Welcome外伝
ここが僕らの出発地点
第3話 「全力を以て目標を撃墜せよ」

yukinori ogura 作
みきひろかず 加筆・装丁




陽も落ちた第二新東京市。
既に時刻は十時を過ぎ、家々の窓も帳に覆われ室内の様子を窺い知る事は出来ない。

聞こえるのは戸口から漏れる僅かな雑音と犬の遠吠えのみ。

そんな第二新東京市の一画、大通りから少々入ったその道は、薄暗い街路灯と人通 りの少なさが相俟って、不気味な雰囲気を醸し出していた。

そこかしこに「痴漢注意!」「引ったくりに気を付けよう!」などの看板が並んで いる。
そこに一人の男が立っていた。
春を迎えたと言うのに黒のコートでわざとらしく襟を立てている。しかもサングラ スで目元を隠し、目深に帽子をかぶっている。
全身で力の限りに「私は怪しいです!」と力説しているとしか思えない。

更に本人は隠れているつもりなのか電柱の後ろに立っている。だが、六尺を越える 体格をそんなもので隠せるハズもなく、怪しさを一層際立たせているだけだった。

彼の第一印象は、限りなく好意的に見て張り込み中の警官、率直な意見としては変 質者かストーカーの類であろう。もっとも人の解釈の間には距離にして十四万八千 光年程の隔たりがある。一概には言い切れない。

それでも彼を見掛けた人々はその解釈のいかんに関わらず、視線を逸らして何も見 なかったようにその場を立ち去っている。 実に賢明な判断ではあるが、その事がかえって彼の自信を助長させてしまっているのだから、現実とは皮肉な物である。

曰く、
「俺の張り込みの技術は凄いんじゃないか?
 誰も彼も気付いたそぶりなく立ち去っていくじゃないか!?」

良くも悪くも他人にあまり注意を払わない性格なのだ。


さて、絵に描いたような怪しい人物が凝視するのは二階建てのアパートの窓。
「ほうれん荘」という名前以外は、これと言った特徴もないよくある安アパートだ。

彼はその部屋の住人の帰路をずっとつけてきた。そして帰宅してからはずっと見張 り続けていたのだった屋の明かりがつい先ほど落とされたのを、我が目で確かめて いる。

住人が外出したのでは断じてない。
アパートの入り口は表から丸見えなのだから、玄関から出ればすぐに察知できる。

窓から抜け出したという可能性も一応考えられる。
が、事前にアパート周辺を下見している彼は、目標の部屋の窓から下に降りる時 周辺に足掛かりとなるべき木や塀が無い事を知っている。 外国人の好きな「ニンジャ」ででもなければ、考慮するだけ無駄というものだ。 第一そんな事をする理由がない。目標が監視の目に気付いた兆候はない。

つまり目標は未だ室内に残っている、と言う事である。推理小説や伝奇小説ではあ るまいし、室内で人が消えるはずも無い。目標には手品や魔法の心得は断じて無い。

ならば・・・

まさか寝ているとでも言うのか?
まだ午後の十時、今時小学校低学年でも起きている時間に?
それも二十代半ば、独身の男が?

目標は朝には確かに出勤する。いつも遅刻ギリギリにアパートを飛び出す。
一昨日がそうだった。昨日もそうだった。
今日も・・・・
そして、多分明日も・・・・

彼は呟く。

「・・・本当に寝ているのか?」





彼の名は六分儀ゲンドウ。

私立第二新東京市第壱学園二年C組学級委員長という、現在の行為にもっともそぐ わない肩書きを持つ高校二年生である。

彼がなにゆえにこのようなストーカーまがいの行動に至ったのか。

その理由は四日前にさかのぼる。




その日。
人気の無い私立第二新東京市第壱学園の廊下の隅。

六分儀ゲンドウは焦っていた。

クラスで行われた、後に言うゲンドウ会議(フィナーレにはキャンディーの掴み取 り大会が有)で可決された委員長任命は、採決から45分の時間を彼から奪った。 彼が決意した時点で既に委員長集会は終了していた。

最優先課題である「教師間のゲンドウのマイナスイメージの払拭」は、マイナスイ メージの払拭どころか余計な上塗りをする形で終わった。一般社会において心証を 悪くする物の一つ「無断欠席」を、最悪に近い形で行ってしまったのである。

この事で最大要点、最終目的である「奨学金の獲得」は夢のまた夢、手の届かぬ領 域に遠ざかってしまった。ゲンドウはそう確信している。

危機的状況である。
如何な手を持ってしてもこの破滅的状況を乗り切らなければならない。進学に際し ての内申点など二の次。「奨学金」獲得はゲンドウにとって至上命題だった。

わずかながら親の遺産が有る。
とはいえ、それは非常時の備えである。
みだりに手をつけて良いモノではない。

ゆえにゲンドウは、奨学金獲得の為、様々なプランを練り始めたのだった。
ゲンドウは様々な角度から検討を加え、取り敢えず四つに絞った。


そのいち 「時間をかけ、地道に信用を回復していく」

一番確実であろうと思われる。
が、長期戦は必至ゆえにヒナの妨害(最近では、ユイのそれも加わっている)によっ て計画が頓挫する可能性が極めて高い。
それでなくても書類提出まで時間も少ない。

保留。


そのに 「学園上層部に何らかの形で干渉する」

ゲンドウに何らかのコネがあれば可能かもしれないが、現在そのようなコネは無い。
無いのなら作ればいいのだが、手間暇を考えると・・・
しかし、先々無駄になる事もないと思われる。

保留。


そのさん 「教師と親睦をはかり、好印象を与えて奨学金推薦を取りつける」

悪くないかもしれない。
が、確実性に欠ける。
教師達と親しくなっても、推薦候補に上がるかどうかは別問題と考えるべきだ。
その上、彼に目を付けている教師の筆頭はあの学年主任。 彼に対抗できる人物となると・・・
何よりゲンドウ自身、教師に限らず狙って人と親しくなれるか、と聞かれれば首を 横に振るしかあるまい。

不採用。


そのよん 「学年主任あたりに泣いてすがる」

ゲンドウの身の上や現状を語れば、大概の人から同情して貰えるだろう。
しかし・・・
いくら手段を選ばないとはいえ、他人に情けない姿やみっともない姿を見せたくな い。そこまでプライドを捨てるつもりもない。

