ピンポーン!
トタ、トタ、トタ・・・・
カチャッ
「はい、どなた?」
袖を通してからまだ1月にしかならない、
真新しい第壱学園中等部の制服に身を包んだ少女は、
そう訊ねながらドアを開く。
その目の前に突然バラの花束が差し出された。
ふわっと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
(?!)
状況は判らないモノの思わず受け取ると、
花束の向こう側に幼なじみの少年が立っていた。
「?」
はにかんだ笑みを浮かべている少年に、
少女の口からポロリと言葉が滑り出す。
不思議そうな表情を浮かべながら、
多分に本音が混じっていそうな台詞も含めて。
「何? コレ? プロポーズ?」
少年は慌てて首を振った。
「え? ち、違うよ」
少年の過剰な反応に少女は瞬時に頬を染めた。
考えもせず、何気なく口にした自分の台詞に今更気づいたようだ。
テレ隠しにいつもの勝ち気な口調で誤魔化そうとする。
「じょ、冗談に決まってるじゃない。
本気にしたの? バ〜カ」
「な? あ、アスカが勝手に言ったんじゃないか!」
「なぁ〜んですってェ〜?!」
「ホントのコトじゃないかぁ〜」
「あ・・、う、自惚れないでよ、ばかシンジのクセに!」
「何だよ、それェ?」
二呼吸ほどの間睨み合う2人。
先に視線を逸らしたのは少女の方。
何だか自分の願望を、
ずっと胸にしまってきた少女の夢を覗き込まれたような気がしたから。
降参の合図に自分から話題を逸らす。
「・・・・そ、それで、何なのよ? コレ」
「エ? あ、それね。父さんが持ってけって」
「おじ様が?」
「うん。今日父さんの誕生日じゃない。
で、父さんの知り合いからお祝いに山ほど贈られて来たんだ」
「お、おじ様にバラの花?」
「うん。・・・・何か、変なんだ。
父さんはそわそわしてるし、母さんの機嫌は悪いし・・・・」
その言葉で少女には全て判ったような気がした。
「へェ〜、やるじゃない。おじ様」
「どういうコト?」
「は! やっぱ、お子様ねェ〜。分かんない?」
「え、何が?」
「ま、いっか。ありがたく戴くわ。花に罪はないモンねェ〜。
そだ、上がってきなさいよ。ホットケーキ焼くから」
「ホント? じゃあ、お邪魔しまぁす」
キィ〜・・・・
パタン!
その日、アスカは朝からご機嫌ナナメだった。
なにしろ女の子2日目で体調は最悪。
それでも碇家にやって来ると、無理にいつもの表情を浮かべ、
シンジの部屋のドアを勢いよく開け放つ。
「おっはよォ〜、シンジ! もう朝よ、起っきろォ!」
しかし、既にシンジは居なかった。
状況が飲み込めず、もぬけのカラとなっている部屋の入口で、
ボォ〜っとしていると、
「あぁ、シンちゃんだったら・・・・」
そう言いながら、男物のシャツをパジャマ変わりにした訳知り顔のレイが、
ぬぼぉ〜と現れるハズなのに彼女も居ない。
全く調子が狂ってしまう。
いったいどれくらい呆然としていただろう。
ようやく思い出した。
今日から2人が週番だったという事実を。
「碇」と「綾波」。
週番は出席番号順に割り振られている。
コレばかりは、どんなにアスカが望んでも、
どれほど努力しようとどうにもならない現実だ。
レイのコトだから、ニコニコと辺り一面に笑顔を振りまいたのだろう。
ほころんだ口元からは朝の陽光にキラリと白い歯が輝せたコトだろう。
寝ぼけまなこのシンジの手を引っ張り、さぞご機嫌で登校しただろう。
そんな情景がありありと目に浮かんで来る。
おかげでアスカはますます不愉快になってしまう。
ただレイが羨ましかった。
あの娘の性格が妬ましかった。
自分もアレくらい素直になれれば・・・・、そう思う。
自分が他の誰よりも長い間シンジの側にいて、
シンジの手を引っ張って来たかなどすっかり忘れているようだ。
レイやマナが聴いたなら、とんでもない贅沢だと口を尖らせたに違いない。
いつまでも誰も居ない部屋にボォ〜っと立っていても仕方がない。
憮然とした表情で階段を降りる。
そして一応ユイとその夫君にアイサツくらいしておこうとリビングに顔を出す。
内心の不機嫌を一生懸命笑顔に押し隠して、さわやかに声を掛けた。
「おはようございます、おば様。おじ様」
ユイはにっこり微笑み返すと、のんびりとした口調でとんでもない事実を指摘した。
「あら、アスカちゃん。まだ居たの?」
「あ、あは。2人とも週番なの・・・・忘れちゃってて・・・・」
「そうじゃなくて・・・・間に合うの?」
「え?」
ここで初めてアスカは自分の左手首に目をやった。
お気に入りの腕時計は無情にも午前8時17分を告げている。
「た、たいへ〜ん!!」
真っ青になったアスカは残像が残るようなスピードで碇家を後にした。
「車に気をつけてね〜」
そんなユイの言葉は、やはりのんびりしていた。
学校に着いてからも散々だった。
午前中の授業だけで都合5回も指名されてしまった。
まぁ、彼女にとって中学生の問題などお茶の子さいさい、
軽ぅ〜く答えられるのだが、立ったり、座ったり、
果ては前に出ての板書など、今の彼女には億劫でしかなかった。
朝の全力疾走がかなり堪えてしまっている。
その上、体調不良でシンジにみっともない所を見せないか、
余計な心配ばかりが先にたち、いっそう消耗してしまう。
4限目の体育は最悪だった。
この時はさすがに体裁を繕う余裕もなく、見学を申し出た。
体育座りで膝に顔を埋めていると、グラウンドの方から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
何事かと顔を上げると、バレーボールが顔面直撃した。
