University of 3rd Tokyo
episode 4
入学してから一月もすると、要領と言う物がつかめてくる。
どの講義は出席を取り、どの講義はテストだけで単位が取れるか。
ましてや一回生の時には一般教養もどきの教科が大半を占めている。
シンジは事実上の週休三日。アスカも講義選択はシンジと同じにしていた。
五月も中旬に差し掛かろうとしていたある日のこと。
「シンジ!」
後ろから呼び止められ、振り返るシンジ。
「やぁ、トウジ。おはよう。」
「おはようさん。惣流もおはようさん、いやー、朝から仲のええことで。」
真っ赤になるシンジ。少しだけ頬を染め、にこっと笑ってアスカが振り返る。
「おはよう。しっかし、いつまでジャージで通す気なの?一寸はおしゃれってもんを考えてみたら?」
「うるさいわい、わしはジャージを着とるからわしなんや。」
アスカに悪態をつくと、トウジはポン、とシンジの肩を叩く。
「なぁ、今日、暇か?」
「講義は午前中で終わるけど?」
「なら、惣流もそうなんやな?」
くるっとアスカの方を向いてトウジが続ける。
「昼からカラオケいかへん?」
「行く行く!」
アスカがパッと表情を明るくして即答する。
「シンジはどうや?」
「ああ…いいけど…」
「なんや、煮えきらん返事やなぁ。ま、ええわ、講義終わったら正門の前で待っとるさかいに。」
「うん、分かった。」
「ほな、わしも講義があるし、行くわ。」
「ヒカリも行くんでしょ?」
駆け出そうとするトウジに尋ねるアスカ。
「ああ、洞木も誘てる。ほなな!」
走り去るトウジの後ろ姿に、溜息をつくシンジ。
「カラオケ嫌いじゃなかったでしょ…?」
アスカはブックバンドで止めた教科書を胸に抱え、不思議そうに尋ねる。
「トウジの趣味がね…またあの歌聞かないといけないと思うと…。」
げんなりとした顔のシンジ。二人は第一講義室に入った。
「いいじゃない、演歌は男のロマンや!って、ポリシーなくちゃ言えないわよ。」
「まあね…上手かったら嫌いじゃないんだけど。」
「聞かなかったらいいのよ、バカねぇ。」
「まあ、そうだけど。」
苦笑してシンジが答える。
その頃、トウジはくしゃみが止まらなかった。
段々になっている講義室の前二列目の定位置に二人が荷物を置いた時、シンジの視界に青い
髪の毛が映った。
「おはよう、碇君、アスカ。」
「おはよう、綾波。」
「おはよう。」
レイはシンジ達より一列前に座っている。
「ねえ、綾波。」
シンジの声に心持ち嬉しそうに振り返るレイ。それを見てもアスカはなにも感じなかった。
「何、碇君?」
「今日、午後から空いてる?」
レイはアスカとシンジの関係を知っていたが、心に熱い物が沸き上がってくるのを感じる。
「あ、空いてるけど…」
「カラオケ行こ。鈴原とかも一緒なの。」
レイの心情を察したアスカがシンジの台詞を取る様に言う。
「綾波も行こうよ。」
微笑むシンジの顔を見たレイは、身体に電気が走るような感覚を覚えた。
-学校以外で碇君と一緒に過ごせる。-
「うん、いいわよ。私も行く。」
そう言って慌てた様に前に向き直るレイを見て、アスカは何故か可愛いと思ってしまった。
チラッとシンジを見ると、脳天気にも鼻歌混じりに端末を立ち上げている。
-気付く訳ないか、鈍感バカシンジ。-
アスカの僅かな焦燥は、そこで打ち消されていく。
深層意識で、圧倒的優位に立つ自分を認識した瞬間であった。
「ははは…やっぱり強烈だね…」
トウジが気分よく絶叫する中、シンジはげんなりとした顔で自分のレパートリーを探している。
「確かに…」
レイも額に汗を浮かべている。
アスカは隣のシンジに耳打ちする。
