「セントラルドグマ最下層にATフィールドの発生を確認!」
「最下層!?」
「パターン照合・・・・終了、青! 間違いない、使徒です!」
「使徒? そんなこと!」
「ATフィールド、さらに巨大化・・・・いや、こいつはそんな生易しいものじゃないぞ! ドグマ全体を覆っていく!」
「セントラルドグマ内部状況、モニタできません! 測定メーター、振り切れます!」
「敵エヴァンゲリオン4体、活動停止」
「初号機、弐号機共に活動には問題なし」
「戦自雷電・パイロットの生存確認とれません」
「目標は移動開始、現在ターミナルドグマを上昇中。隔壁閉鎖、間に合いません」
「ターミナルドグマ隣接5ブロックの職員は至急シェルターへ退避!」
「副司令、隔壁閉鎖はどうしますか!」
「閉鎖はいい・・・・いや、逆だ。ドグマに通じる隔壁は全て開放しろ。破壊などによけいな時間を使わせるな」
「副司令!」
「いいのだ。やりたまえ」
「しかしそれでは、セントラルドグマの防備が丸裸に! あそこには特級機密事項の・・・・」
「だから、いいのだよ。あそこには、もはや守るべき何物もない」
「・・・・え?」
「ジオフロントはもう、その役目を終えた。守られていた胎児は、再び命を得て外に飛び出したのだ」
「副司令・・・・」
「やりたまえ。かまわん」
「・・・・了解、しました」
「ターミナルドグマ内部映像、出ます!」
「・・・・え・・・・?」
「・・・・何・・・・これ・・・・」
「・・・・馬鹿な・・・・」


「レイ・・・・?」



「碇よ・・・・もう、後戻りはできんぞ・・・・」





And live in the world forever

第19話:God's Children





「シンジ!」
 アスカは回線がつながるのももどかしく、呼びかけていた。
 崩れ落ちた四体のエヴァを見下ろし、たたずむ初号機。先ほどまでの咆吼は収まったものの、依然としてその瞳は赤く光ったまま。
「シンジ、シンジ、聞こえてるんでしょ!」
「・・・アスカ・・・・」
「大丈夫なの? しっかりと返事しなさいよ!」
「・・・・うん・・・・大丈夫・・・・でもごめん・・・・すこし・・・・時間をくれないかな・・・・」
「シンジ?」
 流れてくる沈痛な声。それを聞いたとき、アスカの胸に痛いものが走った。
 なぜ、そこまで悲しげな声を出すのか。
 シンジの心境はアスカには分からない。
 でも、シンジにそんな口調をさせるだけの何かがあったのだろう。
 アスカはそう察しを付けると、努めて強気な声で怒鳴りつけた。今は、そうした方がいいと思ったから。
「バカシンジ! 落ち込むのは戦いが終わってからになさい! その時はそっとしてあげるけど、今は首根っこつかんででも戦わせるわよ!」
 実際、弐号機の腕が初号機の首筋にのばされて、シンジはあわてて一歩、初号機を後ずらせる。
「うん。分かったよ・・・・アスカ・・・・ありがとう」
 その声に、アスカはほっとした。同時に、また胸が痛んだ。
 はっと、そこで気づく。背後を振り向くと、少し離れた距離の場所にエヴァが立っていた。
 十三号機。九号機、十号機。ようやく登り始めた朝日を背にたたずむ三体のシルエットは、黒一色。
 追い回されていたムサシやトウジも、時を同じくしてアスカたちの脇に立つ。
「・・・・スマン、なんにもできんかったわ」
「せめて何かしらのダメージを与えたかったが・・・・」
 勝手が違いすぎる。ムサシとトウジの台詞は、そう物語っていた。
「あれは、違うんだ」
 シンジが、不意にぽそり、とつぶやいた。
「あれは、違うんだ」
 もう一度、かみしめるようにつぶやく。
「どう言うこと?」
「・・・・ダミーが、違うんだ。今までの5体とは、違うダミープラグを使っている」
「違う・・・・?」
 画面の向こうで、シンジがうなずいた。
「なんでそんなことが・・・・」
 わかるの? と言いかけてアスカは黙り込んだ。
 先ほどのシンジの声が、脳裏をよぎる。そのあたりのことに、関係があるのだろうと察しを付けた。だとしたら、いまは聞かない方がいい。
「ボスキャラの登場、てなわけか?」
 トウジがそう茶々を入れる。シンジはそれに小さなうなずきを返すと、手にしていたソニック・グレイブを握りなおした。
「来るよ!」
「!」
 同時に、三体のエヴァが大地を蹴った。
「ムサシ君はさがって!」
 シンジの叫びと共に、アスカ、トウジも同じく大地を蹴る。
 アスカはATフィールドを相手の喉元一点に集中して打ち出し、トウジは装備されているニードルガンをありったけぶちかます。初号機はソニック・グレイブを相手のATフィールドにたたきつけると、そのまま刃先に位相空間を展開、相手のフィールドを袈裟切りにかかる。
 ムサシは、シンジの言葉に反抗しなかった。ぎゅっとレバーを一度、二度握ると、そのまま戦闘圏内の外側、<アレス>の脇まで下がる。
 このまま加入しても、役に立たない。
 だから、彼はじっと我慢をしていた。
 今の自分の仕事は、マナを守ることだ。
 それが、ケイタとの約束なんだから。


