アタシとシンジは遠く第三新東京市を離れる。
ゆっくり進む鈍行も、時間と共にアタシ達を遠くに運び去る。
アタシはシンジとこのまま二人、どこか遠くに行ってしまいたい気もするけど、それは許されざること。
だから、アタシはこの二人の貴重なひとときを楽しむの。
一秒一秒が大切だから。
そして、いつまたこういう風に、二人だけで旅行に行けるかわからないから・・・
「シンジ。」
アタシは窓の外の景色に見入っているシンジに声を掛ける。
シンジはアタシと二人きりでいるということよりも、見なれぬところに来ているということの方が大切みたい。だって、アタシは外の景色を見ていても、シンジのことばっかり気になってるって言うのに、シンジは全然アタシの気持ちなんか考えてくれてなさそうなんだもん。
まあ、アタシと一緒にいる時間なんて、シンジにとっては当たり前のことだから、こういう旅行に来てるっていうことの方が重要なのかもしれないけど、アタシはこういう時にもシンジにアタシのことを気にして欲しかった。
それって贅沢なことなのかもしれない。だって、旅行に来てるんだから、景色に見入る方が当たり前なんだもんね。でも、アタシはそうわかっていても、窓の外の景色に集中出来ないの。やっぱりアタシって、シンジに夢中なのね。
アタシはそう思うと、何とかシンジの意識をアタシの方に向けさせようと思って、シンジに話しかけることにした。
「何、アスカ?」
シンジはアタシのこんな気持ちに全く気がつくことなく、呑気にアタシの方に顔を向ける。アタシはそんなシンジを見ると、急に意地悪したくなってきた。
「次の駅で降りましょ。」
「え!?」
「だから、次の駅で降りるのよ。別にいいでしょ?」
「で、でも、富士山に行くんじゃなかったの?」
「それはあくまでも目的よ。せっかく各駅停車に乗ったんだから、ちょくちょく降りてみなくっちゃ。」
「それはそうかもしれないけど・・・・」
「嫌なの!?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど・・・・」
「じゃあ、決まりね!!降りる準備をしておいてね。」
「う、うん・・・・・」
シンジはアタシの急な計画変更に戸惑ってる。まあ、あらかじめ各駅停車に乗ったんだから、そのくらい当然だと思っておいてくれなくちゃって思う気持ちもあるけど、シンジはきっとここで降りちゃうと、帰りが遅くなるって思ってんのよね。アタシは日帰りで帰るつもりなんてないのに。一体いつになったらシンジはアタシの計画に気付くことやら・・・・まあ、アタシは自分の口から言うつもりはないんだけどね。
「駅に着いたわよ。」
アタシはシンジにそう言うと、暗に荷物を持つ様に促す。シンジはもうアタシのことは心得ているようで、黙ってアタシの重い荷物を持った。アタシはそういうシンジを見るたび、心苦しい気持ちにさせられるんだけど、シンジはアタシのこういう気持ち、わかってくれてるのかな?シンジの奴、鈍感だからわかってないかもしれないけど、わかってくれてると願わざるをえないわね。
アタシ達は、ひなびた田舎の駅のホームに降り立った。改札へと向かうアタシを追って、シンジも重い荷物を引きずりながらついてくる。そして、二人が改札を通り抜けると、正面にはまさしく田舎と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。
シンジはその駅前の様子を見てひとことアタシに尋ねる。
「・・・・アスカ?」
「なによ?」
「ここで降りて、一体何があるの?」
確かに言う通りだった。駅前ですら何にもないというのに、ここから離れて何かおもしろいところがあるということなど考えにくい。しかし、アタシは自分が間違いを犯したなんて思いたくなかったので、強がってシンジに向かって言った。
「何があるかわからないけど、きっと何かあるわよ。」
「ほんとに?」
「当たり前じゃない。これから地図を見て、それを探すのよ。みんなが行ってるような観光地なんて、はっきり行って面白くないに決まってんじゃない。アタシは穴場を探したいと思ってるのよ。」
アタシがそう言うと、シンジはやけに納得して見せた。
「それもそうだね。じゃあ、さっそくアスカの言う通り、地図を見て面白そうな場所を探そうよ。」
あっさりとアタシの意見を認めたシンジの言葉にちょっと拍子抜けしたものの、アタシはシンジと口論になったりしなくてよかったと思った。旅先にまで来てシンジと喧嘩はしたくなかったし、アタシはそういうつもりで旅行を計画した訳じゃないから・・・・
そして、アタシとシンジはよく駅前にありそうな、大きな地図を眺めた。
「どこか行きたいところ、ある?」
「そうねえ・・・・」
アタシとシンジは揃って上を向いて首を伸ばしながら、地図に目を走らせていた。しかし、アタシの思いとは裏腹に、なかなかいい場所は見付からなかった。
アタシは心の中で困り果てていると、シンジがアタシに一つ提案してきた。
「この近くに、小さな小川があるみたいだけど、そこに行ってみない?」
「小川!?」
アタシはちょっと意外に思ってシンジの方に目をやる。するとシンジは地図を見ながら一ヶ所に指をさしてこう言った。
「ほら、あそこ!!僕たちの住んでるとこって、もうそういうきれいな小川ってないだろ?ちょっと子供っぽいかもしれないけど、二人で水遊びでもしてみようよ。」
