四日目。

 朝一番に回線を繋いでみると、お姉さんからメールが届いていた。臨時定例会の召集が告げられていた。
 何がおっぱじまるのかな。って、予想は大体ついているんだけれど。
 その日は仕事が少々長引いたけれど、後かたづけをバイトの子に任せて早々にネットに入る。と、こっちは勢い込んでいても、スタッフによって気合いのりはバラバラ。予定の時間が来ても、スタッフの半分ほどしか会議室にはいなかった。とはいえ、事前に欠席の連絡を入れてる人も多いんだけど。阿野さんと三好さんはどうなんだろ? ……まめにレス返すようなタイプとも思えない、うん。
 お姉さんはやってくるなり怒りだした。なんでこれだけしかいないのかって。で、すぐに退出してしまった。残されたみんなで適当なことを言い合ってるうち、またしてもつるんで阿野さんと三好さんがやってきた。
 それからしばらくして、間合いを計るようにお姉さんが帰ってきた。そして再び怒りだした。本当に珍しいことだった。どこまで演技だったのか、内幕を知ってる私にもよく判らなかった。文句を言うべきじゃないとは思うけど、どんなものだろうかと思う。私まで怒られるのはいまいち納得がいかない。
 まあそんな訳で下地は整った。あとは。
「貴方達のような作業のこなせない作業屋にはいてもらいたくない」
 最初、それが自分たちのことだとは、阿野さんも三好さんも思わなかっただろう。
「集合時間に遅れるのは僕だけじゃない……。それに、参加していない人だって一杯いるのに! 村上さんなんか特に」
「確かにそう。だけど、貴方とは貢献度が段違い。それが判らないの?」
 あらら。もう少し逃げ道のある追い込み方をするかと思ったけど。してみると、ホントに腹を立てていたのかも。馬鹿が嫌いなのね、きっと。くわばらくわばら。
「それは、お姉さんが僕に仕事をさせてくれないから! 僕はアイデアを出したのに」
 阿野さんの悲鳴。みっともない。
「くだらないアイデアをね。気づいてないのなら教えてあげるわ。貴方は無能よ。ここでなくても、どこに行ってもそう。その事を知っておくだけでもずいぶんと人生が変わってくると思うわ。頑張って。さようなら。パスワードは抹消させてもらうわ。さっさと退室して頂戴」
 そう一気に書き込むと、お姉さんはそのまま退室してしまった。パスワード抹消の作業をする為かな。それとも今度こそ演技だろうか、判らない。
 さてさて。
「次回作のことだけれども、ちょっと聞いてくれる? ハイライトの一つ、接舷斬り込みのシーン考えたんだけどさ」
 村上さんが沈黙を破るように、いつもの調子で書き込んだ。吉澤さんが耳を傾け、相づちを打った。村上さんは敵役候補の名前を何人かあげた。ヒカリを正規軍に、アスカを風軍に、ってなのがアイデアの根幹。個人的には仲の良い二人が、組織の中で敵味方に分かれていくというシーンらしかった。この辺りのバランス感覚は見事なのよね。
 にしても、宮崎アニメみたいに空賊とはいえても、風賊とはいえないわね。風俗と間違われたらえらいことだもの(笑)。などと書き込んで、私は少し笑いをとってみせた。
「あんまり敵キャラに肩入れしないほうがいいと思う。敵が敵らしくなくなったら、ジェネQのようになってしまう」
 とは江間さんの言葉。どういう訳か、ジェネQがエヴァ小説最高峰だと思っている人(もちろん、エデンを除いての話)は、このスタッフには少ない。信濃ミズホ萌えな余志村さんくらいかな。
「確かに。でも作り手としては、一種の見果てぬ夢だからねえ。どっちが主人公か判らないほど等分にキャラを描き分けるってのは。主人公が勝つにしろ負けるにしろ、予定調和を読者に感じさせずに済ませるには、主人公すら埋没させてしまうに限る」
 村上さんが言ってるのはかなり思い切ったスタンスだけど、共感できた。勝負はやっぱり予測がつかないから面白い。
「危険すぎるな。安っぽくなってしまう」早川さんは立場上、絶対に肯定できない。
「別にアスカと綾波がシンジを取り合って戦う訳じゃないからいいんではないの?」
 という吉澤さんの言葉に、みんな吹き出した。”わはははは(笑)”といった具合の、意味のない書き込みがどっと画面上にあふれた。”シンジを取り合う”。阿野さんの得意テーマだった。まあそれくらい、どのエヴァ小説でも大差ない。問題はポリシーってね。
「畜生、みんな」
 完全に放置されていた阿野さんがキレた。少々叩かれてもへこまない、と自負していた割には往生際が悪い。所詮はその程度の人か。私はもう少し頭の冴えてる人だと思っていたけれど……。
「勘違いするなよ」と、村上さん。こっちもキレた?「僕は君の能力をそれなりに買っていた。だけど、それとなく注意は与え続けていた。だが君は気づかなかった。つまり、その程度だということだ」
 なるほど。確かに阿野さんは一杯本を読んでた。剣豪モノをかけるくらい、実体験(この場合、剣道だけれども)もある。だけど、その体験を経験にして、大向こうを唸らせることが出来ない。いや、その気がない。自分が楽しければそれでいいと思っている。そのくせ、自分が一番うまく小説を書けると思ってる。なかなかにこの世の中は難しい。
「所詮はエヴァのパロディじゃないか。偉そうに――」
「やかましい。その、所詮のパロディの概念、いや、小説技法の初歩すら判っていないような君はじゃあいったい何様なんだ?」
 阿野さんの書き込みがやんだ。村上さんは追い打ちをかける。こんな荒々しい文章を彼が書くのを初めて見た。もしかしたら本気で腹を立てているのかも知れない。
 ちょっと再現するのが憚られるような烈しいログが並んだ。
「そのくらいにしておいたほうがいいな」意外というか、ネット喧嘩をとめたのは早川さんだった。「追いつめるのは良くない。妙な考えを起こされたら困る」
「畜生、馬鹿どもが!」
 捨てぜりふを残して、阿野さんは退出した。三好さんもそれについて去っていった。阿野さんは電源ごと落としただろうか。それとも腹いせにgooでもって18禁サイト巡りをしてるかも(笑)。
 そういうわけで大事の前の小事は片が付いた。うん、確信犯な誤用というのは結構勇気がいるものね。

