なんだ、これ?
夢? 夢なのかな?
イヤな夢。
見たくない。忘れていまいたい。
捨ててしまいたい記憶。

そう

ボクの記憶の世界。
セカンドインパクトが起こった世界。
エヴァンゲリオンが必要な世界。
そして、サードインパクトが起こった世界。

みんな、みんな・・・・

ボクを置いて行ってしまった。
ボクは独りになってしまった。

ボクを捨てないで!
ボクを独りにしないで!

イヤだ・・・・、イヤだ。イヤだ!

見たくない。
思い出したくない。
こんな記憶、忘れさせてよ!





Welcome
第6話
記憶の果てに





シンジは夢を見ていた。
あの忌まわしい最後の時を。

その日シンジは初めて病室のアスカを見舞った。
傷つき、全てを失った少年にとって、
すがれる人など他にいなかった。

初めての友を傷つけた。
赤い瞳の少女は自分を3人目だと言った。
級友たちは街を去った。
好きだと言ってくれた人を手にかけた。
保護者との交流は途切れた。

少年にとって心安い存在は、
ベットに横たわる痩せ細った少女しかいなかった。
傷つき、全てを失い、全てを拒絶する少女にすがるしかなかった。

そして・・・・


アスカの病室を飛び出したシンジは、あてもなく施設内を彷徨っていた。
猛烈な自己嫌悪。
全てを投げ出してしまいたかった。
なにより、生きるコトを放棄してしまいたかった。
碇シンジという人間をこの世から消し去ってしまいたかった。




館内は喧噪に包まれた。
非常事態を告げるブザー。
戦闘配置を求める声。
通路を走り去る職員の姿。

少年は状況を把握できなかった。
使徒は全て殲滅した。
もう、人類の脅威は除かれたはず。
人類の敵は、いなくなったはずなのに。

敵、人類の敵。ボクらの敵。敵、敵、敵。
みんな・・・・、みんな、殲滅した。この手で。
人類を守るために、みんなの未来を守るために。
そして殺した。カヲル君を、第17使徒を。

渚カヲル、ボクを好きだと言ってくれた。
ボクも好きだったんだ、カヲル君のことが。
でも、彼は使徒だったんだ。
人類の敵だったんだ。
みんなの敵だったんだ。
ボクらの敵だったんだ。

爆発が起こった。通路を凶暴な黒い影が走る。
至る所で、死が溢れていた。
至る所で、破壊が繰り広げられていた。
それは突然訪れた阿鼻叫喚の地獄だった。

でも・・・・、本当に敵だったの?
ボクの・・敵・・だったの?
分からない、ボクには分からない。
ボクに分かるのは、カヲル君がいい人だったって、コトだけ。
生き延びるんなら、カヲル君の方だったって、コトだけ。
なぜ、ボクが生きてるの?
なぜ、カヲル君は死を望んだの?
なぜ、ボクはカヲル君を・・・・

死ぬのはボクの方だったんだ。
ボクが死ぬべきだったんだ。
誰もボクのコトを見てくれない。
父さんに捨てられた、ボクが死ぬべきだったんだ。

シンジは非常階段の下で身を縮めていた。
全てを拒絶し、全てを放棄して。
ただ頭を抱えて身を丸くするだけだった。

あちらこちらで繰り返される破壊と死の大量生産。
それらの作業を淡々と機械的に遂行する者達。
その瞳には虚無の光が灯されていた。

「サード発見、これより排除する」

声に続いてシンジの頭に硬い物体が押しつけられる。

「悪く思うな、・・坊主」

射撃音と男たちの絶叫。重い人の体が崩れ落ちる音。

「悪く思わないでね」

ミサトの声に続いた銃声の後には、奇妙な静寂が残された。
息も乱さず、いつもと違う硬い口調でミサトが言う。

「さあ、行くわよ。初号機へ」


シンジは車の陰に隠れて膝を抱えてうずくまっていた。

「急ぐわよ、シンジ君。ここから逃げるのか、
 エヴァの所に行くのかどっちかにしなさい!
 このままだと何もせずただ死ぬだけよ!」
「助けてよ・・アスカ、助けて・・・・」
「こんな時だけ女の子にすがって、逃げて、ごまかして、
 中途半端が一番悪いわよ!」

