University of 3rd Tokyo

episode 2

 

 どの位走っただろうか。シンジはとにかく必死でアスカの後を追う。

「ったく、何で僕が…」

走り抜けるシンジに、半分以上の女子学生が振り向く。そう、シンジも十二分に非凡なものを

持っていた。線の細さは相変わらずであったが、顔の小ささ、母性本能をくすぐるベビーフェイス。

アスカの見立てのファッション。180センチ近い身長。

そして柔らかな物腰。高校時代には裏でファンクラブまであった。

が、いかんせんアスカの存在が彼の周りから女の子達を排除していた。

ようやくアスカを見つけたのは大学の敷地をでたところだった。

「アスカー!!」

ちらっとアスカが振り返る。

-あれ?-

アスカは立ち止まってシンジを待っている。微笑みまで浮かべて。シンジは今までと違うアスカの態度に

少し恐怖心をあおられる。

「何だよ、どうしたってのさ。」

息を切らせてシンジが尋ねる。

「そりゃあ、そうよ。」

機嫌よくアスカが返す。

-せっかくアタシが磨いた男なのよ。あなたは。-

「でもいいの?シンちゃん。」

あからさまにシンジの表情が堅くなる。

「シンちゃんはやめてって、言ってるだろ。」

「レイに久しぶりに会ったってのに。」

「ど、どうして…」

アスカには少し自信があった。相変わらずの鈍チンだが、高校の3年間はまさにシンジを独占

出来ていたからである。トウジやヒカリから、アスカのいないときのシンジの様子も聞いていた。

-あの時ならまだしも、今のシンジはアタシのものよ。レイ-

後を追いかけてくるのも計算済みのことである。もし、追いかけて来なかったら、今晩のシンジは

見るも無惨に殴られまくったであろう。根本までは変わってはいない。

「中学校のころのあこがれの娘だったんでしょう?」

最近のアスカは、僕と二人の時とみんながいる時とに妙なギャップがある。と、シンジは思う。

「あの頃の雰囲気はそのままだったじゃない、はかなげなところなんか…ね。」

二人は家路につきながら、話を続ける。

「何だよ、僕と綾波は何にもなかったよ。」

「へー、でも、ニタニタ笑ってたよ、嬉しそうに。」

「そんなんじゃないよ、ただ、懐かしいな、って思っただけじゃないか。」

過去の恋に触れられたシンジは、恥ずかしそうに答える。

「だからって、なんで一人で行っちゃうのさ。」

「分からないの?」

アスカはさっきまでの嘲笑が消え、憂いの表情をシンジに向ける。高校の時は一度も見せたことの

ない表情を。胸が苦しくなるような感覚を、シンジは味わう。

「…どうしたの…アスカ…」

明らかに動揺を隠せないシンジに、アスカはますます自信を深める。この表情も一年掛かりで

手に入れたもの…シンジの為に。

「…ん…何もない。」

すでにアスカの計画は発動している。

「らしくない…よ。」

それから家につくまで、二人は黙ったままであった。

-どうしたんだろ…いいまであんな顔…したことないのに…。綾波のことは…確かにあの頃は特別ななにか

があったような気もするけど。それに…なんだろう、この感じは…。-

シンジはぼんやりとそんなことを考えている。

-まさか…ね。アスカが僕を気にしてるなんてことは…-

アスカはさっきの作った憂いの表情から、本当の憂いへと心が動いていく

自分に少し戸惑いを覚えていた。

 

