そしてそれから
第13話 天使たちの黄昏
全身をかすかに金色に輝かせながら、アスカは宙に浮かんでいた。その姿は天使と形容されるにふさわしい
美しさを持っている。閉じていた瞳をゆっくり開く。サファイヤの如き双眸が強い意志を宿して煌めいた。
自分がどうなったのかアスカには分かる。今では失われてしまったエヴァ弐号機。自分がその魂として覚醒
したということを。
アスカ「・・・精神干渉のせいでこうなるなんて皮肉なものね・・・・・・」
ちらりと振り向くとシンジが苦しんでいるのが見えた。
アスカ「シンジ、待っててね。」
そう言うとアスカは大きく手を振り下ろす。圧倒的な力に袈裟懸けに引き裂かれ、アスカよりも遙かに巨大な
量産型が一機、大きくのけぞって倒れ込んだ。それをきっかけにして、残るエヴァが全員動く。それを見て
アスカは不敵に微笑んだ。
全身を白銀に輝かせ綾波レイは宙に浮かんでいた。確かに美しい。だが、何かが違う。ルビーの如き双眸が
カヲルを睨め付けたとき、カヲルは確信した。
カヲル「レイ・・・・・・・君はもういままでの綾波レイではないのか・・・・・・・」
その呟きに反応したのか、レイがゆっくりと身構える。
ミサト「あのレイが使徒ですって!?」
日向「間違いありません。エヴァシリーズを除けば、現在パターン青は2つ。一つはカヲル君、そしてもう
一つはレイです!」
リツコ「なんてことなの・・・・・・・・・」
呆然と呟くリツコにミサトは詰め寄った。
ミサト「リツコ、あんた何か知ってるんでしょ?」
リツコ「いいえ、何も知らないわ。」
ミサト「この中じゃあんたが一番レイに詳しいのよ。セントラルドグマのことだって知ってたじゃない。」
リツコ「本当に知らないのよ!私はレイのことをさんざん調べたわ。マギも使った。でも何もわからなかった
のよ。あのひとは肝心なことはなにも教えてくれなかったもの!」
ミサト「リツコ・・・・・・・」
リツコ「7年ほど前に碇司令が知人の子だといって綾波レイを連れてきたわ。でも、それ以前にレイがどこで
何をしていたのか、全く不明なのよ。実験で消えたユイさんのクローンだと思っていたわ。サルベージすれば
ダミーは、レイのパーツはいくらでも作り出せた。けど、違う。単なるクローンであるはずがないのよ。
レイの魂が誰のものなのか、なぜ死んでも予備の体に魂が移るのか説明が付かないもの。」
リツコはそう叫ぶとその場に崩れ落ちて嗚咽し始めた。
レイの魂がユイのものであるはずはない。ユイの魂は初号機にあった。それになぜレイが使徒なのか。
ゲンドウはそのことを知っていたはずなのに、なぜレイをエヴァのパイロットにしたのか。リツコにさえ
隠していたレイの秘密とは何なのか。
ミサトに考えられる可能性は一つしかなかった。
ミサト「まさか・・・・・・・人類補完計画のためなの?でもどうして・・・・・・・・・」
ミサトは呆然と呟いた。だが、その言葉は誰の耳にも入ることはなかった。リツコはただ、泣き続けていた。
そしてオペレーターたちはモニターに集中していた。モニターにはレイとカヲルが今にも戦闘を開始しようと
しているのが映し出されていた。
レイが静かに、そして滑らかに動く。
カヲル「レイ、止めるんだ!」
カヲルの制止も耳に入らないのか、レイはATフィールドの剣で斬りかかった。僅かに体をひねってそれを
かわし、カヲルは間合いを取ろうとする。だが、レイは今までのレイからは考えられない速さで間合いを詰め
斬りつけてきた。とっさに造り出した剣で受け止めたが、じりじりと押されていく。レイの力がカヲルの力を
上回っているのだ。
カヲル「くっ。」