ミサトはシンジの腕を引っ張って無理矢理立たせる。

「さあ!立って。立ちなさい!」
「もうやだ、・・・・死にたい、・・・・何もしたくない」
「何甘ったれたこと言ってんのよ!アンタまだ生きてるんでしょ!
 だったらしっかり生きて!それから死になさい!」

どれくらい車を走らせただろうか。無線の向こうから伊吹マヤの声が聞こえた。

「エヴァ弐号機起動。アスカは無事です!生きてます!」

マヤの言葉に初めてシンジは反応した。

アスカ?
アスカは無事なの?
弐号機って、アスカが乗ってるの?
大丈夫なの?
アスカ。
アスカ!
アスカ!!


突然銃火が2人の乗った車を貫く。
ミサトはとっさにシンジを抱え、車外へ飛び降りた。
一瞬の後、車が爆発・炎上する。

この時、少年は自分の存在意義を見いだしていた。

アスカを守る!!

ただそれだけを胸にシンジは初号機のあるゲージへと走り出した。
それは銃撃など全く無視した行動だった。

「ちょと、待って!シンジ君」

ミサトは慌ててその後を追う。
2人は激しい銃弾の雨をくぐり抜けて、ついにゲージ入り口に辿り着いた。
しかし、奇跡はここまでだった。

「グっ!!」

アサルトライフルから放たれた1弾が、ミサトを貫く。
さらに数発が着弾。壁に叩きつけられる。

「ミサトさん!!」

先を走っていたシンジが、慌てて駆け戻る。
無慈悲にその背中を狙う複数の銃口。




ターミナルドグマに2つの影。
碇ゲンドウと綾波レイ。
感情の高ぶりを隠しきれない様子でゲンドウが呟く。

「長かった。今日、この日を迎えるまで、ユイ。
 しかし、それももう終わりだ。さあ、レイ!」
「ダメ。碇君が呼んでいる」

突然きびすを返すレイにゲンドウが驚く。

「待て!レイ」

その声に振り返りもせず、レイはATフィールドを展開する。
自らの体を重力の楔から解放し、ゲンドウの視界から消えた。
あまりのコトに唖然としたゲンドウを1条の火線が貫いた。
重い湿った音を発てて崩れ落ちるゲンドウ。
その瞳から急速に光が失われていく。




「しっかりしてよ。ミサトさん!」

もはや息絶えてしまっているミサトの体をシンジは揺すり続ける。
その背中に向かって銃声が轟く。
それが自分を狙ったモノだと瞬時に悟ったシンジは、
目を閉じ身を硬くするコトしかできなかった。

キーン!

甲高い金属音が頭上から聞こえた。
自らの死を覚悟したシンジが、恐る恐る顔を上げると、
そこには、綾波レイが立っていた。
シンジを守るように。
淡い光の壁を身に纏って。

「あ、あや・・・・なみ?」
「よかった。間に合って」
「綾波、どう、どうしてここに?」
「碇君が呼んだから」
「ボクが?」
「そう、碇君が・・・・」

重い沈黙が2人の間を流れる。

「・・・・私が怖いの?」
「!」
「私のコト、知ってるんでしょ?」
「うん・・・・」
「私は碇君のコトを覚えてない。でも、碇君を守りたい。
 2人目の私がそうしてように・・・・」

そう言うと、レイは静かなキレイな笑みを浮かべた。

(綾波だ。ボクの知ってる綾波と同じ笑顔・・・・)
(リツコさんも言ってたじゃないか。魂はひとつだけだって)
(綾波は綾波なんだ)

「ありがとう、綾波。でも今度はボクの番だ。  今度はボクが守る。君を、そしてアスカを」

シンジは静かに、しかしハッキリと宣言する。
その笑顔にレイも黙って頷く。
2人は初号機を目指して走り出した。
レイのATフィールドに守られながら。

(ミサトさん、ゴメンなさい。後で必ず戻ってきます)

