NEON
GENESIS

EVANGELION
CHILOHOOD’s END


EPISOD:26
     A girl who chants love
            at the bound of this world.


 

 世界を変えたかった。
 誰が支配するのでもない、誰に支配されるのでもない。
 自由な自分、自由な他人達。
 それが望みだった。
 

 ある時知った。
 ここは夢の中なのだと。
 夢の中の世界なのなら、誰かが目を覚ました時、この世界はどうなるんだ?
 我々の心はどうなるんだ?
 

 ある時、一人の女性と出会った。
 まだ少女と言える年齢だったが、紛れもなく彼女は一人の女性と呼べる存在だった。
 夢の中の世界に何の価値も無くしていた頃だった。
 彼女がこの世界に、私に新たな価値を与えた。
 だから、世界を変えたいと願った。
 

セカンド・インパクト
 

 自称、世界の支配者達の起こしたカタストロフィ
 「第一次人類補完計画」は、葛城教授との思惑の違いにより、失敗する。
 XENONという「端末」の存在。
 あれはなにか?
 

 俄に大きくなってくる「その者」の存在。
 実在するのかは、確かではない。
 だが、セカンドインパクトと、人間という存在に深く関わってくる。
 その程度は解る。
 だが、誰もその存在を証明し得ない。
 証明出来ない存在は、実在しないのだ。科学の世界においては…
 唯一の手掛かりは、南極に残っていた巨人の遺体と、遺伝子のかけら、血の色をした槍、あとはあのXENONと呼ばれる「箱」だけだった…
 

 「この世の果てで夢を見続ける少女」
 ユイは証明してしまった。「彼女」の実在を。
 そして、彼女は消えてしまった。
 彼女の遺伝子情報を用いてのサルベージ計画。順調に進んでるかに見えた計画の後、現れたのは彼女ではなく「彼女」の心だった。
 それは、夢の世界を証明することと同義であり、同時に絶望の計画をも現実のものとする。
 

 原罪にまみれた人間は還る以外に道はないのだろうか?
 支配者どもは、支配することしか考えていない。
 その他の者は、偽りの自由のみを、支配者に与えられる家畜の自由を欲する。
 …何故これ程滅びに満ちた世界がある?
 彼女の居ない世界は、色あせた只の虚像に見えた。
 私にとって、彼女はこの世界の色彩そのものだった。
 失って、その重さを改めて感じる。
 

 色彩を欠いた夢。
 その中で次第に薄れていく自分。
 存在する証明が欲しかった。
 「彼女」の実在の証明と引き換えに失われてしまった、自分自身の存在を。
 夢の中の世界では駄目なのだ。
 虚ろな自分ではなく、確実な証明が欲しい。
 世界が、己が在るという確かな証明が欲しいのだ。
 

 死海文書に記された使徒の存在。
 人類補完計画。
 夢が覚める時、自分が在るかどうか、それが知りたかった。
 だから使徒を総て滅っする必要が在った。
 使徒だけがこの計画発動時に介入可能なのだ。
 「彼女」から生まれた単一の、一人児ではないその魂だけが、その計画に介入し得る力を持つのだ。
 だからEVAを、他の総ての人間を使い、それを殺すことをした。
 「彼女」の望みも知った。だが証明の為にそれを許すことは出来なかった。
 それを行えば彼女をこの手に取り戻すことが出来るのを解っていても。
 己の望みの為に「彼女」の存在と力が必要だったから。
 

 そして、時は来た…………筈だった。
 

 西暦2015年
 計画はまたも失敗した。
 私は自分の存在の証明に失敗したのだ。
 だから、せめて彼女に会いたかった。
 もう一度だけ、彼女の存在を確かめたかった。
 だから………取り戻した。
 


 目の前に居るのは、ほんの数分前まで「綾波レイ」と名付けられていた筈の存在。
 今は髪の色さえかわり、その「器」にある心さえも違う。
「母さん?」
 細い呟きは彼女の耳には届かない。
 目の前の父と抱き合い、静かに、ただ微笑む。
 静かに佇む初号機、磔られた異形の白い巨人。胎内で蠢く何か。
 異様な背景で抱き合う二人だけが、妙に現実的で…母に似た少女は、母の心をその身に宿し、そこにいるのだろうか?
「……………………父さん」
 少女に抱かれた父。
 ある種、異様な光景。不意に……………
「…………………………………………………ァ…」
 少女が顔を上げる。
 いとおしそうに、優しく微笑みながら、子供をあやすように父の頭を撫でる少女。満ち足りた表情? いや、乾いた砂漠は決して満ちることはない。
 ただ父だけを見つめ、優しく、それでも満たされることが無いように、貪欲…と言う言葉が当てはまるのだろうか? ただ、ただ、愛おしそうに彼の身体に触れ、渇きを…孤独を癒そうとする少女。
 …それでも、まだ足りない。
「ユイ?」
 不審に思ったのか、少し顔を上げて少女の顔を覗き込む父。
 対する少女もつられて父の顔を見…何か捜していた物をやっと見つけたような顔をする。
 何かを渇望するような瞳。
「ァ…」
 うまく言葉を発する事ができないのか、もどかしそうに、それでも何かを言おうとする。
 対する父も、耳を近づけて必死に聞き取ろうとする。
 その父の態度に歓喜に満ちた表情をする少女。
 ゆっくりと顔を近づけ…そうして
 喰らいつく

 

 

 量産機と弐号機に挟まれた形の四号機。
「どうする?」
 11体のEVANGELIONが、間合いを計り、攻め方を考えてピクリとも動けないで居る。
 一枚の絵画を、神話絵巻を見るようなその光景。
 だがそれは現実に起こってることなのだ。9体の蛇の様な白い巨人は既にその翼を身体の中にしまいこみ、紅の巨人はただ他の存在を睨む。
 そして光の剣を持った黒い巨人は、その二つに挟まれた格好になり、油断無く回りに気を配り、間合いを取り兼ねている。焦燥と、やるせなさが心に満ちる。
 均衡を崩したのは、笑い声だった。
『……………ククッ…』
 トウジにとっては、聞き覚えのあるその声は、彼の知らないくらいの狂気に満々ていた。怒りに満ちていた。
『EVAがなによ…あんた達なんて、存在する価値もないのよ!』
 吐かれる呪いのごとき言葉、呼応するように踊りかかる量産機達。
『あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
 弐号機の腕に付けられたブレィドが微かに光を放つ。
「ちぃ!」
 構えた剣を振るう為に重心を前に移動し、突進の体勢を取る四号機。
『はぁぁぁぁ!!』

グヴゥゥヴォオン!

「何?!」
 振るわれた弐号機の腕より飛び出たのは可視可能なレヴェルのATフィールドの刃!
 何とか寸前で剣を用い受けとめた四号機と、こちらも剣の補助を用いて防ぐ量産機。ATフィールドの刃はそれらにかわされながらも、量産機の体表を浅く斬り裂き、そのまま森の木々を薙倒していく。
 そのままの体勢から天を駆け、剣を振るい弐号機に襲いかかる4体の量産機。
 その剣をATフィールドで防ぎながら、抜きはなったプログレッシヴ・ナイフで斬りかかるも如何せんリーチが違う。
『ア”アァァァァァァァ!』
 叫びと共に又も強化される弐号機のATフィールド。
 それに体表を斬り裂かれながら吹っ飛ぶ量産機達。もっともその傷は致命傷には程遠いが、ダメージを与えていない訳ではない。それよりも、斬り裂かれ崩れていく地表の木々と建物。
 圧倒的な彼女の外界への拒絶が崩壊を外界へ産み出している。

ギイィン!

