温泉宿での楽しい食事。
シンジと二人だけの食事だからおいしいはずなんだけど・・・・
どうも違うのよね。
よく考えてみると、他人の作った料理を口にするなんて、
久し振りのことかもしれない。
やっぱりシンジの手料理じゃないと、
満足出来なくなっちゃったのかもね・・・?
アスカ一行日記・番外編
第十四話:アタシの専属料理人
パチン!!
アタシは音を立てて箸を卓袱台の上に置いた。
そんなアタシの動きを見て、シンジは驚いたように訊ねてきた。
「ど、どうしたの、アスカ!?」
「おいしくない。」
「えっ?僕にはとってもおいしい料理に感じるけど・・・・」
シンジはアタシの言葉が信じられないって様子。
まあ、確かにアタシもシンジもお腹ぺこぺこで、何を食べてもおいしいはず。
第一お昼は二人ではんぶんこした板チョコ一枚だけなんだし・・・
それに味的にはいい味だと思う。
こう言う旅館って結構当たり外れあるけど、アタシの数少ない経験からすると、
一番二番を争うほどのいい旅館だと思った。
でも・・・以前のアタシなら、独りぼっちだったアタシなら、間違いなく大満
足で笑みを絶やさなかったはずだけど、アタシはシンジを知っちゃったから・・・
「おいしいけど、おいしくないの。」
「へっ?どういうこと?」
「だから、そういうことよ。わかんない?」
「わ、わかる訳ないだろ?もう少し具体的に・・・・」
横暴なアタシ。
さっきまでシンジと見つめあってご機嫌だったのに、ちょっと気に入らないこ
とがあるとすぐこれ。
アタシはおろおろするシンジを見て、少しだけ反省。
シンジの言うように、具体的に今の自分の気持ちを口に出していってみること
にした。
「つまり・・・・アタシ専用の味付けじゃないのよ。」
「アスカ専用って・・・・」
「だから、一般向けじゃない、これ。」
「ま、まあ、それは当然だよ。誰もアスカの好みなんて知るはずないし・・・」
「・・・・でも、シンジは知ってる。」
「あ・・・・」
「わかった?こんなのちょっとした違いかもしれない。でも、アタシにとって
はこのちょっとしたことが大問題なのよ。」
「な、なるほど・・・・」
アタシの言葉に妙に納得するシンジ。
まあ、シンジはアタシよりもずっと料理には近い立場にある訳なんだし、味付
けにうるさくなっても然るべきだと思う。
だからアタシの言うちょっとした違いって言うのにも・・・・
「それに、どうしてこんな山中の温泉宿なのに、決まったようにお刺身が出て
くるのよ?アタシがお刺身あんまり好きじゃないって知ってるはずなのに・・・」
「し、知らないって。」
「う、うるさいわね!!ともかく、海もないくせにお刺身出してもおいしいは
ずないじゃない。」
「ま、まあ、確かにアスカの言う通りだね。海辺で食べる新鮮な魚と、こうい
うとこで食べる魚とでは、全然違うと思うから・・・・」
「高級ってだけで出すなんて最低よ。ご馳走はステーキっていうような発想は
ミサトみたいな味音痴くらいだと思ってたんだけど・・・・」
「仕方ないよ。こう言うのは言わばお約束なんだし・・・・」
「ったく、アタシは日本のそういうとこが嫌いなのよ。みんなおんなじでつま
んないったらありゃしない。」
「まあまあ、そう怒らないで・・・・」
シンジは口に出す度に怒りを募らせるアタシを見かねたように、アタシとは正
反対の少ない荷物から何やら取り出した。
アタシは何事かと思って、多少料理から頭を切り替えてシンジに訊ねてみた。
「何よ、それ?」
「これ?まあ、見てみればわかるよ・・・・」
シンジはそう言って、プラスチックのケースを開ける。
そこには・・・・お塩やお醤油、砂糖からソースまで揃ってる調味料のセット。
シンジはアタシに秘蔵の品を見せてから、ちょっと恥かしそうに言った。
「アスカをなだめる立場にある僕が言うのもなんだけど、あんまり酷い時のた
めに、これだけは欠かさないんだ、僕。」
「・・・・これで自分好みの味にしてんの?」
