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特別企画 |
バレンタインデー・キッス "起の巻" |
碇シンジをめぐる争いに休戦条約が成立して、5ヶ月が過ぎようとしていた。
その日、第三新東京市は穏やかな小春日和だった。
アスカ、レイ、マナの3人は、週番のシンジを待って、
図書室で時間をつぶしていた。
ガラス越しの陽射しが暖かく、心地のよい午後だ。
3人は宿題を片づけたり、本を読んだりと、
思い思いの時間を過ごすコト、20分。
ふいにマナが口を開いた。
「ね、アスカ」
「ん〜、何? マナ」
ストーリーが佳境に入っていたアスカは生返事を返すだけで、
本から視線をはずしもしない。
そんなアスカの様子にもかまわず、マナはここ数日来の質問をぶつけてみた。
「今まで、どんなのあげたの?」
「?」
突然のコトにアスカは話題が見えない。
一方、レイはピンと来たようだ。
さかんに首をひねっているアスカに、
レイは焦れったそうな様子で口を挟んだ。
「決まってるでしょ! チョコよ、チョコ!」
「チョコ?」
「もう、ワザと言ってんじゃない?」
「バレンタイン・チョコよ」
「あ、そっか。もう、そんな時期なんだ」
「のんびりしてるわねェ〜」
レイは心底呆れたようで、わざとらしく大きなタメ息をついた。
もちろんマナも同じだ。
2人の態度にアスカは不満そうに口を尖らせる。
「だって、仕方ないじゃない!
物心ついた時から、ずっと毎年送ってるのよ!?
いい加減感動も薄れるってモノよ!」
「えェ〜!? そんなモノかな?」
「そんなモノよ」
アスカの語気に押されて、さすがのレイのそれ以上つっこめない。
それでもマナは当初の話題をそらしはしなかった。
「それで?」
「エ?」
「だから、どんなチョコあげたの?」
「あ、その・・・・、それは・・・・。
小さい頃からの習慣だし・・・・、その、エと・・・・」
それまでとうって変わって、アスカは身を縮めて口ごもる。
他のコトでは決して見せないアスカの態度に、
レイは思わず笑いがこみ上げてくる。
「あ〜ん、もう。焦れったいわネ!」
「早く白状しなさいよ」
「わ、わかったわよ。エと、その、ずっと・・・・板チョコ・・・・」
「「エェ〜ッ!!」」
「な、なによ」
「信じらんない! ねェ、マナ」
「ホ〜ント」
「い、いいじゃない! 別に、アタシの勝手でしょ!!」
(なんでアタシが怒られんのヨ!)
(抜け駆け! ズルい! ってんなら、まだ分かるけど)
理不尽な親友達の反応にアスカの機嫌は急速に悪化した。
「コホン!」
その時、カウンターの方から小さな咳払いが聞こえた。
振り向くと、カウンターの中に座っている高等部のお姉さま方が、
怖い目をして3人の方を睨んでいた。
「エと、・・・・そろそろ行こうよ」
「そ、そうね。シンジも、いくら何でも終わってる頃よネ」
「うん、そうだネ」
3人はこそこそと図書室を後にした。
「ネ。それでさっきの続きなんだけど」
廊下に出るとすぐにアスカが話を再開した。
さすがに少し声をひそめてはいたが。
「何?」
「アンタ達は、今まで誰かにチョコあげたコトあるの?」
アスカの逆襲に、うッと答えに詰まる2人。
ニィっと笑うと、ここぞとばかりに迫ってくる。
「ホラ、レイ。はいちゃいなさいヨ」
「え、・・・・あ、アタシは・・・・その、毎年シンちゃんの分、
小包にしてたんだけど・・・・怖くって・・・・送れなかった・・・・」
「エ〜〜!! レイがぁ!?」
「らしくなぁ〜い!」
「な、何よぉ。いいじゃない。アタシだって、恋する乙女なんだから!」
「キャハ! 乙女だって。レイがァ?」
「ア〜ス〜カ〜」
「あ、そ、それで? マナは?」
レイの不穏な様子にアスカは慌てて、マナに矛先を変えた。
「え、アタシも郵送の準備、してたんだけど・・・・
いっつも、お兄ちゃんが邪魔するのよネ」
「アイツって、昔っからシスコンだモンね」
「マナ、危ない世界に走っちゃダメよ」
「何よぉ、それェ!?」
「あはははは」
「あ、そだ。アタシ、アスカにお願いがあるんだ」
「何?レイ。改まっちゃって」
「ん、あのネ。しばらくアスカん家の台所貸して欲しいんだ」
「台所?」
「そ。せっかくなら、シンちゃんに手作りチョコあげたいじゃない。
でも、アタシ、シンちゃん家の居候でしょ。
秘密に出来ないモノ。だから・・・・お願い!」
「ま、まぁ、いいけど・・・・」
「ホント、らぁっきぃ〜! ありがと、アスカ」
