BY秋月
突如ターミナルドグマ内に警報が鳴り響き、青白い燐光に包まれていた空間が明滅する赤い光によって塗り替えられる。その光の中で二人の人物が向かい合い、お互いににらみ合っている。一人は触れるもの全てを燃やし尽くす憎悪の炎をその視線にのせて、もう一人は全てのものを凍りつかす冷厳な氷を想わせる目で。
そしてその場には他にその二人の様子を無表情に見つめる紅い瞳が一対、ものいわぬ白き巨人が一体、存在していた。睨み合っていた二人の片方、ゲンドウが冷ややかに口を開く。
「何をした、赤木博士?」
「マギにターミナルドグマ破棄用の自爆プログラムがあるのをご存じですね。それを起動しました。」
それに対して淡々と答えるリツコ、だがそこには確かな狂気が内在していた。
「私と共に死ぬつもりだというのか?」
「そうです。」
しばらく二人はお互いを彩る赤い光の中、無言で立ちつくした。
「ふっ、無駄なことだ。」
「な、何ですって!」
リツコはゲンドウの言いように激昂したが、それにも関わらず冷ややかに続ける。
「無駄なことだ、といったのだよ。赤木博士。もう誰にも人類補完計画を邪魔することはできん。」
「必要なものは全て揃っている。そして・・・もうすぐ時も満ちる。」
「時計の針を戻すことは出来んよ。・・・誰にもな。」
最後の部分だけにはどこか苦々しげな響きが宿っていた。
「施設内にいる人は速やかに安全圏まで退避して下さい。繰り返します・・・・」
にわかに活気づいていた発令所に冷たい女性の合成音が流れた。初号機の起動に躍起になっていたオペレーター達はその声に思わず手を止めて、顔を見合わせる。
「何があった!?」
普段温厚な冬月もこの事態に声を荒げた。
「分かりません。急に自爆プログラムが発動されました。」
青葉は自分の目の前のコンソールを操作しながら答える。その声も努めて冷静を装おうとしていることが容易に伺えた。
「また、ハッキングか?」
「いえ、それはあり得ません。マギは現在、先輩の手により第666プロテクトがかかっています。これを突破することはほとんど不可能なはずです。」
今度の冬月の問いにはマヤがキーボードから手を離さずにはっきりと答えた。彼女はサードチルドレン初号機に搭乗の報によって安堵したたにめか、ほぼ普段の自分を取り戻しているように見えていた。しかし、先程からキーボードをたたき続け、顔をほとんど上げないのは仕事に没頭することで今の状況から目を反らそうとしているのかもしれない。
たとえそうだとしても今の発令所にいる者はそれを責めることは出来ないだろう。誰もが今の絶望的な状況など見たくないのだ。目の前でいくつもの死に神が舞っているような状況など。自分が行っていることがどういうことかなど。
今、発令所にいる者はいちように焦燥に駆られていた。
迫り来る量産機。
敵の手に渡った弐号機とパイロット。
起動しない初号機。
見つからない上司。
そして、マギによるいきなりの本部の破棄勧告。
どれか一つでも困難なものが一度に襲いかかって来ているのだ。
自爆については自分たちでどうにかなるかもしれないが、まだ生き残るためには量産機を何とかしなければならない。自分たちに残された手段は初号機だけであった。しかし、ダミーシステムはもうない、あったとしても初号機はダミーを受け付けない。
唯一の初号機パイロットはシンクロを拒絶・・・理由は誰もが想像できた。
「何とかならんのか?」
「駄目です!後20秒。」
これには日向が答える。同じくコンソールを操作しているが一向に変化はない。
「プログラムの発信元が判明しました。発信元は・・・」
報告を行おうと、それを確認したとたんにマヤは絶句する。その顔色は蒼白になっていた。
「発信元は・・・バルタザールです。」
どこか虚ろな声によるその報告は発令所を凍りつかせた。誰もがその報告の意味を掴み損ねていた。いや、その意味を理解したくなかったのかもしれない。その中でマヤの声はなおも絶望的な状況を報告する。
「自爆範囲はセントラルドグマを中心にほぼ本部施設の全域を含んでいます。自爆解除のパスワードには赤木博士のプロテクトがかかっていて、解除できません。」
「リツコは何処!!急いで探して!」
「駄目です。見つかりません。」
モニターごしにミサトが怒鳴るが、日向によってあっさり否定される。
「マヤ!何とかならない?」
「む、無理です。」
ミサトの厳しい声で問いかけられ、泣き叫びそうな声でマヤが答える。
「後10秒、もう間に合いません。」
日向の声が絶望を告げる。
照明の明滅がさらに早くなり、合成音が無情にカウントを刻む。
「・・・7・・・6・・・5・・・」
誰もが死を覚悟した。
「僕かい、僕は・・・ただ、もう一度会いたかったんだよ。」
「・・・誰に?」
アスカはカヲルの答えに訝しげに聞き返すが、カヲルはただ微笑むだけでその問いには答えない。ゆっくりと別のことを口にする。
「彼らはね。サードインパクトを起こすために来たのさ。」
「彼ら?」
「そう、もう一つの僕の姿、僕の器の僕と違った可能性。彼らは未だに縛られている。」
「どういうことよ!何でサードインパクトなんか起こそうとするのよ?人類を死滅させる気!」
「彼らには意志はないよ。ただ一つのことを除いてね。ただの操り人形に過ぎないのさ。」
