Welcome外伝
ここが僕らの出発地点
第2話 「現状を確認しよう」

yukinori ogura 作
みきひろかず 加筆・装丁





始業式から一週間が過ぎた。

この頃になるとクラスの生徒達も打ち解け始め、グループが幾つか出来上がる。
それなりに気の合うメンバーで構成され、
共に食事をしたり、雑談、馬鹿話などをそれぞれのグループでしあっている。
例え同じクラスであっても、ほとんど会話を交わさないままという生徒達もそう珍しくない。
大抵の場合は修学旅行、課外授業などのメンバーにもなる、そんな関係。
言わば、学園生活という場での遊び友達である。



そんな中でどこのグループにも属さずにいる一人の男子生徒。
彼の名前は六分儀ゲンドウ。
新学期の最初の一週間を、病院で過ごした高校二年生である。


新学期も一週間過ぎたが、ゲンドウに話し掛けてくる男子生徒は誰一人としていない。
何しろゲンドウは新学期が始まって学園に来るのは本日で二日目なのだ。
ゲンドウにしてみればクラスメイトと言えど、誰が誰だかさっぱり解らない。
おまけに入院の元となった騒ぎのせいで、ほとんどの男子生徒からは総スカン状態である。
踏んだり蹴ったりという言葉をまさに実感しているゲンドウだった。

その上、ヒナがにやにや笑いながら見舞いに来た時の事を考えれば、
また何かしでかしたのではないかと気になってならない。




包帯にまみれた姿も痛々しいゲンドウがベットの中でムッツリ黙り込んでいる横には、
ご機嫌を絵に描いたようなヒナが果物カゴを抱えて座り込んでいる。

「・・・何だヒナ、その薄気味悪い笑いは。俺が入院している間にまた何か企んでるのか?
 それとも、根も葉もない事を言いふらしてるのか?」
「あ〜〜、ゲンちゃんひどい。ちゃんと皆の誤解は解いておいたし、
 それにゲンちゃんの事言いふらしたりなんかしてないわよ」
「お前の場合は、何か一言口にするごとに混乱を招きそうな気がするから不安なんだ」
「ひどいわっ、ゲンちゃん!あたしの事信用してくれないのねっ!」

そう言って膝を折り崩れるヒナ。
何故か病室は、瞬時に暗転したかと思うとヒナにだけスポットライトが当てられる。
ゲンドウは光源を探るが何も確認できなかった。

ヒナは懐から取り出したハンカチを両手で掴み、きりきりと噛んで引っ張っている。

この間のパターンに小道具が付いたな。
ゲンドウはそう内心で突っ込みを入れるが、口には出さなかった。
そんな事をしようモノなら、退院が二ヶ月ほど延期しかねない。
入院費だってばかにならないのだ。余計な出費は控えねばならない。

「そ、そうか。ならいい」
「そうよ、ゲンちゃん。あんまり深く考えるとハゲるわよ」
「・・・」

俺がハゲるとしたら間違いなくヒナのせいだろうな、
ゲンドウはそう締めくくって考えるのをやめた。
この先、どこをどう考えても薔薇色の人生とは思えなかったからだ。

ゲンドウが楽しくない想像を打ち切った頃、
ヒナは両親から預かって自分で持ってきた果物の詰め合わせを思うさま堪能していた。
自分宛てのハズの果物が次々とヒナの胃袋に消えていく様子を、ゲンドウはぼんやりと見ていた。
間違っても、よこせ、とは言わない。
ヒナは食う時と寝てる時が一番静かなのだが、この二つを邪魔されると烈火の如く怒る。
以前ヒナの食事を邪魔して、角度を決めた
左で六番と七番を持っていかれたゲンドウは、
それ以後食う寝る状態のヒナには一切ちょっかいを出さない事に決めたのだ。
満足そうに果物を食べるヒナをゲンドウは溜息交じりに眺め、
ヒナの食事が終わるまで、と言う一時の平和を噛み締める事にした。


それは、うららかな春の日の病室での一幕であった。




「おっはよ〜〜う!!」

がらがらがら、と教室のスライド式の扉が開かれ、一際大きな声を上げてヒナが中に入って来た。
朝も早くからハイテンションである。

「おはよう」
「おはよ〜う」

男女問わずに何人もの生徒から返事が来る。
新学期一週間にしてヒナはクラスのほぼ全員と顔見知りになっていた。
ヒナから迸る生命の躍動感、存在感を無視し得る人間とゲンドウは過去出逢ったことがなかった。
未来永劫出逢う事は無いだろう。

