University of 3rd Tokyo
episode 8
錯綜する関係
「ん…」
レイは何時もと違った感覚を、頬に感じて目を覚ます。
何かが頬に当たっている。どうやら手のひらの様だが、自分の手の感覚ではない。
枕も何か堅い感じがする。
「………あ……」
寝ぼけた頭が覚醒するにつれ、自分が何を枕にし、何が自分の頬を包んでいるのか確認出来た。
「…………くー……」
その枕はこっくりこっくり、うたた寝している。
レイは急に体温上昇、激しい動悸に襲われた。
-…何で…何で…碇君が?…-
やがて、約2時間前の出来事…かなり記憶が欠落しているが…を思い出すと、何かくすぐったい様な気持ちになった。
「ふふっ…可愛い寝顔…」
シンジを見上げて、にっこりと微笑む。
しかし。身体の調子は芳しくなさそうだ。熱っぽさは未だに取れない。しかも寝汗をたっぷりかいたらしく、ベタベタした
感触が気持ち悪い。
-やだ…ニオイしないかな…-
くんくん、と腕をかいでみる。汗のニオイがする様な気がする。
-えーん…お風呂入りたいけど…碇君…いるし…-
-碇君に見られるのは…いいけど…って…-
もじもじと思考の海をたゆたっているレイ。
「…ん…起きたの…綾波…」
シンジが目を覚ましてしまった。
「あ…うん…碇君…」
手を握って口元に持っていく仕草。二十歳過ぎには見えないくらいの少女的な仕草。
身体をよじってシンジの方を向くが…目の前には妙に張りつめたジーンズのフロント部分。
「やだ…碇君…えっち。」
「へ?…あ、あ、ごめん…け、けど、寝起きだから…」
一瞬、何のことか分からなかったシンジだが…彼もまだまだ若いのだ。
「そ、それよりさ…調子はどう?」
「ん…まだ…良くない…」
レイは倦怠感の中にも、妙な心地よさを感じていた。
今までなら病気…そんな大病の経験はないが…の時には孤独感に押しつぶされそうになりながら、寝て治していた。
最も大切な人に見て貰っていると言う安堵感…レイが求めてやまなかったもの。
「そっか…」
「ねぇ…碇君…」
「何?」
「あの…汗…かいたから…お風呂…入りたいの…」
レイの言葉に、ふうと溜息をつくシンジ。
「ダメだよ…熱あるのに。」
「じゃあ…身体拭いて…くれる…?」
ぼん!
そんな音が聞こえて来そうな位、赤面したのはレイの方だった。
「背中だけ、ならいいよ。前は自分で拭けるでしょ?」
「…うん………なんだか碇君…冷たい……」
「そ、そんなぁ…いくらなんでも…ねえ…綾波はそう思わないの?」
「わたしは碇君に…拭いて欲しい…」
ぼん!
今度はシンジが赤面する番だった。
結局シンジが家に帰ったのは、次の日の夕方近くになってからだった。
夜の間に一体、何をしていたのかは…秘密にしておこう。
朝方にはレイもかなり良くなっていて、それからはアスカとのことなどでずっとレイと話し込んでいた。
「でも、本当にアスカはどうするの?」
「別れる…しかないよ…」
「家も同じなのに?気まずくないの?」
「そのことなんだけど…僕、家を出ようかと思っているんだ。」
「一人暮らしするの?」
「うん…前から家は出たかったんだ。でも、アスカがダメだって…」
「そう……」
…………………………
「ほんとのこと言うとさ、アスカと一緒にいるのはお互いに良くないんじゃないかって…思ってもいたんだ。研究室を別にしたのも
そう思ってたからで…」
「どうして?」
「ん…アスカってほら、ああじゃない…何でも出来るからさ…僕なんかお荷物になってる様な気がしてて…」
「…………」
…………………………
「僕も自分で何が出来るか、試してみたいんだ。他の人に意見されること無くね。」
「そんなに拘束されてたの?」
「拘束…か…そうかもしれない。とにかく、綾波のことがなくても一旦距離を置くつもりでいたんだ。」
