チュン、チュッ、チュッ。
う・・・・ん。もう朝!?
ずいぶん明るいけど、今・・・・7時6分か。
・・・・え?
いけない!寝過ごした!
そうだ、夕べはお弁当の準備、しなかったんだ!
間に合うかな?
つくんなかったら、またアスカ怒るよな。
朝食は、シャケの切り身を焼いて、
それからカボチャ煮つけ残ってたっけ?
ミソ汁はワカメでいいか。
でも、お弁当はどうしよう!?
とりあえず、アスカの好きなタマゴ焼きと、
それから・・・・
大急ぎで制服に着替えながら、起き抜けの頭で
懸命にそこまで考える。
考えながら、ノブを廻してドアを開き(ん?)、
階段を降りて(え?)、台所に飛び込むと、
「おはよう、シンちゃん。どうしたの?今日は早いのね」
綾波に似た面差しの女性がビックリした顔で声をかける。
えっと、・・・・そうだった。
「あ、おはようございます、・・・・母さん」
そう、ここは違う世界だったんだ。
「どうしたの?そんな所に突っ立ってないで、顔でも洗ってらっしゃい」
ユイの言葉で我に返り、素直に従う。
冷たい水で顔を洗うと、ようやく頭がまともに働きだす。
昨日一日の出来事がまざまざと思い出され、
ここが自分の知っている世界ではないことを再確認する。
パラレルワールド
いつか読んだSF小説に出てきた、ありふれた言葉が浮かんでくる。
そんなバカな、と思いつつも他に考えようがない。
僕の知っている人たち。でも、知らない人たち。
実感なんて湧かないけど、少なくとも悪い気はしない。
そう、あり得たかもしれないもう一つの世界。
そんな気がする。なぜだか分からないけど・・・・
そんなことを考えていると、寝ぼけ顔の綾波が入ってきた。
「お、おはよう、綾波」
「おはよう、シンちゃん。もう、レイって呼んでったら!」
「だ、だって・・・・」
「まぁ、今すぐって訳にもいかないか、シンちゃんの性格じゃ。
焦んないから、早めに名前で呼んでよね」
そう言うと、レイはいきなりパジャマのボタンを外し始めた。
「ちょ、ちょっと綾波!いきなり何するんだよ」
「何って、シャワー使うだけだけど」
「だけって、それなら僕が出てからにしてよ。綾波、まだねぼけてるだろ?」
真っ赤になったシンジの言葉に、
レイは中学生とは思えない妖艶な笑みを浮かべてみせる。
「うふぅん、シンちゃぁん。幼なじみの成長見たい?」
「ば、バカ言ってんじゃないよ!は、早くしないと遅刻しちゃうよ!」
そう言うと、これ以上はないくらい真っ赤になってシンジは出ていってしまった。
その様子にくすくす笑いながらレイがつぶやく。
「変わんないな、シンちゃん。でも、ちょっとやり過ぎたかな?」
ひとつあくびをするとパジャマを脱ぎ捨て、
バスルームへ入っていった。
ダイニングでは、父ゲンドウがテーブルについて一心不乱に新聞を読んでいた。
濃い色つきの眼鏡。強い顎髭。読めない表情。
どれも、シンジの知っているものだ。
ただ一つ、自分と暮らしていることを除けば・・・・
強烈な違和感と苦手意識がシンジを逃げ腰にする。
でも、ここは違うんだ!別の世界なんだ!
逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!
そんな自分を叱咤して、できるだけ自然に声を掛ける。
「お、おはよう。父さん」
「うむ」
素っ気ない返事だったが、無視されなかった。
そのことに安堵してシンジは席に着いた。
しばらくすると、制服に着替えたレイもやって来て
ゲンドウに挨拶をして席に着く。
ユイは今にも踊りださんばかりの上機嫌で朝食を運んでくる。
「おはようございます。ユイおばさま。
朝から随分ご機嫌ですね」
「おはよう、レイちゃん。フフ、それはレイちゃんのおかげよ。
私もお父さんも昔から女の子が欲しかったの。
レイちゃんが来てくれたおかげでその夢が叶ったもの。
その上、アスカちゃんに起こされない限り何が起ころうと、
起きないシンジが自分で起きてくるんだもの。
まったく、女の子の力は偉大だわ!」
(ちょっと違うんだけどなぁ)
(でも、この世界の僕ってよっぽどだらしなかったんだなぁ)
ユイの勘違いに苦笑いしながら、シンジはそんなことを考える。
ピンポーン!
