西暦一九九九年七月−−−
ある偉大なる予言者の最も著名な詩。
今まさにそれが現実のモノとなろうとしている・・・・
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巡り来る日々〜第2話〜 |
恐怖の大王は舞い降りた! |
「それでは、これから2週間の間、教育実習を行う先生方を紹介する。
中垣ケイ先生、体育を担当して貰う。
若槻メグミ先生、国語を担当して貰う。
・・・・碇ユイ先生、生物を担当して貰う」
少々間を空けて最後の台詞を口にした壇上の冬月教頭の顔は、
全校集会で整列した生徒達の目にも明らかな程ひきつっていた。
彼のそんな姿を初めて目にした生徒たちは勿論、
教職員の間でも動揺が走った。
そして後方には、未だ紹介されていない人物が1人。
生徒達が不審に思い始めた頃、ようやく重い口を開き、冬月教頭は言葉を続けた。
苦り切った顔、苦渋に満ちた声で、絞り出すように紡いだ台詞は・・・・
「・・・・六分儀ゲンドウ先生、物理を担当して貰う」
この時、冬月教頭の胸にある予言詩が思い浮かんだのは言うまでもない。
「ようやく夢への第一歩ね、ゲンドウ君」
「ああ・・・・そうだな、ゆ、・・・・あ、あぁ、碇さん」
にこにこと嬉しそうに笑みを浮かべていた碇ユイは、
六分儀ゲンドウの何気ない言葉に顔をしかめた。
「またぁ・・・・。言ったでしょう? 『ユ・イ』って呼んで!」
「あ、ああ。そ、そうだったな。はは、気をつけるよ。
そのォ・・・・ゆ、ユイ・・さ、ん・・・・」
ゲンドウの言葉に再び笑顔に戻ったユイは、本当に嬉しそうだった。
どこから見てもしっかり尻に敷かれているゲンドウは、
情けなさそうに乾いた笑いを浮かべる。
2人とも左の薬指には金のリングが輝いている。
そう、彼らは卒業と同時にゴールインするコトが決まっていた。
ユイとしては学生結婚でも構わなかったのだが、
この点に関してだけはゲンドウが珍しく譲らなかった。
夢である「第壱学園の教師」になるまでは!
そう主張したのだった。
もっとも碇トキ−−ユイの祖母−−に、
「老い先短い年寄りの夢を叶えておくれ」
と泣き落とされ、既に仮祝言は上げている。
その上、なし崩し的に第二新東京市郊外の碇家に同居していたりする。
まさに形骸化した誓いではあった。
その2人の婚約を知った時の冬月の表情は見物だった。
冷静沈着を絵に描いたような彼が、あたかもこの世の終わり、
世界が凍りついたかのなショックを隠しきれずに顔面蒼白。
思わすゲンドウはニヤリと純粋ならざる笑みを浮かべたモノだ。
一方で、ホッとしたような、憐れむような眼差しをゲンドウに向ける。
全く気に入らなかったが、とりあえず見なかったことにする。
何しろ、彼自身が一番よく解っているのだから。
長年、それこそ生まれた時からずっとそばに居た幼なじみから、
婚約者ユイへと彼の手綱を握る人物が交代しただけとの意見もある。
それが幸福なのか、これ以上ない不幸なのか・・・・
彼自身判断がつきかねる。
ゆえに僅かばかりの自由を求めて、彼は国立大学へと進学した。
金銭的な理由と共に、
「第壱学園以外の世界を知りたい!!」
そんな大義名分を掲げた彼にユイも幼なじみも反対できなかった。
この時、ゲンドウは生まれて始めての自由を手に入れた。
自由に酔いしれ、すっかりハメを外した。
伊達男として浮き名を流し、果ては熟女キラーの称号まで戴いた。
何しろお堅いコトで有名だった女性教授にまで手を出し、
ついには放校処分寸前まで行ったのだから。
この事態にユイの行動は迅速だった。
引越代行業者をゲンドウの下宿へ派遣すると、
有無を言わせず彼女の家に強制連行。
コトの露見と急激な事態の進展にゲンドウがひきつった笑顔を張り付けて、
思い付く限りの言い訳と謝罪の言葉を速射砲のように連発している間、
ユイはただにこにこと笑みをたたえたままだった。
そんな状態は一ヶ月の長きに渡り、ゲンドウは心身共に消耗し尽くしたという。
結果、彼は大学の残り1年間を電車で片道2時間かけて通うコトとなった。
しかし、それはまさに自業自得としか言いようがなく、
同情する者は皆無だった。
さて、そんな個人の身の上話は置いておくとして、
指導教官について担当クラスへと実習生達は向かって行く。
ショート・ホームルームの時間だった。
ゲンドウも例外ではない。
教室に入ると改めて指導教官に紹介された彼が教壇に上がると、
待ってましたとばかりに言葉の嵐が吹き荒れた。
「先生、恋人いますか?」
「大学は何処なの?」
「浪人しました? それとも留年?」
「何才なの? 先生」
「なんで教師になろうと思ったの?」
「この学園の先輩ってホント?」
以下、主に女子から聞き取れない程の質問がゲンドウを圧倒した。
(くっ! 寝不足に女子の声は堪える・・・・)
何を隠そう、六分儀ゲンドウは一睡もしていないのだった。
外見からは全く想像もつかないだろうが、
昨夜彼はまさに「遠足前の幼稚園児」状態だった。
十年来の夢が現実になろうとしているのだから無理もない。
と、言いたい処だが、少々常軌を逸している。
興奮の余りベットの上でジタバタともがき、はしゃぎっ放し。
それは全校集会で壇上に上がった段階でピークに達し、
今その反動が吹き出しているのだ。
女子生徒の黄色い声に思わずクラッと来た時、
バンッ! バンッ!!
