世界を変えたかった。
誰が支配するのでもない、誰に支配されるのでもない。
自由な自分、自由な他人達。
それが望みだった。
ある時知った。
ここは夢の中なのだと。
夢の中の世界なのなら、誰かが目を覚ました時、この世界はどうなるんだ?
我々の心はどうなるんだ?
ある時、一人の女性と出会った。
まだ少女と言える年齢だったが、紛れもなく彼女は一人の女性と呼べる存在だった。
夢の中の世界に何の価値も無くしていた頃だった。
彼女がこの世界に、私に新たな価値を与えた。
だから、世界を変えたいと願った。
俄に大きくなってくる「その者」の存在。
実在するのかは、確かではない。
だが、セカンドインパクトと、人間という存在に深く関わってくる。
その程度は解る。
だが、誰もその存在を証明し得ない。
証明出来ない存在は、実在しないのだ。科学の世界においては…
唯一の手掛かりは、南極に残っていた巨人の遺体と、遺伝子のかけら、血の色をした槍、あとはあのXENONと呼ばれる「箱」だけだった…
「この世の果てで夢を見続ける少女」
ユイは証明してしまった。「彼女」の実在を。
そして、彼女は消えてしまった。
彼女の遺伝子情報を用いてのサルベージ計画。順調に進んでるかに見えた計画の後、現れたのは彼女ではなく「彼女」の心だった。
それは、夢の世界を証明することと同義であり、同時に絶望の計画をも現実のものとする。
原罪にまみれた人間は還る以外に道はないのだろうか?
支配者どもは、支配することしか考えていない。
その他の者は、偽りの自由のみを、支配者に与えられる家畜の自由を欲する。
…何故これ程滅びに満ちた世界がある?
彼女の居ない世界は、色あせた只の虚像に見えた。
私にとって、彼女はこの世界の色彩そのものだった。
失って、その重さを改めて感じる。
色彩を欠いた夢。
その中で次第に薄れていく自分。
存在する証明が欲しかった。
「彼女」の実在の証明と引き換えに失われてしまった、自分自身の存在を。
夢の中の世界では駄目なのだ。
虚ろな自分ではなく、確実な証明が欲しい。
世界が、己が在るという確かな証明が欲しいのだ。
死海文書に記された使徒の存在。
人類補完計画。
夢が覚める時、自分が在るかどうか、それが知りたかった。
だから使徒を総て滅っする必要が在った。
使徒だけがこの計画発動時に介入可能なのだ。
「彼女」から生まれた単一の、一人児ではないその魂だけが、その計画に介入し得る力を持つのだ。
だからEVAを、他の総ての人間を使い、それを殺すことをした。
「彼女」の望みも知った。だが証明の為にそれを許すことは出来なかった。
それを行えば彼女をこの手に取り戻すことが出来るのを解っていても。
己の望みの為に「彼女」の存在と力が必要だったから。
そして、時は来た…………筈だった。
西暦2015年
計画はまたも失敗した。
私は自分の存在の証明に失敗したのだ。
だから、せめて彼女に会いたかった。
もう一度だけ、彼女の存在を確かめたかった。
だから………取り戻した。
目の前に居るのは、ほんの数分前まで「綾波レイ」と名付けられていた筈の存在。
今は髪の色さえかわり、その「器」にある心さえも違う。
「母さん?」
細い呟きは彼女の耳には届かない。
目の前の父と抱き合い、静かに、ただ微笑む。
静かに佇む初号機、磔られた異形の白い巨人。胎内で蠢く何か。
異様な背景で抱き合う二人だけが、妙に現実的で…母に似た少女は、母の心をその身に宿し、そこにいるのだろうか?
「……………………父さん」
少女に抱かれた父。
ある種、異様な光景。不意に……………
「…………………………………………………ァ…」
少女が顔を上げる。
いとおしそうに、優しく微笑みながら、子供をあやすように父の頭を撫でる少女。満ち足りた表情? いや、乾いた砂漠は決して満ちることはない。
ただ父だけを見つめ、優しく、それでも満たされることが無いように、貪欲…と言う言葉が当てはまるのだろうか? ただ、ただ、愛おしそうに彼の身体に触れ、渇きを…孤独を癒そうとする少女。
…それでも、まだ足りない。
「ユイ?」
不審に思ったのか、少し顔を上げて少女の顔を覗き込む父。
対する少女もつられて父の顔を見…何か捜していた物をやっと見つけたような顔をする。
何かを渇望するような瞳。
「ァ…」
うまく言葉を発する事ができないのか、もどかしそうに、それでも何かを言おうとする。
対する父も、耳を近づけて必死に聞き取ろうとする。
その父の態度に歓喜に満ちた表情をする少女。
ゆっくりと顔を近づけ…そうして
喰らいつく
グヴゥゥヴォオン!