 トウジは苦戦していた。
 アスカほどATフィールドをうまく使えるわけではない。
 シンジのように実戦経験が長いわけでもない。
 単に生身での殴り合い・喧嘩でかち得た経験だけを頼りにエヴァで殴り合っているようなものだ。必然的に自分の体と操縦桿の間にタイムラグや隙が生まれてしまい、そこを相手に巧みにつかれる状態になる。
 十号機に向かって放ったバズーカは空しく空を切る。逆に飛び上がった十号機の右足でしたたか頬を蹴り飛ばされ、その手からバズーカは吹っ飛んだ。参号機は周りの兵装ビルをなぎ倒しつつ地面に転がる。
「く、くそったれ!」
 トウジは毒づきながら起きあがろうとする。その視界に、兵装ビルをたたき壊し、中からパレットガンを取り出す十号機の姿が映った。
「んな、あほな!」
 取り出したライフルを悠然と構える十号機。トウジの背筋を、冷たいものが走った。
 そう、相手は使徒ではない。エヴァなのだ、と改めて再認識させられる。使徒なら、自分たちの武器を奪って使おうなどとは考えないのだから。
「人のもん取ったらあかんて、おかんにおそわらんかったんかい!」
 アンビリカルケーブルを爆発ボルトで切断し、跳ね上がるように参号機は宙を舞った。頭上から十号機の脳天を蹴り砕こうとした足は、しかし発生したATフィールドに妨げられる。
「そや、それでええんや!」
 トウジはそこでさらにレバーを押し込む。十号機のATフィールドを踏み台にした格好で参号機はさらに飛び、もう一つ向こうの兵装ビルの脇に降りた。
 傍らの電源ソケットからケーブルを装着しながら、
「霧島! はよこいつ、あけてんか!」
「え、ええ!」
 マナに向かって叫んだのも束の間、はっと振り向けば、十号機がパレットライフルを構えている姿が目にはいる。ATフィールドを展開している暇は、ない。
「ちっ!」
 とっさに兵装ビルの影に隠れるのと、十号機がライフルの引き金を引いたのはほぼ同時。弾丸があたりに土煙をまき散らし、また兵装ビルを切り刻んでいく。しかしそれは弾丸の衝撃波でビルのシャッターも引き剥がしていき、片膝を付いた参号機の前にごろり、と転がったのは二丁の拳銃だった。
「・・・・どうせなら、バズーカくらい出てけえへんもんかな」
 などと埒もないことをつぶやきながら、トウジはその拳銃を手に取る。あたりは十号機の放ったライフルの着弾煙で視界が極度に落ちている。今ならば、肉薄することも可能だろう。
 そう判断して、参号機はビルの影から脱兎のごとく飛び出した。先ほど十号機がいた地点に向け、アスファルトを蹴りはがしながら走り寄る。手中の拳銃の安全装置はすでに解除している。
 まず右手の銃を構え、引き金を引こうとした瞬間。
 参号機は横殴りに銃撃を受け、勢いよく脇のビルにたたきつけられた。
「なんやと!」
 迂闊だった、とトウジは唇を噛んだ。自分が位置を映しているのと同様、相手も同じ場所にいるわけがないのだ。
 判断ミスを悔やむ代わりに、土煙の向こうに向かって銃を三連射。着弾の金属音が聞こえると、さらに残弾全てをそちらに向けて叩き込む。ATフィールドを展開していないことは、向こうから同じように銃弾が返ってくることからも明らかだ。壁は、外からの進入も防ぐがまた自らの進出をも阻害するからだ。
 縦断の勢いは先ほどに比べて明らかに勢いを増している。ここで一気に片を付けるつもりなのだろう。
「ええい、しつこいやっちゃ!」
 撃ち尽くした拳銃を脇に投げ捨てると、トウジはショルダーガードからプログナイフを取り出した。刃先が高速回転を始め、ぼう、とわずかに光る。
「ええ加減に、さらせぇぇぇ!」
 参号機はそのまま、未だ銃弾の飛んでくる方向に向かって突っ込んでいった。



