・・外銀河まで飛んでいったようだ。
「シンジ!・・ちょっとアンタ何したの!」
そこでようやくアスカが異変に気付いて歩みを止めた。遅刻確定でいらいらしている所に、更なる問題が起こってきて彼女は頭にキていた。
どうして今日は、こうも問題が多いのだろう。
「ぐーる、ぐーる、世界が回る」
夜空のごとく、シンジの頭の中ではお星様が回っているようだ。謎の言葉を呟いている。
「あらまあ・・これは、まあまあいけませんわ」
「世界は、みーんなのたからもーの」
本当に、謎の呟きがメロディーを伴ってシンジの口から出てくる。もしかすると頭の打ち所が悪かったのかもしれない。
「シンジ!」
アスカの顔が青ざめる。
が、どうしたらいいのか分からないので、目を回しているシンジを茫然自失で見ている。
「・・」
と、ナギサは地面に正座してシンジの頭を自分の膝にのせた。
本来なら後頭部を強打した人を動かすというのは危険な行為で、してはいけないことなのだが、彼女はまったく躊躇わないで実行した。
「ちょ、ちょっと」
「・・黙って下さい」
ナギサは先程までのおとぼけ顔を払拭するような厳しい顔つきになった。目が鋭く、まるで別人になったかのように感じる。
「・・何なのよ」
展開にまったくついていけないアスカは、黙って成り行きを見守るしかなかった。
正直言って、謎の少女ナギサの気に呑まれていたのだ。かたかたと足が自然と震えている。
「・・」
力のある手をナギサはシンジの額にかざした。ぼわっ、とオーラのようなものが手のひらから放出される。
「気功・・なの?」
アスカは目の前の少女の行ったことをそう理解した。実際はそうではないことも解っていたが、それに変わる説明の言葉を持っていなかった。
「ふう・・終わりましたわ」
そう言った途端、シンジの表情が安らかなものに変化した。まるで、マジックを見ているようだった。
ナギサは、元のおとぼけの顔に戻っている。
「・・あなた・・何者?」
アスカは、震える声でそう少女に尋ねた。
「はい?・・わたくしですか」
穏やかな黒い瞳がアスカを捉える。鋭い目つきの影は微塵もない。
「そうよ」
それでも、先程の所業を見たアスカにはやや遠慮がちの返事になる。普段なら、「アンタ以外に誰が居るのよ!」と怒鳴るところなのだが。
「わたくしは、雪風ナギサと申します」
にっこりと笑って、少女は答えた。
「雪風ナギサ・・」
「はい」
「で、そのナギサちゃんは、一体何のためにシンジを引き止めたの?まさかその変てこな力を見せるためじゃないでしょう?」
「えっと、わたくしのことはナギサで構いません。この力はレイさんやほかの方々は力(りょく)または力(りき)と呼んでいらっしゃいます。それでこの方を呼び止めたのは・・」
そこまで意外にテキパキとナギサは答えて、しばらく考える。
「確か・・そうですわ。あの、この辺りに公立第三新東京中学校という学校はございませんでしょうか?わたくし、今日からその学校に通うことになっていたのですけれども、恥ずかしながら道に迷ってしまいまして・・」
「公立第三新東京中学校って、私たちの通っている学校じゃない!」
「あら、それはそれは僥倖ですわ。では、その学校への道筋をお教え頂けますか?」
ナギサは幸せそうな笑顔を見せた。ほんわりと柔らかい雰囲気が辺りに広がる。
「・・教えるも何も・・一緒にくればいいじゃない・・」
「・・」
アスカの言葉に、頭に人差し指を当ててしばらく考えるナギサ。その後、合点したようにポンと手を叩く。
「あ、そうですわね。何と頭が良い方なのでしょう・・え、えっと・・」
「アスカ。惣流・アスカ・ラングレーよ。それでアンタの膝でのびてる奴が碇シンジ」
「はあ・・、アスカ様はとても頭がお良ろしいのですね」
「本気で言っているの?アンタ」
少なくともアスカは、そんなことで頭がいいなんて言われたことはなかった。
「何か・・おかしいでしょうか?」
「もういいわ・・。それよりシンジは大丈夫なの?」
これ以上話を続けていると頭がおかしくなるかもしれないと思ったアスカは話を変えた。
「はい、もうじき気が付かれるかと思います」
