前書きという名の能書き
これはあくまでもフィクションであり、登場人物、HP、及び作品名は、なんら現実のそれとは関連しない。ただし、ここで語られている言葉が、決して私・島津義家の本音とかけ離れているわけでもない。
どう見たって駄文じゃないの。私は憤慨して、思わず”閉じる”ボタンをたたきつけるような勢いでクリックしてしまった。
……全くもう。
でかい顔をしていたIEが姿を消したことで役割を取り戻した壁紙を眺めつつ、私はため息をついた。
こんなのが、エヴァ小説のなかでも屈指の名作だと評価されていたのだから、やはりこの世の中、どこか間違ってるのかも知れない。
発想自体は珍奇とは言えない。むしろ、少し古くさくはあるけど(エヴァ小説の手法としては、という意味よ)、手堅く、面白みに満ちている。
舞台設定としては、いわゆる24話の続き。あの末期的症状を示している現状から、無理矢理に学園エヴァにひねり込むというパターン。そう、ミサトやオペレータ衆は先生役を回され、第壱中学の生徒連は新編なった中学校で新たな生活を始める。
そしてお定まりのアスカ、綾波、シンジの三角関係。これが止めどもなくン百話続くって訳。そう、進展するんだかしないんだか判らないうちに、もう三百話超えてるのよね、このお話。津九間さんが、「これは小説じゃなくて宗教なんだ」と言って珍しく憤慨していた理由が判るわ。
ジャンプの漫画じゃあるまいし、”終われなくなった”、というのでもなさそうだけど。
ああそういえば、瀬名尾さんが言ってたっけ。「小説としての技法をきちんとわきまえて書いていなければ、いかに立派なテーマがあっても、しょせんはダメ(爆笑)」って。うう、この人の(爆笑)だけは信じてはいけない。
それはともかく。今更ながらこんな駄文を引っぱり出してきたのは、ちょっと過去を振り返ってみたくなるコトがあったから。とあるHPが閉鎖された、って話を聞いたから。そもそもそのHPが興るきっかけを作った身としては、ね。ちょっとセンチな気分になったとしても、文句はないでしょ?
もう、あれから何年になるのかしら。うーん、出だしとしては陳腐に過ぎるけど、思い出話なんて、大抵こんなものよ。
虚栄のエヴァ ―― Eva Novelists ――
一日目。
そのHPにたどり着くには、さして手間がかからない。たいていのエヴァ系HPにはリンクが張ってあるから。小説系だけじゃなくて、CG系や、なんだか論評してるようなところからも、ちゃんと飛べる。
それもそのはず、このHP――通称エデン――には、管理者の他にも広報担当ってのがいて、それが手当たり次第にリンク要請活動をしてるから。はっきりいって、エデンのリンク集に並ぶHPの数は”Yahoo!”で検索するより、もっといえば下手なエヴァリンクページより数は多い。さすがにエデンでは、更新状況までは面倒見切れないけど。
でもって、インデックスをつらつらと眺めていく。
このエデンは、”管理人のお姉さん”と呼ばれている女性の管理者によって運営されている。お姉さんが実はいわゆるネットおかまなんじゃないか、という疑惑はしばしば掲示板あたりで表明されるけど、それは全くの濡れ衣。一度オフに会ったけど、その、なんというか、きりっとした感じの美人だった。……あはは。
さて。このページの売りは、なんといっても”ヴァーチャルスペース”なる、少々胡散臭い呼び名の与えられたモノだった。
まあ、はっきり言ってしまえばエヴァのパロディ小説が公開されてるんだけど、それにぶち込まれた演出が半端じゃない。
説明するのはややこしいけど。ぶっちゃけた話、ポリゴンで描画されている3D空間を思い浮かべていただければ(笑)。
で、各作家ごとの空間に入ると、その小説にイメージ的にあった空間が演出されていて、で、選んだ小説がウインドウ表示される、という訳。
ほとんど紙芝居のように全面に押し出しているCG、どの辺りを読んでいるかによって変わるBGM、等々。なかなかこれは余所では真似できない、と自負してる。
