「シンジ君、アスカさん、鈴原君。
 みんな、ケイタとムサシ以外にできた始めての友達でした。
 一緒におしゃべりして、食事して。短い間だったけど、すごく楽しかったです。
 忘れていたものを、思い出すことができました。
 私は一生忘れません。
 でも、もう終わりにします。
 みんなみんな、大好きでした。
 ごめんなさい、ありがとう。
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 さようなら」







And live in the world forever

第21話:遙かなる青い空 B-Part






   1540時
   戦略自衛隊第1特殊戦中隊野営地 第三新東京市郊外


「なんだ・・・・これは・・・・!?」
 最初に異常に気づいたのは、野営地のはずれで第二東京市の戦自本部とのリンク回線を監視していた陸曹だった。
 昨今の回線は衛星レーザー回線を使用したものであり、鮮明な画像とリアルタイムなデータ転送、そして設営の容易さをそのうりにしている。
 ただしその代償として精密機械の許容範囲をかなりの頻度で超える電磁波をまき散らすため、回線を接続するアンテナ車は野営地のはずれに設営されることとなっていた。
 車両内は空調がきいており、緩やかなエンジン音と共に低い振動音をたてている。ともすれば眠気を誘いがちな振動。陸曹は眠い瞼をこすりながら、回線の状況を監視している。
 最初は小さく。やがて徐々に大きく。
 車両の揺れがひどくなっていく。陸曹は最初、それがエンジンの異常かと思った。
 しかし、揺れは大きくなることはあっても小さくはならない。
 明らかにおかしい、と彼が思ったとき、耳をつんざくような爆音と共にアンテナ車が激しく揺さぶられた。
 頭上の赤色灯が数度の明滅の後完全にその機能を停止し、コンソール上のコーヒーカップが甲高い金属音と共にパネルと厚い抱擁を交わす。椅子にだらしなく座っていた陸曹はショックで床に投げ出され、したたか腰を打つ羽目になった。
「な、なんだ!?」
 暗闇の中、手探りで扉を探し、外へと飛び出す。昼間のまぶしい光が彼の目を焼き、反射的に手を挙げて太陽光線を遮る。
 かざした手の向こう側のそれをみて、彼は瞬間、絶句した。
 そこには傾きかけた大陽を背景に、排気口からジェット噴流を吐き出しゆっくりと動き出す『震電』の姿。
 鈍い地響きと共に地面が波打つのは、震電が一歩一歩、歩みを勧めているせいだ。
「・・・・おい・・・・一体なにを遊んでるんだよ・・・・もう戦いは終わったんだ。そいつを動かす必要はないんだ! ガキの遊びじゃないんだよそれは!」
 陸曹の言葉は、もとよりコクピットには届かない。歩みを勧める『震電』のアームが不規則に動き、同時に機首のバルカン砲が機体の軸線上で獲物を狙う猛禽のように左右に揺れる。その銃口が100メートルほど先、並べられた戦闘車両を指向してぴたりととまった瞬間、陸曹は『震電』が何をしようとしているのかに気づいた。
「なんだよ・・・・冗談にしちゃ度が過ぎるぜ・・・・」
 かさかさに干上がった唇を舐め、陸曹がかろうじてそう言った瞬間。
 それは、始まった。
 鈍い音を立て、連続して放たれるバルカン砲。劣化ウランを詰め込んだ弾丸は並べられた戦車や装甲車の装甲を、ボール紙のように引き裂く。
 一瞬遅れて、盛大な爆発音。搭載弾薬の誘爆で木っ端微塵に吹き飛ぶ七四式戦車。燃料に引火して黒煙を上げる九九式装甲車。コンピュータの誤作動か、空に向かって六式対空誘導弾を撃ち上げる車両まである。
 続けて放たれるホーミングミサイル。レーダーアンテナをなぎ倒し、燃料集積所に飢狼の如く襲いかかり、かみ砕く。連続してわき起こる爆発音。
 さきほどまで静寂と秩序の元にあった特殊戦中隊野営地は、一瞬にして阿鼻叫喚の場と変わった。
 緊急事態を告げるサイレンが鳴り響き、兵士達があたりを駆け回る。
「う、うあああああ!!」
 錯乱したのか、手にした小銃で『震電』を狙おうとする少年兵。それに気づいた古参の兵士は、少年を殴り倒すと小銃をもぎ取り、即座に投げ捨てた。
「そんな豆鉄砲が通じるか、このバカ者!」
 そしてそのまま、少年を引きずり倒すようにして敷地の外へと引っ張っていく。
 爆炎をあげて燃えさかる燃料タンク。
 少年兵の視線は、炎を背景に佇立する『震電』へと向けられていた。
 恐怖。
 彼の瞳には、『震電』に対するありありとした恐怖の色があった。
「俺が悪いんじゃない・・・・俺が悪いんじゃないんだ・・・・」
 ぶつぶつとつぶやくように、少年は言葉を繰り返す。
 古参兵はその様子に怪訝そうな表情を浮かべたが、あえてそれを無視した。
 少しでも遠くに、『震電』から離れたところに逃げるため、ただひたすらに少年を引きずっていく。
 彼は、知らない。
 この少年が、今までしてきたことを。
 少年は知っている。いや、信じ込んでいる。
 『震電』のパイロットであるムサシが、今までケイタをいじめていた自分を決して許さないであろう事を。
 よくよく考えればどこにもそんな根拠はない。
 しかし、それでもムサシが『震電』を駆って少年を狙っていると、彼は信じていた。
 それ故に、うつろな瞳で少年は言葉をはきつづける。
「俺のせいじゃないんだ・・・・みんな悪いんじゃないか・・・・」