「何?!」
振るわれた弐号機の腕より飛び出たのは可視可能なレヴェルのATフィールドの刃!
何とか寸前で剣を用い受けとめた四号機と、こちらも剣の補助を用いて防ぐ量産機。ATフィールドの刃はそれらにかわされながらも、量産機の体表を浅く斬り裂き、そのまま森の木々を薙倒していく。
そのままの体勢から天を駆け、剣を振るい弐号機に襲いかかる4体の量産機。
その剣をATフィールドで防ぎながら、抜きはなったプログレッシヴ・ナイフで斬りかかるも如何せんリーチが違う。
『ア”アァァァァァァァ!』
叫びと共に又も強化される弐号機のATフィールド。
それに体表を斬り裂かれながら吹っ飛ぶ量産機達。もっともその傷は致命傷には程遠いが、ダメージを与えていない訳ではない。それよりも、斬り裂かれ崩れていく地表の木々と建物。
圧倒的な彼女の外界への拒絶が崩壊を外界へ産み出している。
ギイィン!
金属を擦り合わせるような、耳に触る音を立ててぶつかり合う断罪の剣と光の剣。
淡く光る断罪の剣と、光その物の剣では力が違うのか、徐々に断罪の剣が削れて行くのだが、数が違い過ぎる。
「くそっ!」
回りから繰り出される剣を何とか避けようとする。が、一度に五本の剣を避けられる筈もなく…
光の剣により弾かれた剣が二本、さらに二本の剣を掻い潜り、最後の一本の刃にその身を捕らえられる。
「ぐぁ!」
抉られる腹部、瞬時にSS機関がフル回転して傷を癒すも、続く第二波が次々と襲いかかり、一撃二撃と確実に四号機の身を削り落としていく。
使い慣れない長剣を苦心しながら操り、それでも何とか戦い続ける。剣に力を取られて防御用のATフィールドの出力が安定しない。
繰り出した剣が相手の剣を掻い潜り、ATフィールドを易々と斬り裂き、九号機の腕を斬り落とす。続いて腕に衝撃を感じるもATフィールドによる高周振動波が発生する寸前にそれをかわし、返す刀でその拾弐号機の足を斬り落とす。
『ア”ア”アアアアアァァァァァッァアッァァァァァ!!』
やおらスピーカーより聞こえ来るのは叫び声。
「惣流!」
よそ見をしてる間に腕を斬りつけられた。なんとか斬り落とされる事は免れるが、思ったよりも深いらしく、治りが遅い。
向こうでは弐号機が身体中に淡い光を纏い、ATフィールドにより重力を遮断して宙に舞い上がる!
『消えろぉぉぉぉぉおぉぉぉ!』
攻撃地点は四号機を中心とした場所。
そこに自らのATフィールドに重力場を発生させ……
「やばいっ!」
剣を構え直し、それを防ぐ為に意識を集中させる。
横から繰り出された四本の剣が四号機を串刺すが、僅かに捻った身体の為に急所は僅かに免れる。
強力な強制重力波発生による過重攻撃に一寸押されるも、ATフィールドの中和展開により崩落を防ごうとする量産機に、青眼に構えた長剣に意識を集中させるトウジ。
重力場が徐々にジオフロントの土砂の大地を穿ってゆく…
数瞬の後、反作用により物質崩壊を引き起こす重力場達、徐々に大きくなっていくクレーター、舞い上がる石塊や砂塵が物質崩壊の作用で光と化していく…
光の粒の舞うその様は幻想的で、美しく…見る者達の目を奪う…
…光の消えたその後に、クレーターの底に居るのは、剣を杖とし片膝をついた四号機、内蔵電源をほぼ使い果たし地に倒れ伏した弐号機、片腕の九号機は斬られた方の腕を下にして倒れている、片足の無い拾弐号機は不可解な色の血を吐いて倒れている、活動を停止したのだろうか? 否、現在自己修復中なのだ。
過重力波により胸骨の折れたらしい拾号機、両の足を地中にめりこませながら立ち尽くす拾壱号機、逃げようとして足だけが砕けた拾参号機。赤紫の血溜りにいずれの量産機も己の身体を沈めている。
それがクレーターの中の光景だった。
まだ死んだ機体は無い。それでも一時の戦闘力を奪うには十分過ぎる攻撃だ。クレーターの中のどの機体も、暫くは行動不能なのだろうから。
だが、クレーター内部に居ない機体も在るのだ。四体の量産機が。
ゆっくりとその周辺に集まってくる残り四体の量産機。
「がぁ!」