そして、それらはお姉さん一人が手がけてる訳じゃない。お姉さんの下には、何人ものスタッフが控えてる。ま、私もその一人ってこと。
時間は十一時をわずかに過ぎた頃。テレホタイムだし、そろそろ、誰かいるかしら。
ではでは、そのスタッフ専用の魔窟に足を踏み入れましょうか。私はHP最下層にある、”スタッフルーム”とよばれる会議室(つまり、チャットルームね)をクリックした。
パスワード入力。このあたりのCGI技術は、スタッフの一人、吉澤さんの仕事。吉澤さんの役職(笑)は技術、とよばれてる。プログラム技術が求められる仕事。技術屋さんやらせとくのは勿体ない気もするけど。
さて。誰もいないかな……。あ、いた。音楽担当の石本さん。スタッフ用会議室とはいうものの、よほどのコトがない限り参加は全くの自由。定例会ってのもあるけど、それにも参加しないスタッフもたくさん。ま、仕事じゃないわけだし、いいよね。そんな中、石本さんは毎日のように顔を出してる。
だけど、二人きりってのはちょっと困ったな。私は石本さんとあんまり仲がよろしくない。何故か、いちいち反対意見をぶつけあってしまうことが多い。
「こんばんわ〜」
と、私とほぼ同時に顔を出したのが、作家の江間さん。うーむ、私とお姉さん、そしてこの人の三人が、女性スタッフって訳。助かった。特に江間さんはおしゃべりだから、私がしばらくROMってても間が持つ。
作家。うーん、役職名としては味も素っ気もないかしら。でも、これ以外に言いようがない(作業屋と呼ばれるときもあるけど、私はあんまり好きな呼び方じゃなかった)。でも、他のページの投稿小説書きとは全然違う。江間さんみたいなスタッフとしての作家は、自分の好きな小説を好きなペースでかける訳じゃなくて、編集の指示を受けて書く。
自分の意見や力量を全く見せられないのか、と言われると、それは違うんだけれど、編集が納得行かなかったらダメ出しを喰らって書き直しする羽目になる。
過酷? でも、そのおかげで良質の作品が提供できるし、うーん、作家さんも文章技術を身につけて行くんだと思う。実際、何人かはお姉さんの許可を得て巣立っている。
などと、作家さんの悲哀と野望に関して江間さんとだべってると、当の編集さんが相次いで顔を出した。
「現着」と、剛の編集・早川さんが宣言すると、「こんばんわっす。みゅみゅみゅ〜、お姉さんは来てないの?」と、柔の編集・村上さんが尋ねてくる。
ヴァーチャルスペースの屋台骨を実質支えているのは、この対照的な二人。彼らの発想、その具現化がヴァーチャルスペースの作品群なんだから、まあ当然か。
ふふん。具現化。それこそが私の役目。アイデアと、実際の作業、それをつなぎ合わせるのが仕事。役職は演出と呼ばれてる。早い話、その小説が紙芝居になるのかサウンドノベル(!)になるのか、それともオーソドックスに文章を並べつつCGの挿し絵を挟むのか、全部私の判断次第というわけ。
やがて十一時半になって、待望のお姉さんが参加してきた。かつては編集にも参加していたけれど、最近はもっぱら管理に専念してる。元々小説書いてた事もあるから、見当違いなことは言わない人。
「そろそろ、新作に取りかからないとね」
と、お姉さんは切り出してきた。確かにね。この数ヶ月、エデンでは新作を出していない。ド派手な演出と宣伝が奏功して、一年あまりで200万ヒット達成間近、ジェネQすら歯が立たない、ってこのページが、スタッフノートだの単発のCGだのMIDIデータのダウンロード(これらは、ほとんどスタッフが勝手に趣味でやってる)でお茶を濁してばかりもいられない。
むろん、ひとたびゴーサインが出れば、そこは分業制の強み。一週間もあれば100キロバイトほどの文章は出来る。問題は企画にかかってる。
「やりましょうやりましょう」
村上さんが間髪入れずに言った。腹案に関しては、何度か私も聞いてる。