「ま、まあ、作った人に失礼だから、ほんとによっぽどのことでもない限り僕
もこんなことはしたくないんだけど、でも、どうしても我慢出来ない時も、あ
るもんね。」
気恥ずかしそうにしながらも笑みをこぼすシンジ。
アタシはシンジの思いに共感を覚えて笑いながら応えた。
「でしょでしょ!?アンタもわかってんじゃないのよ!!」
「もう・・・アスカほどじゃないってば。」
「そんなの五十歩百歩よ!!もう、アタシ達は共犯なんだから!!」
「きょ、共犯って・・・・」
シンジはちょっと呆れてる。
でも、アタシは妙におかしくって、妙にうれしくって、いつも以上にはしゃい
でこう言った。
「なに?今更奇麗事言う気?毒を食らわば皿まで、っていうじゃない。ささ、
始めてよ。ねっ?」
「は、はじめてって・・・・」
「アタシ以上にシンジの方がアタシの好み、知ってるでしょ?」
これは本当のこと。
アタシはいつもわがまま言ってるけど、その度にシンジは味付けを考えてくれ
てて・・・自分の好みなんてないのかって考えちゃうくらい、アタシにぴった
りの味付けにしてくれる。
当然調整はいっつもシンジがしてくれるから、アタシは何をどうしたらアタシ
の好きな味になるなんて知らなくって・・・・
「た、確かにそうだけど・・・・」
「なに?不満?」
「い、いや・・・でも、これもおいしいよ、アスカ。」
裏技の調味料一式を出したくせに、未だにごねるシンジ。
シンジの気持ちもわからないでもないけど・・・今更何を言うって感じで、ア
タシは自分の主張を押し通した。
「アタシがおいしくないって言ったらおいしくないのよ。つまりこれって・・・」
「なに?」
「ファーストの作る料理のようなもんよね?」
「どういうこと?」
「普通にはおいしいのかもしれないけど、所詮それだけってこと。アタシの為
に作った料理じゃないのよ。」
「な、なるほど・・・・」
「それに比べてね・・・その・・・・シンジの作った料理には、アタシへの愛
がこもってるから・・・・」
「アスカ・・・・」
「アタシはいっつも、シンジの料理に愛を感じてるよ。毎日少しずつ、アタシ
が喜ぶようにって言う気持ちが味付けに表れてて・・・・」
「そ、その・・・なんて言ったら言いのか・・・・」
「何も言わなくていいわよ。今まで通りで、黙ってアタシの為に料理してくれ
れば・・・」
「うん・・・・わかったよ、アスカ・・・・」
アタシはちょっと顔を赤らめながら、シンジにそう言い切った。
我ながら恥ずかしい愛の告白かな?って思っちゃったりもしたけど、勢いって
ものは恐ろしいわね。まあ、これが旅行の旅行たる所以なのかもしれないけど・・・
アタシは改めてここに来てよかったと、心の底から思えた。
そしてシンジはアタシの言葉にうなずいて、調味料に手を伸ばした・・・・
「・・・・」
アタシのほとんど手のついていない料理。
シンジは結構食べてたから、これがどういう味だかは既に承知してる。
シンジは自分の箸の反対側で醤油をかけてはかき混ぜたり、塩を振りかけては
また混ぜる。ふつうならそれだけで終わりなんだけど、流石は料理人を自称す
るシンジ。いきなり卓上のライターを持ってくると・・・・
「シ、シンジ?」
「ああ、お刺身好きじゃないアスカの為に、火を通そうかと思って・・・・」
シンジは平然とそう言うと、箸でアタシの赤身のお刺身を摘み上げると、醤油
を軽くかけてから、おもむろにあぶり始めた。
「・・・・・」
「いい匂いね。」
「だね。お刺身ってその日に食べきれなかったりすると、次の日には煮たり焼
いたりして食べるんだよ。」
「そんなことしてんの?」
「いや・・・僕はほんと、滅多にしないな。アスカがお刺身あんまり好きじゃ
ないって知ってるからあんまり買ってこないし、こう言うのってちょっと食べ
るのがおいしいもんだからね。」
「そうよね・・・・アタシも一切れくらいだったら、結構おいしく食べれるか
ら・・・・」
アタシはやさしいシンジにちょっと賛同するように言う。