「おはようございます」
チャイムと同時に元気な声が聞こえる。
「いらっしゃい、アスカちゃん。上がっていいわよ」
「はぁい、お邪魔しまぁす」
(シンジには)信じられないほどかわいらしい声で応えるアスカ。
ダイニングにやって来ると、
「おはようございます。おじさま」
「うむ」
「おはようございます。おばさま」
「おはよう、アスカちゃん」
「あ、おはよう、レイちゃん」
「おはよう、アスカちゃぁん」
にこにこと絶品の笑顔を添えて挨拶をする。
しかし、テーブルにいるはずのない姿を見つけ、
これ以上はないほど目を丸くする。
あまりのことに声も出ないようだ。
「お、おはよう。アスカ」
「・・・・おはよう」
ようやくのことで挨拶を返すが、アスカの機嫌は急速に悪化したようだ。
その様子に怪訝な顔をしてレイが訪ねる。
「どうしたの?アスカちゃん」
「なんでもないの、気にしないで」
気にするなというのが、その様子が尋常ではない。
しかし、ここで余計なことを言えば、ますます状況を悪化するだけだと
判断したレイは、ただ黙って食事に専念した。
「それでは、おばさま。いってきまぁす」
「いってきまぁす」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけるのよ」
3人を送り出すと、ゲンドウを振り返った。
「あなた、早く支度して下さい。
会議に遅れて冬月先生に起こられるのは私なんですからね!」
「あぁ、分かってるよ、ユイ」
新聞から顔も上げずに応えるゲンドウ。
それは、いつもの光景だった。
先程の不機嫌もどこかに忘れたかのように、
アスカはレイと楽しそうにおしゃべりしていた。
前を行く2人の美少女を眺めながら、今日はゆっくりと歩いている。
(アスカ、何でさっきは機嫌悪かったのかな?)
(この世界のアスカもやっぱり怒りっぽいや)
そんなことを考えながら、きちんと2人の会話はチェックしている。
別にいやらしい意味ではなく、少しでもこの世界の情報を得ようと
考えてのことだ。
「それでね、それでね、アスカちゃん・・・・」
「ねぇ、レイちゃん。それやめない?ちゃん付けで呼ぶの」
「アスカちゃんだって。いいわ、そうしましょう。アスカ」
「そうね。レイ」
「あのぉ・・・・」
シンジがおずおずと話に割ってはいる。
「なぁに?シンちゃん」
「良かったら僕も、『シンちゃん』て言うのやめて欲しいかなって・・・・」
シンジの控えめな願いも元気な声に跳ね返されてしまう。
「ざぁんねんでした!シンちゃん、まだアタシのこと
レイって呼んでくれないもの。名前で呼べるようになるまでは、
ペナルティとして『シンちゃん』って呼ぶもんね!
レイって呼んでくれたら、考えてあげるわよ!」
「そ、そんなぁ」
「なぁに、細かいことぐだぐだ言ってんのよ!男でしょ!」
アスカの言葉に小声で反論する。
「男だから、ちゃん付けが気になるんじゃないかぁ」
「なんか言った?」
しっかりアスカに聞こえたらしい。
「な、何でもないよ!」
その慌てぶりに、美少女2人は顔を見合わせ吹き出してしまった。
教室には、ほとんどの生徒が集まっていた。
昨日より随分早く家を出たのに、女の子2人が
おしゃべりに夢中になってしまったため、
学校に着いたのは昨日とほとんど同じ時間だ。
ふと見ると、トウジが手招きしている。
「おはよ、トウジ。な、何」
「セェンセも、大胆な人やなぁ。惣流に昨日転校してきたばかりの
美少女まで引き連れて、両手に花とこれ見よがしに登校して来るんやから」
「ホント、天をも恐れぬ所行だよ!」
いつの間にかやって来たケンスケも口を挟む。
「そ、そんなんじゃないよ!」
「セェンセ、自分がどれほど男子の恨み買うとるか、知っとんのか?
あの外見だけは壱中一の美少女、惣流アスカといつも一緒のおまえを
どれだけ羨んどることか!それを、それを、転校生にまで
手を出しよってからに!」
(鈴原ぁ、聞こえたわよ。外見だけですってぇ。後で覚えてらっしゃい!)
そう心に決めたアスカの実力が行使されたのは、
1時限終了後の休み時間だったが、それはまた別の物語である。
トウジの剣幕にすっかり飲み込まれたシンジがようやく反論する。
「そんなんじゃないよ!アスカと一緒なのは家が隣だからだし、
綾波と一緒なのは家が一緒だからだよ!」
これほど自然に、これほど見事に墓穴を掘れるのも一種の才能であろうか?