ストーリーとしては、いわゆる異世界モノ。ファンタジー世界の風軍――装甲飛行船を用いた海賊みたいなモノ――を描く。むろん、その親玉がアスカね。キャラだけエヴァ、のそしりからは逃れられないかも知れないけど、丁寧に描くことは可能。既存のアニメのキャラを置換するような安直な手に訴えてるわけじゃないから。もちろん、原作を彷彿とさせるシーンもいっぱい取り入れる。
――敵飛行船の横っ腹に衝角を突っ込ませ、戦陣を切ってソニックグレイブを小脇に飛び移るアスカ。群がる雑魚をなぎ倒して船内に突入していく。殊更戦闘シーンでなくても、アスカが栗色の髪をなびかせ(私は貞本版アスカはあまり好きじゃない(笑))、衝角の上で腕組んでるシーンを想像するだけで血がたぎるなぁ。
と。
「世界観の構築に時間がかかりすぎる」
早川さんが否定的な意見をぶつけてきた。彼が推すのは、学園エヴァが基本だけど、彼お得意のミリタリとホラー(安易にこう言うと彼は機嫌を悪くするけど)をふんだんにぶち込んでる作品だった。
彼は、勇気凛々瑠璃の色、の少年探偵団風だといったけど、私はイメージとしては、だいぶ前に木曜日の夜八時にやってたジャニーズジュニア主演のテレビ番組を連想してた。ううん、どうだろう。お姉さんは飛行船は好きだけど、ジャニーズジュニアは好きじゃなさそうだから(笑)。
それにしても、緻密な世界観――この言葉、簡単に使い過ぎかな?――を組み立てる早川さんらしい反論だった。以前、「”サイレントメビウス”からお笑いの要素をそぎ落とし」云々と言っていたから、相当ハードでシリアスになる筈。”幽撃隊”シリーズからはインスパイアされてないだろうか? 今度聞いてみよう。
本音を吐けば、わくわくしていた。どっちも面白そうだから。どっちを先に出すのかな。
と、お姉さんは少し意外なことを言い出した。
「……どっちか一本に絞れないかな」
>どうしてですか? どっちも面白いですよ。
「時間が限られてる」
「200万ヒットですか?」石本さんが聞いていた。
そう。さっきも触れたけれど、我が”エデン”は、開設1年を迎え、延べ訪問者数200万の大台に達しようとしてる。それを記念して、大型の作品を繰り出したいというのはスタッフであれば誰もが考えてる。
「それもあるわ。どっちにしろ、そろそろ大きいヒットをとばさないと、読者が離れる」
お姉さんの言ってることはよく判る。まめな更新以外に、ページの人気を維持できる方策は少ないからね。
「どっちが先手とるかと言われたら――」
村上さんはこういうとき、正面切って俺がやる、とは言わない人。でも、決して押しが弱い訳じゃない。なんというか、気づいたら他の選択肢が消えてるという雰囲気がある。
ここで、お姉さんは早川さんにも意見を求めた。等分に意見を聞きたいらしい。
「自信はあります」と早川さんは答えた。この人が自信なさげな言葉を口にするのを、私は聞いたことがない。
>この場で決めることなんですか?
どっちになるにしろ、一刻も早く動き出した方がいい。私は思ったけど、お姉さんの考えは違ったみたい。
「いいえ。大事なことだから、一週間ほど考えて、それから」
ふーん。以前なら10分もあれば企画が通ったモノだけれど。
さて、今日もこのくらいかなあ。チャットってのは、そんなに建設的な意見が百出するような場所じゃない。
私はお別れの挨拶をしてから退出ボタンを押した。と、着信音とともに画面右下にメールの到着を示すマークが表示された。
誰からだろ? 開いてみると、それはお姉さんからのメールだった。
そこにはURLが書かれており、是非会いたし、とのことだった。
お姉さんのお呼びとあらば、即参上しかないよね、やっぱり。
指示された場所は、管理者がやる気無しなのか、他に何かポリシーがあるのか、ここ半年ほどはまともに更新すらされていないページにもうけられたチャットルームだった。
カウンターが一日二桁回るか怪しいそのページのチャットルームは、当然ながらほとんど貸し切り状態で、内緒話をするにはもってこいの場所だった。管理人としてその匂いをかぎとるのか、お姉さんはこの手の寂れページに詳しい。
さてと。能書きはいいからご挨拶しなくちゃね。
>お待たせしましたか?