呻いて、何とかレイの剣を斜めに受け流すと体勢を立て直した。
強い。本気でそう思う。使徒としての力の大きさそのものはほぼ互角だろう。パワーでレイ、技でカヲルが
やや有利と云った程度の差でしかない。少なくとも、手加減出来る相手ではなかった。
カヲルはレイを真っ向から見つめると再び呼びかけた。家族として、そして仲間として。
カヲル「レイ!」
だが、レイはただ無表情にカヲルを見ただけだった。いつものレイは無表情に見えても違っていた。
その仮面の下に強い意志と激しい感情を隠していた。だが、今のレイは違う。
カヲル「もはや、僕の力を以てしてもレイを助けることは出来ないのか・・・・・・・」
苦悩の表情で呻くカヲルを見ても、レイには全く変化がなかった。そんなレイを見ているのが辛かった。
だから、カヲルは決断した。
カヲル「そうか・・・やるしかないのか。・・・・・なら、僕も容赦しない。敵として殺すよ、レイ。」
冷酷ささえ感じさせるほどの無表情になり断言するカヲル。
その言葉にも表情にも全く感情が籠もっていなかった。
その言葉を契機に再び二人は激突した。カヲルは敢えてレイのATフィールドを中和せず、ATフィールドを
攻撃と防御に集中させた。ATフィールドを中和してダメージを与えあうよりも、防御を固めつつ強力な攻撃
を撃ち合った方が有利と判断したからだ。
カヲルの生みだした十数枚の刃がレイを襲う。体術と剣を巧みに組み合わせてそれを防いだレイだったが、
最後の刃を剣で弾いた瞬間カヲルの回し蹴りがレイを襲う。体勢が崩れていただけにかわしようがない。
レイは後方に大きく吹き飛んだ。
しかし、カヲルの蹴りが直撃したわけではない。レイは蹴りが命中する寸前に体を浮かせて威力を殺している。
たいしてダメージはないだろう。だが、これでレイとカヲルが大きく離された。カヲルは既に次の攻撃に
移っている。カヲルの周囲に十数個の火球が空間を軋ませながら生み出される。カヲルが大きく腕を振ると、
それは4方からレイに襲いかかった。しかも一発一発タイミングをずらしてある。いかなる体術を以てしても
これをかわすのは不可能だ。しかも、剣で弾こうとすれば衝突の瞬間に炸裂し、表面を覆うATフィールドが
レイのATフィールドを中和して解き放たれた膨大な熱量はレイを瞬時に焼きつくす。防ぐのは不可能と
思われた。だが、レイの周囲には十数個の青い球が生み出されていた。
解き放たれたそれはカヲルの火球と衝突し、あたりに冷気を撒き散らす。レイもまた、カヲルと同様に
球状に展開したATフィールドに力を込めて解き放ったのだ。カヲルのそれが熱に対しレイは冷気だったが。
二人の放った力の余波が、そして周辺にまき散らされた冷気と熱気が、一時的ではあるがレイのあらゆる
感覚からカヲルの存在を覆い隠した。そしてその僅かな隙こそがカヲルの狙いだった。
なまじ感知能力が高いだけにそれが効かないときレイには為す術がない。相手の位置が分からないのは
カヲルも同様だが、豊富な戦闘経験はレイの位置の予測を可能にしていた。
この反撃を予想して、カヲルは火球を解き放つと同時に間合いを詰めている。並みの生物ならば存在を
許されることのない凄まじいエネルギーの嵐ではあったが、カヲルは意に介さなかった。
カヲルのATフィールドの前には無力なものだったから。
そしてレイの感覚が再びカヲルを捉えたとき、既にカヲルは完全にレイの懐に飛び込んでいた。
不意をつかれたレイは慌てて間合いを取ろうとする。だが、レイが回避するよりカヲルの斬撃の方が
速かった。辛うじて剣で受け止めたレイではあるが、体勢が大きく崩された。それと同時にカヲルの