 先ほどまでの疲労が、まだ完全に回復していない。
 アスカは自らの反応の鈍さに忸怩たる思いを抱いていた。
 九号機はそんなアスカを翻弄するように右に、左に動く。その手には、アスカと同じくパレットライフルを握っている。当然、兵装ビルから奪い取ったものだ。
「この、いい加減に当たりなさいよね!」
 照準を相手に合わせ、引き金を引く。そのときには相手は別の場所に移動しており、弾丸は空しく空を切るだけ。そして代わりに的確な射撃が返ってくる。
 弾丸は致命傷にはならなかったが装甲板のあちこちに擦過傷ができており、その痛みもまた、彼女の集中力をそいでいった。
「ええい、もう!」
 焦れたアスカはパレットライフルを左手に持ち替え、空いた右手をざっと一振り。そこから繰り出されたATフィールドが、九号機のそれと激しくせめぎ合う。
 と、九号機の口が、ねじ曲げられるような笑みを浮かべた。
 馬鹿にされている。
 そう感じた瞬間、アスカの脳裏にかっと血が上った。
 アスカの感情を見透かしたかのように、九号機はATフィールドを全開にする。あたりのビルがそれに巻き込まれ、次々と崩れ落ちる。コンクリートの破片が宙を舞い、九号機の姿を白煙に覆い隠していく。
「逃がさないわよ! ここまで虚仮にされて!」
 アスカは傍らのビルからさらにもう一丁のパレットライフルを取ると、二丁の銃口を土煙の中に向けた。引き金を引き、弾丸を送り込む。
 着弾煙がさらに九号機の姿を隠す。と、甲高い金属音と共に、着弾の火花があたりに散った。
「当たった!」
 そうよ、アタシの戦いってのはこういうものなのよ。
 にやりと笑みを浮かべ、アスカはさらに引き金を引き続ける。ややあって反撃の弾丸が返ってくるが、しかし先ほどに比べるとそれは散発的で弱々しい。
 アスカは弐号機の位置を左右に振りながら、さらに残弾を叩き込んでいく。ややあって耐えきれなくなったのだろう。相手の影が、土煙の中に見えた。銃撃戦をあきらめ、突っ込んでくる気らしい。
「肉弾戦? このアタシに向かってこようって言うのね!」
 アスカもまた、それに対応するべくパレットライフルを投げ捨て取り出したプログナイフを握りしめる。
「いつでも、来なさい!」
 と、その声に呼応するように土煙が割れ、機体が飛び出してきた。弐号機はその影を見た瞬間、大地を蹴っていた。



 シンジは十三号機と対峙していた。
 ソニック・グレイブを握ったまま、初号機は動こうとしない。相手が同じようにプログナイフを握り、こちらの行動を伺っているからだ。
「手強い、か・・・・」
 先ほどの四体・・・・カヲルのダミープラグを用いていたエヴァとは明らかに気配が違う。シンジの初号機を、十三号機は倒すべき敵として認識していた。その瞳には、敵意の色がありありと現れている。
 瞬間、空気が揺れた。次にシンジは、自らの目の前でナイフを振り上げる十三号機の姿を見た。
「速い!」
 とっさにひねった機体のすぐ脇を、ナイフを握った右腕が通り過ぎていく。ステップバックで距離を置こうとする初号機を、十三号機の腕は追いかけてくる。
 一度、二度。空を切ったナイフの動きを飛び退いて避けると、着地した瞬間にシンジはレバーを力一杯押し込んだ。
 踵で大地を蹴りこんだ初号機は、十三号機の懐に飛び込むように入る。そのままソニック・グレイブの柄で相手の下腹部を突き上げ、十三号機を瞬間宙に浮かせる。さらに右膝を蹴り上げ、もう一撃を加えようとしたが、シンジは次に信じられない、と目を見開いた。
 初号機の右膝に手を掛けた十三号機は、その勢いを使って後ろに飛びすさり、初号機との距離を取ったのだ。
 再び、二体のエヴァは対峙した。シンジは自分の認識が誤っていないことを改めて確認させられた思いだった。
 このエヴァたちは、今までとは違う、と。
 不意に、十三号機はファイティングポーズを解いた。背をかがめ、両腕をだらりとさげ上目遣いに伺うように初号機を見る。
 その行動にシンジが不審感を抱いた瞬間、十三号機の周りの空間がふっとゆがんだ。
「ATフィールド!」
 シンジはあわてて数歩引き、同じく自らの前面にATフィールドを展開する。オレンジ色の壁と壁とがぶつかり合い、あたりに衝撃波をまき散らす。宙を舞うビルの破片に、刹那初号機の視界が霞んだ。
 シンジはスクリーンから目を離さず、相手の不意打ちを警戒する。しかし、十三号機は土煙にまぎれて攻撃をしてこようとはしなかった。
 代わりに。
 土煙が晴れたとき、シンジはそこに驚くべきものを見た。
 十三号機を中心に、左右に九号機と十号機が佇立して自らを見据えている姿を。
 


 激しく火花が散った。互いの刃の勢いに、それぞれがはじき飛ばされ大地に手を付く。そして、
「!」
「!」
 双方共に、驚きの表情を浮かべた。
 トウジは彼の機体と同じく地に手をついている赤いエヴァを目にして。
 アスカは、スクリーンに映っているのが黒い機体だということに気づいて。
「惣流やて!?」
「さ、参号機!?」
 互いに刃をぶつけ合っている相手は、つい先ほどまで戦っていたエヴァではなかった。
 極端に落ちていた視界と、激しく入れ替わる敵味方の位置。そして見えない向こう側からの銃撃。それらが本来戦うべき相手を見失い、結果的に弐号機と参号機の同士討ちを引き起こしていたのだ。
「ったく、何してんのよ!」
「くそっ、何やっとんじゃ!」
 互いに毒づいた言葉は、相手に向けたものではない。ダミーに弄ばれた自分たちへの、くやしさの言葉であった。
 そして、彼らははたと同時に気づいた。
 ならば、いなくなった相手はどこに行ったのだ、と。
 あわててそれぞれが自らのサブパネルを見やる。
 そして気づいた。
 離れた場所、ほぼ第三新東京市の中心に立つ初号機を囲むように点灯するオレンジ色のマークを。
「シンジ!」
「シンジ!」
 二人の叫びが、回線を伝っていった。