という私の問いには答えず。お姉さんは思いつくまま(のように私には思えた)、エヴァ小説の秀作と呼ばれている作品群について熱く語ってくれた。
naryさんの”Genesis Q”、ジオさんの”リビングゲーム”、DARUさんの”時が走り出す”、あれや、これや。加地さんの”錬金術師ゲンドウ”もあったっけ。そうそう、ゲンドウといえば、お姉さんが”サードチルドレン・ゲンドウ”を見逃す筈がない。稲葉さんとは熱い友情で結ばれてるんだもの、当然ね。
まあ、情熱は判るけれど。正直、少しは反駁したいところもあった。
そんなにエヴァのパロディというのは高尚なものだろうか。
所詮は物まねじゃないだろうか。その自覚――あればあったで確信犯的でヤだし、それがないというのも馬鹿過ぎる気がする。
”錬金術師ゲンドウ”の人気ってどんなものなんだろう? K-tarowさんあたりの、糖尿になりそうなくらいの激甘LASでも読んでクラクラしてたほうがマシに思える時だってあるんじゃないかしら? 文章表現力のレベルの高さだけが人気につながる訳じゃない。
まあ。それはおいといて。
>で、どうしようと?
次回作についてどちらも楽しみだ、というのは筋が通らない。一つにまとめたいといったのはお姉さんのほうだもの。
「どちらも楽しみは確かなのよ」
どういう訳か、お姉さんは渋っていた。
>じゃあ、どうして一本に絞ろうなんて?
「スタッフのみんなの様子はどう? 最近、ちょっと会議室にご無沙汰していたから……」
>いつも通りですよ。
少しはぐらかされた気もするけど、私としてはそう答える以外にない。
「意見のぶつかりあいは結構だけれども、それがありすぎてもチームの和を乱すから」
>まあ、そうですけど。早川さんと村上さんのことですか? 前々から、あんな調子だったと思いますが。
「最近、あの二人、おかしくない? スタッフの中に派閥が出来てるんじゃ? みんなのホームページだから、そういう事があったら困るのよ」
ううん。言ってることは判るけど、何を言いたいのかが判らない。それなりにやってきたと思うし、これからも何とかなるんじゃないかと思う。なんだかんだ言ってもプロの仕事じゃない。アマチュアのお遊びなんだから。お姉さんは否定するかも知れないけど。
アマチュアの遊びとなれば、それを成り立たせているのは無条件な情熱で、おカネじゃない。素人の合作がうまくいかないのは、それぞれが平等であることと、各人の情熱に温度差が生じるのが原因。そう思えば、きちんと組織化され、モチベーションを維持出来ている現状は悪くないと思う。
私はそんな感じのことを、もっとやんわりと伝えた。確かに、質を考えれば、二チーム分離はあまり良くないと思ったけれど。
「つまり」とだけ、お姉さんは書き込んだ。この辺りは、呼吸が感じ取れない分、チャットというのは残酷だ。あうんの呼吸にはほど遠い。
>つまり?
「誰かがスタッフを引き連れて、分離独立を考えてる」
押し出すような言葉。私は唸った。つまり、それを私に探れ、と?
>嫌われ者になるのはいやですよ。
「もちろん、見返りはあるわ。……貴女、そろそろ編集の仕事もやってみたくはなくて?」
なんともまあ。とんでもないことになったものね。
でも、編集の仕事というのは確かに魅力的だった。人の荒削りなアイデアにヤスリをかけるばっかりじゃなく、偶には自分で原型を削りだしてみたい。それが人情ってものでしょ? ううん、こういうときだけ積極的に卑しくなるのって良くないかな。
二日目。
実際に動きを見せるのには気合いが必要だった。正直、気が重かったし、どこから手を付けて良いか判らなかった。
直接、風聞という形でメールで問いただしてもよさそうな気がしたけど、それは最後の手。出来るなら、これという言質を得ておきたい。……保身。うーん、どうだろう。特に、早川さん辺りの手にかかると、後ろからばっさり切り返される可能性が高いものね……。
その日、会議室に行くと、吉澤さんと石本さんがいた。吉澤さんが私より先にここにいるのは結構珍しい。
>C言語って、やっぱり難しいの? 私、ポインタの理解で詰まってしまって。
とりあえず、そんな話から切り出してみた。技術屋相手なら、とりあえず持ち上げておくのは悪い手じゃないはず。
「何故にC? この間はVBとか言ってたような気がするけど?」
>えーと。Cが判ってれば、JAVAとかにも応用が利くかなあ、って。
「で、ゆくゆくはHP管理者?」
>ああ、はは。やぶ蛇だったかな。で、今の仕事、満足してる?