「おはよ〜〜・・・あ、ゲンちゃん退院できたんだ。おめでと〜」
「・・・何がおめでとう、なんだヒナ。ほとんど毎日見舞いに来て、昨日一緒に病院を出ただろうが」

呆れながらも一応話を合わせるゲンドウであった。
確かに彼の言う通り、昨日の夕方二人は一緒に病院を出たのだから、おめでとうも無いだろう。
しかし、そんなゲンドウの冷めた反応がヒナには気に入らないようだった。

「何、それが寂しいだろうと思って、毎日お見舞いに行ってあげた幼馴染に対する感謝の言葉?
 学校終わったらすぐに駆けつけてあげたのに、それは無いんじゃない?」
「何を言っているんだ」
「もう、つれないわねぇ」

付き合いきれん、とばかりに素っ気無いゲンドウ。一方そんな反応に不服そうなヒナ。

ここまでのやり取りでヒナと(見た目には)楽しそうに喋っているゲンドウは、
クラスの男子生徒の半数ほどから殺気まじりの視線を叩き付けられている。

ヒナが先程言った様に、授業が終わると飛ぶようにゲンドウのいる病院へ駆けつけていたのだ。
ヒナに一声掛けようとして置き去りにされた男子生徒の数は片手の指では事足りない。
そんな彼らも最初は只々驚き、次いで悔しがり、最後にはゲンドウを逆恨みするようになった。
無論ゲンドウにとっては身に憶えの無い、はた迷惑この上無い事である。

この時点でゲンドウに対するクラス男子生徒ほとんどの認識は、
「霧島ヒナを一人占めしているうらやましい奴」であった。
それは彼らにとって極悪非道と同義語だった。

ちなみにゲンドウは大物なのか、ヒナとのやりとりで気が回らないか、
それともただ単にニブいだけか男子生徒達の熱い視線にまったく気付いた様子は無い。




「おはようございま〜す」

今度は独特の間を持った声で挨拶が飛んできた。
早い訳でもなく、のんびりしている訳でも無い。
あえて言うとしたらおっとりと言うか、
ほんわかとした雰囲気を漂わせるその間の持ち主の名は碇ユイだ。

「おはよー」
「碇さんおはよ〜」

ユイの声に、数にして二十倍ほどの声が返ってきた。
タイプは違えどヒナと同じく本人にその気が無くとも、人の視線を一身に浴びてしまう存在だ。
その返事も、大半が男子生徒によるモノだ。

「おはよう・・・あら六分儀君おはよう。退院できたのね、おめでとう」
「おはよう、碇さん。・・・その、見舞いに来てくれて・・・あ、ありが・・とう」
「いえいえ、どういたしまして」

にっこりと微笑む。
バックで花が咲きそうな天使の笑顔が向けられ、
常日頃からヒナを見慣れているゲンドウでさえ一瞬見とれてしまった。
天真爛漫、元気印の見本のようなヒナの雰囲気に対して、
ユイの持つ雰囲気は穏やかでゆったりとしていて、ヒナとはまた違った形でひどく魅力的であり、
その存在感を無視する事は出来そうにない。

この時ゲンドウはユイの天使の微笑みに見とれてしまって気付かなかったが、
彼に向られたのはユイの天使の微笑みだけではなかった。
二年C組男子生徒のほとんどが、目に見えそうな程の殺気を込めてゲンドウを睨み付けていた。

ユイに微笑み掛けられて、見舞いまでしてもらっている。
この時点で、クラス男子生徒のゲンドウに対する認識は、
「霧島ヒナを一人占めしているうらやましい奴」から、
「霧島ヒナだけでは無く、碇ユイとまで親しそうにしている許すべからざる奴」へと、
すみやかに移行された。

彼らにとって、それは出来得ることなら可能な限り速やかに抹殺されるべき存在を意味していた。


男子生徒の視線の矢を雨あられのように食らいながらも、
やはりというかゲンドウは気付いた様子は無い。
鈍感と言うべきか、これほどまでに周囲をまったく気にしていないのはたいしたモノである。
単にユイの独特な雰囲気に飲まれて、それどころではない、というのが真相のようだが・・・。


