「いらっしゃいませ!なににしますかぁ?」

レジャーマットに正座した淡い髪の女の子が、ニコニコ笑いながら声を掛ける。
彼女の前には、キャベツやナス、トマトなどの野菜、ミカンやリンゴ、スイカといった
果物の絵が切り抜かれて並べられていた。
シンジはさんざん迷ったあげく、その中からキャベツとトマト、それにスイカの絵を
選んで女の子に渡した。

「ありがとうございまぁす。ゴウケイ、えと、500エンになりまぁす」

女の子の言葉にシンジは、これも手描きのお金(たぶんシンジが描いた)を
取り出して女の子へ渡す。

「はい、500エンちょうどでぇす。シンちゃん、またきてねぇ」

そう言うと、絵を袋に入れてシンジに手渡してくれた。
女の子の笑顔を眩しく思っていると、別の声が飛んできた。

「シンジ、シンジ!こんどはアタシのおみせよ!」

赤い髪の女の子は待ちくたびれているようであった。
慌てて女の子の方へ行くと、その前には自動車やヨットそれに飛行機、
さらにはロケットの絵が切り抜かれていた。
ここでもさんざん悩んだ末にシンジはようやくヨットを手に取った。
すると、赤毛の女の子の嬉しそうな声をあげた。

「あ、それ、1まんエンね!」

「エ〜〜っ!!アスカちゃん、ひっどぉい」

赤毛の女の子に非難の声を上げたのは淡い髪の女の子だった。
その声に怯むどころか、挑むような視線を向けて胸を張る。

「フン。レイちゃんとちがって、アタシのおみせはコウガクショウヒンしか
 おいてないんだモン! とぉぜんでしょ!」
「あ〜っ、いったわねぇ!」
「なによ、モンクある?」
「あるわよぉ!」

睨み合う2人にシンジの方がオタオタしてしまう。

「や、やめてよぉ。ふたりとも、なかよくしてよぉ。
 でないと、・・・・でないと、ボク・・・・」

とっくみ合い寸前といった女の子2人の様子に、一生懸命仲裁しようとする
シンジの瞳には涙がいっぱいに溜まっていた。
これには女の子2人の方が狼狽してしまう。

「な、なぁに? シンジったら、なかないでよ」
「シンちゃん、ないちゃダメ!」
「う、うん。アスカとレイがなかよくするんなら、・・なかない」

そう言って、最後にニッコリと微笑むシンジ。
その笑顔に2人の女の子は全く逆らえなかった。

「わかったわよ」
「わかったわ」
「・・・・よかったぁ」

そして、3人の少年少女は、楽しそうに遊びを再開した・・・・


夢。
いつもの夢。

これも、この世界の記憶なのかな?
それとも、ボクの願望なのかな?
ボクの望んだ幸せな世界なのかな?

分からない。
ボクには分からないよ・・・・




Welcome
第9話
買い物へ行こう





朝、いつものようにキッチンへ行くと、朝食の準備をするユイと、
それを手伝うレイの姿があった。
3日ほど前から見られるようになった光景にシンジの心は和んだ。
自然と笑みがこぼれる。

「おはよう、母さん。綾波」

料理に夢中で、シンジの存在に気づいていない2人に声を掛ける。

「アラ、おはよう、シンジ。日曜日なのに早起きね」
「おっはよう!シンちゃん。
 あのですね、おば様。今日はアタシ達、街へお買い物に行くんです」
「そうなの?いいわねぇ。アスカちゃんも?」
「はい。他に友達3人とです」
「そう、あ、ちょっと続きお願いするわね、レイちゃん」

そう言うとユイは、いそいそとキッチンを後にする。

「分かりましたぁ。任せて下さい!」

レイは明るくユイの背中へ向けて返事をする。
セリフとは裏腹にレイは悪戦苦闘を繰り返す。
その様子をシンジは横でハラハラしながら眺めていた。
『手伝うよ』の一言さえ挟めない何かがその横顔には浮かんでいた。

しばらくしてユイがニコニコしながら戻って来た。
そして、手にしていたカードをレイに渡す。

「はい、レイちゃんの新しいインテリジェンス・カード。
 お小遣いも入れておいたから。
 あ、シンジ。あなたもカード持ってらっしゃい。
 今月のお小遣いまだだったわよね」

ユイの言葉にシンジは素直に頷き、自室へ戻って行く。
その背後からは、レイの嬉しそうな声が聞こえてくる。

「わぁ、ありがとうございます。欲しかったんです、コレ。
 ・・・・、え、こんなにィ!? いいんですか?」
「いいのよ。レイちゃんのお引っ越し祝い。
 でも、来月からはシンジと同じよ」
「はい、ホントにありがとうございます。大事に使いますから」