シンジはそう言い終わると、アタシの意向を確かめようと、こっちに視線を向けた。そして、アタシにそう言ってきたシンジの顔は、何だかやけに子供っぽく、無邪気で純粋に見えた。それを見ると、アタシもなんだかいろんなこだわりを捨てられたような気がして、素直にシンジに答えた。
「いいわね、そういうのって。じゃあ、そこにしましょ。シンジがアタシをそこに案内してねっ!!」
アタシは元気にそう言うと、自然に微笑んで見せた。すると、それを見たシンジはちょっとどきっとして、顔を赤らめながら答える。
「う、うん・・・・じゃあ、行こうか。」
アタシはちょっと意地悪く、シンジにどうして顔を赤くしているのかを尋ねようという考えも起きたが、今はやめておいた。何だかそういうふざけた話は、今のアタシとシンジには似合わないような気がした。
アタシがそう思っていると、まだ顔の赤いシンジは、両手で持っていたアタシの荷物を片手に持ち替えると、その空いたもう片方の手をアタシに差し出してきた。アタシはそれに気付くと、びっくりしてシンジに尋ねる。
「シ、シンジ、これ・・・・?」
すると、シンジは恥ずかしげに小さな声でおずおずと言ってきた。
「ぼ、僕がアスカをそこに案内するから・・・だから・・・・」
アタシは、そんなシンジにシンジなりの精いっぱいな態度を感じて、黙ったまま差し出された手に、自分の手を重ねた。シンジはまるで壊れ物を扱うかのように優しくアタシの手を握ると、ゆっくり歩き始めた。
アタシはシンジがアタシのことを意識しているのを感じたし、そんなシンジがうれしかった。そして、途中のこの駅で降りて、本当によかったと思った。
シンジはやっぱり自分のしていることが恥ずかしいのか、アタシと目を合わせようとはしなかった。アタシも、今だけはシンジをいじめないで、そっとしておいてあげた。でも、目と目はつながっていなくとも、手と手で二人は結ばれていた。
よく、目と目で通じ合うなんていうけれど、アタシは、手と手で通じ合えることも出来るような気がした。それは、普通の相手同士なら、何でもなく終わるかもしれないけれど、アタシとシンジなら、普通とは違って心と心を通わせることが出来るような、そんな何かを感じていた。
アタシはシンジがどう思っているかを確かめるすべはないけれど、きっとシンジもアタシと同じ気持ちでいるんだろうなと思った。だって、アタシはシンジの手のひらのぬくもりから、シンジの心の動きを感じ取ることが出来たし、たとえそうでなくとも、シンジの気持ちなら全てわかっていた。
アタシはうれしかった。シンジと話をするよりも、シンジと見つめ合うよりもシンジとキスをするよりも、シンジとこうして手をつないだまま歩くのがうれしかった。シンジは受け身ばっかりだから、アタシが積極的にならざるをえないけど、手をつないでいると、それが対等になるからだった。
それに、シンジが自分からアタシに手を差し出してくれたのがなによりうれしかった。この事によって、アタシはシンジがあたしにいやいや付き合ってくれているんじゃないってことがわかったからだ。
アタシはシンジのアタシに対する想いを、改めて感じることが出来た。それはアタシがシンジに対する想いよりはずっと小さなものかもしれない。でも、それがたとえ小さいものであるとしても、あるという事実がアタシにとっては安心させられることだった。
「シンジ。」
アタシはあまりのうれしさについ声を掛けてしまう。でも、シンジはそんなアタシの気持ちをアタシの手から感じていたのか、やさしくアタシに応えてくれた。
「なに、アスカ?」
「ううん、なんでもない。ただ、シンジに話し掛けたくって、そして、シンジの声を聞きたかっただけ。」
「そうだったんだ。別に僕は構わないよ。気になんてしてないから。」
アタシのわがままな言葉を、シンジはあたたかく受け止めてくれた。アタシはそんなシンジの笑顔を見ると、幸せを感じずにはいられなかった。
そして、また少しすると、今度はアタシにシンジが声を掛けてきた。
「アスカ。」
「何、シンジ?」
アタシはシンジに声を掛けられたのがうれしくなって、つい声を弾ませてしまう。すると、シンジはアタシに向かって微笑みながら、こう言ってきた。
「ううん、何でもない。ただ、アスカの声を聞きたくて、声を掛けちゃったんだ。」
「・・・シンジってば・・・・」
アタシの真似をした、そんなシンジがお茶目に思えて、アタシは笑みをこぼさずにはいられなかった。そして、アタシとシンジ、二人は笑いながら、幸せを振りまいて目指す小川に向かって歩き続けた。
もちろん、しっかりと手をつなぎあったままで・・・・
レイ 「碇くん・・・・どうして、そんなにうれしそうな顔をしてるの・・・・? どうして、そんなに素敵な顔をしてるの? 二人で手までつないで・・・・わたしといるときには一度も見たことのない顔・・・・・わたしには、一度も見せてくれたことのない顔・・・・あの人が好きだからなの・・・・? 碇くん・・・・人を好きになる事って、そんな顔をさせることなの? そうすると、わたしは碇くんには好かれていないのかしら・・・・・。・・・・わたしが碇くんを見つめるときの顔は? わたしの顔を見て、碇くんは今のわたしみたいに思うの? 「綾波の顔、すごくきれいだ」って・・・・・。
碇くん・・・・答えて、くれないの・・・・? わたしには分からないから、教えて欲しいのに・・・・」