温泉の中。

湯煙が凄い。

アタシの頬も上気している。

でも、温泉だけのせいじゃない。

アタシの頬が赤いのは、熱いお湯のせいだけじゃない。

アタシの目には届かないあいつ。

でも、いつもアタシの側にいるあいつ。

あいつのせいで、アタシの頬は赤いの。

アタシはあいつが好きだから・・・・




アスカ一行日記・番外

第十一話:あの星を通じて



「・・・・」

 

沈黙がよぎる。

アタシの言葉に、シンジは何も言えない。

そしてアタシも、シンジに何も言えなかった。

でも、いつまでもこの時は続かない。

こういうのはアタシには似合わない。

第一黙っているのは辛すぎる。

シンジがアタシの言葉を、どう受け止めたのか気にし始めちゃうから・・・・

 

「シンジ・・・・」

「な、何、アスカ!?」

 

いきなり声をかけられたもんだから、シンジもびっくりして素っ頓狂な声を出

してる。馬鹿だけど、かわいいわね、やっぱり。

アタシはそんなシンジの声にようやくいつもの自分を取り戻して、少し明るく

シンジに呼びかけた。

 

「出よっか?」

「へ?」

「だから、温泉よ。温泉、そろそろ出ようかって言ってんの。」

「ああ、なるほど・・・うん、わかった。じゃあ、もう出ようね。」

「うん。じゃあ、入り口のところで・・・・」

「入り口ね、了解。」

 

そしてアタシはお湯の中から出た。

男湯の方からも、シンジが温泉から出る音が聞こえた。

アタシはそれを確認すると、脱衣所のところへ向かい、浴衣を着ることにした。

 

「お待たせ、シンジっ!!」

 

アタシは入り口のところでアタシを待っていたシンジに明るく呼びかけた。

が、シンジはそんなアタシに不満顔だ。

 

「もう・・・一体いつまで待たせるんだよ、アスカは・・・・」

「そんなに待った?アタシは急いで出てきたつもりなんだけど・・・・」

「待った待った。長時間待たされたね。もう、半分湯冷めしちゃったから・・・・」

「ごめんごめん。でも、女の子の着替えは時間がかかるってことくらい、アン

タだって知ってるでしょ?」

「そりゃあ知ってるけどさぁ・・・・でも、めかし込む訳じゃなし、浴衣を羽

織るだけだろ?なのにどうしてそんなに時間がかかるんだよ?」

 

シンジは言葉を発するたびに、アタシへの不満が募っていくみたい。

アタシは別に、シンジに悪気があった訳じゃないのに。

シンジなら、アタシの気持ち、わかってくれると思ってたのに・・・・

 

「・・・・ばか・・・・」

「え、何だって?」

「シンジの馬鹿!!アタシの気持ち、わかってくれてもいいのに!!」

 

アタシはそう叫ぶと、いつのまにか走り出してた。

あてなどある訳でもなく・・・・・

 

「アスカ!!」

 

シンジのアタシを呼ぶ声が聞こえた。

でも、もう戻れない。

アタシの心は戻りたいのに・・・・・

 

プライド、とかそういうのじゃない。

アタシはただ、恥ずかしかっただけ。

のこのこ戻って、もうシンジなしではいられないって言う自分をシンジに見せ

るのが・・・・

 

・・・・気がつくと、アタシは温泉街で迷っていた。

自分がどこにいるのかわからない。

どこをどうやって来たのかも、全然覚えてない。

ただ、無我夢中で走って来たから・・・・

 

「・・・シンジ・・・・」

 

いつもはアタシに勇気をくれるその言葉も、今はアタシに何の力も与えてはく

れない。それがアタシに勇気をくれたのは、いつもシンジがアタシの手の届く

ところにいてくれたから。いつもシンジが、アタシのこと、見守っていてくれ

たから・・・・

 

でも、今は違う。

シンジはアタシの側にはいない。

誰もアタシを守ってはくれない。

アタシは独り。

独りぼっち・・・・

 

「とにかく、宿を見つけよう・・・・」

 

アタシは自分にそう言い聞かせた。

恥ずかしくてもいい。

笑われたって構わない。

シンジが笑ってアタシを許してくれるのなら、アタシはいくらでも笑われよう。

とにかくアタシはシンジがいないと駄目。

寂しい。

心細い。

だから、アタシは戻る。

シンジのところへ。

アタシの愛する、アタシを守ってくれる、あのシンジの元へ・・・・

 

「いたい・・・・」

 

足が痛い。

慣れない草履なんかで走ったから、アタシの足は悲鳴を上げてる。

アタシは強い女の子のはずだったのに、その辺のひ弱で何にも出来ない女の子

とは違うはずだったのに、アタシはアタシが蔑んでいた、そんな弱い女になっ

てる。

やっぱり女の子は、恋を知ってしまうと、弱くなっちゃうの?