半分本当で半分はウソだった。正直なところ、レイのアタックなしにアスカから身を引く事までは出来なかった。
シンジがアスカとの関係に疑問が沸いていたのは事実だが。
居心地はいいし、恋人…もしくは伴侶として、アスカは極めてシンジ向きだと、自分でも思う。
しかし…何かが違うような気がしていた。
…………………………
「本当は自分でも良く分からないんだけど…でも、このままアスカと一緒じゃあダメだって思うんだ。」
「わたしは…そのことには何も言えない。だって、それはアスカと碇君とのことだから…」
「そうだね。」
レイはどんな形であれ、シンジをモノに出来ればそれで良かった。
後は、二人で築き上げていけばいい。
愛はそう言うものであるべき、と言うのがレイの信念だからだ。
「それにね。」
シンジはレイの髪を手で梳きながら、続けた。
「綾波とは一晩だけしか経ってないけど…しっくりくる様な…そんな気がするんだ…」
「嬉しいな…わたしはあせらないから…碇君が…いいと思う様にして欲しいの。」
「ありがとう…」
「でもね…」
「何?」
「一人暮らしって…入り用だよ。わたしも親の残してくれた財産でやりくりしてるから分かるんだけど。」
「そうだよね…」
「でね…碇君、卒業まで…わたしの家に住んでもいいよ。」
「え?」
「一人で暮らせるようになるまで…まだしばらくかかるわ…わたしとしても、そうして欲しい。」
「まあ…一番現実的ではあるけど…」
「卒業まで碇君は碇君の家にいるのが本筋だとは思う。わたしは待てるから。アスカとはそれまで続けててもいいわ。」
「それは不誠実じゃないか。」
「選択肢としては、それもあるってこと。」
「でも…」
「そりゃあ…わたしも碇君と一緒にいたい…碇君に来て欲しい。今もすごく不安なの。でも、碇君はわたしを選んでくれたって
事実があるもの。それがウソじゃなければ、わたしはいいの。」
レイとの会話を思い出しながら、シンジは荷物をまとめている。
取り合えずは当座のものから、鞄に詰め込む。
思えばあまりに唐突な話だが…シンジは何か気力が充実していくのが分かる。
-父さんや母さん…アスカに何て言うか…だな-
ぶつぶつと独り言をいいながら、簡単な引っ越しの準備を進める。
「シンジー、ご飯よ。」
ユイの声。
「うん、今行く。」
返事をして、用意の出来た三つの鞄に決意を新たにする。
食事を終えて、ユイとアスカは片づけの最中。
シンジはまず、ダイニングで父ゲンドウに話しかける。
「父さん…」
「何だ、シンジ。」
ゲンドウは珍しく話しかけてきたシンジに、少し嬉しそうだ。相変わらず夕刊から目を離さないが…。
「あの…さ…僕…家を出ようと…思うんだ…」
「ああ。」
「ああって…今夜から…なんだけど…」
「ああ…ん?シンジ、今なんと言った?」
読みかけの夕刊を置いて、ゲンドウはシンジの方を向く。
「今夜…」
「どう言うことだ?」
「その…」
言い難そうなシンジを見て、ゲンドウはスッと席を立った。
「私の書斎に来い、シンジ。」
「うん…」
ゲンドウの書斎に向かう間は、お互いに一言も交わさない。が、場所を変えてくれた事にシンジは感謝した。
「さて…説明しろ、シンジ。」
書斎の椅子にどっかりと座ったゲンドウが、話を再開する。
「あのさ…僕…家を出たいんだ。」
「何故だ。」
「その…アスカと…別れるから…」
「何か理由があるのか?」
「…まあ…いろいろと。」
「…そうか…お前の決めることだ、私は何も言わんが。しかし、それだけではないだろう。」
「うん…実は…前から考えてたんだ…まさかこんなに急にこうなるとは…僕も思って無かったけど。」
「その筈だ、お前はまだ学生だからな。」
「まだ卒業まで大分あるしね…でも、決めたんだ。僕は、今日、家を出る。」
「住むところはどうする?」
「取り合えず行くアテはあるんだ。」
「居候か?」
