ミサトさんが死んだ。
ボクの目の前で。
そして、アスカも・・・・。
リツコさんも、父さんも・・・・
みんな死んでしまった。
残されたのは、ボクと初号機、それに綾波・・・・
ボクらは初号機と溶け合った。
ボクらはひとつになった。
それは、とても、気持ちのいいコト・・・・
他には何も要らない。
そんな気さえする。
不思議な安息。
そして、カヲル君が現れた。ボクらの前に。
死んでしまったハズの・・・・
ボクが・・・・この手で・・・・殺してしまった・・・・
カヲル君はボクにいつものように微笑んでくれる。
なぜ?なぜ?・・・・なぜ!?
「シンジは大丈夫なの?リツコ先生」
保健室に不安そうなアスカの声が響く。
「そうね・・・・。おそらく疲労と精神的抑圧、ストレスが原因ね。
睡眠も不足してたようだし・・・・」
「シンちゃん・・・・」
レイの声もいつになく心細げだ。
「まぁ、半日も寝てれば治るでしょう。たぶん」
「ちょっと、何頼りないコト言ってんのよ。アンタ医者でしょ!」
「そんなに心配なら、この特性疲労回復剤を・・・・」
そう言って、リツコは妖しげな笑みを浮かべるてアンプルと注射器を取り出した。
これにはアスカも、そしてレイも慌てて止めにはいる。
「あ、アタシが悪かったわ。ゴメンなさい!だから、それしまって!」
「アタシ、リツコ先生のコト信じます。だから静かにシンちゃん寝かせてあげて!」
2人の言いように少し不満げな表情を見せながらも、リツコは実験をあきらめた。
「それでは、後お願いします。リツコ先生。さぁ、行こう。レイ、アスカちゃん」
それまでずっと無言でシンジの寝顔を眺めていたカヲルが口を開いた。
「え、アタシもう少しシンちゃんの様子見てる」
「アタシも!」
「そんなに大勢いても邪魔にしかならないよ。ここは先生に任せよう。
昼休みにまた様子を見に来ればいいし」
「はい、それじゃあ、シンジ君の分もしっかり勉強しなさいね、3人とも」
「失礼します」
「シンジィ〜」
「シンちゃぁん」
未練を残す美少女2人を引きずるようにしてカヲルは保健室を後にした。
そして、1人残されたシンジは夢の世界を彷徨っていた。
あの終わりの日の夢を。
そして、始まりの時の夢を。
世界には何も残されていなかった。
初号機と、その前に浮かぶカヲルの他には。
「カ・・ヲル・・・・君?」
「久しぶりだね、シンジ君」
にこやかに挨拶を交わすカヲル。
呆然と見つめるだけだったシンジが、ようやく言葉を紡ぎ出す。
「君は、死んじゃったんじゃ・・・・
ボクが、この手で、殺したんじゃ・・・・」
それだけを口にするので精一杯だった。
カヲルは哀しげに目を伏せる。
「・・・・ボクは彼女と同じ存在なんだ」
「彼女?」
「君のすぐ側にいる彼女さ」
その言葉にピクリとレイが反応する。
レイの緊張した雰囲気など初めてだった。
「ボクも、綾波レイも、人の手によって作り出された生命体。
死海文書の言葉を実現するために生み出されたモノ・・・・
アダムから、リリスからサルベージされたたくさんの魂の容れ物。
そして、たったひとつの魂。
2人目の綾波レイが死に、3人目の綾波レイが生まれたように、
1人目の渚カヲルが消えて、2人目の渚カヲルが目覚めた。
この身体は、ゼーレのダミープラグに封じられていた容れ物のひとつ・・・・」
カヲルはふと空を見上げると、遠い目をして語り続ける。
「これは、全く予想外の出来事だった。
ボクにとっても、ゼーレの老人達にとっても。
ボクの覚醒はゼーレの補完計画を無に帰してしまった。
ボクの意志とは無関係に・・・・
でも、ボクはこの神のイタズラに感謝しているんだよ。
こうして、もう一度君に逢えたんだから。
ボクが安楽な死を願ったせいで、ボクが逃げ出したせいで、
随分辛い思いをさせてしまったね。済まない、シンジ君」
「そんな・・・・、ボクは、ただ、・・カヲル君が・・・・」
「それだけじゃない。死を望んだボクは、この身体に魂を移しても、
目覚めることを拒絶してきたんだ。今日この時まで!
ボクはシンジ君の心の叫びを、魂の彷徨を聴くまで、逃げ続けていたんだ。
安逸を求めて!いつまでも続く平和な眠りに!