カードを取ってきたシンジが自分のを渡すと、ユイはそれを端末に差し込んで、
デジタル・キャッシュを振り込んだ。
そして今月分のお小遣いを振り込んだカードと一緒に、
もう1枚別のカードをシンジに手渡した。
不思議そうな顔をするシンジにユイが話を続ける。

「レイちゃんの日用品と夏服、コレで払っておいてね。
 あ、それからお昼もコレで好きなモノ食べていいわよ。みんなの分」
「あの、おば様。こんなにしてもらわなくても・・・・」
「いいのよ、気にしなくて。それじゃあ、なくさないでね。
 さ、レイちゃん。お料理仕上げちゃいましょ!」
「はい!」





シンジとレイ、それにアスカが待ち合わせの場所に着いたのは、
約束の時間ピッタリだった。
いつまで経っても迎えに来ないアスカに痺れを切らしたレイが、
シンジを引っ張って惣流宅に到着したのは午前9時37分であった。
この時アスカは、既に何十着目かの服に袖を通したところだった。

さすがに頬を朱に染めたアスカ本人の言葉によると、
シャワーを浴びて、髪を洗い、ブローした後、服を決める際に
今日の天気、気分にうまくコーディネート出来なかったせいだという。

(一体どれくらい準備に時間を掛けたんだろう?)
(どうしてそんなに力を入れておシャレするんだろう?)
シンジは不思議に思ったが、結局怖くて聞けなかった。


一方のレイは、

(もう少し時間を掛けておシャレするんだった)
(うれしくって、つい浮かれてしまったようね)
(アスカ、やるわね!)
(次は負けないわよ!)

などと、心の内で呟いていた。


約束の駅前には、ケンスケが1人ポツンと佇んでいた。

「おはよう、ケンスケ。あれ? トウジは?」
「やあ。まだなんだ、トウジの奴」

シンジの問いかけに、アスカの言いつけ通りTシャツにジーンズといった
極普通の姿(しかも似合わない)でケンスケが簡単に答える。
次の瞬間ケンスケは早速DVDカメラを構えて、アスカとレイの姿を追いかける。

「ふ〜ん。それでヒカリもまだなの?」
「ああ」

アスカが不思議そうな顔をする。

「ヒカリが時間に遅れるなんて珍しいわね」

5分ほど他愛もない話をしていると、遠くからヒカリの声が聞こえてきた。

「ほら、もう、みんな来てるじゃない」
「分かってるがな。そんなせかさんと」

(あれ? ヒカリったら、鈴原と一緒なの?)

最初に気づいたアスカが不思議そうな顔をして振り返る。
他のメンバーもそれに倣う。
ようやく現れた2人の恰好、特にトウジ、に一同は絶句した。

ヒカリはピンクをベースにしたワンピース、赤いポシェット、黄色の帽子。

トウジは、



緑のサマージャケットと真っ白な麻のズボン



だった。

「と、トウジ・・・・だよな?」

ケンスケはそれだけを口にするので精一杯だった。

「何ゆうとんのや、ケンスケ。ワシに決まっとるやろうが」
「でも、その恰好・・・・ジャージじゃない・・・・」
「ああ、これかぁ?  今日女子も含めて街に行く、ゆうたら、妹の奴が泣くんや。
 いつものジャージじゃいかん、ってな。
 コレ位の恰好せなあかん、ゆうモンやさかい、しぶしぶや」

ようやく衝撃から立ち直ったアスカが今度はヒカリに聞く。

「それで、ヒカリはどうして鈴原といっしょなの?」
「あ、これは、その・・・・」

途端に真っ赤になってしまうヒカリの表情がかわいい。
それは、トウジを除く全員の素直な感想だった。

「そ、そう。金曜日にね、鈴原のところに電話したの。
 そしたら、ナツミちゃん、あ、鈴原の妹さん、が出て、
 今日のコト話したら、鈴原の着てく服選ぶの手伝って、って・・・・。
 それで、昨日一緒に服買いに行って、その・・・・。
 きょ、今日は、ナツミちゃんが鈴原起こすのと、
 その後着替えさせるのも手伝って、って」

いつもからはとても想像できないシドロモドロしたヒカリの話だったが、
どうにか事情は判明した。

(やるわね、ヒカリ。家族、それも小姑の機嫌を取るなんて)
(その上鈴原本人の世話まで焼いて。)
(しっかし、これでも鈴原が気づかないんだから、先が思いやられるわね)