 金属を擦り合わせるような、耳に触る音を立ててぶつかり合う断罪の剣と光の剣。
 淡く光る断罪の剣と、光その物の剣では力が違うのか、徐々に断罪の剣が削れて行くのだが、数が違い過ぎる。
「くそっ!」
 回りから繰り出される剣を何とか避けようとする。が、一度に五本の剣を避けられる筈もなく…
 光の剣により弾かれた剣が二本、さらに二本の剣を掻い潜り、最後の一本の刃にその身を捕らえられる。
「ぐぁ!」
 抉られる腹部、瞬時にSS機関がフル回転して傷を癒すも、続く第二波が次々と襲いかかり、一撃二撃と確実に四号機の身を削り落としていく。
 使い慣れない長剣を苦心しながら操り、それでも何とか戦い続ける。剣に力を取られて防御用のATフィールドの出力が安定しない。
 繰り出した剣が相手の剣を掻い潜り、ATフィールドを易々と斬り裂き、九号機の腕を斬り落とす。続いて腕に衝撃を感じるもATフィールドによる高周振動波が発生する寸前にそれをかわし、返す刀でその拾弐号機の足を斬り落とす。
『ア”ア”アアアアアァァァァァッァアッァァァァァ!!』
 やおらスピーカーより聞こえ来るのは叫び声。
「惣流!」
 よそ見をしてる間に腕を斬りつけられた。なんとか斬り落とされる事は免れるが、思ったよりも深いらしく、治りが遅い。
 向こうでは弐号機が身体中に淡い光を纏い、ATフィールドにより重力を遮断して宙に舞い上がる!
『消えろぉぉぉぉぉおぉぉぉ!』
 攻撃地点は四号機を中心とした場所。
 そこに自らのATフィールドに重力場を発生させ……
「やばいっ!」
 剣を構え直し、それを防ぐ為に意識を集中させる。
 横から繰り出された四本の剣が四号機を串刺すが、僅かに捻った身体の為に急所は僅かに免れる。
 強力な強制重力波発生による過重攻撃に一寸押されるも、ATフィールドの中和展開により崩落を防ごうとする量産機に、青眼に構えた長剣に意識を集中させるトウジ。
 重力場が徐々にジオフロントの土砂の大地を穿ってゆく…
 数瞬の後、反作用により物質崩壊を引き起こす重力場達、徐々に大きくなっていくクレーター、舞い上がる石塊や砂塵が物質崩壊の作用で光と化していく…
 光の粒の舞うその様は幻想的で、美しく…見る者達の目を奪う…
 …光の消えたその後に、クレーターの底に居るのは、剣を杖とし片膝をついた四号機、内蔵電源をほぼ使い果たし地に倒れ伏した弐号機、片腕の九号機は斬られた方の腕を下にして倒れている、片足の無い拾弐号機は不可解な色の血を吐いて倒れている、活動を停止したのだろうか? 否、現在自己修復中なのだ。
 過重力波により胸骨の折れたらしい拾号機、両の足を地中にめりこませながら立ち尽くす拾壱号機、逃げようとして足だけが砕けた拾参号機。赤紫の血溜りにいずれの量産機も己の身体を沈めている。
 それがクレーターの中の光景だった。
 まだ死んだ機体は無い。それでも一時の戦闘力を奪うには十分過ぎる攻撃だ。クレーターの中のどの機体も、暫くは行動不能なのだろうから。
 だが、クレーター内部に居ない機体も在るのだ。四体の量産機が。
 ゆっくりとその周辺に集まってくる残り四体の量産機。
「がぁ!」
 口から血が滴り落ち、電化されたLCLをすり抜けて義足を赤く染める。
「っくしょう。洒落にならんな…」
 回りを囲む四体のEVAを見上げ、ぼやく。
「…まいったな」
 相手は無傷。こちらは細かい傷があちこちにある。
 SS機関がフル回転で体内エネルギーを消費しながら自己を修復しているが、追い付かない。
 エネルギーが回復に回されてるせいか、回りを囲んでいるATフィールドの防壁がさらに弱まったのが解る。…今攻撃されたらひとたまりもない。
 幸いにして回りの五機の量産機も弐号機も、現在は攻撃行動を出来るほどの稼働は不可能であろう。なら、目の前の四機に集中すれば…
「勝機は、ゼロやない」
 ゆっくりと四号機の巨体を立ち上がらせ、再び剣を構え直す。
 剣が光を取り戻し、比例して傷の回復速度が目に見えて遅くなり、加えてATフィールドの防壁が完全に無くなる。
 ちらりと目を走らせて弐号機のプラグ内を写したモニタを見る。
 気絶している。
 苦悶の表情のままに、ただ目を閉じてゆっくりと呼吸して…
「やるしかない、か…」
 初号機のプラグには誰も居ない。
 シンジはEVAにはまだ乗っていない。
 量産機の連中には変わりはない。気絶もしていない、だが焦った様子もない。ただ目を見開いて耳を澄まして回りの様子を伺い、機械的に手を動かして外敵を撃退する「外界からの刺激に反応するだけのの疑似思考機械」それがダミープラグ。
 他人に言われるままに動いてる人間と、ひょっとしたら何の変わりもないのかもしれないな……
「…いくか」
 下に向けた切っ先を地面すれすれになるよう剣を構える。
 徐々に気が高まり、それに応じて身体がゆっくりと地面に倒れ込むように体重移動をしていく…
「……………………ハァッ!」
 駆け出す。
 土煙と風が四号機の巨体と共に動く。
 一瞬後、四号機は量産機のまっただ中にて、戦闘を開始している。

 それを見守るのは天空の月
 淡く、いやいつもでは考えられないほどの輝きを放って、そこに真円を描きながら浮かんでいる。
 発令所の面々も気付いていない、トウジもアスカも、もちろんシンジも。
 その月の輝きに呼応するように、紅い血の色をした「影の月」が空に姿を表し始めたことを。

 

 

パキッ ぐちゃっ メキ ジュ、ズズ
「ぐぁあぁ……ぐっ」
 皮を破り、骨を喰い砕き、肉を喰らい咀嚼し、血をすする音だけが響きわたる。
 ここは地獄、人が鬼と化すことも不思議ではない場所。
「…ユイ………何故だ……?」
 叫び声は上がらない、それでも耐え切れない様に呻き、息も絶え絶えにゲンドウが問う、己が妻であるはずの少女にその身を喰われながら。
 だが少女は答えない。
 歓喜の表情、それだけが彼女の顔に浮かぶ色だった。
 今ならわかる、その顔の歓喜が狂気に染まっていることは。だが何故? 何故彼女の顔は狂気に染まっているのだ?
 何が彼女に狂気を植え込んだ? なにが彼女を狂気に染めた?
「どうしてだ…ユイ…」
 彼女は問いには答えない。
 彼の身体を喰らうのに夢中で、ただそれだけが望みであるかのように。
「!! ぐっ…ぁあ!」
 遂に堪え切れずに声を上げる。
 もう左肩は見る影もない。突き出た骨と喰い契られた肉体、流れ出服を真っ赤に染め上げるのに十二分な量の血液。錆びた鉄の匂いが充満している。
 だが彼女はそれをも愛おしそうに、嬉しそうに匂いを吸い上げ、その肉と骨の感触を手で、その舌で感じながら恍惚とした表情をしている。
 それを見つめる彼らの息子は、この非現実で異常な光景に圧倒され、ただ呆然とそれを見守るしかない。そんな感じで二人を見つめている。ただその二人の絡みあい、喰らい喰らわれる様を眼球に写し、その情報を脳に流すも情報を処理できずにいる。目の前の光景を理解出来ずにいる。
 悪夢、正に目の前の光景は彼の常識と現実の範疇を遥かに超えて…いや、この第三新東京市に来てからと言うもの常識と言うものは壊れ続けてきた。だが、今回のこれは………今までと一線を画していた。
 「同族喰い」
 人族…いや知的生物最大の禁忌の筈のその行為。
 いつか見た母の面影を持っていた少女。
 自分とは違う所にいる父。
 消えてしまったはずが今そこに魂のあるという母。
「父さん!」
 叫ぶ声は空しく地獄に響き渡る。
 動かない紫の鬼、磔の白い巨人は胎内に何かを蠢かせて静かに佇んでいる。そしてその二人に見守られる様に喰われ続ける父、喰らい続ける少女の器の中の狂気の母。
「なんなんだよ? 一体!」
 もはや自分が何を言ってるのか解らない。だが…なんなんだ! 目の前のこの訳の解らない状況は!?
「「どうして……」」
「…………………ユイ」
「…………………母さん?」
「……………………………狂ったんだよ、彼女は」
 いらえは初号機の上からやってきた。
「悠久の孤独と、他人の記憶の喧騒に晒され続ければ、人間の心なんて簡単に崩壊するさ、彼女は寂しかったんだよ」
「………あ……ぁ…あ………ぁ」
「はじめまして、かな? 碇ゲンドウさん。それと、久しぶりだねシンジ君」
 淡く光を纏い、宙に浮き上がる。
「……何で君が……」
「……やはり、貴様だったか」
 呆然とするシンジと、苦痛と共に悔しげに睨みつけるゲンドウ。
 そしてその二人の視線を受けて微笑む少年は、限りない透明感を感じさせる。
 ゆっくりと舞い降りる。
「……会いたかったよ」
 シンジに向かって微笑む、初めて会った時の様に。
「…カヲル君」
「…最後の使者か」
 最後の使徒と呼ばれた少年、渚カヲルがそこにいた。
 透明な微笑みを携えて。

 

 

「弐号機活動限界です!」
「ドグマ最下層にて新たなるATフィールドの発生を二つ確認……この反応は…うそだろ! オイッ!」
 思わずコンソールを叩く。焦りの色と驚愕に彩られた顔、信じられないといった風にディスプレイを見つめる。
「この反応は…一つはパターンブルー…恐らく使徒です。もう一つは、こちらもパターンブルー、しかもこの反応は……」
 言葉を濁す青葉、思わず助けを求めるように回りを見渡す。
 だが、回りから彼に投げかけられるのはもの問いたげな視線のみ。
「不明瞭な発言は止めたまえ」
 落ち着いた冬月の声が、ゆっくりと彼を正常化していき、重苦しく口を開く。
「はい……この反応は、第拾七使徒と同じものです」
「「!!」」
 驚愕が残りの二人にも伝染し、二人の思考を徹底的に止める。
 「初号機が殲滅した筈なのに!」
 声にならない叫びが一瞬心の中を満たす。
「……そうか………」
 対象的に落ち着いた風の冬月、まさかこの事態を予測していたとでも言うのか?