第一あの学年主任の三並教諭の鋼鉄並のカタさと正論の暴力の前に、こんな泣き落 としが通用するとは到底思えない。成功の可能性は著しく低いと推察される。

不採用。



二つのプランが落ち、残されたのは消極的なプランが二つ。

ゲンドウは今回、プラン「そのに」を条件付きで採用する事にした。
「そのいち」は一番確実性が高いので、保険として併用すべきだろう。

さて、プラン「そのに」はゲンドウがなんらかのコネを作る事から始まる。尋常な 方法で達成されるとは思わない。時間もない。
となれば、良識や法律には目を瞑って貰うしかないだろう。教師の誰かの弱みを握 り、その人物を使ってイメージの回復を図る。もしくは奨学金立候補に推薦させる、 などの手段が考えられる。
ゲンドウ本人も気付いていないが、この時彼の頬は緩み、唇の端は歪んでいた。

次は人選である。
こちらは・・・ゲンドウにとって、考えるまでもなかった。
クラス担任、方井教諭である。
弱みさえ握ってしまえば、あやふやな好意などと違い必死になって動くだろう。 例え、あの横着者でも。 例え、天敵である学年主任を相手にしても。

ゲンドウは忘れてはいない。
委員長決定の騒ぎであの男にしてやられた事を。

ゲンドウの辞書にやられっぱなしと言う言葉はない。
本来は載っていたはずだが、人生の軌跡の中で、キレイに削除されていた。

彼の辞書の一ページ目を飾る言葉は、

「恩は二倍、屈辱は百倍にして返した後、完膚なきまでに叩き潰す」

である。
誰であろうと抵抗するものは叩き潰す。それはゲンドウと言う人間の根本を為す本 質といって良い。


この言葉が当てはまらないのは、極少数の心許した人間のみ。今現在、それに該当 する人間は霧島家の三名だけである。

手段を選ばないと言いつつ、この子供じみた復讐心に起因する決断は、ゲンドウの 若さゆえであろう。本当に手段を選ばないのならば、もっと上の人間を狙うべきで ある。そう、学年主任の三並教諭あたりを。

もっともゲンドウがその境地に達するのは、比較的容易なのではなかろうか?


こうしてゲンドウは狙いを方井教諭に定めた。




目標を定めたゲンドウは、それからずっと方井教諭を追い続けていた。脅迫に使え そうなネタを探す為にも、生活サイクルはキチンと把握しておくべきだ。
そう冷静に判断したのだ。

学校にいる間、授業中はしょうがないとして、休み時間、放課後などは絶えず目を 光らせている。

方井教諭が学校を出た後は彼を尾行し、アパートまでついていく。まるでスパイ映 画の主人公になったような気分だ。
不謹慎だ、もっと真剣にやらねば・・・
そう思いつつもゲンドウの胸には奇妙な高揚感が芽生え、育ち、そして・・・


花も咲かせずに枯れてしまった。


彼は焦っていた。
今日で三日目なのだが、まったく成果が上がっていないのだ。何しろ学校を出ると ふらふら歩きながらも真っ直ぐ帰宅する。大体午後十時には室内の明かりは落とさ れる。そして明くる朝七時から八時ごろに出勤。
これでは成果など上げようがない。

映画や小説と違い、尾行や張り込みといった行為が地味で忍耐が必要な物だ。知識 としては知ってはいた。が、現実に体験してみると、つくづく自分には向いていな い、そう思える。
そして、

(将来こんな事が必要になったら、人を使えるくらいエラくなってやる!)

などと、妙な誓いを心に立てたのだった。人間、何が原因で道を誤るか解らないものだ。


ゲンドウが焦る理由はそれだけではなかった。

まずバイトに行けない。
おかげでここ三日分の収入がない。皆勤手当もふいになった。

(また、食費、削らないといけないのか・・・)

現実を思ってゲンドウはげっそりしてしまう。その上、いい加減来ないとクビだ、 と店長に言われている。

他人を脅迫しようとしている自分が、クビと脅されている。ゲンドウは無性に切な かった。
見つめる部屋の中で方井教諭が何の悩みもなく、ゆうゆうと眠っているかと思うと、 ますます反感が高まっていく。いや、このままだと殺意に育ちかねない。

更にもう一つ。
こちらの方が重大だ。
寝不足である。

本来交代制でやるべき張り込みを一人でやっているのだ。一晩中見張っているのだ から、当然寝不足にもなる。ここの所ゲンドウが寝ている時間といったら、不謹慎 だが授業中だけである。

次第に重くなる瞼を閉じさせずにおくのは、なかなかに大変なのだ。

その事で、ゲンドウが自分で試して一番効いたのは歯磨きである。ミント系のガム もなかなか効くが、こちらは連続使用していると段々効かなくなってくる。ガムの 刺激に舌が麻痺してしまうからであろう。

だからゲンドウは歯磨きを眠気覚ましに使っていた。

余談では有るが、二日前ゲンドウが眠気覚ましに歯磨きをした時の事。

いつものように歯磨きをして、自動販売機の清涼飲料水でうがいをしようとしたら、 ちょうど売り切れだったのだ。なので仕方なく炭酸飲料でうがいをしたのだが・・・


それはもう酷い目に有った。

言葉ではとても言い表せないほど。
言葉だけでは伝えられない事が有る事を、思い知ったゲンドウだった。

この事で心に深い傷を負ったゲンドウは、以後しばらくの間炭酸飲料を飲まなくな ったという。

そして、その怒りの全てを方井教諭に向けたのだった。


閑話休題。


こういった状況でゲンドウは焦り始めていた。
授業は寝ているので勉強は遅れがち。
それでも全然睡眠不足で身体ボロボロ。
更にはバイトをクビ寸前にまでなっている。

それでいて、まったく成果が上がっていない。
まるで底の抜けた桶で水を汲んでいるようなものだ。

何とかして、状況の進展を望まなければ・・・・


そう考えていると新たな状況が向こうからやって来た。

「ちょっと、そこの君」

いつの間にか警察官が二人、すぐ後ろに立っていた。
考えにふけっていたゲンドウはまったく気配に気付かなかった。

「な、なななぁ何ですか?」

思わず声が震えるゲンドウ。
警察官に呼び止められて思わず硬くなる自分の小心が恨めしかった。

「付近の住民から報告があってね。
 ここの所、怪しい人物が道端に立っているから何とかしてくれとね。
・・・ちょっと交番まで同行願おうか・・・ってこら、待て!」

警察官の言葉を最後まで聞かずに逃げ出すゲンドウ。

(冗談ではない!捕まってたまるか!俺には・・俺にはやる事がぁ!!)