 五日目。

 阿野さんと三好さんが去っても、エデンの大勢にはなんら影響がなかった。
 ま、それだけの価値しかなかったといえばそれまでだけど、いつまた自分がそんな目に遭うかと考えるのか、スタッフ用掲示板などを見てみると、作家さん達が結構沈んでるのが判った。例外は江間さんくらい。よほど自信があるのか鈍いのか、それとも大声を上げることで己の存在をアピールしているのか。まあ、ネット世界じゃ沈黙より雄弁が金だから、悪い事じゃない。
 少なくとも江間さんは確実に仕事をこなしてくれる。今までにヒット記念小説という企画があった際に、締め切りに遅れたことは一度もないくらいだから。

 その日、スタッフルームで建設的ではない会話を交えつつOutlookをチェックしてみると、MLの他に、メールが一通来ていた。差出人は早川さんだった。内容はというと、次回作の構想についての個人的な思い入れが綴られ、それとは全く別件で、完全オリジナルの習作を添付してくれていた。
 早川さんにはこういうところがある。妙に私には胸の内を開いてくれる。同志だと思ってくれているのだろうか。本人は”嫌がらせ”なんて言ってるけれど。
 私はさりげなく、この習作をどうするのか尋ねた。エデンのスタッフコーナーに投稿するのかと思ったらそうではなく、とある比較的有名な小説ページ(エヴァ小説もたくさんある)のン十万ヒット記念企画の投稿として送るのだという。
 私はそのページをほとんど知らなかったので、この機会にその企画と、ついでに投稿作家陣を偵察してみた。正直、拍子抜けした。早川さんほどの力量の持ち主が顔色変えて挑戦するような企画じゃないとさえ思った。
 その辺りのところを正直に聞いてみた。場所は早川さんが出入りしている余所のチャットルーム。私に全く打算はなかった。それが幸いしたのだろう、面白い話を聞けた。
「箸にも棒にもかからない連中を、この小説で教育してやるつもりだ。資源の無駄遣いという人もいるが、ここのエヴァ小説の内容を見てると腹が立つから。あまりにもエヴァ小説のレベルが低下している。判っている奴といない奴の色分けもはっきりし始めている。誰かが警告してやる必要がある」

>なんでオリジナルなの?