ギイィィィィン!!

 突然響いた耳に触る音が発令所の時を再び流す。
 四号機と量産機の死闘が依然続いているのだ。しかも今は一対九、完全に再生を終えた量産機達と弐号機を守りながら戦う四号機。明らかに四号機のほうが不利である。
 徐々にその身をそがれながらも戦い続ける四号機。
 突然、光の剣が火を吹き始める。
「やっぱり! まだ耐久試験もしてないのに! あれ一本で戦うなんて無茶よ!!」
 思わず叫ぶ伊吹。
 元来あの剣は技術課でSS機関内蔵のEVA用に、平たく言えば初号機専用の対使徒(および対SEELE)用に開発された代物であったのだ。それが参号機のコアと一緒に行方不明になっていた。参号機のコア消失の重大さに隠れて今まで全く問題にならなかったのだが、空間の狭間より取り出されたそれは紛れもなく試作の剣であった。
 SS機関の余剰出力を利用して創り出す「生命場」と「存在」の刃。もし完成し実用化できれば、初号機はロンギヌスの槍=聖槍に匹敵する聖剣を手にすることになっていた。だが、未だそれは試作段階で使用に耐える段階か否かも分かっていなかったのだ。
 長時間の戦闘。
 ほんの数十分の戦闘であろうと、一度も実験されたことすらないそれを使って四号機はよく戦っている方である。例えSS機関とPRODUCTION MODEL最強の仕様があったとしても、不慣れなパイロットにしては。
「技術部謹製のATフィールドの剣とSEELEのレプリカではいささか部が悪い、ということか…」
 恐ろしい事を呟く冬月の言葉には、誰も反応している暇はない。
 どちらに付くべきか、どちらの味方を援護をしたらいいのか、分からないのだ。
 本部に侵攻してきたとしか思えない量産機、パターン青を示しながらも弐号機を庇って戦い続ける四号機とフォースチルドレン。
「伊吹二尉」
「っは、はい!」
「剣はあれ一本だけかね?」
「え?」
 予想外の言葉。当然試作品だけで実用化には程遠い為…
「あれ一本だけなのかね?」
「は・はい」
「そうか」
 言ったきり黙りこくる。
 何かを思案するような顔、回りを彩る警報器の音はパターン青の輝きを三点…いや、四号機・LILITHとその胎内のそれ・第拾七使徒の四つか。
「日向二尉」
「ぅ・はい」
 溶けかけた顔が苦しいのか、苦悶の表情を浮かべながら辛うじて答える。
「ジオフロント内にある残存兵力はどれくらいかね」
 真意を測りかねるような好々爺然とした表情、感情を読み取らせないいつもの表情。
 謎めいた老人。
「ミサイル兵器等は殆どが残っていますが……どちらの味方をするのですか?」
 もっともな疑問、量産機はEVAだ、こちらの味方とも考え…にくいがその可能性は限り無く近くともZEROではない。対して四号機はパターン青を示している、いくらパイロットが搭乗して操縦していようとも使徒である可能性はこちらもZEROではないが…以前のような、第拾参使徒の時のような事はもう御免だ。
「そのくらい、自分で決めたまえ」
「「え?」」
「は?」
 ちなみに上の二重括弧は日向と伊吹、最後のは青葉の声。きっかりぴったりハモってたりする。
「いつまでも他人に頼ったままだから、こんな事が起こるのだ」

 

 

「貴方の妻はね「この世の果て」に、「彼女」の中に長く居すぎたんですよ、「彼女」の心に長く触れすぎたんだ。総ての心と思いの集まる場所に長く居れば、人間一人の心なんて簡単に砕けるさ」
 優しく、あくまで優しく彼らを見つめるカヲル。
「道標のない荒野は想いの溢れた場所、そこは「想いの果て」であり「彼女」の眠り続ける所…」
 その言葉も耳に入らずゲンドウの肉体を貪り続けるユイと、苦悶の表情のまま憎々しげに彼を睨むゲンドウ。同じく耳に言葉を入れず、ゆっくりと後じさるシンジ。
「EVAはADAMと同じ身体で出来ている、本来地球のコアに居るべきADAMのね。使徒と十二のジオフロント、天空の双子の月…EVAとLILITH。この世界の総てを作る要素迄も動かして何がしたいんですか? 貴方達は?」
 優しく、それでいて厳しくゲンドウとユイの方を向いて問いかける。
「うぐっ、貴様こそ、何故我らの邪魔をした」
 人類補完計画
「あれさえ叶えば、私の望みは叶った。世界はお前達の望んだ状態になったはずだ。それを何故邪魔した」
「僕の望み…か」
 目を閉じ、何かを考えるように言葉を切る。
「僕の望みは……滅びではないよ。魂の終局なんて望んでいない。ましてやこの世を始まりに戻すことでもない………僕は希望と生命の溢れる未来を、世界を望んだ。例え僕がそこに居なくとも、貴方達が生きて行けるから…」
「何を!」
「言った筈ですよ、息子さんにね」
 「君達には、未来が必要だ」
「その未来の為に…いえ、僕の絶対的な自由の為でもあるかな? そのために僕はこうして「心を原始に還す」計画を阻止したのですよ」
 淡く微笑むその顔は…限り無く透明に見えた。


 既に左腕が殆ど無くなり、失血の為に意識が朦朧として来ている。身体を動かすことすらも容易ではなくぐったりとしている。
 霞がかかり始めた視界、死期が確実に近づいて来ていることがはっきり分かる。
「………………シンジ」
 ゆっくりと息子の名前を呼ぶ。
 自分の存在に脅える息子、恐れ憎んでいるのだろうか? 仕方あるまい、自分が他人に愛されるはずなどないのだ、唯一人ユイだけが自分を「愛している」と言ってくれた、その彼女が消えたとき取り戻そうと躍起になっていた時、放って置かれた息子がどれほど傷付いて居たか考えることすらできなかった、彼女を取り戻すことに必死だった。そして彼女を取り戻すことに失敗したその時…途端に息子が怖くなった。
 息子は私を憎むかもしれない、避けるかもしれない、母はどこかと泣きながら聞くのかも知れない。……怖かった。
 他人であり他人でない肉親にこれ以上嫌われるのは怖かった。
 だから自ら距離を置くことにした。そうすれば憎まれても嫌われても、直接その感情を見ることはないのだから。避けることが出来れば嫌われていようとも……辛くない。
 妻と息子はある意味私にとっては同義であった。色彩を世界に与えてくれる、私を必要としてくれる数少ない存在……それから私は逃げ出したのだ。
「シンジ」
 何か言わなければ、使者を攻めることよりもなれなかった父親として、息子に何かを言わなければ…義務感ではない、自分に対する焦燥感。
 息子を傷付けるのが怖かった。一緒にいれば傷付けると分かっていたから…遠ざけることにした。会わなければ息子を傷付ける事もない、そう考えたから。
 眼鏡がさっき倒れた時に落ちたようだ、脅えた息子の顔。眼鏡越しではない、素のままの息子の顔、こうして息子の顔を見るなんて…何年振りだろうか?
 第三新東京市
 悪夢の集う都市、魔窟にして「臆病者達の楽園」…臆病者か、これ以上私に相応しい言葉はないな。
 息子を恐れた、自分自身の存在に恐れた…色彩を欠いた世界を恐れ逃げ込んだ。
「……シンジ」
「…シ・ン・ジ…?」
 私の身体を貪っていたユイ呟きながら顔を上げる。
 血に染まったその顔も美しかった。記憶の中に残る微笑みとは違う、狂気に染まったその微笑み…やっと分かった、あの孤独な世界の中で執着だけが残ったんだということに…やっと彼女の孤独に気付いてやれた。
 永遠に続く孤独、そして眠り続ける「彼女」…それと同化していたユイ。
 そこは「この世の果て」世界の始まりであり、終わりを指す言葉でもある。総ての人の記憶と想いの集う所……永遠に続く孤独と、いつ果てるともない喧騒に満たされ続ける場所。人は決してその中では自我を保てない。
 ゆっくりと息子に向かい手を差し出すユイ。シンジの存在を求めるように……
 「ひとつになりたい」?
 違う、彼女は言ったではないか、「誤解し合っても、解り合えなくても良いじゃないですか。だって私達はそうやって生きている事に意味があるんですよ。生きていればきっと、解り合える日も誤解の解ける日も来ますよ」そう言った。「一人の人間として生きているから価値がある」と。
 しかし…
「やっと解ったみたいだね」
 使徒が微笑みかける。
「彼女の孤独と…渇望していることに」
 永遠に続く孤独を癒す事はできない、砂漠を再び緑溢れる大地にするには膨大な量の水と労力を必要とするのだ。
「自分以外の存在を確かめて、それでも足りない充足感を満たすために……」
 男と女が肌を重ねるのは存在と愛を確認するため…そしてある種究極とも言える愛情表現の形は……
「! ユイ!」
 立ち上がろうとするユイを何とか右手で捕まえる事に成功する。
 でも力が入らない。血が足りないのだ、命が溢れ出過ぎたのだ、もう命の火が消えるのも時間の問題だ。
「ユイ………」
 腕の中で息子の姿を求めてあがく妻の顔…渇望、執着…こんなにも変わってしまえるのか?
 私はシンジに何をしてやれたのだろうか?
 父親になることは出来なかった、私も父とはどんなものか知らぬのだ。母親を演じるユイと共に居ることでなんとか果たしていたその役割も、あの日を境に出来なくなった。
 流れ出る血、朦朧としてくる頭の中…死期が近い。それも良いだろう。
 だから、せめて今ここで出来ることは………
 殆ど機能しなくなった左腕、それを気力だけで動かしてユイを強く強く抱きしめる。
「すまん、ユイ」
 右腕は床をまさぐり、指先に届いた感触に思わず歓喜する。
「シンジ………」
 ゆっくりとそれを右手に握り込み、ユイの狂気のような瞳と共にシンジを見据える。
 私の言葉に反応して、ゆっくりと見つめ返してくる…そういえば、こうやって視線を交わすことすら殆どなかったんだな。
「結局逃げ続けていたのは、俺の方だったようだな」
「え?!」
「父親として、何も出来なかった。お前を、自分が傷付くのが怖いんだよ」
「…………」
 見つめ合う親と子、静かに見守る初号機と最後の使徒。
「ユイは、自分たちの生きた証を残そうとした…それがこの結果だ」
「………」
「神など居ない。結局は人間の敵は人間以外には居ないのだからな。俺達は居ない筈の神に抗い続けた」
 崩れ落ちそうな意識と身体。それでもなんとかその姿勢を保つ。
「レイを元の場所に戻してやれ、月へ向かえ、術はそいつが知っている。お前が15年前に狂ってしまった世界の修正を行うんだ、初号機パイロット碇シンジ」
「………父さん」
「これが、NERV司令としての最後の命令だ…いいな?」
 苦しい、今にも吐血して倒れそうだ。
「……………ハイ」
 どこか影のある顔で、辛うじて答える。これが最後だ
「すまんな、シンジ」
 これが父としてかけてやれる最後の言葉。
「お前は生きていてくれ」
 ユイを抱えながらゆっくりと後ずさり、てすりにもたれかかる。右手の拳銃をゆっくりと握りしめる、できる、きっとできる。
「お前が私の生きた証だ」
 これでいい
「ユイ、もうお前を一人にはしない」
 銃口を彼女の後頭部に押し当てながら、口付ける……
「父さん!」
「………ユイ」
 終わりだ