既に心身共にボロボロなゲンドウだが、この時ばかりはそんな事言っていられない。 警官に不審人物として捕まったなどと学園にバレれば、状況が状況なだけに軽くて 停学、下手をすれば退学の可能性も有り得る。

(何としても逃げ切らなければ!)


されど相手は現職警察官。
遷都による人口増加等の混乱で鍛え上げられた彼らの反応は素早く的確だった。

「逃すな!」
「こちらA班、報告のあった不審者を発見!」

無線機で連絡を取り合う警察官。
どうやら別働チームがいるようだ。

ここの所の不定期な生活で新聞もニュースも見ていないゲンドウは知らなかったが、 現在第二新東京市では国際首脳会議が開催されているのだった。その為厳戒体制が整え られており、警察官も不審人物に対して過敏になっている。第二新東京市警察は臨 時の特別警護チームを編成して、市内各所の警備に当たっていた。

その網の片隅に、ゲンドウが引っかかった訳である。

{要捕獲。発砲は任意。生死不問}
「「了解!」」

物々しい音を立てて拳銃を構える警察官達。

「一応足を狙え!一応な!」

(な、何故ぇぇぇぇぇぇぇ!?)

あまり嬉しくない会話を聞いてしまい、身の毛がよだつゲンドウ。

(何なんだ、一体俺が何をしたと言うのだ!)

とはいえ、ストーカーまがいの行為をして脅迫をしようとしていた、などとは口が 裂けても話せまい。

自己ベストを分単位で更新しながら何とか現場を離れたのはいいが、別働チームが ぞくぞくと周辺に集まってきている。ヒナに鍛えられた第六感が、殺気立った気配 をビンビン感じている。第三者の立場なら、その機動性に感心するしかなかったろ うが、あいにく今は恨めしいだけだった。


呼吸を整えるとゲンドウは黙って足腰の柔軟体操を始めた。足首、膝、腰の関節を 素早く解きほぐすと帽子をまぶかにかぶり、コートの襟を合わせ出来るだけ顔が隠 れるようにする。

準備を整え、ゲンドウは疾走し始めた。



こうしてゲンドウはその組織力を世界に誇る日本警察相手に、知謀と体力の限りを 尽くして競い合うと言う実に得難い体験をしたのだった。
この一件をして彼は生涯、国家権力に対する抜き差し難い反感を忘れられなかったと言う。

夜明けも近い頃、決して浅くはない傷を負いながらようやく帰宅を果たした。

ほっとして玄関口に倒れ込むと、ゲンドウは万感の思いを込めて呟いた。

「勝った・・・・」




私立第二新東京市第壱学園二年C組。

一時間目が終わった教室は喧騒に満ちていた。朝のホームルーム前の僅かな時間で は足りなかった分、今それぞれの友人同士で喋ったり騒いだりしている。

いつもと変わらない、日常の風景。

そんな騒がしい中、どこのグループにも属さず机に突っ伏している一人の男子生徒。 こちらも日常の一風景と化した、二年C組学級委員長、六分儀ゲンドウである。


見えるだけでも右手首、右親指、右小指、左手全部、頭に包帯を巻き、左目に眼帯 をして右頬には青あざという様子のゲンドウ。更に寝不足のせいで目が窪んでおり、 幽鬼さながらである。例え昼間であっても、出来る事なら視界に入れたくはない。 もしも夜道で出会おうモノなら冗談抜きで腰を抜かしかねない。
おいおい学校来る前に病院行けよ、と突っ込みたくなる。
そんな風貌だった。

とはいえ、ゲンドウとしても来たくて来た訳ではない。
本当のところ今日はサボるつもりだったのだ。ここ三日間のストーカーまがいの行 為による睡眠不足。それに加え昨夜、より正確に言えば今朝の第二新東京市を舞台 にした逃走劇で、さすがにゲンドウも体力気力共に底を突いてしまったのだ。
よって心身の回復に努めるべく自主休校を敢行しようとしたのだが・・・。


この日に限ってヒナがゲンドウを朝迎えに来たのである。
ここ数年無かった非常に珍しい事態だった。

というより、ゲンドウがずっと迎えに行っていたのだ。望んでのことではない。
賭の負け分がたまりにたまっているせいだった。
弁当を作り、毎朝迎えに行って・・・・
それでも高校卒業までに精算できるのだろうか?

・・・ゲンドウにその疑問に答える勇気はなかった。


「ゲンちゃん、起きなさい!遅刻するわよ!!」
「・・・・ヒナか。俺は眠い。今日は休む。一人でいけ」

それだけ言うと再び夢の国に旅立とうとする。疲れ果てたゲンドウの灰色の脳細胞 は、既に文章を作成出来ないレベルにまで機能低下してしまったらしい。ヒナにそ の旨言付けるなどという発想すら浮かばない。それでは無断欠席になってしまう。

「何寝ぼけた事言ってるのよ!ゲンちゃんは只でさえ信用無いんだから、
 ちゃんと授業に 出ないと余計信用なくすわ!
 いい!?ゲンちゃんの信用はね、もう日の当たる場所に存在しないの!
 もう地中深くに埋没しちゃってるんだから!
 世の中には底値ってもんが有るけど、こと信用に関しては底なんてないの!
 下がれば下がるほど加速がついて、最後には挽回不能な領域になるわ!
 そうなってからじゃ遅い・・・って、寝ーーなーーいーーの!!」


ヒナは話の途中で寝入ってしまったゲンドウの首を掴み、がくがくと力任せに揺す る。二人の身長差、体重差を完璧に無視して、ヒナは前後に激しく揺すり続けた。
どうやらお説教をしている内に切れてしまったようだ。

ゲンドウも意識は取り戻したものの、首を絞められて激しく頭を揺すられてはロク に言葉も出せない。

「ぐっ、がっは、ヒ、ヒナ、し、しんで、しぃま、う・・!」
「あーもーさっさと起きなさい!
 まったくゲンちゃんが起こしに来てくれないから、
 あたしも遅刻しまくってるのよ!
 そのせいで今日何時に母さんに起こされたと思うの!?
 朝の七時よ、七時!いつもより四十五分も寝てないのよ!
 あれもこれもそれも、みーんなゲンちゃんのせいなんだからね!」