「あ、そう言えば六分儀君」
「何か、碇さん?」
「確か最初にお見舞い行った時に、全治二週間って言ってなかった?」
「・・・あぁ、そう言えば、そうだったな」
「一週間でよく退院できたわね」
「傷の治りは早い方なんだ」

(誰かに鍛えられたせいでな)

と心の中でだけ続ける。
それを知ってか、知らずか、ヒナが証言を加えた。

「そうそう、ゲンちゃんの回復力ってすごいのよ。
 以前試しに辞典で叩いたんだけど、すぐに復活したし」
「試しに辞典って・・・。ヒナ、そんなので叩いたの?」
「やーね、ユイったら。あたしが振り回せる辞典だったらたいした物じゃないわよ」
「そうよねぇ、やっぱり」
「そうそう」

にっこりと微笑みあう二人。邪気の感じられない、素敵な笑顔であった。
ちなみにこの時にヒナが振り回した辞典は、
二千ページを超える「学研国語大辞典」である。
しかも当たったのは角だった。

この時ゲンドウはうかつに口を挟めないので黙っていた。
下手に口を挟めば実験と称して何をされるか分かったモノでは無い。
彼とて命は惜しい。
火薬倉庫の隣で火遊びをするほど愚かではないつもりだった。

ゲンドウが男子生徒の視線の矢でハリネズミになりながら、
ヒナ、それにユイと(見た目には)楽しそうに雑談を交わしている内に予鈴が鳴った。
朝の短い自由時間の終わりを告げる鐘だ。
古風にもこの私立第二新東京第壱学園では、本物の鐘がチャイムに使われている。
始めの内は英国の学校を思い浮かばせ、ゲンドウはおおいに気に入ったのだが、
次第に慣れてくるとありがたみも薄れてしまった。
それだけではなく、屋上に上がるとうるさくてしょうがない。
結果屋上を利用する生徒はいなくなってしまった。
もっともそのおかげで、授業をさぼって屋上で昼寝する不届き者もいないのだが・・・。


さて、鐘は鳴ったが担任が来ない。
一応この学校では、一時間目の授業の前にクラス担任が出席を取る事になっている。
数年前までは出席確認どころか朝のホームルームすらなく、
遅刻のセーフティーラインは一時間目の出席だった。
それが一昨年から朝のホームルームでの出席確認が決められ、おおいに生徒の不評を買った。

この事について学園側は、生徒の遅刻を減らす為、と述べている。
しかし一方で、生徒の間には教師の遅刻を減らす為、という噂が流れ始めた。
そしてこの噂の出所は何を隠そう二年C組、ゲンドウのクラスである。


火の無いところに煙は立たぬ、とことわざでも言っている。
噂が立つのはなにかしら原因となる事実がある為で、
それを文字どおりに考えればクラス担任である方井教諭にたどり着く。


新学期一週間でいい加減慣れっこになった生徒達と違い、
登校二日目で始めての授業であるゲンドウが担任不在を不審に思い始めたその頃、
二年C組担任方井シン教諭はというと・・・


      廊下を全力疾走していた。


何故廊下を全力疾走しているのかという理由は、大小あわせて七つになる。
時間と文字の両方の省略を兼ねてその理由を端的に一言で表すと、

「寝坊」である。


廊下を走ってはいけない、
というお約束の標語をこの不良教諭は無視どころか
チリにまで砕いて空中散布するような真似を平然と行っている。
途中で見え始めた神の領域にチョップをかましながら二年C組に到着、
力の限りにスライド式のドアを開ける。
さして立て付けの悪くないドアは、盛大な音で方井教諭のドアの開け方に抗議の声をあげるが、
方井教諭はそれを気にとめる事無く酸欠の身体を引き摺って教壇まで進む。

「はぁっ、し、出席、取るから、さっさと、せ、席につけ」

全力疾走後の汗だくの顔で教壇に立つ方井教諭の姿が、先程の噂を何より確実に実証している。
少なくとも二年C組の生徒達にはそう思えてならなかった。
遅刻回数が増えていけば、その回数自体が噂の裏付けとなる。
方井教諭が遅刻すればするほど、生徒達の中での単なる噂が確固たる認識に移り変わり、
固定されていくだろう。
体力を振り絞った方井教諭は、生徒達の視線をまったく気にする事無く出席を取っていく。


