「私はまず、諸君に感謝の言葉を述べねばならない。
 昨日の一連の戦いは、いわゆる私の私闘だ。政府の停戦命令は発せられ、自衛官としての戦うべき理由、戦う義務は失われていた。いやむしろ、銃を取ることはすなわち政府の命令に背くこととなっていた。
 にもかかわらず、諸君は私の我が儘につきあってくれた。汗と硝煙にまみれ、銃火の中をかいくぐり、民間人を守りながらの戦闘という困難な任務を成し遂げてくれた。戦いの中で負傷し、一生治らぬ深手を負った者もいるだろう。いや、そもそも還らぬ仲間のなんと多いことか。諸君等の傍らの空白は、この戦いで死した仲間達のものであり、それはまったく理不尽に奪い去られたものなのだ。。
 そのことについて、私は諸君に礼を述べねばならない。まことにありがとう、と。


 ・・・・今日この後、私は第二東京に向かう。今回の停戦命令違反について、統合幕僚本部より召還命令が来ているからだ。私はおそらく、命令違反の咎で裁判を受けることとなるだろう。我々第十二師団は、政府の命令に背いた叛乱軍という扱いになっている。
 報われないと思うだろうか。いや、これで正しいのだ。自衛隊は日本政府の完全なコントロールのもとにあらねばならない。それこそが文民統制であり、民主主義なのだ。過去我が国が未だ帝国と呼ばれていた頃のように、軍隊が独断専行で国を引っ張り、誠治がそれに追走するという形での暴走は、あってはならないのだ。
 ・・・・では、諸君等は疑問に思うだろう。なぜ私が、あえてその命令に背いたか。犯罪者と呼ばれることを覚悟の上で、戦闘を継続したのか。
 愚痴かも知れないが、共に戦った諸君には覚えておいて欲しい。
 確かに自衛隊は文民統制であるべきだ。しかしそもそもその文民統制とはなにか? 政治家による軍人の統制である。では政治家とはどういうものか? それはこの日本の国民が自らの代表として選んだ人々だ。政治家があって国民があるのではない。国民があって、そしてその中の一人、選ばれた代表として政治家がいるのだ。その政治家が自らの原点である国民を切り捨てようとしたとき、どちらを優先するが是か非か、私が言うまでもないだろう。思い出して欲しい。我々自衛隊とは何か? セルフ・ディフェンス・アーミーとは何なのか? 自らを衛る。国を守ること、正確には国民を守るために、我々は存在している。そうでなければ、彼らが我々のために払っている税金は無意味になる。
 さらに少しだけ、時間をもらいたい。では、私はなぜその原点を切り捨てようとした政治家に我が身の処分をゆだねるのか。
 これが前例となってはいけないからだ。
 自衛官の独走は、結果がどうあれ文民の手によって処罰されねばならない。そうしなければ、武官の独走という悪しき前例を残してしまうからだ。結果良ければ全てよし、ということは、少なくとも法治国家としてあるべき姿ではない。
 そして将来はともあれ、今の文民たる政治家は国民が選んだ人々だ。彼らの手で裁かれなければ、私は民主主義の精神をこの手で汚したという汚名を後世に残すことになる。
 恥ずべきは命令違反ではない。恥ずべきは悪しき前例の先駆者となることだ。


 ・・・・だいぶ長くなってしまったが、最後に一言述べておきたい。
 第十二師団は近い将来解体され、諸君は各地の部隊へ再配属されることになる。それに先立ち、今回の件について調査が行われるかもしれない。あるいは新たな任地で有形無形の圧力を受けることがあるかも知れない。「自衛隊史上初の叛乱部隊に所属していた」というレッテルが今後もついて回ることだろう。
 しかしそれを後ろめたいと思わないで欲しい。恥ずべき事だと思わないで欲しい。
 諸君の活躍によって命を救われた市民の言葉、表情、態度、それらを思い出してみればよい。我々が間違ったことを行ったかどうか、一番知っているのは彼らなのだ。






 胸を張りたまえ。それが私が諸君に送る最後の言葉である。