どうやら切れたのはハイテンションのせいではなく、機嫌が悪かった為のようだ。

天下無敵のヒナも、母親に逆らう事は出来ないようである。

ヒナの台詞には、自業自得と逆恨みと八つ当たりに該当する言葉が有るのだが、 現在この場においてそれを指摘し得る人物は皆無である。

この時、すでにゲンドウは酸欠で失神している。
まぁ、失神していなくてもゲンドウがヒナに物申す事など出来はしないのだが。

ぶちきれたヒナは、失神しているゲンドウを寝ていると思い込んで、更にきつくゲ ンドウの首を絞める。結果、ゲンドウの目覚めはさらに遠のく。

「ゲーーンーーちゃーーん!さっさと起きなさいってば!」

無論、落ちたゲンドウの意識が回復する訳は無い。
どちらかと言えば目を覚ますより、永遠の眠りにつきそうな顔色をしている。

「・・・・
・・・
・・ふぅ。
・・・あたしを無視するとは良い根性ね・・・。
・・・こうなったら意地でも連れて行ってあげるわ」

ヒナは無気味に目を光らせながら、ゲンドウの首を絞めたままだった両手をほどい た。



何があったのか、失神していたゲンドウが知る由はない。
ゲンドウが目を覚ましたのは一時間目の終わり間近だった。
制服で身を包み、机の上には教科書とノートが広げられていた。昨夜(今朝)の無 数の傷と打撲の痕、それを上回る全く憶えのない傷口と青痣、それを覆う包帯と絆 創膏。

いつ寝間着から制服に着替えたのか。
誰が傷の手当を施したのか。
どうやって自分の家からここまでの距離を来たのか。

鏡で確認すると、何故か、まぶたの上にマジックで目が描いてある。


(深く考えるのはよそう・・・・)

悟りきったようにゲンドウは真相の追求を放棄した。

こんな事は十六年に及ぶヒナとの付き合いの中で、さして珍しい事ではない。気に していては、明日の朝日を拝むなど大それた望みになると身に滲みている。


例えば、ヒナの父親・霧島タカツグの経営するレストラン・チェーンの新規開店の 際だ。オープニング・パーティーにヒナと二人で行ったのだが、今日は無礼講、と ばかりに酔っ払ったヒナからガゼル・パンチを見舞われた。
目が覚めたら簀巻きにされて、人気の無い倉庫に置き去りにされていた。

全然人が通らないので、身動きの取れないゲンドウは発見、救助さ れるまで丸一日かかった。

何があったのかヒナに聞いても、

「え〜?昨日?なんにも憶えてない」

という言葉と満面の汚れを知らない笑顔が返ってきただけだった。

こういった事が繰り返され、ゲンドウは大抵の事には驚かない、まるで高野山の高 僧のような、不動の心を得たのだった。
が、ヒナに感謝するつもりはさらさらない。


何はともあれ、登校したのは悪い事ではない。
私立第二新東京市第壱学園の校則は私立にしてはおおらかである。
生徒個人の自由は尊重されている。
その分、けじめはしっかりと!
それが創立以来学園の理念である。

なので遅刻や無断欠席などには異常に厳しい。
常習者は学園側から要注意人物として目を付けられ、色々と面倒事が増えてしまう。
酷いときには、学園長からのモーニング・コールがかかるという。
少なくともその生徒の内申点、ならびに信用はガタ落ちなのは考えるまでも無い。 そうなったら奨学金など夢のまた夢、話にならない。

ゲンドウが焦ってスト−カーまがいの行動に出たのも、このあたりにも原因がある。

何事においても信用を得る事は難しく、失う事はたやすい。
そして失われた信用を回復する事は非常に困難な事である。

既に第一回委員長集会をすっとぼけたゲンドウがこの上無断欠席をしようものなら、 ヒナの言ったようにゲンドウの信用は回復する事はなかっただろう。
そういう意味ではゲンドウはヒナに感謝するべきなのだが、常日頃からヒナにして やられているゲンドウにとって、それは面白い事ではない。
なかなかに複雑な事である。


気力体力、共にスッカラカンなゲンドウは、自分で鞄に入れた覚えの無い次の時間 の教科書とノートを机に広げ、さっさと寝入ってしまった。


周りから見れば、机に手を組み頭を乗せ、瞼の上にマジックで少女漫画のような目、 −−−それも60年代のでかくてキラキラ星の光る−−−を描いているゲンドウは、 この上なく不気味だった。



同時刻。
二年C組もう1人の委員長、碇ユイは現代国語の授業中に出されたプリントを回収 していた。

プリントを仕上げた者は勿論、終わらせる事の出来なかった生徒も、空白欄を埋め る事を諦めてさっさと提出する者、粘って一時間目の授業中に何とか終わらせる者、 対応はそれぞれだったが、ユイに渡した。

ユイは手早く枚数を数える・・・一枚足らない。
小首を傾げると、出席番号順に整理して確認する。

足らないのはこのクラスのもう一人の学級委員長、六分儀ゲンドウだった。

「・・・?どうしたのかしら?」

(長期入院のせいで解らなかったのかな?)

学級委員長らしい発想を浮かべ、まだ肘をついて寝たままのゲンドウの席に向かう。 言葉を選びながら、横からゲンドウに話し掛ける。

「六分儀君、その、・・プリント出来た?」
「・・・・」

寝ているゲンドウが答えるはずも無い。

「・・・六分儀君?・・・寝てるの?」

反応が無い事を不審に思い、正面に向かって顔を覗きこむユイ。そこには瞼の上に マジックで、少女漫画のような目を描かれたゲンドウの顔があった。

「・・・寝てるの・・・かな・・・?」


今度はゆさゆさと揺すってみる。
やはり反応はない。
どうしたものかと、もう一度小首を傾げて思案に暮れる。

「んーーー・・・あっ、そうだ」

はたとひらめくユイ。
目的のものを探す・・・・隣の席に、それはあった。
机の持ち主が一時間目に使ったのをしまい忘れたのか、机の上に出したままだった。

ユイはそれを掴み、思いっきり頭上に振りかぶると・・・

「えいっ」

可愛らしい掛け声とともに、スピード、パワー、タイミング、三拍子揃った理想的 な一撃が振り下ろされた。

「ぐはぁっ!!!」

会心の一撃!!
ゲンドウは1732HPのダメージを受けた。


ユイの一撃は狙い違わずゲンドウの後頭部に命中。素晴らしいスピードで机に熱烈 なキスをしたゲンドウの意識は、遠い何処かへ旅立っていった。

「ユイ・・・あんた、一体何やってんの・・・?」

近くで成り行きを見ていたヒナが唖然として呟く。
その声には信じられないものを見た驚きを感じる事が出来た。

「え、何って?六分儀君寝ているみたいだから、起こそうかな〜って思って」
「・・・普通、寝ているの起こすのに辞書で殴ったりしないわよ」
「だって昨日、ヒナもこうやって六分儀君起こしてたじゃない。
 それにこの前辞書で殴ってもすぐ復活したって言ったし・・・。
 ヒナ、あなたいつもこうやってるんじゃなかったの?」