「恋するって怖いわね、ヒカリったらこんなのに聞きほれてるわよ。」
誰も聞いていないと言う雰囲気の中、ヒカリだけがじっとトウジの方を見つめている。
手を胸の処であわせ、目はとろんと潤んでいる。
「げ、本当…まるでジャイ○ン並みなのに…」
「ヒカリももっとまともな男探せばいいのに…」
「いや、トウジはいい奴だよ。一寸鈍いところがあるけど…」
「よく言うわね、シンジも人のこと言えないじゃない。」
「僕のどこが鈍いってのさ。」
「人のことはよく見えるってね。」
「コラァ、そこ!いちゃいちゃせんとワシの歌を聴かんかい!」
ステージの上でトウジがビシッとアスカとシンジを指さして怒鳴る。
元々でかい声なのにマイクを通しているので、みんなは飛び上がらんばかりにびっくりした。
約一名を除いて…。
「ねぇ、アスカ…」
ヒカリが目を潤ませたまま、アスカの方を向いた。
「なぁに、ヒカリ。」
「鈴原の歌って、いいよね…」
「へ?!そ、そ、そ、そうね…」
すぐにトウジの方に向き直るヒカリ。アスカはあきれた様な表情でその横顔を見ている。
「平和だねー。」
耳栓をしたケンスケはトウジとヒカリを交互に見ながらポツッとつぶやく。
そしてトウジが満足げにマイクを置いて席の方に戻ってくる。
「いやー、やっぱり日本人は演歌に限るわ。さぁ、次誰や?」
「私。」
レイが静かに席を立ち、ステージに立つ。薄暗い中、スポットライトに浮かぶ赤い瞳と白い肌。
シンジは何故かドキッとした。
「レイって綺麗だよねー、碇君。」
ヒカリは何気なしに聞いたつもりだ。
「まあね、あの雰囲気は独特よね。神秘的っていうのかな。」
何故かアスカが答える間、シンジはぽーっとレイを見ている。
「雰囲気は中学の頃と確かに変わってない、アスカの言うとおりだよ。」
シンジの答えにヒカリは安堵した様に溜息をついた。
「うーん、綾波は演歌が似合うと思うんやけどな。」
「トウジはそれしか知らないのか?どう見ても演歌って感じじゃないぞ。」
ケンスケはあきれたようにトウジを一瞥すると、ビデオカメラを構える。
「ああっ、ワシのは撮らんと綾波のは撮るんかい!」
「そりゃそうでしょ、なにが悲しくてトウジの歌を撮るもんか。」
「なんやてー…」
「鈴原?」
「はいっ!」
「静かにしなさい、もう前奏に入ってんのよ。」
ヒカリの一言で、トウジは完全に大人しくなる。
それを見て、シンジは笑みを浮かべて溜息をつく。
レイの歌は英語だった。二十世紀半ばの映画音楽、二十世紀末の某アニメのエンディングを
飾った歌である。(あれです、あれ)
レイは画面を見ずに、シンジを見つめるように歌う。
シンジは微笑みながら聞いているが、歌詞の内容を完全に把握出来るアスカはドキッとする。
-まさか…この娘…-
ボケぼけっと聞いているシンジを見ると、アスカは何かカチンときた。
「バカシンジ…気付いちゃダメだからね…」
誰にも聞こえない様な小さな声でアスカがつぶやく。
そして静かに曲が終わる。終わる寸前に入る“I love you!”に万感の思いが隠っているのを感じたのはアスカだけの様だ。
「ぶらぼー!(関西弁)」
「すごいね綾波、まるで本物の歌手みたいだよ。」
「いいわー、すごくロマンティック…」
「うーん、イヤーンな感じだけど、いいのが撮れたよ。」
「みんな脳天気ねー。」
少しはにかむ様な表情でレイがステージを降りる。
入れ替わるようにシンジがステージにあがる。曲は1980年代のロックだ。
シンジが自分の世界に浸っている間、レイは隣のアスカにそっとささやく。
「アスカならさっきの曲の意味、分かるわよね。」
アスカは以前では考えられないレイの言葉に驚きながらも、先の疑惑が確信へと変わる。
