縁日の人混みの中を子供達がはしゃぎ回る。
初めての浴衣姿にすっかりご満悦の様子だ。
大人達は笑みを浮かべ、子供達の後を歩く。

シンジは幼なじみ2人よりも、
初めて見る母親達の浴衣姿に目を奪われてしまう。
母ユイと、アスカの母キョウコ、レイの母ケイ。
訳もなく胸が高鳴る。
そんな自分に子供ながらもシンジは困惑してしまう。

アスカとレイにとって、シンジの視線が自分達に向かないコトが、
とても癪だった。
アスカは迷わず実力を行使する。
シンジの両耳をむんずと掴むと、無理矢理自分の方を向かせる。

「シンジ! こっちみろ!」
「イタイ! イタイ! やめてよ、アスカ。イタイったら」

アスカはシンジの抗議に全く耳を貸さない。
どうにも幼い怒りが収まらないようだった。
一方、レイはシンジの袖をぎゅっと握り締め、潤んだ瞳で訴えた。

「シンちゃん。アタシをみて」

女の子2人にもみくちゃにされる息子に近づいたゲンドウはニヤリと笑い、
低い声で呟いた。

「モテるな、シンジ。さすがは私の息子・・・・!!」

突然声にならない叫びを上げたのは、たおやかな指が信じられない力で、
ゲンドウの背中をつねったからだった。

「ゆ、ユイ・・・・」

恐る恐る振り返ったゲンドウが目にしたのは、
満面に笑みを浮かべた彼の愛妻だった。
しかし、その魅惑的な笑みに冷たぁ〜い汗が流れるのを
ゲンドウは感じたのだった。

「あ、その、・・・・これは、だな」
「言い訳は要りません! なんですか、子供相手に!」
「す、すまん。私がわるかった! だから、タタタタァ」

まさに連行される、と言うのがふさわしい様だった。
子供達は、ただぽか〜んと眺めるだけだった。





Welcome
第14話
トライアングル





「ね、花火見に行こ!」

夏休みも終わりに近付いたある日の朝。
いつものように碇家のリビングに現れたアスカの第一声だった。

「花火?」

卵焼きを口へ運んでいた箸を止め、レイが首を傾げる。

「そ。今日この辺りで今年最後の花火大会があるんだ」
「エ? それって、もしかして昔一緒に行ってた・・・・」
「ピンポーン! よく覚えてたわネ、レイ」
「だって、あんな大きな花火大会、田舎じゃなかったモン」
「あ、そうかもネ。この辺りでも最大級だモノ」
「わぁ〜〜!! 行きたい、行きたい!! ネ、シンちゃん!」

いつものように話の展開に乗り遅れていたシンジを振り返って、
レイは同意を求める。
本人は意識していないのだろうが、
その口調には有無を言わせぬモノがあると評判だった。
そして、シンジの返事はいつもと同じ。

「う・・・・うん・・・・」

シンジの快い(?)了承を得てレイは張り切った。

「よぉ〜し、けってぇ〜い! それじゃ、シンちゃん、アスカ。
 ちゃっちゃと宿題片づけて、早目に出掛けましょう!」


「あら、何の相談?」

ちょうどその時リビングに顔を出したユイが、笑顔で問い掛ける。

「あ、おば様。おはようございます」
「おはよう、アスカちゃん」
「あのですね、今日花火見に行こうってコトに・・・・」
「まぁ、花火!」

レイの説明をユイの声が遮る。

「いいわねぇ。最後に行ったのって、私いつかしら・・・・
 あ、それで準備はいいの? アスカちゃん、レイちゃん」
「「準備?」」
「花火見物と言えば、やっぱり浴衣でしょ?」
「「あ!」」
「あら、あら。考えてなかったの?」

虚を突かれたアスカとレイはお互い顔を見合わせ、
期せずしてシンジの方へと視線を転じた。

「な、何?」

シンジは2人の視線に情けなくも後ずさってしまう。
2人の脳裏に何が浮かんだのかは想像に難くない。
アスカとレイは縋るような表情でユイの方に顔を向ける。
ユイはその様子にヤレヤレといった表情を浮かべて、
視線でレイに問い掛けた。

「アタシ・・・・、浴衣・・持ってない・・・・」
「アスカちゃんは?」
「あるけど・・・・、小さくなっちゃった・・・・」

ふう、と大きな溜息を付くと、ユイは2人に向かって宣言した。

「それじゃあ、行きましょう」


目をパチクリして、2人はまたも顔を見合わせる。

「あのぉ、・・・・行くって、どこへ?」

レイが尋ねる。

「もちろん、お買い物よ。新しい浴衣、2人にプレゼントするわ」
「え!? いいんですか?」
「あら、要らない?」
「いえ! とんでもないですぅ! ありがとうございます!」

レイは身体いっぱいで嬉しさを表現した。
飛び上がらんばかりの様子のレイを横目に、アスカはユイに尋ねてみる。

「アタシもいいんですか? おば様」
「ええ、アスカちゃん。アナタも浴衣姿、見せたいんでしょ? 誰かさんに」
「え、あ、その、あ、ありがとうございます」

ユイの少し意地悪そうな笑いを含んだ言葉に、
首まで朱に染めながら、それでも嬉しそうにアスカは応えた。

(らぁっきぃ〜い!!)