ユイは見るからに純真そうな表情でヒナに向き直る。
そこにはヒナの目からも、明らかに善意しか見出せない。

確かにヒナはちょくちょくゲンドウに殴る蹴るの暴行(「愛のムチよ!」by ヒナ) を加えているが、そこは長いつき合いである。限度をわきまえ、キチンと加減して いる。ユイのように力任せの所行ではない。

ヒナはわざとらしく大きなタメ息をついた。

「・・・ユイ。そのやり方、ゲンちゃん以外にやらない方が良いわよ。
 ゲンちゃんならいくらやってもいいけど」
「?」

和やかな二人の会話の後ろで、ゲノドウは四肢を痙攣させていた。

ゲンドウに好意的でない男子生徒達も、さすがに死人を出すのは洒落にならないと 判断してか、ゲンドウを保健室に運び出した。


一部のクラス男子生徒達の心境は、信じられない現実に揺らいでいた。
霧島ヒナ、碇ユイの両名と親しいゲンドウは羨ましく、そして憎い奴ではある。 しかし、ゲンドウがその二人から受けている仕打ちには同情と恐怖に絶えぬものが ある。ヒナ、ユイと親しくなると言う事は、ひいてはゲンドウと同じ境遇に立たさ れる、その可能性に思い当たったのだ。

そう考えるだけでも背筋が凍った。

「あんな事を毎日繰り返されては、命に関わる!!」と。

クラス男子生徒でゲンドウに同情的な視線を送る者も現れてきていた。 そのおかげで保健室まで連れていってもらえるのだから、ゲンドウにとって状況は 改善されていると言える。

生け贄とか人身御供という言葉が連想されるが、あまり気にしてはいけない。

と言っても、恋は盲目。
未だ彼に殺意のこもった視線を投げ掛けてくる者の方が圧倒的多数である。
六分儀ゲンドウ、受難の日々はまだまだ続く。




「〜〜〜ん〜〜・・・」

保健室のベッドにうつ伏せに寝かされていたゲンドウが、ゆっくりと意識を覚醒さ せる。ズキズキ痛む頭を抱えながら、もっそりと起き上がる。

「・・つぅ〜〜・・・。どこだ、ここは?何で俺はこんな所に・・・?」

寝ている時にぶちのめされたゲンドウに記憶が有ろうはずも無い。いまいち状況が 把握できないが、段々と頭が回り始めてきた。

「・・・保健室・・・?・・・誰か・・・いないのか・・・?」

ベッドから下りて保険医がいるはずの部屋を覗く。
入学以来ヒナ一人に数え切れないほど保健室送りにされてきた。 それに輪をかけて彼女のファンから(ゲンドウにとって)いわれのない 暴行、闇討ちにあってきた(勿論、実行者が誰か判った範囲では 心を込めた返礼を申し上げてはいるが)。 そして、進級してからはこれに碇ユイ(と彼女のファン)が加わった。 そんな次第で勝手知ったるなんとやら、 保健室の間取りはすっかり頭に入っている。

「先生は・・・いないのか」

部屋は無人だった。
退室を知らせておきたかったのだが、いないのなら仕方が無い。
ゲンドウは机の上に書き置きを残して、教室に戻る事にした。

もう少し休んでいたかったのだが、学園に来ている以上授業に出ないのはまずい。 今の時間は学園一うるさい三並教諭の授業のはず。

頭痛に堪えつつ、ゲンドウは保健室を後にした。



「・・・あれは・・・。方井先生じゃないのか?」

一階の保健室から三階の教室に戻ろうとしたゲンドウの視界の片隅を、一人の男性 が通りがかった。ゲンドウの言う通り、二年C組クラス担任方井教諭だった。

「何してるんだ・・・?」

今は授業中である。
手ぶらの様子から見て、職員室に何か忘れ物を取りに来たようでもない。
ゲンドウは不審に思い、方井教諭の後を尾ける事にした。

方井は二階から三階、そして四階まで上った。
そして階段から少々離れた場所にある、美術室まで歩を進める。

迷う事無く扉を開ける。
中で授業を行っているのでは・・・ゲンドウはそう思ったが、教室の中は空だった。

(迷う事無く扉を開けた・・・)
(中に誰もいない事に、自信があった・・・)
(いや、中に誰もいない事を知っていたんだな)

ひとしきり自問自答を行い、結論するゲンドウ。その間に方井は中に入り、扉を閉 めてしまった。

後に続いて中に忍び込むか、ここで立ち去るか。ゲンドウは選択に迫られた。

(・・・ふむ)

数瞬考え込んだだけで、ゲンドウは忍び込む事にした。
何にせよ、ここでじっとしていても得るものはあるまい。自分から何もしないで状 況が好転するのを待つ、などといった太平楽な考えはゲンドウの頭に無い。


(あの男・・・)
(授業中という事で、誰も来ないと思って油断したな・・)
(扉に鍵を掛けていないのが、何よりの証拠だ)

内心でそう呟きながら、ゲンドウは懐のデジタルビデオを構え、スタンバイ状態に する。これで何があってもすぐに録画が開始できる。作戦決行時から、不慮の事態 に備えて常に肌身はなさず持ち歩いているモノだ。出たばかりの高級品で、しがな い高校生のゲンドウの手に届く物では無い。
新しいもの好きの、ヒナの父タカツグから借りうけたものだ。


少しだけ扉を開け、ファインダー越しにそっと中の様子をうかがった。
方井の声が聞こえる。

「比嘉せんせ〜〜、いませんか〜〜〜。方井ですけど〜〜」

相変わらず緊張感の無いしゃべりかたをする。顔の方は二枚目半という所なのだが、 このしゃべり方のせいで三枚目になっている事など方井は思いつきもしないだろう。

扉の隙間からでは方井の姿は見えないが、室内をうろうろしているようである。

「・・・いない・・・か。しょうがない。また後にするか」

諦めたのかそう呟く。

ビデオのファインダー越しに扉の隙間から中の様子をうかがっていたゲンドウだが、 その言葉を聞いて慌てた。

今いる場所はひらけていて身を隠す場所が無い。
いくらなんでも授業中にこんな場所で鉢合わせしては、言い逃れ出来ない。

(ヤバイ!逃げねば!!)

