「人類補完計画」
 人間の心と心を現段階よりも高位のレベルで結び付け、同種殺しのない「完全」な生物へと「人工進化」させる。
 サンプルAの持つ非常に強い生命場は、その力を開放・展開することにより、他の生命体の生命場を砕き、その生命体の「存在」を取り込む性質を有する。
 同様にサンプルAより複製されたEにも同様の性質が見られる。ただしこちらの持つ特製はAの無差別かつ完全なる同一化を起こす程の強さは持っていないが、その生命場は既存の生命体を遥かに凌駕する。
 また、この力は波動としての性質をも有し、複数体の生命場を同時開放させると、生命場は互いに干渉・融合を行い、複数を一体の「群体」と認識することも分かった。
 仮に、この地球全体を包み込める程の広範囲での生命場を創り出せばどうなるであろうか?
 現存する人間総てを、その生命場の中に覆った場合…
 「人間」は原罪の海を抜け、「人」へ進化できるのだ。
 同族殺しのない、恒久的平和がおとずれるのだ。
 「神の分け身」たるAより創り出したるE−−−EVAによって。
 母の手により、子は一人の「人」となりえるのだ。

−−−西暦2004年 人工進化研究所所長 碇ゲンドウ

 

 そして2015年。そのときは来た………
 それは終章
 総てが終局へ、滅びに向かって走り出す時。

 神の御名の元に…
 「人間」は「人」となる。

 だが、人の形を捨てた「人」はそれ故「人」ではない。
 ………形を捨てた老人達は、他の者を「人」の形のまま「人に近しいソレ」に疑似進化させることを画策した。それが彼らの「補完計画」
 「人間」に争う事を不可能にさせる段階まで「堕とす」ことにより、「人外」の形を持つ彼らの手による「統率」を行うのだ。
 「人間」は「他人」の痛みを完全に理解した場合、傷つけあうことは出来ない。それが己の傷にも成りうるから。
 そして、その計画は発動した。
 表面的には老人達の思惑そのままに……
 そして一つ欠けたピースは碇ゲンドウの思惑ゆえに……

 

 その瞬間、世界各地の都市機能は、停止した。
 新たに与えられた感覚に戸惑い、恐れ、脅える人々の困惑のままに………

 

 

 地球の両極に立つ二人の少年
 銀色の髪の少年がついと顔をあげ……
「始まった…来るよ」
「……………………ん」

 

 MAGIより流れ出したプログラムは、ネットワークを通じて光の速さで世界各地に、九体のEVAに送り込まれ、プラグの思考を支配していく。
 世界各地より、九つの光点が広がり、互いに干渉しあい融合していく。
 ひときわ大きな光が両極よりいで、広がっていく…
 そして南天の光は五つの光の円と、北天はそれよりもひとつ足りない四つの円と接近、互いに融合していく…
 溢れでる光の奔流の中で、心と心がNETWORKを形成して行き………

 



 

 目の前に居るのは「自分」
 「自分」の目で「自分」全員の姿を見ているような感じがする。
 個としての「自分」は確かに居るハズなのに、目の前の「自分」も「自分」のような気がする。

(「心」が見えるの?)

 違う…いや? そうなのか?

(「心」が溶ける?)

 ちがう…いや? そうなのか?

(「自分」は分かる?)

 「自分」は「自分」 唯一の「自分」だ。

(なら、目の前に居る「自分」は何?)

 「心」の一部を共有し、別の思考を持つ「自分」
 「他人」であったはずの「自分」
 でも「自分自身」そのものではない!

(何が違うの?)

 「心」を共有しているが「自分自身」じゃない!!

(そう?)

 そうだ! 「自分」は「自分」 唯一の「自分」だ!

(なら、目の前の「自分」を殺せる?)

 ……………………………………………………………………。

(どうしたの? 目の前の「自分」は「自分」じゃないんでしょ?)

 目の前の「自分」は「自分」だから、出来ない…

 



 

 言葉にするのなら、これがそうなのだろうか?
 人々の「心」が完全な融合ではなく、「自分」というものを曖昧にし、「他人」と「心」の底を共有する。
 他人の痛みはそのまま己の痛みであり、死という感覚すらも共有する。
 そこには本来あるはずの「自分」というものは存在しない。
 ただ、自分と違う身体を持った「自分」が複数、存在するに過ぎない。

 これが補完か?
 これが「人」の有るべき姿か?
 これが…あるべき「世界」なのか?

 

 どれだけの人が、この疑問を感じることができるだろうか?
 それは、やはり外から見た他人にしか感じることはできない。
 今は「人間」の身を捨てたSEELEの面々と、両極の二人と…NETWORKの唯一の空白地帯…第三新東京市を中心とする…日本

 

 



 

 HELL=地獄
 ここには静けさだけがある。

 握りしめた銃口は、己が父に向けられ、その瞳は地獄に魅せられている。
 睨むような父の視線が…痛い。
「何をしに来た?」
 咎めるようで、抑揚のない声。
 向けていた視線を、思わず反らしてしまうほどの威圧感。
 …結局、また逃げてる。
「……………フッ」
 無視することに決めたのか、シンジから視線を放すゲンドウ。
 はりつけられた異形のそれは「槍」を失ったせいで「受胎」をしている。
 15年前に目覚めた父は、己の膨大な力を暴走させたが故、妻の胎内に封ぜられた。
 いや、「逃げ込んだ」のだろうか?
 最初の「自由な意志」を持った妻が受胎した子は、父本人である。
「………………………レイ……」
 傍らの少女がこちらに顔を向ける。
 手札は総て我が手にある。
 妻も、半身より生まれし娘も、息子さえも。
 だから、躊躇する理由はどこにもない。
「はじめろ…………」
「…………ハイ」
 沈黙、交錯する視線。
 頷いた少女。
 そして、紅い海へとその一歩を踏みだし……

ダァン!

 銃声と外れた銃弾。手すりに僅かに傷が付き、熱を持っている。あと30cm右に反れていればレイに当たったであろう。そこからさらに50cm右なら、ゲンドウに当たっていただろう銃弾は、手すりにはじかれ…紅き海中に没した。
 その一歩を踏み出そうとしたままの姿勢で固まったレイ。
 『行くな!』
 強固なその意志を感じとったから…動けない。
「なんでだよ!? 父さん!」
 怖かった。
 理由なんていらなかった。
 何が起こってるのか分からなかった。
「何をする気なんだよ!?」
 父の画策していること。
 母さんの目指した未来。
「どうして?!」
 声にならない。想いが溢れだしそうで。
 硬直したままの綾波。
 異形の物に一歩を踏み出そうとして、止まっている。
「…………どうして…」
 LCLの海に浮かぶリツコさん。
 手の中の銃が僅かに震える。もう、銃口の煙は消えた。
「……………………どうして…」
 父さんは僕を捨てた。戸籍だけの父。
 でもこの街に来て家族ができた。
 それが虚ろな偽りであっても、嬉しかった。
 でも……
「なんで、ミサトさんを!」
 壁にもたれかかり、その壁に血痕の道を引き、眠るように…
「どうして殺したのさ! 父さん!」
 怒りか? 憤りか?
 悲しみなんてなんでか感じない。心が真っ白になった感じ。
 心がからっぽになった。
 でも、内から何かの衝動が込み上げてくる。
 叫ばずにはいられない。
「どうしてなんだよ! 父さ…」
「………不要になったからだ」
 遮る様に淡々と、それでいて良く響く声で宣告する。
 その言葉の意味を悟り、愕然とする。
 不要って…
「それに……」
 父さんにとって不要になったからって、人一人を殺すのか?
「……まだ、死んではいない」
 ?
 死んでない?
 慌ててミサトさんの方を見る。
 動いてない様に見える。でも、微かに身体が上下してる!
「ミサトさん!」

 

 

「弐号機、起動しません!」
 予想はされていた。
 一度使徒にのっとられ、しかも今のアスカの状態では起動は不可能だと。わかっていた。
 それよりも今は、鳴り響く警報がうるさかった。
「アスカ! 聞こえる!?」
 怒鳴らなくては、声を出している事が実感出来ない。
 自分の耳に声が届かないのだ。
 警報の音と、回りの喧騒のせいで。
『………………』
 胎児の様に(これでは逆児だが)うずくまり、外界を見ようともしない。
 完全に彼女は閉じこもっている。
「他の所では起動を確認! しかし、こんなことは計画の内にはなかった筈です!」
 計画に無い?
「何が起こってるの?!」
 アスカの説得は、とりあえず諦めた。
 今、自分にとって一番大切なのは、この実験だ。私は精神科医ではない。
「9体総てのEVAが、かつてない規模でATフィールドを展開してます! しかもプログラムにはなんのエマージェンシーも出ていません!」
 …! つまりプログラム通りにEVAは行動してるってこと?
 一瞬9体のEVAのある位置を頭の中で世界地図を広げ、確認する。
 展開された地図は、球状の地球に変換される。
 インド洋上に何故あんな施設が必要なのか?
 …9体に日本をあわせ、その各点を中心として一定のRの円を書く…これに両極の点を加えるなら…正12面体が出来上がる…
 !
「ATフィールドの規模は?!」
「え?! ハ・ハイ! 少しお待ちください!」
 まさか…でも…そんな!
 でも…それ以外には考えられない。
 南極にはADAMが居た。
 なら、北極に何か居てもおかしくない。
 それにここの地下には…
「出ました! 直径約8千kmです!」
 それだけの規模があれば、世界中を覆う事も可能だ。
 でも、何のために?
 これが「E計画」の真髄なの?
 地下のLとA…!
 LとAには、活動状態のEとHを総て引き込むだけの力が…!
「そんな!」
 思わず立ち上がり叫ぶ。
 動揺がそれ以上先に思考を進ませない。
 立ち尽くし、唖然とした顔で弐号機を見つめるマヤ。
 それを驚いたように眺める実験所の面々。
 その瞬間、鳴り響く警報だけが、そこにある音の総てだった。