-おばさま、アタシ…-

おばさまとはシンジの母、碇ユイである。アスカの計画のサポーターであり、優しい助言者でもあった。

アスカの料理の師匠であり、そして憧れの母親像でもあった。

「アスカちゃん、本当にシンジでいいの?」

「…」

二年前のことである。不安が先走ってシンジに当たり散らしていた頃のアスカ。

「そんなに真っ赤になって…可愛いわね。」

「だって…」

何故かアスカはユイには素直だった。先立たれた本当の母、アスカを拒絶した継母。

「おばさま…アタシは…シンジに嫌われてるんじゃないの…?」

「どうして?シンジは確かに誰にも優しいし、嫌いかどうかは分かりにくいかもしれないけど…ね。」

そんな境遇のアスカを、ユイは実の子以上の愛情で接した。元々娘が欲しかったのよ、と言って。

「だって、しょっちゅうシンジを叩いちゃうし、あれこれ言っちゃうし…」

「でも、シンジは何時もアスカちゃんの事を気にしてるわよ。」

シンジと喧嘩した後、必ずフォローしてくれるのはユイだった。

「自分では分かってるのに…何時も反省するのに…でも、言ってしまうの…」

「まだ素直になれないかもね。でも、何時かは素直になれるわよ。」

アスカの顔はユイの胸の中にやさしく包まれている。

「何時になったらそうなるの?」

「もう少し…そうね、大学に進学する時…そのあたりかしら?」

アスカの不安が少しづつ溶けていく。暗示と言う物をユイは利用しているのだ。

「本当に?」

「そうね、それ位にはモノにしないと…他の娘に取られるかもね。」

半泣きになるアスカの頬をそっと撫でるユイの手。

「アスカちゃんも努力しなくちゃ。あなたがシンジのお嫁さんになりたいって言うのなら、私は

 いくらでも手伝うわよ。例えシンジが他の娘といい仲になっても、あなたの気持ちが変わらない

 なら、鬼ババにだってなるわよ。だから…」

「うん、アタシ…努力する。」

「そう…いい娘ね。」

-少しは素直になってきたのかな…-

そう思うと、ますますアスカの表情は憂いの色が濃くなっていく。ちらちらとシンジを見ながら辿る

家路はもう10秒も残ってはいない。

 