ゲンドウが立ち去ろうとした時に、ファインダーに写った方井がふと足を止め、 視線を定めた。

(・・・?)

訝しげにその視線の先を見れば、一体の彫刻がたたずんでいた。
腰ぐらいまでの大きさで、しゃがんで片膝をつき、両腕で何かを支えているように 見える。ゲンドウが少しギリシャ神話に詳しければ、それは天を支える巨人アトラ スだと解っただろう。

「風景」として見ているのでなく、明らかに「それ」として見ている・・・
そんな目だった。

ゲンドウは何故方井がその彫刻をじっと見ているのかわからなかったが、何か起こ るのでは、と思いビデオの録画をスタートさせた。
理由は特に無い。
ただ、何かひらめくものがあった。


しばらく方井はじっと彫刻を見ていたが、やがて彫刻に近づく。

「・・・・これ・・・
・・・この上に・・・乗れる・・・かな?」

ぶつぶつと呟く。
出来るかどうか解らない事を、自分の手で確かめたい・・・そんな気持ちが言葉に 混じっている。
氷の張った湖の上を歩けるかどうか・・・例えれば、そんな心境だろうか?

しばらく方井は一歩進んで、一歩さがる、を繰り返した。
やがて、意を決したように彫刻の腕の上にうつ伏せになって寝る。

「・・・おぉ!」

歓喜の声を上げる。まさしく氷上の一歩を踏んだ心境だろう。


(これじゃ弱いな・・・)

一部始終を見ていたゲンドウが冷静に判断する。

(まぁあの男の心境も解らなくはないし、保留だな・・・)

それでもファインダーは方井を撮り続けている。
この点は抜かり無い。


ファインダーの中では、ただ喜んでいただけだった方井が、ふっと何かを思いつい た顔をした。ゲンドウは方井の頭の横に電球が光ったのが見えたような気がした。

何かひらめいたらしい方井は、すぐに行動に移した。
まず顔をしっかりと前に向ける。バタバタさせていた両腕は、右腕は真っ直ぐ正面 に伸ばし、左腕は曲げて握りこぶしを腰に当てる。両足は揃えて爪先まで真っ直ぐ 伸ばしている。

ゲンドウは後頭部にでっかい汗を貼り付けながら、それでも録画を続けていた。

そして方井は決して小さくはない声で歌い始めた。
それは、ゲンドウも知っている有名な古い歌だった。


「そ〜ら〜をこ〜え〜て〜、
ラララ、ほ〜し〜のか〜な〜た〜」



・・・この後、奇行に走った方井はたっぷり五分以上歌い続けた。
ゲンドウは全身の力が抜けるのを必死に抑え、それを撮り続けた。

方井が歌い終わった後、ゲンドウは脱力した身体を引き摺って、それでも気付かれ ないよう足音を殺してクラスに戻っていった。


放課後。
いつものように寝坊した方井が、いつものように朝のホームルームで言い忘れた事 を放課後に伝えている。そしていつものように一方的に話して一方的に終わりを告 げる。そんないつもの光景だった。

山ほど問題点が有るがこれが普通になってしまったので、今更誰も、何も言わなか った。

いつものように解散を宣告して方井は、さっさと教室を出ていく。
その後をゲンドウが慌てて追いかける。

「方井先生、ちょっといいですか?」

ゲンドウは周囲に人影がないことを確認して、そう声を掛けた。

「何だ、六分儀?お前が話し掛けてくるとは珍しいな」
「ちょっと頼みたい事が有るのですが」
「イヤだ。面倒臭いのはお断りだ」
「・・・」

ちょっとは考慮しろ。内心突っ込むゲンドウ。

「そ、そう言わずに・・・」
「イヤったらイヤだ」
「・・・」

にべも無い方井の言葉だった。

(やはり、な。想像通りだ。仕方が無い・・・)

我知らず、ゲンドウはニヤリと口の端を歪めた。
生徒を生徒とも思わぬ方井だが、そんなゲンドウの表情にややたじろいだ。


(出来れば穏便に事は済ませたかったんだが・・・)

そう自分に言い訳しながらも、ゲンドウは嬉々として切り札を突きつける。

「・・・方井先生はアトムが好きなんですか?」
「??六分儀、何を言ってるんだお前?」
「鉄腕アトムです。好きなんでしょう?歌もあんなに上手なんですし」
「!?」

びくっと方井が反応する。それまでにやけていた顔を引き攣らせている。

「六分儀・・・き、貴様、見ていたのか!?」
「なんのことですか?俺にはさっぱりわかりませんねぇ」
「ぬぅぅ・・・。おのれ!」

ぎりぎりと悔しそうに歯ぎしりしてゲンドウを睨み付ける方井。
ゲンドウは余裕の表情でそれを受け流す。

「実は俺、知り合いからビデオカメラ借りてるんです。
 でも、なかなかいい被写体ってないモンですねェ。
 今日はすごくラッキーでした」

(嫌な奴だ)

内心で思いっきり毒づく方井。
してやられた悔しさで、地団太を踏みたい限りだろう。

一方ゲンドウはその方井の表情に深い満足を味わっていた。
雪辱を晴らして大満足といった風だ。

2人は無言で睨み合った。
どれ位の時がたった頃だろう、方井はガックリと首をうなだれると、小さく呟いた。

「・・・判った。何が条件だ?」

ゲンドウはニヤリと笑みを浮かべると、心の中で呟いた。

(フ、・・・・勝ったな)




・・・ゲンドウと方井が戦を繰りひろげていた頃。
教室では二人の女子生徒が所在なげにお喋りしていた。

言うまでもなく霧島ヒナと碇ユイである。

「ねー、ヒナ。六分儀君どうしたんだろうね?」
「あたしはゲンちゃんと付き合い長いから、
 ゲンちゃんの行動は大体予想できるけど・・・ユイはどう思う?」
「私?私は・・そうねぇ。
六分儀君って何か一つの事に集中すると他に頭が回らないんじゃない?」
「あったりぃ。ホぉント、単細胞なの。・・・・にしたって、遅いなァ」