 

 少し時間は戻る。
 実験開始直前に、発令所にやって来た冬月に、松代から届いた結論を日向が報告しようとしたその時に、鳴り響いた警報によって言葉は遮られる。
 実験開始のカウントダウンが、丁度0を指している。
「なんだ?!」
「松代のMAGIUより入電! 北極南極の両極地点より、大規模のATフィールドの発生を確認! …他にも本部を除く、9ヶ所の実験所より、同等の規模のATフィールドが発生しています!」
「そんな!」
 慌てて報告する青葉と、驚愕に目を見開く日向。
 いつもと変わらぬ、平然とした顔の冬月。
「まだあります。実験所よりのATフィールドはパターンオレンジ! 両極のATフィールドは…! パターンブルー! 使徒です!」
「両極、実験所ともにさらにフィールド拡大! 互いに接近し…そんな! 融合を始めています!」
「くっ! 各実験所はおろか、世界各地の支部のどことも連絡がつきません!」
「融合始めた波形は…パターンパーブル! そんな! 今までにないパターンです!」
「かろうじて通じるのは、日本国内と中国の第12支部のみ!」
 報告すべき作戦部長も、E計画担当者も居ないのに、いつものように報告を叫ぶ二人。
 自分で考えていない。上司に意見を求めているだけだ。
「…どういう状況になっている?」
 それまで黙って見ていた冬月が、ゆっくりと口を開く。
 ハッっとして一度振り向き、慌てて状況をまとめに掛かる二人。
 フォログラムディスプレィに、ワイヤフレームの地球儀が描かれる。両極、世界各地等間隔に九ヶ所の点より円が広がり、互いに触れ会った円が融合していく様が見て取れる。
 広がった円は、一定の大きさまで広がり融合すると拡大をやめ、状況が安定する。
 融合した互いの円の範囲にないのは、本部、十ケ所目の実験所のあるここ、日本周辺のみ。
 ATフィールドの空白地帯が出来ている。
 逆に言えば、本部を中心に半径約3〜4千kmの地域だけが隔離されたような形になっているのだ。
 表示が終わり、指示を仰ぐように冬月を見上げる二人。
 老人の顔は…満足? いや、諦め? それとも違う。
「そうか…」
 例えるなら、静かな顔。満ち足りたものとも違う、満足げな顔。
 ゆっくりと立ち上がる。
「暫くは放って置いても大丈夫だ。両極の使徒も動けまい。フィールドを維持するだけでおそらく精一杯なのだろうからな。
 私は一旦戻る。変化があったら司令室まで連絡をいれたまえ」
「ハ・ハイ!」
 発令所に背を向け、歩き出す。
「………15年かかったか………」
 その声を聞く者は誰も居なかった。
 15年前にあれを見つけた。10年前に理論が証明された。
 そして、約束の時は来た。
「さて、老人達にはなんと言おうか…」

 

 

「XENON」

滅びの笛
繁栄の礎
神の心を知るもの
極の座に伏す最後の引き金
神の卵、想いのゆりかご
其は人なる身の触れることを叶わぬ物
人の知恵の限界を超える物
一なるものを生ずる。
其れこと、神の心
滅びの鍵

 

 

 救命ボートの上に立ち尽くし、かつて南極大陸のあった場所を見つめてる。
 今大陸に有るのは、2?4本の光の柱。
 否、光の翼。
 日本に居た頃、漫画やアニメで見た、白い鳥のような翼ではなく、昆虫類の翼に酷似した「それ」は、禍禍しい印象を彼女に与える。
「お父…さん」
 最後に見た父の顔は、今にも泣き出しそうだった。
 どうして? どうしてお父さんはそんなに悲しそうな顔をしてるの?
 私、悪い子? ごめんなさい ごめんなさい
 涙が溢れてきた。
 腹部に付いた傷が、痛んできた。
 赤く染まっていく海。燃えさかる空。
 総てが悪夢のようだった。
 夢だと思いたかった。
 でも、現実だ。
 紛れもない「自分の手で引き起こした」現実なのだ。
「これが、セカンドインパクトか…」
 不意に響いた少年の声。
 見ると…!
「!」
 浮いている。
 自分と変わらない位の年齢の少年が…宙に浮いて、光の柱を眺めているのだ。
 銀髪の温和な顔。紅色の瞳はただ静かにそれを見つめている。
「……あなたは、誰?」
 怖い、その感情が先にたった。未知なるものへの恐怖。外見すらも常人に比べると際立ったものであったが為に、それは倍増される。
 ゆっくりとこちらを向き「ニコリ」と微笑みかけたその顔に、安心する。なんだか暖かい感じがする。初めて会った筈なのに、どこかで会ったような気がする。
 どうして?
「葛城、ミサトだね?」
「え? …ウン」
 どうして?
「…………どうして、私のこと?」
 知ってるの?
 そんな私の問いに、彼はただ最上の微笑みで答えた。
「ありがとう」
「え?」
「…ありがとう」
 何を言ってるんだろう? この子?
「どうして?」
 どうして彼は、私に「ありがとう」なんて言うのだろう?
 私は悪い子だ。父さんの言う通りやったのに、こんなことになってしまった。きっと、私がなにかを間違ったんだ。
 南極大陸には今、光の柱から嵐が吹き出してきている。きっとペンギン達も消えてしまった。私が殺したんだ。
 たくさんの命を奪ったんだ! アレを使って「私」が!
 父さんは私をこの中に入れて捨てたの? 私が悪い子だから。
 父さん無しで生きていたくない!
 捨てられるくらいなら、父さんと一緒に死にたかった!
「私はひどい事したのよ! なんでそんな綺麗な笑顔で「ありがとう」なんて言えるのよ?!」
 訳がわからない。
 おなかの傷が「ズキリ」と痛む。
「僕は君のお陰で、この世に産れてこれた」
 え?
「君のお陰で、僕は彼と会えた」
 え?
「君のお陰で、僕はこうして居られるんだ。だから…」
 何を言ってるの?
「ありがとう」
 私が、何をあなたにしてあげられたの?
「起こしてくれて、ありがとう」
 起こす……?
 あれ?
 ………………………………………ぜのん?
 あの中には…!
「いやっ!」
 あの中に入っていたのは「人と存在と魂」
 「原始の恐怖」「最初の暗闇」「消失した存在」…「人の心と魂」
 ……存在のパンドラ。「狂気と想いの箱」
「私……」
 あれを開けたのは私だ。
 目覚めたのがわかった。産まれたのがわかった。
 何かが、歯車が狂ったのがわかった。
 出てきたのがわかった。
 存在してはいけないはずなのに、あるはずがないのに…「それ」は今そこに存在している。産声をあげている。
 私のせいだ!
「……どうしたら」
 翼を広げた悪夢は、人間の手には負えないだろう。
 人間は現実にただひとつだけ存在しているのだから。それ以外には存在出来ないのだから。夢は現実。現実は夢。存在は虚無。
 そして、目の前で繰り広げられる嵐は…変え様もない「刻みつけられた事」
「……大丈夫だよ」
 微笑みかけてきた少年の笑顔に目を奪われる。
 なんでこんな風に笑えるんだろう? 彼は。
 私は…笑えない。良い子になろうと決めた日から。それに、今の私は悪い子だから。
「確かにあれは放って置くと世界を食らい尽くすだろう。でもね」
 食らい尽くす? 世界って
「彼女がそれをさせない」
 誰が?
「誰が?」
「いずれ君は出会うよ。「彼女」にね」
 誰なの? いずれ出会う?
「あれは14の仔を放つけど、目覚めるには時間がかかる。彼女があれを「原初」の胎内に戻して思いを隠すから、十数年は何とかなるだろう」
「何を? 何を言ってるの?」
「僕は『この世の始まり』から今まで、その日の為に準備をしてきた」
 この世の始まり、宇宙の始まり。46億年も前から?
 あなた一人で?
「彼女は自らも一人児であり、僕はそこから派生する。君達人間は存在し続ける為に戦い続けるだろう。いずれ来るその時までね」
 もう、彼が何を言っているのかわからなかった。
 でも彼の微笑みは、私に安らぎをくれた。…少し、眠くなってきた。
「魂と脳と精神。母達と娘達と子供達。君はその戦いで先頭に立つ。戦乙女の先峰…」
 ゆっくりと大陸跡に目を移す。
 つられて私もそちらを見る。
 踊る光の巨人?
 違う。何かと争っているんだ。
 あの翼を広げた悪夢と戦っているんだ!
「悪夢は再び封ぜられる。でもそれは戦いの始まりなんだ。存在の存亡と、僕の心と、彼女の想いと…君自身の復讐かな?」
 翼を広げていた「あれ」がその力を減じていくのがなぜか解る。
 「原初」? 14の仔?
「仔らは一人であり、連続する魂であり、他人同士であり、元を、父を、母を求めてやってくる。同じ存在と相対し、やがてその中に込められた想いに気付く。そして自らもそれを知るんだ」
 何のこと?
「あなたは、何なの?」
 今まで出せなかった言葉。
 でも、彼は微笑むだけで答えない。
「さぁ、今言ったことは誰にも言っちゃいけないよ。世界の秘密の一部だからね」
 そう言って手をかざす。
「おやすみ。次に君が目覚めた時が、暖かい想いの中でありますように」
 眠くなってきた。眠い。寒くない。どうして?
 頭に霞がかかっていく。
「いずれ僕の事も思い出すよ」
 最後に彼の言葉が響いて……

彼は…フィフス・チルドレン?
渚カヲル?!