「まあ、そんな感じかな。」
「ほう…ひょっとして綾波君の家か。」
「え?と、父さん…どうして…」
「彼女の後見人の一人だからな、私は。」
「え?そ、そんなの…知らないよ…」
「当たり前だ、言ってないからな。」
「で、でも…どうして…」
「彼女の両親は私の旧友だった。最も、亡くなってから分かったことだがな。お前が彼女の面倒を見ていた時期があっただろう。
その時に聞いた名前だと思って調べたのだよ。まあ、やったことは財産相続に変な横槍がはいらん様にしただけだがな。」
「じゃあ…何故…」
「昔のことだが…彼女にお前の進路を尋ねられたことがあってな。その時に彼女の気持ちは聞いている。」
「でも、父さんは何も言わなかったじゃないか。」
「聞かれなかったからな。それにユイはアスカちゃんにご執心だ。私が口を挟めないのは、分かるだろう。」
「それって…情けないよ、父さん。」
「言うな…私も辛いところだからな。」
そう言ってゲンドウはニヤッと笑う。シンジはこの年でのろける父親に、少し呆れた。
「まあ当たったのは偶然だ。そうか、彼女と暮らすのか。」
「就職したら、自分で部屋を借りて住むつもりだけど…今は無理だしね。」
「学生の本分をわきまえると誓うなら、私は止めんよ。お前ももう二十二だ…自分のことは、自分で決めろ。」
「ありがとう…」
「ユイやアスカちゃんにはまだ言ってないんだな。」
「うん…」
「ユイはきっと許さんだろう。アスカちゃんもな。時間を掛けてもいい、その辺りはきちんと押さえろ。」
「うん。」
「そうか…綾波君とな…何度か会ったことがあるが…いいお嬢さんだ。」
「そうだよ。」
「しれっと言うな…まあ、中学の時のこともある、お前がしっかりしないとな。」
「うん。」
フッと笑うと、ゲンドウは机の引き出しからカードと通帳、印鑑をシンジに手渡す。
「何…父さん…」
「へそくりだよ。私のな。ユイに見つからずに済んでいる、二つの内の一つだ。」
「なんかすごい貴重品の様な…」
「ああ、そうだ。そっちは少ない方だが…しばらくは暮らせる位はある。持って行け。」
「いいの?」
「問題ない。」
「ありがとう…父さん。何時か返すよ。」
「ああ、ユイに見つからんようにな。」
ニッと笑う父子。しかし、ゲンドウはユイに極端に弱いのか。
シンジはゲンドウの書斎から出ると、ほっと溜息をつく。正直、ゲンドウにダメと言われたらかなり立場が辛くなるからである。
たとえそうなったとしても、家を出る決心は揺らがなかっただろうが。
-綾波が待ってる。-
ただ、その事実だけが、今のシンジの支えとなっている。
そして、最難関のアスカの部屋へとシンジは向かう。
こんこん。
シンジはそっとノックをする。
「はーい。」
「僕だよ、入るよ?」
シンジは意を決して部屋へと入った。
「どうしたの?」
シンジがアスカの部屋に入ることは比較的珍しいことだ。
二人でいるときもシンジの部屋がほとんどで、そうでないときは出かけている時くらいだった。
「あのさ、アスカ。」
「なーに。」
アスカは端末に向かったままで返事する。
「実は僕…家を出るんだ。」
「またそんな事言って…いい加減にしなさいよ。」
「そう言うと思ってたよ…でも、もう決めたんだ。」
アスカの顔に明らかな不愉快さが滲む。
「アンタねぇ…決めたって言ってるけど、住むとこどうする訳?第一、アンタまだ学生じゃなーい、無理無理、止めときなさい。
このアタシが言ってんのよ、さっさと撤回しなさいよ。」
「しない。もう住むところは決まってるんだ。」
くるりと椅子を回してシンジの方を向くアスカ。
キッとした顔のシンジを見て、アスカはイヤな予感に襲われる。
「ちょ…ちょっと…アンタ何言ってんの…」
シンジはドアにもたれ、俯きながら答える。
「ねえ…アスカ…僕達…距離を置いた方がいいと思うんだ…」
