BY秋月
やがてもう一つの存在が顕現した。人影からほんの少し離れた場所にこちらも淡い光を自身から放ちながらもう一つの人影が空間の一点から滲み出るかのように現れる。その存在はその身を包む毅然とした雰囲気に反して華奢な少女の姿をしていた。
少女は人影をみつめてただ一言だけ静かに呼びかけた。
「碇君。」
「綾波。」
シンジの弱々しい声が返る。
「怖いの?」
それが合図であったかのように人影は話し始める。その声は変声期を迎える前の少年の声、その口調は何とも弱々しいものであった。まるで、独り言のように紡がれる言葉にその少年の意志は感じられない。明らかな感情が消え失せたような、聞くものをどこか不安にさせる響きを宿してその言葉は淡々と続けられていく。
「そうさ、僕には恐い思いしかなかった。」
「ヒトをいっぱい殺した。」
「カヲル君も殺した。」
「ミサトさんも死んだんだ。」
「アスカも死んだ・・・」
「もういやだよ、こんなこと・・・。」
「エヴァに乗ったって、・・・結局みんな死んだだけじゃないか。」
「何も残らない、僕は一人だ。」
「どこへ行っても、ひとりぼっちなんだ。」
「・・・やっぱり、僕はイラナイ人間なんだ・・・」
「そう、怖いのね。一人でいるのが。」
少年の言葉の切れ目をとらえるように少女は声をかける。こちらの声も無感情なものであったが、少年の声とは異なりその中に強い意志が感じられた。
「でも、これが、あなたの望んだ世界そのものよ。」
「あなたを傷つける他人がいない世界。」
「あなたが傷つけるものがいない世界。」
「あなた以外誰も存在することの出来ない。」
「碇君が望んだ世界。」
「何も生み出すこともない、閉鎖された世界。」
「誰にも傷つけられることなく、誰も傷つけることもない世界。」
「永遠にあなた一人だけが存在する世界。」
「あなたは何を望むの?」
「分からない・・・」
「何を望むの。」
「分からないんだ。」
少年の言葉に初めて意志が込められる。それはその奥に絶望を秘めていた。
「一人は嫌だ!・・・でも他人は怖いんだ・・・」
「・・・だから・・・だから、みんな死んでしまえばいいのに・・・」
「・・・そう、思ったんだ・・・そう、思ってしまったんだ。」
「やっぱり、僕にはカヲル君の言ったような生き残る資格なんかないんだ。」
「・・・カヲル君が生き残るべきだったんだ。」
「僕に、未来なんて・・・未来なんて・・・」
「なら、何故あなたはココにいるの?」
「ココはエヴァの・・・いいえ、アダムの中よ。」
「アダム?」
「そう、アダム、最初の人間、別れてしまった人間達の最初の形。」
「何を言っているのか、分からないよ。」
「ヒトもシトも同じなの。」
「リリスから生み出され、アダムから別れた可能性。」
「完全な人間はアダムだけ、リリスは全ての生命の源。でもリリスは消えてしまった。」
「そしてアダムは今は抜け殻だけしか存在していない。」
「アダムは一人だけで生きていけるはずだったわ。」
「でも、アダムはリリスを、リリスはアダムをお互いを求め合ったわ、そして拒絶し合ったの。」
「それによって生まれたのが私達。」
レイは淡々と言葉を続けていく、シンジはその内容が理解できてはいなかったが思わず呟く。
「二人の想い・・・」
「そう、だから、ヒトは互いに拒絶しあい、お互いを求め合うの。」
「碇君・・・碇指令が何を望んでいたと思う?」
「父さんが・・・」
レイの発した問いかけにシンジは反応して顔を上げる。問いかけと言うよりも「碇指令」という言葉に反応しただけかもしれない。
不意に辺りの闇が薄れる。何もなかったはずの中空にオレンジ色の光を放つ翼が繭のように包みこんだ星が一つ浮かんでいた。その光がシンジやレイをうっすらと照らし出し、彼らの足下に色彩を与えた。彼らの足下には光により紅に染め上げられた水面が広がり、その下には何かがいくつも折り重なり、漂っている。
「こ、れは?」
シンジの問いにレイは僅かに躊躇ながら答えた。
「これが・・・人類補完計画の姿よ。」
「じんるい・・ほかん・・・けい・・かく?」
「そう、碇指令が行おうとしていたこと。」
「これが・・・」
シンジの声が震える。
「そう、人の心の隙間をお互いで補いあうこと。」
「それが、碇指令の望んだ補完計画。」
「心を一つにするにはヒトの体は不要なの。」
「だからそれを捨てて、エヴァの中で全てのヒトと一つになろうとしたの。」
「エヴァという一つの完全な生命体として。」
「始まりに戻り新たなる正しい始まりを・・・迎えようとしたの。」