「やぁ、ゴメン、ゴメン」
にこやかに悪意なく謝罪する加害者であるところの渚カヲルが、
学園のグラウンドと友好を確かめるのを見届けるまでが限界であった。
結局そのまま保健室へと直行。
しかし、保健室も決して安息の場とは言えない。
執拗にメーカー不明(出所は分かり切っている)の特効薬を勧めるリツコ先生。
その御好意を謝絶し続けるコトも、今の彼女には一仕事だった。
とても休息どころではなかった。
それでも昼休みには復活を果たして、いつもの場所、屋上に急いだ。
行ってみればシンジとレイの姿は何処にもなかった。
ぶうっと膨れ面のマナに聞けば、週番でお弁当を作る時間がなかったとか言って、
ニコニコ笑顔のレイはシンジを学食へ勝手に引っ張っていったらしい。
コレを聴いたアスカが、マナに負けず劣らずの膨れ面を披露したのは言うまでもない。
午後の授業、つらいながらも我慢している処にチョークが飛んできた。
別にアスカが居眠りしたとか、余所見をしていたとか、
内職をしていたとか、ではない。
彼女の後ろに座る鈴原トウジが堂々と昼寝をしていたのだった。
それを狙ったハズがアスカのおでこに直撃したという次第である。
まったくダメ押しとしか言い様のない出来事だった。
それゆえ、二人の当事者、鈴原トウジと青葉教諭を保健室送りにした位で、
すでに教師への配慮すら出来ないくらいなのだから、
彼女の機嫌が直るハズもなかった。
アスカがマナとの口論になったのは、実に些細なコトだった。
普段だったら、気にも止めないコトがとてもアスカの癇に触ったのだ。
週番であるシンジとレイを待っている放課後、
手を洗ってから教室へ戻る廊下で2人っきりだったのも更なる不運だった。
間に入って仲裁してくれる人間が居なかったのだから。
一人いきり立つアスカを困惑したマナが必死になだめようとするのも、
火に油を注ぐ結果にしかならなかった。
そして、ついにアスカは言い放つ。
「何よ、シンジのコトなんにも知らないクセに!
あのコト、知らないクセに!」
「アスカ!」
ちょうどそこへ戻って来たレイの制止に、アスカはハッと我に返った。
そして、自分が決して口にしてはいけないコトを言ってしまったと気づいた。
瞳をいっぱいに見開き、両手で口元を押さえるが、すでに後の祭りであった。
「・・・・何? あのコトって?」
不審そうな、不安そうな、
いつもからは想像出来ない程頼りなげなマナの表情が現れる。
「ねェ、教えてよ。アスカ・・・・、レイ・・・・」
2人の親友の顔を交互に窺いながら問い質すマナの声はかすかに震えていた。
その問い掛けにレイは朗らかに、でもはぐらかすように応える。
「そんなに気にしないで、マナ。何でもないの。
たいしたコトじゃないの」
アスカも口を揃えるが、動揺は隠せなかった。
「あ、アタシ・・・・ちょっと頭に血が上っちゃってたみたい。
訳分かんないコト言っちゃったネ。
それにキツいコト言っちゃって・・・・ゴメン」
どうにも気まずい空気が周囲を支配する。
凍りついたように身動きがとれない3人。
皆、普段は決して見せない表情を浮かべている。
永遠に続くかと思われた重苦しい雰囲気を打ち破ったのはシンジだった。
「あ、3人とも待っててくれたんだ。
って、アレ? どうかしたの?」
日誌を職員室へ提出して来たばかりのシンジは、不穏な空気を敏感に察知した。
3人の顔を代わる代わる覗き込む。
レイは視線を逸らす。
アスカは顔をそむける。
マナは俯く。
訳が分からず、シンジはただ困惑するばかりだった。
4人の間を沈黙が押し包む。
と、そこへハミングも軽やかにカヲルが現れた。
「やあ、シンジ君。待っていたよ」
「あ、カヲル君・・・・」
「お仕事ご苦労様。さあ、ボクと一緒に帰ろう」
魅惑的な笑顔でそう言うと、カヲルはシンジの手を取り・・・・
ボカ!
ズガッ!!
見事なコンビネーションだった。
アスカの右ストレートがカヲルの顔面を捕らえる。
後方へ弾かれた処へ、レイの右回し蹴りが炸裂。
カヲルは、ただ静かに床に沈み込むしか術がなかった。
これをきっかけにアスカとレイはいつもの自分を取り戻した。
そしてシンジに優しく微笑みかける。
「アハ、遅くなっちゃった」
「さ、帰ろ。シンジ」
「え、エとォ・・・・」
2人の急激な変化についていけないシンジが戸惑っていると、
レイが悠然と説明を始めた。
「ああ、アスカ、ちょっと機嫌悪かったでしょ? 今日。
で、マナとケンカしてたの。
どうせ、くだらない理由に決まってんだけどね。
それで、取っ組み合いが始まる前に・・・・」
ここでレイはニッと笑うと自分を指さして言葉を続けた。
「このアタシが仲裁してたってワケ」
「あ、そ、そうなの?」
言いながらシンジは視線をアスカに向ける。
アスカはバツが悪そうな顔をしながらもコクリと頷く。
「う、うん・・・・。でも、取っ組み合いってのはウソよ。
レイの法螺。ね、マナ」
「エ? あ、うん・・・・」
アスカに話を振られて相づちを打つが、マナは何処か上の空だ。
シンジが不思議そうな顔をする。
「でね、さっきアスカがマナに謝ったってワケ・・・・
惜しかったね、シンちゃん」
「え、何が?」
レイの顔にイタズラっぽい表情が浮かぶ。
「アスカが頭下げるところ見られなくって。
もう、一生見られないかもよ?」
「な、何言ってんのよ、アンタは!」
レイはワザとらしく自分の耳を両手で覆ってみせる。
「あのネ、アスカ。いい加減、他人に八つ当たりするクセ直しなさい。
いっくら、アノ日でブルーだからってさ」
「あ、アンタばかァ!? な、何シンジの前で言ってんのよ!