などと、心の中では叫んでいたが・・・・


「それじゃあ、11時頃に出掛けましょう。お昼、奢るわ」
「「はぁ〜〜い!!」」
「じゃあ、留守番お願いね、シンジ」
「え? あ、は、はい・・・・」
「えぇ〜〜!! シンジも一緒じゃあ・・・・」

途端にアスカは不満そうな声を上げる。
ユイはにこやかに言った。

「楽しみは後に取っておいた方がいいのよ。ね、シンジ」
「え?」
「2人がどんな風に変身するか、期待してなさい」





アスカとレイは、時間までシンジに付き合ってくれた。
シンジは夏中をかけて2人に施された水泳の特訓でくたくただった。
それゆえ、2人に比べて宿題の進行はずっと遅れていた。
とっくに完成させてしまっているアスカとレイは、
心からの好意でこの日もアレコレと口を挟み、助言する。
ただし、シンジの為にならないからと決してノートは写させてくれない。

「そろそろ行きましょう」

階下からユイの声が聞こえてきて、2人は残念そうに席を立った。
一方、シンジは心からホッとした様子だった。

「それじゃ、シンちゃん。行って来るネ」
「ちゃんとやんなさいよ。シンジ」
「分かってるよ。・・・・うるさいんだから、アスカは
「なぁあんですってぇ〜っ!!」
「え、いや、その、あの・・・・」
「ほら、ほら。行くわよ、アスカ。
 シンちゃん、楽しみにしててネ。アタシの浴衣姿」
「んとにもう。・・・・待ってなさいよ、シンジ。
 アタシの魅力、再確認させてあげるんだから!」
「・・・・い、行ってらっしゃい・・」

アスカもレイも期待に胸膨らませ、
笑いさざめきながらシンジの部屋を後にした。


2人が出掛けた後。
シンジはとりあえずアスカの言い付けを守って、宿題を続けた。
帰ってきたら、必ずアスカがチェックを入れるのは目に見えている。
まあ、何にしろやらなければいけないコトだし、
シンジは黙々と問題を解いていた。

どれくらいそうしていたのだろうか。
ようやく調子が出てきた頃、階下からゲンドウの声が聞こえた。
シンジを呼んでいるようだった。

「どうしたの? 父さん」
「・・・・腹が減った」
「え?」
「腹が減ったと言った」

キョトンとしたシンジに、ゲンドウは右手に持ったモノをを差し出す。
シンジは思わず受け取り、広げてみると・・・・
胸の所にヒヨコの絵と『PIYO PIYO』と書かれたエプロンだった。

「・・・・これを着て、ボクに作れって言うの?」
「そうだ」
「いやだよ。今、宿題やってるんだから・・・・」
「作るのなら早くしろ。・・・・でなければ、帰れ!」
「・・・・やります。ボクが作ります」

そして、10分後。
ダイニング・テーブルには、3菜1汁とホカホカのご飯が2人分並んだ。
その光景にゲンドウはしばらく無言だった。
それから、いつものように眼鏡の下に表情を隠して、ぼそりと呟いた。

「・・・・よ、よくやったな。シンジ」
(い、いつの間に、これだけの腕を! ま、負けん。負けんぞ、私は!)

この日、碇家の夜の食卓は異様に豪華だったという。





きゃいきゃいと2人のはしゃぐ声がリビングまで聞こえてくる。

「おば様、苦しい・・・・」
「我慢なさい、アスカちゃん。
 これくらいじゃないと、すぐに緩んじゃうわよ」
「帯、曲がってませんか?」
「大丈夫よ、レイちゃん。かわいいわよ」
「エヘヘ、そうですかぁ?」
「さ、出来上がり。よく似合ってるわよ」
「ホントですか?」