 銃声

 LCLの海に没する父と母。
 母の後頭部に向けて発射された弾丸が、父の頭蓋をも撃ち抜いたのが見えた…父の顔がひどく満ち足りていたように見えた。
 「お前が私の生きた証だ」
 生きた証?
 生きていた理由?
「……………父さん?」
 どうして、また僕を一人にするの?
 「すまんな、シンジ」………どうして……
 「お前は生きていてくれ」………なんで僕だけが
 「お前が私の生きた証だ」………父さんが「この世」に残したたった一つの足跡。
 だからどうだって言うんだよ!
 結局僕を一人にして……父さんは僕がいらないんだろ?
「違うよ」
 気がつくとそこに彼が居る。
 渚カヲル……カヲル君。
「彼にとって君は何者にも代え難い存在だったんだ、誰にも愛されるはずがない…彼自身がそう思っていたんだからね」
 ゆっくりと近づいてきて、僕の手を取る…ミサトさんの残骸にまみれたその手を…
「だからね、君に嫌われるのが怖かっただけなんだよ」
「嫌う? 僕が?」
 取った手を目の高さにまで持ち上げて……
「君もそうなんだろ?」
 そうだ、僕も父さんに嫌われるのが怖かった……父さんもそうだったの?
 !
「だから、君も彼もあんなに不器用な付き合い方しか出来なかったんだよ」
 僕の手に口付けるカヲル君。
 手に付いたミサトさんの残骸に、僕の手に愛しそうに頬ずり、それを舌に絡め取る。
 ひどく淫猥な光景…でも、彼は美しかった。
「どうするんだい?」
「え?」
 視線だけをこちらに向けて、試すように問う。
「お父さんの最後の命令」
 「レイを元の場所に戻してやれ、月へ向かえ、術はそいつが知っている」
 綾波を? でも綾波は…
「綾波は居ないじゃないか……」
 綾波と呼ばれた身体は死んでしまったじゃないか。
「どうやればいいんだ?」
「大丈夫だよ」
 どこから出てくる自信なのか、何も心配はない、そう言っているような彼の瞳に少しだけ安堵感を求めるのは間違いだろうか?
「カヲル君?」
「君のお母さんの魂は初号機の中に居て、そこから綾波レイの身体に移った。なら…綾波レイの魂がどこに行ったか、解るね」
 言葉に弾かれる様に初号機を見上げる。
「? ………綾波?」
「そう、今の彼女は「綾波レイ」と呼ばれた総ての者の記憶を持ち、人々の総ての記憶を持ち、そしてEVA初号機の器を持つ…この世界その物だ」
 初号機がこちらに向かって手を差しのべる。
 「綾波レイ」と呼ばれた総ての者の記憶を持つ?
 三人目ではなく、彼女は「綾波レイ」なのか?
「僕はどうすればいいんだ?」
 その言葉は彼らに向けたものではなく、どちらかと言えば自分に向けられたもの。
「初号機に乗るんだ、先ずは彼らを助けなくっちゃ」
 意にかいさず、いや解っていながらか、そのままに答える。
「彼ら?」
「そう、君の為に戦ってる彼と自分を見失ってしまった彼女をね」

 

 

 剣が火を吹いて機能が徐々に低下していく。
 地に倒れ伏している一機の量産機の頭を串刺しにして地に縫い止め、その機体の手から剣を奪い取る。さっきから使っていた剣もろくに使いこなせていなかった、しかも今度の剣の方が不可解な形状をしている…これで戦えるか?
 剣にATフィールドを纏わりつかせ…何だ? この感じは?
 さっきとは違う感じがする、ごっそりと力を持っていかれる感じと、対象的に効率の上がるSS機関の稼働率。高揚していく身体と沸き上がり吹き出しそうになる程の力。
「あ”ぁあぁぁぁああぁぁあ”あぁ”あぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁ!」
 光を放つ四号機の機体、後じさるような量産機9体。
「なんじゃこいつは!」
 背中が割れるような痛みを感じる、圧倒的な力を感じる、同時に感じるのは空腹感と満たされない想い。
 ふと目に止まったのは弐号機、動けない弐号機。
 獲物
「ぐぉぉ!」
 甘美な誘惑を断ち切る様に一声吠えて再び量産機のまっただ中に突っ込んでいく。
 走る四号機の後ろに引かれる光の軌跡、背を割って現出する二対の光の翼!
「だぁあぁ!」
 形状の定まり切らない剣を敵の肩口からけさ掛けに斬り付ける。
 そして、動きの止まった量産機に…………喰らいつく。

 

 