「…え…今…なんて…」
「最近さ…思ってた…何かアスカ、第弐東大に行きだしてから…充実してるなあって…此処しばらく、見たことないくらい。
やっぱりさ、アスカはそんなのが似合ってるんだって…僕みたいなのの面倒みてちゃダメなんだって…」
「アンタねぇ…!」
がたんと椅子から立ち上がるアスカに、シンジはちらりと一瞥をくれるだけだった。
「ちょっと!こっち見なさいよ!」
「いいから聞いてよ!!」
シンジが珍しく怒鳴り返す。アスカの胸によぎる『別れ』の予感。
「アスカの言うことの方が正しいってのも分かる…でも…僕も僕の考えで動いてみたいんだ…もうあれこれ言われるのは…
やなんだよ…」
アスカは言葉が出ない。シンジのことは全て分かっているつもりだったから…。
「僕なんていない方がアスカのためにいいんだ…それに、こんな事言う度胸もなかった。僕はそんなつまらない男なんだ。
アスカにふさわしい男じゃないんだ。」
そこまで言うとシンジはくるっとアスカに背を向ける。
「楽しかったよ…それに嬉しかった。卑怯モノと罵ってくれてもいい、意気地なしってバカにしてもいい…
僕は綾波の所に行くよ…さよなら…君の幸せを祈ってるよ…」
ぱたん…
ドアの閉まる音。アスカは呆然と立ち尽くしている。
とんとんとん…
シンジが階段を下りる音。
しばらくして聞こえるユイの怒声とシンジの怒声。
ごと…ごと…
シンジが玄関を開け、出ていく時の空気の流れがアスカの部屋のドアをノックする。
アスカがハッと気付いた時には、シンジはこの家の住人ではなくなっていた。
つづく
今までのエピソードの中で最も重い引きになりました。
別れ話はつらいものです。どんな事情があるにせよ…
時に、シンジは一晩中レイの看病をしただけです。添い寝したかどうかはみなさんのご想像におまかせしますが…
ついにシンジは家を出ました。なんかいい加減な理由だなあと思っている方、それは作者の表現力が足りないからです。
申し訳ないです。
さて、アテにならない次回予告。
レイとの新しい生活を始めるシンジ。
二人は焦らずに時間を重ねようと誓う。
泣き暮らすアスカにユイの叱咤。
果たしてシンジはユイの説得に成功するのか…
アスカのシンジ奪回は?
次回、心の背中合わせを。
読んで下さいね、お願いですから。
ついしん。
各エピソードのサブタイトルです。
1…発動する計画。 2…思惑。 3…誘惑のアスカ。
4…歌に想いを。 5…安堵への焦燥。 6…成長の軌跡に。
うーん、駄タイトル。
管理人(その他)のコメント
カヲル「びくびくびく・・・・今日の話はアスカ君にとってはダークだからなぁ・・・・一体何を言われることやら・・・・たぶん、またとばっちりうけてぼっこぼこに殴られるんだろうなぁ・・・・びくびく。ああ、憂鬱だ・・・・ん? アスカ君の姿が見えないが・・・・って、こ、これは!」
『怨 ファースト』
カヲル「・・・・呪いのわら人形・・・・ぞぞぉっ・・・・」
レイ 「あの人なら、山にこもって修行するって、出て行ったわ」
カヲル「おや、綾波レイじゃないか。アスカ君の攻撃をしのいだのかい? 見たところ無傷のようだが」
レイ 「別に。敗者のたわごとは、気にしないから」
カヲル「うわ〜キビシイお言葉(汗)」
レイ 「誰がなんと言っても、もう碇君は私のものだもの」
カヲル「アスカ君が修行して帰ってきても?」
レイ 「そんなこと、気にしない。あの人が山で枯れ木相手に修行している間に、私は碇君と既成事実を・・・・(ぽっ)」
カヲル「既成事実って・・・・(汗)」
レイ 「碇君の肌・・・暖かかった・・・・」
カヲル「う、う、お日様なんて、きらいだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ダッシュ!」
レイ 「あなたも、敗者のたわごとね」