University of 3rd Tokyo

episode 7

 

過去からの想いを

 

「えっと…」

シンジはレイの住むマンションに向かう途中のコンビニで買い物をしている。

食べ物と飲み物…二日分くらいを適当に見繕ってかごの中に入れていく。

レイの好みもある程度なら知っている…無論、アスカの好みなら完璧に把握しているが。

おにぎりが並ぶ冷蔵庫の前で、シンジは野沢菜と昆布をかごに入れる。ふと、焼き肉サンドおむすびを手に取るが、

クスッと笑うとそれはもとに戻した。

「これはアスカの好物だもんね。」

その他にサンドウイッチやお菓子の類、ウーロン茶とミネラルウォーターのPETボトルを仕入れると、今度は

隣にある薬屋に。

「やあ、シンジ君。調子でも悪いのかい?」

「やだな加持さん、来る度にそれじゃあ、僕ってよっぽどひ弱って感じですよ。」

シンジ御用達…と言うか碇家御用達のスイカ薬局…ネーミングセンスを疑われても仕方ないが…の主人、加持リョウジ

がニヤッと男臭い笑みで迎えてくれた。キョロキョロと店内を見回し、シンジが以外そうに訊ねる。

「ミサトさんは?」

「ああ、葛城かい?今日は病院に行ってる。最も、薬屋の女房が病院通いってのも変な話さ。」

自分の連れ合いを旧姓で呼ぶこの男…彼がシンジの進路に多大な影響を与えたのだが…

「ミサトさんをあんなお腹にした人が言うセリフじゃないですよ、それ。」

くすくすと笑いながらシンジはカウンターの前で荷物をおろす。

「言うじゃないかシンジ君。君も直に解るさ、女は強い存在だってことをね。で、何が入り用なんだい?

精力剤ならいいのが入ったぞ。イカリソウって言うんだが…君と同じ名前だな、これ。」

茶っ葉の様な物の入ったポリエチの小袋を取り出すと、ニッと笑う加持。

「やだなぁ加持さん、僕には用のないもんばっかりくれるんだもんな…」

「そうかい?俺はただ、分析用の試料にと思ったんだが…」

「そんなこと言って…アスカにもなんだかんだ言って怪しい薬草、渡してるでしょ…飲まされる僕の身になってよ…」

「アスカちゃんは気に入ってる様だけどな…まあいい、これは風邪やなんかの時にも効くし、あげるよ。で、他にも…」

ごそごそと段ボール箱の中を物色する加持に、シンジは困った様に声をかける。

「あの…今日は風邪薬を買いに来たんですけど…」

「何、精力剤じゃないのかい?」

悪戯小僧の様な笑みを浮かべ、加持はニュっとカウンターの下から顔を覗かせた。

「だからそれはいいんですよ…僕をからかって楽しいですか?」

「悪い、ついね…よし、お詫びに良いのを選んであげるよ。熱は出てるのかい?」

「ええ。後、くしゃみをしてました。」

「鼻にもきてると…となると…これだな。まいどあり、と。」

「幾らになります?」

「ツケでいいさ、お得意さんだしな。アスカちゃんにお大事にって言っといてくれ。」

パブ○ンを紙袋に入れつつ、加持はニッと笑った。

「あ…いや…アスカじゃないんですけど…」

「ん?ならゲンドウさんかユイさんかい?」

「いや、友達です。一人暮らしなんで、ちょっと見舞いにと思って。」

紙袋をコンビニの袋に入れ、シンジが答える。

「一人暮らしねえ。普段は気ままでいいが、病気したりすると心細いもんだからな。まあ、あまりひどい様なら病院に

連れていってあげた方がいいかもな。」

「そうですね。」

「ま、時間があるなら看病してあげることだ。シンジ君なら言わなくてもそうするだろうがね。」

「そのつもりです、じゃ。」

「お大事にな。」

小走りに出ていくシンジを、加持は嘆息しながら見送っていた。

 

 