ボクが逃げていなかったら、この結末は別なモノになっていたかもしれない・・・・
ボクは全ての責任を君1人に押しつけてしまった・・・・」
「違うよ!これはボクのせいなんだ。ボクの責任なんだ。
ボクがやったコト、ボクがやらなかったコト・・・・
みんなボクの責任なんだ」
「碇君は悪くない!サードインパクトを望んだのは碇指令。
碇指令の補完計画に組み込まれていたシナリオ・・・・
碇ユイを取り戻すための哀しいシナリオ・・・・」
レイの声は消え入るように震えていた。
それはとても哀しい、いたいけな言葉だった。
「でも、私はそれを拒否した。自分の意志で。
碇君が呼んでいたから・・・・。
いいえ、違うわ。
私が碇君といたかったから。碇君の声を聴いていたかったから。
こうして、碇君とひとつになりたかったから・・・・」
「一方でゼーレのシナリオも実行された。老人達の浅ましい夢も。
2つの補完計画はせめぎ合い、全ては失われた。
人間のエゴによって始められた補完計画は、
人間のエゴによって潰えてしまった・・・・」
カヲルはそれまでシンジに見せたことのない寂しい微笑みを向けた。
そして、しばらく瞑目した後、静かに語りかけた。
「でも、今の君なら全く別の道を選べるんだ、シンジ君。
初号機、そして綾波レイと融合した今ならば。
それから、ボクの力も君に預けよう。ボクにとって忌まわしいだけの力。
この力が意味あるモノだったと思いたいんだ」
そう言うと、カヲルは滑るように近づき、初号機のコアに手を触れる。
やがてその手がゆっくりとコアに溶け込んでいく。
「か、カヲル君!」
「大丈夫だよ、シンジ君」
微笑むカヲルの顔も、いつしか初号機へと取り込まれていく。
気がつくと、シンジはすぐ側にカヲルの存在を感じていた。
それは、レイと同様に、暖かく、優しい、心地の良い存在だった。
シンジは陶然とその快楽だけを感じていたいと思い始めていた。
しかし、カヲルが、レイが語りかけてくる。さあ、始めよう、と。
「シンジ君、ボクの力を使って欲しい」
「碇君、私の力を使って」
2人の語りかけにシンジは混乱してしまう。
「そんなの・・・・、ボクには分からないよ!出来るわけないよ!」
「ううん、碇君なら出来る」
「今の君なら神にさえなれる」
「碇君の望む世界を創れる」
「新しい世界を君は創れる」
「そんな・・・・、どうすればいいの?わかんないよ。
綾波!カヲル君!ボクには無理だよ!」
いつしか初号機はATフィールドに包まれていた。
暖かい光がエントリープラグを満たす。
その暖かく、懐かしい光は、やがて人の形をなし・・・・
シンジをやさしく抱き締める。
『大丈夫よ』
「お、母さん?」
「難しく考えるコトはないの。
あなたが望む世界を心に思い浮かべればいいの。
そして、周りを見渡してご覧なさい。ホラ」
シンジの周囲をいつの間にか、たくさんの淡い光が取り巻いていた。
その暖かな光のひとつに触れてみる。
『シンジ』
それはアスカの声。
最後にその呼びかけを聴いたのはいつだったろう。
シンジは懐かしささえ感じていた。
そして、幸せなビジョン。
アスカとシンジとみんなが暮らす、平和な世界。
またひとつ別の光に触れてみる。
『シンジくん』
それはミサトの声。
最後までシンジを励まし続けたミサトの声。
そして、幸せなビジョン。
ミサトと加持が一緒に暮らす、平和な世界。
「これは、何?」
「あなたの周りの人達、世界中の人達の願い。
この世界に今も残るたくさんの人々の想い。
今のあなたなら、このたくさんの想いを具現化できる。
もちろんあなた自身の想いも。私の想いも、お父さんの想いも・・・・
そして、あの子たちの想いも・・・・」
ユイの微笑みの先には、レイとカヲルが佇んでいた。
いっぱいの希望と少しばかりの不安を浮かべた2人が佇んでいた。
シンジは2人にひとつ力強く頷いてみせる。
そして、ユイを振り返り、高らかに宣言した。
「分かったよ、母さん!やってみる、精一杯!」
シンジは、初号機の力を、レイの力を、カヲルの力を、解放した。
シンジの想いが拡がる。
何処までも。
世界を覆い尽くすかのように。
暖かい光とともに。
そして、アスカの想いと溶け合う。ひとつになる。
そして、ミサトの想いと溶け合う。ひとつになる。
そして、リツコの想いと、加持の想いと、ゲンドウの想いと・・・・
そして、
レイの想いと溶け合う。ひとつになる。
カヲルの想いと溶け合う。ひとつになる。
ユイの想いと溶け合う。ひとつになる。