「あー・・・あれ?六分儀いたのか」
「・・・いますよ、ここに」

かなり失礼な物言いの方井に、ゲンドウは内心毒づきながら返答する。
すでにゲンドウの方井への認識は「いーかげん」から「だらしなくいーかげん」になっている。
無理も無い話だ。
不機嫌なゲンドウの睨みに対しても、方井は気付く素振りすらなく平然として出席を取り続けた。


「じゃ、これで出席おしまいっと。・・いやーようやくウチのクラスも全員そろったなぁ。
 良かった、良かった。うん、うん」

何が満足なのか一人うなずいている方井。
もっとも揃わなかった原因であるところのゲンドウは、むっとして押し黙っていたが。

そんな御満悦の方井の気分を邪魔するかのように、
一時間目の予鈴が鳴る。さほど間を置かずに一時間目の担当教諭が入って来た。
時間に正確な堅物らしく、背広をしっかりと着こなしている。
いかにも真面目で融通が利かなそうなタイプで、
じろりと方井の方を見て少しだけ眉をひそめてから教壇に進んだ。

「方井先生。少しは・・・」
「あー、ホームルームはこれで終わりだ。じゃ、三並先生どうぞ」

どうやら方井の方でも苦手としているらしく、
小言を言われる前に引継ぎだけしてそそくさと教室を出ていってしまった。
きっと方井の心境は、悪い点数のテストを親に
見られた小学生のような気分だろう。
残された三並教諭は諦めと不機嫌の入り混じった何とも言えない表情で、授業の開始を宣告した。




鐘が鳴った。
本日の授業がすべて終わったことを知らせる鐘だ。
その鐘の音で、クラスの中が一気にざわめきだす。
すでにクラスの生徒達の関心は、授業内容から放課後の事に移っているのだ。
授業を行っていた若い教師の方も生徒達の気持ちが分かるようで、
手早く教材を片付るとドアに向かった。

「じゃーねー、先生」
「またね、先生」
「さいなら〜」
「・・おう、またな」

教室を出ようかという所で何人かの生徒達に別れの声を掛けられ、
教師は満更でもない顔で教室を後にした。


教師が出て行くさまを遠目に眺めながら、
ゲンドウは指を組んで手のひらを上に向け、軽く伸びをする。
伸びをしている間はつぶっていた目を開けると、
教室のドアをくぐる方井の姿が目に入った。

「おーい、帰るのちょっと待ってくれ。朝言い忘れたことが少しあるんでな」
「先生、またですか?」
「ちゃんと朝に伝える事は伝えてくださいよ」
「ははは、スマン。今度から気を付ける。
 それでだな、プリント数枚と連絡事項が有るんだ、席についてくれ」

あまり誠意のこもっていない方井のセリフを聞きながら、
生徒達は口々に文句を言いつつも席につく。
その様子を見て、ゲンドウはこんな事がしょっちゅうなんだな、と思った。
クラスに、慣れたと言うか諦めにも似た雰囲気が漂っていたからである。

「ほい、ほい、ほいと。よーし、一枚取ったら後ろの奴に回していってくれ」

生徒達が全員着席するのも待たず方井はプリントを数枚配る。

「後ろの方で調整してくれよ。ははは」

枚数を数えもせず、大雑把に各列にプリントを渡して、方井はそう言った。
几帳面、なんて言葉は薬にしたくてもないな、とゲンドウは思った。
当の方井はというと、生徒達の思惑など全く気にせず、
それぞれの委員の集合場所や時間の説明を行った。
一方的に話を続け、いい加減生徒達もダレ始めようかという頃に方井は話を終えた。
今度こそ本当に終わりだ、帰ろう。
生徒達がそう思ったところで、方井が何かをふと思い出したような表情をした。

ゲンドウは、何故か首筋のあたりがムズムズするような感覚を憶えた。
それはヒナがロクでもないことをしでかす時に感じるものに似ていた。

「ああ、そうだ。言い忘れていた。六分儀」
「何ですか?」
「お前、クラスの委員長だからな。1回目の委員会くらいちゃんと出ろよ」
「・・・はぁ?」
「詳しい事は碇に聞け。彼女が女子の委員長だから」

あまりに一方的な方井の言葉にゲンドウは思考がブラックアウトした。

「・・・以上だ。今日はこれで終わり。気を付けて帰れよ」
「せ、先生!ちょっと待て!」
「なんだ六分儀。騒々しい」
「本人のいないところで勝手に決めないでくれ!やり直しを求める!」
「諦めろ、六分儀。あの時、あの場所にいなかったのがお前の運の尽きだ。
 それにちゃんと多数決も取ったぞ。学則に触れるようなこともないし・・・」
「そういう問題じゃない!」

そうか、とゲンドウはハタと気付いた。
入院中に見せたヒナのニヤニヤ笑いはこの事だったのか!