口から血が滴り落ち、電化されたLCLをすり抜けて義足を赤く染める。
「っくしょう。洒落にならんな…」
回りを囲む四体のEVAを見上げ、ぼやく。
「…まいったな」
相手は無傷。こちらは細かい傷があちこちにある。
SS機関がフル回転で体内エネルギーを消費しながら自己を修復しているが、追い付かない。
エネルギーが回復に回されてるせいか、回りを囲んでいるATフィールドの防壁がさらに弱まったのが解る。…今攻撃されたらひとたまりもない。
幸いにして回りの五機の量産機も弐号機も、現在は攻撃行動を出来るほどの稼働は不可能であろう。なら、目の前の四機に集中すれば…
「勝機は、ゼロやない」
ゆっくりと四号機の巨体を立ち上がらせ、再び剣を構え直す。
剣が光を取り戻し、比例して傷の回復速度が目に見えて遅くなり、加えてATフィールドの防壁が完全に無くなる。
ちらりと目を走らせて弐号機のプラグ内を写したモニタを見る。
気絶している。
苦悶の表情のままに、ただ目を閉じてゆっくりと呼吸して…
「やるしかない、か…」
初号機のプラグには誰も居ない。
シンジはEVAにはまだ乗っていない。
量産機の連中には変わりはない。気絶もしていない、だが焦った様子もない。ただ目を見開いて耳を澄まして回りの様子を伺い、機械的に手を動かして外敵を撃退する「外界からの刺激に反応するだけのの疑似思考機械」それがダミープラグ。
他人に言われるままに動いてる人間と、ひょっとしたら何の変わりもないのかもしれないな……
「…いくか」
下に向けた切っ先を地面すれすれになるよう剣を構える。
徐々に気が高まり、それに応じて身体がゆっくりと地面に倒れ込むように体重移動をしていく…
「……………………ハァッ!」
駆け出す。
土煙と風が四号機の巨体と共に動く。
一瞬後、四号機は量産機のまっただ中にて、戦闘を開始している。
それを見守るのは天空の月
淡く、いやいつもでは考えられないほどの輝きを放って、そこに真円を描きながら浮かんでいる。
発令所の面々も気付いていない、トウジもアスカも、もちろんシンジも。
その月の輝きに呼応するように、紅い血の色をした「影の月」が空に姿を表し始めたことを。
ギイィィィィン!!
突然響いた耳に触る音が発令所の時を再び流す。
四号機と量産機の死闘が依然続いているのだ。しかも今は一対九、完全に再生を終えた量産機達と弐号機を守りながら戦う四号機。明らかに四号機のほうが不利である。
徐々にその身をそがれながらも戦い続ける四号機。
突然、光の剣が火を吹き始める。
「やっぱり! まだ耐久試験もしてないのに! あれ一本で戦うなんて無茶よ!!」
思わず叫ぶ伊吹。
元来あの剣は技術課でSS機関内蔵のEVA用に、平たく言えば初号機専用の対使徒(および対SEELE)用に開発された代物であったのだ。それが参号機のコアと一緒に行方不明になっていた。参号機のコア消失の重大さに隠れて今まで全く問題にならなかったのだが、空間の狭間より取り出されたそれは紛れもなく試作の剣であった。
SS機関の余剰出力を利用して創り出す「生命場」と「存在」の刃。もし完成し実用化できれば、初号機はロンギヌスの槍=聖槍に匹敵する聖剣を手にすることになっていた。だが、未だそれは試作段階で使用に耐える段階か否かも分かっていなかったのだ。
長時間の戦闘。
ほんの数十分の戦闘であろうと、一度も実験されたことすらないそれを使って四号機はよく戦っている方である。例えSS機関とPRODUCTION MODEL最強の仕様があったとしても、不慣れなパイロットにしては。
「技術部謹製のATフィールドの剣とSEELEのレプリカではいささか部が悪い、ということか…」
恐ろしい事を呟く冬月の言葉には、誰も反応している暇はない。
どちらに付くべきか、どちらの味方を援護をしたらいいのか、分からないのだ。
本部に侵攻してきたとしか思えない量産機、パターン青を示しながらも弐号機を庇って戦い続ける四号機とフォースチルドレン。
「伊吹二尉」
「っは、はい!」
「剣はあれ一本だけかね?」
「え?」