「そりゃ面白いよ。村上さんや早川さんがひねり出したアイデアを君が具体的に練り、それを僕や石本さんが形にする。うまく行ってると思うよ」
なるほどね。私はモニタのこっち側でひとりごちる。石本さんはこの手の話には乗ってこない。二人で話し込んでる形になった。
そこに、江間さんが顔を出した。
「邪魔だったら帰るけど(笑)」などとからかってくる。
>とんでもない、江間さん(笑)。で、この先はどうなるか判らないけど? どう思う、二人のアイデア。
「演出やる分には、どうかしらね。早川さんみたいにかっちり決めてくるのと、村上さんみたいに後付のネタをガンガン取り込んでくれるのと。まあ、参加してるという気になるのは村上さんの方だけど。楽なのは早川さんかな。苦心ぜずにすむ」
>ネタ的には?
「早川さんのクトゥルーネタがいいな」っと、これ、石本さんの横レス(笑)。ふうん。石本さんは早川さん寄り、かな?
>なんで?
「恐怖を演出する、ってのは、エヴァじゃ結構珍しい。考えてみれば変な話だと思うよ。原作は結構気色悪い話なのに。安易なLASがぶちまけられすぎたからだな」
なるほど、なるほど。ホラーなエヴァ。うん、読んでみたいかも。ただし。無駄に人を驚かせるだけなら無意味。エヴァならではの恐怖がないと。これは難しいな。もっとも、こういう演出の下駄を預けられるだけ、早川さんの案は細かいんだけど。
>村上さんの方は、まだ全然固まってないみたいね?
「あの人のは、最後の最後まで固まらないよ。それだけに面白いんだけど。飛行船の艦長、まだアスカで行くかミサトで行くか決定できてないみたいだから」
「じゃ、俺は村上さんを推すよ」
と、CG屋の加藤さんが参加と同時に発言。
>へえ。どうして?
「描いてて、楽しいから」
つまりはそういうことか。明るい雰囲気の村上作品には加藤さんのCGが相性がよく、おどろおどろしい早川作品を盛り上げるのは石本さんの音響効果、という訳か。はは。それをどう演出するかを考えるのは私の仕事か。要は私の仕事ぶりの傾向がばればれってこと。参ったわね(笑)。
そうなのよね。これじゃ、簡単に加藤さんを村上派、石本さんを早川派とは言えないかな。
「でも、早川さんの案も捨てがたいな。早川さんだと、龍田さんや余志村さんあたりが重用されるんだろうけど」
少し寂しげな江間さんの発言。どうだろう。江間さんもハードな話を書くほうだと思うけど。
>怨霊とか、そういう話なら、阿野さんかも。
「どうかなあ……? 少し毛色が違うからなあ。こういうのはなまじっか詳しいより、一から積み上げてくれる作業屋のほうが使い勝手がいいかも知れない」
という控えめな表現だけど、吉澤さんのいいたいことはよく判る。うんうん。阿野さんといえば、演出側になんのことわりもなく、自分のオリジナル小説の登場人物を引っ張ってきてメインにすえるという快挙という名の暴挙を成し遂げたことがある。ううん、あんまり人のことは言えないから、これ以上の突っ込みはなし。
>村上さんはどうだろ?