アスカは早速鏡に向かって、確認する。
しげしげと覗き込み、1つウィンクしてから、満足そうに頷いた。

「カッコいい、アスカ」
「ちょ、ちょっとぉ。何すんのよ、レイ」

楽しそうにジャレ合う2人。
そんな2人にお構いなくユイは、
含み笑いしながらシンジに声を掛ける。

「いいわよ、シンジ。いらっしゃい」
「エ? そ、そんな、おば様」
「待って、待って。まだよ、シンジ!」

アスカとレイは慌ててエリ元やスソの乱れを直し、
居ずまいを正した。

「もういいわね? じゃあ、入って。シンジ」

部屋に入ったシンジの目に飛び込んできたのは、
可憐で清楚な大和撫子2人。少なくとも見た目には。

アスカは朱色の生地に朝顔の花。

レイは藍色の生地に鉄鐵の花。

ユイの見立てはさすがだった。
浴衣は2人の少女の魅力をそれぞれ充分引き立てていた。

「ホラ、シンジ」

ぽぉ〜〜っと見とれるシンジに、ユイが促す。

「え? 何? 母さん」

我に返ったシンジは、ふと2人の熱い視線に気が付いた。
そして、ユイの言葉を理解した。

「あ、そ、その、・・・・2人とも、・・・・すごく、
 ・・・・エと、その、き、キレ・・イ・・・・だよ」

切れ切れの声はかすれて、消えてしまいそうだった。
それでもアスカとレイの耳には、はっきりと聞こえた。

「「ホント?」」
「う、うん・・・・」

いつもの芸のない台詞だったが、シンジにはそれが精一杯なんだと、
アスカもレイも解っている。
そして、シンジの様子から、本当に自分達をキレイだと思っているんだとも解る。
それはとても嬉しいコトだった。思わず頬がほころんでしまう。

そんな微笑ましい光景にユイは、
つい(シンジにとって)余計なコトを言い出してしまう。

「シンジ。女の子を褒めるのに、2人まとめてはないわよ。
 ちゃんと一人一人に向かって、キチンと褒めてあげなきゃ」
「か、母さん!」

思わず抗議の口調になるシンジだったが、恐る恐る振り返ると、
アスカとレイはさらに熱い視線を送っていた。

ゴクリ

喉を鳴らすと、シンジは覚悟を決めた。
撫子2人を前に、シンジはしどろもどろになりながらも、
思い付く限りの言葉で、2人の魅力を褒め続けた。
撫子達が満足するまで・・・・





浴衣にゲタを履いてアスカとレイは玄関口でシンジを待っていた。

「ホラ、行くわよ。さっさとしなさい」
「ちょっと待って、アスカ」
「何やってんの? シンちゃん」
「天気予報。夕方から降水確率60%だって」
「だから何よ。どうせ当たんないわよ」
「でも、一応用心してた方が・・・・」
「アタシは無駄なモノ持たない主義なの」
「そう、・・・・綾波は?」
「アタシもいい」
「もう、行くわよ」
「あ、待ってよ。アスカ」


開始まで随分と時間はあるが、その前に縁日を楽しもうという人でいっぱいだった。

「全く! なぁんで、こんなにいっぱい人がいるのよ!」
「ぼ、ボクに言われても・・・・」

人混みにもみくちゃにされて、会話するのも一苦労だった。
アスカとレイは、はぐれたりしないようにと、
恥ずかしがるシンジを無視して、しっかりシンジと手をつないでいる。
相変わらずアスカの悪態は続いていた。

「ホ〜ント、世の中って暇人ばっかし」
「そんなコト言ったって、ボクらもそうなんだし・・・・」
「何か言った!?」
「あ、その、べ、別に・・・・」
「もう、アスカったら、ワガママぁ。子供の頃とぜぇん然変わんないのネ」
「何ですってぇ!」
「アラ、ホントのコトじゃない。反論できる?」
「うぅ・・・・。! シンジ、何ニヤつてんのよ!」
「そんな・・・・ボクは、別に・・・・」
「アスカ。シンちゃんに八つ当たりしないで!」
「何よ。ばかシンジ」

と言いながらも、シンジの手を離そうとはしないアスカであった。


他愛もない会話を繰り返しながら、道端一杯に立ち並ぶ夜店を、
シンジ達はあちらへ、こちらへ、ふらふらと覗いて回る。
どれくらい経った頃だろうか。突然アスカが悲鳴を上げた。