勢い良く机を叩く音と共に立ち上がった女生徒は、
放任主義の担任と頼りなさそうな教育実習生の代わりに、
よく通る声でクラスメートに注意する。
「静かにして! 先生困ってるじゃない!」
キリッとした表情で教室を睨み渡すと、騒ぎはピタリと収まった。
その迫力にゲンドウまで飲まれてしまう。
それでつい、
「あ、・・・・ど、どうもありがとう」
と、お礼を言ってしまった。
それに対して彼女はクールに、
「委員長ですから」
そっけなく応える。
このやりとりにせっかく静まった教室に爆笑の渦が巻き起こった。
結局ゲンドウはホームルームの間、
クラスに静寂を取り戻すコトができなかったのだった。
夢の第一歩は、想像と遥かに異なる様相を示していた。
颯爽と廊下を歩いていく少女を認めると、ゲンドウは駆け寄って声をかけた。
「さっきはありがとう」
「いえ・・・・」
「あっと・・・・」
「赤木です。赤木リツコ」
「赤木・・・・クンか」
妙な表情を浮かべるゲンドウに構わず、リツコは相変わらずクールに続ける。
「ウチのクラス、結構騒がしいですから、もっと毅然とした方がいいですヨ」
「・・・・気をつけるよ」
ゲンドウは苦笑いを浮かべるしかなかった。
リツコはぺこりと頭を下げると、振り返りもせず歩き去った。
「どうでした?」
実習生控え室に戻ったゲンドウを迎えたのは、
やさしい微笑みをたたえた碇ユイの言葉だった。
「・・・・問題ない」
表情を消し去った顔で、彼は静かに応える。
しかし、台詞の前のわずかな沈黙ですべてを了解したユイは、
クスッと笑いをもらす。
遠くない未来の妻の様子に彼は眉根をしかめた。
すでに5年を越える付き合いだから、彼女には全く隠し事が出来ない。
逆は真ならず・・・・
何処か不公平な気がするゲンドウだった。
「ところで、さっき廊下でかわいい娘と話してらしたけど、
何だったのかしら?」
何気ない一言だったが、振り向いたゲンドウの視線には、
彼女の瞳に冷たい光が宿るのが見えた。
背中に冷たいモノが走り、オドオドと視線がさまよう。
知らず知らずの内にしどろもどろな言葉が溢れ出す。
「いや、その、あれは、だな。そんなんではなくって、その・・・・。
あの、あ〜。だから、その・・・・」
「帰るまでに私が納得できる言い訳、考えておいて下さいネ」
ニッコリ微笑むと、彼女は1限目の授業を行うべく控え室を後にする。
「いや、言い訳しなきゃならんような・・・・オイ!
ち、違うんだよォ〜〜!!」
叫び声も虚しく、ユイは振り返ることなく凄い勢いで控え室を後にした。
3限目の鐘が鳴る。
学生時代はあれ程鬱陶しかった鐘の音も、今は懐かしく思える。
・・・・などと感慨に耽る余裕など今のゲンドウにはない。
ユイの誤解をどうやっと解こうかと考え込んでいる間に、
最初の授業が始まる時間がやって来たのだ。
予習は万全、一部の隙もない。
しかし、頬の筋肉がひきつっている。
意識しないと脚がガクガク震えそうだ。
それでも平静を装って教壇に立つ。
クラス委員の赤木リツコが号令をかける。
出席をとりつつ、生徒1人1人の顔と名前を一致させようと、
必死に脳細胞をフル稼働させる。
過度の緊張感で無意識の内に顎の辺りを撫でさすっていた。
それは、ここ最近身に付いた彼のクセだった。
1人暮らしの間たくわえていた髭は、
碇家に強制連行された晩、ユイの指示で剃り落とされた。
3年をかけて伸ばしたのだから、妙に物足りなかった。
まあ、教育実習には剃らなければならなかっただろうから、
それはそれでいい。
(いや、夕べ急に剃ってたら・・・・オレの顔はツートン・カラーだったか?)