左回し蹴りがレイの脇腹を直撃する。さすがに今度は防御しきれなかった。
レイ「うくっ・・・・・・・・・・・」
呻いて体をくの字に折り曲げたレイの首に、間髪入れずに繰り出された跳び膝蹴りが炸裂する。
レイは大きく吹き飛び、地面に叩きつけられた。
回し蹴りは肋骨を、膝蹴りは頸骨をへし折ったのが伝わってきた。常人なら即死だ。だが、レイがまだ
生きていることをカヲルは知っていた。嫌な感触だ。カヲルはそう思う。
シンジくんも僕を殺したときこう感じたのだろうか。ふと、そんなことを思った。
暗鬱な思いに支配されつつも、カヲルはレイにとどめを刺すべくレイのそばに歩いていった。
カヲル「とどめだ。」
冷たく言い放ち剣を振り上げるカヲル。だが、カヲルはほんの一瞬躊躇った。家族として、そして仲間として
レイと共に暮らしてきた2年間の思い出がカヲルを躊躇わせたのだ。
自分を殺そうとするものは敵。それを殺すのは使徒としては当然のことだった。だが、ヒトとしての思い出は
レイは仲間だと告げている。相反する二つの思いがカヲルの現実の認識を鈍らせた。自分が今、レイとの
戦いの最中であるという現実を。
そして、まさにその一瞬の躊躇いが生死を分けた。レイが首を折られたままバネ仕掛けの人形のように
跳ね起きて、カヲルの胸をATフィールドの剣で貫く。カヲルは振り上げた剣を振り下ろすことが出来ない
まま、自分の服が赤く染まっていく様を呆然と見つめていた。かつて、アスカに戦いでの躊躇いは死を招くと
いったのが思い出される。
カヲル「云った本人が躊躇うなんて皮肉なものだね・・・・・・・」
のどの奥から熱い塊がこみ上げてくる。カヲルは血を吐いた。そんなカヲルの様子を、レイは冷ややかに
見つめていた。
カヲル「・・・・・ここまでか・・・・・・・・・」
レイ「さよなら、タブリス。」
アスカ「ちくしょう・・・・・・・・・・・・」
荒く息をしながらアスカは吐き捨てた。戦いは完全に4号機と量産機の側が有利だった。力の大きさだけ
とれば、アスカの力は量産機とは比べものにならないほど大きいだろう。しかし、その力の大きさ故にうまく
制御が効かなかった。結果、アスカは自分の力を全く有効に使えていない。近寄ってくるエヴァを跳ね飛ばす
だけだ。それだけでもかなりのダメージは与えている。しかし量産機は驚異的な回復力を見せ、巨体を生かし
て次々に襲いかかってくる。一体に狙いを絞ろうにも他のエヴァに妨害されてしまう。アスカは次第に追い
つめられていった。
自分の持つ力に気が付いてからというものそれを極めるために訓練を重ねてきたシンジやカヲルとは違い、
アスカはなるべく力を使うまいとしてきた。その訓練不足が、そして何より、実戦経験の少なさが致命的
だった。なにしろアスカは力を使って自分一人だけで敵と戦うのは初めてなのだ。
エヴァ4号機は先程から光を放つだけでほとんど身動きしていない。その攻撃で手一杯なのか、或いは
自分が戦うまでもないと思っているのか・・・・・・
それが自分を馬鹿にしているように見えてアスカは4号機に力を叩きつけた。しかし、怒りにまかせた攻撃が
命中するはずもない。アスカは普段からは考えられないほど逆上していた。シンジの苦しむ姿はアスカに
それほどの不安と怒りを感じさせていたのだ。
弐号機の魂として覚醒した今、アスカは確実に強くなっている。にもかからわず、目の前で苦しむシンジを
助けることが出来ない。それが悔しかった。大切なシンジが苦しんでいるのに何もできない自分が悔しかった。
アスカ「・・・・・・殺してやる・・・・・殺してやる・・・・殺してやる・・・殺してやる・・殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる!!!」