「キャーーっ!! チカン! 何すんのよ!!」

言うが速いか、振り向き様にアスカの掌がうなった。

パーン

乾いた音が響き渡る。

「す、すすすんません! わ、ワザとやないんです!
 ゲタでけつまづいて、その拍子で・・・・って、なんや惣流か」

まさに平身低頭といった感で謝罪していた人物は、
相手がアスカと気付くと、途端にぞんざいな口調になった。

「鈴原!」
「よりにもよって、惣流のケツに触ったんか。たまらんなぁ」
「なぁんですってェ!!」
「や、や、や、スマン。ホンマ、ワシが悪かった。許したってくれ」
「トウジ!」
「なんや、シンジ。おったんか。綾波もか?
 ええなぁ、相変わらず両手に花か」
「そんなんじゃないよ! ・・・・でも、トウジ。
 どうしたの? そのカッコ」

シンジの指摘でアスカもレイも改めてトウジを見やり、そして驚いた。
いつもいつも、ジャージしか着ない(いつだったか、ジャケットを着たコトが、
一度だけあったが)鈴原トウジがなんと浴衣姿だったのだから。

「どうしたの? 鈴原」

聞き覚えのある声に3人は、アレ?っといった表情を浮かべて振り返った。

「ヒカリぃ!?」
「委員長?」
「洞木さん?」

3者3様の声が同時に上がった。

「エ? あ、アスカ、碇君、綾波さん」
「どうしたの? ヒカリ・・・・」

アスカは質問の続きを飲み込んだ。
当人に聴かずとも、トウジとお揃いの浴衣を着込んだヒカリの姿を見れば、
大概の人はピンと来るモノだ。
アスカとレイは、その大多数の例であり、シンジは希少な例外だった。
シンジはこういった点で妙に鈍感になるコトがある。
この時がそうだった。

「アレ? どうしたの、2人とも。お揃いのカッコして」

シンジの言葉にトウジとヒカリは同時に真っ赤になってしまった。

「シンジ。アンタ、ワザと言ってんの?」
「え? 何が?」

アスカの言葉にシンジはキョトンとした顔をする。
アスカも、そしてレイも、これには呆れてしまった。

(ホント、お子様なんだから・・・・)
(シンちゃんって、・・・・鈍感)

「シンジ! おんどりゃ!」

唐突にトウジがシンジのエリ首を掴んで、締め上げる。

「ちょ、ちょっと、トウジ。く、苦し・・・・」
「鈴原君、やめてよ。本気で首締まってる。
 ホラ、デートの邪魔しないから、ネ」

レイの一言で、再びトウジとヒカリは首まで朱に染まった。

「あ、ああああ、あや、綾波。おのれ、な、なんちゅうコトを・・・・」
「そ、そうよ、綾波さん。あ、アタシ達、別にデートなんかじゃ・・・・」
「別に隠さなくたっていいじゃない、2人とも。
 お似合いなんだから。ネ、アスカ」
「エ?」

珍しく話の展開に乗り遅れたアスカだったが、
レイの言葉で我に返ると、ニンマリと笑みを浮かべた。

「そうね。こう見せつけられちゃ、こっちはたまんないわよ。
 でも、ヒカリも隅に置けないわ、まったく」
「おのれら、2人とも・・・・」
「行きましょ、鈴原」

言い返そうにも言葉にならないトウジの手を取ると、
ヒカリは頬を紅潮させたまま、人混みに消えて行った。

「あ〜〜あ、行っちゃった」
「洞木さん・・・・かわいい」
「からかいすぎだよ、2人とも」
「いいの、いいの。あれくらい。幸せ者の宿命よ」
「そういうコト。あぁ、いいなぁ、洞木さん・・・・」

レイは、そしてアスカも、いわく在り気な視線をシンジに向ける。
シンジは卑怯にも気付かないフリをした。


「ね、ねぇ、そろそろ行こうよ」

シンジはいつまでもトウジ達が消えた辺りを眺めているアスカとレイに声を掛けた。

「エ? あ、そうね。いい場所無くなっちゃう」
「うん、そうしましょう」

気を取り直して、3人は人波に揉まれながら歩き出した。
それからいくらも経たぬ内に、再び見知った顔を見つけた。

「ミサト先生?」
「加持先生!」

アスカとレイの声に対する2人の反応は好対称だった。

「あっちゃぁ〜あ! こぉ〜んなトコ、見つかるなんてェ〜!!」
「お、アスカ君。それから綾波君か。2人ともよく似合ってるよ」

少し躊躇いがちな声でシンジが尋ねた。

「あのぉ、・・・・デート、ですか?」

この時見せた4人の表情は筆舌に尽くし難い。
全く誰にも予測し得ないようなシンジの言葉だった。
普段のシンジなら、こんな不躾な台詞は使わない。
この時は嬉しさの余り、ストレートな表現になってしまったのだった。