心の中で謝りながら、シンジは走った。


気がつくと2人は初号機のエントリープラグの前に立っていた。
無言で見つめ合い、やがてシンジが頷くと、
2人は一緒にエントリープラグに乗り込んだ。

LCL注水。
A10神経接続。
視界が確保される。
その時、シンジの目に映ったモノは・・・・




アンビリカル・ケーブルの切断。
装備はプログナイフのみ。
戦力比は1:9。

これだけ絶望的な現実を前にしてもアスカは怯まなかった。
しかし、アスカの猛攻を前にしても、敵は冷静だった。
乱戦にでもなれば、実戦経験の差を活かすことがアスカには出来たろう。
そんなアスカを嘲笑うかのように、敵は常に一定の距離を保ち、
自ら攻撃を仕掛けてこない。ただ、包囲の輪を固めるだけだった。

ついに内蔵電源の活動限界がやって来る。
敵はこれまでにない攻撃を加えてくる。

「アスカぁ!」

シンジは拘束を粉砕して、初号機を走らせる。
アスカを目指して。
アスカを守るために。


その前に量産エヴァが立ちはだかる。

「どけぇ〜!」

シンジは咆哮すると、量産エヴァとの戦闘に入った。
その姿は第14使徒ゼルエルに対した時のそれと重なる。
それでも、数の優位を簡単に覆すことは出来ない。
次第に追いつめられ、初号機を取り巻く包囲の輪は狭められていく。
弐号機に近づけず、シンジは焦りの色を濃くする。

「アスカ!大丈夫!?ねェ、アスカ!」

呼びかけ続けるシンジ。
そんなシンジの横顔を無言で見つめるレイ。
量産エヴァの攻撃はいよいよ熾烈になってくる。
初号機も無傷ではいられない。
いや、致命的な損傷が無いコト、それ自体が既に奇跡と言えた。

突然、量産エヴァの1体が味方を攻撃し始めた。
シンジは呆然とその様子を眺めていた。
しかし、次の瞬間には我に返る。
混乱した量産エヴァの包囲をくぐり、シンジは弐号機へと駆け寄った。
無惨なまでに破壊し尽くされた弐号機。
その姿の前にに立ち尽くす初号機。

「ママ・・・・、マ・・マ・・・・」

わずかに聞こえていたアスカの声が途絶えた。
目の前が真っ暗になる。
それでもシンジは確かめずにはいられなかった。

「あ、アスカ・・・・。ねェ、アスカ。
 返事してよ、アスカったら・・・・」

返事はなかった。
世界が闇に閉ざされたように感じた。
シンジの口から絶叫が迸った。

ドクン!

初号機のS2機関の鼓動。
そして、世界が震えた。光に包まれた。



気がつくと誰もいなかった。
一緒にいたはずのレイの姿も見えない。
いや、自分自身の体さえ見えない。
初号機のエントリープラグは無人だった。

(ボクは、・・どう、なったのかな?)
(初号機と融合? でも、綾波は?)

(私はここ。碇君と一緒。碇君とひとつになれたの。嬉しい・・・・)

(綾波・・・・。!そうだ!アスカは!?みんなは?)

レイの意外な言葉に戸惑いながら、シンジは意識を初号機の外に向ける。
そこには荒涼とした何もない世界が拡がっていた。
全ての生命が死滅した終わりの世界が・・・・


呆然とその様子を眺めていると、突然何もなかった空間に白い物体が現れた。
シンジには知りようもなかったが、それは味方を攻撃した量産エヴァだった。
その出現にシンジは初号機に戦闘態勢をとらせた。
その瞬間、量産エヴァは崩れるように倒れた。

「シンジ君」

渚カヲルの声だった。
量産エヴァが現れた空間に浮かんでいたのは、
あの人を魅了してやまない微笑みをたたえたカヲルであった。

「カヲ・・ル君・・・・」




ハッ!!