「一対・・・・三・・・・」
 ごくり、と喉が鳴った。口内が、いつしか乾いている。
 たった一体でも手こずったのに、それが三体、自分を囲むように立っており、そして彼らは自分を狙っている。
 アスカとトウジは離れたところで機体を立て直している。すぐにはやってこれまい。そして、その時間は十三号機たち三体のエヴァには十分な時間だろう。
 シンジは、背筋に寒いものが走るのを予感した。
 と。
 十号機がプログナイフを構えた。
 九号機がライフルの銃口をゆっくりとあげた。
 そして十三号機は、右手を初号機に向けてかざす。
 そして三体が、同時に動いた。
 九号機がライフルの引き金を引き。
 十号機が大地を蹴り。
 十三号機がATフィールドを解き放つ。
 三つの脅威が同時に向かってくる。
 シンジはレバーを握りしめ、ATフィールドに精神を集中した。
 八角形の光が初号機の前面を彩り、十号機はそれにはじき飛ばされてあたりのビルを巻き込んで大地を転がる。しかし次の瞬間にそれは十三号機のフィールドによって中和され、淡雪のように消え去った。そして間を縫ってくるのは、九号機のライフルの弾丸。
 ・・・・だめか?
 シンジは弾丸をかわそうと初号機を操るが、先ほどまでATフィールドの展開に集中していたため、動作が緩慢になっている。スクリーンを埋め尽くすように劣化ウランの弾頭が見えている。
 そして、その弾丸が初号機の装甲版を舐めようとした瞬間。。



 初号機の前面に、再びオレンジ色の壁が出現した。



 九号機の放った弾丸はあらぬ方向にはじかれ、彼方のビルをうち砕いて空しく土煙を上げる。
「な・・・・!」
 シンジには、その目前の光景がとっさには信じられなかった。
 ATフィールド。全てを拒む光の壁。
 しかし、自分がそのATフィールドを生み出したわけではない。現に彼の光の壁は、十三号機のそれによって中和されている。
 ・・・・じゃあ、誰が?
 誰がいったい、そのATフィールドを展開したのか?
 アスカ? トウジ? 彼らの方をふりむいてみる。しかし彼らの方にはそんな様子はない。立ち上がろうとした姿勢のまま、二機は動きを止めている。
 ・・・・では、誰?
 と、そこでシンジは気づいた。トウジとアスカたちの機体が動きを止めている原因・・・空の一点、初号機の背後を見つめていることに。そして、十三号機たち三体のエヴァも攻撃の手を止め、その一点を見つめていることに。
「・・・・・・」
 シンジはいぶかしげに思った。一体、そこに何があるって言うんだ?
 スクリーンを切り替える。
 そして、絶句した。
 我が目を疑った。
 ようやく絞り出すように言葉を発したとき、それが自分のものだとはにわかには信じられなかった。それほど、かすれていたのだ。



「綾・・・・波・・・・」


 輝くATフィールドの向こうに、綾波レイはいた。宙に立ち、両腕を広げ、十字架にかけられているかのような姿で、眼下のエヴァたちを睥睨する。
 その瞳はどこまでも深紅。その肌は遙かに白。
 それはさながら人の姿を借りた神の降臨にも見えた。