そういうカヲルの声は淡々としていたが、その紅い瞳には何とも形容のできない悲しみに満ちていた。
「じゃあ、誰が起こそうとしてるって言うのよ!」
「人類補完委員会。」
「何よ、それは?」
「人類補完計画の執行のための機関さ、そしてネルフはその為の遂行機関でもある。それにも関わらずに、ネルフは碇ゲンドウの私有機関となり果て、委員会の手から離れた。」
「その為に委員会は自ら乗り出してきたというわけさ。」
「サードインパクトを起こしたものはその後の世界を思うままにすることが出来る。委員会は選ばれた者だけの楽園を創ろうとしているんだよ。」
「不完全なる輪廻から解き放たれ、永遠なる命を持つ完全な生物としてね。」
「永遠なんてあり得るはずがないわ!!」
「あり得るのさ。この不完全な世界を完全に消滅させることが出来ればね。」
カヲルの口調はとても軽いものであったが、その表情からは偽りを読みとることはできなかった。そのまま二人はモニターごしに見つめ合う。長い沈黙・・・そして先に口を開いたのはカヲルの方であった。
「君も永遠を望むのかい?」
「君には君の母親の心が伝わっていないのかもしれないね。」
「何のこと?」
カヲルは静かな声でアスカに問いかけ始めた。
「君の心は偽りに満ちているね。差し伸べられた手は心地よくなかったかい?」
アスカの脳裏にマグマの中に落ちていく瞬間に自分をこの世界につなぎ止めた手が思い出された。それを否定するように声を張り上げる。
「あたしは一人で生きるって決めたの。誰にも頼らずに生きるって決めたの!」
「素直になっても良かったんじゃないのかい?」
第15使徒に精神を犯された後でのことを思い出す。
「泣かないって決めたのよ。もう泣かないって決めたの!!」
「何故だい?」
「泣いたって誰も相手にしてくれないから。泣いたってあたしのことなんか誰も気にしてくれるないから。」
「本当にだれも見てくれなかったのかい?君がそう思いこんでいるだけじゃないのかい?」
加持の顔が思い出された、しかし彼はもういないし、彼が選んだのはアスカではなかった。
「そんなことない!」
「君が見ない振りをしていたんじゃないのかい?」
「そんなことない!!」
カヲルの言葉に触発されるようにアスカの意識に次々といろいろな場面が浮かび上がってくる。
辛かったこと。
悲しかったこと。
嬉しかったこと
楽しかったこと。
そして自分の周りにも確かに温もりがあったことが思い出される。それでも自分を保とうとアスカはモニター内の少年を睨み付け、何かを叫ぼうとした。
「アスカ!」
その時弐号機のモニター内に小さなウィンドーが一つ開かれ、聞き慣れた声がアスカの耳に届いた。アスカはその声がひどく懐かしいものに思われた自分が信じられなかった。
その声を最後に赤く明滅していた光が通常の淡い青白い光へと戻る。
普段聞き慣れた合成音が今のリツコには悪夢のように思われた。
リツコは呆然と僅かの間天井を見上げ、呼びかけるように声を上げる。
「か、母さん・・・母さんは実の娘よりもあんな男を選ぶというの?」
「答えて母さん!」
答えるはずのない母に向かって問いかけるリツコを黙って眺めていたゲンドウが口を開いた。
「赤木博士、君には失望した。」
冷たい声と共に薄闇を銃声が切り裂き、リツコの胸を熱い塊が貫いた。白衣の背が目に見えて赤く染まっていく。
苦しげに咳き込みながら振り返った、そのリツコの目に映ったのはゲンドウの右手に握られた銃身の鈍い輝きだった。
リツコは一瞬憎しみに目を見開きゲンドウを睨んだが、すぐに悲しげな表情を浮かべ、ゆっくりと後ろに倒れていく。
水の弾ける音が響き、LCLの赤い水面に波紋が刻まれる。
「行くぞ、レイ。」
ゲンドウは銃を懐にしまうと、冷ややかな声でレイを促し、何もなかったかのように歩を進め始めた。
レイはしばらくリツコの立っていた辺りを無表情に見つめていた。
そして、一度瞑目するかのように目を伏せ、ゆっくりとゲンドウの後を追っていく。
その顔には瞬く間であったが、はっきりと悲しみが浮かんでいた。
管理人(その他)のコメント
カヲル「六月末までに終わりにする、だそうだよ、秋月さんは」
アスカ「確かここの作者も同じようなネタの小説を書いていたわね」
カヲル「And live in〜なんちゃら、という話だったね」
アスカ「あれって、映画までに終わると思う?」
カヲル「映画までに終わらせるつもりがあると思う?の方がいいんじゃない?」
ぎくううっ!!
アスカ「・・・・ま〜た作者のびびってる音が・・・・」
カヲル「しかしまあ、毎回一人コロスなんてネタは逃げた作者にはできませんね」
アスカ「あの人、コロス描写キライだからね」
カヲル「それはそう言う描写ができないからじゃないのかな?」
アスカ「それは無能な証拠よね。アイツは」
カヲル「ま、続きで出ている人を殺すわけにはいかないってこともあるしね」
アスカ「すると、アタシとレイとシンジとミサトとリツコと副司令と司令、それに三バカの二人とヒカリは無事な訳ね」
カヲル「・・・・オペレータのだれか、死ぬのかな? 上のリツコさんみたいに」
アスカ「それよりも、もしかして・・・・」
カヲル「なに?」
アスカ「いや、未完で打ち切られる可能性を・・・・」
カヲル「・・・・あはははっ・・・汗」
アスカ「ま、アッチがダメでも、こっちの秋月の小説を読んでもらえばいいか」