「本人のいないところで勝手に決めるな!」
「六分儀・・・。こういう面倒事はな、いない奴に押し付けると相場が決まっているんだ。
 人生の経験の一つと思って諦めろ」
「あんたそれでも教師かっ!」

教え諭すような口調で、無責任極まりないセリフを吐く方井。
無論、感銘もへったくれも無いこの言葉に従うゲンドウではない。

「とにかく、絶対やり直してもらう!!」
「ゲンちゃん、そんなにイヤなの?」
「ヒナ、当たり前の事を聞くんじゃない!」
「え〜、せっかく多数決までしたのに。民主的じゃないの」
「欠席裁判ではないか!」

もしゲンドウが先週の委員決定の時に居たとしても、
民主主義の名を語った数の暴力に押し切られて委員長になっていた事は間違いないだろう。
何しろ彼は生徒全員に(善し悪しはともかく)圧倒的な印象を残していたのだから。

「わかったわかった。まったく、わがままな奴だなぁ。
 提出した書類書き直すのはめんどくさいんだぞ・・・」

いかにも面倒そうな言い方をする方井。
実際はそれほど面倒ではないのだが、この不精者にとっては面倒この上ない事らしい。


(はぁ〜、まったく。ここまで強硬に抗議するとは思わなかったな・・・。強情な奴)
(でもどうやって学年主任の三並先生に切り出そうかなぁ・・・)
(最近ちょびっと遅刻が増えたから、顔合わせると何かと小言言われるし・・・)
(ったく、三並先生もなぁ。新任の頃に比べれば随分ましになったってのに)
(なんであんなに細かいんだろうなぁ・・・)
(ふむ・・・出来れば三並先生と顔合わせたくないからな)
(・・・・・・・)
(よし、このまま六分儀に委員長をやらせよう)

ためらい無い決断。ある意味この男、只者ではない。

(・・・さぁて、どうしようかねぇ・・・)

と、あれこれ思案を巡らせる。実に楽しそうだ。

(・・・・・・・・)
(あれで行こうか?ふっふっふっ・・・。それとも、くくく・・・)
(・・・ま、今回はオーソドックスな手で行くことにしよう)
(あの手は先の楽しみに取って置くことにして、だ)
(さて、六分儀の奴、どんな顔するかな?楽しみだ)

ほくそ笑む方井。
生徒の何人かが不気味に思っているのだが、まったく気付いて無い。

(ああいった、真面目くさった奴の慌てる表情って・・・)
(どうしても見てみたくなんだよなぁ、俺)

それはとっておきのいたずらを実行しようとする子供の表情だった。
楽しくて楽しくてしょうがないらしい。
咳払い一つ、教壇から向き直ると生徒達に向けて話し始めた。

「え〜、聞いての通り、六分儀は委員長をやりたくはないそうだ。
 まぁ、本人のいないところで勝手に決めたのだから、確かに公平ではないな」

そこで区切りを付けて生徒達を見る方井。
一方ゲンドウは先程から続いてる、首筋がムズムズする感覚が止まらなかった。
ヒナによって鍛えられた危険を予知する感覚が、未だに警告を鳴らしている。

何故だ?先生の言っている事は正しいのに。
それなのに首筋の感覚は一層強まって、ムズムズからチリチリする感覚になって来ている。


「という訳で、もう一度委員長を決めようと思う。・・・まぁそう嫌がるな。
 もっとも委員長なんて雑用係好んでやる物好きはおらんだろ。
 俺も立候補待って時間つぶすのもヤだしな。そこでだ」

最後の「そこでだ」で、方井はゲンドウの方をちらりと見る。
ゲンドウの背筋を悪寒が走った。警報は最高潮に達した。

「推薦することにしよう。俺は六分儀にやってもらおうと思う」

ビシっと音を立てて、ゲンドウは固まった。

「はぁ〜い!賛成、賛成。だぁい賛成!!」

方井の提案に真っ先に反応したこの台詞が、誰のものであるか?
説明の必要もないであろう。

「私も賛成します。クラスが楽しくなりそうだし・・・」

ほんわかした口調で、(ゲンドウにとって)無責任な発言をした人物が誰か?
説明の必要があるだろうか。

「よしよし、さすが碇に霧島。
 先週六分儀にやらせようとした時にも全面的に支持してくれただけの事はあるなぁ。
 支持してくれる人がいるというのは嬉しいねぇ」

二人の速やかなる反応に方井は満足そうに頷くと、他の生徒達も見渡す。

(ヒナはともかく、碇さんが!?)