 咆吼が、空気を裂いた。
 ゼーレの三体のエヴァが、空に向かって吼えている。
 拳を握り、宙を睨み、牙を剥き、それらは叫んでいた。
 神を恐れる悪魔の声か。それとも同族たる堕天使をみつけた天使の歓喜の声か。
 シンジ、アスカ、トウジはそれをただ見ることしかできない。
 レイはあたりを軽く一瞥すると、そのまま視線をゆっくりと下におろした。
 立ちつくす初号機。まるで呼吸をするように肩を上下させる紫色の巨人。むき出しの牙、光る瞳の向こうに、彼女はパイロットの少年の姿を見た。思いを見た。
「・・・・なぜ、泣くの・・・・」
 つっと、頬を暖かなものが伝った。
 レイは瞬間、それが何か分からなかった。
 指を動かし、そっとそれを拭う。
 指先に、透明な滴が一つ。
 ・・・・涙?
 以前にも流した記憶が、かすかにある。
 涙。人が流すモノ。
 締め付けられる思い。
 痛み。胸を襲う痛み。
 それが悲しみであることを、彼女は知らない。
 しかし、その痛い思いをシンジがしていることは分かった。
 そしてシンジにそんな思いをさせた原因の一つに、そこにいる三体のエヴァが関わっていることも。
「痛い思いを・・・・したのね・・・・」
 十三号機達が動いたのは、レイが自らの指先をじっと見つめていた瞬間だった。
 シンジやアスカ、トウジにはもはや目もくれず、三体は宙を舞い、レイに襲いかかる。ATフィールドを槍の穂先のように繰り出すモノ、あるいはレイを握りつぶすかのように腕を伸ばすモノ、そして銃口を彼女に向け、引き金を引くモノ。
 全ての攻撃がレイに集中し、そのどれもが彼女に何ら被害をもたらさなかった。
 球状に展開されたATフィールドが、攻撃のみならず三体のエヴァをも大きく四方にはじき飛ばす。
 各々のエヴァははじき飛ばされながらも空中で姿勢を変え、鮮やかに片足から着地する。そしてそのままゆっくりと両手を大地に付け、猛獣のような姿勢を整える。
 うなり声が大地を低く伝った。
 レイはその様子を無表情に見下ろしていた。先ほどまで頬を伝っていた涙は、今はもうもう流れていない。
「・・・碇君を泣かせた」
 ぽそり、とレイはつぶやいた。
「あなた達は、碇君を泣かせた」
 きっと顔を上げた。深紅の瞳が、十三号機達を刺すように射た。
「・・・・消えなさい。ここから」
 言葉と同時に、 ふっと、球状のATフィールドがはじけた。
 オレンジ色の波動が3体のエヴァを襲う。対してエヴァ達は四肢で強く大地を蹴り、再び宙を舞った。牙をむき、両腕を振りかぶり、三方からレイに襲いかかる。
 襲いかかる爆発的なレイのATフィールド。その波を眼前で受け止め、両腕を力任せに左右に開く。せめぎ合うような数秒の後、エヴァ達の勢いがレイのそれに勝った。
 壁はちぎられ、レイとエヴァ達の間を妨げるものはなくなった。
 なくなったかのように、見えた。
 こじ開けた壁の隙間からねじ込むように内側に入り込んだ3体のエヴァ。レイを見定めようとした眼前に、突如槍のように鋭いATフィールドが出現した。
「消えなさい、ここから」
 再び、レイのつぶやき。鈍い音が三つ。
 そして形容しがたい咆吼が、あたりに響き渡った。
「!」
 シンジも、アスカも、トウジも、にわかにはその光景を信じられなかった。
 それぞれのエヴァの頭部に、オレンジ色に輝く槍が深々と突き刺さっていた。右目を貫かれのたうち回る九号機。首筋の前後に体液に塗れた槍を突きだした十号機。そして大きく開かれた口内から後頭部にかけてをえぐられ、痙攣を繰り返す十三号機。
「・・・・さよなら」
 レイの言葉と同時に、槍はぱんっ、と弾けた。
 同時に三体のエヴァは爆圧で頭部を吹き飛ばされ、あたりに生臭い臭いが充満する。
 糸の切れた人形のように、空中から大地に落ちるエヴァたち。
 全てが、趣味の悪い特撮映画のワンシーンを見るようだった。



「なんだよ・・・・なんなんだよ・・・・これは・・・・」
 震電の中、ムサシのつぶやき。
 我知らず、操縦桿を握る手がかたかたと震えていた。
「なんなんだよ・・・・あいつは・・・・!」
 突如現れた少女。事前にみせられた資料から、彼女が綾波レイであることは知っている。しかし、戦自の諜報部員もこんな事は教えてくれなかった。
「あんなのがいるなんて・・・・」
 全然聞いてないぞ・・・・。
 震える身体を、強引に両腕で押さえつける。混乱しがちになる思考を正すため、瞳を堅く閉じ頭を激しく振る。
 そして目を開き、ムサシは今度こそ身体の震えを押さえることができなかった。
「何なんだ・・・・この戦いは!」
 頭部を失ったエヴァ達が、再びゆっくりと立ち上がろうとしていた。
 ちくしょう、特撮映画でもこの趣味の悪さは極めつけだ。



「綾波!」
 シンジはモニター上の少女に向かって激しく呼びかけていた。しばらく叫んだ後、通信回線が意味をなさないことに気づき音声モードを外部拡声器に切り替える。そしてさらに呼びかけを続ける。
「綾波! やめるんだ! そんなことをしちゃいけない!」
 生身の身体でエヴァと同等、それ以上の力を操る。巨大な力はエヴァすらも易々と翻弄し、そしてなぎ倒すことができる。シンジは過去に同じ事を可能とした人物を知っている。だからこそ。
 そう、だからこそ叫ばずにはいられなかった。
「やめるんだ、綾波! その力は使っちゃいけない! いけないんだよ!」
 人が人であるために。そのために手に入れてはいけない力。
 巨大な力はそれと共に不幸をも呼び込む。
 シンジはレイがどうしてそのような力をふるうことができるか、大まかな察しを付けていた。一部に間違いはあったにしても、それはほぼ正鵠を射ていた。
 ドグマのあれを、取り込んだ。
 アダムと呼び、渚カヲルがリリスと呼んだそれ。
「だめなんだよ、神様の力は人が手にしちゃいけないんだ! そんなモノがあるからみんな戦いたくなるし、そんなモノを持つから、不幸になるんだ! だから綾波、君もカヲル君みたいになってほしくないんだよ! やめてよ、やめてよ綾波!」
 激昂のあまり、両腕が激しくインダクションレバーを叩く。手は赤く腫れ上がり、痛覚は麻痺寸前。
 それでも、シンジは叫ぶことをやめなかった。
 レイに向かって、叫び続けた。



「カヲル?」
 カヲルって誰?
 何を言ってるの?
 アスカはシンジの言っていることが分からなかった。
 カヲル君みたいになる。
 神様の力。
 不幸になる。
 手にしちゃいけない。
 全ての単語が複雑に絡み合い、今のアスカには何の意味をなしているのかは不明である。
 だから彼女は個人回線を開き、初号機に呼びかける。
「シンジ、アンタ何言ってるの? 大丈夫なの? しっかりしなさいよ!」
 今のアスカの頭の中に、レイに対する疑問は存在していてなかった。
 存在する余地はなかった。