「結局の所、いつまでもエヴァにしがみついてはおれまい。エヴァしか書けないというのはお笑いだ。違うか?」

>まあ、そりゃ、私もオリジナルで勝負したいと思うことはあるけど。お姉さんもその気はあるみたいだし。でもねえ、エデンはエヴァ小説ページだから人気を博してる訳で。

「いつまでもお姉さんの下、という訳にもいくまい?」

 え? それってまさか。と私は驚いて見せた。正直、ちょっとびっくりしたのは確かだった。こんな形で本音が漏れ聞こえるとは思わなかった。

「もちろん、いますぐ見切りをつけてどうこう、という話ではない。そこそこの自信と呼ぶべきモノしか今はないから」
 そう言ったあと早川さんは、新しいHPを作ったら参加して欲しい、と私に言った。
 オリジナルかあ……。私は結構興味をそそられていることに、自分で驚いていた。

 一方スタッフルームでは、よもや私たちが裏でこんな話をしてるとは思ってもいないはずの加藤さんが入室して、気になる事を報告してくれた。
 スタッフ用でない掲示板に、ちょっとした意見が掲載されている、という話題。
「早い話、盗作なんじゃないかってさ」
 やり玉に挙げられた作品のタイトルを聞いて、私は唸ってしまった。
 『鋼鉄のヴァルキューレ』。早川さん編集の作品。ミリタリ色がかなり強く、エヴァ小説としてはそれほど高い評価は受けなかったけれども、結構ミリタリ系のファンがついてくれた。
「盗作とは遺憾だな。そもそもあれは”佐藤エヴァ”だと明言しているではないか?」
 と、早川さんはかなりご立腹の様子。ちなみに佐藤エヴァとは早川さんが開拓したエヴァ小説の一分野。早い話が、シミュレーション小説の重鎮、佐藤大輔氏の作品をエヴァと混ぜ合わせたもの。
 その演出には私も加藤さんも石本さんもかなり調子に乗っていた。かなりヤバげな(平和愛好家(笑)なら目をつり上げそうな調子の)BGMに、不必要とも思えるほど詳しく設定された登場兵器には詳細なCGが。
 私がどうして悪のりしたのかといえば。こうみえても私もミリタリオタクだったりするわけで。”航空情報”なんて、未だに定期購読してたりする。ウチの旦那の影響と言ってしまえばそれまでだけど。
 そんなわけで流石に気になったので、IEをもう一枚開いてスタッフの間では”表”と呼ばれているその掲示板を覗いてみた。なるほど。『鋼鉄のヴァルキューレ』が佐藤大輔作品ではなく、横山信義氏の『鋼鉄のレヴァイアサン』を真似している、という批判が、匿名でメールアドレスも記入せずに記載されていた。なんだかなあ……。ため息が出てしまう。
 二度三度と読み返してから、会議室に戻る。早川さんの独壇場となっていた。
「タイトルは確かに意識した。しかしそれはむしろ、『鋼鉄のガールフレンド』からの連想が主だ」
 その他にも、日本海で戦艦が時代錯誤な砲撃戦を繰り広げるという内容や、南下してきたロシア艦隊が結局は全滅するという展開も似ていたが、早川さんはそれらの指摘に対しては、その全てに反論する用意があると言っていた。
「そんなに気合い入れなくてもいいんじゃないかな?」
 とは村上さん。『鋼鉄のヴァルキューレ』に関しては、最初は村上さんが手がける予定だったのが、途中で早川さんに持って行かれた、という経緯があるせいか、少し突き放した感じの表現になる。
「しかし。独創性に関して必要以上に妥協する必要はない。たとえエヴァ小説がどんな形をとってもパロディの域を脱しないとはいえ、反論はなされるべきだ」
「別に、黙って引き下がろうなんて言ってないよ」村上さんは穏やかに私見を述べ始めた。私や加藤さん達は、村上さんがどうやって戦闘状態にある早川さんを説得するのか興味津々で見守ってる。
「そうなんですよ、なんともうしましょうか――」いきなり村上さんは文調を変えて語りだした。対策を実演してみせている。……凄い人だ(笑)。「横山信義といえば、そりゃもう、佐藤大輔や谷甲州(恒生じゃないですよ(笑))と並んで、通好みの作品の書き手として知られていますからね。あの感動をどうにかして伝えたいと、まあ、オマージュという訳で」
「それでうまくいくのか、同志?」
「時間稼ぎだよ。第一それほど的外れでもない。ついでに、そんなに言うなら何かアイデアを出してくれるとありがたい、って一筆添えておけばいい。横山信義を知ってるんだ、向こうもエヴァでミリタリな輩なんだからさ」
 なるほど。村上さんの言い分はひどく身勝手にも思えたけれど、的外れとも言えない。なんだかんだいってそれなりの評価を得ているページに、作り手として(というよりは無責任なアイデア提供者として)参画できるというのは悪い気がしないから。
 早川さんはまだ納得しかねているようだった。しばらくして”例の場所”に転戦してしまった。それから試験が近いという石本さんが落ちた。早川さん寄りと私が見当をつけていた何人の作家屋さんも相次いで退室していった。吉澤さんも早川さんに付き合ったみたい。ううん、これはどう判断すべきなんだろ?
 いきおい、残ったのは村上さん寄りの人間ばかりという格好になった。願ってもないチャンス。私は確かめたいことがあったので居残っていた。
「さて、どんなもんだろ? >おおる」
 発言が煮詰まりかけたところで、村上さんがみんなに問いかけた。
「我々に残された時間はあまりにもすくないにゃ」
 今日は猫言葉モードの江間さんが応えた。
「実際、そろそろどっちかに決めてもらいたいね」
 加藤さんはそう発言してから、その場に居合わせたスタッフ全員にメールを送ってきた。添付されたGIFは二枚。一つはいかにも空飛ぶ海賊といった出で立ちのアスカ図。もちろんデザインはアニメ版準拠。作家屋さんとCG屋さんとの二足の草鞋をはく富士田さんが、漫画版デザインを得意にしていることに対抗してる訳。