ゲンドウは既に外れかけていた下顎を、地面すれすれにまで外して驚愕していた。
何故かゲンドウの心の中では、天使の微笑みを浮かべたユイの写真が
セピア色に染まって段々と遠ざかっていく気がした。

「ほかおらんか?・・・っている訳無いか。
 誰か推薦したら、逆襲くらって自分も推薦されるからなぁ」

(はっ!?ちぃぃぃ!余計な事を!!この男、ここまで計算していたな?!)

ダブルショックのフリーズからなんとか回復したゲンドウは、内心歯噛みする。
ゲンドウの困惑した顔を見るのを無上の喜びとする小悪魔と、
まったく無意識の内に(と信じたい)合いの手を入れる天使。
無敵のコンビに恨みがましい視線を送りながら、ゲンドウは懸命に打開策を探った。
こういった面倒事の押し付け合いの場合、自分が他の生徒を推薦するとその生徒もこちらを推薦する。
いわば、死なばもろともである。
一方、教師である方井が生徒のゲンドウを推薦しても反撃はくらいようが無い。

(くぅぅ、いくらなんでも教師を推薦する訳にもいかん・・・)
(死なばもろとも、一蓮托生しようにも男子には顔見知りはおろか、誰とも会話すらしてない)
(い、いや、誰でもいい。誰か適当に男子の名前・・・ひ、一人も覚えてない!)

今、自分がとてつもなく寒い事を考えている事に気付かないほど、ゲンドウは焦っていた。
取り敢えず方井への文句は一時中断、いかにしてこの状況の切り抜けるか考えねばならない。

だが、ゲンドウに考える時間を与えるほど方井は寛容ではなかった。

「・・・よし、他にはいないな。と、言う訳で六分儀。お前がやれ」
「六分儀君、おめでとう〜」
「おめでとう〜、おめでとう〜、ゲンちゃん、おめでとう〜」

ぱちぱちぱち、と聞いている方の手が痛くなるほど熱心に拍手をする天使。
おそらくこれ有るを見通して用意したのであろう、紙吹雪を撒き散らす小悪魔。

二人は純粋にゲンドウの委員長決定を喜んでいた。
友人の結婚式を心底祝うような、まったく邪心の感じられない、そんな声だった。
もっともゲンドウにとっては悪魔の笑い声に等しい。

「ぐっっ・・・」

進路も退路も断たれてしまったゲンドウ。返す言葉無く口をつぐむ。

(なんでこの二人はこうも息がピッタリなんだ!?)

天使と小悪魔の仲睦まじさを嘆きつつ、内心では引き受けるかどうかの崖っぷちの判断に迫られていた。

(どうするんだ、本当にやるのか?学級委員なんて単なる雑用係だぞ!?)
(だが今のところ最悪の先生達への印象を良くする事が出来るかも知れない・・・)

プラス面とマイナス面を考える。イエスとノーの天秤は危ういバランスを取っているが、
どちらにも傾いてはいない。

(委員長なんて引き受けたらバイトに影響が出るかもしれないし・・・)

天秤がノーに傾きかける。

(だが、うまくいけば奨学金・・貰えるかも・・・)

今度はイエスに傾く。これで天秤の秤皿に盛られた砂金の量は同じだ。
いくら学生だからと言って、親の遺産にあまり手を付けたくはない。
出来れば自分の力で何とかしたい。

ゲンドウはひたすら自分の考えにのめり込んでいった。



「さて、これで用事はすべて終わった。みんな気を付けて帰るよーに」
「先生ー、小学生じゃないんだからさー」
「はっはっは。じゃあな」


あーでもない、こーでもないと頭を抱えるゲンドウを無視して、
方井はさっさと解散を宣告して教室を出ていった。
残された生徒達も後片付けを終えると、
部活、寄り道、委員会などそれぞれの放課後の為に散って行く。