頼れる誰かがいると、もう強くなくてもいいって思っちゃうものなの・・・?

 

よく考えてみると、アタシはシンジに頼ってた。

細かいことから大きなことまで、何かしらシンジの力を借りてた。

シンジはわざわざ口には出してなかったけど、いつもアタシのことを見ててく

れた。アタシはずっとそのことに気付かなかったけど、最近になって、ようや

くそのことがわかってきた。

 

さりげなく見守る・・・・

誰にも知られなくても、相手に知られなくても、ただひたすらに守り通す・・・・

 

どうして男の人は、そんなことが出来るんだろう?

アタシには、絶対に真似の出来ないことなのに・・・・・

 

これが、男と女の違いなんだ。

ここに、アタシとシンジの強さの違いがあるんだ。

だからきっと、男は女を守る役目にあるのね・・・・

そして、アタシはシンジに守られて・・・・これって、別に悪いことじゃない

んだ。アタシはシンジに守られてていいんだ。

恥ずかしいことじゃないし、これってとっても、気持ちのいいことだもんね・・・・

 

だから、だから来てくれないかな?

弱虫だけど、女みたいに頼りないけど、やっぱりいつもアタシを守ってくれる、

あのバカシンジが・・・・・

 

 

小さな川が流れてる。

温泉場にはよくある光景。

昼にシンジと水遊びした小川とは、水量も全然比較にならないけど、でも、や

っぱりこういう場所にはよく似合う。

アタシは石造りの欄干に腰を下ろすと、後ろにひっくり返って川に落ちない程

度に空を見上げた・・・・

 

シンジと一緒に見た星。

明るく輝く、宵の明星。

もう一度、シンジと見たい。

一度などと言わず、これから何度でも・・・・

 

アタシは時を忘れて、夜空を眺めていた。

別に深い意味があった訳じゃない。

ただ、アタシは待っていただけ。

シンジがアタシの隣に立って、アタシと同じ星を眺めてくれることを・・・・

 

夜風が心地よい。

夏の暑さを吹き飛ばしてくれる、そんな微風だ。

それはアタシに運んでくれた。

水の匂い、樹のざわめき、星々の歌、そしてアタシが待っていた言葉を・・・・・

 

「アスカ・・・・」

 

アスカ、それはアタシの名前。

そして、その言葉を発するものは・・・・・

 

「見て・・・・」

「・・・・」

「また、一緒に見られたね、あの星・・・・・」

「・・・・・」

 

アタシは星を見続ける。

あいつの顔は見ない。

でも、アタシにはわかってる。

あいつも、シンジもアタシと同じ、あの星を眺めていることを・・・・

 

「見えるでしょ、アンタにも・・・・?」

「うん・・・・見えるよ、アスカ・・・・」

「・・・・綺麗ね。」

「そうだね・・・・」

「・・・・・ごめん。」

「・・・・いいよ、アスカ。」

「・・・・」

「こうしてまた、同じ星が見れたなら、それでいいよ。それで・・・・」

「・・・・シンジ・・・・」

 

そして、再びの沈黙。

しかし、それはアタシに不安を与えるものではなかった。

共有する静謐。

それは神聖なるもの。

同じものを見て、同じものを感じる。

二人の心は一つ。

すれ違いから今に至るけど、もう、二人の間に齟齬はない。

元々二人の心は一つだった。

だから、またひとつになるのに、何も必要とはしない。

ただ、お互いがそこにいるのなら・・・・

 

「アスカ・・・・」

「・・・・」

 

シンジの腕が、そっとアタシの身体に回される。

アタシはちょっとびっくりしたけど、違和感は全然なかった。

むしろこうしているのが自然だった。

シンジは人と抱き締めあうのは嫌いだし、特に人前では極端に拒む。

でも、今のシンジの目には、周りのものは映っていなかった。

ただ、あの宵の明星があるだけ・・・・

アタシさえもその視界には入らない。

でも、あの星を通じて、アタシとシンジは一つになってる。

だから・・・・

 