「そう・・」
ナギサに膝枕されているシンジを見て、アスカは心がチクリと痛むのを感じた。あんなこと・・自分じゃ出来ない。
恥ずかしいし、自分らしくない。
そして何より、シンジが自分に対してそんな事を望むだろうか。
だから、ナギサが少し羨ましく思えた。
「ホント、幸せそうに寝てるわ」
「あれ・・ここは・・どこだろう」
シンジは夢の世界にいた。
どこまでも続く闇の中、確かに落下している感覚がある。
何も掴むものはない、というより何も見えない。
どこまでも、どこまでも落ちていく。深遠なる闇の奥底へ。永久(とこしえ)の眠りの園へ。
「もしかして・・僕、死んじゃったのかな?って、大変だ!」
死。
少年の心に入り込んでくる認識。
『公立中学校男子生徒、登校途中に事故死』
「きっと、地方紙の片隅にひっそりと載るんだろうな・・。でも、僕なんで死んじゃったんだろう・・」
記憶がない。
でも、考えることは出来る・・。
不思議な感覚。
「いつまで、落ちていくんだろう」
闇の中では、何もみえない。その落ちていく認識も、シンジの主観的感覚に基づいた判断でしかない。本当に落ちているのかすら分からない。
「・・寒い」
不安が、感覚をマヒさせていく。
本当に死んだのだろうか。
僕はどうなるんだろう・・。
喚きたいけれど、それをしてしまえば元に戻れない気がする。
冷静にならなきゃ・・でもどうしようもないけど・・。
何もないから・・。
「・・終わり・・かな・・」
そう思った時だった。
闇の中に光の天使が現れた。
自らの身体から光を発する天使。その光で、シンジは自分の体が裸であることに気付いた。
認識。
恥ずかしい、という感情。
けれど、隠すものがないので、どうしようもない。
「き、君は天使かい?」
「・・くす・・」
その光り輝く人物は、笑顔を見せているようだった。だが、眩しくてよく見えない。
「こちらにおいでくださいませ・・」
「え・・?」
「手を・・出してくださいまし」
シンジは言われるままに手を出した。
手が触れる。
その瞬間、シンジは急速な上昇感を感じた。
下を見ると、今まで落ちていこうとした闇の奥底がはっきりと見えた。まるでヘドロのようなねっとりとした重い闇。
自分はそんなところに落ちていたのだ。
「あそこに・・僕は」
「そうです、決して帰れない永久(とこしえ)の闇。あなたの意識が死ぬかもしれなかった場所・・」
「僕の意識が・・」
「もう大丈夫です。戻って下さい・・元の世界へ」
そこで夢が終わりを告げた。
「あら、気が付かれたようですわ」
「・・」
柔らかい感触をシンジは感じていた。
『母さんのように暖かい・・、でも母さんとは違う優しさ・・』
そう、さっき夢の中で会った天使の光に包まれているような安心感。
目を開けると、シンジの顔を黒髪の少女が見下ろしていた。
綺麗な瞳と髪。それに、白い肌・・。
幼馴染みの少女とは違う雰囲気。
「あの・・あなたは?」
シンジは少女に膝枕されていることに気付いた。
何故そんな状態にあるのか解らない。が、初めての体験に心が熱くなっているのが分かった。
「・・あら・・、少しリョクを使い過ぎたようです・・わ。眠たく・・なってまいりまし・・た・・」
シンジの質問に答えるだけの体力をナギサは持ち合わせていなかった。
それは予想以上に、シンジの状態が悪く、余計なリョクを使ったせいだった。
「うわ!」
上体を起こさなきゃと思ったシンジの上に、少女は覆い被さるように倒れていた。
ぐにっ、と少女の胸の感触をシンジの顔で感じた。
あまり大きくないかもしれない。
けれど・・いい匂いがするし・・いいかもしれない。
「もふー!」
だが、シンジが幸せを噛み締めたのは一瞬だった。
確かに心地良かったのだが、ナギサの胸と膝に挟まれて彼は窒息状態に陥った。
「ちょっと、アンタ!」
アスカはしばらく成り行きを見ていたが、ナギサが眠ってしまったを見て慌てて動いた。
ナギサの襟首を持ってシンジから彼女を引き離す。
「ぷはー!」
窒息状態から解放されるシンジ。
その顔は、幸せで笑っていた。