予想外の言葉。当然試作品だけで実用化には程遠い為…
「あれ一本だけなのかね?」
「は・はい」
「そうか」
言ったきり黙りこくる。
何かを思案するような顔、回りを彩る警報器の音はパターン青の輝きを三点…いや、四号機・LILITHとその胎内のそれ・第拾七使徒の四つか。
「日向二尉」
「ぅ・はい」
溶けかけた顔が苦しいのか、苦悶の表情を浮かべながら辛うじて答える。
「ジオフロント内にある残存兵力はどれくらいかね」
真意を測りかねるような好々爺然とした表情、感情を読み取らせないいつもの表情。
謎めいた老人。
「ミサイル兵器等は殆どが残っていますが……どちらの味方をするのですか?」
もっともな疑問、量産機はEVAだ、こちらの味方とも考え…にくいがその可能性は限り無く近くともZEROではない。対して四号機はパターン青を示している、いくらパイロットが搭乗して操縦していようとも使徒である可能性はこちらもZEROではないが…以前のような、第拾参使徒の時のような事はもう御免だ。
「そのくらい、自分で決めたまえ」
「「え?」」
「は?」
ちなみに上の二重括弧は日向と伊吹、最後のは青葉の声。きっかりぴったりハモってたりする。
「いつまでも他人に頼ったままだから、こんな事が起こるのだ」
既に左腕が殆ど無くなり、失血の為に意識が朦朧として来ている。身体を動かすことすらも容易ではなくぐったりとしている。
霞がかかり始めた視界、死期が確実に近づいて来ていることがはっきり分かる。
「………………シンジ」
ゆっくりと息子の名前を呼ぶ。
自分の存在に脅える息子、恐れ憎んでいるのだろうか? 仕方あるまい、自分が他人に愛されるはずなどないのだ、唯一人ユイだけが自分を「愛している」と言ってくれた、その彼女が消えたとき取り戻そうと躍起になっていた時、放って置かれた息子がどれほど傷付いて居たか考えることすらできなかった、彼女を取り戻すことに必死だった。そして彼女を取り戻すことに失敗したその時…途端に息子が怖くなった。
息子は私を憎むかもしれない、避けるかもしれない、母はどこかと泣きながら聞くのかも知れない。……怖かった。
他人であり他人でない肉親にこれ以上嫌われるのは怖かった。
だから自ら距離を置くことにした。そうすれば憎まれても嫌われても、直接その感情を見ることはないのだから。避けることが出来れば嫌われていようとも……辛くない。
妻と息子はある意味私にとっては同義であった。色彩を世界に与えてくれる、私を必要としてくれる数少ない存在……それから私は逃げ出したのだ。
「シンジ」
何か言わなければ、使者を攻めることよりもなれなかった父親として、息子に何かを言わなければ…義務感ではない、自分に対する焦燥感。
息子を傷付けるのが怖かった。一緒にいれば傷付けると分かっていたから…遠ざけることにした。会わなければ息子を傷付ける事もない、そう考えたから。
眼鏡がさっき倒れた時に落ちたようだ、脅えた息子の顔。眼鏡越しではない、素のままの息子の顔、こうして息子の顔を見るなんて…何年振りだろうか?
第三新東京市
悪夢の集う都市、魔窟にして「臆病者達の楽園」…臆病者か、これ以上私に相応しい言葉はないな。
息子を恐れた、自分自身の存在に恐れた…色彩を欠いた世界を恐れ逃げ込んだ。
「……シンジ」
「…シ・ン・ジ…?」
私の身体を貪っていたユイ呟きながら顔を上げる。
血に染まったその顔も美しかった。記憶の中に残る微笑みとは違う、狂気に染まったその微笑み…やっと分かった、あの孤独な世界の中で執着だけが残ったんだということに…やっと彼女の孤独に気付いてやれた。
永遠に続く孤独、そして眠り続ける「彼女」…それと同化していたユイ。
そこは「この世の果て」世界の始まりであり、終わりを指す言葉でもある。総ての人の記憶と想いの集う所……永遠に続く孤独と、いつ果てるともない喧騒に満たされ続ける場所。人は決してその中では自我を保てない。
ゆっくりと息子に向かい手を差し出すユイ。シンジの存在を求めるように……
「ひとつになりたい」?