 どうして彼なの?
「…………………………」
 うっすらと目を開ける。
 安堵の表情をした少年。彼ではない。……誰だっけ?
「…ミサトさん…大丈……」
 腹部がいきなり痛んだ。
 焼け付くような痛み、デジャビィ(既視感)?
 思わず身体を折る。
 痛い!
「ミサトさん!」
 少年の声に現実に引き戻される。
 誰だっけ? この子は?
 眼球だけを巡らせて、辺りの様子を探る。
 顎髭に色眼鏡の男。異様な存在感をかもし出している。
 その側に14・5の少女。さっき見た少年と同じ銀色の髪。こちらからでは顔は見えないけど、きっと「彼女」も紅い瞳をしているのだろう…
 人工物で囲まれた部屋。大きな部屋。広がる赤い海。
 十字架に張りつけられた、異形の白い巨人は…受胎?
 何だろう? 以前に見たことがある? …第一使徒ADAM…
 違う!
 あれとは違う!
 でも、あれの気配を感じる。どこに?
「…ミサトさん?」
 再び私に呼び掛ける少年。
 少し気の弱そうな男の子。よく知っている子。
 ……サードチルドレン、碇シンジ。
 じゃあ、私は誰?
 葛城ミサト、父は葛城タケシ、葛城調査隊の隊長であり、世界最高峰の量子物理学者。南極で…多分死んだ。私を庇って…
 私は…?
 不意に目に入った自分の手に違和感を覚える。
 思ったよりも大きな手。身体が大きい? 大人の私。良い子を止めた私。
 特務機関NERV作戦部長、それが今の私の肩書き。
 やっと自分が誰かが思い出せた。
「シンジくん?」
 目の前の少年は今にも泣き出しそうだ。
 ゆっくりと頷いてくる。ゆっくりでないと涙が瞳から溢れそうだから。
「私ね…思い出しちゃった」
「え?」
 不思議そうな顔。…そうよね、私の記憶、あの少年、世界の秘密。セカンドインパクト…彼の生まれる前の物語。
 なら、彼は何なの? フィフスの少年は。
 彼が生まれたのはアレと同一日。
「セカンドインパクト…私だったのよね」
 泣きたくなってきた。父さんを殺したのは他の誰でもない、この私だったんだ。
 あれをこの世に出したのも私。
 なんて重い罪なんだろう、司令を非難する資格なんてない。私は人類の半分をその手で殺したに等しいのだから。
「今度ばかりは、もう駄目ね。私」
 痛い。多分致命傷なのだろう。少し息が苦しい。
「ミサトさん!」
 泣いている。男の子が簡単に涙を見せちゃいけない。そう言いたい。
 でも言えない。
 代わりに軽く安心させるように微笑む。あの時の彼の様にはいかないけれど。それでも精一杯に安心させたい。
「ごめんね、もう身体が持たないから、駄目」
 精一杯の思いやり、精一杯の微笑み。最後に彼にしてあげられるのはこれだけ。
「………レイ」
 向こうの方で碇司令が動く。
 レイをどうするの?
 硬直が解けた彼女が、ゆっくりと司令と目線を合わせる。
「始めろ」
「………はい」
 今度こそ海にその一歩を踏みだし………
 淡い光に包まれる。
 やおら響く轟音。
 天蓋を突き破って現れたのは……

エヴァ初号機!

 

 

 闇の中に浮かび上がる、冬月と12のモノリス。
「弐号機は起動しない。そんなことは初めから解っていましたよ」
 老人達の言葉に全く動じた様子もなく、淡々と答える。
『ならば、弐号機を他のEVAと同じく我々の用意したシステムを使えばいい』
「あなた方の言いなりになるシステム、ですか…」
 軽く溜め息を付く。
「そんなものを使う気は、元よりありませんよ。元来計画は12体のEVAと、12人の適格者を用いて計画を遂行、そういったものですからな」
『時間がないのですよ、人類にはね』
『最後の使徒は既に消えた。何を躊躇する』
 口々に成される非難。ものともしない。
「なら、あなた方は両極に何を配置なされたのかな?」
『……………………………………』
 押し黙るモノリス群。
「波形パターンは、青を示してますよ」
 反応を楽しむかのように、そこで言葉を切り、沈黙を示す。
「まあ、そんなことはこの際どうでもいい。あれが最後の使徒で無かったことなどね」
 ゆっくりと組んでいた腕を解く。
「今大事なのは、補完計画でしたかな」
『そうだ』
 01とかかれたモノリスだけが、平静に答える。
 他のモノリスは一様に押し黙っている。
『仮に弐号機が起動していたとしても、ダミーでない限り今の計画の遂行の役には立たん。そのことは君も重々承知のはずであろう?』
「えぇ」
『ならば、何故』
 ざわつく回りのモノリスと反対に、余裕の冬月。
「何の為の、補完計画です?」
『新たな世界を創る為だ』
『争いの無い新たなる世界をな』
『我々の統率の元』
「神にでもなるのですか?」
『そうだ』
 端から見ると狂人の会話。だが、彼らにはそれだけの自信と根拠が有る。
「人は決して神にはなり得ない。なぜならそんな存在は、初めから存在しないのですからね。それでも、ですか?」
『だからこそ、だ』
『有り得ない偶像ではなく、本物の神になるのだ』
『我々が』
「そうして、人間の総てを支配するのですね」
『人間は種の限界まできている』
『自らの壊れた愛に身を任せている』
『新たな種への人工進化』
『その新たなる種の頭脳となるのだよ、我々は』
「統率不可の群体を統率するために、ですか」
 深々と溜め息を付く。
 言い表せない怒りがその顔に刻まれているが、うつむいた彼の顔はモノリスからは見えることはない。
「既に言ったことの繰り返しになりますが…貴様等は絶対に神になどなれん!」
 口調が変わった。
 普段の彼からは想像もできない。
「そして既に人間ですらない。…そんな奴が神だと? ふざけるな!」
 怒りの余りに立ち上がり、手すらも振り上げている。
「貴様等は只単に人間であることを、人の姿を捨てただけではないか! 只の怪物が神になるなどという戯言をぬかすな!」
 唖然とするモノリス。
 予測不能の事態に脅え、恐れている。
 冬月コウゾウという老人の、予想を遥かに超えた怒りに。
 元来彼は自分を押さえて生きてきた。温厚な人間の面を被っていた。
 もし少年時代の彼を知るものがあれば、温厚な老人を演じる彼を見て、驚いただろう。
 誰も知らなかった。碇ゲンドウでさえも。
 青年期にあった悲しい出来事により、それ以後温厚な人物を演じてきた彼を。
 何時の間にか、演技が本性に取って変わった。そんな彼を。
『…………ならば』
 一番に立直ったのは、01のモノリス。
『我々は「何」ですかな? 冬月先生?』
 懐かしい呼び名。今の、過去の彼の一人。
 今よりも比較的近しい頃の呼び方。
 捨てた過去。セカンドインパクトを生き抜けた気性。
 それよりも近い呼び名。
 何とか自制する。
「そうだな……」
 怒りは納まらない。でも何とかできる。今までも何とかしてきた。だから…
「使徒、よりもずっと性質が悪い。怪物…悪魔と呼んだほうが相応しかろう」
 ゆっくりと椅子に座り直す。
「もはや未来の祝福を得られることの無い、呪われた存在」
 それは、私とて同様なのかもな…
 自嘲する。
『…他の者の祝福は望まんよ。祝福を与える神は、我ら自身なのだからな』
 ゆるぎない声。
『手札は確かに君達の方が多い』
『だが、過信はせぬことだ、ダミーの鍵は我らが握っているのだから』
『ダミーの持つ力、忘れた訳ではあるまい』
『9つの量産機、只の量産機ではない』
 自信、いや傲慢な調子で話続けるモノリス群。対する冬月は…こちらも余裕を見せている。
「あなた方こそ忘れていませんか?」
 01を見据え、自信たっぷりに続ける。
「ADAMもLILITHも我らが手の内にあり、MAGIオリジナルもある。なにより、初号機がこちらにあるのだ。量産機が幾ら来ようと、万に一つも負ける要素は我らにありませんよ」
『そうか?』
 何があるというのだ? これ以上。
『神の使徒が、我らに味方してるとしても、か?』
「それでも、ですよ。議長」
 議長と呼ばれたのは、01のモノリス。
「初号機が何か、あなたとてご存じの筈。今あなた方の行っている計画は、たやすくのっとられる可能性が有ります。その神の使徒とやらによってね」
 先程から、彼は他のモノリスには目もくれない。01とだけ会話をしてる。
『たとえ、亡骸が相手だろうと、我らの「器」と最強の神の使徒が、破れることはない』
 他人任せに聞こえる。
 それでも、それは支配する者にとっての絶対的自信。
「そうですか。なら、試してみてはいかがですかな?」
 現在量産機達は本部のMAGIによって動いている。他所から制御を行うことは不可能である。例えSEELEであろうと。
 両極に居る神の使徒とやらならいざ知らず。
『残念ですな』
「…既に10年以上前に決裂していたのかもしれませんな」
『所詮は呉越同舟でしたか…』
『戦線布告と取ってよろしいのですね? 先生』
「そうですな。既に碇も動いていることですし」
『……そうですか』
『最後まで御一緒できず、残念ですよ』
「………………………」
『……では』
 その言葉を最後に消えるモノリス群。
 暗闇の中に残されたのは、椅子に座る冬月ただ一人。
「これでいい」
 ゆっくりと目を閉じる。
「彼らも人としての生き方に絶望した。だからこんな計画に乗った」
 自嘲の笑み
 思い出す、あの時研究所で彼と再会した時の事を…
「私も同じだ」
 初めて彼と会った時、彼女に彼の事を聞いた時…
 セカンドインパクト…EVA。
 呪われた世界の中で、輝いていた…
「未来を選ぶのは、SEELEか、碇か、極上の使徒か……やはり子供たちだろうか?」
 闇の中に消える問い。
 ゆっくりと世界に光が戻ってくる……

