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特別企画 |
バレンタインデー・キッス "承の巻" |
シンジと別れた後、3人はまず駅の方へと向かった。
大きめのショッピング・モールでチョコ作りの本と、
大量の材料を買い込んだのだ。
あまりの量に惣流邸に辿り着いた時には、
みんな思わず玄関先に座り込んだ程だった。
「ちょっと、マナ! いくらなんでも買い過ぎじゃないの? コレ」
「エ〜、そぉお?」
「今更言っても仕方ないわよ、アスカ。それより始めましょ」
「それもそうネ」
話もそこそこに、3人は作業に取り掛かった。
いそいそと。
楽しそうに。
ハミングなどしながら・・・・
しかし、惣流家の台所が修羅場と化すのに時間は要らなかった。
まずは、レイの悲鳴から始まった。
「キャッー!! コゲちゃったァ!!」
「あんた、バカぁ!? 直火にかけたら、当然じゃない!」
「エ〜!? そうなのォ?」
「そうよ。手ェ抜かないで、ちゃんと湯せんしなさい」
「湯せん?」
「あぁ、もう! ボウルに入れてお湯で温めんのよ!」
一方、マナは? と言うと・・・・
「え〜ん! ボロボロになっちゃったァ!」
「マナ・・・・。アンタ、湯せんの温度が高すぎんのヨ!」
「エェ〜ン、だってェ〜」
「ホラ、温度計。しっかり温度管理しなきゃダメよ」
「どれくらい?」
「50度。それから木ベラでかき混ぜながら、
氷水の入ったボウルで26度まで冷ますの。
それから、もう一度29度まで湯せんして・・・・」
アスカの(あんちょこ見ながらだけど)お料理教室は続く。
いい加減疲れきった表情のレイが、不満そうにアスカに聞いた。
「さっきからエラそうに言ってるけど、アスカはどうなの?」
「ヘッヘェ〜ン」
アスカは中学生にしては立派な胸を反らせた。
「そろそろ出来上がった頃よ」
ふふん、と鼻を鳴らしながら、冷蔵庫からチョコを取り出す。
「どれどれ・・・・」
興味深々といった表情でレイとマナも覗き込む。
その時、3人が見たモノは・・・・
「・・・・! な、何よォ! コレェ!?」
「やっだァ、気持ち悪ぅ〜。病気みたい」
「アスカぁ。この本によると、その白い斑点。
水気を混ぜたせいみたい」
「あ〜、もう。なんで、こうなんのよ!」
それから1週間。惣流家の台所では同様の光景が繰り返され、
アスカの母キョウコを呆れさせ、かつ、嘆かせたのだった。
ついにバレンタイン前日。
各自ようやく満足のいくチョコが出来上がった。
そうなれば、今度はどうやって渡すか?
それが問題となる。
協議の結果、以下の条約が締結された。
一、抜け駆けはしないコト
一、お互いに邪魔はしないコト
一、シンジの意志を尊重するコト
一、一人ずつ、時間をズラして直接渡すコト
さらに話し合いは続けられ、厳正なアミダの結果、
レイ、マナ、アスカの順で渡すコトが決定した。
「じゃ、アタシ、朝のホームルームの前に渡すネ」
「アタシは、昼休み」
「となると、アタシは放課後かァ」
「でも、受け取ってくれるかな? シンジ君」
マナが心配そうに自分のラッピングを眺めながら呟いた。
「アンタ、バカぁ? 当然じゃない」
「大丈夫よ、マナ。シンちゃん、やさしいから」
「うん」
2人の言葉にマナも少し安心したように微笑んだ。
すると、今度はレイが呟いた。
「でも・・・・」
「でも、何? レイ」
「受け取って、シンちゃんならお礼を言って・・・・
それだけだよネ?」
「うん、ずっとそうだったわよ」
「あぁ〜あ。いいなぁ、アスカは。
毎年ずっとシンジ君にチョコあげてたんでしょ?」
「い、いいじゃない! ずっと一緒だったんだから!」