昼休み、ヒナは買い物につき合うよう約束を取りつけた。一般には「強要」と呼ば れるべきものだったが、ヒナからすれば「お願い」だった。 有無を言わせぬヒナの口調にゲンドウは逆らえなかった。 それでなくてもここ数日全く相手にしなかったのだから、後の事を考えれば、素直 に言う事を聞くのが得策だ。

(それに、作戦の第壱段階は終了した)

そう判断したゲンドウは、わがまま姫のご機嫌を取る事にした。 どっちにしろヒナの誘いを蹴るとあとが恐ろしい。

「アタシも行っていい?」
「え?碇さん?」

突然のユイの言葉にゲンドウは驚いた。
こんな風にユイが人の会話に口を挟むのは珍しい。
しかも、申し出自体が意外だった。

「それとも・・・お邪魔?」

小首を傾げたその問いに、ゲンドウは柄にもなく舞い上がってしまった。

「じゃ、邪魔なんて、と、とんでもない。
 そ、それに俺とヒナは、べ、別にそんなんじゃ」
「やぁ〜ねェ、何慌てんの?冗談、真に受けちゃって。
 OK、ユイ。一緒に行きましょ。大勢の方が楽しいモンね」
「ありがとう」

ややあって、ヒナはまじまじとユイの顔を覗き込んだ。

「でも、珍しいね。ユイが」
「そう?近所の本屋さんに欲しい本がなくって困ってたの」
「あ、やっぱり。そんなトコか」
「なに?その、やっぱりって」

再び小首を傾げたユイに、ヒナはちょっと意地悪な笑みを浮かべて応えた。

「真面目な委員長は、趣味も真面目だなぁ〜って」
「あぁ、なによ、それ」
「だぁって、ねェ〜」

ヒナの台詞と何よりその表情にユイもカチンときたようだ。
彼女は思わぬ逆襲に出た。

「そんな事言って・・・・やっぱり邪魔されたくないんでしょ?」
「え?何よ、それ」
「六分儀君と、2人っきりで、デート楽しみたかったんでしょう」

今度はユイの意地悪そうな笑顔。
ヒナは真っ赤になった。

「な、何言ってんのよ!そ、そんな事ないわよ!」
「ヒナったら、真っ赤になって・・・・かわいいィ〜」
「あ、アンタねェ〜」

そんな他愛もない2人の会話をゲンドウはポツンと1人聞いていた。 全く除け者にされている気分である。

一方大多数の男子生徒が、憎悪の水位をさらに上げたことは言うまでもなかった。 心の堤防が決壊するのも時間の問題であろう。 その時、ゲンドウの身に何が起こるのだろうか?

ゲンドウに同情的な極少数の生徒は心の中で手を合わせていたという。


そんな経緯があってヒナとユイは、方井の後を追って教室を出ていったゲンドウを 待っていたのだった。

「・・・お腹すいたァ」

ポツリと呟くと、ヒナはゲンドウの机を漁りだした。

「ちょ、ちょっと、ヒナ。そこ、六分儀君の席よ」
「ん〜?だぁいじょうぶ。ゲンちゃんとアタシの仲だモン。
 ゲンちゃんの物はアタシの物、アタシの物はアタシの物」
(・・・ジャイアニズム・・・)

ヒナの返事に呆れたユイは、マニアックな突っ込みを内心で入れただけで、それ以 上口を出さない事にした。その間にヒナの検索の手は机からカバンに移されていた。

「ん〜、ないなァ。全くゲンちゃんも気が利かないんだから。
 こんな美貌の幼なじみが待っててあげてんのに、
 お菓子の一つも用意してないんだから・・・・」

何か違うと思いながらも、ユイは敢えてコメントを控えた。
ぶつぶつ言いながら、さらに捜していると、ヒナは妙な物を見つけた。

「コレって・・・・」
「あら、ビデオカメラ。へェ〜、六分儀君、そんな趣味あったんだ」

妙に感心しているユイの横で、ヒナは直感にささやく何かを感じていた。しばらく じっとカメラを見つめていたが、挿入されていたディスクを抜くと、新品のディス クと入れ替えた。

「何やってんの?ヒナ」
「ユイ、アンタの家ビデオディスクのプレーヤー、ある?」
「う、うん。あるけど・・・・」
「ちょっとこれからお邪魔していい?」
「え?でも、六分儀君・・・」
「いいの、いいの。それより、コレ。絶対なんかあるわよ」
「何かって?」
「それは見てのお楽しみ、よ。さ、行こ」

今一つ要領を得ないユイの背中を押して、ヒナは教室を後にした。


それから二日後。

「どうしたの?ゲンちゃん。ここんとこ、随分ご機嫌だし」
「ん、まぁな。ふっふっふ。世の中、捨てたモンじゃないって思ってな」
「あぁ、奨学金、取れそうなんだ。六分儀君」

おっとりとした口調でユイが会話に加わる。
何処で仕入れてくるのか、ユイの話題はいつも核心を突いてくる。

「よく分かったな、碇さん」
「この間職員室でちょっと小耳に挟んだの。
 方井先生、随分熱心に三並先生の事説得してたわ」
「へェ〜、あの極楽トンボが?雪でも降るんじゃないの?」
「ユイったら・・・・。で、三並先生も根負けして頷いてたの」
「本当?碇さん」
「うん」

ユイが可愛らしく頷くと、ゲンドウは心の中でガッツポーズを繰り返した。

(よぉ〜し、作戦成功!!)

上機嫌のゲンドウは、スキップしながら教室を出て行った。
教室には、見てはならぬ物を見た、そんな顔つきの生徒達が残されていた。

さすがのヒナも唖然として、ゲンドウが出て行ったドアを眺めていた。
気を取り直すと、こちらも呆然としているユイに声を掛けた。

「あ、ユイ。例の奴、今日実行ね」
「でも、・・・いいのかな?」
「だぁいじょうぶ、大丈夫。楽しい事はみんなで分かち合わなきゃ」
「でも・・・」
「心配ないって、誰に迷惑掛ける訳でもないんだし」
「・・・そうね。ふふ、楽しみになってきちゃった」


その日二年C組では、LHRの時間にレクリエーションと称した、ビデオの上映会 が行われることになっていた。小学生じゃあるまいし、などとぶつぶつ言っている 生徒もいたが、全員が視聴覚室に集まっていた。
ざわざわと教室は騒々しかった。
そんな中には上機嫌のゲンドウ、憮然とした方井もいた。
そして、ユイとヒナは、天使と小悪魔の笑みをたたえていた。