「ね、アタシもいい?」
「え、マナも?」
「マナは別に自分ちでも・・・・」
「だ・か・ら、お兄ちゃんが邪魔するのヨ」
「エ、さっきのって、ホントだったの?」
「ホントなのよ。困ったことに」
そう言うと、マナは深いタメ息をついた。
「何タメ息ついてんの? マナ」
「キャッ!」
突然後ろから声を掛けられ、マナの鼓動は1拍飛んでしまった。
アスカとレイも驚いて振り返ると、いつの間にかシンジが立っていた。
「シンジ君? あ〜、びっくりしたぁ」
「なんで、そんなトコにいるのよ!? アンタ」
「え、日誌を届けて来たんだけど・・・・」
「あ、終わったんだ! シンちゃん」
「うん」
それから、シンジは少し首を傾げて、3人に尋ねてみた。
「でも、何を話してたの? 随分楽しそうだったけど」
「エ、聞いてたの? シンジ君」
「イヤらしいわネ! 女の子の話を立ち聞きするなんて!」
「シンちゃん、やらしぃ〜」
マナの不安そうな表情、アスカの不機嫌そうな声、
レイのジト目にシンジは、ちょっと身体を引いてしまう。
それから慌てて首を振った。
「そ、そんなんじゃないよ! 聞こえてないよ!」
「ホントにぃ〜?」
「ホント? シンちゃん」
「ウソじゃないでしょうネ!?」
「ほ、ホントだよ!」
3対の視線が、じぃ〜っとシンジを値踏みする。
シンジはその視線に、なんとも言い様のない、
落ち着かない気分になってしまう。
その様子に、女の子達は確かに聞いてないようだと判断し、
ホッと胸を撫で下ろした。
「ま、信じてあげましょ」
「あ、ありがと」
答えつつも、
(なんで、ボクがお礼言わなきゃなんないんだろう?)
少し理不尽な思いがするシンジだった。
気を取り直すと、シンジは話を続けた。
「それで、何の話だったの?」
「べ、別にシンジ君が気にするようなコトじゃないわ。ネ?」
「そ、そうそう」
「お、女の子の秘密よ!」
「・・・・そう。それなら、もう聞かない」
言いつつも、シンジはちょっと淋しそうな顔をした。
「それより、早く帰りろ、シンちゃん」
レイは朗らかに笑って語り掛けた。
その笑顔にシンジは眩しそうに目を細め、笑顔を浮かべて頷いた。
「うん。それじゃあ、みんな帰ろう」
いつもの通学路を、
いつものように取り留めのない話に花を咲かせて、
いつものようにそぞろに歩くシンジ達。
そして、いつもの別れ道。
「じゃね、シンジ」
シンジを除く全員が、アスカの家の方へ向けて歩いて行く。
「アレ? みんな、何処行くの?」
「あ、これからアスカのトコで、ちょっと・・・・」
「シンちゃん。お夕飯までには帰るって、おば様達には言っといて」
シンジの問いに、マナも、レイも慌てて言葉を濁す。
すると、シンジは淋しそうに顔を伏せた。
そして、ポツリと呟いた。
「ボクは要らない人間なの?」
シンジの言葉に、3人は戸惑ってしまう。
「ちょ、ちょっと! 何バカ言ってんのヨ!」
「そんなんじゃないんだったら!」
「シンジ君・・・・そんなコト言わないで」
3人ともすっかりうろたえてしまったいた。
オロオロと埒もないコトを口走り、さらに混乱する。
ふと見ると、俯いたシンジの肩が細かく震えていた。
「「「?」」」
不審に思っていると、クックックッと忍び笑いが漏れてくる。
「シンジ?」
アスカの声に顔を上げたシンジは笑いをかみ殺していた。
ニッと笑うと、3人に向かってウィンクする。
ポカ〜ンとしていた3人が、ようやくからかわれたコトに気付いたときには、
すでにシンジは脱兎のごとく走り出していた。
「バカ〜!!」
振り返ったシンジは、悠然と大きく手を振ってみせた。
シンジとしては、充分逃げ切れる、そう思っていたのだろう。
しかし、それは極甘だった。
この世も凍ってしまうような目をしたアスカが、
快足を飛ばして、どんどん迫って来る。
レイの後日談によると、その速度はマッハを越えていたと言う。
結局、100m 足らずでシンジは壁際に追い詰められてしまった。
「こぉの・ア・タ・シ・を! コケにしたのは、この口かぁ!?」
そのスラリとした白魚の指が、信じられない力を発揮して、
両手の親指を口につっこむと、思いっきり広げたのだった。
「ひはひ! ひはひったら! ほへんははひ! ほほひはへん!」
シンジは涙ながらに許しを乞い続けた。
この時ばかりは、レイも、マナも、助けようとはしなかった。
[続劇]
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