>いいわねえ。格好良い。

 もう一つはモノクロ調の制服アスカ。シンジとなにやら深刻な顔つきで話し込んでいる図だった。つまりこっちは早川さん編集作品用のCGということになる。
「まだイメージが確定してこないから、適当だけれど……」
 と加藤さんは照れた。まあ無理もないわよね、早川さんはまだ全然手の内を見せてくれないから。それでも早川さんが作り出す独特の雰囲気はよく伝わってる。

>こっちもよく描けてるわ。

「一目見てそれと判るな。うん、悪くない」
 へえ、村上さんも結構誉めてる。しかしこれではあんまりウケないだろうなあ、というのは誰もがなんとなく感じていた。ただでさえとっつきにくい作風なのに、こうまで暗いイメージを全面に出して、一般にウケるとはあんまり考えられない。
 だからこそ村上さんは誉めたんだと考えると、なんとも陰険な話ね。

>これ、早川さんにも見せた?

「いや。こればっかりはまともなレスが返ってくるとは思えないから」
 納得。
「そういや、早川さん達どうしてるかにゃあ」
「こっちのこと、オフレコなチャットでクソミソに言ってるかも」

>阿野さんがいないから、派手さには欠けると思うけど。

 私の発言にみんな笑った。”酷評”の阿野さん。いまどうしてるのかな。
「で、どうするのさ?」
 加藤さんがくるりと話を一回転させた。
「結局こっちはやりたいようにやらせてもらいたい、それだけだからね。邪魔はされたくない」村上さんはさらっと重大なことを言った。「もし必要となれば、こっちが環境を変える」

>それってつまり……?

「いますぐどうこう、ってつもりはないけどね」村上さんは私の探りにはのってこなかった。「でも、そういや、津九間さんからメールが来た。そろそろ自分でページを一から作ってみたくはないか、ってさ」
 ずいぶんな話だわね。でも、悪くない申し入れかも知れない。
「津九間さんて誰?」
 と加藤さんが尋ねた。そうだった、例の件は私と早川さん、村上さんの三人しか知らない話だったんだ。ここで公にしちゃっていいのかな? ……ま、いいか。
 村上さんはおおざっぱに、スポンサー付きページについて語った。私も補足説明した。これ聞いた以上、なんらかの選択を余儀なくされる……ほどおおげさな話じゃなかったけれど、みんなそれぞれ思うところがある様子だった。
 それからかなりの時間、私たちはエヴァ小説とそれを掲載してくれるホームページについて語り合った。投稿する側にだって、ページを選ぶ権利はある、というごく当たり前の結論以外、これといった何かが出たわけではなかった。
 翌日は当然、みんな揃って寝不足という結果になった。

 六日目。

 瀬名尾さんは約束通り、やってきてくれた。お姉さんはきちんとスタッフ用のパスワードを発行してくれたというわけ。
 誰もが、少し構えた気分になっていた。というのも、今の瀬名尾さんは、なんと美少女漫画――ああつまり、18禁のあれやこれやを描写した漫画ね――のHPを運営してる。その前は、ミリタリ――ああ、仮想戦記かな――がメインのHPを開いていて、私はそこで知り合った。
 ええと、別に不可思議な理由があるわけじゃなくて。……私の旦那がいわゆる元自(自衛官あがりって意味よ)だから、その縁で。うん。旦那は今じゃ海保の特別救難隊第6班とかいうところに籍を置いてる。私が言うのもなんだけど、変わった人。それを話したら瀬名尾さんは結構驚いてくれた。どっちにしても私にはよく判らない世界の話。
 とまあ、そんな経歴の持ち主が相手だから、どう対処すべきか考えあぐねている様子だった。