「村上さんは、富士田さんあたりを使ってきそうな気がするんだナ。大西さんもあるかナ?」
また他人事のように江間さんが言う。
>どうかな。富士田さんの書くLAS、私は大好きだけど、今回のとは肌があうかな? 三木さんとか、高梁さんのほうがあってるかも。
「僕は大西さんの文章が、絵をイメージしやすくていいな」
加藤さんの言葉、やはり村上派とみるべきなんだろうか。
>どっちにしろ、二班同時に進行しても良さそうだけどね。
と、私は鎌をかけてみた。どっちにつくか、もっと明確に意見を吐き出させたかったから。
「難しいよ、やっぱり」とは石本さん。
>どうして?
「編集は二人いるけど、演出が一人しかいないもの」
私のことだ。へえ、石本さん、その程度には私のことを買っていてくれたんだ。などと少し嬉しくなり。そしてその分空しくなる。そうだった、私は裏切り者だったんだ、うん。
それからしばらく、誰が小説書きのメインをとるか、という話になった。かなりえぐい話になるので、この会議室には作家さんが寄りつかないのだという話がある。どうして江間さんはここの常連なのだろう?
と考えてるところに、異彩を放つ作家(笑)、阿野さんと三好さんがつるんでやってきた。どうも、別のどこかのチャットルームでひとしきり話し込んだあとでこっちにきたみたい。
でもって、二人だけでしか通用しないような馬鹿話をはじめた。もう。そういうのは余所でやってっての。
ああ、そういや、二人はどうなんだろ? 一応聞いておこうかな。
>阿野さん、三好さん、なんか企画ある?
何故に作家に企画を聞くかといえば、特に阿野さんは露骨に編集の仕事をやりたがってるから。もしお姉さんの言ってる、独立したがってる人が阿野さんの事を指しているのだとすれば、ずいぶんと気が楽なんだけどな。
私の見るところ――他のスタッフも同意見だと思うけれど――阿野さんには編集をやれるほどの能力は備わっていない。作家としても、ベタ打ちやらせておくのがせいぜいじゃないかとさえ思える。とにかく、小説技法のイロハすら知らない。以前、”伏線”という単語を、本筋とは別個に展開されるストーリーの意味だと誤解していたことさえあった(つまり、エヴァでたとえるならトウジに思いを寄せるヒカリの描写、みたいな感じ)。そりゃ”複線”とでも言うべきモノなんだって。みんなで突っ込んだけれど、どれだけ理解できたか疑問。まあ、そんな人なんだ、阿野さんって。三好さんはどうなんだろ? 何考えてるかよく判らないけど、人の話を聞いていないことは確か。
でもって、私の鎌かけの答えはすぐに返ってきた。なんというか、まあ。阿野さんは時代劇風。シンジが剣豪役で綾波ラブラブ(爆)な話、三好さんが18禁でLAS(核爆)なネタだった。状況設定がどうなってるのかは全然掴めない。
聞くだけ無駄だったかな、ああ迂闊なり。
なんだかこういう風に書いていると、全然ダメみたいな扱いだけど、決してそうじゃないのよ。言っておくけど。ただ、私たちの求める才能とは、多少異なったところに本領があるというだけ。つまり、どうにもならないってこと。
まずは、基盤を整備するのが先決かも知れない。阿野さんと三好さんは”荒らし”と見まごうような騒ぎの書き込みを再開した。
誰もそれを止めない。確かに黙ってちゃ判らない事がある。だけどね。偶には私たちの沈黙の意味を考えてみても罰は当たりませんよ、お二人さん。
かなり精神状態がよろしくなくなって来た頃合いを見計らったように、一通のメールが届いた。個人的にメールのやりとりをしている津九間さんからだった。少し長文だけど、今はこっちのほうが面白そう。私は阿野さん達にとってつけたような挨拶をして一抜けして、メールの内容に目を通してみた。
津九間さんはいわゆるエヴァ小説書きではない。小説も書いて投稿とかもしているけれども、インターネットをやりはじめたきっかけはあくまでも通信販売としてのインターネット活用のためだったという御方。実際、商用のホームページも持ってる。商用ページでありながら商品説明とは関係ない更新日記や雑記帳がやたら面白くて、設置されていた掲示板に私が何気なく書き込みをしたことで面識を持つようになった。
直接お会いしたことはないけれど、互いの住所は知ってる。津九間さんがとあるツールを探しているというので、偶然それを持っていた私がCD−Rに焼いて宅急便で送ったら、津九間さんからもあれこれと商品を見繕って郵送してくれたことがある。
メールの内容はといえば、エデンの屋台骨の二人である村上さんと早川さんに知己を得たいので、自分のページのチャットルーム(商用ホームページのくせに、そんなものまである(笑))までご足労願いたい、ということだった。