「なんだ、何が起こったと言うんだ!」
 辻三佐が指揮所から飛び出したとき、そこに動く人影はまったくなかった。
 ほとんどの人間は敷地の外に逃げ出し、あるいは建物の中に逃げ込んでいる。意図してのものか、『震電』は戦車などの兵器と物資の貯蔵庫は破壊したが、それ以外の建物には手をつけていない。少なくとも災禍を免れるためには、よけいなことをしないのが一番であることにほとんどの人間は気づいているようだ。
 不幸にして、辻はその貴重な少数派だった。
 誰もが応戦せず、ただ身を潜めているだけの様子を見て取り、声を限りに命令する。
「貴様等、何をしている、隠れていないでさっさと震電を止めろ! あのガキに悪戯の報いを味あわせてやらんか!」
 この自分の首を締め上げ、罵倒しただけでは飽き足りずこんなことまでやりやがって。畜生、あのガキ、今度はしばらく足腰たたないまで殴り飛ばしてやる。
「どうした、はやくやれ、やれというのに!」
 しかしながら、辻の声に応える者は皆無。
 怒鳴り散らす辻の姿を、ほとんどの者が冷ややかな視線で見つめている。
「だったらおまえがやって見ろよ」
 兵士の一人は、苦々しさと共にそう吐き捨てた。
「他人に命令するばかりじゃなくて、たまには自分で苦労してみろってんだ!」
「常々気合いを入れれば不可能なことはない、って言ってるくせに、なぁ」
 傍らの兵士が応じるように言い、近くの笑いを誘う。
 声には出さなかったが、他の兵士達の誰もが同じ心境だった。
「くそくそくそ! 上官の命令が聞けないと言うのか! 貴様等全員軍法会議だ! 営倉行きだ! 性根から鍛え直してやる!」
 誰一人として彼の命令に応じない現状に、辻は地団駄を踏んで悔しがる。
 とその時、彼の頬を横殴りにするように強風が吹いた。
 風は爆炎が吹き上げる黒煙と共に辻の全身を包み込み、そのため彼はしばしの間顔を覆ってその煙から我が身を守らなければならなかった。糊の利いた戦闘服が、たちまちのうちに煤にまみれる。
「くそ、なんてことだ!」
 風が収まり、彼は衣服に付いた煤をはたき落とす。そして気づいた。
 周りは日が照っているのに、彼の周りにだけ影が落ちていることに。
 嫌な予感と共に、はっと顔を上げる。
 次の瞬間、彼は「ひいっ!」と悲鳴を上げて、一歩、二歩、後ずさっていた。
「あ、あ、ああああああ」
 口をついて出てくるのは、意味をなさない言葉の群。
 瞳に宿るのは恐怖の色。
 そう。彼の視線のその先には、つい先ほどまで彼が罵倒していたムサシの乗る震電の姿があった。
 まるで彫像のようにぴたりと動きを止め、震電はじっと辻を見下ろしている。
 ほんの瞬きする間、時間にして数秒ほどだろう。両者はそのまま向かい合っていた。
 が。
「ひ、ひ、ひいいいいいい! た、助けてくれ!!」
 辻が悲鳴を上げて震電に背を向け、脱兎の如く逃げ出すにいたり、基地のあちこちから失笑がわき起こった。
「なんだなんだ。威勢がいいのは口だけかよ」
「歴戦の士官サマがずいぶんご立派なことで」
 中には大声を張り上げ、辻の耳に届いているものもあるはずである。しかしそれでも、辻は逃げるのを辞めようとしなかった。転び、はいつくばり、それでも一歩でも遠く、震電から・・・・ムサシから離れようとする。
 今度は、殺される。
 最後に敬礼をしながら辻を見ていたムサシの瞳は、押し隠した殺意にあふれていた。
 そうだ。奴は俺を殺すためにこんな暴挙をやったんだ。
 そうだそうにちがいない。畜生、だからあんなガキに新兵器を与えることは反対だったんだ。ガキガキガキ。エヴァのパイロットもガキ。ええい、戦争は大人のゲームだ。ガキの出る幕なんかこれっぽっちもない。