「エヴァ小説というのが少々懐かしくなってね」
 と、瀬名尾さんは切り出した。そう。この人は、自分のホームページで連載したエヴァ小説を、2週間に一度の更新ペースを最後まで崩さず、全36話で堂々完結にこぎつけ、その余韻を残したままHPを閉鎖してしまった強者だから。
 私の知るくらい、そこまですっぱり決断できたのは、ジオさんくらいしか思い浮かばない。だから、ジオさんの”リビングゲーム”や”汎用人型決戦兵器綾波”は伝説になってる。惜しむらくは、瀬名尾さんのページは後発だったせいであまり知名度がなかった。本人もエデンのように”あくどく”宣伝する気もなかったみたいだし。
 早川さんが勢い込んで先陣を切った。
「現時の一読者としての視点をお聞かせ下さい。これからどんなエヴァ小説が流行りますか?」
 逸ってるのは早川さんだってば、とベタなつっこみは控えた。私も瀬名尾さんの意見には興味津々だったから。
「これから流行るエヴァ小説……。多分、LASとかLRSとかいったジャンルではなく、作者自身が独自の世界観を確立した”キャラだけエヴァ”系なのではないかと思います」
「独自の世界観ですか」
 少し、拍子抜けしたような早川さんの返事。ま、そうだろうな。早川案では、学園エヴァの範疇にキャラの動きを積極的に押さえ込んでいるのだから。一方の村上さんは、ほくそえんでいるのかも。
 と、私たちの思いを先取りしたかのように、瀬名尾さんは言葉を継ぐ。
「独自の世界観とはいっても、安直ではいけません。というよりは、いかに、作者の世界観に読者を引きつけられるかが、問題でしょう。そうですね、ただのキャラだけエヴァではなく、作者に表現したい世界観があるかどうか、になると思いますね(笑)」

>キャラに頼ってはダメですか。そうでしょうね。もうキャラの特性だけに頼ったエヴァ小説は百出してますから。

「だから、エヴァ小説というジャンル云々ではなく、いかにエヴァというキャラにマッチングしたテーマで話を書けるかでしょうね(笑)」
 このあたりの判断からすると、早川さんより村上さんリードかな。次回作の構想を見る限り。
 と、瀬名尾さんはこれくらいで終わるような毒舌では収まらない。
「ファンタジー世界の世界観が、現状でなにを補完しているのかが問題(笑) 結局、現実からの逃避であることがほとんどだし(爆笑)。結局、表面をいかに取り繕っても、じゃあそこでなにが語られているかが、問われることになると思う(笑) むしろ、表面を糊塗することによって、作者になにも語るべき物がないことを隠すだけにしかならないことの方が多い(笑) そしてそれでは、一時期のコバルト文庫の恋愛小説なみだ(核爆)」
「うみゅみゅ〜、きついなあ(爆笑)」
 村上さんがモニタの前で本当に爆笑してるような気がした。早川さんは、むすっとしてるだろうということも想像がついた。結局のところ、瀬名尾さんはエヴァ小説そのものを斬っているのだから。

>エヴァ小説の氾濫について、どのように思われてます? 特に、昨今はどうしても質の低下が懸念されていますけれど。

「素人がごっこ遊びをして楽しむぶんには、何をしようと構わないではないですか。本人らが楽しいんだから。それに目くじらを立てるほど、僕は狭量ではない」
 誰も言葉がなかった。瀬名尾さんのブラインドタッチの早さについていけないという訳でもなさそうだった。
「だが、もし読者からなんらかの見返りを期待するならば、それはもうプロです。プロならば、プロとしての矜恃を持って仕事をして欲しいと思いますね」
 ……。
「そしてプロならば、たとえエロ小説であっても、親に見せられないようなものは書くべきではないでしょう。それが、誇りというものです」
「それでは、あまりにも、書き手を莫迦にしているような……?」
 ようやく声を出したのは、早川さんだった。さすがに、言うべき事は言っておきたいというスタンスをはっきりとさせていた。
 モニタの前で、私は考え込んでいた。プロとしての仕事。私の場合、何をすればよいのだろう?
 まあ、たまにはこういう刺激がなくては。そう。馴れ合ってしまうから。やはりそうなのね。
 ホントの裏切り者は誰か。この会話を聞きながら、私は一つの確信を抱いて、早川さんと村上さんにメールを送った。瀬名尾さんとの会話の中で思いついた、ちょっとしたエヴァ小説のアイデアに関しても少し書いてみた。

 七日目。

 夜の八時頃、頃合いを見計らってネットに繋いでみると、昨日送ったメールに、早川さんも村上さんもレスをくれていた。

 早川さんの返事は苦言気味だった。

 ――最初の段階では、”学園エヴァ世界を舞台にして本編系キャラを動かす”という概念自体、よく判らなかった。しかし。それなりに興味ある内容と認める。ただし、結局は日常の繰り返しの中にドラマ性が埋没してしまう可能性アリ。