「懐かしいなあ。」

シンジはレイの部屋の前まで来ると、右手の荷物を床に置いた。

ぴんぽーん

とりあえず一度だけ呼び鈴をならす。

「………寝てる…か。」

右の尻ポケットから先ほど預かった鍵を取り出す。

殆どの鍵がカードキーとなった時代に金属製の鍵。レトロスペクティブなその鍵を、シンジは鍵穴に差し込む。

かちゃり

いかにもな音で鍵は開いた。

「綾波ー、入るよー。」

シンジはそっと玄関へと入る。こざっぱりとした印象の玄関。

「お邪魔します。」

律儀に靴をそろえ、そっと廊下を歩いていく。

ダイニング。キッチン。ワンルームではない作りのマンションの一室。

「久しぶりだけど…きれいにしてるな…」

寝室とおぼしき部屋をちらりと覗くシンジ。

ベッドの脇にはごみ箱。枕元にはティッシュ。

そしてレイがベッドに横たわっていた。

「綾波?」

「う…ん…」

「綾波?」

「ん…い…碇…くん?」

「大丈夫?そっち行っていい?」

「う…ん……ちらかってて…ごめんね…」

ゆっくりと身体を起こそうとするレイに、シンジは慌てて近付く。

「いいよ、寝ててよ。」

心配そうなシンジの顔を見て、レイは安堵と何とも言えない満ち足りた気持ちを覚える。

「うん…そうする…」

「具合はどうなの?」

「少し熱が…あるみたい。あと、だるいの…」

タオルケットから顔だけ出して、レイはそう答えた。

「おにぎりとサンドイッチ買ってきたんだけど…食べられる?」

「うん…碇君…ごめんね…」

シンジはコンビニで買ったおにぎりのフィルムを剥がしながら、ふっと微笑む。

「気にしないで…困った時はお互い様だよ。…はい。」

そう言ってシンジがおにぎりを差し出す。が、レイは何か訴える様な視線でシンジを見つめるだけだ。

「……?……!!…しょうがないなあ…」

軽く溜息をつくと、シンジはおにぎりをそっとレイの口元に運ぶ。照れくさ気にそれをかじるレイ。

ぱり…もぐもぐ…ぱりりっ…

シンジもただ微笑んでレイの食事を手伝う。

-昔と雰囲気は違うけど…してることは同じか…-

レイがおにぎりを一つ食べ終えると、シンジはウーロン茶のPETボトルの封を開ける。

「綾波、コップ借りるよ。」

勝手知ったる他人の家。

キッチンの食器洗浄機の中からコップを出しながら、シンジはきれいに整頓されたキッチンを見て少し嬉しくなった。

「はい。」

そう言ってコップを渡そうとするシンジだが、レイはまたあの視線で見つめるだけ…いや、顔が僅かに上気している。

「………綾波ぃ…」

じーっ

「ねぇ、これは…」

じーっ

「………………………こぼれるから…」

じーっ

「……仕方ないなあ…」

シンジはそう言うと、ベッドに腰掛けてレイの肩を抱いて身体を起こす。

レイは一瞬不満気な顔をしたが、肩を抱かれていることで思い直した。

「はい…ったく…子供みたいだなぁ。」

こく…こく…こく…

-綾波って結構甘えん坊なんだなあ…普段はそんな感じないのに…-

お茶を飲ませながら、シンジは思う。

-大分熱あるなぁ…けど…やっぱり一人暮らし…あ…そっか…身内の人…いないんだったな…-

-甘えられる人…いないから…か…-

幸せそうにお茶を飲むレイの顔を見て、シンジはドキッとする。

-可愛いなあ…-

シンジ以外にはレイのこの表情は引き出せないのを知ってか知らずか、また、アスカと違う甘えられ方をされているせいか。

シンジはそう思った。

「…あ…あの…ありがと…もういいわ…」

「あ、い、いや…ご、ごめん…」

ふと我に帰ったのか、あたふたと謝るシンジ。そっとレイを寝かせる。

「どうして…碇君が…謝るの?」

「あ、あの、勝手に肩抱いたし…」

「ううん…わたしが甘えたから…」

そう言ってさらにタオルケットを引き上げるレイ。口まで隠してシンジを見つめる。

「嬉しいな…」

「え?」

「碇君だよね…」

「あ?う、うん。」

「本当に…碇君だよね…」

「どうしたの?綾波…」

意味が解らないシンジ。と、レイの瞳が潤んでいるのに気がつく。

ぐらっ

シンジはまた、タイムスリップした様な感覚に襲われる。

「……っ……う………うっ……ふぇっ……」

ぽろぽろとレイの双睫からこぼれる涙。

そして突然シンジに抱きつくレイ。

ぐらぐらっ

「どうしたの?」

揺れる心を押さえる様に、シンジは落ちついた口調でレイに尋ねる。

しかし、レイはただ泣いているだけ。

シンジはそっとレイの肩を抱いてやる。

時々、レイが嗚咽で肩を振るわせると、少し力を入れて抱く。

過去のレイを知るシンジは、そうすることでレイが落ちついていくのを知っていた。

そして、自分も落ちついていく。

 