ま、まったくデリカシーって言葉、知らないの?」
ここで再びレイの顔にイタズラっぽい表情が浮かぶ。
「だって、この前『シンジのコトなら何でも知ってるし、
シンジもアタシのコトよく知ってんだから!』って自慢してたの、アスカじゃない。
だったら、アレの周期くらい知ってるんでしょ? ネ、シンちゃん」
最後の台詞の処でレイはシンジに向かってウィンクして見せた。
「え? ぼ、ボク・・・・」
シンジは真っ赤になって口ごもった。
その方面にはカラっきし鈍い彼だが、さすがに今何が話題となっているのか、
それ位は察しがついたようだ。
シンジに負けず劣らず真っ赤にゆで上がったアスカは、
珍しいコトに何の躊躇いもなくシンジの手を取ると、さっさと歩き出した。
「も、もう話になんないわ! 帰るわよ、シンジ!」
「あ、そんなに引っ張んないでよ、アスカ」
シンジの抗議など聴く耳持たない、そんな風にズンズン歩いて行く。
その様子は仲良く手を繋ぐというより、連行と言った方がピッタリだった。
レイはクスクスと笑いを漏らす。
「ホぉ〜ント、アスカってかわいいんだから。
さ、アタシ達も帰ろ。ね、マナ」
「う、うん」
レイとマナも先を行くシンジ達の後を追い、カバンを取りに教室へと向かった。
しかし、マナの表情は暗く沈んだままだった。
それからというもの、マナは悶々と心晴れない日々を送った。
あれからどんなに問い詰めても、アスカとレイはいつもの調子でバックレる。
のらりくらりとはぐらかされる。
それならば、直接シンジに尋けばいいと、何度も試みたが、
「あ、あのネ、シンジ君」
「何? マナ」
「え・・・・、そのォ、あの・・・・。な、何でもない」
シンジの笑顔に遭遇する度、挫折を繰り返してしまう。
どうしても勇気が足りない。
話してくれなかったら、どうしよう?
拒否されたら、どうしよう?
アタシはアスカやレイと違うの?
どうして、アタシにだけ話してくれないの?
時間が経てば、最悪の事態へと想像は向かうばかりだった。
ならば、いっそ知らない方が・・・・
ならば、いっそ気づかなかったフリを続ければ・・・・
そんなマナの内心の葛藤にシンジは気づいていた。
さすがに何を悩んでいるのか、そこまでは分からない。
でも、悩んでいるのは間違いない。
だから・・・・
・・・・
・・・・それで、どうする?
ボクに何が出来るの?
どうすれば、いいの?
マナのために何か役に立てるの?
自問を繰り返すが、答えは決まっている。
彼女が話してくれるのを待っているしかない。
それが最良な判断だと判っている。
でも、陽が陰ったような彼女の顔を見る度に心が揺らぐ。
自分の無力さにシンジは何処までも落ち込んでいってしまいそうだった。
「とうとう霧島マナが碇シンジに愛想を尽かした!」
希望的観測を多分に含んだ噂が男子生徒を中心として学園中に、
あっと言う間に拡がった。
翌火曜日には中等部全体に知れ渡った。
それに伴いフリーになった(ハズの)マナにアタックを始める者が、
日暮れの街灯に惹き寄せられる羽虫の如く現れた。
もっとも、マナ本人はそれどころではなく、すべて無視、
というより気付きもせずにいた。
コレで諦めてしまうような根性無しは極少数派だった。
しかし、翌水曜日にはすべての羽虫は駆除されてしまう。
噂は高等部へも当然の如く拡散し、霧島ムサシの知るところとなった。
愛する妹の現状を正確に把握した彼が全力を挙げて、
不埒者を駆逐し続けた結果である。
その心中では何度も何度も祝杯を上げられていたのだが、
それはまあ、当然と言うべきであろうか?
木曜日の昼休みまでには、噂は教師の間にも達した。
となれば、胴元ミサトの登場である。
「さァて、彼ら2人の間は、何日後に修復されるか?
それとも、このまま破局か? さあ、張った、張ったァ」
彼女の表情は楽しくてたまらない、そう語っている。
困った教師もいたモノである。
結局、球技大会の時に勝るとも劣らない金銭が動いたと言う。
リツコは3日後に2千点。
加持と青葉は1週間に3千点。
日向は10日後に全部。
マヤは・・・・1ヶ月後に5百点。
そして、ミサトは5日後に1万5千点。
ちなみにゲンドウは破局に持ち点全部を賭けていた。
息子に救いの手を差し伸べるつもりは全くないようだ。
というより、これで霧島ヒナとの関係が切れてくれれば・・・・
そんな願いを込めての大穴狙いだった。
困った父親もいたモノである。
さて、この日の夕刻までにはとうとうユイの耳にも届いたのだった。
子供達の恋愛に口出ししない主義の彼女は、
ただ黙って見守るコトにした。
どんな結末だろうが、それが青春というモノ。
こうして子供たちは成長を遂げていく・・・・。
一方で、どんな論理的帰結か、はたまた単なる女の勘か、
すぐさま職員室を襲撃。
凄まじい破壊音、そして静寂。
その間、5分32秒。
ドアが開き、球技大会以来のホクホク顔でユイが家路についくと、
その背中に地獄からの呻きの如き怨磋の声が響いたそうだ。
そして、土曜日。
何処をどう経由したのか?