 開始されるエントリー、本来MAGIの補助無しでは不可能なTEST TYPEの起動、それを渚カヲルと綾波レイという二人の存在により行っているのが解る。
 電化されるLCL、ゆっくりとはっきりしていく回りの風景、磔の巨人と胎内の蠢くもの。紅い海より拾い上げられて寄り添うように眠る父と母…二人の顔には布が掛けられ、その手を互いに握り合わせてある…二度と離れることがないように。
 リツコさんが居た筈の場所には彼女の服だけが浮いていた。ミサトさんと同様に溶けてしまったのだろうか? 今となっては知る術もない。
 目に確固たる光を灯すと同時に…気付いた。自分が抱かれていることに。
「………………綾波?」
 実体を持たない幻のような少女、背中から回された手と背中にすり寄せられる頬を感じる。
『……良かった』
 囁くように呟き、手に力を込める少女。
『私を、覚えていてくれたのね』
 ここではなく、どこか遠くから響いてくるように聞こえる声、でも間違いなくそれは彼女の、シンジの知っている「綾波レイ」の声そのもの。
「………………綾波?」
 LCLの中にだけ存在する実体の無い存在、でもそれだけじゃなく何か違う感じがした。
「どうしたの? 何がそんなに不安なんだい?」
 操縦席から少し身体を浮かせて彼女の手を掴む……掴めた、実体の無いはずの彼女の腕を……そのまま彼女を前に引き寄せる…
 一糸纏わぬ彼女の姿に少し赤面しながらも、頬に手を添えて彼女の顔を少し上に向ける。……泣いている?
「どうして泣いてるんだい? 悲しいの?」
『………違うの』
 僕の問いに胸に顔を擦り寄せながら形だけ顔を横に振る。そのままぎゅっと、僕の存在を確かめるかのように強く抱き付く。頬から静かに涙だけが流れる、声をあげる訳じゃない、ただ涙を流しながらゆっくりと顔をあげる。
『嬉しいときも涙は出るのね…』
 紅い瞳、銀色の髪、そしてこの声言葉、間違いなく彼女は「綾波レイ」だ。
「……うん」
 あの時の事を思い出す。加熱されたエントリープラグの中の彼女、僕と彼女の交わした言葉と想い、だから僕は彼女に向かって静かに微笑み返す。
 「笑えばいいと思うよ」
 僕が彼女にそう言ったんだ、だから彼女にそうした方が良いのは解っていた、そうしたかった、彼女と再会出来たことが嬉しかったから。
 だからしっかりと彼女を抱き寄せる。
「………綾波……」
 暖かい、こうしていると何故だかとても落ち着く。
 ほんの数秒して彼女が少し身体を離す。
 白い彼女の裸身を目の前に晒されることになり、少しどぎまぎするが、なんとか自分を落ち着かせて彼女の顔を見ることにする。
『………………これ…』
 差し出された手、その上にのっているのは僅かに光る光の玉。
「これは?」
『…………受け取って』
 言われるままにその玉を手に取る。
『……あなたのお母さんの心の欠けらよ』
「母さんの?」
 淡い光の中を覗き込むように見る。
『そう……あの荒野の中でも失われなかった、あなた達への最後の想い』
 手の先から流れ込む記憶の残し、京都・セカンドインパクト・誕生・回帰、そして…目的………………涙が出てきた、やっと母親の顔を思い出すことができた、やっと前に進める、そんな気がした。
 気がつくと光の玉は無くなっていた。
『あれが最後まで残っていた思い出、あなたと司令に対する…人類総ての存在に対する彼女の想いそのものの欠けら』
 執着と微かな記憶、それが初号機を動かしていた…シンジを守り続けていた。
『この世界に人が生きたと言う証…結局彼女も道標を、世界の証を見つける事はできなかった』
「母さんは…結局どうなったの?」
 辛そうに顔を背ける彼女、真っすぐな瞳で問いかけるシンジ。
『ごめんなさい………』
 止まっていた筈の涙が再び流れ始める。
『セカンドインパクトは私を揺り動かし起こそうとした。そのせいで私は一度目覚め、そして「亡骸」の中でひとたびの眠りに付こうとした…そこに彼女がやってきて…打ち込まれた道標に導かれて……』
 一瞬何を言っているのか解らなかった。
 まさか……!
「……綾波…」
『……………ごめんなさい』
 言葉を失った、綾波が母さんを殺したとでも言うのか? 綾波が母さんをあんな風にしたとでもいうのか? そもそも綾波は一体なんなんだ?
『私は………』
 LCLの中、神経接続をされているために伝わってしまった想い、そして伝わってくる想い………こちらに微笑みかける僕? 少し年をとっているか? 14歳のアスカ、僕、トウジの三人が見上げている。自分は満たされた液体の中に浮かんでいる? カヲル君? 手を差しのべてくる僕、何を言ってる? 「………るよ、必ずね……」ゆっくりと口付ける……流れていく世界、一瞬公衆電話に向かい合う僕が見える…そして何もない、だだ闇だけが静かに横たわる世界に辿り付く……何もない、世界も理もなにもない「この世の果て」……終わりと始まり、二つの「この世の果て」……眠りにつく少女…そして世界が始まり…………………………
「!」
 弾かれたように顔をあげる。
「………綾波」
『………………』
 無言でただ見つめ返す少女、ひょっとして…
「…ずっと待っていてくれたの? 僕のことを」
 ゆっくりと頷く、喜びに溢れた表情、今までに見たこともない満ち足りた貌。
 だがすぐにその顔が曇る。
『…でも、まだだめ』
 言っている事がわからない、こうして会えたんだから、それでいいんじゃ……
『駄目なの…まだ私は目覚める事は出来ないの………』
 否定の言葉、でもそれは絶対的なものではない。「まだ」ということは「いつか」はいいということ。
「わかったよ」
 今度は僕が待ってる。
「だから、今の僕たちに出来る事をしよう」
 今は君を還してあげる、それが父さんの最後の命令でもあるし…
「月へ……還してあげる」
『…………』
 無言のまま頷く。そして人工物に覆われた空をみあげる……あの天井の遥か向こう……空の彼方、人の行けるもっとも遠い場所、この世の果て…月。


『ごめん、ちょっと急いでくれるかな?』
 二人の間に割って入る声、不快ではないが少し残念な気がする。
『上がもう保たない、急がないと……』
 珍しく焦ったような声、こんな声は聞いたことが無い。
『……急ぎましょう』
 少し冷や汗が浮いたような表情で共に促す綾波、普段では見られない程に青ざめた顔をしている。
「でも、どうやって?」
 外に出るんだ? 月へ行くんだ?
『大丈夫、私がやるから…』
 幻のような少女はそう言って健気に微笑みかえす。
『シンジ君』
 精神を集中させ始めたレイ、その邪魔にならない程度の声でカヲルが話しかけてくる。
『言っておかなきゃならないことがある』
「何を?」
 以前のセントラルドグマでの会話を思い出し、僅かに身を硬くする。
『これを……』
 そう言うカヲルの言葉と共に、淡い光に包まれ降りてくるエントリープラグ。表面に書かれた文字は……KAWORU。
『壊して欲しいんだ』
 「さあ、僕を消してくれ」
 「止めろぉぉぉぉおおおおお!!」
 『パイロットの生存を確認』
 悪夢が再び戻ってくる、あのときの感触が忘れられない。
『これが僕を縛り付ける、10の鎖の一つ』
 無数の綾波レイ、ダミープラグの元。
『僕には砕けない、それだけは出来ない』
 自ら己の縛を断ち切る事は出来ない。それが自分に定められた制約。
『だから…頼む』
 神妙な顔、そう彼は常に自由を欲していた。
 ADAMに向かった時も、殺されたいと願った時も、それは総て己の自由の為ではなかったか?
 肉体に縛られた仮染めの生を生きるよりも、肉体から解き放たれた自由な存在であることを望む、それが彼の生き方生き様。
「……………」
 黙ったまま、そのダミープラグを掴む初号機。
「……あとの九つは?」
『……僕等の敵だ』
 ミシミシと音を立ててゆっくり割れ始める。
 まだ躊躇がある、でも…
「………くっ!」
 音を立てて砕け散るダミープラグ、血に染まる手。
『……………ありがとう』
 その言葉が遥か遠くで聞こえたような気がする。
 暖かいレイの温もりだけが、現実のような錯覚を一瞬感じる。
『……碇君』
 強く抱きしめるシンジの手、それに触れるレイの手の暖かさを感じる。
 コクリ
 ゆっくりと頷く少女。
『……………』
 それをただ静かに眺めていた、七つの瞳・紅い瞳。
 磔の巨人に視線を転じたカヲル。
『……こちらが先か…』
 諦めではない、驚きでもない、ただ淡々と結果を延べているだけである。
「何が…!」
 蠢く胎内のもの、その指がズブリと巨人の腹を割って出てくる…
『15年前に生まれ、封じられた悪夢』
 「それ」がその顔をさらけ出す。邪悪な正に悪夢のようなその姿、半ば溶けかけたその身体、その存在と共に世界の崩壊が始まる。
『見るんだ、狂った魂の悪夢の再び産れる様を』
 引きちぎられた腹をすり抜けて、紅い海に落ちる胎児…悪夢。
 存在が溶け始めるLILITH、ドロドロと海に落ちていく。紅い十字架だけをそこに残して……いや、そこには一つの紅の球が浮いている。
『LILITHは浄化された…ADAMは再び産れ落ちる』
 手の中の白い卵を愛しそうに撫でる。
『行くよ』
『………』
「どこへ?」
 ずるりと紅い海から現れる手、あくまで微笑み続けるカヲル、光の球をその手にとる。
『とりあえずは、地上に』

 

 

 三者による多数決は満場一致で「弐号機を助ける」に決まった。
 打ち出されるミサイル、それをものともしない量産機…一機の腕を丸ごと喰らいつくし、光の軌跡を後に残して鬼神の如く暴れ回る四号機、既に動かない筈の弐号機はその手足を断罪の剣により大地に縫い止められている、それでもまだ蠢き続けている。
『あ”あ”ぁぁぁ”ああぁっぁあ”あああ!!』
 叫び続け暴れ回る弐号機、刺された部分から新たに体液が吹き出し、伊吹にその目を覆わせる。
「……お願い、もう止めて……」
 弱々しい彼女の願いは誰の耳にも届かない。
 攻撃を指示し続ける日向、青葉。静かに見つめる冬月の、その眉が微かにひそめられる。
「……まずいな」
 手もとのコンソールを操作し、モニタに何かを表示させる。
「……ADAMが目覚めたか…」
 誰にも聞こえないように注意を払って呟く。
「……………所詮我々はただの道化か…」
「セントラルドグマ内の使徒の反応一つ消失!」
 その冬月の言葉に反応するかのタイミングで、青葉が叫ぶ。
「さらにジオフロントとドグマ内に連動した空間湾曲を確認! この反応は……パターン青! 使徒です!」
 メキメキと音を立てて割れる空間、指が出てきて空間をこじ開けようとする!
 そこから現れるのは……
「初号機!」
「シンジくん?!」
 紫色の鬼神、EVA初号機!