などと、最後はヒカリに同情してしまうアスカだった。





第三新東京市最大のショッピング・モール『NIT』に6人が着いて既に3時間。
男子3人の両手には荷物が山と抱えられている。
もうすっかりヘトヘトの3人だった。

「いったい、どんだけ買えば気が済むんや?」
「ああ、まったくだ。くそ! 渚の奴、無理矢理にでも連れて来るんだった!」

カヲルはシンジが週末に誘ったのだが、その日は先約があると言って断り、
トウジとケンスケ、そしてアスカ、レイの大いなる疑惑を誘ったモノだった。

あ・の・カヲルが、シンジの誘いを断る!

一部では天変地異の前触れだと本気で噂されていたりする。


それはさておき、このままでは際限が無いと思ったシンジは、
二子山山頂から飛び降りる覚悟で、女子3人に恐る恐る提案した。

「ねぇ、もう1時だよ。そろそろお昼にしない?」

シンジの言葉に少女達は振り返り、それから自分たちだけで
相談を開始した。

「そう言えばそうね」
「うん、アタシお腹ぺこぺこ」
「レイったら、相変わらず喰い意地張ってんのね」
「なによ、アスカもさっきお腹なってたじゃない」
「な、なに言ってんのよ。アンタじゃあるまいし」
「あ〜っ、言ったわねェ」
「言ったわよ」
「もう、2人とも。それで、何処にする?」

いつもの口喧嘩が始まる様相にヒカリが割って入る。

「あ、それじゃ、『リリィ』にしない? あそこのコース、すっごく評判よ」
「でも、アスカ。ちょっと、遠すぎない? それより、『マルレーン』は?
 あそこなら、そんなに遠くないし」
「あら、ヒカリ。いいの? あそこじゃ、鈴原の底なし胃袋は満たされないわよ」
「あ、アスカッ! な、何言ってんのよ!」
「ね、レイはどんなトコがいいの?」

ヒカリの剣幕にアスカはレイに話題を振って誤魔化す。

「あ、アタシは、・・・・その、あの・・・・」
「どしたの? アンタらしくないわね」
「綾波さん、どこか行きたいところあるの?」
「エッと、その・・・・・」

レイは真っ赤になって口ごもる。
滅多にない様子にアスカは調子に乗って、意地悪く言う。

「何よ、口に出せない程いかがわしい場所なの?」
「そっ! そんなんじゃないわよ!」
「じゃ、じゃあ、どこなのよ。言ってみなさいよ」

レイの語気の強さにたじろぎながらも、アスカはそう続ける。
一転して再び俯いてしまったレイは、しばらくして意を決したように、
しかし、蚊の泣くような声で恥ずかしそうに答えた。

「あの、あのね、上の大食堂じゃダメ?」
「「大食堂!?」」
「うん・・・・」

よっぽど凄いところと考えていたアスカとヒカリは肩透かしを
喰ったような気がした。

「ま、まぁ、それもいいわよね。たまには」

ここで、無難のフォローを入れるのが、ヒカリの委員長魂の現れだろう。

「そうね。で? アンタ達は?」

有無を言わせぬ口調でアスカは男子に聞いてくる。
3人はぶつぶつ言っても結局自分を主張できる勇気
(ケンスケに言わせれば、無謀)を持ち合わせてはいなかった。





「ふわぁっ!! 生き返るでぇ」
「気持ちいい!!」

おしぼりで顔を拭きながら、トウジとケンスケが感嘆する。

「ちょっと、おじさんみたいなコト、やめてよね。恥ずかしい」
「ええやないか、これくらい。ワシら、ずぅぅっと、荷物持っとったんやさかい」
「ボクなんか、せっかく最新鋭のカメラ持ってきたのにィ・・・・
 両手がふさがってて、なぁぁんにも撮れないぃ・・・・」

ケンスケが大げさに嘆いてみせる。

「ほ、ホラ。アスカ。何にするの? 綾波さんは?」

相変わらずフォローを続けるヒカリ。
さっきから黙ってメニューを覗き込んでいたレイがポツリと言った。

「・・・・アタシ、『お子様ランチ』」

「「「「「え?」」」」」

みんな耳を疑った。
唖然とする一同。
レイはまたも恥ずかしそうに言い訳する。

「アタシ、こういう所、初めてだから・・・・
 ずっと、夢、だったから・・・・」
「そういやぁ、アタシも無いわね」

ふとアスカが言い出した。
事実、アスカの両親も忙しい人達で、子供をどこかに連れていくことなど、
滅多になかったのである。

(ボクも・・初めて、だよな・・・・)