 畜生、俺は殺されるのか、冗談じゃない。
 兵士達の失笑が嘲笑に変わっても、辻はさらに逃げ続けた。地面だけを見つめ、背後には目もくれずに。
 その狭い視界に編み上げの軍靴が入ってきたとき、辻は助かった、と思った。
 誰だろうとかまわない。こいつを盾にしてでも俺は生き延びて・・・・。
 幾ばくかの安堵と共に顔を上げ・・・・辻はそこで、再び表情を凍らせた。
 黒光りする銃口と、もはや人以外の何かを見下ろすような瞳をした早川一佐の姿。
「どこまでも、無能ものが」
 その言葉は氷よりも冷たく、いささかの容赦もないものだった。
「ひ・・・・」
「そうやって逃げて、あとに何が残る? 貴様の背に貼られた。威張り散らすだけの無能な士官というレッテルはもはや拭いようもない」
「あ・・・・う・・・・」
「だったら、せめて最後は潔く死んでこい」
「あ・・・・あ・・・・」
 より直接的な死の恐怖に、辻はもはや逃げ出すことすら忘れてへたり込んだ。
「い、一佐・・・・」
「それとも」
 早川はそこで一息つくと、銃口をわずかに辻からずらした。そしてこれ見よがしに背後を振り返り、
「これからもずっと、逃げ続けるか?」
 そこには、野営地と外とを分ける小さな詰め所があった。
 ごくり、と辻は唾を飲み込む。
「貴様には二つの選択肢がある。引き返して震電と戦うか、負け犬のようにこの野営地から逃げ出すか。その二つのうち、どちらかを選べ」
「・・・・」
「さあ、どちらを選ぶ?」
 再び視線を辻に向け、早川は薄笑いを浮かべた。
 殺される。このままでは殺される。
 辻は直感的に恐怖を感じた。
「イヤだ、私は死ぬのはイヤだ!!」
 そのまま脱兎の如く駆け出し、早川の横をすり抜けるように通り過ぎる。
 10メートル。5メートル。
 そのまま詰め所の横を通り過ぎ、
「自由だ、やっと私は自由だ!」
 そう叫んだ瞬間。
 乾いた銃声と共に、辻の胸に焼け火箸を押し込まれたような灼熱感が弾けた。
「ぐっ!」
 衝撃ではじき飛ばされ、彼は地面に崩れ落ちる。
「バ・・・・バカ・・・・な・・・・」
 口元から流れる血。大地を赤く染めていく液体。薄れ行く意識の中、辻がそこに見たのは、うっすらと煙を上げる銃を手にした早川の姿だった。
「敵前逃亡は、銃殺刑だ」
 馬鹿め、と早川は言い捨てた。
 そして視線を転じ、震電と対峙する。
「どうした。続けないのか?」
 今まで自分を縛り付けていたものを破壊し、自由になる。
「おまえ達は辻よりもまだましだ。自分の手で敵と戦い、自由を勝ち取ろうとするのだからな」
 早川は銃をホルスターに納め、さらに言葉を継いだ。
「さあ、逃げるがいいさ。おまえ達を縛るものから。檻はすでに破壊された。妨げるものは何もない」
 ただし、逃げ切れるものならばな。
 薄笑いを浮かべて、彼はそう言った。
 目前の震電はしばしの間彼を見下ろしていた。次に、ゆっくりと動き出す。早川に背を向け、機関の駆動音をあげていく。そして次の瞬間、轟音と共に飛び上がると基地の外へと疾走を開始した。
 それはさながら、檻から外へと飛び出す小鳥のようだった。
「・・・・私だ」
 轟音が小さくなったころ、早川は胸元の通信機を取り上げた。
「厚木へ連絡。爆撃機を発進させるよう要請を出せ。・・・・そうだ。震電の反乱逃亡だ。事は一刻を争う。N2装備ですぐにだ。それから、第二東京へも連絡。衛星から逐次震電の行動を追尾するように。特に戦闘データはしっかりと取っておけよ」
 ・・・・逃げ切れるものならば、逃げてみるがいい。
 早川はすでに見えなくなった震電に向かって、内心でそうつぶやいた。