 レイは再び立ち上がったエヴァ達を、無表情に眺めていた。
「そう、あなた達も、死ぬことも許されていないのね」
 造られた命。その中でもさらに限定された構成要素。それがダミープラグ。
 自らの確たる意志を持たず、その運命を他者に握られた存在。
「でも、それでもあなた達はここにいてはいけない」
 レイは胸の前に片手をかざした。
 ぽう、と小さな光球がそこに浮かび上がる。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 それらが彼女の満足する大きさになったのをみきわめ、再びレイは視線を三体のエヴァに戻した。
「今度こそ・・・・さよなら」
 そう言って、光球を放とうとする。
「綾波、やめるんだ! そんなことをしちゃいけない!」
 シンジが自らの声を拡声器にのせてレイに投げかけたのは、まさにこの時だった。
「!」
 瞬間、レイの注意がそれた。
 放たれた光球は、狙ったコアを撃ち抜くことはできなかった。一つが九号機の右腕を引き裂いた他は、むなしくあたりに爆煙を上げるのみ。
「碇・・・・くん・・・・」
「やめるんだ、綾波! その力は使っちゃいけない! いけないんだよ!」
 スピーカーを通して聞こえる悲痛な叫び。
 先ほどとは違う胸の痛みが、レイを包み込んでいった。
 この姿を、見られたこと。
 人であって人でない自分の姿。いや、人ではないほうが大きいのか。
 それを碇君に見られた。
 そして、この叫び。
 おそらくそうなるだろうとは予想していた。
 覚悟もしていた。
 碇君を助けたかったから。今が、その時だと感じたから。
 しかし、それでも今のレイにはシンジの叫びは痛かった。
 意識が、わずかにゆるんだ。
 そしてそれ故に、三体のエヴァが飛びかかってきたのに気づくのが遅れた。とっさに張ったATフィールドは薄く、先ほどと違いその守りはあっさりと破かれた。
 だめ。こんな事ではだめ。
 レイは内心で叫びながら、再び光の壁をエヴァ達の前に張り巡らせた。ATフィールドにはじかれ、3体のエヴァは再び地面にたたきつけられる。
 自分は決めたのだから。
 碇君を助けたい。
 それ故に、自分は自らの意志でリリスを取り込んだ。あるべき姿に、戻ったのだ。
 だから、今は戦わなければ。
 両腕を、空にかざした。そのまま瞳を閉じ、交差させた腕の先端に意識を込める。しばしの後、掌の間がわずかに輝き、光の槍が浮かび上がった。数は3本。
 エヴァ達はそれを無視するかのように攻撃姿勢をとる。
 しばしの間、互いは動きを起こさなかった。
「さよなら。可哀想な子たち」
 レイは小さくつぶやき、頭上の光の束縛を解き放った。
 はじかれたように槍が放たれる。
 そしてエヴァ達はレイが槍を放った瞬間、各々が三方に散った。
 九号機、十号機はATフィールドを前面に全て展開し、それを盾にしながらレイに向かってつっこんでいく。左右から挟み込むように不規則な動きをし、槍を交わそうと試みる。
 レイはそれに対して、まるで何でもないようにふっと意識を向けた。
 槍が、まるで生あるモノのように方向を変える。
 槍は九号機のフィールドと接しあい、激しくせめぎ合う。九号機は全ての力をその接点に込め、先ほどとは比較にならない強靱さでレイの槍を中和しようとする。まるでガラスをひっかくような甲高い音。双方の決着は簡単にはつきそうにない。
 一方その間に、十号機は反対側からレイに向かって迫っていた。十号機に向けられた槍は九号機ほどの精度を持っていたわけではなく、また九号機のように正面から防ごうとせずフィールドを斜面状に展開したため、異なる角度にはじかれ飛び去っている。
 大地を蹴り、一気にレイの傍らにまで迫る十号機。その巨大さは、レイとは比べようもないほどだ。一掴みでつぶされそうなくらい、レイの身体は小さい。
 しかし、十号機がレイを握りつぶそうと伸ばされた腕は、寸前でぴたり、と止まった。止まったのみならず、次にはぐしゃり、といやな音を立ててあらぬ方向にねじ曲がった。耐えきれなかった筋肉組織が異音と共にちぎれ、体液を循環させていた器官の破損によってそれらが吹き出す。折れた骨組織が肉を突き破って飛び出す様は、見ていて悪寒が走るほどだった。
 吹き出した体液が頭上に降りかかる。展開するATフィールドの表面を流れ落ちる赤い飛沫を、レイは無表情に眺めていた。
 と。
 その眼前に、十三号機の巨体がふっと現れた。
 手した槍を構え、一気にレイのATフィールドを貫く構え。槍はすでにその形を半ば変え、ロンギヌスの槍と同じ形状になりつつある。
「!」
 他の2体に気を取られ、レイは十三号機が迫っていることに気づかなかった。
「綾波!」
 シンジが叫んだ。レバーを押し込み、初号機は脱兎の如くレイに向かって駆けだしていく。
 そしてレイは槍を避けるべく、その場から引こうとした。
 しかし、動けなかった。
 右に十号機。左に九号機。その二体が互いに残った片腕を使い、レイのATフィールドを挟み込むように押さえつけている。指先がひしゃげ、体液が飛び散っても、二体は押さえつける腕を話そうとしない。
 そして十三号機は、完全に変化した槍を、レイめがけて突き出した。
「綾波!!」
 シンジの絶叫。