 ありがとう。以上だ」








And live in the world forever

第22話:-Intermission-





「・・・・綾波」
 廊下を歩いていて背後から呼び止められたとき、レイはなぜか自分の心臓が激しく鼓動するのを感じた。
 戦いの後、彼女は直ちにリツコの元に収容され、詳細な検査を受けた。まず24時間、外界から完全に隔離された一部屋であらゆる挙動を確認された後、続いていつもの数倍厳重な検査施設の中に放り込まれる。、
 それこそ身体の隅から隅まで一体どれだけの検査を受けたか覚えていない。全てが終わったとき、時計の針は夕方の六時をさしていた。
「とりたてて、身体の構造的な異常は見られません。以前の彼女と同じです」
 検査を行った職員はリツコにそう報告する。今までの検査を行ってきたのも彼だったが、今日レイを見つめる視線はおびえの色に満ちている。当然だろう。あそこまで人間離れした力を見せつけられたら、そうならない方がおかしい。
 レイはその表情を無視するように、リツコに視線を向けた。
「レイ。地下の「あれ」を取り込んで気分は、どう?」
「・・・・特にかわりはありません」
「そう」
 彼女の自分を見る目に、先ほどの職員のような色はない。事務的に、淡々と手元の書類に視線を落とし、再びその瞳をあげる。
「当初MAGIはレイ、あなたを使徒として断定したわ。しかし今ではその区分はグレーになっている。限りなくグリーンに近いグレーだけれども。それについて、思い当たることは?」
 その問いに、ゆっくりとレイは首を振った。
「ただ、私はもうヒトではない、ということしか」
 リツコの質問、その後半についての理由は分からない。しかし、MAGIが彼女を使徒として認めたことには思い当たる節がある。使徒が還りゆくべき場所、そして使徒を生み出した場所。そのアダムたる力を手に入れた事により、彼女はよりヒトではなく使徒にちかい属性になった。いや、もしかしたらもう使徒なのかもしれない。
 だから、MAGIが自分を使徒と断定した理由は分かる。
 そう、私はもう、ヒトではないのだから。
 その言葉に、リツコがつかの間複雑な表情を浮かべた。
「・・・・あまり、自分を追い込まない事ね」
「おい・・・・こむ?」
 その言葉に、レイは怪訝そうな表情を浮かべた。
「今まで拒んでいたアダムへの進化を受け入れた理由、だいたい想像が付くわよ。司令のためではなく、シンジ君のため、でしょ?」
 アダムとレイとの融合。ゲンドウが持っていた切り札。そして切り札であるが故に、決して今まで使おうとしなかった手段。
 しかしリツコは、それをレイが拒んでいたことに気づいていた。
 ことに最近は、ゲンドウがその話を切り出すたびに、レイが黙り込んでしまうことも。
 その理由も、想像が付く。
「・・・・」
「しかし、その巨大な力を手にしたことでよりシンジ君やアスカのようなヒトからは遠ざかってしまった」
 皮肉なことかもしれない。
 シンジを救うために、そのシンジ故に拒んでいた力を受け入れてしまうとは。
「でも、それを理由に必要以上に自分を追い込まないこと」
「・・・・」
 レイは、リツコがなぜそんなことを言うか分からなかった。
 おそらく彼女は、自分を嫌っていたはずなのに。
 破壊された魂のない姉妹達、その際の会話。全てを聞いているからこそ、リツコのその言葉の理由が分からない。
「もう、いいわよ。ゆっくり休みなさい。お疲れさま」
 そんなレイを無視するようにリツコはそれだけを言うと、椅子を動かし、彼女に背を向けた。
 キーボードを叩く音が響きだし、レイは言葉をかけるタイミングを失う。
「・・・・先輩は、ね」
 たたずむ彼女にそっと声をかけたのは、リツコの傍らに立っていたマヤだった。
「どう変化しようと、あなたはあなただ、って言いたいのよ。わかる?」