「シンジ?!」
 空間の割れた音にはっと我にかえる。同時に消え失せる背中の光の翼。
 おかしい、この剣を振るってる間の記憶が曖昧…いや、戦ってるのは解ったが自分を押さえられなかっただけだ。
 5体の量産機が地に倒れているが…やはり修復を始めている。とどめを刺さなければならないのだろうか?
「渚ぁ!」
 叫びながら一体に斬りかかるが…スキが大き過ぎた為か、後ろから切りつけられ…
「おまたせ」
 その一撃はその名を呼ばれた彼のATフィールドにて止められる。
「二人を連れてきた、あとは鎖を断ち切るだけで…全部終わるよ」
「…応」
 モニタに目を移し、シンジの姿を…裸のレイを抱く格好になってる…
「シンジ…綾波」
 嬉しさから、生きていてくれた事への感謝から、名前を呼ぶだけであとは言葉にならない。
『トウジ? …なんで!』
 驚きと困惑、悲しみと恐れ、許されていないかもしれないと恐れる。
「なんでって…お前を助けに来たに決まっとるやろ」
 いつもの調子でそれだけを返す。
「そういうこと」
 あいの手は空中に浮かんだ非常識な少年から。
「とりあえず、こいつ等全部「殺す」ぞ!!」
 言い捨てて振り被った剣を一体の量産機に投げつける、くるくると回ったそれは見事なまでの兜割りを見せる、露出するコアとプラグ。
「よっしゃぁぁぁぁあああ!」
 投げたと同時に走りだし、ATフィールドと共に抜き手をコアに叩き込む。

ミシリ

 嫌な音と共にめりこむ手、そのままATフィールドが崩壊作用を起こし、コアの向こう側のダミープラグをも粉砕し始める。
「まずは一体!」
 一声吠えて、流れるような体勢で剣を抜き放つ、そのまま……
『ぎゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああ!!』
 叫び声、不意に上がったそれに思わず動きを止めるチルドレン。
 叫びの主は……
『アスカ!』
「惣流!」
 弐号機を大地に縫い止めていた剣が弐号機と融合始めている。思わず手に持った同形の剣を投げ捨てるトウジ。
「オイコラ渚! 何がどうなっとるんじゃ!」
『カヲル君!?』
「まずいな……綾波レイ、君ならわかるね?」
 EVA−01のモニタで彼女が頷くのがはっきり見えた、だが彼女の目は…本部? 何があそこに在るというんだ?
『どういうことさ、綾波?』
 一糸纏わぬ姿の彼女を抱きかかえながら、赤面もせずに問いかけるシンジ。
 困惑の色がありありと見える。
『ADAMが、来る』
 ………は?
 意味がよく解らなかったが。シンジ達にはそれで十分だったらしい。
「くっ、早すぎる!」
『どうすればいいのさ?』
 今度の問いは渚に対するもの、渚は…焦りは在るが、それは危機とかそういった種類ではなく気遣うような…惣流?
『が・あぁあが・ぁがぁぁぁぁあああぁ!!』
 青い瞳は狂気の光を放つ、身体に融合した剣を中途に残して、まるで翼のように…四対の翼を背に纏う紅の天使…
「まずい! 彼女は僕が食い止める! 鈴原君は量産機を! シンジ君、君は槍を!」
 言い切らぬ内に復活、突進してきた弐号機と奴のATフィールドが互いに衝突しあう、現在の力はほぼ互角!
 こちらもいきなり生き返ったような勢いの量産機達とも戦いが始まる、もうあの剣は使えない、付属のプログレッィヴナイフだけが唯一の頼り、だが相手に武器が無いことを考えるなら、部は悪くない筈。
「しゃあない! シンジ、頼んだで!」
 言い切って走り出す。
「うぉおぉおぉぉぉぉおおおおお!!」



 レイの言葉は発令所にパニックを起こさせていた。
「ADAMが? 日向君?!」
「確かです、何かがEVAサイズの何かがシャフトをよじ昇ってジオフロントを目指しています。パターンは青、間違いなく使徒です」
 ADAMは使徒なのだろうか?
「確かにシャフトを昇って来てる奴の距離に呼応して、弐号機と剣との融合率が高まっています! しかし、同時に剣からの弐号機パイロットへの精神汚染は甚大です!」
「四号機、現在残り八体の量産機に取り囲まれています」
「初号機のATフィールドのゲイン上昇中! …1000…1500…2000…駄目です止まる気配ありません!!」
 叫び、怒号、狂気が支配する場所。
 その事態が恐ろしければ恐ろしい程に、人々は徐々に正気を失う速度を早めて行く。
 だが、一人高みにいるこの老人には、やはり関係の無いことのよう…? でもない。少しだが焦ったような顔つきである。
「頼みの綱が子供達と最後の使徒とはな…ADAM相手にどこまで出来るか…」



「あの月にあるんだね」
 コクリと頷いたのが解る。
 あの月にある槍をもってして、ADAMを本来在るべき場所に還す。
 それが出来るのは「亡骸」たるこのEVA初号機のみ。ATフィールドをその場所まで伸ばし、槍を物理的に引き抜く。
「解ったよ、やってみる」
 閉じられるシンジの瞳、徐々に高まっていく初号機とのシンクロ率。身体の中で何かが変わっていくのが分かる、シャフトをはい上がってくる存在の中にある魂が分かる。人という枷から開放され、ADAMという身体を得て一つの存在となった人々の魂、その集合体は「他人」の存在を許容しない。
 安穏とした揺り篭、それでもまだ満たされない想い、欠けた心を補完しあった筈なのに、それでもまだ足りないと貪欲に何かを求め続ける。
 他人と比べるから自分が不幸だと気付く、でも他人と比べないと自分が幸せだと言うことに気付かない、だから他人を不幸のどん底に落とせば…自分は絶対的に幸福になれる。
 そんな幸福は欲しくなかった。
 でもみんなそんな幸福に縋り付いた、それが人類補完計画だったのかもしれない。
 そんなことはどうでもいい。
 今は補正することだけを考えればいいんだ。
 身体の中で徐々に高まる力、生命場「ATフィールド」と呼ばれるものが身体の中から沸き出すように高まってくるのがわかる。月の表面が一瞬「見えた」、月に地表に電波塔のように刺さっている「槍」も。
 音を立てて装甲板が…いや、拘束具が砕けるのが分かる。背中から「存在」が溢れ出る! 「ほとばしる神性」!
 六対の光の翼!!

グォォォォォオオオオ!!

 初号機が吠える。
 弐号機が、四号機が、量産機が、コアを抉られ倒れた筈のそれでさえ、初号機の声に呼応して吠える。
 十二体のEVAの声が世界を振るわせる………
 そして、悪夢が地上にその顔を覗かせた。



 叫ぶEVA、そして憎悪の瞳を僕に向ける弐号機−−惣流=アスカ=ラングレー。
 今の彼女はADAMに精神をのっとられかけているとも言える。剣はADAMの力、元来槍とADAMは二つでひとつ、地殻を守る存在だったのだ。
 何がこの世界を狂わせたのだろう? やはり15年前の「あれ」か? 否、それだけではない、世界が始まった時から歪みはあったのだ。そして、彼女は歪みの中で生きてきたのだ、父のエゴ母のエゴ、それらが彼女の人生を変えてきた。あの時に分かった、彼女の心を見たときに、そしてそれを写しそこから僕の心を創り出した。
 だから……
「大丈夫だよ」
 あがく弐号機、僕のATフィールドに悪戦苦闘している。
 でも、彼女の渇望がわかる、誰かに認められたい、誰かに理解されたい、でも自分の事は話したくない、傷つくのが分かっているから、怖いから。だから出来る筈の無いことを、自分の事を知らせずに理解することを、一方的な言い分を承知させることを、他人にとってどうでも良いことでもそれを認めることを強要する。
 でも、それは自分が傷つくのが怖いから、さらけ出すのが怖いからそうしている。
 だから僕は有りのまま、自分に今あるだけ総てを出してシンジ君に接した。
 僕に取っては反面教師であり、大事な母。
「今、還すからね」
 手に灯る僅かな光、心の光。彼女が自分の奥底にしまい込んでしまった想い。
 それを写したものであっても、彼女の心の琴線に触れるなら、…きっかけになるはずなんだ。
 それを拒絶するかのように放たれるATフィールド、心の壁を用いて僕を拒絶する。絶対的な拒絶は心を開こうとしている僕のそれを砕き、腕を足を喰らっていく。血に染まる服、まだ流せる血と涙が残っている、僕にはある。
「怖がらなくていいんだ、僕は君を傷つけたりしないから」
 段々と弐号機の反応が鈍ってくる、その身体が剣を拒絶し始める…そう、君は君だ、ADAMの欠けらじゃないんだ。
 僕の手から離れゆっくりと宙を舞う光…それが弐号機に届いたその時…
 向こうで最後の枷が外されたのがわかった。



 悪夢
 15年前世界を喰らい尽くそうとした存在、本来の役割を知るものは生ある者には居ない、無理矢理に叩き起こされ未熟な魂は他人を拒絶することから始めた、それがその世界の理である、とでも言う様に…だが「彼女」がそれを封じた、そして西暦2015年……目覚めた悪夢を迎え討つのは…「彼女」と一人の少年だった。

 天空の輝く月に向かって手を伸ばす、感覚器官が異常な迄に研ぎ澄まされているのがわかる、自分の身体に異変が起こっているのが分かる、そんなことは今はどうでも良かった、背中を破って漏れ出始めた力は、その感覚を天空に伸ばし今にも届きそうに……

ア”アアァアアアアァァァァァァァ”!!