 

 

「! セントラルドグマ最下層部にて、大規模のATフィールドの発生を確認!!」
「なっ!」
「パターン………なんだ!? これは?」

カテゴリー「LILITH」……………………RUN

 総てのモニタに現れた文字。
 その意味を知るものは…MAGI、赤木リツコ、碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、あとは彼女…碇ユイ。
 フル稼働を始めるMAGI、呼応するように聞こえたのは、EVA初号機の叫び声。
「なに!」
 驚きの余り、一瞬意味が解らなくなる。
 目の前で起こった状況を、理性が否定する。
 だが、確実にそれが起こったことを、モニタが示している。否定しようが無い。
 浸透してきた意味の重さに、司令室直結の受話器を取る。
「………副司令ですか? …EVA初号機が消失しました!!」
 モニタに写るのは、拘束すべき相手を失った…初号機の拘束具。
 壊されてはいない。居なくなったのだ。

 

 

 光に包まれ、ゆっくりと宙に浮かぶ綾波レイ。
 横で見守るのは紫色の鬼、EVA初号機、眼下の碇ゲンドウ。
 その光景に目を奪われているシンジとミサト。
 そして、レイの目標物たる、LILITH。
「……あれが「原初」…じゃあ初号機は…?」
 呟くように、絞り出すように声を紡ぐミサト。必死に何かを思い出そうとしている。
 私のおなかの傷、受胎したLILITH=「原初」?
 何かがつながろうとしている、まだ思い出し切っていない。思いださなきゃいけない、そんな気がする。
「悪夢、「彼女」、「原初」、フィフスチルドレン…それにレイ、初号機」
 単語を上げていき、必死に思い出そうとする。
 フィフスを上げた時、流石にシンジ君が反応する。
 もの問いたげな顔、でもその問いに答えてられる程余力は残っていない。
「光の巨人、発掘されたのは…?!」
 ぜのんと、これは何?
 不意に見えたのは………人?
 どこかで見た、どこで?
『起きなさい…』
 誰に言った言葉?
「……起きなさい」
 ハッと見上げる。今言ったのは、私じゃない。
 レイ?

 光輝くレイ。
 呼応するように唸る初号機。
 蠢く胎内の…?
 そして、LILITHが顔を上げ…

目覚める。

 

 

 圧倒的な光の奔流がジオフロントにまで流れ出す。
 一条の光、天空に上り、9つに別たれはじけて飛ぶ。
 呼応する9体の量産機達は、プラグの中も、コアさえも、LILITHの思いに支配されていく…
「…ひとつになりたい」
 LILITHを通じた「彼女」の想いに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん! お母さん!」
 まだ幼い少女が、両親に向かって走っていく。
「ほら、こっちだ!」
 父も母もキャンピングシートを敷いてお弁当を出して待ってる。
「まってよ! おねえちゃん」
 後ろから走ってくるのは、弟のトキヤ。
 まだ小学校にすら上がっていない弟と、競争している。だから…
「ほら! 早く来ないとお弁当あたしが全部食べちゃうわよ!」
 またない。
 そのまま走っていき、一直線にお父さんに飛び付く。
「いっちばぁーん!」
「はい、ごくろうさま。頑張りなさい! トキヤも!」
「はぁーーい!」
 お母さんはそう言いながらも私にお茶を渡してくれる。
「ありがと、お母さん」
 受け取って一気に呑む。
「んっんっんっんっんっ、ぷはぁー! おいしい!」
 走った後に冷たいお茶。最高においしい!
 見るとトキヤももうすぐ来る。私はトキヤの為にお茶を入れてあげる。
「ハァッハァッハァッハァッ…ひどいや、おねぇちゃん」
「ハイハイ、そう言わないの。はい、飲みなさい」
 受け取ると一気にあおる。
 くすっ、あたしと同じだ。
「よし、みんな揃ったから食べるか」
 トキヤと私が落ち着いたのを見て、お父さんが声をかける。
「「うん!」」
 思わず声を揃えて私達が答えるのを見て、苦笑するお父さんとお母さん。
「はい、それじゃ。いただきます」
「「いっただきまぁーす!!」」
 またも声を揃えて一気に食べ出す。
「おいしい!」
「うん!」
 凄い勢い。急いで食べる。
 やっぱりお母さんの作る料理が一番!
「ほら、まだ一杯あるから、急いで食べなくても良いわよ」
 あたたかい。
 お母さんの声が、その気持ちが。日差しよりも何よりも、一番やさしく、あたたかい。
「まあいいじゃないか。元気なのは良いことだし」
 いつもは余り遊んでくれないお父さんも一緒だし。天気は良い。ピクニックがこんなに楽しいなんて初めて!
「ミサト、お父さんにもそれをとってくれるか?」
「うん! はい!」
 頷いておにぎりを差し出す。
 幸せな時間…このままずっと……このままで居たい。

 

 

 世界各地で人々は夢を見ていた。
 幸せだった頃の夢を見ていた人もいる。懐かしい夢を見ていた人もいる。
 しかし、それは所詮夢。
 「悪夢」と「原初」の見せた、只の夢。
 通過儀礼
 続いて異変が起こる。
 9体の量産機が呼応した瞬間、ビクリ! と総ての人が反応する。そして……

ぐしゃり

 総ての人ではない。
 反応した人の一部が…崩れたのだ。
 それは心の弱い人、回帰願望の強い人。そういった人なのかも知れない。
 そうやって肉体を崩し「原初」へ還っていく……
 そしてその力はLILITHを基とし、量産機を通じて、徐々に広がっていく…
 そして崩れる人々が増えて行き……

 

 仮面の下のLILITHが、碇ゲンドウに呼応するように「ニタリ」と仮面の下で笑う。
 初号機はピクリともしない。
 胎内のそれが身じろぎをする。
 レイの瞳は閉じられ、ただ一心に何かを祈るように…
 それを唖然と見守るしかないシンジ。
 閉じられたミサトの瞳から、涙がこぼれた。
「………お父さん」

 

 

「……まさか、かような手段を実行に移すとは…」
「このままでは、世界は原初に戻ってしまう」
「進化どころではなくなってしまう」
「どうする? XENONプログラムを実行に移すか?」
「それ以外あるまい」
「駄目だ」
 狼狽える面々を制したのは01のモノリス。
「今プログラムを実行に移さば、総ては水泡に帰し、二度と計画は出来ない」
「しかし!」
「このままでは、計画どころでは無くなってしまいます」
「碇の思惑通り、総てを始まりに戻すことになってしまいます」
「忘れたか? 我らには「奴」が付いているのだ」
 オォ
 感嘆するようにモノリス群が唱和する。
「対LILITH用の切り札なのだからな。それに、XENONプログラムは…」
 一旦切った言葉。
 何かを隠しているような気配。
「我らの進化の為にある」

 

 

両極上
 少年と巨人。
 何か異質で、強い力がフィールドに触れた。
「来た! ………………………………そうか、やはり胎内と、あそこにあるのか。それにこれが最後の……鈴原君!」
『応!!』
 反転するATフィールド。
 ただ反転しただけではなく、違う力が働いているのだろうか?
 圧力が抜ける様に、何かの力が両極のフィールド内から虚空に向けて放たれていく……魂の器を砕く力が。
「よし! 鈴原君?!」
『こっちもOKや! どうするんや? これから』
「僕はあそこに向かう! 君はシンジ君達のところへ!」
『よっしゃ!』
「気を付けて! 多分、すぐに奴等は動くから!」
『はいよ!』
 湾曲する空間の中に消える四号機。
 どこでもない空を見つめるカヲル。
「僕も…急ごうか」
 虚空に消える。
 どこをめざして?