   1550時
   ネルフ発令所 ジオフロント内


「震電、戦自基地から出ました。御殿場方面に向かって進行中!」
「戦自重戦闘機隊、震電と交戦状態に入ります!」
「戦車隊砲撃開始、兵装ビルに損害が出ています」
「ったく、どこ狙って撃ってるのよ馬鹿!」
 ミサトはあがってくる報告にいらいらを募らせていた。
「参号機の状態は!」
「現在移動中。震電と接触まであと5分」
「弐号機は?」
「パイロットの搭乗準備が進んでいます。発進まで3分」
「初号機は!」
「パイロットがまだ到着していません!」
 ったく、冗談じゃないわよ。
 ミサトは内心で毒づいた。
 エヴァシリーズの来襲による損害の回復もまだだって言うのに、今度は先ほどまでの仲間だった震電を追わなくちゃいけないなんて。
「弐号機初号機は状況が整い次第直ちに発進させて。鈴原くん、これ以上被害を増やさないよう、震電をすぐにでも止めて頂戴!」
 いえ、それもそうだけど、できればあの二人は殺したくない。無事に救って欲しい。ミサトは内心でそう思っていた。表面上、そう言うことはできなかったが。
「できることとできないことがありますわ、そんなこと言われても!」
 トウジの声は急いでいるのだろう、いつものそれとは違い、かなり引きつっている。
「わかってるわよ。でもこのままだと、おそらく戦自は震電そのものを消滅させるかもしれない。おそらくN2を使ってね」
「!」
「そうなると、周辺に尋常でない損害が出るわ。それは避けたいの」
「でも、外輪山の外に出たらどないします?」
「まず出さないことを考えて。もしそうなったら・・・・」
「そうなったら?」
 画面の向こうで、トウジが再び問いかける。それに対してミサトが返事を返そうとしたとき。
「追撃は無用だ」
 ゲンドウの声が、ミサトの耳に飛び込んできた。
「司令・・・!」
「我々の施設に被害が出なければいい。戦自の要請にはおざなりに応えて、震電はさっさと外輪山の外に追い出せ」
「しかしそれでは、パイロットが・・・・」
「かまわん。我々には関係のない話だ」
「そんな!」
「弐号機、発進します!」
 マコトの報告。メインスクリーン上に、発進する弐号機の姿が見える。
「アスカ、震電が外輪山を超える場合、全力で阻止。相手を大破させてかまわないから」
「分かってるわよ、あの馬鹿、何考えてこんな!」
 アスカの悲鳴のような叫び。ミサトはそれを無視するように、再びゲンドウと向き合った。
「パイロットの救出が先です!」
「無駄だ。迎撃は参号機だけでいい。他のエヴァに傷を付けるな」
「司令!」
「初号機、パイロット到着、発進準備入ります!」
 サブスクリーン上に、初号機を取り巻いて忙しく動き回る整備員の姿。そこにシンジの姿を見つけ、ゲンドウはわずかに表情を変えた。
「シンジ。出る必要はない。そのまま待機だ」
「でもそれじゃ、ムサシ君や霧島さんが!」
「人助けを気取るな。おまえが行っても、彼らには何の助けにもならん」
「どうして、どうしてそんなことを言うんだよ!」
「なぜあの二人がこういう行動をとったか、よく考えてみろ」
「なぜ・・・・?」
 シンジはそこで唐突に黙り込んだ。ゲンドウはそれを無視するように言葉を継いだ。
「我々が彼らを救出して、あとに何が待っている? 逃亡罪と反乱罪で戦自の軍法会議だ。それが彼らにとって幸せなことか?」
「・・・・」
「自分の尺度で相手の行動を測るな。その程度のこともわからないか?」
「・・・・」
「初号機は待機。厚木基地の爆撃機隊を発進させろ。外輪山を出たところで殲滅させるように、と」
「司令!」
 ミサトが顔色を変えて抗議する。ゲンドウがそこまで言うとは思っていなかったからだ。しかし帰ってきた返事はと言えば、
「作戦司令、命令はどうした?」
 はなはだ冷たいものだった。
「・・・・分かりました」
 しばしの対峙の跡、ミサトはぽそり、とそう言った。
「日向君。厚木へ連絡。現在の状況を詳細に教えてあげて。丁寧に、ゆっくりと。それから初号機の発進を急がせて」
「葛城三佐!」
「命令には従います。しかしながら、現状での努力は最後までします」
「君も人助けを気取るというのか?」
「私は、生きてさえいればきっといいことがあると思っています。たとえそれが、押しつけと思われても」
 そう、だからこそ、私は生きているの。使徒への復讐、父への思い。加持くん・・・いろいろなことがあっても、私は生きているのだから。
「作戦司令は私です。与えられた権限の中で、最善と思われる方針を行います」
「・・・・なるほど、な」
 ゲンドウはそれに対し、何も言い返さなかった。
「好きにするがいい。ただし、エヴァは傷つけるな」
「分かって、います!」
 ミサトは憤然と言い返すと、そのままスクリーンにじっと見入った。
「・・・・ミサト」
 気がつくと、横にリツコが立っている。
「あなた、なにか勘違いしていない? 私たちのやるべきことは、ゼーレとの戦いよ。それに必要なエヴァを関係のない事で傷つけないのは当然でしょ?」
「分かってるわよ! でも、それがあの子たちを見捨てていい理由にはならないわ!」
「それで、一時の感情に流されてさらに同じような犠牲者を増やすつもり? もしエヴァが傷つけば、さらに状況は悪くなるのよ!」
 ぐっと、ミサトはリツコのその言葉に黙り込んだ。
「・・・・私には、そんな事務的な判断はできないわ。シンジ君やアスカと一緒に戦ったあの子たちを、見捨てることは」
「そう。それも一つの判断ね。私にはできない考え方よ。・・・・馬鹿にしてるんじゃない。ある意味、うらやましいの」
「え?」
「感情で物事をはかれるあなたが、ね」
 リツコはそのまま黙り込んだ。ミサトはしばし問いただしたげな表情をしていたが、やがてあきらめたように正面を見つめた。
 ディスプレイ上では、震電を示す光点とアスカのそれがまず重なろうとしている。