ただ一人、ゲンドウが教室に残された。




ようやくゲンドウが感情と理性の折り合いをつけてイエスを選択したのは、
方井が解散を宣告してから四十五分と三十六秒後だった。

とうに学級委員の集会は終わっている時刻である。


かくして第一回の集会を無断欠席したゲンドウは、教師間での信用を奈落の底にまで落としてしまい、
内申点を少しでも稼ごうという彼の(せこい)目論見は最初の一歩でつまづいた事をここに明記しておく。




yukinori oguraさんへの感想はこ・ち・ら♪   



やがて訪れる絶望的日々を前におびえる人のコメント

カヲル 「いや〜六分儀ゲンドウ君大爆発ですな〜」

ゲンドウ「・・・・おい」

カヲル 「なんかもうクラスの嫌われ者って感じ〜?(コギャル風)」

ゲンドウ「・・・・おいといってるんだ」

カヲル 「だいたいひねくれ者だからこんな風に嫌われるんだよね〜」

ゲンドウ「おい!」

カヲル 「おや、いたんですか?」

ゲンドウ「何を白々しいことを。そもそも私が嫌われるようになったのはすべて私の責任ではない! それというのもだな」

カヲル 「ん? なんですか?」

ゲンドウ「(辺りをきょろきょろ見回して)ときに・・・・今日は前回のようにゲストを呼んでいると言うことはないだろうな?」

カヲル 「え? 僕には君の言っている意味がよくわからないよ」

ゲンドウ「シンジのまねをするな! だから、その・・・・ユイとヒナは今日はいないんだろうな、と

カヲル 「ああ、あの二人なら今日はどこかに出かけていくと言って家を出ていなかったかい?」

ゲンドウ「そ、そうだったな・・・・いいか、だから私が嫌われている理由は、すべてあの二人のせいではないか!」

カヲル 「ほほう、そうなのかい?」

ゲンドウ「私自身は何もしていないのに、「ヒナと話をしている」「ユイと話をしている」などと言われて、いったい私にどう責任をとれと言うのだ!」

カヲル 「しかし責任といっても、こんなことをしていたらね〜」

ゲンドウ「こんなこと?」

ヒナ  「げぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜んちゃん♪(だきっ!)」

ゲンドウ「うげぇっっ!! またヒナか!!

ヒナ  「だからアタシに隠れて何してるのよ〜♪」

ゲンドウ「だから私に抱きつくんじゃないと何度も言っているだろう!」

ヒナ  「まあまあ、袖すりあうも多少の縁っていうじゃない〜♪」

ゲンドウ「言ってることとやってることの意味が全然ちがうっ! だから離れろと言うのに!」

カヲル 「これじゃあクラスの男子に嫌われるのも当然だね〜」

ゲンドウ「こら!今日は二人はゲストにきていないと言っていたじゃないか!」

カヲル 「え? 僕はゲストで呼んでいないなんて一言も言ってないよ」

ゲンドウ「二人でどこか出かけたって言ったではないか!」

カヲル 「ええ。二人でゲスト出演に出かけたって知っていると思ったんで、そこまで言わなかったんだけどね」

ゲンドウ「そういうことははっきり言え! ・・・・って二人でゲスト出演・・・・ってことは・・・・」

ユイ  「あらあらまあまあ、ちょっとシンジに電話している間に、ずいぶん楽しいことになっていますわね(にっこり)」

ゲンドウ「ユイ! これは誤解だ、だからだな!」

ユイ  「そうそう、ちょっとシンジのところに用事ができたので、今日はこれで失礼しますわね」

ゲンドウ「ユイ、聞いてくれ!」

カヲル 「シンジ君によろしく言っておいてください」

ゲンドウ「ユイ! だから私は自分から望んでこうなったわけではないのだ!」

ユイ  「はいはい、ちゃんと伝えておきますわね」

ゲンドウ「これはすべてカヲルとヒナが仕組んでいることなんだ〜!!」

ユイ  「それじゃ、失礼しますわね〜」

ゲンドウ「ううう、完全に無視されてる」

ユイ  「あ、そうそう、あなた♪」

ゲンドウ「ユイ! 気づいてくれたか! だからだな・・・・」

ユイ  「今月のお小遣い千円、机の上に置いておきますからね〜」

ゲンドウ「せ、せんえん・・・・」

ユイ  「さぁーて、今日も二人分の晩御飯、作りに行かないと〜」

ゲンドウ「やっぱりこのパターンか・・・・だばだば(落涙)」


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