騒がしかった教室に一瞬の静寂が生まれる。
さらにシンジを詰問しようとするトウジの耳をつまむ手があった。
その手の持ち主は・・・・特に名前を記す必要もあるまい。
「鈴原ぁ!本当に進歩無いんだから!今日も週番でしょ!」
「あたた、い、いいんちょ、ゴミなら昨日のうちに捨てとったで」
「う、そ、それなら花瓶のお水変えときなさい!」
「わかった!わかったがな」
そう言うと、そそくさと花瓶を道連れに逃げ出すトウジ。
その後ろ姿を見送るヒカリの怒りは、まだ収まらないようだ。
そんな様子にふとシンジは思いつき、ケンスケに聞いてみた。
「ねぇ、委員長って、ひょっとしてトウジのこと・・・・」
ケンスケはわざとらしく大きなため息をつく。
「今頃気づくなんて、やっぱりお子様な奴ぅ!」
窓の外からエンジンの爆音が響く。
すさまじいブレーキングとスリップ音。
「ミサト先生や」
トウジとケンスケが窓にかじりつく。
車は180度ターンできっちり白線内に収まる。
一瞬の間をおいてドアが開き、サングラスを外しながら
ミサトが降り立つ。
「ミっサトせんせぇ!」
トウジとケンスケの声がハモる。今日もVサインで応えるミサト。
その時、助手席のドアが開き、ふらふらとした足取りで
一人の男が車を降りてくる。
「な、な、なんや〜」
「うわぁ!ねぇ、ねぇ。あれ誰?」
転校したてで、ミサトの登場を物珍しそうに眺めていたレイが、
誰とはなしに聞いてくる。
「あ、加持先生じゃない。B組の担任。体育の先生」
ヒカリが声に、シンジも窓辺から覗いてみる。
(か、加持さんもいるの?やっぱり?)
(でもこれだけ知った顔が揃ってて、加持さんだけがいない方がおかしいよな)
なにやら悟りを開いた気分のシンジだった。
「なんで、なんで!?なぁんで加持先生が、
ミサト先生なんかと一緒なのよ!?」
とは、アスカ嬢のお言葉。
「加持先生とミサト先生、大学の同期だって。
とっても仲が良かったって、リツコ先生言ってたわよ」
「だからって、なんで加持先生がミサトの車に乗ってんの?」
「あれぇ?アスカったら大騒ぎして。
ひょっとして、あの男の先生にお熱なの?」
レイが心から楽しそうに口を挟む。
「だって、この学校にまともな男なんて
加持先生くらいしかいないんだもん!当然でしょ!」
すました顔で応えるアスカに、意地悪く聞いてみるレイ。
「それじゃぁ、シンちゃんも?」
「な、なんでここでシンジが出てくるのよ!
シンジなんかと比べちゃ加持先生がかわいそうよ!」
口では否定しているが、真っ赤になってしまっては台無しだ。
それでもレイは言葉通りに受け取ってみせる。
「それじゃぁ、これからシンちゃんの面倒アタシがみるわ!
だから、安心してアスカはあの先生のこと追いかけてね」
「ちょっと、レイ!なんでそうなるのよ!」
「あれぇ?やっぱりアスカ、シンちゃんのこと・・・・」
「ば、バカ言わないでよ!シンジはただの幼なじみよ!」
「うん、だからシンちゃんの面倒見てるって言うんでしょ?」
「そ、そうよ」
「だから、同じ幼なじみのアタシが肩代わりしてあげようって言ってんの。
それに、アスカはあれからずっとシンちゃんと一緒だったんだし、
これからはアタシが独り占めしないと不公平でしょ?」
「なんでそうなるのよ!」
喧噪は当分止みそうにない。
後でケンスケがぽつりと漏らした。
「ウチのクラスってもともと騒がしかったけど、
綾波が来て倍増したみたいだ」
それは正しい認識であろう。
[to be continued]
管理人(その他)のコメント
カヲル「ぬーっ。アスカ君とレイとシンジ君、なんかいい雰囲気だなぁ」
アスカ「何が不満だって言うのよ。それでいいじゃない」
カヲル「いや、いつか僕が出てくるにしても、それまでに大勢が決してしまえばどうしようもないじゃないか」
アスカ「あはははっ。ま、シンジがアタシのものになってからあんたがしゃしゃりでてきても、しょうがないもんねぇ」
カヲル「ちがうちがうって」
アスカ「・・・なによ、じゃあシンジがレイのものになっちゃうとでも言いたいの?」
カヲル「いやいや、きみの暴力に耐え兼ねたシンジ君が第三新東京市をにげだしてしまってから、ぼくがのこのこ転校してきても意味がないってことさ」
アスカ「だ・れ・があたしの暴力に耐え兼ねて逃げ出すのよ!!」
げしげしげし!!
カヲル「・・・・これだけなぐられて逃げないほうがめずらしいとおもうけどな・・・あいててて」
アスカ「はん、シンジは教育が行き届いているから逃げるなんてことはないわよ!」
カヲル「・・・・つまり、日ごろ殴られなれてしまったシンジ君は、逃げると更に恐いとその体におしえこまれてしまったわけだね。ああ、かわいそうに」
べきばきどかっ!
アスカ「そういう事実の歪曲をするんじゃない!!」
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