 槍は。


 レイを貫かなかった。


 逆に。


 十三号機の槍はレイのATフィールドに触れる直前、その動きを止めた。


 そして。


 一拍おいて、十三号機は激しく震え、槍を手から取り落とす。まるで見えざる手に全身を包まれたように身体がいびつにゆがみだし、悶絶するように痙攣を繰り返す。
「なんだ?」
 ムサシが疑問符を投げかける。
「なんや? 何が起こったんや?」
 トウジが十三号機の行状に首を傾げる。
 その疑問に対する、彼らなりの答え。それが出る前に。

「!!」

 十三号機の身体の痙攣が、不意にぴたり、と止まった。同時にめりめりといやな音を立て、胸部装甲が内側から弾け飛ぶ。内部の筋肉繊維を引きちぎるようにして現れたのは・・・・。

「・・・・コア!?」
 十三号機のコア。血にまみれ、妖しく光る赤い紅玉。それは十三号機から今や完全に離れ、宙に浮かんでいる。禍々しさの極。
「なんだ? どうしたっていうんだ?」
「・・・あれを、綾波がやったっちゅうんか?」
 トウジはモニター越しにレイを見た。
 そして、さらに驚愕の声を上げることになる。
「なんや・・・・・ワシの目、ぼけたか・・・・・?」
「どうした?」
「コアの横に・・・・もう一人、人が浮かんどる・・・・」
「なん・、だって?」
 ムサシも併せてモニターを見やる。彼のいる場所からでは、十三号機は小さく、綾波レイはさらに小さい。望遠モードに切り替えると、確かに今や屍と化した十三号機の横に、小さく浮かぶ人影が見える。
「・・・・マナ・・・・」
 ムサシは<アレス>のマナに呼びかけた。
「なに?」
「俺達はもしかして・・・・とんでもないところに迷い込んだんじゃないのか?」
「・・・・・・」
 ムサシのその問いに対し、マナは笑わなかった。
「ええ・・・・そうかも・・・・しれない・・・・」
 マナの返事も、同様に引きつっていた。


「・・・・あなた、だれ?」
 レイは目前に浮かぶ人物に視線を向け、警戒心もあらわにそう問いかけた。
 両脇の九号機、十号機は十三号機が倒されたときにはすでにはじき飛ばされ、地面にうずくまるように倒れている、両腕はすでになく、今や胴体と両足だけが残っていながらなおも起きあがろうとする姿は恐怖以外の何物でもない。
「君には今は何の関係もない。こっちにはこっちの事情がある」
 そう言って、相手は視線を九号機、十号機に向けた。
「老人ども、人を虚仮にしやがって!」
 一睨み。それだけで終わってしまった。残る二体のエヴァは相次いで胸部に見えないハンマーを打ち付けられたかのように弾け飛び、地面にたたきつけられる。ぼろぼろになった胸部装甲の向こう側には、砕けたコアが見える。徐々に輝きを失いつつあるそれは、二体のエヴァたちがもはや二度と起きあがらないことも意味していた。
 その力の大きさに、レイはわずかに眉を寄せる。意識を向け、攻撃防御どちらでも行えるようにかまえる。
 しかし、目前の相手はそれを胡散くさげにながめると、
「だから言っただろう。今は何の関係もない、と。君には今は、何もしないさ」
「・・・・今は?」
「そう。今は、だ」
 そして、さらに言葉を継いだ。
「もう一人の主役が、登場したようだな」
 レイはその言葉にはっと視線を横に向ける。そこには、たたずむ紫色のエヴァ、初号機。そして聞こえてくるその声は・・・・。
「・・・・ルモン・・・・くん?」
 シンジは馬鹿な、と言う口調で、モニタの向こう側の人物に呼びかけた。
 見間違いようがない。
 箱根湯本の駅で見たあの顔だ。
「和泉・・・・ルモン・・・・くん・・・・」
 呼びかけられた人物、和泉ルモンはそれに対し初号機を一瞥する。
「碇シンジ、だったな」
「なんで・・・・君が・・・・ここに・・・・いや・・・・君は・・・・使徒・・・?」
「見ての通りだ。こういうことだ」
「はぐらかさないでよ!」
「はぐらかす? 冗談じゃない。僕はむしろ積極的に教えているだろう。自らの力を見せてね」
 右手を差し出し、開いた掌を力強く握る。同時に乾いた破裂音と共に、ルモンの横に浮かんでいたコアが粉々に砕け散った。
「これが僕の持つ力だよ。君はさっき神様の力、と言っていたね。まさにそのとおり。僕は使徒じゃない。使徒よりもさらに上の存在。これが僕たちが「神の子」と呼ばれている所以なんだ」
「神の、子・・・・」
 始めて聞く言葉。しかしそれは、ある種の恐ろしさと共にある言葉に、シンジには思えた。
「そして、その役目は・・・・」
 一息おいて、ルモンはこう言った。



