「シンジ! どないしたんや!」
「碇シンジ? どうしたというんだ!」
「碇君・・・・? どうした・・・・の?」
「シンジ・・・シンジ!? いったいなにがあったの! どうしたっていうのよ、もう! さっさと返事しなさいよ!」
「碇君、聞こえる? 何か言って! お願い返事をして!」






「・・・・碇・・・・君・・・・?」






And live in the world forever

第18話:三つの死





 かみさまぼくはわるいこです。
 だいすきなともだちがいました。ぼくのことをすきだといってくれました。
 でも、ぼくはかれをころしてしまいました。
 かれがそうのぞんだからです。
「きみはしすべきそんざいではない」
 かれはそういいました。
「きみたちには、みらいがひつようだ」
 そうもいいました。
 ぼくはものすごくなやみました。なんでこんなことをしなくちゃいけないんだろうって。みんなでなかよくいきていけばいいのに。そうおもいました。
 でも、そうしないとかれがかなしむとおもったから。
 ぼくがかれをじゆうにしてあげないといけないときづいたから。
 だから、ぼくはむねがいたんだけど、ずきずきいたんだけど、かれをころしてしまったのです。
 それなのに。
 かれはまた、ぼくのまえにあらわれました。
 まえとおなじように、じぶんをころしてくれるようにのぞみました。じゆうになるために、じぶんをころしてくれとのぞみました。
 それができるのはぼくだけだって。
 かみさまおしえてください。
 ぼくはかれをすくっているのでしょうか。
 ぼくはかれをまたころさなくてはいけないのですか。
 おしえてください。
 ぼくのむねはもういたみでさけてしまいそうです。
 


「シンジ! シンジ! 聞こえているの? 返事をしなさいよ!」
 アスカはエントリープラグの中で叫び続けていた。
 トウジたちと合流し、全員がそれほど傷を負っていないのを確認した。マナに残るシンジの様子を尋ねたところ、残るエヴァがシンジを無視するようにこっちに向かっていることを聞いた。怪訝な思いにとらわれながら迎撃の体制をとろうとした。
 初号機のアイコンががエヴァの一体と重なるようになったのはそのときのこと。
 敵のアイコンがディスプレイ上から消滅するのと時をほぼ同じくして、聞こえてきたのはシンジの悲鳴。いや、絶叫。
 ほかの全員にも、その叫びは聞こえたのだろう。
 トウジが、ムサシが、ケイタが、マナが、みんながシンジを呼んだ。
 しかし、返ってくるのはむなしい空電。シンジのつぶやき一つ、息づかいのひとかけらさえ、そこからは感じられない。
 そしてつい数秒前。
 初号機の側から、すべての回線が切断された。
「シンジ! 聞こえているんでしょ! 何で返事をしないの! さっさと答えなさい! なにがあったっていうのよ!」
 アスカの呼びかけは、しかし先ほどと変わらぬ結果をもたらしただけだった。
 空電が、スピーカーからむなしく流れ出る。

 


「ちょうどいい頃合いだ」
「初号機は活動を停止した」
「パイロットなどというものは所詮一時の感情に惑わされる。いっさいの感情を持たないダミーとはやはり違うな」
「そこをつくのが戦いというものだ」
「しかし、あの出来そこないは初号機と戦うことを拒んでいるぞ。感情を持たないのがダミーなのではないのか?」
「かまわん。あれの始末は別にやらせればいい。それに、あれはもともと人ではないのだから、人の能力を数式化するダミーには予想できないことも起こるのだろうよ」
「まあ、そういうことか」
「今は、残るエヴァを叩くことを先決にしよう」
「では、いくか」
「かまわん。投入したまえ」



 何とかと煙は高いところが好き、と言うが、高いところに上らない方が馬鹿だと思われるものも世の中には多くある。
 その一つにあげられるのが早期警戒である。地球がかつての地動説のように平面系でない限り、地平線、水平線の遙か向こうまでを見渡すためには自らを高い位置に置いた方が都合いい。
 そう言うわけで戦略自衛隊、ネルフ双方の中で最初に異常に気づいたのは、現時点でもっとも空の高処に位置している、旧東京湾上空を遊弋する<とーる>部隊だった。
「アジア大陸方面、高速物体接近!」
 レーダースコープから視線をあげた一人が、叫ぶように報告する。
「発射位置、中国北西部、印度北東部、並びにソビエト極東地域。物体は・・・・弾道軌道を描きつつ第三新東京市へ向かっています! 推定到達時刻、五分後!」
「弾道ミサイル?」
「いえ・・・質量は遙かに弾道ミサイルより巨大です・・・強いて言えば・・・弾道ミサイルをさらに巨大にした・・・・ロケット・・・?」
「ロケット?」
 利根は我が耳を疑った。
 なにをいったい、いまさら第三新東京市に弾道ロケットなんかを撃ち込むというのだ?
 核か? 中国、ソビエト、印度はそれぞれ自前の核兵器の開発に成功した過去を持つ。核軍縮条約によってその装備は凍結されているものの、全廃されているわけではない。使用は可能だ。
 一瞬そう考え、しかし頭を振ってそれを否定する。
 いや、核だとしたらふつうに弾道ミサイルを使用すればいいことだ。わざわざ宇宙への打ち上げ用ロケットを使用するメリットはなにもない。N2爆雷だとしてもそれは同じだ。なにより、現在使用可能な爆雷はそれほど多くない。ことに印度の保有数は0であったはず。
 ・・・・だとしたら、なにを目的にそんなものを使う?
 いや、そもそもその3国が日本を目標にするのはなぜだ?
 宣戦布告もなしにミサイルを撃ち込む。国際法から見れば裏切り行為にも等しいことを、なぜ行う?
 そこまで考えて、利根は過日、統合幕僚本部で受けた説明を思い出した。
 ゼーレ。
 ネルフ。
 二つの組織の確執。そしてゼーレの腕は太く長く、世界の各地にのばされているらしいことを。
 つまり、世界を巻き込んだ二つの組織の大喧嘩か。
 利根は小さく嘆息した。
 巻き込まれる側としては迷惑きわまりないが・・・少なくとも、どちらがよりましであるかと言えば、まあネルフの方だろう。少なくとも、問答無用でミサイルぶっぱなすような真似まではしていないからな。
「平文で打電しろ。アジア大陸方面から不明目標3,第三新東京市へ向かう、とな」
 さらに、利根は付け加えた。
「何度もうち続けろ。ネルフの連中にも聞こえるようにな」