シンジは今も忘れられない。
あの日の出来事。

加持からミサトへ最後の伝言。
ミサトの涙。

素直になれなかったミサト。
幸せになれなかった2人。

出来得ることなら・・・・
この世界では、幸せになって欲しい。
それはシンジの心からの願いだった。


「お、いいコト言うねぇ、シンジ君」

速やかに精神の再建を果たした加持がいつもの軽い調子で応えた。

「ちょ、な、なな、何言ってんのよ! シンジ君」

年甲斐もなく真っ赤になってミサトが叫ぶ。
加持は苦笑気味に話を続けた。

「ま、そんなにムキになるなよ、葛城。
 今日は2人とも出勤日でね。
 帰りが一緒になったんで、せっかくだから花火見物に来たのさ。
 そう言えば、知ってたかい? 3人とも。
 ラストの大玉、今年限りだそうだよ」
「えぇ〜!! アレが一番の楽しみなのにィ! どぉしてェ〜!!」

憤懣やるかたなし、といった感じでアスカが大きな声を上げる。
シンジとレイはびっくりしてアスカの様子を窺った。

「ま、しょうがないさ。
 この辺りも随分開発が進んだから、あんまり大きな奴は危ない、てね。
 実際今や会場のそばも住宅で一杯だ。昔は畑が広がってたんだけどな」
「はぁ〜っ。だから日本はイヤなのよ。
 人でいっぱいになったからって、
 首都移したのに人も一緒に移って来るんだモノ。
 これだから日本人はダメなのよねェ」
「ま、そんなワケだから、今日はしっかり楽しみな」
「「「はい」」」

加持の言葉に対する3人の返事は、見事にユニゾンした。
ここでようやくミサトも担任らしい言葉を発した。

「いい? あんまり遅くなんないのよ。それから・・・・アスカにレイ」
「何?」
「何ですかぁ?」
「隙を見て、シンジ君茂みに押し倒したりしちゃダメよ」

ミサトはそう言うとニヤリと笑った。

「な、何てコト言うのよ! アンタ!」
「アタシ、そんなコト、しない!」
「あはは、冗談よ。冗談。それじゃ、気をつけてね」

速やかに機嫌を直したミサトは加持と一緒に歩いて行った。
残された3人の顔は見事に真っ赤だった。





「あ、あそこ! どう?」

レイが嬉しそうな声を上げる。

「ん! いいわね。ちょうど真正面だし」
「行こ! 行こ! シンちゃん!」
「あ、綾波! そ、そんなに引っ張らないで・・・・」
「あぁ! ズルい! レイ」
「ベー、っだ!」

シンジの腕を抱きかかえたまま、レイは走り出した。
レイに引っ張られて走るシンジをアスカも追いかけ、
その右腕に自分の腕を絡める。
いつものように笑い合うアスカとレイ。
シンジは少し困ったような、照れた顔。
いつの間にか定位置となっていた。
シンジを真ん中に、アスカがその右、レイが左。
楽しそうに開始までの時間をお喋りで過ごす。
勿論、シンジはほとんど頷くだけだったが・・・・

「あ! アスカ、ちょっと・・・・」
「ん? 何? レイ」
「あのネ・・・・」

そう言ってレイは、シンジの頭越しにアスカに耳打ちをする。

「あ〜! そうね」

怪訝そうな表情で頭上を伺っていたシンジの耳にアスカの声が届く。

「シンジ」
「な、何? アスカ」
「ちょっとココで待ってなさい。動いたら殺すわよ!」
「え? 2人とも何処か言っちゃうの?」

思わずシンジは心細げな声を出してしまう。

「いいから! 黙って待ってなさい!」

(アレ?)

アスカの態度にシンジは何か思い当たった。

「あ、ひょっとして、・・・・トイレ?」

パーン!

「ば、ばかシンジ! いつもはニブいクセに、なぁんでこんな時だけ・・・・」
「アスカ、アスカ」

レイの呼び掛けに我に返ったアスカは、急に黙って歩いて行った。
シンジの眼にも首まで赤くしているのが、はっきり判った。
レイはクスクス笑いながらアスカの後を追い掛け、
ふとシンジの方を振り返ってひらひらと手を振って見せた。


「おっ待たせェ! シンちゃん」
「遅かったね、2人とも」
「も、たぁい変! すっごくたくさん並んでるんだモノ。
 イヤになっちゃう。・・・・ハイ」
「え? あ、・・ありが・・とう」

レイから渡されたたこ焼きを受け取ったシンジはモゴモゴと礼を言った。
そして反対側から突き出された手に驚いた。

「ま、待たせたから、その、お詫びよ。ホラ、早く取んなさいよ!」
「ありがとう、アスカ」

照れくさいのか、つっけんどんにアスカが差し出したのは、
紙コップに盛られたイチゴシロップのかかったかき氷だった。
シンジは驚きながらも、嬉しそうに2人の好意を口にした。

(お祭りって、楽しいんだ!)