照明がおち、映像が再生される。
そこに映し出された光景は・・・・


・・・そこにはポーズを決めて熱唱する方井の姿が写し出された。
ヒナとユイを除く全員が硬直していた。

ゲンドウと方井は「何故?」
その二名以外は「それ」が何なのか理解できずに。



数分の後、三並学年担任が視聴覚室に顔を出したのは、偶然などではなかった。 方井から視聴覚室の使用を打診されたときから、そこに監視の必要を感じていた。 ある意味想像力たくましい彼は、方井や生徒達が妙なビデオを持って来ていないか と危惧したのだ。


なので、無論三並も方井の熱唱を見て聞いた。
ただ三並は固まらずに、

「方井先生、彫刻が壊れたら大変ですから上に乗らないでください」

と小言を言って帰っていった。


こうして方井の奇行は二年C組の全員が知る事となった。
さほど間を置かずに全校生徒の耳に入る事だろう。

人の口に戸は立てられぬ。


これ以後方井は異常なまでにゲンドウに敵愾心を燃やし、
ゲンドウの行動に逐一目を光らせ、監視し、横槍を入れた。

彼にすれば、当然だろう。
せっかく死ぬ思いをして、三並先生を説得し、ゲンドウの奨学金獲得に尽力した。
それなのに・・・・!!


(今回はしてやられたが・・・次はないぞ、六分儀!!)

そう夕陽に誓う方井だった。


これを機にゲンドウと方井教諭は泥沼の戦闘状態に入り、ゲンドウの卒業まで終結 しなかった。

また、クラスメイトのゲンドウに対する評価には新たな項目が加わった。

曰く、

「目的の為には手段を選ばぬ男。逆らわないのが吉」

こうして、ゲンドウはクラスメイト、特に男子から畏怖の目で見られるようになる。 それは彼の本質の一部が露呈した結果だったのかもしれない。




yukinori oguraさんへの感想はこ・ち・ら♪   



月刊オヤヂニスト

冬月  「今日もいい日和じゃ〜」

ゲンドウ「なにを落ち着いている。我々には時間がないのだ」

冬月  「老い先短いということか?」

ゲンドウ「そういう意味ではない! 我々虐げられしオヤヂを再び権力の座へ返り咲かせるために、計画を進めなければならないというのに!」

冬月  「虐げられてるのは碇、おまえだけだからなぁ。儂はこうやってお茶でも飲めればそれでいいのだよ」

ゲンドウ「こ、この耄碌ジジイが・・・・」

冬月  「誰が耄碌ジジイだ! そもそも儂は貴様のトチ狂った計画につきあわされたら命がいくつあっても足らんといいたいのだ!」

ゲンドウ「なに! ・・・・っふっふっふ。いいのですかな冬月先生。そういうことを言って」

冬月  「な、なんだその言いぐさは」

ゲンドウ「いえ、私はふと思ったのですよ。冬月先生。そういえば最近あれをみませんねぇ」

冬月  「・・・・なにを言いたいのかね?」

ゲンドウ「あれですよあれ、いや、別にどれがどうという訳ではないんですけど」

冬月  「・・・・なにを言っているのか、私にはわからないな」

ゲンドウ「そうですか。ならば結構ですが。そうそう、今度の日曜日に学園主催のビデオ上映会がありましたね。私もエントリーしていて、作品を一つだそうと思っているのですが」

冬月  「・・・・・・」

ゲンドウ「そういえば、最近忘れっぽくなってしまって、どれが作品のビデオか思い出せなくなってしまいましたね」

冬月  「・・・・・・」

ゲンドウ「あるいは、あれのビデオを間違えて出す可能性もあるわけでして」

冬月  「碇よ・・・・まさかあれのことを言っているのではあるまいな」

ゲンドウ「なんですかあれとは? 多すぎて思い出せませんね」

冬月  「貴様・・・・」

ゲンドウ「いいえ、私はなにも知りませんよ。先生が盆栽にいろいろと名前を付けて話しかけていることなんか、これっぽっちも知りません」

冬月  「貴様! それをどこで!」

ゲンドウ「いや〜どうでもいいことなんですけどね。ユイ君やマヤ君は最近ちゃんと日の光を浴びせているんでしょうね?」 

冬月  「・・・・なにが望みだ?」

ゲンドウ「おや、それでは私がまるで脅迫しているみたいじゃないか」

冬月  「これを脅迫といわなければ、辞書の中身を書き換える必要がでてくるぞ」

ゲンドウ「まあいい。私の要求はひとつ」

冬月  「いいのか? 後悔するぞ?」

ゲンドウ「なんとでもおっしゃってください。私には時間がないのです」

冬月  「貴様・・・・本当にいいのだな? 今ならまだ、なかったことにできるぞ」

ゲンドウ「ふっ。冬月先生ともあろう人が、往生際が悪いですよ」

冬月  「そうか。ならば要求を聞こうか」

ゲンドウ「では(ごほん)」

ユイ  「あなた〜」

ゲンドウ「おや、ユイどうした?」

ユイ  「いい加減に部屋の掃除してくださいって言ったのに、聞いてなかったんですね! 罰として、部屋のゴミは全部捨てましたから!」

ゲンドウ「なに! ゴミって・・・・」

ユイ  「あなたがコレクションとか言っているがらくた全部ですよ!」

ゲンドウ「がらくた・・・って、あれは貴重な本やらビデオやらが混じっているんだぞ・・・・って・・・・まさ、あビデオも捨てたというのか!」

ユイ  「全部って言ったじゃないですか! まったく、シンジの親とは思えないずさんさだわね」

ゲンドウ「・・・・・・」

冬月  「ふっ 立場がどうやら逆転したようだね。碇くん」

ゲンドウ「なに・・・・」

冬月  「最近は公室のあの部屋にこもっていることも多くなったようだね」

ゲンドウ「ぎくっ!!」

冬月  「なかなかおもしろい台詞をいっぱい言っているようで。ユイ君にもぜひみてもらいたいものだな」

ゲンドウ「貴様・・・・」

冬月  「そういえば君の上映予定のビデオ、捨てられてしまったということじゃないか。なんなら私が代わりに出してやってもいいんだぞ」

ゲンドウ「この、悪党め・・・・」

冬月  「なにをいっているんだ? 私はなにも言っていないではないか」

ゲンドウ「くっ・・・・」

冬月  「ふっ・・・・ずずず〜ああ、茶がうまい・・・・」


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