違う、彼女は言ったではないか、「誤解し合っても、解り合えなくても良いじゃないですか。だって私達はそうやって生きている事に意味があるんですよ。生きていればきっと、解り合える日も誤解の解ける日も来ますよ」そう言った。「一人の人間として生きているから価値がある」と。
しかし…
「やっと解ったみたいだね」
使徒が微笑みかける。
「彼女の孤独と…渇望していることに」
永遠に続く孤独を癒す事はできない、砂漠を再び緑溢れる大地にするには膨大な量の水と労力を必要とするのだ。
「自分以外の存在を確かめて、それでも足りない充足感を満たすために……」
男と女が肌を重ねるのは存在と愛を確認するため…そしてある種究極とも言える愛情表現の形は……
「! ユイ!」
立ち上がろうとするユイを何とか右手で捕まえる事に成功する。
でも力が入らない。血が足りないのだ、命が溢れ出過ぎたのだ、もう命の火が消えるのも時間の問題だ。
「ユイ………」
腕の中で息子の姿を求めてあがく妻の顔…渇望、執着…こんなにも変わってしまえるのか?
私はシンジに何をしてやれたのだろうか?
父親になることは出来なかった、私も父とはどんなものか知らぬのだ。母親を演じるユイと共に居ることでなんとか果たしていたその役割も、あの日を境に出来なくなった。
流れ出る血、朦朧としてくる頭の中…死期が近い。それも良いだろう。
だから、せめて今ここで出来ることは………
殆ど機能しなくなった左腕、それを気力だけで動かしてユイを強く強く抱きしめる。
「すまん、ユイ」
右腕は床をまさぐり、指先に届いた感触に思わず歓喜する。
「シンジ………」
ゆっくりとそれを右手に握り込み、ユイの狂気のような瞳と共にシンジを見据える。
私の言葉に反応して、ゆっくりと見つめ返してくる…そういえば、こうやって視線を交わすことすら殆どなかったんだな。
「結局逃げ続けていたのは、俺の方だったようだな」
「え?!」
「父親として、何も出来なかった。お前を、自分が傷付くのが怖いんだよ」
「…………」
見つめ合う親と子、静かに見守る初号機と最後の使徒。
「ユイは、自分たちの生きた証を残そうとした…それがこの結果だ」
「………」
「神など居ない。結局は人間の敵は人間以外には居ないのだからな。俺達は居ない筈の神に抗い続けた」
崩れ落ちそうな意識と身体。それでもなんとかその姿勢を保つ。
「レイを元の場所に戻してやれ、月へ向かえ、術はそいつが知っている。お前が15年前に狂ってしまった世界の修正を行うんだ、初号機パイロット碇シンジ」
「………父さん」
「これが、NERV司令としての最後の命令だ…いいな?」
苦しい、今にも吐血して倒れそうだ。
「……………ハイ」
どこか影のある顔で、辛うじて答える。これが最後だ
「すまんな、シンジ」
これが父としてかけてやれる最後の言葉。
「お前は生きていてくれ」
ユイを抱えながらゆっくりと後ずさり、てすりにもたれかかる。右手の拳銃をゆっくりと握りしめる、できる、きっとできる。
「お前が私の生きた証だ」
これでいい
「ユイ、もうお前を一人にはしない」
銃口を彼女の後頭部に押し当てながら、口付ける……
「父さん!」
「………ユイ」
終わりだ
銃声
LCLの海に没する父と母。
母の後頭部に向けて発射された弾丸が、父の頭蓋をも撃ち抜いたのが見えた…父の顔がひどく満ち足りていたように見えた。
「お前が私の生きた証だ」
生きた証?
生きていた理由?
「……………父さん?」
どうして、また僕を一人にするの?
「すまんな、シンジ」………どうして……
「お前は生きていてくれ」………なんで僕だけが
「お前が私の生きた証だ」………父さんが「この世」に残したたった一つの足跡。
だからどうだって言うんだよ!
結局僕を一人にして……父さんは僕がいらないんだろ?