「ネルフの殲滅、アダムの奪取」



「な!」
 シンジが驚きの声を上げる。
「そのために、僕らはゼーレに作られた。ゼーレのために。ゼーレの作り出す新たな世界のために」
「・・・・なんでだよ」
「ん?」
「じゃあネルフの殲滅が役目だったら、だったらどうしてこのエヴァ達と倒したりなんかするんだよ! 冗談も」
 たいがいに、と言いかけ、シンジはその言葉を飲み込んだ。
 ルモンが、彼を見つめている。実際には初号機のエントリープラグの中にいるにもかかわらず、ルモンの視線はまっすぐ自分を見つめているかのように見えた。
「碇シンジ。君はさっき、渚カヲルのダミープラグを倒したな」
「・・・・・」
「なぜ倒した? あれらのダミーが存在していることが、死者への冒涜だと思ったからだろう? それと同じ事だよ。こいつらは」
 砕け散ったコアを指さし、ルモンはさらに言葉を継いだ。
「こいつ等は、僕のダミーを使っているんだから」
「!」
「ゼーレの老人ども、僕らのダミーを使うことはない、などと言っておきながらこの体たらくだ。別に君らに加勢した訳じゃない。僕自身のけじめを付けただけだ」
 今は君たちに手出しをするつもりはない。しかし次はその限りではない。
 ルモンはそう語った。
「なんで・・・・なんでそんなこと、するんだよ」
「なんで? どういうことだ?」
「彼女は・・・・アズサちゃんのことを考えてみてよ! 君がそんなことをやっているって知ったら彼女は・・・・」
 シンジは台詞を最後まで言い終えることができなかった。ルモンの放った衝撃波が初号機をとらえ、後方へはじき飛ばしたからだ。
「がっ!」
 地面にたたきつけられた衝撃で、シンジは苦痛のうめきを漏らす。
「アズサのことを、口にするな!」
 初号機の巻き上げた土煙、そのの向こうでルモンの表情は先ほどから一変していた。
 顔を朱に染め、口調に怒りが混じる。
「君に何が分かる! 僕がどうしてこんな戦いをしているか、それが分かるというのか君に!」
 首を振り、目を血走らせ、ルモンはその勢いのまま、たて続けに二度ATフィールドを初号機に向けて解き放った。
「人の事情も知らずに、軽々しく口を出すんじゃない・・・・!」
 初号機を直撃するかに見えたそれは、しかし全てが直前でかき消すようにして消えてしまう。
「なに!」
 ルモンはさらに数発を放つ。。しかしそのどれもが、先ほどと同じ結果になる。
「そうか・・・・君の仕業か」
 忌々しげに振り返った先には、左手を目の前にかざしたレイの姿。レイはルモンをきっとにらみつけると、非難するかのようにこう言った。
「今は手を出さない。あなたはそういった」
 その一言で、ルモンははっとその動きを止めた。
 苦々しげに瞳を伏せ、一呼吸、二呼吸。
「・・・・確かに。今は僕の戦うべき時じゃない」
 再び顔を上げたとき、先ほどまでの激昂の色はどこにもなかった。
「今日はこいつらの始末に来ただけだからな」
 眼下に横たわる三体のエヴァ。それをちらりとみやる。レイもつられてそちらに視線を向け、
「でも、次に会うときには」
 次の瞬間、数メートルは離れていたはずの彼の姿は、レイの傍らにあった。展開していたATフィールドをどうやってくぐり抜けたのか、レイには分からなかった。
「そう、次に会うときには・・・・」
 レイの耳元でささやく声。
「けりを、つける。この戦いに」
 ぴくり、とレイはその言葉に反応した。
「全てを、次で決めよう。そのために、僕は出てきた」
 どういう、意味?
 そうレイが問いかけるより早く、ルモンは彼女の傍らをすっと離れた。
「じゃあ、あそこの彼にもそう言っておいてくれ」
 ケリヲツケル、ト。
 その形容しがたい声にレイが振り返ったとき、そこにはもうルモンの姿はなかった。
「・・・・」
 後に残された少年、少女は、呆然とルモンの消えた空を見つめるだけだった。
「・・・・碇君、アスカさん、鈴原君、ムサシ・・・・帰投準備を」
 彼らの耳に響いたのは、マナから聞こえてきた無線だった。
「あ、ああ・・・・」
「進入したエヴァは全て撃退。海岸での戦闘にもけりが付いたらしいです・・・・これで、一段落です」
 しかし言葉とは裏腹に、マナの口調は重い
 マナの声で呪縛を解かれたかのように、四人はレバーを握る手に力を込めた。
 しかし、それぞれの顔色はマナと同様に暗いものだった。
 あり得ざる光景を見た事によるショック。
 あまりに過多な情報の接種による混乱。
 そして過去の忌まわしい記憶との既視感。
 それぞれの機体が思惑を抱きつつ向きを変え、ゆっくりと歩き出す。
 レイだけが、変わらず空の向こうを見つめていた。
「けりを・・・・つける・・・・」



 暗闇が空から消え去ろうとする午前6:30。
 戦闘は、終結した。





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