「弾道ミサイル・・・・いえ、ロケット?」
 指揮管制車<アレス>の中で、マナは流れてくる情報とレーダーディスプレイを見ながら、驚愕の叫びをあげた。否、あげざるを得なかった。
 誰が、何の目的に?
 前者の質問は意味をなさない。たとえ最終的な実行命令を発したのが各々の国であったとしても、そのボタンを押した指ははるか背後、ゼーレという長い外套の下から伸びているもの。だから、誰が、と言う質問は投げかける意味をなさない。
 しかし、後者の質問は彼女には理解不能だった。
 利根一佐と同じような結論から、マナもその中身が核弾頭もしくはN2ではないと結論づけた。そして彼と同じく、では中身は何なのかという疑問を脳裏からふるい落とすことができない。
 そしてなにより、先ほどのシンジの悲鳴のほうが彼女には気になっていた。
 ディスプレイ上のアイコンは灰色。初号機との回線は切断されている。内部の状況を伺い知ることはできない。ヘッドセットからはアスカの呼びかける声だけが空しく響く。マナにはそれが、痛々しい叫びに聞こえてならなかった。
「みんな、聞こえる?」
 マナは脳裏から初号機に呼びかけたい衝動を振り落とすと、マイクに向かって全員に呼びかけた。
「ゼーレが何かたくらんでる。アジア地域から発射された弾道ロケットが三つ、そのあたりに落ちてくるわ! 気をつけて!」