夏の陽に焼けた頬と髭に隠れていた白い肌。
そんな情けない光景が目に浮かぶ・・・・
が、今は自分の初授業だ。
脈絡のない思考に、彼は何処か恥ずかしげな苦笑いを浮かべる。
そして、授業が始まった。
あくまでクールな表情を浮かべて正面を見つめるリツコだったが、
その時、ドキン!と心臓が高鳴った。
常に論理的思考、完璧なセルフ・コントロールをモットーとする自分に、
解析不能な情動が沸き起こっているコトに戸惑った。
いや、うろたえていた、と言った方が正しいだろう。
(ど、どうしたの? アタシ)
うろたえながらも、身に付いた習慣で分析を開始する。
自分に何があったのか?
自分に何が起こっているのか?
この胸の高まりが意味するモノは?
自問自答を繰り返す。
いつしか終わりのベルが鳴る。
結局結論は1つしかなかった。
とうてい受け入れがたいモノだったが・・・・
(この!アタシが!? あんな冴えないオジンに?)
つらつらと改めてゲンドウの顔を眺めやる。
それは彼女の理想のタイプからは程遠い・・・・
それなのに・・・・
それでも、彼女の中の冷めた部分が導き出した答えは1つだった。
放課後。
帰宅部のリツコは、いつものようにこちらも部活のない幼なじみ、
葛城ミサトと並んで家路についていた。
にぎやかで口数の多い、というか息をつく暇もない、
まさに立て板に水状態でしゃべり続けるミサトは1学年下だった。
性格も趣味も全く違う2人だったが、誰よりも気が合っていた。
いや、正反対だからこそかもしれない。
とにかくコルトレーンのトランペットの如く、
切れ目なく話しかけてくる幼なじみに適当に相づちを返すだけのリツコ。
それはいつもの光景だった。
しかし、ミサトは野生の勘なのか、リツコが普段と違うことに気づいていた。
気づいていたが素振りにも出さない。
彼女なりに気を使っているのだ。
「それでネ、クラスの男子、それから担任の時田も、
碇先生にボォ〜って見とれてやんの。
もォ、みんな鼻の下伸ばしまくり。
男ってやぁ〜ねェ〜」
「・・・・」
「まぁ〜ったく、何処に目つけてんのかしら。
アタシの方がよっぽど若くて美人なのにィ。
・・・・なぁ〜んちゃって」
「・・・・」
「・・・・ちょっと、リツコ。少しはつっこんでよ。
1人ボケって虚しいのよ!?」
「・・・・」
「どしたの? リツコ」
「エ? あ、何? 何か言った?」
せっかく気を使って場を明るく盛り上げようと払った彼女の努力は、
全くの1人上手だったようだ。
ミサトはタメ息をつくと、
「何?じゃないでしょ。ぼォ〜っとしちゃってェ」
「そ、そんなコト、ない、わヨ」
「ふ〜ん? ま、いっか。・・・・で?」
「エ?」
「アンタんトコはどうなの?」
「何が?」
「んもォ、だから。六分儀先生よ」
ドクン!
その名前を聴いた瞬間、リツコの心臓は大きく跳ねた。
それでも人14.76倍程の自制心により、表情には出さずに訊き返す。
「六分儀先生が、何?」
「どんな感じ?」
「どんなって・・・・」
「ま、聞かなくったって決まってるか」
「エ?」
「だって、一目瞭然じゃない。
妙に老けてるし、暗そうだし、融通効かなそうだし。
今度の教生の中じゃ、一番のハズレよね」
「そんなコトないわよ!」
1人納得したように頷きながら、したり顔で結論付けるミサトの台詞に、
リツコは猛然と喰ってかかった。
それは『クール・ビューティ』の異名すら持つ彼女には希有のコトだった。
「り、リツコ?」
「六分儀先生は大人なの!
落ち着いてて、寡黙なの!
自分の信念がある人なの!」
「ちょ、ちょっと、ちょっと。落ち着いてよ」
「アタシは冷静よ!」
「ウソばっか。・・・・でも、・・・・本気?」
「何が?」
「アンタ、六分儀先生のコト・・・・」
「バカ言わないで! アタシは一般論として・・・・」
「はい、はい。解ったわヨ。
でも、六分儀先生は止めといた方がいいわヨ」
リツコの剣幕にミサトは本気で辟易しながら、最新情報を披露する。
「これは碇先生に聴いたんだけど・・・・」
「?」
声をひそめるミサトにつられて、リツコも耳をそばだてる。
「碇先生と六分儀先生、婚約してるんだって」
「!!」
「来年挙式予定だってさ。式場の予約も、もう済んでるんだって。
1年も前から予約するなんて、呆れてモノも言えないわ。
それで、春から碇先生の家で同棲してるんだって。
まあ、碇先生の家族も一緒らしいから、
同棲ってより六分儀先生が居候してるって感じ?