シンジは心からそう想った。





ようやく辺りが暗くなった。
周りは人でギッシリいっぱいだった。

アナウンスが開会を告げる。


ドン

ひゅるるるるるるるる

パーン

最初の花火が打ち上がった。
未だに明るさの残った夜空に紅の花が咲いた。

ドン、ドン、ドン。

パ、パ、パン。

3連発。

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、・・・・

パパパパパパパパン!

8連発。


「ふぁ〜〜」

レイの気の抜けたような声にチラリと眼を横にやると、
そこにはポカ〜ンと、空を見上げるレイの無防備な顔があった。

ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!

パッ! パッ! パッ! パッ! パン!

さらに威勢のいい音が響き、シンジは再び空を見上げた。

赤、青、黄、紫、朱、金、銀、・・・・

色とりどりの花びらを惜しげもなく辺り一面にまき散らす。
それは自分に向かって降り注いでいる、そんな気にさせる。
手を伸ばせば、簡単に手が届きそうな気がする。

ふいに静寂が訪れる。
それから、割れんばかりの拍手。


シンジは初めて目にする光景にすっかり魅せられていた。
周囲のように拍手するコトさえ思いつかない。

「わぁ〜〜! すごい! すごい!!」

すっかり興奮したレイは大きな声を上げ、思い切り拍手する。

「ア〜ラ。まだまだ、こんなモンじゃないわよ。
 ラストは、もっとすごいんだから」

訳知り顔でアスカが口を挟む。
それでも、やはりその声に興奮を滲ませていた。

「う〜ん。やっぱり花火って、生で見るのが一番ねェ!
 ネ、シンちゃん! ・・・・あ、次が始まっちゃった」


ドン、ドン、ドン・・・・

シンジは魂を奪われたように、ただ空を見上げ続けた。





プログラムの半分程を消化した頃。
頬に冷たい感触を覚えて、シンジは我に返った。

「雨?」

周囲の見物客も気付いたようだ。
それまでと異なるざわめきが拡がっていた。

ポツ、ポツ、ポツ・・・・

唐突に降り出した雨が乾いた地面を跳ねる。
人々の薄い夏服も濡れそぼつ。

「あ〜〜っ! ヤダ、雨よ、雨! どうすんのよ!」
「や〜ん、せっかくの浴衣〜っ!!」

アスカとレイも騒ぎ始めた。
シンジは背負っていたカバンに手を突っ込んだ。

「アスカ、綾波。コレ・・・・」
「あ、傘。持って来てたんだ、シンちゃん」
「さぁ〜すが、シンジ。小心者は準備がいいわよねェ」

アスカの言葉に苦笑しながら、キレイに折り畳まれた傘を差し出す。

「2人で使ってよ」

シンジがそう言うと、2人はシンジの顔を覗き込んだ。
それから差し出された傘に視線を移し、そして互いの顔を見やった。
その様子に戸惑いながらも、シンジは言い訳するように言葉を続けた。

「コレ、3人は入らないんだ。小さくて・・・・」
「アンタが持って来たんだから、自分が使いなさいよ」
「そうよ、シンちゃん」
「でも、2人とも新しい浴衣・・・・」
「いいから、シンジが使うの! ・・・・でも、・・2人は入れるのよね・・・・」

そう言うとアスカは、そしてレイも曰くあり気な表情でシンジを見る。


ソレッテ・・・・

2人は自分で使えと言っている。
2人入れるとも・・・・

ソレッテ、ボクニ、エラベッテコト?
フタリノウチ、ドチラカヒトリヲ、エラベッテコト?

出来ないよ。
ボクにはそんなコト、出来ないよ。
ボクにそんな資格が有るの?
そんな傲慢なコト、ボクにそんな権利、有るの?

ボクニハ、エラブコトナンテ、デキナイヨ!
ボクニハ、ダレカヲ、ステルコトナンテ、デキナイヨ!

誰も見てくれなかったボクを見てくれる。
父さんに捨てられたボクを好きだと言ってくれる。
そんな2人をボクは大切だと想ってる。
いつまでも今のままで居たい、そう願ってる。

デモ、ドチラカヲ、エラバナイト、イケナイノ?
ドチラカヲ、ステナキャ、イケナイノ?

ボクニハ、ソンナコト、ゼッタイ、デキナイヨ!

アスカとレイは期待と不安に満ちた目でシンジを見ている。
黙ってシンジの様子をうかがっている。
この沈黙は、シンジにとって耐え難かった。


その時

ドン!!