 ADAMが吠える、何かを求める様に。
 現出した悪夢と目が合う、見える…あの中に取り込まれた魂達の欠けた想いが、見える…だから今……
『……行きます』
「うん」
 総ての力を開放する!!
「あああああぁぁぁああぁぁっぁぁぁぁ!!」
 叫び声と共に浮び上がる身体、裂けるような痛みが背中を刺す、現出したのは…6対の光の翼!!
 天空に駆け上がる初号機を追うように手を差し上げるADAM、掴んだ!!



「初号機から、大規模なATフィールド発生!!」
「なんだこれは? ! 翼だと?!」
 狂気を既に通り越して静寂状態まで行っていた発令所をそれは正気に戻した。
 モニタに写るは六対の翼を広げ、天空に駆け上がる初号機、いやその表現は適当でないのかもしれない、バックファイアの様に背中から12本の光を吹き出している、と見えた方が正解に近いのかも知れない。
「! 副司令! 月から光速の約10%で何かが落ちてきます!」
「何?!」
 思わず冬月が叫んだのはそれが何だか分かったから、そしてそれの意味に気付いたから。
「まさか直接封じ込めるつもりか!」
 青ざめた顔、何時に無いほどの落ち着きのなさ、それは総ての人間を不安に陥れるのに十二分であった。
「総員対ショック姿勢!!」
 目の前で起こるであろう事態を、自身は見届けるつもりで、それでも最後の責任者としての勤めを果たす積もりか、指示だけを飛ばし自分は微動だにしない。
「………来ます!」
 初号機のATフィールドに掴まれた槍が、あの時零号機に投げられたのと同じ形状で地表に向かって突き進んでくる。
 そう、ADAMに向かって……



「行けぇぇぇぇぇえええ!!」
 指先にそれが触れた感じ、直ちにそれを「掴み」まだシャフト内から顔を出しただけのADAMに向かってそれを投げつける!
 音を立て灼熱色をした槍が、真っすぐに地上目掛けて降りてくる。

グアアアァァァァァアアァアァアァ!!

 この世を呪うような声が響く、断末魔の叫びはそのまま下へ下へと消えていく……
 天空に駆け昇る初号機とは対象的に、地球の中心部へ突き進み……
『……行きましょう』
 一路月を目指して舞い上がるEVA初号機、限り無く光速に近づきながら加速していく、どこまでもどこまでも……
 地上に残ったEVAとの映像回線が総て途絶える、気がつくと目の前には…光輝く月が見えた。影の月はこの位置からは見えない……



「これを砕けばええんやな」
 弐号機のエントリープラグをひっこ抜き、取り出したコアをその手に握る四号機、血まみれで瞳に光すら失ったカヲルはもう動く事すら出来ないのか、四号機の左手の上でぐったりしている。
 アスカの事も気になったが、死にかけの人間の頼みが先だ。
『あぁ、そうすれば彼女の母親の魂は開放される』
 口を開くことも辛いのか、頭の中に直接語り掛けて来る。
 ? 今何かが気になったが…まあよかろう。
「よし」
 ミシミシという音を立ててヒビの入るコア、SS機関の搭載されていないそれは、意外と簡単に崩れさり…!
 一人の女性の幻が見えた? こちらに軽く微笑みかけて、弐号機のエントリープラグに降り…そして、空に溶けた……! まさか…
『ありがとう、あとは…』
「このEVAのコアも、握り潰すのか?」
 少し声が震えている、そんな! 助けれるんじゃなかったんんか?
『……ごめん』
 言葉にならない想いを一緒に、言葉が流れ込んで来る。確かにそうだ、一度死んだ者は元には戻らない、一度手の間からこぼれた砂は元の場所には戻らない。
 チトセは、決してあの姿では還ってこない……
『ごめん…でもその前にもう一つして欲しいことがあるんだ』
 流れ込む想い、「開放して欲しいんだ、僕をこの世界から、この肉体から」
 つまりそれは……
「俺にお前を「殺せ」っちゅうんか?」
『……………』
 言葉はなかった、でも想いはそれを是としていた。
「何で!?」
『それが僕の「望み」だからね』
「…死ぬことがか?」
『いや、自由になることが、さ』
 古今東西そういって死にたがる人間は幾らでもいた。
「んな事が本気であるとでも…」
『僕はこの身で既に一度死んでいる』
 言い募ろうとした言葉を遮って、事実だけを断定的に言い放つ。
『死ぬ度に新しい身体に僕の魂は入ってきた、君も既に何度か見てる筈だよ、僕の死ぬそのさまを…一度は死ぬ間際に君の「強くなりたい」って想いに触れたこともあるしね』
 第拾参使徒、あのとき自分はシンジ達を守りたいと確かに願った、チトセの顔を確かに思い出した。
『だからね、今度こそ僕の望みで死ぬことが出来るんだ、だから…』
「わかった」
 死に方位選ばせてやる。
『……ありがとう、………じゃ、頼むよ』
「………」
 言葉は出なかった、ゆっくりと左手を閉じていく…
『じゃあ、またね』
 手の中に消えていく彼の姿……ちょっとした手ごたえ、血に染まる手のひら…舞い上がる白くはっきりしない何か…あいつの命の灯が消えたのが分かった。
「アホ」
 それだけを言うのが精一杯だった。
「…………」
 そして、これからしなければいけないもう一つのこと……四号機の装甲板をひっぺがし、コアを露出させる。
「……………チトセ、………すまん」
 手刀を突き降ろす!
 ギィイン!
 音を立てて砕けるコア、崩れ落ちる四号機、苦痛に顔を歪めるトウジ。
『…………お兄ちゃん……』
 一瞬だけの幻のような姿、光に溶けていく八歳の少女…
「………チトセ」
 その言葉と共に、意識が闇の底に溶けていった……

 

 

 圧倒的な静寂、月。
 公式には大気はなく、重力は地球の約1/6となっている。
 …大気はあった、だが確かに重力は地球より小さかった。
 EVAから降り立ち、回りをながめる…何かの遺跡らしきものが見える、膝まづいたEVA初号機、僅かに光紅い影の月、そして青い青い…地球。
 ここが人の行ける最果ての地、人の世界の「この世の果て」
 ふと傍らを見ると…彼女がいた。
「…綾波?」
 存在が不確定に見える、幾らここが特別な場所でも、器のないまま大気中にその姿を表すのは難しいのだ。
 泣いている、地球を見上げて泣いている。
「どうしたの?」
 何がそんなに悲しいんだい?
『………』
 何も答えない、…本当は僕は分かっていたのかもしれない、彼女は世界が生まれたときからどこにいたのか、ここにいたのだ。そして、地球の夢を見続けていた、もうすぐ彼女は夢の登場人物ではなくなる、ただ夢を見ていたあの頃に戻るのだ、だから…
「…待っていて」
『えっ?』
「きっと、もう一度迎えにくるから」
『………はい』
 涙を目に溜め、微笑むその姿も美しいと感じた、だから彼女に触れたいと思った。
 頬に添えられた僕の手の感触を、感じ続ける為に瞳を閉じる。
「…これから、どうすれば良いんだい?」
「LILITHは闇の月にXENONと共に返った、後は再び彼女を元の場所に戻してあげるだけなんだけどね…」
 不意に近くから言葉をかけられる…
「そのまえに、お別れを言わせて貰ってい良いかな?」
「カヲル君?」
「いいかな? 綾波レイ?」
 彼の問いに無言の頷きで答える。
「ありがとう」
 そんな彼女に、いつか見たあの笑顔で礼をいうカヲル君……
「お別れ、ってどういうこと?」
「そのままだよ、僕はこれから旅立つんだから」
「…どこに?」
「ここ以外の世界さ」
 言ってる意味が…そうか、彼女の夢の住人ならこの世界から出ることは出来ない、でも彼は…
「そう、僕は彼女から生まれ落ちた魂だからね、初号機の中で一時的に彼女と記憶を共有した君なら分かるだろ、どういうことか」
 かろじてわかった、使徒と僕たちの違いが。
 彼らは滅ぼすのが目的ではなかったのだ、旅立つのが目的であり結果人が滅びる事も有り得たというただそれだけのことだ、なら何故?
「あの時、君は死を選んだの?」
 僕を苦しめた彼の笑顔、今は大丈夫な筈だった、でもまたあの感覚が戻ってきた。
「言ったろ? 生も死も僕には等価値なのだと。生を持って人を滅ぼし旅立つ事も、自らの死をもって絶対的自由と共に旅立つ事も、同じなんだよ。ただ人が滅びるか否かだけの違いがそこにあるだけさ」
 穏やかな笑み、いつもそこにあると信じられる彼の言葉。
「でも、僕は君の事を好きになった、だから君に死んで欲しくなかった、だから自らの死を選んだ、ただそれだけのことさ」
 気がつくとすぐ間近に彼の顔があった。
「今はお別れだ、だけど…また会えるさ」
 一瞬のイメージ、世界の終わりにいる僕等。
「うん」
 だから僕も微笑みを返す。僕の頬に自然に添えられる彼の手…
「だから、今はさよなら……」
 唇に触れる感触、やさしいキス…!
「カヲル君?!」
「……さよなら」
 慌てふためく僕を楽しむように、そのまま闇の中に消えていく……
「…………………」
 …びっくりした…
『碇君』
 月に残っているのは彼女と僕とEVA初号機。
『行きましょう』
 言葉と共に僕を手に乗せて立ち上がる初号機、傍らに浮かび上がる彼女の姿。
「どこに?」
 そう、この月のどこに行くというのか?
『「静かの海」…私の居る所』