「違うよ」
気がつくとそこに彼が居る。
渚カヲル……カヲル君。
「彼にとって君は何者にも代え難い存在だったんだ、誰にも愛されるはずがない…彼自身がそう思っていたんだからね」
ゆっくりと近づいてきて、僕の手を取る…ミサトさんの残骸にまみれたその手を…
「だからね、君に嫌われるのが怖かっただけなんだよ」
「嫌う? 僕が?」
取った手を目の高さにまで持ち上げて……
「君もそうなんだろ?」
そうだ、僕も父さんに嫌われるのが怖かった……父さんもそうだったの?
!
「だから、君も彼もあんなに不器用な付き合い方しか出来なかったんだよ」
僕の手に口付けるカヲル君。
手に付いたミサトさんの残骸に、僕の手に愛しそうに頬ずり、それを舌に絡め取る。
ひどく淫猥な光景…でも、彼は美しかった。
「どうするんだい?」
「え?」
視線だけをこちらに向けて、試すように問う。
「お父さんの最後の命令」
「レイを元の場所に戻してやれ、月へ向かえ、術はそいつが知っている」
綾波を? でも綾波は…
「綾波は居ないじゃないか……」
綾波と呼ばれた身体は死んでしまったじゃないか。
「どうやればいいんだ?」
「大丈夫だよ」
どこから出てくる自信なのか、何も心配はない、そう言っているような彼の瞳に少しだけ安堵感を求めるのは間違いだろうか?
「カヲル君?」
「君のお母さんの魂は初号機の中に居て、そこから綾波レイの身体に移った。なら…綾波レイの魂がどこに行ったか、解るね」
言葉に弾かれる様に初号機を見上げる。
「? ………綾波?」
「そう、今の彼女は「綾波レイ」と呼ばれた総ての者の記憶を持ち、人々の総ての記憶を持ち、そしてEVA初号機の器を持つ…この世界その物だ」
初号機がこちらに向かって手を差しのべる。
「綾波レイ」と呼ばれた総ての者の記憶を持つ?
三人目ではなく、彼女は「綾波レイ」なのか?
「僕はどうすればいいんだ?」
その言葉は彼らに向けたものではなく、どちらかと言えば自分に向けられたもの。
「初号機に乗るんだ、先ずは彼らを助けなくっちゃ」
意にかいさず、いや解っていながらか、そのままに答える。
「彼ら?」
「そう、君の為に戦ってる彼と自分を見失ってしまった彼女をね」
『ごめん、ちょっと急いでくれるかな?』
二人の間に割って入る声、不快ではないが少し残念な気がする。
『上がもう保たない、急がないと……』
珍しく焦ったような声、こんな声は聞いたことが無い。
『……急ぎましょう』
少し冷や汗が浮いたような表情で共に促す綾波、普段では見られない程に青ざめた顔をしている。
「でも、どうやって?」
外に出るんだ? 月へ行くんだ?
『大丈夫、私がやるから…』
幻のような少女はそう言って健気に微笑みかえす。
『シンジ君』
精神を集中させ始めたレイ、その邪魔にならない程度の声でカヲルが話しかけてくる。
『言っておかなきゃならないことがある』
「何を?」
以前のセントラルドグマでの会話を思い出し、僅かに身を硬くする。
『これを……』
そう言うカヲルの言葉と共に、淡い光に包まれ降りてくるエントリープラグ。表面に書かれた文字は……KAWORU。
『壊して欲しいんだ』
「さあ、僕を消してくれ」
「止めろぉぉぉぉおおおおお!!」
『パイロットの生存を確認』
悪夢が再び戻ってくる、あのときの感触が忘れられない。
『これが僕を縛り付ける、10の鎖の一つ』
無数の綾波レイ、ダミープラグの元。
『僕には砕けない、それだけは出来ない』
自ら己の縛を断ち切る事は出来ない。それが自分に定められた制約。
『だから…頼む』
神妙な顔、そう彼は常に自由を欲していた。
ADAMに向かった時も、殺されたいと願った時も、それは総て己の自由の為ではなかったか?