「そこには寂しさも悲しみもないわ。」
「全ての心は満たされる・・・平穏な世界。」
「碇指令が望んだ世界。」
シンジの視線の先で赤い液体は表面を揺らがせながらもその場を満たしていた。その中にはシンジも見覚えのある人々が漂っている。ミサト、アスカ、マヤ、日向、青葉、冬月、そして名前は知らないが本部の施設内で見たことのある人々。ネルフの制服を着る多くの人々が液体の中でそれぞれ思い思いの姿で浮いている。
シンジとレイはその液体の上面にいた。そこから見下ろす液体中の光景は奇妙なものを感じさせる。
漂う人々の表情には苦痛の影もなく、ただ穏やかな微笑みだけが浮かんでいる。まるでそこが至上の楽園であると言わんばかりに。
「綾波、あの中の人達は・・・その、幸せなの?」
「分からないわ。」
「分からないって?」
「分からないの、私には・・・でも、不幸ではないはずよ。」
「不幸になる要素は何もないもの。」
「あの中では全てが満たされている。」
「誰かの欠けた部分は他の誰かが補っているわ。」
「そして、失うものも何もないの。」
「綾波は行かないの?」
「私は・・・行かない。」
「どうして?」
「私はもう無に還りたくはないもの。」
「そう、私の求めているものはあそこにはないから。」
「無に還るって、どういうこと?」
「あそこには一つの自我も存在しないわ。」
「ただ、みんなの心が混ざり合うの。」
「全ての人の意志が混ざり合い、自己はなくなるわ。」
「様々なものがあってもそれを認識できなければそれは何もないのと同じ。」
「それは無、そのものよ。」
「私達は元々無から生まれたの。」
「私達は元々はあそこにいたのよ。そして、最後まであそこにいたのが、私。」
「長い間、一人で、あそこに止まっていたわ。」
「あの人が来るまで・・・」
「あの人って?」
「碇君は知っているはずよ。あの人が私のところへ来たとき見ていたはずだわ。」
「まさか・・・」
「あの人は私に言ったわ。幸せを与えて上げたい、と・・・」
「まさか!」
「あの時、私は分からなかった、あの人の想いが・・・」
「でも、今は分かる気がする。」
「えっ」
「私は碇君にいてもらいたい。」
「私と一緒にいてもらいたい。」
「僕と・・・」
シンジは恐る恐る問いかける。
「綾波は・・・僕のことを知らないって。」
「ええ、私は知らないわ。私は三人目のはずだから。」
「でも、私の中には二人目の記憶と想いがあるの。」
「二人目の想い?」
「ええ、私は碇君と一つになりたかった。」
「一人でいるのが寂しかったの。」
「その想いはまだ私の中にあるの。」
「そして、分かったの、この想いは二人目のものではないことが・・・」
「私の・・・綾波レイの想いだということが・・・」
「・・・僕は、ここにいても良いの?」
「碇君がいたから今の私がいるの。」
「碇君がいてくれたから今の私がいられるの。」
「私は・・・碇君と一緒にいたい。」
「綾波・・・ありがとう。」
「碇君・・・」
「でも、僕は僕が嫌いだ。」
「良いの、そんなに責めなくても。」
「碇君が、碇君でいてくれるなら。」
「でも・・・」
「私が側にいるわ。」
「碇君が自分を好きになれなくとも、碇君が自分を好きになれるまで・・・」
「ううん、碇君が望む限り・・・」
「側にいさせて・・・」
「綾波・・・」
「私は変われたもの。人形でしかなかった私にこの想いをくれたのはあなた。」
「私は碇君がいてくれたから、変われたの。」
「私が碇君の側にいるから・・・」
「一人では変われなくても、二人なら・・・変われるかもしれない。」
レイの言葉は優しくシンジの中に浸透してくる。
「まだ、僕は僕が嫌いだ。」
「でも、君がいてくれるのなら、君が僕を見てくれるなら・・・」
「僕は僕を好きになれるかもしれない・・・」
「こんな僕でも自分を好きになれるかもしれない・・・」
「生きていくことを認められるかもしれない。」
二人しか存在しなかったその場に一人の人物が浮き出してくる。
レイによく似た顔をの優しそうな女性の姿がだんだんはっきりとした形となって現れる。彼女はシンジとレイの位置を底辺とした三角形の頂点の辺りにその姿の焦点を結んだ。
シンジとレイの視線がその姿に集まる。女性はゆっくりと二人を見比べて微笑んだ。
「どうも、秋月です。今回、前回以上の難産でした。大筋は決まっていたのに台詞が出てこない。何か不自然、などでなかなか進みませんでした。まだ不自然なところが残ったかもしれません。」
「ユイ〜!」
「あれ、碇指令何をしているんですか?」
「ユイが出て来たからな。早くこちらに来るように祈っているのだ。」