シンジには、大勢でどこかへ遊びに出掛けた記憶すらない。
当然、デパート屋上の大食堂など行ったコトがない。
それに気づくと、新鮮な喜びがこみ上げてきた。

「ぼ、ボクも・・・・ソレにしよう・・かな?」

「そうね。最後に食べたのって、随分前だったわ。
 久しぶりにアタシもそうしようかな」

と、洞木ヒカリ嬢。

「ま、戦闘訓練と思えば、何だって食べれるさ」

と、相田ケンスケ氏。

「で、トウジは?」
「わ、ワシは・・・・ワシは男や。男やから・・・・。
 しゃ、しゃぁない! ワシもつき合ったる!  そんかし、ワシは3人前や!」
「「3人前ぇ〜!?」」
「せや。あんなチマチマしたモン、
 そんくらい喰わな、腹がふくれん!!」
「ま、まぁ、いいわ。じゃ、頼みましょ」


お揃いのかわいいトレイが運ばれてきた。
いただきます、の言葉と同時に、全員の手が一斉に伸びた。

「あ、タコさんウィンナーだ」
「リンゴはウサギぃ〜」
「アタシの旗、星条旗よ」
「アタシのなんて、国連旗だわ! シンジは?」
「・・・・ボクのは・・五輪旗・・・・」
「きゃはは!なぁ〜に、それぇ」
「そんなぁ、・・ボクのせいじゃないよぉ」
「誰もそんなコト言ってないでしょう」

賑やかで楽しい食事風景。
そんな中で、ひときわ嬉しそうなレイの笑顔が、
シンジにはとても眩しく感じられた。





夕食後、レイはユイやゲンドウに買い物の成果を披露する。
はしゃぎっぱなしのレイは、困惑気味のシンジに手伝わせて、
買った品物の1つ1つをディスプレイしていった。
ユイはにこやかに、ゲンドウは色つきの眼鏡に表情を隠して、
初めて出来た娘の喜びようを飽きもせず眺めていた。

ようやくレイに解放されて、自室に戻ったシンジは、

「疲れたぁ」

と、心から呟き、ベットに倒れ込んだ。
それでも、シンジにとって初めての体験の数々に、
その疲労も心地よいモノに感じられた。

友達、それに、女の子とショッピング。
デパートの大食堂。
そして、『お子様ランチ』。

どれも、あの世界では経験しなかった出来事だった。
そんな思いが浮かぶ一方で、昼間見たレイの表情が妙に思い出される。
あの、真っ赤に照れたレイの様子がまぶたに浮かぶ。
その仕草の一つ一つがかわいく思えてくる。
なんだか鼓動が速くなる。
この気持ちって・・・・

ノックの音に我に返る。

「シンちゃん」
「な、何? 綾波」

しばらくの沈黙の後、レイのささやくような声が聞こえた。

「・・・・今日はありがとう」





[to be continued]






みきさんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「緑のサマージャケット真っ白な麻のズボン・・・・・うぷぷぷぷ」

トウジ「なんや、転校生!!」

カヲル「いやいや、なんというか、その、だね・・・・うぷぷぷ」

トウジ「言いたいことがあったらはっきりいわんかい!! どーせ似合っとらんとかそういうことをいいたいんやろが!」

シンジ「いやね、カヲル君が、黒のジャージ以外のトウジを見たの初めてだからさ・・・・ぷぷっ」

トウジ「シンジまでワイを笑いおって!!」

カヲル「どーせだったら、黒のジャケットとか黒のスラックスとか黒のYシャツとか、そういうものにすればいいじゃないか。黒がトレードマークなんだから」

トウジ「ワイは黒はジャージ以外は着ないんや!! そもそもそんな色物系の服なんぞもっとらへんわ!!」

アスカ「ま、ヒカリが気を遣わなければ一生着ることがなかったでしょうからね」

トウジ「む・・・・いいんちょー・・・・・ま、まあそうやろな」

アスカ「少しは感謝しなさいよ、ヒカリに」

トウジ「そ、そやな・・・・今度、メシでもおごっとこか」

アスカ「・・・・・・(ふう、こんなうすら唐変木の、どこがいいのかしらね・・・・・ヒカリったら)汗」

カヲル「ふっ。今君がなにを考えたか、当ててあげようか(にやり)」

アスカ「・・・っぎくうっ!!」

カヲル「今君は・・・・・こんなうすら唐変・・・・・」

 どかばきぐしゃっ!

アスカ「余計なことを言うんじゃないっ!!」


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