「あんた達、聞こえてる!」
 震電を遮るように立ちはだかった弐号機の中から、アスカは声を限りに叫んだ。
「何馬鹿なことやってんのよ! さっさと震電を止めなさい! このままじゃ取り返しのつかないことになるわよ!」
「アスカさん・・・・」
 音声だけでつながれた回線の糸。そこから聞こえてくるのは、まぎれもないマナの声。
「マナ・・・・あんたもなの?」
「私たちは・・・・もうあそこにはいられない。いいえ、いちゃいけないの」
「だからってこんな方法を採らないでも!」
「他に、どういう方法があるって言うんだ?」
 割り込んできたムサシの声。それは苦渋に満ちていた。
「俺達は死なない限りあそこから抜け出すことはできないんだ。生きている限りは、永遠に檻の中だ。それを破らなければ、他にどんな方法がある?」
「それは・・・・」
 アスカはそこまで言って口ごもった。
 確かに、こうでもしない限りムサシたちは今の状況から逃げ出すことはできなかっただろう。
「でも・・・・それでもだめ! このままじゃあんたたち殺されるわよ! いつまでも逃げ続けるわけにもいかないでしょ! 震電を降りなさい! そうすればミサトに頼んで悪いようにはしないわ!」
「アスカさん・・・・」
 回線の向こうで、マナがとまどっているのが分かった。
「アスカさん・・・・これは・・・・」
「マナ!」
 ムサシの声が、マナを制した。
「とにかく、ダメなんだ。頼むからそこをどいてくれ! できればエヴァを、君を傷つけたくない!」
「どうしてもダメなの?」
「頼む、君とは戦いたくない!」
「そう・・・・」
 アスカは嘆息した。そしてきっと画面越しに震電をにらみつける。
「だったら仕方ない、腕ずくでも震電から引きずり出すわよ!」
「アスカさん!」
「あんた達を死なせたくないのよ、分かって!」
 言葉と共に、アスカは弐号機を突進させた。手にしたプログナイフを一閃し、機首の機関砲を異音と共に切断する。
 震電はとっさにジェットをふかして後退し、弐号機と距離を取る。両者の間の空中で切り裂かれた機関砲が爆発し、爆炎が互いを視界から覆い隠す。
「どうしてもやるっていうのか?」
「アタシだってあんた達とは戦いたくないわよ!」
 アスカはそう毒づきながら煙の向こうを透かし見る。
「!」
 そして驚愕の表情を浮かべた。視界を覆う煙を突き破るようにして、震電が弐号機に向けて突っ込んできたからだ。
 よける間もなく、弐号機は震電のぶちかましを受けて背後のビルにたたきつけられる。
「やったわねあんた達!」
「悪い、でもこうしなくちゃいけなかったんだ!」
 アスカがようやく体勢を立て直したとき、震電はすでにジェットを全開にして弐号機から離れつつある。
「どうしても逃げるって言うの!」
 アスカの問いに、返事は返ってこない。
「自分から死にに行くようなものよ、このバカ!」
 爆発ボルトでアンビリカルケーブルを切断。そのままアスカは震電を追って駆けだした。あわせて回線を開き、相手が出るかでないかのうちに怒鳴りつける。
「鈴原! そっちに行ったわよ! 死んでも止めなさい!」