ついには霧島ヒナの処まで情報は到達したのだった。
その噂を入手した彼女は、珍しくも真剣な表情でしばし何事か考えると、
急にニッと笑いを浮かべ、ウキウキとした様子で何処かへ電話をかけたのだった。
翌日曜日。
ゲンドウはシンジの部屋を訪れた。
それはとても珍しいコトだった。
「な、何? 父さん」
どんなに自分に言い聞かせても、父ゲンドウを前にするとシンジ身構えてしまう。
ずっと努力を重ねてきたがダメだった。
ちなみにレイはアスカと買い物に出掛けている。
母ユイも来客でこちらも外出中。
2人っきりだと思えば尚更だ。
・・・・。
それが自分の自然体なんだ。
いつだったろう。
とうとうシンジは開き直った。
すると、相変わらず口調は固いままだが、
結構自然に対処出来るようになった。
不思議なモノである。
以来、さほど気後れするコトなく父ゲンドウと接している。
それはシンジにとって、とても嬉しいコトだった。
ずっと望んでいたコトだった。
この日も同様である。
お陰で、逆にゲンドウの方が妙にギコチないコトに気がついた。
父の不審な態度にシンジはイヤな予感が閃いた。
それでも、ずっと黙りこくったゲンドウに自分の方から声を掛ける。
「どうしたの、父さん。何か用なんでしょう?」
「う、うむ。実はだな・・・・」
予感は正しかったようだ。
この日、碇家の食卓は1つ空いていたという。
ピンポーン!
「は〜い、いらっしゃい。シンジ君」
「あ、お、お邪魔、します。おば・・・・と、と」
思わずすべりそうになった口元をシンジは両手で押さえる。
この瞬間霧島ヒナの背後に稲妻が走ったのをシンジは確かに見た気がする。
少なくともヒナの右眉がピクリと動いたのは確かだった。
ゆえに慌てて言い直す。
「ヒ、ヒナさん・・・・」
「はい、よろしい」
にっこり微笑む彼女は、とてもキレイだった。
アスカ達で慣れているシンジも改めて女性の2面性を再確認させられた思いである。
(あ、危なかった・・・・)
胸を撫で下ろしているシンジにヒナはやさしい声をかける。
「さ、上がって頂戴。マナも、さっきからお待ちかねよ」
「はは・・・・」
(凄い人だよなぁ〜、マナのお母さんって)
(・・・・マナも、こんな風になるのかな?)
思わず背筋に走るモノがあった。
シンジはまだ、ヒナの母もこんな風であった事を幸か不幸か知らない。
「エと、それじゃ、お邪魔します」
ヒナに案内され、リビングに足を踏み入れると、
満面の笑みを浮かべたマナに出迎えられた。
「いらっしゃい、シンジ君」
「エと、お邪魔します・・・・」
「ふふ。とりあえず座って。今、お茶いれるから」
「あ、おかまいなく」
そんなシンジの返事が届く間もなく、マナは台所へと消えた。
しっかり準備していたのだろう。
さして間を置かず、少々大きめなトレイを抱えて戻ってきた。
静かにテーブルにおろすと、かちゃりと小さな音がした。
見ると、銀のポットと白いカップが3つ載せられている。
カップを1つ手に取ると、マナはポットから黒い液体を注いだ。
とてもいい香りがシンジの処まで届く。
徐々にカップとの距離を縮め、
最後にその縁を注ぎ口と軽く触れさせる。
チンと乾いた音が響く。
「はい、どうぞ」
マナの手慣れた、見事な手つきに、
しばし差し出されたカップをぼうっと眺めていたシンジは、
慌ててお礼を言って受け取った。
「・・・・あ、ありがとう。慣れてるんだね」
「ま、ね。あ、お砂糖とミルクは?」
「あ、じゃ、じゃあミルクだけ・・・・」
「はい」
マナの手から、これも白いミルク・ジャグを受け取り、ミルクを落とす。
スプーンでかき混ぜると、黒と白のマーブル模様が一瞬現れ、
やがて薄い茶色の液体へと変化する。
シンジはカップを手にすると、顔を寄せた。
口を付ける前に、香りを確かめてみる。
「いい香りだね」
「ふふ」
もう1度香りを楽しみ、一口。
コクリ。
口の中に苦いだけでない、複雑な味が広がる。
さして、コーヒーに詳しくないシンジでも、それが最上のモノだとすぐに判った。
「おいしい。マナがいれたの?」
「そうよ」
自分と母親の分をカップに注ぎながら、当然のような口調でマナが応える。
「好きなの、コーヒー。飲むのも、いれるのも」
「へ、へぇ〜・・・・」
それっきり何となく2人とも黙り込んでしまう。
その間ヒナは微笑ましそうに2人を等分に眺めていた。
何処か懐かしそうな表情が浮かべながら。
「あ、そ、それで、何か用なの? 父さんはっきり言ってくれなかったんだ」
ようやく思い出したようにシンジが訊ねる。
「エと・・・・、それが、そのォ・・・・」
彼女らしくもなく口ごもってしまった。
そしてチラチラと母親の方へ、意味有りげに視線を投げかける。
すると、やれやれといった表情のヒナが口を挟んだ。
「あのね、お兄ちゃん・・・・ムサシがね。野球部の遠征で今日いないのよ」
「は、はぁ・・・・」
要領を得ず、シンジは生返事を返す。
ただ、物凄くイヤな予感がする。
父親譲りの第六感がけたたましい警報を響かせている。
(やっぱりゲンちゃんの子供ねェ〜。反応がそっくり)
ヒナは心に呟き、満足の笑みをもらす。
それはゲンドウが若い頃、幾度となく・・・・
いや、幾百、幾千と出会った笑顔だった。
そして、その後に待っているモノと言えば・・・・。
ヒナは楽しそうに話を続ける。
「でね、私も今日はどうしても仕事で家を空けなきゃいけないの」
「は、はぁ・・・・。た、大変なんですね」
「そう、大変なの。お父さんも出張中だし。
そんな訳で、今晩マナ1人なの、この家」
この時、シンジの心の警報は最大にボリュームをあげていた。
シンジはそれが正しかったコトを、ヒナの次の一言で思い知らされる。
「女の子1人じゃ物騒だから、ボディー・ガードよろしくネ」
しぃ〜〜んと、不自然な沈黙が霧島家のリビングを支配する。
「え、え〜と、そ、それって・・・・」
恐る恐るといった様子でシンジはヒナに確認する。
その頬がヒクヒクとひきつっているのが何とも痛ましい。
「そう。今日はお泊まりしていってね」
ヒナはにこやかにそう言い放つ。
一方シンジはクラクラと眩暈を覚えた。
そして、直感する。
(父さん、知ってて黙ってたんだ!)