「どうあっても、私は私・・・・」
「それだけしか、私たちには言えないけれどもね」
 あとは、自分で考えてみて。教えられるだけじゃ、意味がないから。
 小さな笑み。ゆっくり休んでね、という言葉。
 それだけを投げかけると、マヤはリツコの傍らに戻っていった。
 ・・・・私は、わたし。
 その言葉を反芻しながら、レイはエレベータに乗り込んだ。通常エリアにエレベータがたどり着き、廊下を歩いている間も、それをずっと考えていた。
 そこに、かけられた声である。
 しかも。
 レイはいささかぎこちない動きで、ゆっくりと振りかえった。
「・・・やぁ」
 いささかとまどった表情を浮かべて、そこにはシンジが立っていた。
「碇くん」
 少年の名を呼び、レイはそのまま口を閉ざしてしまう。つい昨日のことが脳裏をよぎり、どう反応していいものやらわからない。
 力をふるうレイに投げかけられたシンジの悲痛な叫びが、耳を離れない。
 一方のシンジも、一体何を話していいのやら分からなかった。
 ドグマで見たレイのダミー体。それ以来意識的に彼女を避けてきた後ろめたさ。昨日のあの力の発現。そしてゲンドウとの一連の会話。
 あれを言おう。これを言おう、と考えてはいたものの、面と向かったその瞬間に頭の中は真っ白になってしまう。
「えと・・・・なんだか、久しぶりだね」
 結局口をついて出てきたのはそんな言葉だった。
「そう、ね」
 そのまま、沈黙。
 互いに、互いの様子を見ている。自分から何かを言おうとしては思いとどまり、また相手の様子を見る。その繰り返しだった。
 ようやく、レイが声を発したのはどれくらいの時間がたってからだろうか。
「何か、用?」
「あ、いや、その」
 レイの視線に見つめられて、シンジはまたも言葉を失った。
 何と言っていいのか。
「えと・・・・綾波、その、少し話を、したいんだ」
 時間、あるかな。
 そこまで言うのに、たっぷり3分はかかった。
「・・・・うん」
 レイは即座に返事を返した。
 シンジが自分に話しかけてくる。
 その行動だけで、彼女はなんとも言えない思いだった。
 ここしばらく、あれだけ自分を避けていた碇くんが。
 自分に話しかけてくる。
 話をしようと言ってくれる。
「ここじゃなんだから、さ」
 休息所にでも行こう。そう言ってシンジは先に立って歩き始めた。
 レイは、その後を無言のままついていく。
 シンジの背中が、目の前にある。
 こちらを振り向きはしない。しかし、背後に自分がついてきていることを気にしている気配は感じる。
 レイは、彼の背中だけを見て歩き続けていた。


 昨日の戦闘がジオフロントに与えた被害はきわめて軽微だった。地上の戦闘の余波をうけたターミナルドグマ周辺でいくつかの小爆発は起こっていたものの、修復は容易ですでにそれはなされている。
 しかしながら地下の損害に比して地上は無茶苦茶と言って良い状態だった。兵装ビルはそのほとんどが爆砕され、あるいはどこかしらの機能に損害が出ている。一般市民の居住区域はさほどの損害ではないものの、市民のほとんどが疎開した状態ではその損害状況を把握することは困難である。
 職員のほとんどが地上エリアの調査をまさに目視で行わねばならない状況で、結果として休息所には誰一人としていない状態だった。
「オレンジジュースでいいかな?」
 シンジの問いにレイはこっくりとうなずきを返す。コインの投入、がしゃん、という音と共に出てくる缶ジュース。二つを手にしたシンジは近くの机に彼女を誘うと、椅子の一つに腰を下ろした。レイはその向かいに座り、シンジからオレンジジュースの缶を受け取る。
 プルタブをあける金属音。一口ジュースを飲んで、シンジはぽそり、と言った。
「僕は、見たんだ」
「・・・・そう」
 何を、とは言わなかった。どちらも、分かっていることだった。
「綾波、前に言っていたよね。『私は三人目だから』って」
 レイはうなずく。