 シンジが初号機を駆って震電に追いついたとき、震電は参号機とがっちり組み合った状態だった。
 震電の進路上に位置した参号機は、両腕でしっかりと震電を押しとどめている、しかしながらその勢いをかんぜんに押しとどめているわけではなく、ともすれば引き離されそうになるのをかろうじて止めている、と言う感じだ。
「ムサシ君、霧島さん、やめるんだ!」
 シンジは参号機の邪魔にならないよう慎重に初号機を近づけながら、そう二人に呼びかけた。
「こんな事をしても何の意味もないよ! だからやめるんだ、すぐに震電を降りて!」
 しかしそれに対して、震電からの返事はない。かわりに、
「シンジか? 気をつけい、こいつの力は並みやないで!」
 トウジの注意を促す声が参号機から返ってきた。
「トウジ、大丈夫!?」
「注意せい、いいかゆっくり、ゆっくり近づくんや、急ぐんちゃうで」
「わかった、でも、急がないと・・・・」
「よし・・・・ええで、行け・・・・ったぁああ!!」
 トウジの絶叫。シンジは画面越しに、震電が参号機を引き剥がすのを目にした。参号機は一歩、二歩、後ずさりしてよろめく。その隙に、震電は再びジェットを全開にする。噴煙があたりを覆い隠し、シンジの目から参号機たち2体を覆い隠す。
「ムサシ君!」
 初号機は煙の中から一直線に飛び出す震電の姿を見た。外輪山の尾根に向かって一直線に疾走するその後ろ姿に、シンジは声を限りに呼びかける。
「ムサシ君、行っちゃダメだ! ダメだよ! ・・・ええいっ!」
 アンビリカルケーブルを切断し、初号機も後を追って走り出す。背後で参号機が同じくケーブルを切断する姿が見える。
 さらにアスカの声も聞こえる。
「逃がしたの? バカ! 急いで捕まえなさい!」
「わかってるよ、急がないと!」
 シンジはさらに速度を速めて震電を追うが、いっこうに追いつかない。
「くそ、相手がはやすぎる!」
「シンジ君、震電は御殿場市街を抜けて愛鷹山方面に向かってるわ! それから、爆撃機が厚木を出たわ、時間がほとんどない、急いで!」
 ミサトの声に応える余裕もなく、さらに初号機は震電を追う。
 尾根をこえると、御殿場市街の向こうを震電が疾走している姿を見ることができた。
「いけない、行っちゃいけないんだ!」
 シンジはレバーを押し込み、さらに追いかけようとする。しかし機隊に衝撃が走り、初号機は引き留められていることに気づいた。
「トウジ! 何をするんだよ!」
 そこには、初号機の腕をがっちりと握って放さない参号機の姿があった。
「あかん。もう震電にはおいつけん。あきらめるんや」
「トウジ・・・・何を言ってるの? 僕には分からないよ」
「ええか? このまま追いかけてもおいつけん。下手をすれば軍のN2に巻き込まれて終わりや。ええから、ここはワシの言うとおりにせい」
「冗談じゃない! トウジはムサシ君と霧島さんを見捨てるって言うのか!」
「違うわ! そうや無いけど、もう無駄や、っていってるんやろが!」
「それを見捨てるって言うんだよ、離してくれトウジ! 僕は追いかける!」
 そのまま参号機の右手を引き剥がし、シンジは再び初号機を走り出させた。
「シンジ、やめるんや!」
「見損なったよ、トウジ!」
 その声にシンジは怒鳴りつけると、御殿場市街を避け、愛鷹山にむかう最短コースを取る。
「シンジ君、聞こえる?」
「ミサトさん、爆撃機を止められないんですか!」
「それは無理なの。代わりに向こうから言って来たわ。『エヴァが邪魔だ、どけろ』ってね」
「それじゃ、僕が一緒にいれば爆撃機は」
「それも無理。どかない場合は、一緒に爆撃するって警告が来ているわ」
「そんな・・・・」
「目標、御殿場測候所の視界からロスト!」
「戦自早期管制機から再度連絡、『エヴァをどけろ!』」
 ミサトの背後で、マコトとシゲルがあげる報告がシンジの耳に届いてくる。
 さらにマヤの、
「弐号機、残電池0、活動停止、初号機参号機、共に残り活動時間1分切りました!」
 という報告を聞き、顔色を変えた。確かに横のタイマーを見ると、時間はすでに1分を切っている。
「シンジ君!」
「まだ、まだいけます!」
「ミサトさん、これ以上は危険や! シンジもやめんかい!」
「シンジ君、これ以上はもう無理よ、引き返しなさい!」
「冗談じゃない!」
 こんなところで後悔したくない。だからいやだ。
 シンジはさらに初号機を走らせる。
「爆撃機、コースに乗りました。弾倉開きます!」
 そんなマコトの声も。
「無駄だ、やめいシンジ!」
 トウジの声も。
「トウジ君、目標変更、シンジ君を止めて!」
 ミサトの声も。
 シンジには聞こえなかった。走り、走り、走り続けて。
「初号機参号機、残電池0・・・・活動停止・・・・」
 マヤの声を最後に、初号機は動きを止めた。
 そして同時に、
「爆撃機、投下まであと10秒。震電は依然逃走中」
「投下まであと5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・ゼロ!」
 そして、地面から響く鈍い音。
「震電・・・・活動停止・・・・完全に消滅・・・・」
 苦渋に満ちたシゲルの声が、耳に届いた。
「ムサシ君・・・・霧島さん・・・・」
「作戦を・・・・終了します・・・・総員撤収用意・・・・」
 ミサトの声が、むなしく耳を過ぎていく。
 暗闇のエントリープラグの中に、低い嗚咽が漏れた。


   1700時
   初号機ゲイジ ジオフロント内


「なぜ、命令に背いた?」
 初号機の前、シンジはゲンドウと向かい合っていた。ミサトはシンジの背後で、じっと二人の様子を見つめていた。
「なぜ、命令に背いて震電を追った」
 ゲンドウは、再び問いかけた。
 シンジは無言のままだった。
「言いたいことは分かる。しかしおまえの任務は、エヴァを危険にさらしていいものではない。次に同じ事をやったら、そのときはエヴァを降りてもらう」
 その言葉に、シンジは敏感に反応した。うなだれていた顔を上げ、きっとゲンドウをにらみつける。そして、
「父さんは僕やムサシ君たちよりもエヴァが大事なの!? 父さんのエヴァなんだろ、好きにすればいいじゃないか!  そんなにエヴァが大事なら今すぐ僕をおろせば!」
 ぱぁん、と乾いた音が響いた。
 シンジは自分が殴られたことにしばし気づかなかった。
 殴った相手がゲンドウであることも。
「と・・・うさん・・・・」
「軽々しくそんなことを口にするな。一時の激情でものを言うと、後悔することになるぞ」
 ゲンドウは淡々とした口調でそう言う。ミサトには意外なことに、そこには幾ばくかのやさしさが含まれているようにも感じた。むろん、ミサトの気のせいかもしれないが。
「フォースチルドレンに会ってこい」
「トウジに・・・・?」
「それから、今日はゆっくり休め」
 ゲンドウはそれだけを言うと、シンジに背を向けた。
「父さん・・・・」
 シンジは、その背に何かを呼びかけようとした。
 先ほどまでの会話には微塵も触れないこと。
 トウジに会ってこいと言う言葉の意味。
 始めて殴られた事。
 いろいろと言いたいことはあった。しかし言うことができなかった。
 ミサトは、ゲンドウが視界から消えた後にシンジがゆっくりと肩を落とすのを見た。