なんか高校からの付き合いだって言ってたわ。
もォ〜、ヤンなっちゃうんだから。
クラスの男子が『先生、恋人はいるんですか?』
なぁんてバカな質問しちゃうから、大変だったのよ。
もォ、ノロケるノロケる。
訊きもしないコトまで次から次よ。
時田までアッケにとられちゃってさ。
授業始まって先生来なかったら、1時間は続いてたわネ、アレ」
やれやれといった顔で一気にまくし立てるミサト。
しかし、その台詞の後半はリツコの耳には届いていなかった。
元々白い肌は真っ青に青ざめ、視線は虚ろに虚空をさまよっている。
起きている限り、1秒たりとも休むコトなし!!
そう噂されている彼女の頭脳が、空回りばかりで用をなさない。
ただ『婚約』の2文字だけがグルグルと頭の中を駆け巡る。
「リツコ・・・・?」
年長の親友が物心ついて以来初めて見せる姿に、ミサトも動揺を隠せない。
これ以上はない程冷めた幼なじみが、男のコトで我を忘れるなど想像の外だった。
頭の片隅にすら、これっぽっちも思い浮かんだコトがない。
しかし・・・・。
(ココは親友として、ひと肌脱がないと、ネ?!)
この時浮かんだ彼女の笑みに一欠片の邪気も含まれていなかった。
そう言い切れる者は皆無である。
続く
不定期開催 マダム達のお部屋(爆)
トキ「ゲンドウ君の弱点、見きったわ」
ユイ「あら、あの人の弱点?」
ヒナ「へぇ〜。それは是非聞きたいわね」
トキ「ふふっ。綿密な調査と下調べの後に判明した、その弱点とは!」
ユイ「とは?」
ヒナ「とは?」
トキ「それは、泣き落としと笑顔、それに笑顔の裏に隠れた不屈の信念、これよ!」
ユイ「・・・・」
ヒナ「・・・・」
トキ「あら、驚かないの?」
ユイ「驚かないも何も、お祖母様」
ヒナ「それって私たちそのものじゃないの。ぜんっぜん参考にもならないわよ」
トキ「せっかく・・・・1週間の尾行と調査を繰り返したのに」
ユイ「ああ、そういえばあの人が、なんだか不審な婆さんがバレバレな尾行で後をつけて来るっていっていたけど、あれってお祖母様だったのね」
ヒナ「言ってた言ってた。気味が悪いって」
トキ「ぬあんですってぇぇぇ!!」
ユイ「あ、その、言ってたのはあの人、あの人よ」
ヒナ「そうそう、ゲンちゃんよゲンちゃん!」
トキ「くぅぅぅ、そ、そうね。ま、まあいいわ。彼には後できつぅぅぅく言っておきますから」
ユイ「・・・・全治3週間、ってところかしらね」
ヒナ「そんなものね」
トキ「何か言って?」
ユイ「あ、いえいえなんでもないです(あせあせ)」
トキ「しかし、恐怖の大王は舞い降りたってこのタイトル・・・・」
ユイ「はい?」
トキ「一体誰のことを指しているのかしらねぇ・・・ほぅ」
ヒナ「自覚がないのは怖い事よね〜ユイさん」
ユイ「え? なに、それはいったい何のことを言っているのかしら?」
ヒナ「・・・・見事なまでの棒読みね・・・・」
トキ「あら、ヒナちゃん何か言いまして?(にっこり)」
ヒナ「・・・・な、なんでもないです!」
ユイ「でも、恐怖の大王に相当しそうな人間がこれだけ多いっていうのも怖いわよね。ミサトさんしかり、リツコさんしかり・・・・」
ヒナ「自分は入ってないのかな〜?」
ユイ「あら、私はこれからあの人と一緒に暮らす世界を破壊する気なんて毛頭ないですよ。むしろヒナさんの方が憂さ晴らしに世界を破壊しそうな気がするんだけど」
ヒナ「な、なにそれはもしかしてアタシが、ふられた腹いせに世界をぶっこわそうとしているっていいたいわけ!?」
ユイ「そう聞こえるように言ったつもりだったけど、まだ甘かったかしらね。おほほほほ」
ヒナ「ちっ、さすがは理事長の娘、侮りがたしこの性格!」
トキ「なんですってぇぇぇ!!」
ヒナ「し、しまった、ひええええええ!!」
トキ「待ちなさい、こらまちなさーーーーーい!」
ユイ「ふふっ、まだまだね、あなたも」
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