完全に逆上して見境なく力を解き放つアスカ。それを見て、初めて4号機が直接攻撃に転じた。
量産機が持っていた槍のような武器を掲げると、それをアスカに向けて投げつける。かざした左手に生じた
ATフィールドでそれを受け止めたアスカではあったが、それが捻れながら縮んでいく。その様を見て
アスカは恐怖に悲鳴をあげた。
アスカ「ロンギヌスの槍!?」
まるで、時の流れが緩やかになったように感じた。槍の長さが2m前後に縮みきり自分のATフィールドが
容易く破られていくのが、それを見たシンジが跳ね起きて自分のところに駆けつけ、自分を突き飛ばすのが
やけにゆっくりに感じられた。
呆然としたアスカだったが、それも一瞬のことで地面に叩きつけられた衝撃で我に返る。
そして見た。
地面に突き刺さった槍の中程で、左目を貫かれたシンジが仰向けになってのけぞり、大地を赤く染めている
様を。
アスカの瞳が見開かれる。
アスカ「いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
アスカの悲痛な絶叫が響きわたった。激しい衝撃のあまり、時が止まったかのようにさえ感じられる。
しかし、時は静かに、そして空しく流れていった。
続く
後書き
シンジ「ぽかーん。」
カヲル「ぽかーん。」
レイ「・・・・・・・・・・・・・・・・・(呆然)」
アスカ「いやあああああー。何なのよ、この展開は。」
K「問題ない。シナリオ通りだ。」
アスカ「あんたはああああああっ。」
K「茫然自失の3人はほっといて解説です。外伝では躊躇いなく人を殺していたカヲル君がレイが相手だと
躊躇ったことや、いかに強大な力があっても大切な仲間を助けてやれないことは非常に大きな意味を持って
ます。思いつきだけでこんな展開にしたわけではありません。」
アスカ「シンジが槍で串刺しになったのは?」
K「劇場版の方でアスカがああなったのがあまりに衝撃的だったからですよ。こっちではシンジはちゃんと
アスカをかばってます。」
アスカ「要するに全部アンタの電波でしょうがぁ!」
どかばきぐしゃ
K「ばたっ。」
アスカ「この後、シンジがエヴァに喰われでもしたらただじゃ置かないからね。」
K「はうう・・・では、次回予告を・・・・・」
4号機の投擲した槍はシンジを貫き、レイの剣はカヲルを貫く。 なす術を失った人々が空を見上げる中、
新たな使徒が舞い降りる。戦いの終わり、それは人々の死。そして、新たな現実の始まり。
生き残ったものは残された現実に何を見るのか。
次回 そしてそれから14話
「赫い瞳に隠されしモノ」
管理人(以外)のコメント
アスカ「冗談じゃないわよ」
カヲル「何がだい?」
アスカ「このあたしが実戦経験皆無ですって? 仮にもエヴァ弐号機を自分の手足のごとく扱っていたアタシが!」
カヲル「まあ、君はシンジ君に骨抜きになって・・・」
アスカ「だだだだれが骨抜きよ!」
カヲル「おや?(にやり) 何をどもっているのかな? もう、君はシンジ君らぶらぶじゃないか。戦闘経験よりも料理経験の方を重視しているんじゃないのか?」
アスカ「冗談じゃない!」
カヲル「それに比べて綾波レイは・・・痛かったなぁ・・・・あの攻撃・・・・」
アスカ「・・・・あんた、アタシの攻撃も食らってみる?」
カヲル「・・・・どき(汗)」
どかばきぐしゃ
アスカ「ふっ、まだまだ実戦経験豊富ね〜」
カヲル「むきゅぅ・・・」
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