   1730時
   パイロット控え室 ジオフロント内


「ワシを殴りたいか? そんな顔をしとるな。なんで止めた、って」
 シンジと会って開口一番、トウジはそう尋ねた。
「惣流も同じような顔しとるし」
 シンジの背後に立つアスカに向けても、トウジはそう言う。
「ミサトさんは、どないです? こいつらとおんなじですか?」
「私は・・・何とも言えないわ。みんなが全力を尽くしたのは知っている。だからトウジ君を非難することはできない。でも」
「でも、もしかしたらシンジを引き留めてなかったら追いつけたかもしれない、あの二人を助け出せたかもしれない。そういいたちゅうことですな」
 トウジの声に、誰も応えなかった。
「まあ、ええ。ワイも、みんなにあやまらなあかんことがあるしな」
 そこまで言って、トウジはジャージのポケットから一枚の紙を取り出した。
「シンジ、読んでみ」
「そんな話をしているわけじゃない」
「ええから読めゆうとるんや」
 シンジの手に、トウジは押しつけるように紙を持たせた。
 しぶしぶという感じでシンジはその紙を開く。そしてまず頭にかかれている文章を読み、途端に顔色を変えた。
「トウジ・・・・これは・・・・」
「そや。あの二人の遺書や」
「な!」
 トウジの言葉に、アスカとミサトは顔色を変えた。
「最後に会ったときに、シンジと惣流に渡してくれ、ちゅうことでな」
 シンジにはトウジの言葉は耳に入ってなかった。むさぼるように、文章を読んでいった。





『シンジ君、アスカさん。

 これを見る頃には、私たちはもう一緒にはあえなくなっているでしょう。
 短い間でしたが、本当にたのしい時間でした。
 生まれて物心ついたときにはすでに軍隊にいた私たちにとって、みんなとの生活はなくしていたものを取り戻したようなものでした。
 ムサシも、ケイタも、同じように思っていることでしょう。まるで神様が最後に私たちに幸せを与えてくれたようなものだと思います。

 でも、このままではもういられません。
 戦自は今回の戦闘記録を元に、さらに震電の開発を強化していくことでしょう。私たちは以前と変わらないテストパイロット生活に戻らなければなりません。
 もう、疲れました。あの基地には帰ろうとは思いません。ケイタを殺して何とも思わない辻三佐たちと一緒にいることは、私にもムサシにもできません。
 だから、私たちは逃げます。戦闘直後で警戒がゆるんでいる今しか、チャンスはないのです。

 おそらくシンジ君やアスカさんは、私たちのやろうとしていることを愚かな事だと思うでしょう。面と向かったら罵倒されるかもしれません。
 他に、方法はないんです。
 もしかしたら、いえおそらく戦自は全力を挙げて私たちを追いかけてくるでしょう。捕まえる見込みが無くなったら、私たちごと震電を抹消しようとするでしょう。
 どちらにしても、逃げ切れる見込みは少ないと思っています。

 だから、この手紙を鈴原君に渡しておきます。
 おそらく二人とも、私たちを助けようと頑張ってくれるこでしょう。鈴原君には、震電が消滅したら、この手紙を渡してくれるようお願いしてあります。
 悲しまないでください。あの檻の中に帰るくらいなら、と二人で決めたことです。これはケイタも言っていたことでした。ケイタの遺志を無駄にしないためにも、私たちは逃げるのです。

 このことを知っていた鈴原君を責めないでください。彼に黙っていてくれるようお願いしたのは、私たちなんですから。

 シンジ君、アスカさん。最後にもう一度言います。ありがとう。
 そして、さようなら。

霧島マナ  
ムサシ・リー・ストラスバーグ  






「トウジ・・・・これは・・・・」
「見ての通りや。シンジがどこぞに行ってから一悶着あってな。その後、これを渡されたんや」
 トウジはシンジがいなくなってから後の一部始終を語った。
「最初は二人とも死ぬ気だった。この場は逃げ切れても、その後もずっと逃げ切れるわけやないことはわかっていたんやろな」
「そんな・・・・だったらトウジ、どうしてそこで止めなかったんだよ!」
「止めてどうなる? ワイが説得するんか?『死ぬなんて馬鹿なこと考えんと、その地獄みたいな基地にもどるんや』って?」
「それは・・・・」
「だからワイはそんな説得はせえへんかった。代わりに、少しでも生き延びられるようなことを考えるよう言ったんや」
「そんなこと言ったって、もう二人はいないじゃないか! 震電と一緒に!」
「アホかセンセ。だれが震電とあの二人が一緒でなくちゃいかんのや?」
「・・・・え?」
 シンジは、自分の耳がおかしいのかと思った。いまのトウジの言葉の意味を計りかねたからだ。
「トウジ、それは・・・・」
 トウジは、シンジの言葉には応えず新たな紙を差し出した。
「もう一枚、二人からはあずかっとる。あの戦闘の後や」
「戦闘の後!?」
「ちょっとどういうことよそれは!」
 シンジが手を出すより早く、今度はアスカがトウジの手から紙を奪い取った。