私はそれを読み終えると同時に、当の二人に簡単にメールを書いて送る。なんか、どちらからも速攻でレスがあった。あまりに参加しても意味がなさそうなスタッフルームの様子を見て、どうやらROMってたらしい。冷や汗をかきつつ、津九間さんのホームページに行ってみる(書き忘れてたけど、私も招待されていた)。
結論から行くと、津九間さんは商用ページとは別にエンタテイメント部門のページを開設したい、とのことだった。どうせやるならそれなりの人材と組んでやりたい、自分一人ではそこまで手が回らないから、協力して欲しい、とも。
「スポンサーというわけですか?」
少し早川さんは呆れた様子だった。
「別にかしこまっていただく必要はありません。今まで通りやっていただければ」
なんの目的ですかと村上さんが問い、宣伝ですよ、と津九間さんは言った。
用は、エンタテイメント部で多くの人間を呼び寄せることが出来れば、そこから商用ページに顔を出す人も増えるだろうという読みらしかった。
どうだろ? 確かにカウンタは回るかも知れないけれど、販売実績に結びつくのだろうか?
「小説を投稿してほしいという話なら、他にも声を掛けてるわけでしょ? パターンとしては珍しいな……」
「むろん、ただ小説を掲載してもらうというのであれば、エデンで書き続けられたほうがよほど楽しく張り合いがあるでしょう。こっちの技術は全く未熟ですし、JAVAスクリプトに詳しい担当者がいる訳でもないですから」
津九間さんはそう前置きした後でとんでもないことをいいだした。販売実績とエンタテイメント部の相関関係を分析して、ある程度の報酬を払う用意がある、のだそうだ。
>つまり、セミプロになれる、と?
「そういうのはあまり好きではない」
早川さんは全く乗り気ではなさそうだった。
村上さんは興味を引かれたらしく、新しいページがどの程度の環境なのかを尋ねていた。津九間さんの返事はどれも魅力的なモノだった。CGI、SSI共に使用可。容量は50メガまで無料で、そこから1メガいくらで追加料金がいるが、それは全部津九間さんところで持つという。
「肝心なところは人任せというのはいいですね」そう言って村上さんは、(笑)マークを連発した。
ううん。これだけで、独立を画策してるのは村上さんだと断言して良いんだろうか? 冷静になってみてみると、村上さんの返事も早川さんの冷淡な対応を取り繕う社交辞令にも見えてくる。
三日目。
その日はダイヤルアップにやたら手間がかかってしまった。11時過ぎに接続しようとしたら、もうテレホーダイを待ちかねた同好の士が回線を占拠してしまっていた。ううん、固定制はこれだから辛いわね。そろそろプロバイダを見直したほうがいいかしら。
などと考えながらエデンに飛んでみると、スタッフ用掲示板に進行役の小野木さんの書き込みがあった。そろそろ新作に取りかかりましょう、という内容だった。小野木さんと広報役の井口さんは、実生活の関係上か会議室には来ないからメールでも使わない限り、普段はこうやって掲示板とメールでしかコミュニケーションがとれない。
でも、こんな風に尻ひっぱたいてくれる人がいるから、ネタが暴走しがちなヴァーチャルスペースの作品が定期的に発表できる。感謝します、小野木さん。
既にスタッフルームには誰も居なかったので、そのまま私は例の場所のチャットでお姉さんと会った。
「何か判った?」
お姉さんは、どこかせっぱ詰まった雰囲気を文章ににじませていた。気持ちは分かる。そろそろ新作の制作快調というフレーズの一つも使ってみたい時期だものね。
>いや、急いては事をし損じる、ってところでしょうか。
「あんまりのんびりとしてられないわよ」
はいはい、判ってます。判ってる……。
>そうですね、やらなくちゃいけないことが一つ見つかりました。
「何?」
>えっとですね。三好さんと阿野さんのことです。
「そんなに使えない?」
あはは。私はモニタの前で声を出して(文字は打たずに)笑った。私はまだ何も言ってませんよ、お姉さん。
>まあ、そういうことです。
まあ、以前から誰ともなくそんな話はしていたから、お姉さんも思うところがあるんだろうな。
「判ったわ。メールを回すわ」
>あ、そうだ。この間ネットで知り合った人が、会議室を覗いてみたいって。
「……使える人なの?」
>え、あ、そういう意味じゃなくて。れっきとした元・HP管理者さんですよ。むしろアドバイスを受けるのはこっちのほうじゃないかなあ、って。いいですか?