いつ以来だろう。
おそらくこの世界では初めてに違いない。
言い様のない父への怒りが湧き起こり、
シンジは拳を堅く握り締めていた。
それでも深呼吸を繰り返し、全精力を傾けて心の体勢を整えると、
可能な限り冷静な声でヒナに指摘する。
「ボク・・・・男ですよ?」
「そうね、知ってるわ」
「それで、一晩マナと2人っきりって・・・・」
語尾を濁すシンジに対して、ヒナはアッケラカンと簡潔に応えた。
「アラ、私はシンジ君のコト信じてるから」
いっそうの眩暈を感じたシンジだったが、ふと悩んでしまった。
彼女の言葉を信頼されていると喜んでいいか?
年頃の男として悲しむべきなのか?
しかし、現実は安全牌扱いよりも始末に悪かった。
複雑な顔をするシンジにヒナは近寄り、そっと耳打ちした。
「でも、シンジ君が責任取ってくれるんなら、私怒らないから」
「!!」
声もなく真っ赤になったシンジを尻目に今度はマナの耳元で囁く。
「ガンバんなさいよ」
悪戯っぽいウィンクを残すと、ヒナはいそいそと出掛けて行った。
残された2人は、しばらく真っ赤な顔のまま身動き一つ出来なかった。
「エ・・・・と」
「・・・・ゴメンね、シンジ君」
沈黙にたまりかねたシンジの言葉にマナの台詞が重なった。
「エ? 何が?」
いったいマナが何を言いたいのか、シンジは心から不思議そうに訊ねた。
「お母さんが無理矢理、って言うか、
何にも言わずに黙ってシンジ君のコト呼び出したんでしょ?」
「あ、別にいいよ。今日は特別予定もなかったし。
宿題は昨日のうちにやっちゃったから」
言いながらシンジの脳裏には、昨日何だかんだと文句をこぼしつつ、
宿題を手伝ってくれた(解らない処は説明、ヒントをくれるだけ)
アスカの様子が浮かんでいた。
怖い顔をして、ぶっきらぼうな口調で、それでも懇切丁寧に、
シンジが完全に理解出来るまで説明してくれるアスカ。
いくら鈍いシンジでも、それがアスカのテレ隠しだというコトに気付いていた。
アスカの不器用さが瞼の裏に鮮やかに甦り、クスクスと思い出し笑いが止まらなかった。
「? どうしたの? シンジ君」
「エ? あ、ゴメン。何でもないよ」
「そう?」
「うん」
それきり、再び黙り込んでしまう2人。
サイドボードの上に飾ってある置き時計が刻む規則正しい音がやけに大きく聞こえる。
ふとマナが不吉なコトを口にする。
「アスカとレイ・・・・、怒るかな?」
「あ・・・・」
その一言でシンジの顔から血の気が引いてしまった。
このコトをあの2人が知ったら・・・・
どんな言い訳も聞いてもらえない・・・・かも・・・・
そして・・・・
稲妻は天空を走り、大地が裂ける。
阿鼻叫喚の様が目に浮かぶ。
冷たい汗がシンジの背中をじっとりと濡らす。
そんなシンジの様子にも気づかぬように、マナは俯いたままポツリと呟く。
「抜け駆け・・・・なのかな? やっぱり、コレって・・・・」
あまりにも小さな声。
それゆえシンジの耳には、動揺しているシンジの心にそれは届かなかった。
気まずい沈黙が三たび流れる。
シンジは当たり障りのない話題をようやく思いついた。
「あ、その、ごはん」
「エ?」
突然の台詞にマナはキョトンとした顔でシンジを見つめる。
マナの視線に何故か急にドギマギしながら、シンジは続けた。
「あの、晩ごはん・・・・どうするの?」
「あ、アタシ、作る・・・・けど」
「ま、マナの手料理?」
「う、うん」
「へ、へぇ〜。初めて、だよネ? 楽しみだなァ」
少々ワザとらしいが明るい口調でシンジは言った。
それでも、言葉にウソはない。
女の子が、自分を好きだと言ってくれる娘が作ってくれる料理。
それがどんなに暖かく、舌をとろかすモノか。
シンジは二名の女の子によって、それを既に実感していた。
一人は勝ち気な性格ながら心優しい幼馴染み。
そしてもう一人は・・・・
それは昨夜のコト。
ここの処、帰宅の遅いゲンドウだったが----冬月教頭が1週間の休暇を取ったため、
彼はとてつもなく忙しいのだ----、この日は憔悴が際だっていた。
帰り着くなり、自分の書斎に籠もったまま、部屋から出て来る気配すら無い。
そんな訳でこの夜の夕飯は、レイが腕を振るうコトになったのである。
ウキウキと心躍らせながら、レイは日頃の成果を披露する。
何しろ普段はお弁当だから、何かと制約が大きい。
今日は思いっきり、手の込んだ御馳走を・・・・
碇家にやって来てから始めた料理だったが、今ではすっかり彼女も自信をつけている。
上達は異様なほど速かった。
目的(シンジに喜んでもらう)と目標(アスカに負けない)がハッキリしている上、
最高の教師が側に居る。
今や並の中学生で彼女と張り合える者は数える程だろう。
さらにシンジが手伝うよと言ってくれた。
広い碇家のキッチンに並び立ち、時折指が触れ、その度にお互い頬を染めながら上目遣いで見つめあってしまう。
そんな気恥ずかしいまでの状況に、レイはすっかり有頂天だった。
お陰で自慢の中華風唐揚げはちょっとコゲてしまったけれども。
心を込めて、最高の料理を!