窓から朝の光が射している。
鳥の鳴き声も聞こえてくる。
昨日と変わらぬ平和な一日の始まり。

息を整え、体を起こすまでにたっぷり5分はかかった。
かなり汗をかいたのだろう。肌がベタついている。
夢のせいか、眠りも浅かったようだ。頭の芯が重い。

重い足取りで浴室へと向かい、シャワーを浴びる。
ようやく意識もハッキリしてくる。
そして、忘れかけていた、忘れたかった、自分の罪を思い出す。
世界を滅ぼすサードインパクト。

(ボクのせいなんだ。ボクがやったんだ。そして、ボクは・・・・)


ガラッ

扉の音に振り向くと、そこにはレイが立っていた。
両手で口元を押さえ、目をまん丸にしたレイの視線は、
ハッキリとシンジの下腹部へと延びていた。

状況を認識するまでどのくらいの時が必要だったろうか。
その間レイの視線は固定されてしまったかのように全く動かなかった。

「あ、綾波ぃ!」

ようやくのことで声が出た。
魅入られたかのように、呆然としていたレイはその声で我に返った。

「キャーッ!!」
「ご、ゴメン!」

突然の悲鳴にシンジはつい謝ってしまう。この場合被害者は当然シンジなのだが。
それでも少し意識が現実に戻ったのか、下半身を隠すコトを思いついた。
あたふたとタオルを捜して、ようやく身につけるとレイの後ろには、
憤怒の表情を浮かべたアスカが立っていた。

その後、碇家の浴室に暴風が吹き荒れたのは言うまでもない。


朝の騒動で遅くなってしまった3人は全力疾走で学校へ向かった。
教室に着くとシンジは疲れ切った表情で席に崩れるように座り込んだ。
トウジとケンスケの声にも応じないシンジだったが、
クラス女子の黄色い声には思わず反応した。

「あ!渚君!おはよう」

視線を向けると、入り口には満面の微笑みをたたえた渚カヲルが立っていた。

「おはよう。シンジ君、どうかしたのかい?」
「なんや、渚。おまえ、まぁたどっか行っとったんかい?」
「ああ。旅はいいね。旅は人生を豊かにする心のオアシスだね。
 そう思わないかい?シンジ君」
「なぁに朝っぱらからバカなこと言ってんのよ、渚」
「それは酷いな、アスカちゃん」

そう言って振り返るとアスカの横に立つレイに気づいたようだ。
そして、カヲルはレイに笑顔で声を掛けた。

「やぁ、レイ。久しぶりだね。何年ぶりかな?」

アスカは驚いて2人の顔を交互に見比べる。
見慣れた笑顔のカヲルと見慣れない難しい顔のレイ。

「あんたたち、知り合いなの?」
「父方のイトコなの」

アスカの問いに素っ気なく応えるレイ。
突然ざわつく教室。

そんな中で、シンジは激しい眩暈を覚え、気を失ってしまった。



to be continued

みきさんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「シンジ君〜涙」

シンジ「な、どうしたんだよ、カヲル君」

カヲル「なんで、なんで朝の貴重な時間をアスカ君や綾波レイと一緒に過ごしているんだよぉ〜」

アスカ「・・・・悪い?(ぎろり)」

カヲル「ぼくだったらシンジ君の裸を見て悲鳴をあげるなんてことはしないのに〜しないとあんなに遅刻するわけがないのに〜涙」

アスカ「・・・・じゃあ、一体どうするって言うのよ。抱きつくなんてバカなこと言ったら、コロスわよ(ぎろり)」

カヲル「そんなことしたら、君の鉄拳制裁が飛んでくるのは目に見えてるよ。ぼくもそこまでバカじゃない」

アスカ「へ〜あんたも結構勉強したわね」

カヲル「物陰からじっとシンジ君の着替えを・・・・はぐうっ」

 どかっどかっどかっ!!

アスカ「ちょっと褒めたらこれかい!!」

カヲル「・・・・ううっ、い、痛い・・・・」

アスカ「そもそもレイ!! アンタ何ぢぃ〜っとシンジの・・・そ、その、・・・・を見ているのよ!!」

レイ 「え〜いいじゃない〜だって、シンちゃんかわいいんだもん♪」

シンジ「・・・・がぁ〜ん」

レイ 「ん? どうしたの?」

カヲル「きみ、顔に似合わずさらっと残酷な台詞言うね。男にとっての」

レイ 「・・・・ん?」


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