アタシにしては珍しいことかもしれないけど・・・・たまにはいいわよね。
だってここは、日常とはかけ離れた旅行の中なんだし・・・・
すると微笑むアタシにシンジも何か思いついたのか、クスっと笑って言う。
「・・・きっと・・・・ミサトさんならこう言うだろうね。」
「え?」
「一杯目のビールがおいしいのと一緒だ、って。」
「あははっ、そうね!!あのビール女ならそう言うわよ!!アンタ、なかなか
いいこと言うじゃない!!」
「流石に僕もミサトさんとは付き合い長いからね。大体言いそうなことの見当
くらいつくさ。」
「納得納得!!シンジもミサトの酒には相当悩まされてるからね。」
こうしてシンジの料理が続く中、アタシとシンジは何故かミサトの話で盛り上
がった。アタシとしてはミサトなんかの話でこの貴重な時間が失われていくっ
ていう一抹の悔しさはあったけど、笑い話のネタとしてミサトは最適だった。
頬を赤く染めちゃうような会話もいいけど、純粋に笑える話もしたいからね。
こう言うのはまあ、いつでも出来る話かもしれないけど、ちょっとした気分転
換のつもりで、アタシとシンジはこんな馬鹿話に興じた。
「うん、おいしいわよ、なかなか。ライターで焼くなんて、臭くなっちゃうか
と思ったんだけど・・・」
「まあ、火が臭くなければ大丈夫だよ。それよりアスカが喜んでくれてよかっ
た。」
「なに?アンタちょっと心配だったの?」
「まあ・・・ね。流石にこんな即興じゃあ、100%満足出来るものなんて期
待できるはずもないし・・・」
そう言うシンジに向かって、アタシは安心させてあげようと断言する。
「おいしかったわよ、とっても。」
「本当?お世辞じゃなくって?」
「もっちろん!!このアタシがそんなお世辞なんて言う人間だと思う!?」
「まあ・・・・そうだね。うん。ありがとう、アスカ。」
「ううん、お礼を言うのはアタシの方よ。アタシのわがままに付き合わせちゃ
って・・・・」
「いいって。気にしなくって。今だけはアスカだけの僕だから・・・・」
「えっ?」
アタシは思わぬシンジの言葉に驚く。
シンジは思っていたよりも大きかったアタシの反応にちょっと驚いたのか、僅
かに否定するように言った。
「ま、まあ・・・僕の知ってる人なんてアスカだけだからね。だから、今だけ
はアスカだけの僕だよ。」
「シンジ・・・・」
「それに・・・アスカの味付けを知ってる専属料理人なんて、僕しかいないも
んね。アスカをひとりにしておいたら飢え死にしちゃうよ、きっと。」
シンジは笑い飛ばすかのように言う。
でも・・・アタシにとっては笑い話じゃない。
もう既に、シンジの手料理なしじゃ生きていけない。
それってシンジの料理の味に慣らされたからとかそう言うことじゃなくって、
愛の込められた料理、アタシへの想いが隅々まで行き届いてる料理を口にしち
ゃったから。
はっきり言ってこんなの食べたら、他のは味気なくって食べられたもんじゃな
いわよ。作ってるシンジは知らないかもしれないけど、アタシは食べる側だか
ら・・・・
「そうね・・・・」
しんみり応えるアタシ。
笑い話で言うつもりだったシンジはちょっと拍子抜けしたのかアタシに訊ねる。
「ど、どうしたの、アスカ?」
「ううん、なんでもない。それより・・・・」
「なに、アスカ?」
「シンジの好きな味って・・・どういうのなの?」
アタシは気になって訊ねた。
よくよく考えてみると、シンジは朝食でも夕食でも、お弁当でもアタシ向けの
味付けにしてるし・・・・アタシはシンジ自身がどういうのが好きなのか、全
然知らなかった。
やっぱりアタシもいずれはシンジの専属料理人になりたい訳だし・・・・
「えっ?」
「・・・・教えてよ、アタシに・・・・・」
「と、突然そんなこと聞かれても・・・・?」
「まさか・・・わからないなんて言うんじゃないでしょうね?」
「・・・・そのまさかかもしれない。」
「じょ、冗談でしょ!?」