 

 

 いつの間にか気を失っていた?
 ? 私、泣いているの?
 どうして?
 …………懐かしい夢を見た気がする。幸せだった、セカンドインパクトの起こる前の記憶なのかな……
 愛されていたあの頃。頬が引きつる感じ、手で触れたのは涙のあと。
 私は泣いていたんだ。懐かしかった。戻りたかった。でも許されなかった。
 私の手は罪に塗れていたから、回帰することは出来ないんだ。
 …回りを見渡す。
 みんなが倒れて……!
 何? あれ?
 かつて人の形をしていた物。かつては人であったはずの、服をまとったそれは…只の蛋白質の固まりだった。
 白っぽいぐにょぐにょした、水にまみれた物体。
「うぐっ!」
 吐きそう。気持ち悪い。
 何? 一体なんなの!
 崩れた人とそうでない人々。異様な匂いの立ち込める実験室。
 今意識を保っているのは彼女、伊吹マヤただ一人である。
「何が起こったの? 一体…」
 思い出そうと気持ちを落ち着けようとする。悪臭が漂い気が散る。でも、直前に何が起こったか位なら…ゆっくりと頭の表層に浮かんでくる。
 カテゴリー…そう! カテゴリー「LILITH」!
 地下のLが動いて、地下から光が溢れてきて…気を失って…
 ………そこまで思い出して、モニタを見る。
 ERRORは出ていない。プログラムは終了段階手前まで一度行って、そこで強制終了させられるなにかが起こったんだ。そうとしか考えられない。
 ERRORでなくこれは……何?

 必死にプログラムの止まった理由を考える彼女。
 そのモニタにだけ目を向けているから彼女は気付かなかった。アスカの神経グラフが、ALL・GREENを示していたのを。
『ママ……』
 アスカも、泣いているのだ。
 母の腕に抱かれ…

 

 

 崩れかかったミサトさんを抱いて、十字架を見つめ続ける。
「………誰? ………お父さんなの?」
 うわごとの様に、ゆっくりと呟くミサトさん。
 何も出来ない。この人はもうすぐ逝ってしまう。腹部に受けた致命傷と、心を侵すあの光のせいで……
「…そっか、私が起こしたんだ……なんで忘れてたんだろ?」
 もうどこも見ていない、虚ろな瞳。
「彼か…生まれた」
 意味の無い言葉。そうとしか思えない。
「ぜのん、生まれたんだよね? お父さん」
 ぜのんってなんだろう? さっきから何度も出てきているけど。
 解らない。
「あれが初号機だったら…」
「原初から生まれるのはなに? 私達なの?」
 白い、磔にされた巨人の仮面が音を立てて崩れ落ちていく…
 !
 なんだよ? あれ……
「そっか、あなたもあれの中から来たのね……」
 穏やかに、驚くほどに穏やかに、あの巨人に語りかけるように…
「…私達と同じね」
 その仮面の下の素顔は、目が無い、鼻もない、当然眉もない。只口だけが「ニタリ」と笑いの形を作っている。
 人間の浅知恵をあざ笑うかのように…
「そっか…ありがとう、レイ…カヲル」
 え?
「御免ねアスカ…シンジくん…」
 ミサトさん?!
「………お父さん……」
 そう言ったきり、彼女は動かなくなった。
 否、動かないのだ。溶けてしまったから…僕の手の中で、ただの蛋白質を水の固まりと化してしまった。
 消えてしまった…ミサトさんが!
「あ・あ・あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 涙も出なかった。実感が消えてしまった。
 ミサトさんを抱いていたことも、そこに彼女が居たことも、指から砂が滑り落ちるかのように、溶けていってしまった。消えてしまった。
「ミサトさん! ミサトさん!!」
 ただ、ただ、叫ぶ。
 失ったものの大きさに心が耐え切れない。穴が大きすぎるのだ。
 喪失が大きすぎるのだ。
「…ミサトさ・ん…」
 涙で前が見えない。声にならない。
 暫く泣き続けた。

 

…彼をよそに時は流れていく…
…悲しむ暇を与えない程に…

 

 唖然とした顔でLILITHを眺めるレイ。
「私を…拒むの?」
 辛そうな顔、今にも泣き出しそうに、歪んだ顔。
「どうして?」
 還りたい、でも。
「もう、還れないの? あの場所に」
 見守る初号機、碇ゲンドウ。
 ゲンドウの顔には悔しそうな顔。滅多に見られることの無いその表情。
「老人達め、まさか代替品にアイツを使ったのか?」
 初めから老人達に11の力を用意出来るはずが無いのは解っていた。それでいてそれを任せたのは、代替品も所詮ダミープラグその物を使用するから、十分LILITHでのっとる事が可能だという自信があったから。
 失敗する可能性は無いに等しかった。彼らが代替品に第拾七使徒の魂を用いない限り。だが老人達はそれをとった。
 もしそうすれば、彼の計画も老人達の計画も水泡に帰するのは、解っていたはずだというのに…
「老人達を甘く見過ぎたか?」
 こうなっても自身等の補完計画には支障が無いとでも言うのか?
 …『ロンギヌスの槍』…いやXENONの最終制御装置は、既に地上には無い。
 ならばXENONを使用することは、暴走させることに等しい。他の連中はともかく、キール議長は解っているはずだ。
 ……まさか、な。
 考え過ぎだ。他の可能性も有るのだから、もう少しよく検討しないと…
 いや、計画を始めた以上、立ち止まっている暇はどこにもない。頓挫した計画は二度と発動出来ないであろう。以前のやり直しに15年もかかったのだ。以前は我々は殆ど被害を被らなかったが故に15年。今度は同じ年月では恐らく不可能であろう。それくらいの予想は容易にたつ。
 ならば…
「…レイ」
 呼ぶと同時に息子に目を向ける。
 ……葛城三佐だったものを胸に抱いて、泣き伏せている……10年前の私を見るようだ……十年前の過ちは、今ここでなら取り戻せる。
 もはや使徒の無い世界にEVAの利用価値は補完計画以外に有り得ない。だからもう初号機も用済みだ。それに…
「初号機のコアを出せ。……予定とは異なるが……還してやろう」
 この魂への礼もせねばならん。約束は果たさねばな……
「…………………ハイ」
 私の視線を追ってシンジを眺めていた。
 もう覚えていない筈なのに…忘れていないのか?
 いや、そんなはずはない。感情は継承されようとも、記憶は継承されることはない。
 なぜなら人の記憶とはその脳内の海馬に記憶物質と呼ばれるものを溜め込む事によって記録されるのだから………いや、もう一つ記録する場所があったな。
 「彼女」の本体。メモリーに蓄積される46億年以上にも及ぶ記憶。その中にあるのだから…しかし、今の彼女にそれを行う術はない。今の彼女は、自らも一人児なのだから。
 そんなことを考えている間に、初号機に近づくレイ。
 初号機の胸部に近づき…手をかざして……

光がはじけた!
 

 

 