『シンジ君、アスカさん。


 ごめんなさい。
 二人には事前に本当のことをお話ししたかったのだけど、それは止められました。高千穂さんが、秘密を知っているのは最小限にしないと、今回の計画は成功しないって言われたんです。全てが終わったら、鈴原君からお話ししてもらうようお願いしてあります。
 私たちは生きています。おそらくあの戦闘の後、二人ともつらい思いをしているかもしれません。そんな思いをさせてしまったことは本当にすまないと思っています。

 前の手紙を鈴原君に渡したとき、激しく反対されました。「死ぬんは簡単や。でも生きている命を無駄にしてどうする!」って説得されました。むしろもっと建設的な方向に話をすすめよう、と言われ、高千穂さんを紹介してくれました。
 高千穂さんは、「要するに君たちが死ねば、戦自も追跡はしてこないんだろう?」と言いました。だったら霧島マナとムサシ・リー・ストラスバーグが死んでしまえばいい、と。
 計画はこうでした。震電で私たちが逃げれば、当然戦自は追跡してくるでしょう。捕まえられないと分かった時点で、彼らは震電そのものを消してしまう。その手段はほぼ間違いなくN2による隠滅だと。
 あれで焼かれてしまえば、震電の中に人が乗っていたかどうかなんて分かるわけがないだろう、ということです。。
 私たちは途中で震電から降りました。最後の震電は無人でした。
 これを知っていたのは、鈴原君と高千穂さん、大塚さん、そして高千穂さんが連絡をした碇司令だけです。
 私たちは霧島マナという名前、ムサシ・リー・ストラスバーグという名前を捨てて、別人として生きていきます。父さん母さんと会えないことはつらいです。でも、あの基地に戻るくらいなら、どうせ死んでしまうのですから、こうする事を選びました。
 私たちはこれから、二人で力を合わせて生きていきます。
 この手紙を見る頃、私たちは第三新東京市を離れる頃だと思います。
 最後にあえなかったのは残念です。

 心配させてごめんなさい。そして前の手紙でも言いましたが、ありがとう。
 さようなら。


霧島マナ  
ムサシ・リー・ストラスバーグ  




「・・・ちゅう、こっちゃ」
 手紙を読み終えて後、しばしの間二人は無言だった。
「よかった・・・・」
 しばしの後、シンジは安堵の思いを込めてそうつぶやいた。
「ふたりとも、生きているんだ・・・・」
「すまんかったな、シンジ、惣流。ワイはセンセを止めたとき、このことを知っていたんや。震電と参号機が組み合っていたときに、二人をおろしたんはワイやったんやから」
「そう・・・・そうなんだ・・・・」
「だからワイはセンセを止めた。N2に焼かれて万一のことがあったら、あの二人が一番悲しむんやから」
「・・・・・・」
 シンジは、何も言えなかった。
 そして、ふと気づいた。父さんはこのことを知っていたのか、と。
 だから、僕を止めたのだろうか。知っていたから、トウジに会いに行くように言ったんだろうか。本当のことが言えないから、命令という形で僕を止めようとしたのだろうか。だとしたら、僕は父さんにひどいことを言ってしまった。
 ・・・・綾波のこともそうだ。
 僕は、父さんに謝らなければいけないのかも、しれない。
「・・・・それから、これはワイの勝手に言うことや。よう覚えとき」
 トウジは口調を変え、シンジとアスカから視線を逸らしてつぶやいた。
 シンジはその声ではっと我に返る。
「二人には言うのを止められとったが」
「え?」
「高千穂さんが、今後のことも含めて全ての手はずを整えてくれている。あの二人の乗った電車は、6時半に箱根湯本の駅を出る。行き先は聞いてへん」
「6時半!」
 シンジは時計を見た。時刻は6時まであと少しを残している。
「ミサトさん、車!」
 シンジの声に、ミサトも顔を輝かせて応じる。
「分かってる、20分で着かせるわ! 二人とも行くわよ!」
「はい!」
 アスカとシンジの返事がきれいに重なった。
「トウジはどうする?」
「いや、ワイはもう最後の別れは済ませてきたからな。口止めされてたこと、しゃべってしもてすまん、とだけ言うといてくれ」
 ぽりぽりと頭をかきながら、トウジはそう言った。
「トウジ・・・・ありがとう」
 シンジはトウジの手を握り、万感の思いと共にそう言った。
 そして、
「アスカ、行こう!」
「ええ!」


   1820時
   箱根湯本駅 第三新東京市



 シンジとアスカは、ホームに向かう階段を駆け昇っていた。
『間もなく一番線に、第二東京市行きの特別急行列車が入線します。ご乗車のお客様はお急ぎください・・・』
 列車の到着を告げるアナウンスが駅に響き渡る。
 一段一段、急いで駆け昇っていく。ホームに着くと、焼け付くような午後の夕陽が二人の顔を焼いた。
 ホームを見渡し、目的の人物の姿を探し求める。
 そして、シンジとアスカは同時に叫んだ。
「ムサシ君!」
「マナ!」
 列車に乗り込もうとした二人組が、その声にはっと動きを止めた。
 ゆっくりと振り返り・・・・。






 次の瞬間、少女の顔が泣き笑いのそれになった。
 少年の顔が、笑みに崩れた。





 赤い、赤い夕陽が、その顔を照らし出した。






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