せっかく、シンちゃんも手伝ってくれたのに・・・
レイはちょっぴりシュンとなった。
それでも、シンジはおいしそうに鶏肉を頬ばった。
とってもおいしい、とシンジは言ってくれた。
とっても、レイの心は温かくなった。
(唐揚げもおいしかったけど、レイの笑顔が一番の御馳走だったかな?)
思い出すと、ふふっと笑いが洩れてしまう。
「シンジ君?」
「え? あ、その、ゴメン。ボーっとしちゃった。
それで、何作ってくれるの?」
「うん、ハンバーグ・・・・」
「手作り?」
「うん。でも、覚えたてだから・・・・おいしくないかもしれないけど」
「エ? そんなコトないよ。
マナが一生懸命作ってくれれば、きっと凄くおいしいよ」
「お兄ちゃんと、同じコト言ってるネ、シンジ君」
「・・・・ムサシと?」
「うん」
(そ、そうだ。2人だけじゃなかったんだ)
(ムサシにこのコト知られたら・・・・)
シンジはゴクリと大きな音を立ててツバを飲み込んだ。
「あ、あのネ。それで、これからお買い物行かなきゃなんないの」
何処か恥ずかしそうなマナの台詞に気づきもせず、
とにかくイヤな空想を振り払うと、言葉を続けた。
「そうなの? それじゃあ、ボクも一緒に行くよ」
「エ? でも・・・・」
「荷物くらい、ボクが持つよ」
「・・・・ありがと」
こうして、2人は連れだって買い物に出掛けた。
当然のコトだが、マナの顔には極上の笑みが浮かんでいた。
駅前のショッピング・モールに向かって、つかず離れず歩く2人。
でも、それは何処かギコチなさが漂っている。
「あのネ、アタシ転校して来て、3週間になるけど、
こうして2人で歩くのって・・・・初めてよネ?」
「エ? そう言えば、そうだね」
「うん、いつもアスカとレイがいたから」
「そっか・・・・何だか、緊張しちゃうね」
そして、沈黙。
この時、マナは母ヒナのコトを考えていた。
いつもはトンでもないコトしかしない、
子供っぽい、はた迷惑な女性だと思っていたし、今もそう思う。
でも、今日ばかりは母に心から感謝していた。
それに昨夜から練習と失敗の繰り返しで、
すっかり材料を使い切ってしまっていたコトも、
こうなってみれば幸運だったな、と独りゴチる。
何だか、全てがいい方向に向かってるみたい。
ふとこの時、この1週間彼女を悩まし続けた疑問が再び首をもたげてきた。
アスカとレイは知っている、アタシは知らないシンジ君の秘密。
マナの心に暗く重いわだかまりが沸き起こる。
訊かなきゃ!
今がチャンスよ。
訊かなきゃ!!
・・・・でも、話してくれなかったら、どうしよう?
拒否されたら、どうしよう?
アタシはアスカやレイと違うの?
どうして、アタシにだけ話してくれないの?
いろんな想いが交錯したまま、マナは唐突に呟いた。
「秘密って・・・・何?」
「エ?」
急な問い掛けに何のコトか解らず、シンジは目をしばたたかせる。
しかし、マナはもう止まらなかった。
「アスカとレイが知ってる秘密って何?
アタシが知らない秘密って何?
アタシはシンジ君が好き。
だから、どんなコトでも知りたい。
シンジ君のコト、何でも解ってあげたい。
でも、ダメなの?
アタシじゃ、ダメなの?
アタシは知っちゃいけないの?
レイは特別なの?
アスカは特別なの?
アタシだけ、・・・・アタシだけ知らない・・・・。
アタシはアスカやレイと違うの?
どうして、アタシにだけ話してくれないの?