「現状はどうなっておるのかね?」
 副司令の不意の言葉に一気に我に帰る。
 夢を見たのか? 泣いていたのか?
 コンソールにかかる自らの長い髪。目の端に捕らえた文字が一気に頭を冷やしていく。
「市街地に大規模な空間係数の異常が見られます!」
 なんだ? このパターンは。今まで見たこともないぞ!
「う・うぅ…」
 それになんだ?
 さっきから奇妙な匂いが鼻に付く。腐った臭い…ではない。
「日向君、大丈夫かね?」
 その言葉に隣の男の方を見る……………うっ
 顔が半分…溶けかかってる…
 なんでだ?
 ふと、耳にどこからか悲鳴が聞こえたような気がした…
 発令所の下の方に目をやる……ひでぇ……
 何かどろどろの物に変化した者。溶けかかってそれがゆっくり進行して行ってる奴…それを見て腰を抜かしてる奴…
 隣の日向二尉も、確かに溶けかかってはいた。だが、彼の進行はそこで止まっていた。それが不幸中の幸いだろう。
 ひょっとして本部中でこんなことが起こってるのか? だったら、あの副司令はその中を歩いて来たというのか?
 考えに沈んでる暇は直に無くなった。表示された状況がそれを許さなくなったのだ。
「空間湾曲さらに増大! おまけに数がどんどん増えていってます!」
 なんだ? なにが起ころうとしているんだ?
「う・なにぃ! 大変です、副司令! 米・露・独・伊・中の各国からNN弾頭搭載の大陸弾道ミサイルが本所に向けて多数発射されました!」
 苦しそうに、日向二尉が現状を報告する。
 国連は、ここを消しさるつもりか?!
「空間湾曲の数と、正確な位置。ミサイルの数と予想到達時刻を報告したまえ」
 あくまで冷静に、いつものように、的確な指令が下される。
「「了解」」
 忙しくコンソールを叩く二人、それを補助するかの様にフル回転するMAGIシステム?
 何時の間にMAGIが使用可能になったんだ? まぁいい、助かる。
「……出ました! 市街地に1・2・3…九つの空間湾曲を確認! ? これは…?」
「こちらも出ました。弾数合計…現存する総てのNN弾頭を使用してきています!」
「もう一ヶ所出ました! ジオフロント内にて、同様の空間係数の増大を確認! こちらの数は一つです!」
 何が出るんだ?
「市街地の九ケ所は、あと二分で空間係数最大、空間が割れます! ジオフロント内のひとつもその10秒後に同様に最大になります!」
「ミサイルの予測到達時間出ました! 1分強で市街地に初弾が着弾。続いて30秒以内に全弾着弾します!」
「副司令!」
 指示を仰ぐ為に振り返る…何故だ?
 何故あんな穏やかな顔をして居られるんだ? あの人は。
「……やはり、老人でも碇でもなくか……」
 何を言ってるんだ?
「…あと一分と言っていたな…」
「ハ・ハイ!」
「ならもうじきだ。衝撃に備えたまえ」
 明日の天気を言うような言い方だが、確かに今しなければいけないことだ。
 本部にまでの被害は…MAGIの予測によると軽微らしい。だが、どれだけの衝撃がくるのかは、はっきり言って予測不可能だ。
 そう言った副司令自身も椅子に座り、とりあえず対策はしている。俺も…
「…あと10秒!」
 発令所全体に響くような声で日向二尉の叫びが響く。
「8・7・6・5・4・3…」
 無慈悲なカウントが続く。衝撃に備えるよう机に手を掛ける。
「2…」
 南無三!

来た!

 余りの轟音と衝撃の為、馬鹿になる耳と真っ白になる頭の中。
「く・助かったか?」
 砂嵐だけを写すモニタ。コンソールを叩きながら何とか回復させようとする。
 市街地のモニタは全部いかれた。山頂の望遠もやられてる…ならジオフロント内のカメラ群は?
「大変です!」
 作業をしている俺達を遮るように、発令所に駆け込んできたのは伊吹二尉。
「どうしたのかね? 騒々しい」
 咎める副司令を見上げ、ゆっくりと息を整えようとする。
 ……よし、このカメラなら行ける!
「画面、ジオフロント内を写します」
「量産機のEVAが全機消失しました!」
 彼女の言葉と共に回復するモニタ。
 …なんて事だ…23の特殊装甲板が総て消し飛んでやがる…
 真円に近い形で地獄の蓋を開けたジオフロント。もう夜か…ぽっかりと開いた穴に浮かぶ月…今夜は満月だったか? いや、それにしては明るすぎる。自ら光っているとしか思えない…?
「なんだ? あれは」
 歪む空間、割れていく、砕けていく…
 砕けた空間から白い指が出てきて、空間の縁を掴み…広げて、出てきた!
「そんな!」
「何故伍号機〜拾三号機がこんなところに!?」
 割れた九つの空間。そこから出てきたのは紛れもない量産型EVANGELION!
「うそだろ?」
 手にした剣は断罪の剣。
 白いは虫類を思わせるそのフォルムは、異形であるが故に、かえって神々しさをかもしだしている。
 落下する途中で背中から大きな翼を広げ、滑空するかのようにゆっくりと、ゆっくりと降りてくる。
「ほう、もうひとつは四号機だったのか…」
 何気なく吐かれた副司令の言葉に量産機から視線を反らせる。
 黒いボディ、悪夢のようなその姿は、第拾三使徒…参号機そのものである。
 そんな! 四号機は米国第二支部とともにディラックの海に没したんじゃ……
「……なにこれ? 量産機は総てダミープラグで稼働しています。九体共にパターンオレンジです!」
 いつもの定位置に戻った伊吹二尉が、コンソールを殴る様に叩きながら聞かれもしないことを答える。
「…四号機のパターンは青! MAGIは四号機を使徒と認識しました!」
「嘘! そんな! 四号機にはパイロットが乗ってるんですよ!」
 パイロット?
「誰かね? そのパイロットは?」
 誰だ? 確かにチルドレンは今殆どがどこにいるかわからないが、あんな機体を操れる人材は居たか?
 …まてよ。確か消えた参号機のコアはパターン青…まさか!
「…フォースチルドレンです……」
 天空を舞い、滑空しながら舞い降りる九体の断罪の天使達。
 それを見上げる悪魔のごとき姿の四号機。
 パターンオレンジの量産機。パターンブルーの四号機。
 果たしてどちらが俺達の味方で敵なんだろう?

 

 

「あ”ぁ”ぁぁぁ、吐きそう…気持ち悪りぃ…」
 弱音を吐きながらも毅然とし、空を見上げる。
 輝く満月。その光を浴びて立つ漆黒の巨人−−EVA四号機。
「ジオフロント、やな」
 一度だが見たことがある。列車の上から。
「来よったか、あいつの言うた通りやな」
 空を舞う9体の量産機達。手にするのは全長程もありそうな巨大な剣。
 広げられた翼。巨大なEVAをも支えきる程の浮力をATフィールドの力と合わせて生み出す、巨大でそれでいて美しいそのフォルム。
「でもな、行かさへん」
 そう呟いて、何もない筈の空間に手をかざす。
 空間が歪むのが感覚でわかった。その中に手をねじ込む。
 ……あった!
 歪みの中から手と共に出たのは剣?
 柄は確かに長剣だ。だが刀身がプログナイフ程しかないのだ。
「よし」
 力を込める。
 体内で力が作られていくのが解る。
 人が物を食べ、それをエネルギーに変換するのと同じように、人造人間EVANGELIONはSS機関を内包することにより、大気中の元素を体内に取り込み、それを無限のエネルギーに変換することが可能なのである。無論直接食らう事による摂取に比べるならばそれは微々たるものではあるが、それでもただ電気で動かしている時とは比べ物にならないほどのエネルギーを生み出すことが可能なのだ!
 そうして生み出されたエネルギーがATフィールドという形をとって刃を形成していく…瞬く間に、そこには光の刃をもつ数十mの長剣が現れていた。
「準備完了」
 剣を構え、量産機を見上げる四号機。
「ダミープラグ、か…もしあいつの言うた通りの代物やったら…俺にはやりづらいな」
 フォースチルドレン・鈴原トウジ。
 ゆっくり剣を構え、御使いの舞い降りるのを待ち受ける。
「いつでも、来いや」

 

 

「何?」
 どこかで響いた轟音が、意識を表層にまで乱暴に押し上げ、覚醒させられる。
 でも、ここは暖かい。いつも私を暖かく包んでくれる。
「ママ?」
 さっきまで居た。優しいママ。
 パパも一緒だった。
 あれは何時のことだったんだろう?
「………EVAの中なの?」
 また乗ってるの?
 起動するはずないのに……出来るかな?
 なんでそんな風な結論に至ったのかは解らない。でもやってみようという気になった。やってみたいと思った。
 何故だか「出来る」そう思った。
 だからエントリープラグ内で姿勢を正し、イジェクションレバーを軽く引く。
「EVANGELION弐号機、起動!」
『第一次接続…異常無し、続いて第二次接続…完了。
 EVANGELION弐号機起動しました。』
 へ? 起動したの?
 唖然とする。
 今までの気負いが嘘のように簡単に起動したのだ。拍子抜けするなと言うほうが無理というものだ。
「ちょっと! ミサト! リツコ! 誰もいないの?」
 ちらりと移した視線の中の実験所には、誰も居なかった、無人だった。
「ったく、無責任極まり無いわね」
 こちとらなんだかすっごく気分が良いのにそれを害さないで欲しいわね。
 でも…さっき変な夢を見た。
 違う。懐かしい夢?
 ここに来る前、EVAのパイロットに選ばれる前の普通の女の子だった私の夢。
 ママが死ぬずっと前のこと。
「マ・マ…ママ」
 夢の中でも会えた事が嬉しかった。
 言ってくれた。
 『いつでも貴女の側に居るわ。いつでも貴女を守ってあげる。いつでも貴女を包み込んであげる。…だからもう泣かないで、ね』
 夢の中でも嬉しかった。その言葉が嬉しかった。ママに縋りついて、泣いた。
 でも、現実には一人ぼっちだった。今彼女を守ってくれる人は誰も居なかった。
 それでもそこにはEVAがあった。
 『…心を開かなければ、EVAは動かないわ』
「…優等生の言う通りなわきゃないけど…心と心を繋ぐ…ママの心だったらいいのに」
 事実を知らない少女は、ただうつむきながら呟く…
「そしたらずっとママと一緒に居られる。ずっとママが守ってくれる。ずっと私のことを見ていてくれる。私の事だけを誰よりも見ていてくれる」
 乾いた涙の跡は彼女にはない。LCLの中に消えて行ったのだから。
「もう他に何もいらない。ママが私を見ていてくれたら、もう私はお人形なんかじゃなくなる」
 ……だんだんと内にこもる気持ちとは裏腹に、ゆっくりと上がっていくシンクロ率。
 不意ににぎり締められた彼女の手に反応して、通信装置のスイッチが入る。
『いつでも、こいや』
「え?」
 聞き覚えのある声。誰だっけ?
 いつの間にか入った通信機のスイッチに、浮かび上がる合計11の機体の通信モニタ。
 だが彼女の目は、誰も乗っていない「EVA−01」のウインドゥよりも、見覚えのある短髪の少年の写っている「EVA−04」のウインドウよりも、その他の並んだ九つのウインドウに目を奪われた。
 銀色の髪の少年。紅い瞳。それだけなら驚くことはない。いくらファーストチルドレン、綾波レイと特徴が酷似していようとも、驚くには値しない。
 だが、EVA−05〜13まで同じ顔の少年が搭乗しているのだ。表情に変化はない。だけどその笑っているような顔は、ママが持っていた人形のようで……
「何よ? これ?」
 声が震えるのが止まらない。
 同じ顔の少年達…クローン?
 EVAを動かしてるっていうの? あんな人形みたいな連中が……
 あれがいれば、私は必要ないの?
 あの人形達が居ればEVAを動かせる。あれが居ればパイロットなんて必要ない。
 ママと同じだ…人形が私の役割を取っていく。また、私からママを奪っていくっていうの? 人形のくせに!
「いや……」
 もう、ひとりはいや。
「……いや……」
 もう私からママを奪わないで。
「…………いや……」
 私からEVAを取っていかないで。
「………………いやああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
 叫びに呼応するように、瞳を開ける弐号機…そして…………