ひゅるるるるる

バン!!

ジュ、ジジジ・・・・

しとしとと降り続ける雨の中、花火が空に大輪の花を咲かせた。


「花火って・・・・雨の中でも上がるんだ・・・・」

数瞬の沈黙の後、アスカがポツリと呟いた。

「何だか不思議な光景ね・・・・」

レイは誰にともなくささやいた。


花火は間隔を狭め、次々と打ち上げられる。
雨空に次々と大輪の花を咲かせる。
シンジはひたすら空を見つめていた。
背中に廻された両手は誰も差せない傘が握り締められている・・・・

「そろそろよ・・・・」

アスカが小さく呟く。
フィナーレの到来。

ダン! ダ・ダン!! ダン! ・・・・

ひゅるるひゅるひゅる・・・・

バン! バ・ババン!!

ジュジジジジジ・・・・

これまでラストでのみ使われていたような大物が、
押し気もなく始めから連発される。

期待が高まる。
大会のフィナーレ。
最大のクライマックス。

打ち上げの瞬間が刻一刻と近付いてくる。


半瞬の沈黙の後。

ズダン!!

ひゅるるるるるる

バン!!

ジュ、ジジジジ

墨を流したような虚空に巨大な真円が形作られる。
視界一杯に大輪の花が咲き誇る。
光の花びらは次々と色を変えながら、さらに拡がりを見せる。
そして満開を過ぎ、キラキラと残滓を煌めかせる。
やがて静かに闇に消えていった・・・・

1発。2発。3発。・・・・

その音は地面を揺るがし、人々の身体を直接振動させる。
その迫力に全ての人々は飲み込まれてしまった。

そして、静寂。
唐突な終わり。
我に返った人々は、この日一番の喝采を送った。
アナウンスが閉会を告げる。
人々は、ようやく雨が降り続いていることを思い出し、
慌てて家路を急ぎ出す。


シンジは、ただ空を見つめていた。
先程まで大輪の光の花が咲き誇っていた空間を。

「シンジ」
「シンちゃん」

アスカとレイが同時に声を掛けた。

「・・・・」

シンジは振り返り、2人の顔を等しく見つめた。
そして、1度大きく深呼吸をしてから、いつもの笑顔を見せた。

「ラスト・・・・凄かったね。こんなに凄いなんて・・思ってなかった・・・・。
 今年限りって・・・・淋しいね」
「・・・・うん」
「そ、そうね」

ぎこちない返事を返すアスカとレイ。
シンジは言葉を続けた。

「その、・・・・帰ろ。遅く、なっちゃう・・・・」

2人とも無言で頷くだけだった。
そして、人波にまぎれて3人はゆっくりと、家路を辿っていく。

不自然な沈黙。
誰もさせない傘が1つ。
シンジを挟んで・・・・
右にアスカ、左にレイ。
視線を逸らし、雨に濡れながら、
並んで歩いて行く・・・・

「アタシ・・・・傘ってキライ」

突然アスカが呟いた。
シンジもレイも、アスカの方へと振り返る。
しかしアスカは知らぬ気に、ただ真っ直ぐ前を見て歩き続ける。

再び、沈黙。
今度はレイが呟いた。

「コレくらいの雨・・・・気持ちいいよネ・・・・」

シンジは何も応えられなかった。





「まぁ、まぁ。どうしたの? びしょぬれじゃない、3人とも」

それが碇邸の玄関をくぐった3人を出迎えた、ユイの第一声だった。

「とにかく早く着替えなさい。風邪ひいちゃうわ。
 ああ、お風呂わいてるから、先に身体暖めた方がいいわね」
「じゃあ、2人が先に入ってよ。待ってるから」

ユイの言葉にシンジがそう口添えた。

「でも・・・・」
「シンちゃんは?」
「ボクは後でいいから。早く行きなよ」

パタパタと戻って来たユイに渡されたタオルで頭を拭きながら、
シンジはぎこちなく微笑むと、階段を上がって行った。

「「ありがと・・・・」」


碇家の風呂は随分と贅沢なモノだった。
湯舟は総ヒノキ造りで、大人2人が楽に入れる広さがある。
アスカとレイは、言葉少なにお湯に浸かっていた。


「あっつうぅい!!」

そう叫ぶとアスカは、ザバッ!と勢い良くお湯から上がった。
すっかりゆだってしまったアスカの肌は、桜色に染まっている。

「よく平気ネ、レイ」
「そう? ちょうどいいよ」
「アタシの肌はデリケートなの!」
「ふぅ〜〜ん」

レイはすっと手を伸ばした。

「ちょ、や、やあだぁ。変なトコさわんないでよ!」
「わぁ! アスカの肌、ぷくぷくしてて気持ちいい!」
「も、いい加減にしなさいよ!」
「キャハ!! やめてよぉ、アスカぁ」
「ハン! お返しよ。ベェーっだ!」
「そっちがその気なら、・・・・これでどうだ!?」
「ちょっと、やん! レイったら」