アタシ・・・・アタシは・・・・」
堰を切ったように心に溜めていた言葉が迸った。
そして、涙が溢れてくる。
涙は嫌いだった。
泣いて男の子の気を引くような女の子にはなりたくなかった。
涙を武器にするようなコトはしたくなかった。
好きな男の子を困らせたくなかった。
それなのに、涙は後から後から溢れ出す。
曇った視界の中でシンジの顔が歪んで見える。
それが何だか切なくて、哀しくなって、
ますます涙は止まらない。
シンジは混乱していた。
ほんのさっきまで上機嫌だと思っていたのに、
マナの突然の変化にシンジは困惑してしまう。
それでも、せっぱ詰まったマナの言葉を耳にして、
この1週間彼女がふさぎ込んでいた理由をようやく理解した。
自分のせいで彼女がこんなにも悩んでいたと思うと、いたたまれなかった。
普段と違って何処か儚げに見えるマナがたまらなく愛おしい。
そんな感情が沸き起こってきた。
気がつくとシンジはマナのほっそりとした身体を抱き締めていた。
力強い抱擁。
思い掛けない行動にマナは目を大きく見開き、
何も考えられず、ただシンジに身を任せていた。
いつの間にか涙は止まっていた。
「ゴメン、マナ。
アスカやレイを特別扱いしてたんじゃないんだ。
マナを除け者にしてたワケじゃないんだ。
話す機会がなかっただけで・・・・
それに改まって話すのも変かなって思ったから・・・・」
「・・・・でも」
「アスカはずっと一緒だったから。
ずっとボクと居たから気づいたんだ。
それまでのボクと今のボクが違うコト。
レイは・・・・偶然だよ。
偶然、ボクとアスカの話を聴いて、それで・・・・」
「ねェ、話して。アタシにも」
「うん。・・・・信じられないかもしれないけど。
ボクにとって間違いなくホントのコトなんだ」
シンジは3度目になる話を静かに語り始めた。
マナは黙って聴き入った。
そんな2人の様子を窺う視線が、通りの向こう側にあったコトに、
シンジもマナも全く気付かなかった。
月曜日。
シンジは着替えと教科書を取りに一度家に戻る。
マナは一足先に学校へ向かう。
下駄箱に着くと、アスカとレイが待っていた。
何とも迫力がみなぎっている2人の様子に普通の女の子なら、
いや男子でも思わず退いてしまうところだ。
しかし当然と言うべきか、幸せで足が地に着いていないマナが、
そんなコトに頓着するワケがない。
ニコニコと満面に笑みを浮かべ、
左手に抱えるように持っていたバラの花束を2人の前に差し出す。
それは、すっかりご機嫌な彼女が教室に飾るべく、
ヒナご自慢の庭園からごっそりと持ってきたのだった。
この幸せな気分をクラスのみんなにも分けてあげようと、
一番きれいなところを選んで、抱えられるだけ持ってきたのだ。
それは毎年4月29日以外、ヒナ自身にすら決して許されていない、
とんでもない暴挙であった。
「な、何よ」
「何のつもり?」
不審そうな2人に対してマナは高らかに宣った。
「月曜日、おめでとう!!」
予想外の言葉にアスカとレイは膝が砕けるような感覚に襲われた。
それでも、差し迫った重大事項の存在のお陰で、
アスカはぐっと堪えて、苦虫を噛み潰したよな表情で詰問を開始できた。
「ずぅい分、楽しそうね。マナ」
半瞬遅れて、レイが言葉を継いで尋ねる。
「マ〜ナ、協定違反よ。抜け駆けしたらどうなるか・・・・」
台詞と一緒にレイがずいと一歩踏み出す。
負けじとアスカもマナに迫る。
「言って解らないんだったら、身体に教えたげましょうか?」
そう言うと、アスカはニィ〜っと妖しい笑みを浮かべる。
これ程恐ろしいシチュエーションに遭遇しながら、マナはまったく動じていなかった。
さすがは『あの』霧島ヒナの娘!
というより、幸せいっぱいでそんな些末なコトが気にならない、
と言うのが正解だろう。
「へへ〜、聴いたモンね」
「な、何を?」
「シンジ君のコト。例のヒ・ミ・ツ」
「「あ・・・・」」
「なぁ〜にが協定違反よ。アタシだけ除け者にして。
アナタ達の方がよっぽどずるいじゃない!」
「そ、そんなコト言ったって・・・・」
「シンちゃんと約束だったんだモン」
一転して攻勢に出るマナの前に2人もタジタジだった。
やはり、彼女にだけ秘密にしていたコトがどこかやましかったのだ。
優しい娘達だから親友に隠し事をするのは、辛かったのだ。
そんな2人の心の内を感じ取ったマナはやさしく微笑むと、
改めて宣言した。
「こ・れ・で、イーブンだからネ」
「う、うん」
「そ、そうね」
「負けないからネ」
「それはこっちの台詞」
「シンちゃんはアタシのモノなんだから!」
「ふふ・・・・」
「あは・・・・」
「えへ・・・・」
(でも、シンジ君に抱き締められたんだモン。
ちょっと、アタシのリードかな?)とマナは考えた。
(こないだ同じフトンで眠ったんだから・・・・
アタシのが一歩進んでる?)とレイは思った。
(アタシなんか、もう少しでキス出来たんだから!
羨ましい? でも、教えて上げない!)とアスカは独白した。
ふっと顔を見合わせると3人は高らかに笑い出した。
ひとしきり笑った後、何か気になるのかレイはマナにそっと囁いた。
「ね、あのネ、その・・・・、マナ」
「何? レイ」
「アンタらしくないわネ。奥歯に物が挟まったような言い方」
「え? そ、そう?」
「うん、言いたいコトあったら、はっきり言いなさいよ」
それでもしばらく躊躇った挙げ句、
ようやくレイは自分のアドバンテージを確認すべく、質問を口にした。
「それで・・・・あの、夕べ・・・・。何もなかったの?」
「!!」
あまりにもストレートな切り込みに思わずマナは頬を赤らめる。
「え? ウソ、何かあったの?」
その様子にアスカは早とちりをして、一気にしゅんとなる。
レイも不安そうな顔でマナの顔色を覗いている。
「そ、そんなの・・・・あるワケないじゃない!」
ちょっと心外、そんな口調でマナが口を尖らせる。
「ムキになってる」
「やっぱり・・・・昨日2人っきりだったんでしょ?」
マナは本気で怒った様子で説明を開始する。
「あのネ。昨日は、例の秘密を教えて貰うのが最重要課題だったの!
他のコトに気が廻るわけないでしょ?
それに、夕ごはんも作んなきゃだったし。
初めてだったんだから、シンジ君のために料理するの。
緊張して失敗ばっかりして。
その上シンジ君に手伝って貰って。
シンジ君の方が上手なんだモン。
すっごく悔しかったんだから。
次は負けないんだから!
・・・・・・あれ? 何話してたんだっけ?
あ、そうそう。それに、あのシンジ君よ?!