「ただいま。」

シンジは玄関で靴を脱ぎながら帰宅の挨拶をする。が、返ってくるはずのユイの言葉は聞こえない。

「あれ…」

少し以外そうな表情をしながらシンジはダイニングのテーブルに付く。そこには一枚の置き手紙。

【父さんの長期海外出張に私も付いていく事になりました。急で悪いけど、しばらくは二人で

 暮らして下さい。生活費用のカードはいつもの所に置いてあります。無駄遣いしちゃダメよ。】

シンジは目を疑った。極めて簡潔な文章の中にはあまりにも不可解な内容。

「なぁに?」

少し遅れて入ってきたアスカがシンジの肩の上に顔を乗せ、手紙を見る。

「ああ、今日だったっけか。」

そのアスカの言葉はシンジには以外も以外だった。

「僕はこんなの聞いてないよ。」

「ごめん、昨日言おうとしてて、忘れてたわ。ごめんなさいね。」

シンジは少し拗ねるような顔をする。アスカはシンジのこの表情も好きだった。

「ご飯はどうするのさ。」

「決まってるじゃない、アタシが作るわよ。」

当然と言った顔でアスカが答えると、シンジは訝しげに目を線にする。

「アスカに出来るの?」

「失礼なこと言うわね。おばさま仕込みの腕、見せてあげるから安心しててよ。」

体をさらに摺り寄せるアスカ。シンジの肩に張り付く胸。シンジの感覚は一気に肩に集中する。

-相変わらずでかいなあ…-

「成長したでしょ?」

一気に爆発するシンジの顔に、アスカは意地悪く突っ込む。

「どうして顔が赤くなるのかな?アタシは料理の腕のこと言ったのよ?」

「あ、あんまりベタベタ引っ付くからだよ。」

決まり悪そうにシンジがちらっとアスカを見る。と、シンジの胸がギュッと締め付けられる。

「アタシに付き纏われると、いや?」

アスカの顔には先ほどの憂いの表情。思わずシンジは唾を飲み込む。

「アタシのこと、嫌い?」

「そ、そんなことないに決まってるじゃないか、何言ってるの…」

シンジの心拍はみるみる上昇する。

-アスカって…こんなに可愛かったんだ…-

いつもの自信に満ちたアスカの表情が嫌いな訳ではなかったが、物憂げなアスカはシンジには

新鮮であり、かつ、強烈に心に焼き付いた。

「ねえ?」

「え、あ、うん、何?」

計画では完全に演技でシンジを手玉に取るはずだったが、もはやアスカには一片の余裕もない。

シンジへの想いが爆発寸前にまで心を満たしていく。期待、不安、焦燥。いつもの意地っ張りの

片鱗さえ、出すことは出来ない。シンジが心に住み着いてからの間、どうしても聞けなかった事が

次々に口から紡ぎ出される。

「今まで、アタシと噂になったこと、イヤじゃなかった?」

シンジはアスカと一緒に住むようになってから、こんな気持ちになったことは一度もなかった。

質問の内容も、今までのアスカのものとは明らかに違うことが分かる。

「…イヤとかじゃなくて…」

みんなが勘違いしている、と、シンジは思っていた。アスカはシンジの手の届くところにはいない筈。

「みんなが変に騒いでるだけ、なの?」

黙って頷くシンジ。心臓はもはやレッドゾーンに届いている。

「じゃあ…アタシが他の誰かの彼女になっても、いいの?」

瞬間、止まる心臓。続いて襲う言い知れぬ不安。

「か、考えたこともないよ。」

アスカはその言葉と血の気の引いたシンジの表情のギャップにますます不安を煽られていく。

「アタシのこと、考えてくれたこと…ないんだ…」

シンジを見つめるアスカの目から一粒の滴。それを見たシンジの心にわき上がる想い。

「だって…アスカは…」

何を言っていいのか、どうこの気持ちをアスカに伝えるべきか、シンジは戸惑う。

「何時だって側にいたから…だよ。だから、アスカがいなくなる…事なんて…」

そう言うシンジの瞳に映るアスカの顔。

「いやだよ…」

極僅かな時の流れの間に、二人の心は急速にその距離を縮めていく。

「それは、側にいてもいいってことなの?」

アスカの言葉は、シンジの気持ちをかき乱していく。

「いいに決まってるじゃないか…」

「シンジ?」

「え?」

「アタシのこと、好き?」

この時のアスカの表情で、シンジは完全に骨を抜かれる。黙って頷くシンジ。

「アタシは、シンジのこと…ずっと好きだったんだよ…」

頭をハンマーで殴られる様な衝撃。

「なのにシンジは…どうして全然アタシを見てくれないの?」

「どうしてって…言われても…」

「これからも、そうなの?」

いくら鈍感なシンジでも、この言葉の意味は理解出来た。しかし、なんと答えるべきかが分からない。

アスカは困惑したシンジの表情を見ると、取って置きの言葉をつぶやく。

「もし…シンジが…これから…アタシを…アタシを見てくれるのなら…」

此処まで言って、アスカは顔は恥じらいに赤く染まる。

「キスして…ここで。」

シンジの顔もみるみる赤く染まっていく。