突然話が振られたアスカは、いつものテレ隠しで口調が荒くなる。
「テレない、テレない」
「な、何言ってんのよ!」
「アスカ、顔真っ赤」
「! で、さっきの続きは? レイ」
形勢不利と見たのか、アスカは少々強引に話題を戻した。
ククっとのどの奥で笑いながら、レイは口を開いた。
「あ、だからネ。お礼だけじゃなくて返事も欲しいじゃない。
じゃなかったら、キス、してくれるとか・・・・」
「な!?」
「そ、それって・・・・」
「アラ、いい考えネ」
突然、後ろから声が掛かったので、3人とも飛び上がって驚いた。
慌てて振り返ると、そこには楽しそうな顔をした碇ユイが立っていた。
「お、おば様」
「アラ、驚かせちゃった? ゴメンなさいネ。
キョウコに用があって来たんだけど・・・・
いくら呼んでも誰も出てこないから、勝手に上がっちゃったの」
「あ、あのォ・・・・おば様。い、いつからそこに?」
「『受け取ってくれるかな?』辺りからよ、マナちゃん」
「それって、全部聞いてたんじゃ・・・・」
「そんな細かいコト言いっこなしよ、レイちゃん。それより、さっきの話」
すっかり『おもしろい話』に夢中なユイは、
レイの言葉を軽く受け流した。
「え、話って?」
「だから、バレンタインにシンジにキスさせるって話」
「あ・・・・」
「せっかくのイベントだものネ。シンジには私から言っておくわ」
「「「エ?」」」
思い掛けない言葉に、
3人の顔には大きなクエスチョン・マークが浮かんでいた。
フフッと笑いながら、ユイが続ける。
「好きな娘からバレンタインにチョコ貰ったら、
ちゃんと返事しなさい、って。
キスくらいしてあげなさい、って。
あぁ、楽しくなってきちゃった!
アナタ達、ちゃんと結果報告してネ」
1人でやたら盛り上がったユイは、そう言い残すと、
ウキウキとした様子で台所を後にした。
残された3人は、しばらく呆然としてたまま、
ついさっきまでユイが立っていたドアの辺りを眺めていた。
それから我に返ると、激しく視線を戦わせた。
「と言うわけで、分かったわネ? シンジ」
「か、母さん! そんなの、ボク・・・・どうしたら・・・・」
「アラ、簡単でしょう。
チョコをくれた相手が好きだったら、キスすればいいのよ。
嫌いだったら、キスしない。
どう? すっごくシンプルでしょ?」
ユイの言葉になんと返答すればいいのか、シンジには見当もつかない。
右手を握り締めては、開く。
シンジは2度、3度と、その動作を繰り返した。
そんなシンジに珍しくゲンドウが助け船を出した。
「ユイ、君はそれでも教育者か? 子供に不純異性交友を勧めるとは!」
「そんな大袈裟なコトでもないでしょう!?
年に一度のイベント、それくらい大目に見ましょう」
「しかし・・・・」
「それに、アナタの学生時代に比べれば、随分と健全でしょう?」
その言葉にゲンドウはギクリとする。
ユイの視線に、身体が自然と逃げの体勢に移ってしまう。
「な、何を言っているのだ? ユイ」
口にしたものの、すっかり棒読みな台詞だった。
心の動揺を隠しきれない。
「まぁ、昔のコトは置いておくとして・・・・。
明日はチョコを渡したその場で、ちゃんとお返事するのよ、シンジ。
それから、アナタ」
「わ、私も・・・か?」
「当然です。何か問題が?」
「い、イヤ・・・・も、問題ない」
「はい、よろしい。いいわネ? シンジ」
ゲンドウの返答に満足したのか、ニッコリ微笑んだ顔をシンジの方に向けた。
そんなユイの笑顔にシンジは逆らえる筈もなかった。
「は、はい・・・・」
小さく返事をすると、シンジは大きなタメ息をついた。
[続劇]
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