肉体に縛られた仮染めの生を生きるよりも、肉体から解き放たれた自由な存在であることを望む、それが彼の生き方生き様。
「……………」
黙ったまま、そのダミープラグを掴む初号機。
「……あとの九つは?」
『……僕等の敵だ』
ミシミシと音を立ててゆっくり割れ始める。
まだ躊躇がある、でも…
「………くっ!」
音を立てて砕け散るダミープラグ、血に染まる手。
『……………ありがとう』
その言葉が遥か遠くで聞こえたような気がする。
暖かいレイの温もりだけが、現実のような錯覚を一瞬感じる。
『……碇君』
強く抱きしめるシンジの手、それに触れるレイの手の暖かさを感じる。
コクリ
ゆっくりと頷く少女。
『……………』
それをただ静かに眺めていた、七つの瞳・紅い瞳。
磔の巨人に視線を転じたカヲル。
『……こちらが先か…』
諦めではない、驚きでもない、ただ淡々と結果を延べているだけである。
「何が…!」
蠢く胎内のもの、その指がズブリと巨人の腹を割って出てくる…
『15年前に生まれ、封じられた悪夢』
「それ」がその顔をさらけ出す。邪悪な正に悪夢のようなその姿、半ば溶けかけたその身体、その存在と共に世界の崩壊が始まる。
『見るんだ、狂った魂の悪夢の再び産れる様を』
引きちぎられた腹をすり抜けて、紅い海に落ちる胎児…悪夢。
存在が溶け始めるLILITH、ドロドロと海に落ちていく。紅い十字架だけをそこに残して……いや、そこには一つの紅の球が浮いている。
『LILITHは浄化された…ADAMは再び産れ落ちる』
手の中の白い卵を愛しそうに撫でる。
『行くよ』
『………』
「どこへ?」
ずるりと紅い海から現れる手、あくまで微笑み続けるカヲル、光の球をその手にとる。
『とりあえずは、地上に』
「シンジ?!」
空間の割れた音にはっと我にかえる。同時に消え失せる背中の光の翼。
おかしい、この剣を振るってる間の記憶が曖昧…いや、戦ってるのは解ったが自分を押さえられなかっただけだ。
5体の量産機が地に倒れているが…やはり修復を始めている。とどめを刺さなければならないのだろうか?
「渚ぁ!」
叫びながら一体に斬りかかるが…スキが大き過ぎた為か、後ろから切りつけられ…
「おまたせ」
その一撃はその名を呼ばれた彼のATフィールドにて止められる。
「二人を連れてきた、あとは鎖を断ち切るだけで…全部終わるよ」
「…応」
モニタに目を移し、シンジの姿を…裸のレイを抱く格好になってる…
「シンジ…綾波」
嬉しさから、生きていてくれた事への感謝から、名前を呼ぶだけであとは言葉にならない。
『トウジ? …なんで!』
驚きと困惑、悲しみと恐れ、許されていないかもしれないと恐れる。
「なんでって…お前を助けに来たに決まっとるやろ」
いつもの調子でそれだけを返す。
「そういうこと」
あいの手は空中に浮かんだ非常識な少年から。
「とりあえず、こいつ等全部「殺す」ぞ!!」
言い捨てて振り被った剣を一体の量産機に投げつける、くるくると回ったそれは見事なまでの兜割りを見せる、露出するコアとプラグ。
「よっしゃぁぁぁぁあああ!」
投げたと同時に走りだし、ATフィールドと共に抜き手をコアに叩き込む。
ミシリ
嫌な音と共にめりこむ手、そのままATフィールドが崩壊作用を起こし、コアの向こう側のダミープラグをも粉砕し始める。
「まずは一体!」
一声吠えて、流れるような体勢で剣を抜き放つ、そのまま……
『ぎゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああ!!』
叫び声、不意に上がったそれに思わず動きを止めるチルドレン。
叫びの主は……
『アスカ!』
「惣流!」
弐号機を大地に縫い止めていた剣が弐号機と融合始めている。思わず手に持った同形の剣を投げ捨てるトウジ。
「オイコラ渚! 何がどうなっとるんじゃ!」
『カヲル君!?』
「まずいな……綾波レイ、君ならわかるね?」
EVA−01のモニタで彼女が頷くのがはっきり見えた、だが彼女の目は…本部? 何があそこに在るというんだ?
『どういうことさ、綾波?』
一糸纏わぬ姿の彼女を抱きかかえながら、赤面もせずに問いかけるシンジ。
困惑の色がありありと見える。
『ADAMが、来る』
………は?
意味がよく解らなかったが。シンジ達にはそれで十分だったらしい。
「くっ、早すぎる!」
『どうすればいいのさ?』
今度の問いは渚に対するもの、渚は…焦りは在るが、それは危機とかそういった種類ではなく気遣うような…惣流?