「キスって…」

アスカはシンジを見つめる目をそっと閉じる。

ゴクッと唾を飲み込むシンジ。手のひらには汗がにじむ。少し首を回してアスカの顔にそっと手を添える。

ゆっくりと顔をアスカに寄せていく。シンジも目を閉じる。唇が触れ合う感触。アスカの心に

押し寄せる歓喜と安堵感。思わずシンジに抱きついてしまう。数拍おいてシンジの手がアスカの腰へと

回される。キスしたままで、アスカはシンジの膝にゆっくりと座る。一旦離れる唇。見つめ合う瞳と瞳。

アスカの顔には安堵の微笑み、シンジの顔には僅かな照れの微笑み。もう一度、触れ合う唇。今度は

お互いにお互いを求めるキス。それは数分も続いた。そしてキスし終えるとアスカがシンジの頬に指を

這わせる。

「アタシを幸せにしてね。」

「ん…と…」

「シンジはアタシが幸せにしてあげる。」

「僕もアスカを幸せにするから…」

プルルル…

まるで計算されたかの様に至福の時間を切り裂く電話の音。理由もないのに大慌てで離れる二人。

「も、もしもし?」

シンジは赤い顔のまま電話を取る。

「ああ、シンジ?」

それはユイの声だった。

「何だよ母さん、何か用なの?」

「何か用って…かあさん留守にするって、あなたに言ってなかったでしょう?そのことで電話してるのよ。」

「あ…」

そのシンジの反応で、ユイはアスカの計画が実行されたことを悟る。

「何かあったの?」

その声は楽しそうである。

「な、な、何もないよ、ある訳ないだろ!」

「そう?ならいいけど。」

「それより何だよ、アスカには言ってて僕には黙ってるなんて…」

「言い忘れてたのよ…ごめんなさいね。でも、大丈夫でしょ?」

あっさりと言う母親に、シンジはもう何も言う気はなかった。

「シンジ、母さん達がいないからって、アスカちゃんにちょっかいかけちゃダメよ?」

とたんに真っ赤になるシンジ。

「な、な、な、何言ってんだよ!」

「ふふ、あなたにそんなこと出来ないのは母さんが一番よく分かってるわよ。それより、アスカちゃんに替わってくれる?」

「ったく、からかわないでよ…」

そう言ったシンジはアスカの方を向かずに受話器を突き出す。

「母さんからだよ、替わってくれって…」

「うん…」

アスカもシンジの顔を見ることが出来ないでいた。

「もしもし…」

「ああ、アスカちゃん?」

ユイの声は実に嬉しそうだ。

「うまくいった?」

「あ、あの…シンジが側にいるんで…」

恥ずかしそうに小声でアスカが答える。

「そう…よかったわね。」

「え?」

「シンジが側にいるって事で分かるわよ。もしはっきりしてなかったらあの子は部屋にこもるでしょうからね?」

「あ…」

-流石はおばさまね-

アスカは妙に感心すると共に、軽い嫉妬を覚える。

「ま、帰ってから詳しく聞かせてね、アスカちゃん。」

「はい!」

その頃シンジは冷蔵庫の中を覗いていた。まさか自分の母親がアスカとのことを知っているとは

まるで気付かずに。

「ああ、それでね、多分、一月位で帰れると思うの。その間…ううん、これからシンジをよろしくね。」

「はい…」

「それじゃあね、帰るのが楽しみだわ。また連絡入れるって、シンジに言っておいてね。」

「はい、お気をつけて…」

電話を切ると同時にシンジが冷蔵庫の前で叫んだ。

「何だよ、何にもないじゃないか。」

アスカはくすっと微笑むと、シンジの方に振り返る。

「どうしたの?」

「買い置きも何にもないんだ…買い物に行かないと…」

「じゃあ、一緒に行こうか。」

嬉しそうにアスカが尋ねる。

「う、うん、そうだね…」

シンジはまだ少し照れがあるようだった。

 



Rossignol高橋さんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「ぬう、アスカ君にしては珍しく色仕掛け・・・・」

 どげしぃっ!!

アスカ「だ・れ・が色仕掛けよ!! 失礼な!!」

カヲル「うぐっ・・・しかし、最初は計画をたててやっていたことじゃないか・・・・」

アスカ「う、そ、それは・・・・そ、そんなことはどうでもいいのよ!!」

カヲル「ああ、おかげでシンジ君は・・・・しくしくしく」

アスカ「あーうっとおしい。あんたは結局コメント要員なだけなんだから、いい加減分不相応な望みは捨てなさいって」

カヲル「うう、ひ、ひどい・・・・しくしく」

アスカ「なんだかんだ行っても結局、正義が勝つのよ!」

カヲル「・・・・うう、絶対このままで終わるわけがない・・・・綾波レイが、ぜっっっったいに何かしら波乱を起こしてくれる・・・・おこせ〜おこせ〜波乱を起こせ〜」

 げしげしげし!!

アスカ「怪しげな呪いをするんじゃない!!」


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