そんなコトするワケないでしょ!!」
その台詞に2人も、ああ、そうかと納得顔になった。
「そっか。シンちゃんだったら、誰を選ぶかはっきりするまでは、
そんなコトしないわよね?」
「な〜に言ってんのよ。単に度胸がないだけでしょ」
「誰が度胸ないの?」
「シ、シンジ!」
「シンちゃん!」
「シンジ君!」
突然シンジに後ろから声を掛けられ、思わず大きな声を上げてしまう3人娘。
その驚きように、シンジの方がビックリさせられる。
「ど、どうしたの? 3人とも」
「ちょっと、急に声掛けないでよ。ビックリするじゃない」
「シンちゃん、女の子の話に割り込むの、良くないよ」
「シンジ君、一度家に帰ったんじゃないの?」
口々に文句やら質問やら言い立てられて、シンジは思わず仰け反ってしまう。
それでもすぐに態勢を立て直すと、今の状況を正しく告げる。
「何言ってんの。もうすぐHR始まっちゃうよ」
「え、ウソ」
期せずして、3人は同時に校舎の大時計を振り仰いだ。
時計は間もなく8時半を指そうとしている。
「た、大変〜。遅刻しちゃう!」
「急がなきゃ」
「あ〜ん、バラ飾る時間がぁ〜」
「ちょ、ちょっと待ってよ。みんな」
いつもの喧噪が2年A組の教室へ向けて、移動を開始する。
週明けの月曜日にふさわしい貴きバラの残り香が、暫しの間そこには漂っていた。
<第3部 完>
第4部へ続く
作者のあとがきへ
月刊オヤジニスト
ゲンドウ「むむむ」
冬月 「どうした。おまえが深刻な表情をするなんて有史以来皆無のことだというのに」
ゲンドウ「いや、実はだな、悩みがあるのだ」
冬月 「なに! ゴキブリが悩むことはあってもおまえだけは悩むことはないと思っていたのに!」
ゲンドウ「シャーッ! そこまで言うか貴様!」
冬月 「まあ、それはいい。で、何を悩んでいるんだ」
ゲンドウ「二つあってな」
冬月 「ほう」
ゲンドウ「一つは、シンジが何か秘密を抱え込んでいるらしいのだ」
冬月 「シンジ君が?」
ゲンドウ「そうだ! 愛しい愛しいマイファーザーに言えないくらい深刻な悩みらしいのだ、ああ、なんということだシンジよ! この私にすら打ち明けられない秘密とはいったい何なのだ!」
冬月 「・・・・この、超究極メガトン級の親バカめ」
ゲンドウ「しかもその秘密とやらをアスカ君とレイ君とマナ君は知っているらしいじゃないか! これでは親の威厳は形無し! 何としても挽回せねばならない!」
冬月 「それでおまえは、昨日シンジ君をストーキングしていたのか(嘆息)」
ゲンドウ「はう! どうしてその事実を貴様知っている!」
冬月 「貴様がほっかむりをして電柱の物陰からシンジ君の後を付けているという多数の目撃証言があれば、イヤでも知るというものだ。まったく、少しは世間体というものを考えて行動しないか。この間抜けが」
ゲンドウ「うるさい! 私はシンジのためを思ってやっているのだ! それをあいつは気づいてくれないばかりか、あの、あのヒナの娘とぎゅうううううううううっと抱き合って! ワシはそんな息子に育てた覚えはないぞ!」
冬月 「やれやれ、本当にこの親バカヂジイは・・・・なるほど、そう言うことか」
ゲンドウ「親バカヂジイと言うな! ・・・・ってなんだそのにやり笑いは」
冬月 「いや、おまえがさっきからわめいている理由が分かったよ」
ゲンドウ「なんだというのだ」
冬月 「おまえが気にしているのは、シンジ君がヒナ君の娘と仲良くなっているというその一点なんだろう」
ゲンドウ「ななななななにをいうかそんなことがあるわけないじゃないか」
冬月 「覿面にうろたえるな、言っているほうが虚しいわ」
ゲンドウ「で、なぜどうしてそう言うことを言えるのだ!」
冬月 「ここに、ゴミ箱に捨ててあった胴元表がある。誰が書いたかはあえて言わんが・・・・おまえはマナ君とシンジ君の破局に全財産をかけているではないか。そう、これは明らかに二人の仲が裂かれて必然的にヒナ君と疎遠になることを望んでいるその現れだ!」
ゲンドウ「ちっ、葛城くんめ、よけいなものを捨ておって・・・・」
冬月 「まあ、ワシにとっては面白いからどうでもいいのだがな。いやむしろヒナ君には君に絡んでもらった方が話が面白くて良い。うむ」
ゲンドウ「こ、この人非人め!」
冬月 「何とでも言うがいい。で、二つ目の悩みとは?」
ゲンドウ「ん、ああ、それか。それはだな」
冬月 「ふんふん」
ゲンドウ「休暇を取っておまえがどこに行くのか気になっていたのだよ。盆栽とか囲碁以外にさしたる趣味も持たない朴念仁のおまえが」
冬月 「なんだとこの野郎そこまで言うか!」
ゲンドウ「で、どこに行ってきたのだ? 私はそこに興味がある」
冬月 「そ、それはだな・・・・」
ゲンドウ「なんだ言えないのか。もしかして・・・・女か?」
冬月 「そんなものではない! ないったらぜったいにない!」
ゲンドウ「だったら言ってもいいではないか」
冬月 「・・・・それだけは言えぬ。口が裂けても言えぬ!」
ゲンドウ「(しばし考え込んで)・・・あ、そうか(ぽむ)」
冬月 「なんだなんだなんだというのだ!」
ゲンドウ「いやわかったよ。おまえがどこに行ったのか。イヤ大変だなぁ(ぽむぽむ)」
冬月 「そこ! 訳知り顔に肩を叩くな! 貴様に元理事長と一緒に旅行に連れて行かされるつらさがわかるというのか!」
ゲンドウ「そうか、やはり元理事長と旅行か(にやり)」
冬月 「はう! しまった!」
ゲンドウ「いや冬月先生。下僕のようにこき使われて大変なことで」
冬月 「うぐぐぐぐ〜〜〜〜〜」
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