 LCLの海、無数の肉体。魂の輝きを瞳に宿さぬ、それは人形。
「私は、あの中のひとつだった」
 ひとつ、という言葉に、シンジがぴくりと肩をふるわせた。
「私は私であって私でない。魂の器としての綾波レイ。器が失われたら、新たなそれに移しかえるだけ。魂はリセットされ、また一から綾波レイは生き続ける」
「そんな」
 回る回るエンドレス。始まりだけはいつも同じ。
「この間の戦いで、二人目はいなくなってしまった。だから私は、あそこから出されて、綾波レイになった」
 それが三人目の私。
「二人目の・・・・綾波は・・・・いつから・・・・」
「分からない。いつ、一人目が壊れたのかも、私は知らない」
 知る必要もない。
 レイは黙々とそう言った。
 シンジの視線はじっと彼女を見つめている。レイもまた、シンジの瞳をじっと見つめたままだった。
 自分から瞳を逸らすつもりはなかった。
 隠しても仕方のないこと。今となっては、私には本当に何もないから。
 私はいまの私の心のままに生きる。それだけが唯一の存在意義。
 碇くんを守るという、それだけのために。
「・・・もう一つ、質問してもいいかな」
「ええ」
「昨日の綾波、あれはいったい、なんだったの?」
「あれは」
 と言いかけ、しばし口を閉ざした。
 おそらくこの質問が来ることは分かっていた。しかしいざその瞬間になると、やはり言葉が重い。一言一言が、まるで錘のように心にのしかかってくる。
「地下のアダム、あれを取り込んだから」
 飾る言葉など何も思い浮かばない。ただ、事実を告げるだけ。
「え」
「あれは、正しくはリリスと言われていたもの」
 リリスはアダムの血肉から生まれた存在。そして地下に安置された巨体は、アダムの魂をもたない抜け殻。アダムの血肉を持ってアダムの魂を持たないもの。それはアダムの身体から生み出され、しかしアダムの魂を持たないもの。すなわちリリス。
「だからアダムがアダムになるためには、リリスを取り込む必要があったの」
 魂と肉体の融合。
 失われた半身を取り戻すためには、半身同士が同じ殻の中に入らねばならない。
 リリスが求めるのは自らの魂。アダムが求めるのは自らの肉体。
 リリスは常に求め続けた。アダムは常に拒み続けた。
 レイ/アダムの魂が、綾波レイという肉体の器に収まっているときはレイ/アダムである。しかしレイ/アダムが綾波レイという肉体の中でリリスという肉体と融合したとき、レイ/アダムがどのような存在に変異するかは誰にも分からない。
 誰にも、分からない。
「だから、私はそれを拒んでいた」
 以前であれば、その行為に躊躇はなかっただろう。
 碇司令の言葉が全ての存在意義であった頃は。
 今は違う。そうではない。
 綾波レイをレイ/アダムではなく、綾波レイとして見てくれていた人がいる。
 アダムという魂の仮の容れ物ではなく、14歳の少女として対してくれた人がいる。
 私は、それを失いたくない。
 だから、拒んでいた。
 黙り込んだレイの姿に、シンジはその内面を推し量って何も言えなかった。
 何を、考えているのだろう。
 彼女の中で、何がそうさせたのだろう。
 拒み続けていた行為を行ったきっかけは何だったのだろう。
『おまえがレイの事を心配するのなら、まずレイに聞けばいいだろう。レイはどうあってもレイなのだ』
 ゲンドウの言葉が、脳裏によみがえる。
「それが、じゃあ、どうして、リリスを受け入れた、の?」
 言ってから、しばし後悔した。
 聞いていいのだろうか。僕が聞いても、いいものなのだろうか。
 そう思ったからだ。
 しかしその問いかけに、レイはいささかの逡巡もなく答えた。
「守るため」
「え?」
「大事な人を、守るために」
「・・・・自分の意志で?」
 力強いうなずき。
 今の自分を、以前の自分から変えてくれた人を守りたいから。
 守るためにはその力が必要だから。
 だから、私はその力を受け入れた。