アスカは、その笑顔が憎らしかった。だから、ナギサを沿道の街路樹にそっともたれかけさせると、彼女はシンジを顔を容赦なく殴った。
「バカ!エッチ!変態!」
「あ、アスカ・・僕は何も・・」
「問答無用!」
シンジは事情の解らないまま、しこたまアスカに殴られた。
もはや、学校は始業の時刻になっていたが、今のアスカにはそんなことはどうでも良かった。
「あ、あしゅか・・誤解だよ、不可抗力・・」
「うるさーい!」
ゲシッ。
腹にもろに蹴りが入る。シンジの顔がみるみるうちに青ざめる。
「すぴー・・」
そんな血を見る修羅場の側で寝息が一つ。
ナギサは幸せそうな寝顔を見せていた。
第参話「転校生 弐」
終わり
第四話「ジャージマン」へと続く
すちゃらか裏話
作者 「こんにちわ、踊りマンボウです」
ナギサ「皆様、こんにちわ雪風ナギサです。またお会い出来て嬉しゅうございます。(声:本多知恵子)」
アスカ「ちょっとまったー!」
ナギサ「あら、アスカさん。どうかされましたか?」
アスカ「どうかされました?じゃないわよ。何?アンタの挨拶の後の本多知恵子って」
作者 「・・ふ、ふ、ふ、説明しよう。それは声優の名前だよ、ワトソン君」
『どげし☆』
作者、アスカに殴られる。
アスカ「誰が、ワトソン君よ!・・で、その声優とナギサがどう関係するっていうのよ」
作者 「・・それは、前回ナギサの容姿を説明したので、今度は声のイメージを、という何とも浅い考えで書いたのだよ」
『どかっ!』
アスカ、また作者を殴る。
少し偉そうな口調が気に入らなかったらしい。
アスカ「ふうん、アンタの意図する所は解ったけど本多知恵子ねぇ・・」
作者 「・・しっ、しかも、・・声優ROMのね・・痛ひ・・」
アスカ「は?」
作者 「・・いわゆる、声優を使った時報その他のメッセージ集と思ってもらえばいい」
ナギサ「今は・・確か声優ROMはレボリューションになってますわね」
作者 「そう、それから派生してラダマントゥスGというラジオ番組があるそうだが、私はあまり詳しいことは知らないぞ」
アスカ「・・一つ言っていい?解る人・・居るの?」
作者 「さあ?ま、とにかく、その可愛い声にめろめろになったおかげでナギサが生まれたといっていい。ま、その辺はまた次に説明するとしよう」
アスカ「確かにアンタの95マシン、ぴーちくいってるけど。・・どうでもいいけど、その本多知恵子とは別の声もしてるけど・・」
作者 「そ、それは・・金月真美・・さんです」
ナギサ「いわゆる、ときめきメモリアルの藤崎詩織さんの声をあてていらっしゃる方ですわね」
アスカ「・・アンタって一体・・かなりオタ・・」
じと目で作者を見るアスカ。たじろぐ作者。
作者 「・・じゃ!」
作者、突如として逃げる。
アスカ「じゃ、じゃない!こら、待ちなさい!」
作者を追いかけるアスカ。
ナギサ「それでは、皆様、また第四話でお会い出来るまで、ごきげんよろしゅうお過ごし下さいませ(声:本多知恵子)」
アスカ「だから、やめなさいって・・」
踊りマンボウさんへの感想はこ・ち・ら♪
管理人(その他)のコメント
アスカ「うふふふふふ」
カヲル「・・・・なにをそんな酷薄な笑いを浮かべているのかな・・・・って、これじゃ2話のコメントと同じじゃないか・・・・」
アスカ「シンジめぇ・・・・ぱんつの次は胸ですってぇ・・・・ふっふっふ・・・・殺す」
カヲル「シンジ君からなら、また書き置きがあるんだけど」
アスカ「・・・・今度は何よ。まさか「逃げます」とかいうんじゃないでしょうね」
カヲル「・・・・・・・ぐしゃぐしゃ」
アスカ「こら!! 証拠隠滅を計るんじゃないわよ!!」
レイ 「もう、ナギサったら、ワタシのシンちゃんに・・・・」
アスカ「だれが「ワタシの」よ!! あれはアタシが手え付けてるんだからね!!」
レイ 「え? アスカちゃん、もう手つけちゃったの? ってことは、あんなことやこんなこと・・・・」
アスカ「こ、こらアンタ!! なにあやしい想像してるのよ!!」
レイ 「だって、ねぇ(にやり)」
アスカ「・・・・・・・・・・なんかアンタ、どこかの妄想作者の電波でも受けてるんじゃないの・・・・」