「構わないわ。きちんと仕事をしてくれればね」
はいはい。そっちのほうは自信があります、お姉さん。いってみれば葛城ミサトみたいな人間なんですから、私は。あ、べつに昼間からビールかっくらってるという意味じゃないですよ。いざという時はきりっとするって事で。無能かどうかは別として(笑)。
次の日。私は11時を待たずに回線を繋いだ。でもって一番乗りして、常連スタッフ達とどうという事のない話題を繰り広げた。村上さんが顔を出さなかったので、話の傾向が偏る偏る。
ああ、それにしても。
石本さんと吉澤さん、二人して私の口調が男か女かよく判らない、なんていじめるんだものなあ。うう、なんだか本気で腹が立ってきた。こう見えても立派な亭主持ちなんだから。
あんまりうんざりしたので、上辺だけは丁重な言葉で辞して、一般用のチャットルームに顔を出してみる。別に嫌がらせのつもりじゃないんだけど。読者の人から意見を聞くというのは、結構重要だからね。
ううん、なんだか熱烈歓迎されてる(笑)。そういえばここ、しばらく顔だしてないからね……。
おや? 私はその中に、少し気になる書き込みを見つけた。
その人は、”Confusion”の凍結再開がいつになるのか、と尋ねているのだった。
CONFかあ。いや、懐かしい。あれ凍結されてからもう半年経つのに、まだ再開を待ってる人がいるなんて。これ聞いたら、作者の星野さんは喜ぶかしら。
そう。星野さんはウチの作家陣の中でも屈指の実力者だった。彼女が手がけていた”Confusion”の編集は村上さんが担当していたけれど、ほとんど彼女任せだった。私も演出は最小限に押さえていた。彼女は文章だけで”魅せる”事の出来る、希有の人材だった。
悲しいわね、過去形が続くのって。結局、CONFは完結しなかった。『鋼鉄のガールフレンド』をプレイした星野さんが、そのシナリオがあまりにも自分の構想していた展開と酷似していた為、続きを書く気力を失ってしまったから。
村上さんとお姉さんはどうにか話を続けようと努力したけれど、徒労に終わった。誰も星野さんの作り上げる世界を再現できる自信がなかったから。星野さんは今ではお姉さん公認の元独立し、どちらかといえば技術色の強いHPの管理者になって、少し創作活動からは遠ざかってる。
その辺りの経緯は何度も説明した筈なんだけどな。私は少しばかりうんざりしながらその人に事情を教えてあげた。丁寧にね。
ところがそれがまずかったみたい。その人、やたらうるさく、あれやこれやと尋ねてくる。どうやら気に入られた、と思ってるみたい。困ったわねえ。もう一時半過ぎてるってのに、寝られないじゃないの。
仕方ないので、「これ以上は長くなるので、メールでお願いできますか?」と書いてみた。実際、そのほうが一度に済ませられる。
すると今度は、何を思ったのか「早川さんや村上に話がしたいので、スタッフ用会議室のパス発行してくれません?」、などと言ってくる。なんでも、自分でもエヴァ小説のアイデアを持ってるので、それを説明したいのだという。
もう。人の話、聞いてる? だからそういうのはメールでお願い、なんだってば。
後編に続く
go to next story
back to index