 

 

 装甲板が消し飛び、コアを剥き出しにした初号機。
 そのすぐ前に淡い光を纏いながら浮かび上がる綾波…幻想的な風景。幻のように美しく、瞳の自由を奪うそれは、確実に現実に起こっていることだった。
 ゆっくりと、でも確実にコアに近づいていく綾波。
「………………………」
 沈黙だけがその場を支配していた。父さんも、僕も、綾波も、そして当然初号機も目の前の磔にされている物体も何も言わない…
 ただ綾波がゆっくりと初号機に近づいていく…それだけじゃない。
 磔にされている物体の腹部。何かが蠢いている。
 なんだ?
 …喉がカラカラになる。唾を飲み込む音がやけに響くような気がした。
 …………やがて、辿り付いた初号機に手をかざす。
 コアに手を近づけていき………
「くぅ!」
 その手が徐々にコアに埋もれて行くのと同時に、綾波の口から呻き声が漏れて聞こえる。
「綾波!」
 僕の知ってる彼女とは違うのは解っていた。でも叫ばずには居られなくなった。
「くぅっ! あぁっ!」
「父さん! なんなんだよ! 綾波に何をさせようとしてるんだよ!」
「黙っていろ!」
 こちらも見ずに声を張り上げる父さん。
 …そういえば、父さんが怒鳴るなんてことは…珍しいことだ。
 いつも声を荒げることをせずに、静かに怒りを表す…その言葉が怖かったのに…
「だったら教えてよ! 何が起こってるんだよ?! 何を綾波にさせようとしてるんだよ?!」
「…答える必要はない」
 綾波を見据えてるんだろうか? ここからじゃわからない。
「なんだよそれ!」
「いいから黙っていろ! シンジ!」
「ぐっ! くあぁっ!」
 僕の叫びと父さんの声、綾波の呻き声と蠢く「何か」
 地獄の静寂の中で響く音は、意外な程に多種多様であった。
 既に両の手をコアに突き刺して…いや、融合させている綾波は、このままコアの中に消えてしまうのか? そんな風にも思えてしまう。

 …どれくらい続いたんだろう?
 何時間もたったような気がするけど…実際には数分というところだろう。
 プラグスーツの手の甲に付いてる時計を見る…もう夜だ。
 不意に綾波の声がやんだ。
 ゆっくりとコアから両の手を抜く。
 まるで水に手を入れていたかのように、僅かな波紋だけを残して手は抜き取られた。
 そのままゆっくり、ゆっくりと地上に降りてくる。
 それを迎える様に手を広げ、歩み寄ってゆく父さん。
「……………ユイ」
「!」
 父さんの口から漏れた言葉にギョッっとする。
 母さん? なんで母さんの名前を?
 …理由は…直ぐに解った。「ザワザワ」という音と共に綾波の髪の色が変わっていく…実際には生え変わってるのかもしれない…銀色の髪から褐色の髪に変わってく…
 母さん?
 あれは、母さんなのか?
 ゆっくりと脳の奥の方から浮び上がって来る記憶。
 僅かに覚えている母さんの微笑み。
「……………………………母さん?」
 僕の声は小さ過ぎて届かない。
 そのまま降り立つ。
「…ユイ」
 再び呟いた父さんの言葉に答えるように、顔をあげて微笑みを帰す。
 …でもそれは、僕の覚えてる母さんの微笑みとは違う、そんな気がした…
 なんだか白痴の笑み…そんな感じがした。
 初号機が、僕のほうを見ている…気のせいだろうか?
 父さんが歩みより、母さんの名で呼ばれた少女を抱きしめる……
 彼方で響き渡った轟音も、目の前の景色も、さっき以上に現実感を欠いて僕の瞳に写る…
 僕はそれを唖然と見るしかなかった。

 

 

『いやああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!』
 突然響く叫び声。
「惣流?!」
 叫んでいる、泣いている。
 金色の髪を振り乱し、狂気のような蒼い瞳はどこも見つめていない…
「オイ! 惣流!」
 返事はない。
 開いたウインドウ、不在の「EVA−01」は良いとして、「EVA−02」のアスカの狼狽えように舌打ちする。最悪の事態かもしれない。
 それと同時に「EVA−05」〜「EVA−13」のモニタに写る光景…聞かされてはいたが、やはりショックだ。
 未だゆっくりと舞い降りてくる量産機。
 それよりも、今一番の危険は、下から突き上げてくるような力。物理的に壁を突きやぶり、真っすぐここを目指して来ているのが手に取るように解る。何故か解る。
 狂気に染まった意識が、乱暴に叩き付けてくる。
 シャフトをよじ昇ってくる弐号機。
 舞い降りてくる九体の量産機。
 いくらこちらがSS機関を有した有人機であっても、数で勝るダミーによる無人機(?)と、活動に限界はあっても執念で勝る有人機の総てを相手にするには、はっきり言って辛いものがある。
 分が悪い。
「ちっ、はよ戻ってこい、渚」
 通じないのは分かっていても、呟かずには居られない。
 このままだと、弐号機のほうが早く到達する。
 …自分に弐号機は殴れない。殺せないだろう。
 だが、真っ先に弐号機の標的になるのは、恐らく自分であろうということは解る。
「……畜生ぅ」
 仕方ない、暫く食い止める事だけに集中しよう。
 身体を大穴の開いたままになってる本部に向ける。
 …やがて、穴の中から赤い手が出てくる。縁を掴み、ゆっくりと身体を引き上げてくる…顔、首、上半身が出たところで、スピーカーからこの世総てを呪うような声が響く。
『そうよ! みんな、みんな死んじゃえばいいのよ! あたしとママ以外の誰もこの世にいらない!』
 ……吐かれた言葉に心が凍る。
 これがあの少女の声か? 生意気で、それでいていつも明るく回りを巻き込みながら、それでも生気に溢れた想いを身体中から発散していた、惣流=アスカ=ラングレーなのか? 本当に?
 確かに彼女の口から出た声であっても信じたく無かった。
 背後で木々の折れる音がする。
 ? あんな所に畑がある。
 その上にも無慈悲に量産機は降り立つ。
 …………………………………………………最悪のタイミングや。
 はよ戻ってこんか、渚!