ひとしきりはしゃいだ後の虚脱感が漂う。
そんな中で、レイが語り掛けてきた。

「ね、・・・・アスカ」
「何?」
「アタシね、シンちゃんのホントの気持ち、知りたかったんだ。
 アタシとアスカ。シンちゃんにどちらか選んで欲しかった・・・・」
「うん・・・・」

レイは浴室の床にぺたりと座り込み、湯舟にもたれかかっている。
そして湯舟に載せた右手で、パチャパチャと軽くお湯を揺らしている。
そんな横顔をアスカはジッと見つめていた。

「早く楽になりたかったんだと思うの。
 ・・・・でも、何焦ってたんだろうね、アタシ達。
 まだ中学生なのに・・・・
 これから、いっぱいいろんな人と出会って、
 いろんなコト経験して・・・・そして、大人になって・・・・」
「レイ・・・・」
「だからネ、思ったの。
 大人になってから決めればいいんだって。
 大人になったシンちゃんに選んでもらえばいい・・・・
 それまでは、子供のままで、今のままでいてもいいんじゃないかって。
 ・・・・ううん、今のままで、今の関係でいたい・・・・」
「そうね・・・・。アタシも・・・・よ」
「だから、その時まで、素敵なライバルでいましょう!」
「もちろん! 負けないんだから!」

そう宣言すると、2人はにっこり笑い合った。


「ハックション!」
「え!?」
「し、シンジ?」
「ご、ゴメン! その、べ、別に覗いてないし・・・・
 立ち聞きしてた訳じゃないんだ。
 ただ、その、・・・・まだ上がんないのかなって、は、は、ハックション!」

ぷっ・・・・、クスクス、アハハハ・・・・

2人の笑いは止まらなくなった。
あまり笑いすぎて苦しくなってくる程に。

「あはは・・・・ま、待ってなさいよ。すぐ上がるから」
「クスクス・・・・それとも、今すぐ、一緒に入る?」
「!! じょ、冗談言わないでよ、綾波!
 そ、それじゃあ、部屋で待ってるから、上がったら声掛けてよね」

シンジの様子が目に浮かぶ。
また、大きなくしゃみが聞こえてきた。
2人は、涙を流して笑い続けた。


<第2部完>

第3部へ続く

作者のあとがきへ




みきさんへの感想はこ・ち・ら♪   


隠れるような某人物のコメント

ゲンドウ「シンジめ・・・・今に見ているがいい・・・・。むむ、ごほん。あーあー、本日は晴天なりー。隣の客はよく柿食う客だ。む、よし。 シンジのやつがなぜが料理がうまい。しかしそれでは私の父親としての威厳はなくなってしまう。他人の力を借りるのは本意ではないが、ここは一発、シンジの度肝を抜くような料理を作らねばならぬ。そこで募集だ。すばらしい料理のレパートリーを持つ人は、私宛にその製法を教えるのだ。テーマは・・・む、「ゴージャス」だな。これこそが私にふさわしい。送るか送らないかはっきりしろ。とにかく送るのだ。・・・と、そうそう。参加資格を決めていなかったな。参加資格は、「美女」だ。それ以外のメールは認めん。いやならば帰れ!」

ユイ「あぁなぁぁたぁぁぁぁぁぁぁ」

ゲンドウ「げ・・・ユ、ユイ・・・・聞いていたのか!?」

ユイ「なにが「ゴージャス」ですか! 私がいなければ自分のパンツの場所もわからないくせに! ゴージャスゴージャス言うのなら、まずあのしましまパンツを何とかしてください! 馬鹿みたいに何十枚も同じものを買って!」」

ゲンドウ「馬鹿を言うな。しましまパンツこそが親父の証

ユイ「それになんですか、その「美女」限定っていうのは!」

ゲンドウ「そ、それはだな」

ユイ「いいわけはじぃぃぃぃぃぃっくり聞きましょうか」

ゲンドウ「・・・・冬月先生、後は頼みます」

ユイ「なに逃げようとしているんですか。冬月先生は今日は定例の「盆栽友の会」でお休みです!」

ゲンドウ「冬月・・・・渋すぎるぞ・・・・」

ユイ「さあああて、じゃあ聞かせてもらいましょうか〜」

ゲンドウ「うぐ・・・・汗」


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