しばらくしてレイが泣き止むと、シンジは膝枕をしてやる。これはアスカの教育の産物。

「落ちついた?綾波。」

「……………。」

黙ってこっくりと頷くレイ。

「……なにかあったの?」

「…ううん…違うの…嬉しいの…」

「嬉しい?」

シンジの脳裏にふと浮かぶ、三年前のアスカとの会話。

「碇君が…側にいてくれてる…寂しかったの…ずっと…寂しかったの…」

朦朧とした意識の中、必死に言葉を紡ぐレイ。

「アスカに…碇君を…持って行かれて…悔しかったの…だって…わたし…碇君しか…ダメだから…」

シンジの顔に、走る逡巡。

「でも…碇君が…幸せなら…それでも…いいって…思おうとしたの…」

レイの目から再びこぼれ落ちる涙。

「わたし…碇君に…助けてもらったもの…それでいいって…思おうとしたの…」

涙の落ちるペースはどんどん早くなる。シンジのジーンズに滲みいる涙。

「でも…寂しいの…すごく…寂しいの…他の男の人じゃダメなの…」

キュッとシンジの手を掴み、頬に押し当てるレイ。

濡れた頬の感触に、過去のレイを重ねるシンジ。

「碇君しか…いないの…諦めようとしたの…アスカも…いい娘だもん…諦めたいの…わたし…」

罪の意識と今までまるで気付かなかった自分に対する嫌悪感に、シンジは戸惑う。

-綾波をこうしたのは誰だ?-

-僕なのか……そう、僕だ-

-僕が綾波を…こうしたのか?-

「でも…いや…出来ない…碇君…わたしを見て…見てくれるだけでいいの…お願い…」

-ダメだよ…僕にはアスカがいる…でも……どうして…僕?…-

「アスカとのこと…知ってる…別れて…アスカと…別れて…碇君…」

-綾波には…誰も…いない…僕しか…いないの?-

「中学の頃から…ずっと…好き…なの…壊れたわたしを…助けてくれた…」

-それで…か……-

「高校…違うとこ…行けば…忘れられると…思ったの…」

-ダメだよ…アスカが…-

「でも…忘れられなかったの…余計に好きになっちゃったの…逢えないから…たまに見かけるとすごく嬉しかった…」

-綾波をこのままにして僕はアスカと幸せになるのか?-

「でも…何時もアスカがいたから…声…掛けられなかった…邪魔…みたいだし…」

-出来ないよ-

「アスカが羨ましい…碇君…独占してる…わたし…寂しいよ…」

-綾波をこのままに出来ない-

シンジの心は明らかに状況に流されている。が、今のレイを見ている分、それも無理のないことだった。

まるで子供みたいにぽろぽろと涙を流し、哀願の表情。

意識のはっきりしない時だからこそ吐き出すことが出来る、裸の心。

レイの宣戦布告をアスカ経由で聞いていたからこそ、ある意味冷静にレイの言葉を受け止められたこと。

アスカにとって、まさに最悪のシナリオ。

シンジはそっとレイの頬を撫でる。

「綾波…」

「碇君…ん…」

「僕でいいなら…」

「…え…?」

「僕で…いいの?」

レイの熱は39度近い。普段なら決して出さない心の内側を吐露したことに、今更ながら気付く。

シンジの言葉にふと、我に返った。

-碇君…が…わたし…受け入れて…くれる…??-

「…本気に…して…いいの…?」

「…何て言って良いか解らないってのが本音かな…でも…まだ僕を必要としてくれるなら…」

レイは風邪を引いたことに感謝した。普段の自分ならきっと言えなかったことを言えたシチュエーションに。

決意。それが幾らあっても幸せそうなシンジを見ると、自信がなくなっていた。

アスカとじゃれあうシンジの嬉しそうな顔を、自分が引き出せるか。

過去の柵がレイを縛っていた。

が、たとえ情けでシンジがOKと言っていたとしても、レイに取っては関係なかった。

「…無理しなくていいのよ…アスカ…どうするつもりなの?」

シンジはレイを見つめる。

普段はあまり表情の豊かではないタイプのレイ。

揺れる心を表すように緋色の瞳に映る戸惑い。

普段は抜ける様に白い頬には紅がさしている。

こんな儚げな表情のレイを見れるのも、シンジのみ。