「何にですか?(死ぬように祈るって、『呪い』っていうんじゃ・・・)」
「ふっ、問題ない。」(ニヤリ)
「そ、そうですか?(大ありでは?)」
「しょうのない人ね。」
「ああ、キョウコさん、よく来て下さいました。(この人と二人じゃどうしようもない。)」
「まあね、ここにしか出番はありませんし・・・」
「そんなことないでしょう。キョウコさんについては某エヴァ小説のページの人がご執心だそうじゃないですか?」
「そうなのかしら?」
「ええ、この間、試しにシナリオを送ってみました。どう使われるか分かりませんが。」
「書いてくれるの?」
「それは分かりません。書きようによっては面白いものになると思うんですが、如何せん、僕の作ったものですからね。」
「どんな内容なの?」
「聞いてくれるのですか?」
「まあね、自分が出るっていうのなら気になるわ。」
「聞いて後悔しませんか?」
「・・・止めておくわ。」
「そ、そんなにあっさりと・・・」
「それが賢明ね。」
「それは酷くありませんか?赤木博士。」
「そんなことはないわ。」
「リツコさんまでそう言うんですか?」
「ええ。」
「そんな!!」
「普段の行いが悪いからな。」
「あなたにそうなことを言われたくはありませんね。碇指令。」
「ふっ、問題ない。」
「似たり寄ったりじゃない。」
「それは言い過ぎですよ。」
「ところで、秋月君。」
「何でしょう?」
「私に対するフォローはないの?」
「と言われますと・・・」
「母さんをここに呼んだ理由については聞いてないわよ。」
「ああ、そのことですか?」
「そう。」
「別に良いんじゃないですか?」
「言いなさい。」
「・・・はい。(この女性陣は怖いな)」
「分かると思いますが、マギは赤木博士の人格が移植されているので、それが破壊されたために来てもらいました。」
「それだけなの?」
「そうですね。後はリツコさんと碇指令の暴走を止めようと思いまして・・・」(後ろから殺気を感じる)
どかっどかっどかっどかっ
「ぐわっ」
「ふう、危なかった。」
「あなた、何をしたの?」
「身代わりです。」
「身代わりって・・・何を・・・」
「もちろん、あの方々に満足していただけるものを・・・」
「そ、そう・・・」
「ところでこの部屋はこれで定員なの?」
「いいえ、それを言ったら前回来ていただいていたエヴァシリーズなども入れていますし。」
「そういえばどうしたの?」
「彼らに暴れられるとこの資料館自体が危険ですから。お隣には人が住んでいますし。」
「確かに近所迷惑よね。」
「はい、それに彼らは話せませんし。叫び声だけ聞いても仕方ないですからね。」
「マギはどうしたの?」
「いますよ、そこに・・・」(後ろを指さす秋月、その先には大きな物体が三つ転がっている)
「それで、目処は付いているの?」
「とりあえずこれは第六話から最終話まで一緒に送るつもりですから、間に合うんじゃないかと・・・」
「そう、とりあえずきちんと仕上げるのね。アスカちゃんを酷い目に遭わせたらどうなるか分かっているでしょうね。」
「そう脅さないで下さい。」
「それではこのぐらいで・・・」
「批評、抗議、意見、感想などなんでも構わないから送って上げて下さい。作者は読者の方々の反応を心待ちにしているようですから。また、届いたメールには必ず私達が責任を持って返事を書かせますから。どうか気楽に送って上げて下さい。では、第八話「終局、そして・・・」でまたお会いしましょう。」
「キョウコさん、それは僕の台詞ですよ。」
「たまには違う人が言った方が良いのよ。じゃあ、さようなら。」
「ああ、行ってしまった。ではまた。」
管理人(その他)のコメント
カヲル「ふーっ。気分がいい」
レイ 「・・・・どうしたの?」
カヲル「いやね、アスカ君がお出かけなんで、久しぶりに殴られなくてすむからね」
レイ 「・・・・どこへ行ったの?」
カヲル「なに、「上でママの、ママの声がするのぉ!」って、上の階層へ登ろうと・・・・」
レイ 「・・・・そう(不毛なこと・・・・無意味なこと・・・・)」
カヲル「しかし今回、きみ、活躍しているね。シンジ君をひきずりあげようと」
レイ 「だって、それがわたしの役目だもの」
カヲル「役目だけかい?」
レイ 「・・・・どういうこと?」
カヲル「役目だから、シンジ君の自我を取り戻させる。それが、君がシンジ君に「好き」といった理由かい?」
レイ 「・・・・・・」
カヲル「どうなんだい、綾波レイ」
レイ 「・・・・何を、言うのよ・・・・(真っ赤)」