 私が私でなくなってしまう可能性もあるけど、そうならないことも考えられる。だったら、自分が望んで手にすることのできる力で、大事な人を守ることができるなら。
 レイは、まっすぐシンジの瞳を見つめたままそう答えた。
 シンジは、その言葉にしばし沈黙した。
 始めてあったときの綾波レイ。様々な言葉を交わした綾波レイ。記憶の海を駆けめぐる様々な綾波レイ。
 それを思い出し、今の彼女のその言葉に嘘がないことを確信する。
 そして。
「その・・・・なんて言っていいか分からないけど」
「・・・・」
 しばしの逡巡。
「質問ばかりでごめん、でも、あと二つだけ、聞かせて欲しい」
「うん」
「後悔、してない?」
「え?」
「その、ずっと拒んでいたっていう事をして、後悔、してない?」
 シンジの視線は、じっとレイを見つめていた。
 レイの視線は、それを受けて彼の瞳を見返していた。
 彼女がそこに見たのは、まっすぐに自分に視線を向ける少年。
 拒絶も、逃避も、そこにはみつけられない。
 ただただ、今の彼女の全てを見ようとするその姿。
 だから、レイはためらわずに答えた。
「後悔なんて、してない。だって、そうすることでみんなが守れるのなら」
 そして、それが碇くんの力になれるのなら。
 碇くんを、助けられるのなら。
「わかった。じゃあ、最後にもう一つ、いいかな?」
 真摯な瞳に、レイはうなずきを返す。
「綾波・・・・君は今、自分が誰か、分かってるよね?」
 聞きようによっては、非常に曖昧な質問だった。
 しかしレイにはその意図がはっきりと分かった。
 そして、先ほどのリツコとマヤとの会話が脳裏によみがえった。
 だから、迷うことなく答えた。
「ええ。私は、私」
 たとえ今自分がヒトでないとしても。
 そしてその言葉に、シンジは満面の笑みで応えた。


「おそらく、これが最後の戦いになるだろう」
 暗闇の中、冬月の声が響いた。
「従来の使徒を迎撃するという基本方針は、これを破棄する」
 泥沼のように果てしない戦いを終わるためには、源泉を断つことが必要だ。
「レイがアダムの力を手にし、エヴァは三体がそろった。そして残るエヴァは全て破壊。これ以上の戦力は、我々にはもはや望むべくもない」
 ならば今こそ、撃って出るべき時である。
「消耗戦は我らの本意ではなかった。しかし待ちということも時には必要だ。そして今、機は熟した」
「しかし」
 異議を唱える声は、足下の戦略情報ディスプレイを挟んだ向かい側から起こった。
「我々は委員会の本拠をつかんでもいません。捜索攻撃はこちらの戦力をいたずらに分散させます。各個撃破がおちでは?」
 青葉シゲルの端正な顔が、弱い光の中に浮かび上がる。ディスプレイは世界地図を写しだし、そのワイヤーフレームの光芒だけが、この部屋の光の主でもある。
「それに、現実に我々のエヴァは独立行動を前提に設計はされていません。外部電源を抱えながらの侵攻戦闘が不可能だからこそ、この第三新東京市が作られたのでは?」
 シゲルの傍ら、伊吹マヤが慎重に言葉を選びながら彼の言葉に賛意を表する。
「せめて、大まかな位置だけでもつかめていないと」
 日向マコトが世界地図を見回し、処置なしという風に両手を広げる。
「世界は広い、ってことね」
 葛城ミサトが、自嘲気味にそう嘆息した。
「・・・・いえ。委員会の本拠地は分かっているわ」
 その言葉に、全員がはっと顔を上げた。
「委員会の本拠地が、分かっている?」
「どういうことですか?」
「それは本当なんですか?」
 口々にあがる問いかけに、言葉の主はうなずきをかえす。
「・・・・どういうことか、説明が欲しいわ。リツコ」
 ミサトが全員を代表してそう尋ねた。
「今までの委員会との接触は全て立体映像を使用してのもの。こちらからの直接のコンタクトは全く認められていなかった。なのに」
 なのに、どうして場所が分かるというの?