 わたしはすかさずレスを返す。まるで目の前に早川さんがいるかのように。

>確かに、鬱々としたキャラクタ達の繰り広げる学園生活は、結局の所タチの悪い”中学生日記”と化してしまう危険性はあります。仰るように、明快なエンディングに結びつけることは難しいでしょう。ですが、何もエヴァ小説の読者がラストシーンだけを見たくて読んでいるわけではないと思います。

 早川さんは妙に感心したらしく、その日の十一時過ぎにレスをくれた。この間の件、一口乗る気はないかとまで言ってくれた。
 乗る乗らないは別にして、もう少し詰めておきたいところがあるので時間が欲しいと私は応じた。

 村上さんの反応は最初からかなり良かった。

 ――さっそく来たねえ。これ、瀬名尾さんの言ってた独自の世界観、語るべきテーマってのを意識してますよね? 本編系からエヴァ、ネルフといった要素を完全に排するなんて、普通は考えないよ。すぐにラブコメになってしまうからね(笑)。そこを敢えて抑えて書くというのは力がいると思うけど、まあ、無理じゃないよ、貴女なら出来る(笑)。

>でも、結局の所どうやってオチをつけるか、まだ考えていないんだけど。

 という私のメールに対するレスは、早川さんのレスと相前後して私の手元に届いた。

 ――気にすることはないよ。まずは動くことだから。ホントに面白いモノならみんな応援してくれる。

 私は感謝の言葉を綴ったメールを早川さんと村上さんに送り、それからお姉さんにもメールを発信した。そこには一言だけ書いた。「裏切り者をつきとめました」と。

 八日目。

 すべての舞台は、すっかり整えられていた。お姉さんはあの時のように臨時定例会を召集した。今度こそは次回作の決定と誰もが思ってるだろう。

 お姉さんは珍しく十一時よりも先に入室していた。三々五々集ってくるスタッフにも、おざなりな挨拶を返すだけで、それ以外は沈黙を守っている。村上さんや早川さんがやってきても、その姿勢が変わらない。
 その様子をROMってた私は、10分ばかり最終的にどう締めるか考えた後に、おもむろに入室した。それを待ちかねたようにお姉さんが動いた。
「今日の議題は」とお姉さんが言った。
「新作の決定」と、早川さん。
「投入スタッフの決定」これは村上さん。
「それはもちろんやるわ。でも、その前に片づけておかなければならないことがあるの」
 お姉さんの言葉に全員に緊張が走った。阿野さん達のことを誰も忘れていない。
 沈黙。何度リロードしても画面が変わらない。つまり、私にしゃべれってことね。
 私は意を決して、長演説を始めた。

>エヴァ小説は楽だし、楽しい。暗黙の了解で自由に使える共通のプラットフォーム。それでいて、いくら奇妙な具合にねじっても許容される存在。それがエヴァ小説。

>だけど。だからこそ、阿野さんや三好さんのような、伏線の意味さえ理解できないような、小説として成り立たせることもできないような真性の馬鹿どもの跳梁を阻止できないほど、敷居が低くなってしまった。そしてみんなダメになってしまった。競い合い、切磋琢磨することを忘れて馴れ合ってしまった。それでも楽しかったから。

>良識ある書き手はエヴァから足抜けしていき、残ったのはブームに責任を感じているページの管理者か、祭りがとうの昔に終わったことも知らずに踊り続けてる馬鹿ばかりになってしまった。

 そこまで用意していたテキスト文をコピーしてたたき込むと、大事な一文を付け加えた。

>……だから私は裏切り者になったの。

 何故だろう、心には奇妙な爽快感があった。やはりこうでなくては。
「裏切り者って?」早川さんが尋ねてくる。
「何を裏切ったのさ」と、村上さん。うん。私の行動は察知されていなかった、と思っていいのかな。

>お姉さんから依頼されたの。スタッフの中に、分離独立を考えてる者がいる。そいつを突き止めて欲しいって。報酬? 編集をやらせてくれるって。

 ひどいっすよ、お姉さん。と、吉澤さんがため息のような言葉を漏らした。石本さんも、加藤さんも似たような感じの書き込み。どういう訳か江間さんはだんまりだった。珍しい。
「それは、最近、雰囲気がおかしかったから」
 ある意味、一番絶句していたのがお姉さんだったのかも知れない。本当の裏切り者が誰か気づいたのだろう。が、もう遅い……。