「そんなことで冗談言ってどうするんだよ・・・?」
「そ、それもそうね・・・・でも、好みくらいあるでしょ?」
「うん・・・・でも・・・・・・」
「でも、何よ?」
「アスカの味に慣れちゃった。」
「えっ・・・?」
「アスカを喜ばせようって夢中になってたら、アスカの好みと僕の好み、一緒
になっちゃったのかもしれない。」
「シンジ・・・・」
呆然とするアタシ。
シンジはそんなアタシに向かってちょっと恥ずかしそうに言った。
「情けないよね。僕だって自分の好みくらいあったはずなのに・・・・」
「そ、そんなことないわよ。アタシはうれしい。シンジがそうなってくれて・・・」
「ど、どうして?」
「だって・・・・アタシは自分の好みにそぐわないものを作らなくってもいい
ってことだから。つまり自分がおいしいって思う味にしとけば、シンジも一番
おいしく感じてくれるのよね・・・?」
「ま、まあ・・・そう言うことになるね。」
シンジはまだちょっと完全に理解していないような感じでアタシの言葉に相づ
ちを打つ。アタシはそんなシンジに向かって宣言するように言う。
「アタシ、いつか絶対なるからね。」
「えっ?何に?」
「シンジの専属料理人によ!!アンタがアタシの専属料理人なのに、アタシが
そうじゃないなんて、不公平じゃないの!!」
「そ、そういう問題かな・・・・?」
「そういう問題なの!!とにかくアタシの腕じゃまだまだだけど、頑張って努
力して、アタシの愛のこもった料理をシンジに食べさせてあげるようになるか
ら!!そしたらわかるはずよ、アタシの今のこの気持ちが!!」
愛のこもった手料理。
シンジは人に、ううん、アタシに作ったことは何度もあるけど、人に作っても
らったことはない。以前アタシが作ってあげたこともあるし、ファーストのも
あるにはあるけど、でも、シンジの愛の込め方とは違う。
アタシ達のはただ単に作るだけ。
シンジの場合は、その人が一番喜んでくれるようにって、心だけじゃなく、そ
の技術においても最善を尽くすの。
それこそ自分の全てを懸けて・・・・
それは妥協のない世界。
アタシもシンジへの愛に妥協なんていらない。
アタシはこの香ばしいお醤油の焦げる香りに包まれながら、決意を新たにした。
シンジみたいな愛を持てる女に、そしてシンジの、シンジに対してだけの専属
料理人に絶対なろうって・・・・
管理人(その他)のコメント
カヲル「あーれ、きゅいじーぬぅ♪」
アスカ「テレビをまねするんじゃないわよ!」
ばきっ!!
カヲル「うぐっ・・・」
アスカ「そもそもあの「料理の○人」みたいに対戦する訳じゃないんだし・・・・ってなによそのきんきらきんのびらびらの衣装は! いったいどこからそんな怪しげな服を手に入れてきたの!」
カヲル「いや、倉庫の奥に眠っていたやつを・・・」
アスカ「・・・・どこの倉庫よ・・・・」
カヲル「まま、そういう些細なことは横に置いて置いて、だね」
アスカ「どこが些細なの・・・・」
カヲル「シンジ君が君の専属料理人なのはまだわかるとして、君がシンジ君の専属料理人になるというのは・・・・」
アスカ「ど、どこがおかしいって言うのよ! シンジにおいしいものを食べさせたいっていう思いは誰にも負けないわよ!」
カヲル「いや、そういう問題じゃなくて」
アスカ「じゃあなによ」
カヲル「シンジ君が君の下で奴隷的環境に置かれながら料理を作っているという状況はわかるにしても、君がシンジ君の料理を作ったとして、シンジ君がそれに文句を言おうものなら、たちまち鉄拳制裁が・・・・」
アスカ「この、馬鹿ものっ!」
げしげしげし!!
アスカ「あんたはこの作品をちゃんと読んでいないの? アタシがシンジと同じ好みだからアタシがおいしいものを作ればシンジもおいしい、って書いてあるじゃないの!」
カヲル「うぐぁ」
アスカ「しかもなにが奴隷的環境よ!」
カヲル「真実は・・・・いつも一つ・・・・」
アスカ「アンタの真実はある意味妄想ね」
前の話へ
続きを読む
高嶋宮殿へ戻る