 対して言葉の主、赤木リツコはわずかに顔を動かし、この場の最後の一人、全く発言のない人物を見やる。
「・・・・いいですね、司令」
 碇ゲンドウは、その問いに対して無言の肯定を返した。
「では」
 そう言って、彼女は手元の端末を操作した。
 ぶぅん、という鈍い音と共に、三次元処理をされた地球儀が空中に浮かび上がる。
「まず、我々ネルフ本部がなぜこの地にあるのか、という事を考えて見るわ」
 拡大映像。日本列島の中心、箱根のあたりに光点が明滅する。
「二〇世紀最後の年に発掘されたアダムは、南極大陸の地下、この本部と同様の球状構造物の中で発見されたわ」
「セカンドインパクトは、アダムの暴走に球状構造体の誘爆が重なったものだったはずでしたね」
 マコトの補足に、リツコはうなずきを返す。
「なぜあれだけのエネルギーがアダムと球状構造体に蓄積されていたかを考えると、いくつかの可能性がある。でも、最大のものは言うまでもなく」
「・・・・封印?」
 シゲルの小さな一言。
「そう、アダムは南極大陸の球状構造体に封印されていたと言う説が最も強いわ」
 構造体はアダムを封じる監獄。その鍵を開けようとした人間の試みが、暴走と破壊を引き起こしたのだ。
「で、アダムを封印した何者かは、封印だけを以てよしとするはずがなかった。まあ、それは当然のこと。定期的な監視を行うのが普通だもの」
「・・・・監視をおこなう施設があった、と?」
「ええ。現にタスマニア島にはこのネルフ本部と同様の球状構造体を建設しようとした痕跡が残されている。アダムが何か動きを起こした場合の監視と再度の封印を目的とした、ね」
 新たな明滅が、オーストラリア大陸に隣接する小さな島の上に点る。
「ちょっと待って。リツコ、その建設しようとした痕跡、っていうことは実際に建設されていた訳じゃないの?」
「あたりまえよ。ミサト、考えてもご覧なさい」
 アダムが復活した場合、当然セカンドインパクトと同様に球状構造体は大爆発を起こし、その衝撃波や津波は四方八方に散っていく。エネルギーはすさまじいものになるだろう。
「その衝撃を関知した頃には、タスマニア程度の距離では対応をする時間など皆無だわ。あそこでは近すぎるのよ」
「と、いうことは」
「太平洋に面していて事態の把握がしやすく、しかも南極大陸からは距離が離れていて直接的な被害をそれほど受けるわけではない。それでいて対応を行うには最適な場所。そこがこの箱根、という事になるのよ」
 津波の被害を受けない程度の標高。安定した気候、豊富なエネルギー源を持つ火山帯。最適の場所として選ばれた地、それが箱根。
「球状構造体は我々が発見したとき、内部は土砂その他で堆積されていたものの、外殻自体はまったく損傷がなかった。今すぐにでも使用できる状態だったわ」
「じゃあ、どうしてわざわざ建設したこの構造体を、放棄したのかしら」
「それは本題ではないし、いまさら追求してもしょうがないから、私たちは気にしない。でも、そこから委員会の本部を導き出すことは可能よ」
「どういう、事ですか?」
 マコト、シゲル、マヤ、ミサトが固唾をのんでリツコの言葉を待つ。
「単純な話よ。ミサト、あなたがもし家に爆弾を持っていたとして、危ないからって捨てるとしたら、どこに捨てる?」
 いきなりの話の展開に、ミサトは「はぁ?」という表情を浮かべる。
「そりゃぁ・・・・そんな物騒なもの、家から遠いところに行って捨てるわよ。近くに捨てたらいつ爆発するかで、安心して眠れやしない」
「そう、つまりはそう言うこと。もう一つの球状構造体は、アダムから最も遠い場所にある。そこが、彼ら委員会の本拠地」
「・・・・北極!」
「これらの施設を誰が作ったかは知らないけど、考えることはいつでも、誰でも一緒って事よ」
 北極地帯の一角、シベリアにほど近い一区画が明滅する。
 南極大陸、日本、そしてその一点。
「ベーリング海峡を抜けて西進、セカンドインパクトでも溶けることのなかった永久凍土の中に、委員会の本部はある」
「そうか・・・だからハバロフスクは・・・・」
 もっとも委員会の本拠地に近い場所。そしてそれであるが故に、ネルフから離反し、使徒をこちらへと送り込んできた。
「・・・・そういう、ことだ」
 口を開いたのは、今まで全く黙ったままのゲンドウだった。
「ハバロフスクについては、すでに手を打った。数日中には片は付く。その後、エヴァとレイを連れて、委員会の本拠地を叩く」
「では、来週には?」
「うむ」
 その言葉に、さっと全員に緊張が走った。
「では、来週までに出撃の準備を」
「計画は作戦課に一任する。葛城三佐」
「了解、しました」
 ミサトとマコトが、その言葉に力強いうなずきを返す。
 これを、最後の戦いにするのだ。
 その意気込みが、ありありと伝わってくる。
「それから、技術課には一つ、やってもらうことがある」
「・・・・?」
 マヤが、不思議そうな顔をしてリツコを振り向く。しかしリツコも、初耳とばかりにその言葉を受け止めていた。
「・・・何を、ですか?」
 しかし、その言葉にゲンドウは無言だった。
 ただ冬月が、こう答えたのみ。
「あるべきものを、あるべき場所に、だよ」





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