エヴァンゲリオン初号機を媒介に、
碇シンジは全ての人の想いと溶け合った。
全ての人の心はひとつになった。
そして、新しい世界が始まった。
気がつくとシンジは圧倒的な光の中にいた。
それは暴力的な不快なモノではなかった。
いや、心を満たす暖かな想いに満たされていた。
「シンジ君」
静かな声が呼びかける。
「カヲル君?」
辺りを見渡すが、何も見えない。誰もいない。
「何処?何処にいるの、カヲル君?」
「お別れを言いに来たんだ」
「そんな、お別れなんて。何を言ってるの?カヲル君」
「ボクは渚カヲルじゃない。ボクは第17使徒タブリスの残留思念。
君たち人類は新しい世界を手に入れた。
人類の補完はなされたんだ。
進化でもない、隙間を埋め合うのでもない、
全ての人がお互いの心に触れ合う、ささやかな心の補完。
そして、人類の別の可能性だった使徒は消えなければならない」
「あぁ、安心していいよ。
渚カヲルも、綾波レイも、
人として新たな世界で新しい生を受けるから。
ただボクは、消えていくボクらのコトを誰かに憶えていて欲しかった。
ボクらが存在した証を残したかったんだ。
それが君の負担にしかならないコトが分かっていても・・・・
ボクの我が儘だと分かっていても・・・・そうせずにはいられなかった。
許して・・なんて、とても言えない。
でも、ボクのことを、ボクらのコトを忘れないで欲しい・・・・」
「ぼ、ボクは!ボクは君のことを忘れない。それは辛いことがたくさんあったよ。
でも、楽しいこともあったんだ。君に逢えたて嬉しかったんだ。だから・・・・」
「・・・・ありがとう、シンジ君」
再び溢れる光で世界は包まれた。
気がつくと、そこは保健室のベットの上だった。
夢、だったの?
・・・・違う、あれは夢なんかじゃない!
ボクらの生きた確かな世界。
どこかにあったひとつの世界。
そこから、この世界が生まれたんだ・・・・
気がつくとベットの傍らには、心配そうな顔のアスカとレイが座っていた。
その後ろに、にこやかな笑みを浮かべたカヲルの姿。
「やぁ、シンジ君。夢の世界へ、ようこそ!」
シンジの記憶を垣間見たかのようなカヲルの言葉にシンジはドキリとした。
「あんたバカぁ?なぁにが夢の世界よ。何寝ぼけたこと言ってんの!」
「いつまで経っても、その空想癖直んないのね、カヲル」
アスカとレイの冷たい視線に凍り付くようなカヲルではなかった。
平然とした顔で切り返す。
「分かってないね、2人とも。
今、この瞬間が夢なのか、それとも現実なのか、
人には証明のしようがないコトなんだよ。
そして、大抵の場合、夢の方が幸せに決まってるんだ」
そう言ってウィンクするカヲル。
あっけにとられるアスカ。
レイは素早く立ち直って言った。
「それじゃあ、アタシとシンちゃんが一緒になるんだ」
「ちょ、ちょっと、レイ。なんでそうなるのよ!」
「え、だって、シンちゃんの幸せな世界って、それしかないじゃない」
「あんたバカぁ!だいたいアンタは・・・・」
「2人とも何言ってるんだい。シンジ君の幸せはこのボクと・・・・」
「「アンタは黙んなさい!!」」
保健室にあるまじき喧噪の中で、
碇シンジはたくさんの声が聴こえたような気がした。
心に直接響く優しい声を。
君の望んだ世界へ
みんなが望んだ世界へ
この夢のような世界へ
Welcome!
<第1部 完>
作者のあとがきへ
管理人(その他)のコメント
カヲル「う〜んまんだむ」
どげしっ!!
アスカ「しょっぱなから何訳わからんことをいっているのよ!!」
カヲル「あうっ・・・い、いや、ここの僕って、いい奴じゃないか、と思ってね。うみゅ」
アスカ「あんた、人格壊れてきていない? なんか端々の台詞が作者に似てきたわよ」
カヲル「わからない。僕は二人目だから」
どかっどかっどかっ!!
アスカ「アンタが言うなぁ!!」
カヲル「まま、そう言わずに。とりあえずみきさんの作品、第一部は完結、ということで、第二部に行くようだけど・・・・どういう展開になると思う?」
アスカ「学園エヴァと本編エヴァの融合って珍しいからね。この先、どうなるんだろうね」
カヲル「ただ、なんでこの話の中でも僕は殴られ役なんだろう・・・・涙」
アスカ「決まってるじゃない。アンタのって、殴りやすいのよね。ボケ具合といい、なんといい・・・」
カヲル「そんなぁ(涙)」
アスカ「はん、泣かない泣かない!」
カヲル「うう・・・みきさん、せめて二部では僕を幸せに・・・・」
続きを読む
前に戻る
上のぺえじへ