>ちょっと黙ってて下さい、お姉さん。これからいいところなんですから。

「で、誰なの。私には約束を守るつもりがあるわ。言って頂戴」
 お、開き直った(笑)。まあここまで言われてしまっては、取り繕うわけにも行かないから当然よね。

>判りました。……早川さんです。

「やっぱり貴方だったの!」お姉さんがわめいた。ご丁寧にフォントタグまで駆使して(笑)。私はそれを冷笑しつつ、言葉を撃ち込む。そう、”撃った”。

>早川さん、貴方はもう限界だった。エデンのスタッフ、作家さん達とのギャップがたまらなくなっていた筈よ。貴方には能力がある。そして最悪なことに、それを自覚してる上に、決してそれを謙遜したりしない。

「誉められてるんだかなんだか判らないな」
 早川さんの言葉。悲壮感は無かった。

>間違いなく、誉めているんですよ。ただ、私は貴方の傲岸さが気に入らなかった。

「そうか。同志だと思っていたけどな。意外だ」

>ごめんなさいね。その点は私は貴方を利用したとも言える。演出の仕事に文句を付けられたくなかったから。

「出てって!」
 うん、なんというか、お姉さんが、まるでヒカリの”責任とりなさい!”みたいな感じで高ぶってる(笑)。
「そうですね。潮時でしょう。とはいえ、小説作りを辞める気はない。どうだろう、一口乗らないか? その気のある者は例の場所へ来てくれ」
 早川さんの淡々とした調子の書き込み。つまり、それなりの覚悟が最初から早川さんにはあったということだ、うん。そしてエデンの屋台骨の一人が退室した。と、無言のまま石本さんがそれに続いた。さらに作家さんが数名。ううむ。劇的。
「……これで良かったのよ、あとは村上君と、貴女が中心になって――」

>そうもいかないのですよ、お姉さん。ね、そうでしょ、村上さん?

「え、僕もやめるの?」
 と、村上さんは驚いて見せた。なんとなく、確信犯的な響きが感じ取れて、私は少しうんざりした。
「どういう意味?」
 とはお姉さん。こっちは本当に驚いている。まさか二人同時、とは思わなかったみたいね。とかく世の中、自分の思うようには動かない。というか、私がこうなるように仕向けたんだけれども。

>どうしましょう? 全部吐き出したほうがいいですか?>おおる

「最後まで聞かせて下さいよ」と加藤さん。
「まあ、ありうべき可能性の一つだねえ、こういうのって」村上さんが言った。諦観とよぶべきなのか。それともただの無神経か。とんでもないことをいいだす。「で。一人じゃどうにもならないんだけど。早川さんと一緒で。ただしこっちには秘密基地がないから、この場で聞かせてもらいたいんだ」
「艦影図や部隊章描くより面白いんなら」
 と、加藤さんが起った。おお。江間さんがそれに続く。
「カウンタがまわるページにする自信はあるの?」
 吉澤さんが尋ねている。
「もちろん。約束する。もしダメになったときは見捨ててくれて構わない」
 村上さんの返事に、お姉さんがなにか金切り声をあげていた。ここのチャットは、ヤバいこと書くとログが飛ぶというもっぱらの噂だったけど、この時ばかりは律儀に彼女の言葉を記録し続けていた。
「さあ、どうする?」
 と、村上さんは私にも聞いてきた。私の答えは最初から決まっていた。

>私は魂を叩き売りました、どの道ここにはいられないですから。

「ありがたいね」


 ……まあ、思い出話としては少々毒がきつすぎるきらいはあるかしら。
 それはいいとして、これからどうするのかなあ、早川さん。壁紙を見ながら私は思わず呟いていた。
 早川さんの興したHP――日本外人部隊なんとかって名前……忘れちゃった――は、結局何作かヒットをとばしたものの、後が続かなかった。エヴァだけじゃなかった、って話だけど。そりゃ、私もあんまりいい気はしない。エデンをつぶしたのも私なら、早川さんを追い出したのも私ってことだものねえ……。
 私はというと、今のところ村上さんとは、津九間さん管理のHPでうまくやってる。もっとも、原作を考えるのはもっぱら私で、村上さんはお姉さん同様、自分が形を整えたホームページを売り込むことに躍起になってる。で、例によって本道を踏み外さないように目を光らせているのが小野木さん。そう、小野木さんもこっちに参加してくれたって訳。おかげで随分と助かっている。
 そういう訳だから、村上さんには前者の轍だけは踏まないで欲しいと思う。そうそう。お姉さんのHPもまだ生き残ってる。エヴァ小説も続いてる。今のところはね。
 そうして、全てが終わりつつある。
 なにがって? もちろん、それはエヴァ小説そのもの。いい加減、誰もが幕を下ろして欲しいと思ってる。怖くてそれを声に出来ないだけ。お姉さんのエデンも、それなりに責任を全うしつつ役目を終えた。今でも山ほどエヴァ小説系ページは残ってるけど、じきに雪崩を打つときがくる、と私は信じてる。
 謝った認識だろうか? 異論はあるだろうけれど。たかがエヴァ小説、されどエヴァ小説。これだけの事を考えさせてくれたのだから、侮ってはいけないだろう。たとえそれが、エヴァという虚ろな栄華に追従しただけの存在だったとしても。みんな言ってるわ、エヴァにとりつかれたモノの悲劇、って。
 誰にも文句は言わせはしない。これから私の小説を――つまり私の世界を――形づくるのは、この私自身なんだから。