「・・・湯冷めするよ、アスカ。」

「うん・・・・」

「・・・・帰る、そろそろ?」

「ううん、もう少し・・・・」

「・・・・わかった。じゃあ、もう少しだけ・・・・」

「・・・シンジの身体、あったかいね・・・・」

「そう・・・?」

「うん・・・・」

「走ってきたせいかな・・・?」

「・・・・違うと思う。」

「え・・・?」

「きっと・・・・きっと、二人が一緒にいるからだよ・・・・」

「・・・・そう・・・そうかも知れないね、アスカ・・・・」

「うん・・・アタシはそう思う・・・・」

「・・・・」

 

シンジは黙って、アタシの身体に回した腕の力をほんの少しだけ強めてくれた。

アタシも黙って、シンジの肩に頭を寄せる・・・・

 

「・・・もう、謝らないから・・・・」

「僕も謝らないよ、アスカ・・・・」

「アタシ達、何も間違ってないよね?何も悪くなんてないよね?」

「うん・・・・これが正しいと思う・・・・」

「行き違いはあっても、すれ違いはあっても・・・・」

「・・・僕の想いは変わらない。」

「そして、アタシの想いも・・・・・」

 

アタシはそう言うと、初めて視線を下に戻してシンジの顔を見た。

そして、クスっと笑って言う。

 

「ふふっ、何だかくすぐったいわね、こういうのって・・・・」

 

すると、シンジもアタシの顔を見て返事をする。

 

「だね。僕もこういうの、慣れてないから・・・・」

「そのうち慣れるわよ。そのうちね・・・・」

「だといいんだけどね。」

 

シンジはそう言うと、少しだけ困ったような顔をして見せた。

でも、シンジは困ってなんていない。

アタシにはわかる。

 

「そうね。まあ、ゆっくり行きましょ、ゆっくりね・・・・」

「うん・・・・急ぐのは、僕の性に合わないから・・・・」

「鈍行列車でね・・・・」

「だね、アスカ。」

「急いでも仕方のないことなんて、いくらでもあるわよ。」

「僕もそう思う。本当に・・・・」

 

そしてまた沈黙。

でも、今度はひとつだけ、違いがある。

それは・・・アタシもシンジも、お互いを見つめてること。

いつもだったら、恥ずかしくなってすぐに目を逸らしちゃうけど、何だか今だ

け、今だけは別の世界にいるみたい。

旅行って元々そういうところがあるけど、アタシもそういうの、期待してなか

った訳じゃないけど、こんなになるなんて思わなかった。

アタシはここまでシンジに魅かれてたとは思えないし、シンジの方も・・・・

改めてお互いを見直して、再認識して、それで好きになれる。

ちょっとした短い小旅行だけど、これはアタシの一生に残るものになりそう。

いや、もう既に・・・・

 

「・・・・いこっか?」

「うん・・・・」

 

そして、アタシとシンジは宿に戻ることにした。

固く結ばれた心と、つながれた手と共に・・・・

 


高嶋さんへの感想はこ・ち・ら♪   

「かくしEVAルーム」高嶋さんのぺえじはこ・ち・ら♪   


管理人(以外)のコメント

ミサト「ひゃあ〜風呂は命の洗濯よね〜いい湯いい湯♪」」

アスカ「ミ、ミサト!! いったいまたなんでここに!!」

リツコ「あら、ネルフの慰安旅行よ」

マヤ 「しかしねえ。シンジ君とアスカが仲良く手を繋いで歩いているなんて・・・・」

シゲル「まったく、喧嘩するほど仲がいいってこのことっすかね」

マコト「うんうん」

冬月 「碇よ・・・・若いとはいいのぉ ずずずっ」

ゲンドウ「冬月、茶がこぼれているぞ」

アスカ「こ、こいつら・・・・ぷるぷる(怒)

ミサト「で、この先はどうするの? 夜はお楽しみ〜?(にやにや)」

リツコ「いつも安全日、なんて某氏の話の中だけにしなさいよ」

マヤ 「・・・・不潔です・・・・」

シゲル「ま、この先輩方の言うことは気にせずなっ」

マコト「後でシンジ君から色々聞き出すか・・・」

冬月 「碇よ・・・・若いとはいいのぉ ずずずっ」

ゲンドウ「だから冬月よ、茶がこぼれているというのだ」

アスカ「・・・・・・・・この、鬼畜どもが・・・・・(激怒)


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