『が・あぁあが・ぁがぁぁぁぁあああぁ!!』
青い瞳は狂気の光を放つ、身体に融合した剣を中途に残して、まるで翼のように…四対の翼を背に纏う紅の天使…
「まずい! 彼女は僕が食い止める! 鈴原君は量産機を! シンジ君、君は槍を!」
言い切らぬ内に復活、突進してきた弐号機と奴のATフィールドが互いに衝突しあう、現在の力はほぼ互角!
こちらもいきなり生き返ったような勢いの量産機達とも戦いが始まる、もうあの剣は使えない、付属のプログレッィヴナイフだけが唯一の頼り、だが相手に武器が無いことを考えるなら、部は悪くない筈。
「しゃあない! シンジ、頼んだで!」
言い切って走り出す。
「うぉおぉおぉぉぉぉおおおおお!!」
グォォォォォオオオオ!!
初号機が吠える。
弐号機が、四号機が、量産機が、コアを抉られ倒れた筈のそれでさえ、初号機の声に呼応して吠える。
十二体のEVAの声が世界を振るわせる………
そして、悪夢が地上にその顔を覗かせた。
天空の輝く月に向かって手を伸ばす、感覚器官が異常な迄に研ぎ澄まされているのがわかる、自分の身体に異変が起こっているのが分かる、そんなことは今はどうでも良かった、背中を破って漏れ出始めた力は、その感覚を天空に伸ばし今にも届きそうに……
ア”アアァアアアアァァァァァァァ”!!
ADAMが吠える、何かを求める様に。
現出した悪夢と目が合う、見える…あの中に取り込まれた魂達の欠けた想いが、見える…だから今……
『……行きます』
「うん」
総ての力を開放する!!
「あああああぁぁぁああぁぁっぁぁぁぁ!!」
叫び声と共に浮び上がる身体、裂けるような痛みが背中を刺す、現出したのは…6対の光の翼!!
天空に駆け上がる初号機を追うように手を差し上げるADAM、掴んだ!!
グアアアァァァァァアアァアァアァ!!
この世を呪うような声が響く、断末魔の叫びはそのまま下へ下へと消えていく……
天空に駆け昇る初号機とは対象的に、地球の中心部へ突き進み……
『……行きましょう』
一路月を目指して舞い上がるEVA初号機、限り無く光速に近づきながら加速していく、どこまでもどこまでも……
地上に残ったEVAとの映像回線が総て途絶える、気がつくと目の前には…光輝く月が見えた。影の月はこの位置からは見えない……
月を見上げる、そこにいる自分の友の姿は見えなくとも…
「シンジ…帰ってこいや」
(終劇)
エンディングテーマ:「心よ原始に戻れ」
管理人(その他)のコメント
カヲル「おめでとう、おめでとう、ぱちぱちぱちぱち」
アスカ「どこがおめでとうよ!!」
どかっばきっ!
アスカ「あのバカシンジはアタシを置いてファーストと月なんか行っちゃうし!!」
カヲル「逃げられたんだね」
アスカ「うるさいっ!!」
ごしゃっ!
カヲル「うう、痛い・・・・」
アスカ「アンタ、一度死んでるんだからそんなのかゆくもないんじゃないの?」
カヲル「そんな・・・・しくしくしく」
アスカ「っというか、なんかこの作品でもアタシがマッドでヘルな女になってるじゃないの!!」
カヲル「僕は言い役柄をもらえたよ」
トウジ「ワイもや〜妹が死んでもうたんは悲しいけどなぁ〜」
カヲル「彼女の魂を君は救ってあげたんだよ。それで、よしとするしかないじゃないか」
トウジ「そやな・・・・そうかもしれんなぁ・・・・」
アスカ「何二人で納得しているのよ!!」
カヲル「だって、僕たちは親友じゃないか」
トウジ「・・・・親友っちゅう言葉にいまいち納得いかへんが・・・・」
カヲル「ああ、ひどい!! 互いの血の暖かさを感じあった仲なのに・・・・」
ごすっ!
トウジ「ご、誤解を招くような言いかたするんやない!!」
アスカ「どっちもどっちね・・・ふう」
カヲル「そ、それはともかく・・・・BLEADさん。完結、おめでとうございます。ご苦労様でした!!」
アスカ「いまいち釈然としないけど、まあ、いいわ」
トウジ「かき上げた根性は認めてやりぃや」
アスカ「どっかの逃げた作者にも見習って欲しいわよ」