「意地っ張りなのは…変わってないね。」

「…だって…」

「それとも、さっきのは冗談なの?」

シンジに取って、一種の賭。

アスカとの三年間で、シンジも成長していた。

-ここで冗談だったと言われれば、もう綾波に関わることはやめよう…ただの友達でいよう-

-アスカも僕を必要と…してくれてるのかな?-

-でも、僕を好きだと言ってくれたら…-

-僕は綾波を選ぼう-

-アスカは…もともと僕には過ぎた娘なんだ-

-綾波には失礼かも知れないけど…-

-綾波の方が僕には合ってる様な気がする-

-僕が助けることの出来た…唯一の人だから…-

レイは迷っていた。

ここに来て、また自信を無くしていたのだ。

-わたしで…いいの?…-

-碇君は優しいから…わたしに同情してるだけなの…かな…-

-それでもいい…でも…夢?かな…こんな…-

しかし、風邪を引いた頭はその思考を遮る。

揺れる瞳に、一瞬の決意が宿る。

「好きなの…大好き…碇君…」

「綾波…」

「わたしを…見て…愛して…欲しいの…」

そこまで言うと、カクンとレイの身体から力が抜ける。

「綾波?……寝ちゃったの?…」

シンジはフッと笑うとそっとレイの髪を撫でる。

レイの寝顔は、満足気に微笑んでいた。

 

つづく


あとがきっ

 

いままで読んでいてくれた人を一気に敵に回すような展開。

アスカはどないすんねん、シンジ。

しかもレイのセリフがアスカっぽいのは何故?

作者もびっくり。←実は予定通りという説あり。

まさかこんなに急にレイに転ぶかなぁ、シンジって。←(“時が、走り出す”by DARUさん)を読んだからと言う説あり。

とほほー。←これは本音。自分の実力のなさにあきれてます。

状況に流されやすいのも考えもんだなあ。←作者のことと言う説あり。

…ったく。

てなこと言ってても始まらないので次回予告。

シンジはアスカに別れを告げ、レイとの生活を始める。

事態の推移を認めることの出来ないアスカ。

シンジの母、ユイも自分の息子の行動に戸惑う。

ただ一人、シンジの行動を見守る人物。

アスカはシンジの奪回を誓う。

次回、錯綜する関係。

アスカにんの人、ごめんなさいいっ。

かみそりメールは勘弁のほどを。

では、また次回にて。

ついしん。

episode 1〜6までのサブタイトルは、次回にて。



Rossignol高橋さんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

シンジ「こそこそこそこそ・・・・

カヲル「やあ、シンジ君」

シンジ「どきいっ!! ・・・・なんだ、カヲル君か」

カヲル「なにをびくびくしてるんだい? ・・・・ははぁ(にやり)」

シンジ「な、な、なんだよ〜(あせあせ)」

カヲル「ふっ。言わなくても、僕にはわかるよ」

シンジ「びくうっ! なななななんのことかな(どきどき)」

カヲル「いや、なにも言うまい。男なら、それもまた一つの道だからね」

シンジ「う・・・・そ、そんなこといったって〜(汗)」

カヲル「ほら、早いとこ逃げないと、もうすぐアスカくんがやってくるよ」

シンジ「ええっ! そ、そいつはまずい・・・・か、カヲル君、後は任せたよ!」

カヲル「あ〜あ、逃げちゃった。・・・・ん? 噂をすれば・・・・」

  どたどたどたどたどたどた!!

アスカ「シンジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜(激怒) ちょっとカヲル、シンジどこ行ったか知らない?」

カヲル「ん? シンジ君ならあ・・・・」

アスカ「あ?」

カヲル「あ・・・・あ・・・・あんパン♪

アスカ「・・・・なにバカなこと行ってるのよ。バカシンジ! どこに行った〜〜〜!!」

カヲル「おっと、あまりの剣幕についシンジ君を魔の手に引き渡してしまうところだった・・・ふっ」


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