 追記:

>さてと、こんなもんかな?

「島津さ〜ん、井上ナルミ嬢から伝言がありますよ」

>おや、伝言とは珍しい、なになに……?

――そういう訳ですから、もうこれ以上、立ったキャラを作れなくなって困ったからといって、私を頼るのはやめてくださいね――

>なるほど、そういうオチね(遠い目をしながら、乾いた笑い)。

(おわり)


 (C)NAMAKE企画/”虚栄のエヴァ”制作委員会 1998

 Special Thanks!

 第一期作品チェック
 taka 様
 吉澤 亮太様

 第二期作品チェック
 12式臼砲様
 金物屋 忘八様

 アドバイス
 加藤 ヤスノリ様
 大使 様


 本作品の制作に当たっては佐藤大輔著『虚栄の掟』(幻冬舎 1997)をベースとし、拙作『合作は何故うまくいかないか物語』内の描写を幾つか流用している。また、校正、内容の指摘、アイデアに関して多大なる協力をしていただいた”たかちほ”の皆様に深く感謝するものである。




島津さんへの感想はこちらへ


お姉さん「あら、私が出てるわ。しかもきりっとした美人のお姉さんだなんて、きゃ〜」

管理人 「こらこら、きりっとしたお姉さんが、「きゃ〜」なんて喜ぶかっちゅうの。しかも、最後にはみんなから見捨てられてるし。それでもいいの?」

お姉さん「え〜見捨てられるのはいやです〜」

管理人 「まったく、わがままなんだから」

お姉さん「で、島津さんのこの「虚栄のエヴァ」ですけど。なにやらかなりきな臭い匂いがただようんですけど、気のせいですか?」

管理人 「そうかな〜私は全く感じないけど」

お姉さん「あはは。まあ、ガスマスクなんかしていれば」

管理人 「ちっ ばれたか。お姉さんが書かなければばれなかったのに」

お姉さん「で、ここのエデンは200万ヒット越えて、すたれていったみたいですけど。本当のエデン、50万ヒット越えて・・・・すたれてないですか?」

管理人 「・・・・またそう言うこという・・・・」

お姉さん「現実は山よりも深く海よりも高いのです〜」

管理人 「それをいうなら、山よりも高く海よりも深い、でしょ〜が」

お姉さん「あやや。そうでした」

管理人 「まったく、こんなぼけぼけの人格のどこが「きりっとした」なんだろう」

お姉さん「でも、この作品、のっけちゃって大丈夫なんですか?」

管理人 「なにが?」

お姉さん「いや、だから、ね」

管理人 「ん? なにが問題あるというの? たまたま作品に「エデン」っていうなまえがあるだけで現実のようにみえるけど、ここは現実じゃないじゃないか。だって現実のエデンは200万ヒットもいっていないし」

お姉さん「誤字脱字が多いせいですか? 50万ヒットしか行かないのは」

管理人 「もしかして、私に喧嘩売ってる?」

お姉さん「そんな〜」

管理人 「なに、非難が来て責任とらなきゃ行けなくなったら、ページ閉鎖すりゃいいことだし。たまにはこういう作品があったっていいじゃないですか、と」

お姉さん「嫌われ者になりますよ〜」

管理人 「う゛・・・・それは勘弁願いたいっす」

お姉さん「あらまあ、どっちがわがままなんだか」

管理人 「まあ、意見のある人は「井戸端会議室」においで、っていう話だから」

お姉さん「本当ですか?」

管理人 「・・・・チャットの自由は妨げないさ。あそこにはメンバーパスワードもないし」

お姉さん「あー。いま考えましたね、その逃げ」

管理人 「ぎくっ 汗」

お姉さん「それから、ひとつ気になってるんですけど」

管理人 「ん? なに?」

お姉さん「このページも惰性で続いているんですか? それとも小説が終わらないから?」

管理人 「さて、そればっかりは管理人の私にも分からないですね。やめたくないけど、惰性ではないと断言できないし」

お姉さん「人間って複雑ですね〜」




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