 

 

「構いませんよ。少なくともあなた達に縛られるよりも、絶対的な自由を欲する事のほうが、僕にとっては大切なのですからね」
 暗闇の中、淡い光の中に浮び上がる渚カヲル。
 12あったモノリスは、その内の半分が既に光を消している。
「しかし、なぜだなぜXENONの有りかが解ったのだ」
 彼にしては珍しく狼狽えるように、01のモノリスが問いかける。
 対する彼は…嫌味な程に余裕を見せている。
「簡単なことですよ。補完計画の副産物…といったところです」
 そう言いながら手の中の白い物体を撫でる。
「ATフィールドで世界総てを包むということは、言ってみれば世界中を一つの生命体にすることとある意味同義です」
 それと同時に、またモノリスの一つの光が消えていく。
「自分の身体の中に何があるのか、その程度の事くらい簡単にわかりますよ」
 フィールド総てを一つに融合することによって、その瞬間なにも隠すことが出来なくなった。そう言ってるのだ。
「それに、僕の身体も量産機の9体と、NERV本部の1体だけですしね、残りは」
「……どう言う意味だ?」
 絞り出すような声。回りのモノリスは次々と光を消していく。
 今残ってるのは、もう01の一つのみ。
「言ったでしょう?
 僕の欲しているのは自由。あなた方の都合に左右されない絶対的な自由」
 何かが崩れ始める音。光が薄れていくモノリス。
「造り物の器に縛られる事無く生きる。それが僕の望むことですよ。キール議長」
 聞き届けたかどうかギリギリに光を消すモノリス。
 もはや彼の回りに生きているモノリスはない。
「これで、終わりだな」
 呟きと共に放たれた衝撃波。
 その衝撃波の直撃を食らって、崩れ去るモノリス群。後には何も残らない。
 ただそこに静寂が残るのみ……
「急ごう、彼らが待っている……」
 渚カヲルの消えた後、そこには暗闇と静寂だけが残った………

 

 

 

最終話








最終話Bパートに続く


新世紀エヴァンゲリオンは(C)GAINAXの作品です


後書き
 ………………………………長かった。
 潜伏期間も長かったが(約四ヶ月!)、執筆期間も文量も最長記録を更新した。
 …死ぬかと思った。
 お久しぶりですBLEADでございます。
 しかし…長い、自己最長記録を1.5倍程更新してしまった…しかも全然嬉しくないんだよなぁ、これが。
 まぁ、戯言はさておくとして、実はこれまたもや冗長になり過ぎまして、そのせいで53K近い(超えたかな?)本文を書くことになってしまった。
 しかも前回のせいもあって大分話を削ることになった。それでこれなんですよ…気に入った分の表現量は惜しまないタイプなので、書いていく内にわんさか文章が増えていく…初めの見通しが甘かったせいもあって、こんな後になるほど長くなると言う不恰好なことになっていますが、これも私の構成力と計画性のなさに起因することです。
 恐らく多分なるご迷惑を掛けている丸山さんと、分譲住宅の管理人渚カヲル氏にお詫び申し上げます。
 次は…出来るだけ早く、出来れば映画公開前に丸山さんお渡ししたいと思ってます。

 ざんげはこの位にしときましょう。
 この話はあるゲーム影響を受けまくったせいか、その辺の設定が結構クロスオーバーしています。
 さて問題です。そのゲームとは一体何でしょう?
 当選者には…なんかしましょうか?
 今の所なにも考えてませんけど…
 正解は、次回…つまりBパートの英語題にて発表します。

 ふう、後書きも最長記録か…最近忙しかったからなぁ、ここで鬱憤晴らすのは丸山さんに迷惑かけるし、この辺に……

チュドーン!

 どわ! なんだ?!

ガラガラッ

 だぁー! 崩れるー!

………………

アスカ(以下A)「ふんっ 悪は滅びたわね!」
シンジ(以下S)「アスカ…流石にNN爆雷の投下はやばいんじゃないかな?」
A「何言ってんのよ! 前回あれほど言ったのに、今回のあれは何? あんなの見たら覚悟決めたと受けとめていいに決まってるじゃない!」

ガラガラ

BLEAD(以下B)「…いってぇ…普通死ぬぞ、これ…あーあ、事務所壊れちまったよ…誰が直すんだ? これ」
A「やっぱり生きてたわね! この妖怪!」
B「誰がやね…まさか本当にNN爆雷投下してくるとは…事務所だけじゃなくて分譲住宅地ごと消えたらどうする気なんだ?」
A「ふん! その辺抜かりないわ! 見なさい!」
B「…成る程、事務所の回りを5体のEVAで囲み、ATフィールドにより回りの被害をなくす、か…え? 五体? ……何で4号機があるんだ? 誰が乗ってるんだ?」
カヲル(以下K)「質問が多すぎるよBLEADさん」
B「お〜い、なんで君が四号機乗ってるんだよ、別にいらんだろ?」
K「僕もそう言ったんだけどね、本式の四号機、出しといた方がいいだろ?」
B「銀色のやつか…確かにな。4月頃に発表だからな…流石にあの時点では想像するしかなかったしな」
K「そう言うことだよ」
A「そこ! 二人で会話してないの! それよりもBLEAD! なによ今回のアレは! あのあたしの扱いは一体なんなのよ! あれじゃまるで(ピー!)じゃない!」
B「あぁ、あれね。あれは本田@肉感さんも書いておられたけど、俺も以前考えてね。この作品であれを書くことは、最初から決まってたんだよ」
A「な・な・なんですってぇぇ!」
B「君の受けた精神の傷から考えて、あんな傷口抉る代物見たら、切れて当然だと思ったんだが? それとも君の受けた傷はそんなに軽かったのか?」
A「くっ! 何言ってんのよ! 映画見たんでしょ! だったらあぁいう復活シーンを書きなさいよ!」
B「映画…か…シンジ君大人になって(シミジミ」
S「え、あの…その…」
B「しっかり鍵掛けるあたりナイスだ。うん良くやったな」
S「あ…その…どうも」
A「なに和んでんのよあんたは!」
S「いや…その…」
A「あぁー! もう! うっとうしいわね!」
B「まぁまぁ、そうかっかせずに…」
A「あんたが原因でしょうが!」
B「そう?」
A「もう! 埒が開かないわね。いいこと、ようく聞きなさい」
B「その前に、これ」
A「ん? 何よこれ?」
B「Bパートの本来のプロット。もっともその部分は全部破棄だろうけど、このペースじゃね。元来蛇足な代物だし」
A「読めっての?」
B「応」
A「解ったわ………………うっ 何よこれ?」
B「この作品の本来のラスト」
A「な・な・なんであんな奴とあたしがくっつくのよ!」
B「他のキャラの行く末見ると、納得行くと思うが? それに破棄する予定だからそんなに怒る必要ないって」
A「…まあいいわ、これはこれで別に…あたし自身は幸せそうだし…」
B「うん」
S「ねぇアスカ。どんな話なの?」
A「駄目! あんた達に見せらんないわ!」
S「え?」
A「とにかく駄目!」
K「僕もかい?」
A「当然よ! あとの二人も駄目よ!」
トウジ(以下T)「別にええって」
レイ(以下R)「…いらないわ。(知ってるもの)」
A「ファースト! なんか言った?」
R「別に…」
B「気が済んだか? じゃ」
A「待ちなさい!」
B「まだなんかあるの?」
A「当然よ! Bパートはちゃんとあたし主役で書くのよ!」
S「……(主役の立場ないなぁ…座ってよ)」
A「いいわね!」
B「無理だろ?」
A「なんですって!」
B「だって、既に結末はあれだしね。あ、でもちゃんと生き残るから、安心してくれ」
A「…私がこれほど頼んでも駄目なのね」
K「…脅してるん…グホォ!」
T「渚…いらんこと言うから…」
S「大丈夫? カヲル君…って、EVAの頭割れてるよ!」
T「いかん! はよNERVに持っていかんと!」
(男子三名退場)
A「外野はほっといて…どうなの?」
B「いや、さっき言った通りで…」
A「そう、じゃあ今のうちに殺して、あたしが続き書いたほうが良いみたいね…」
B「殺すって…んな物騒な…第一どうやって? 君一人だけなら、逃げることも俺には可能なんだが? シンクロ率もだいぶ落ちてるみたいだし…」
A「あたし一人…って、ファーストは?」
B「さっき帰った」
A「くぅぅ! なんて奴! ふっ良いわ。まだこちらには切り札があるしね」
A「いでよ! EVAシリーズ!」

 突如上空に現れる九機の輸送用飛行機。
 中から現れ、空を舞う九体の白い量産機EVA…

B「EVAシリーズ、完成してたのか…」
A「それはあたしの台詞よ!」

 空を見上げるBLEADと、スマッシュホークを構える弐号機。
 そして上空を旋回する量産機達。
 やおら流れ出す「魂のルフラン」…

続劇(…マジ?)



BLEADさんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「63.3K・・・・汗」

アスカ「何よ、その呪文は」

カヲル「この小説、僕のところに配送されてきたときの容量だよ」

アスカ「それがどうかしたの?」

カヲル「ちなみに、逃げた作者が1話書くと、だいたい15kになる」

アスカ「・・・・ほぼ4話分・・・・なかなか長いわね」

カヲル「しかもきっちりと行間詰めて書いてあるから、ね」

アスカ「ふーん」

カヲル「ずいぶん今回は冷静だね。今度はまた「弾道弾の波状攻撃+弐号機で乗り込んで踏みつぶしてやる!」とでも叫びそうな雰囲気だったのに」

アスカ「もういいの。アタシも学んだから」

カヲル「なにを?」

アスカ「よく言うじゃない。「言うだけ無駄」ってね」

カヲル「・・・・見捨てたのかい?」

アスカ「日本語って便利よね〜」

カヲル「・・・・・・やはりそうか」

アスカ「それはともかく、あんた何であんなにいるのよ」

カヲル「いや〜それはね」

カヲル2「僕の身体も綾波レイと同じように」

カヲル3「培養されていてね」

カヲル4「ま、それがゼーレのダミープラグだったからね」

カヲル5「ああいうふうに出てきたわけないんだよ」

カヲル「分かったかい?、アスカ君」

 度か履き具しゃっ!!」

アスカ「ま・ぎ・ら・わ・しいっ!!

カヲル「・・・・変換が間違ってるよ・・・・汗」

カヲル2〜5「「あうう・・・・」」


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