 

 

「ちょっと、鈴原! 生きてる?」
 光を感じる、いきなり差し込んできた光に目をやかれ、暫し視力を失う…
「…生きてるみたいね」
 ほっとしたような声、聞き覚えがある声? だれだ?
「ほら、なにぼさっとしてんのよ、さっさと外に出るわよ!」
 ! 惣流?
「…惣流か?」
 視力が徐々に戻ってくる。…確かに彼女だ。
「何寝ぼけた事言ってんの? あたしはあんたがここに居ることのほうが不思議よ」
「お前が正気なほうが、不思議や…」
「ん? 何か言った?」
 本当にボソリと言ったため聞こえてなかった見たいだ、助かった…
「別に…」
「それよか何よこの有様は」
 外に出ると…さっきのままだった。天蓋をくり抜かれたジオフロント、残骸のみがのこる量産機、身体から剣の欠けらを生やしてコアを抉られた弐号機、自分の腹部を手刀で刺し貫いている四号機。
「だいたいシンジの馬鹿はどこいったのよ、ファーストも居ないし」
「あ? シンジか?」
 思い出したように空を見上げる、もう東の空が白み始めている…夜明けだ。
 そして空に浮かぶ月は、今は一つだけ…紅い月はどこかへまた消えた。
「シンジなら月へ行ったで」
「はぁ?」
 思わず間抜けな顔を晒す少女を面白そうに見つめる。
 向こうの方から誰かが来る、NERVの人間だろうか? アスカの名前を呼ぶ声も聞こえてくる…
 とにかく…闘いは終わったようだ。


 月を見上げる、そこにいる自分の友の姿は見えなくとも…
「シンジ…帰ってこいや」

 

 

 氷に見える所を抜けるとそこはLCLの海の中だった。
 回りを良く見ると、そこは月の内部…月の内部がLCLに満たされた海になっているんだと言うことが分かった。
「凄いや…」
 言葉を失う程の凄い光景…ふと、彼女の姿が見えないことに気付く。
「綾波?」
 いらえはない。
「どこに……!」
 初号機が、一つの端末のような所に居るのが見える、コアに何かを接続している。
『碇君』
 場所を超えて聞こえる声、彼女の声。
『……少しの間、こっちを見ないで居てくれる?』
 言葉に真剣な響き…いつも彼女は真剣だったな。
「うん」
 素直に頷く…なんだかどこかで聞いたような状況だな…
 暫くすると…後ろの方で何か音が聞こえ始める…
 好奇心に背中を押されながらも、我慢して彼女の居た場所に背を向けたままLCLの海を漂う。
 三分程だったろうか、音がやんで…
「碇君」
 頭に直接響く声ではない、耳をに響く「声」
 さっきまでの実体を持たない姿ではなく、はっきりとした実体を持った彼女がいる。
「綾波…その姿は?」
 間違いなく「綾波レイ」の姿。
 一糸纏わぬ姿ではあったが、いつものように佇む少女の姿その物であった。
「これは、私の本当の身体じゃない、その姿で出れば目覚めてしまうから…この身体は創られたもの、私が生まれた時に創られた予備の身体…でも、この身体も私の本当の身体であることには違い無い」
 近づいてくる。
「あなたは地上に帰らなくてはいけない、あなたはここでは生きて行けないから」
 悲しそうな顔、一緒に居て欲しいという想いが溢れ出しそうになっている。
「私は眠りに付かなくてはいけない、そうしないといずれ世界は消えてしまうのだから…」
 背中に手を回し正面から抱き付く、胸板に頬を寄せて…愛しそうにそのままぎゅっと抱く…
「綾波…」
 彼女の孤独が分かる…一人でなく、他人と過ごす時間を知ったなれば、一人で居ることはとても辛くなる。
 だからこちらからもぎゅっと抱き返す。
「碇君」
 そのままの姿勢から顔を上げる…こころなしか頬が赤く染まってる様にも見える。
「お願い、私とあなたを強く結び付けて」
「!」
「今だけでいいの、私の側にいて、そうしたら…あなたが迎えに来るまで一人でここに居ることが出来る」
「…綾波」
 顔を寄せて触れるだけのキス。
 首に回された彼女の手、彼女の素肌のぬくもりを感じる…
「うん、わかった…」
 彼女の背に回した手を握り、プラグスーツの圧縮を開放する。
 そして二人は………

 

 

 

 

 

(終劇)



新世紀エヴァンゲリオンは(C)GAINAXの作品です



後書き
 前回の後書き続きは無い。だってやったら収拾つかんから。
 どうも、負け犬BLEADです、映画公開までに結局書けませんでした。しかもこんな荒い作品を人様の所に送るなんて…どうかしてますね。
 本当ならこれが最終話Aパートのラストになる予定だったんですが…それなら25話の文量をもっと増やすべきだったと反省しています。それでもこの話、文章をはしょりまくってるんですよね…それでこれかい←俺
 最後のこのシーンですが…この続きの18禁ヴァージョンが書けるな…とかいう下らん考えも在りましたが、とりあえず却下しました…が、書こうかなぁ…と現在迷っています。おもしろそうだしな。
 しかしこれ…謎だらけで終わってる気がする…本編以上に謎を量産した気が…(汗)…とりあえず、これに追加のエピローグのような物でも書こうかな? アスカ達のその後みたいなのを…まあ、これに関してはリクエストがあれば…ね。
 今回の副題を日本語約すると「この世の果てで恋を唄う少女」となります。YU−NOです…今年中にサターンでも出るらしいので、興味ある人は買ってやってください。もちろん元はパソコン版ですんで、そっちをやってくださってもいいです。
 では、とりあえずはこの辺で…丸山さんと管理人のカヲル君に感謝を込めて…そしてこれを読んでくれた総ての方に、ありがとうございました。

エンディングテーマ:「心よ原始に戻れ」



BLEADさんへの感想はこ・ち・ら♪   
そしてBLEADさんのぺえじはこ・ち・ら   

管理人(その他)のコメント

カヲル「おめでとう、おめでとう、ぱちぱちぱちぱち」

アスカ「どこがおめでとうよ!!」

 どかっばきっ!

アスカ「あのバカシンジはアタシを置いてファーストと月なんか行っちゃうし!!」

カヲル「逃げられたんだね」

アスカ「うるさいっ!!」

 ごしゃっ!

カヲル「うう、痛い・・・・」

アスカ「アンタ、一度死んでるんだからそんなのかゆくもないんじゃないの?」

カヲル「そんな・・・・しくしくしく」

アスカ「っというか、なんかこの作品でもアタシがマッドでヘルな女になってるじゃないの!!」

カヲル「僕は言い役柄をもらえたよ」

トウジ「ワイもや〜妹が死んでもうたんは悲しいけどなぁ〜」

カヲル「彼女の魂を君は救ってあげたんだよ。それで、よしとするしかないじゃないか」

トウジ「そやな・・・・そうかもしれんなぁ・・・・」

アスカ「何二人で納得しているのよ!!」

カヲル「だって、僕たちは親友じゃないか」

トウジ「・・・・親友っちゅう言葉にいまいち納得いかへんが・・・・」

カヲル「ああ、ひどい!! 互いの血の暖かさを感じあった仲なのに・・・・」

 ごすっ!

トウジ「ご、誤解を招くような言いかたするんやない!!」

アスカ「どっちもどっちね・・・ふう」

カヲル「そ、それはともかく・・・・BLEADさん。完結、おめでとうございます。ご苦労様でした!!」

アスカ「いまいち釈然としないけど、まあ、いいわ」

トウジ「かき上げた根性は認めてやりぃや」

アスカ「どっかの逃げた作者にも見習って欲しいわよ」


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