「darlingは碇君よ。アスカとの関係も知ってるけど、ね。」
気合いに押されながらも、アスカは不敵な笑みで答える。
「あなた…変わったわね。」
「三年あれば人は変わる物よ。すべては碇君のおかげかな。」
「いいわよ、取れる物なら取ってみなさい。アタシとシンジにとってもこの三年間はただの三年間じゃなかったの、お分かり?」
レイとアスカが静かに修羅場っている時、何も知らないシンジは幸せそうに歌っていた。
六人はカラオケボックスを後にして、ゲームセンターにいる。
レイ、アスカ、ヒカリ、シンジ、ケンスケ、トウジの六人が一緒に遊ぶのは実に三年ぶりの
ことである。
「しっかし、綾波も変わったなぁ。」
トウジが脱衣麻雀ゲームをしているケンスケの横で呟く。
「ああ、まさかカラオケに来るとはね。」
「しかも歌うとはなぁ。」
「どうやらシンジにぞっこんなのは惣流だけじゃないってことかもよ?」
清一色をテンパったケンスケはリーチを掛けながらニッと笑った。
「はぁ?なんでや?」
「気付かなかったのか?歌詞こそ分からんが、綾波の歌ってた歌は全部が英語のラブソングだ。
しかも歌ってる最中に画面なんか見ちゃいない、見てたのはシンジの方だ。最も、俺も三曲目で
やっと気付いたんだけどね。」
視線を格闘ゲームに夢中のシンジにちらりと向ける二人。
「女は分からん生きモンやと言うが…。」
「ほんとだよな、いいんちょーも一体トウジのどこがいいんだか…ってね。」
「な、な、何を言うとるんや、ヒカリとワシは…」
「今、何て言った?」
ジト目でトウジを見るケンスケ。しかし、しっかりと清一色のアタリ牌を見逃すことはない。
脱衣シーンの間は沈黙が流れる。
「ま、惣流も綾波も、随分と変わったってことさ。あいつがそれだけの価値のある男になった、
とも言えるけどね。」
さわやかに言ってのけるケンスケに、トウジは少し脱帽といった気分になる。
「お前にゃかなわんわ。」
そう言うトウジもさわやかに笑っていた。
さて、その頃のアスカ達。
「もう一寸、もう一寸…ここっ!」
「甘いわね。」
「あと1センチってとこね、洞木さん。」
無邪気にクレーンゲームで遊ぶ彼女達は、たいして出来の良くないサルのぬいぐるみ奪取に燃えている。
一見したところは仲の良い三人組だ。
「今度はアタシね。」
アスカがコインを投入口に放り込む。そしてチラッとレイと視線を合わせた。
バチッ!!
そんな音が聞こえてきそうな程の両者の気合いに、一瞬ヒカリが凍り付く。
しかし、次の瞬間にはにこっと笑うアスカとレイに、ヒカリはまるで踊るペンギンを見るような顔をする。
「絶対にアタシが取るわ。」
「お願い、神様、わたしに順番が回ってきますように…」
「あ、あの…そんなに…意気込まなくても…」
アスカは前進ボタンを殴るように押す。じりじり動くクレーン。
ヒカリはそっとアスカの顔を見る。
-ひいいいっ!怖いよぉ…-
アスカの目には例の熊も逃げ出す光が宿っている。
-こんなアスカは久しぶりだわ…-
一方のレイに目を向ける。
-ぅひいいいっ、こっちも怖いよ…-
クレーンの動きに追従する瞳に異様な妖気じみたものをを感じるヒカリ。
今度は横移動。アスカの気迫とは裏腹にのろのろと動くクレーン。
ギラッとアスカの目が光る。
「ここっ!」
ぬいぐるみに向かって降りていくクレーン。ニヤッとレイに向かって笑うアスカ。
頼りない拘束でぬいぐるみは持ち上げられていく。
そしてクレーンは目的のところまでぬいぐるみを運ぶと、ぬいぐるみを解放した。
アスカはフッと笑うと、サルのぬいぐるみを手に取り、レイに差し出す。
「これ、あげるわ。三年ぶりの再会の記念に。」
ヒカリはアスカのその行動が理解出来ない。
「ありがと、アスカ。」
レイはぬいぐるみを受け取るとキュッと抱きしめる。
ホッと安堵の溜息をつくヒカリ。しかし、たかがぬいぐるみに何故そこまで真剣になるのかが
分からなかった。
「そしてこれがアンタの宣戦布告に対する答え。」
アスカの言葉を全く理解できないヒカリは、ふっとレイに目を移す。
「有り難う、アスカ。」
レイは心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
「こんなに簡単には譲らなくてよ、勘違いしないようにね。しっかしねぇ…」
アスカも微笑みながらゲームに興ずるシンジへと視線を移す。
「ねぇ、あのバカの何処がいい訳?」
「よく言うわね、アスカだって何処がいいの?碇君の。」
なんとなく事の流れに気付いたヒカリは、ふと三年前を思い出している。
-本当に変わったわ…アスカも綾波さんも…-
そしてゲームに興じるトウジを眺める。
-あたしも…かな?-
じっとトウジを見つめるヒカリに気付くレイとアスカ。顔を見合わせるとニヤッと笑う。
「いいわねー、洞木さんは。」
「そうよね、鈴原も一途なとこあるし。」
慌てて視線を反らすヒカリ。
「何言ってるの、あ、あたしと鈴原は…」
「綺麗になったよ、ヒカリ。鈴原に感謝しなくちゃ。」
柔らかな微笑みを浮かべるアスカを、呆気に取られた様に見るヒカリ。
「そ、そうかな…」
頬をほんのり朱に染めるヒカリにレイの追い打ちが掛かる。
「本当ね。アスカも知らないうちに綺麗になってるし、私も頑張らなくちゃ。」
「いいのよ、レイは。」
したり顔でアスカが答える。
「やだ、私も綺麗になるの。」
「それで十分よ。」
「やだってば。」
「綾波さんは綺麗だよ。アスカと違うタイプだけど、独特の雰囲気があって…」
放っておくと無限ループに陥りそうなアスカとレイの言い合いに、ヒカリが絶妙のタイミングで
突っ込む。少し顔を赤くするレイ。
「そう…かな?」
「うん、油断したら碇君を取られるかもよ、アスカ。」
「そんなことになったらシンジをコロスわ。」
と、アスカが言い放ったその瞬間、背中に寒い物が走るシンジ。思わず操作ミスをする。
「なんだ…今の…何か久しぶりに感じた様な…」
額に冷や汗を浮かべてシンジはブルッと身震いする。
「碇君の事になると変わらないね、二人とも。」
再びヒカリが突っ込みを入れると、へそを曲げたか、アスカはジト目でヒカリを見る。
「アタシは変わったわよ、だって…」
ぶつぶつとぼやくアスカを見て、レイは溜息を一つ。
「そうね…碇君の事は変えられなかったわね…折角違う学校に行ったのに…」
そう呟くレイを複雑な表情で見つめるアスカとヒカリだった。
つづくよ
管理人(その他)のコメント
シンジ「あの歌って、どの歌?」
アスカ「あれよ、あれに決まってるじゃない!!」
シンジ「分からないよ僕には」
アスカ「この、鈍感男!!」
カヲル「君にはそのほうがうれしいんだろ?(にやり)」
シンジ「は?」
アスカ「う、う、うるさいわねぇ!!」
シンジ「で、どの歌なんだろう、一体」
カヲル「うーん。しかたないなぁ。高原さんのドラえもんゲリオンを見てみるといい。分かる思うよ」
シンジ「ふーん。どれどれ・・・・」
アスカ「何で教えるのよ、このバカ!」
カヲル「いやぁ、シンジ君にも広く見聞を広めてもらわないと・・・・」
シンジ「ねえねえ」
アスカ「ん?」
シンジ「まさか、綾波の歌って・・・・『お〜れ〜はジャイアン、が〜き大将〜♪』の英語版?」
アスカ「・・・・・絶句」
カヲル「し、シンジ君・・・・汗」
シンジ「え?」