 アスカたち4人には対応する暇もなかった。マナの声を聞いたときには、すでに高空を進む三つの光の筋はアスカたちも見ることができるほどだった。
「ロケット3発ですって!? ヤバいものでも積んでたりしたら冗談じゃないわよ! まったく!」
 アスカは盛大にそう毒づくと、スクリーンの受光量を調節する。爆発の閃光による必要以上の光によって、目を焼かれないようにするためだ。
 そして次に、
「浅利ケイタ! ムサシ・リー・ストラスバーグ! あれが仮にN2や反応弾だとしたら、あんたたちの乗り物はエヴァほどショックには耐えられないのよ! すぐにどこかに隠れなさい!」
 そう、2体のトライデントに呼びかける。
「どこかに、ってどこに隠れるんだよ」
 返ってきたムサシの声は、ふてぶてしいほどに落ち着いていた。
「残骸の影程度じゃ、一緒に吹き飛ばされるのがオチさ。やるだけ無駄ってもの」
「無駄ですって?」
「うん、僕もそう思う。それにその・・・アスカさん・・・僕にはあれが、N2より厄介なものを運んできているように思えるんだ・・・」
「厄介?」
 ケイタはしばし躊躇して、それから重い口を開いた。
「N2を運ぶには明らかに大きすぎるロケットに、エヴァンゲリオンにダメージを与えることのできるもの・・・・」
「・・・・まさか!」
 アスカがはっと視線を上げる。弾道ロケットはノーズコーンを大気との摩擦熱で赤く染めながら、一直線にアスカたちの方に落ちてくる。
「まさか、エヴァだっていうの!?」
 彼女の叫びとほぼ同時に、第三新東京市を囲むように三つの巨大な火柱が立ち上がった。着弾の振動が街を揺らし、いくつかの壊れかけのビルが轟音と共に崩れ落ちる。
 弾道ミサイルの燃料があたりの森を、まるで舐めるように炎に巻き込んでいく。そして、崩れ落ちるミサイルの残骸と炎をかき分けて現れたのは・・・・。
「やっぱり、そうだっていうの・・・・?」
 アスカはかろうじて小さくつぶやいた。
 3体の巨人。
 残されたエヴァシリーズ。劫火の中を歩むそれは、さながら悪魔のよう。そしてさらに新たな1体・・・・シンジの倒せなかったもう1体が現れる。
「また、4体2か・・・分が悪いわね・・・・」
 アスカは小さく舌なめずりしながらそうつぶやいた。
 せめて、シンジがいてくれれば・・・・。
 しかし、アスカはすぐにその考えを頭から叩き出す。
 動かないエヴァはいないのと同じ。それに、よくよく考えれば最初5対5だった。いまは4対4。双方1体ずつ減っただけじゃないの。
 そう気分を改め、トウジを呼ぼうとする。
「ほら、関西人! 何ぼへっとしてんのよ! すぐに体制を整えないと敵・・・・が・・・・」
 反応を示さないトウジを一瞬怒鳴りつけようと思ったが、しかしその口調は途中で止まった。変わって飛び出してきたのは、信じられない、といった口調のその言葉。
「嘘・・・・」
 5体目、6体目のエヴァが、そこには立っていた。
 口から赤い液体を吹きだし、右手には槍を、そして折れた左腕をぶらつかせながら。あるいは、アスカのATフィールドによって切断され、肩から上の全てがない状態で。
 まるで不死人のように、その2体は立っていた。顔のある一体のエヴァが、弐号機をみすえてにやり、と口をゆがませる。それが悪魔の笑みに思えて、アスカは思わず顔を背けてしまう。
 そして、さらに絶句した。
「んな、アホな・・・・」
 回線から、トウジのかすれた声が聞こえてくる。
「ワイらが、きっちり倒したはずなのに・・・・」
 稜線の向こうから、さらに1体のエヴァが現れる。ゆっくりとした歩み。上下に揺れる肩の幅は、不自然に大きい。そしてその姿は、醜悪そのものと言ってもよかった。
 まるでバラバラになった部品を寄せ集めて無理矢理組み合わせたかのように、体の各所に空白や歪みが見える。左腕はなく、右腕には同じく崩れかけた槍を手にしている。顔の右半分は吹き飛び、ゆっくりとひきずる足は左右が逆になっていた。
 一歩、また一歩。「それ」が歩むたびに、体のあちらこちらから肉片がこぼれる。どしゃりという音を立ててその一つが足元の民家をつぶしたとき、あまりの醜悪さにアスカは喉元までこみ上げてくるものを必死にこらえなければならなかった。
 口元を手で押さえ、アスカはかろうじてつぶやく。
「エヴァって・・・・・エヴァって一体。何なのよ・・・・何がここまで、エヴァを生き延びさせるの・・・・?」
 しかしその問いには、誰も答えない。
 7体のエヴァ。ゼーレの駒が、第三新東京市に集った。



「ダミープラグだからこそ、こういう方法もとることができる」
「やはり、人とは不便なものだ」
「そう言うな。ダミープラグとて人が作り上げたものなのだから」
「まず人類ありき、か。その人をさらに一歩進めなければ行けない。それが我らのすべきことだ」
「そろそろ、茶番も終わりにしておこうか」
「そうだな」



「僕は、何でこんな事をしたんだろう」
 シンジは電源の落ちたエントリープラグの中、ぽつり、とそうつぶやいた。
「何のために?」
 カヲル君を殺したことを悔いている。
 たとえ彼が望んだこととはいえ、だれかの命を絶つ権利などないというのに。
 あの後、僕は悩んだ。苦しんだ。
 どうしてあのとき、カヲル君の言葉に従ったのか考えた。
 みんなを守りたいから。
 みんなと、生き続けたいから。
 もちろんカヲル君も「みんな」の中に入っていたはずだ。
 でも、彼は自分が「みんな」の中には入れないと言った。「みんな」を生き延びさせるためには、自分という種を絶たなければいけないとも言った。
 何物も失わずに何かを得ることなどできない。
 カヲル君はそう言いたかったのだろう。だから、僕自身の手で彼を殺させた。
 そう気づいたとき、僕は激しく自分を嫌悪した。
 だって、自分がしたことは「みんな」を守るために「カヲル君」を切り捨ててしまったのだから。僕は、自分の都合で勝手に・・・・本人が望んだとはいえ、その命を絶ってしまったのだ。
 激しい自己嫌悪に陥った。
 でも、そこで考えた。
 カヲル君を死なせてしまったことは悲しい。悔しい。ほかに手段があったかもしれない。
 でも、そこで立ち止まることはできない。
 止まってしまったら、今度はカヲル君の未来を閉ざしてまで守ろうとした「みんな」すら失われてしまうから。また、悲しい思いを繰り返すことになるから。
 悲しむのは後でいい。償いも後でいい。全てが終われば。
 だから、僕は戦いを続けた。エヴァに乗り続けた。
 そして今。
 僕は再び、カヲル君を殺した。
 殺してしまった。
「もう、あんな思いはしたくないと思ったから、僕は戦っていたのに・・・・」
 なのに、再び。
「・・・・僕はあと何度、こんな思いをすればいいんだよ・・・・」
 膝をかかえて、シンジはうずくまる。
 LCLの海の中。少年は胎児のようにちいさくなっている。
 


 新たな3体のエヴァは、先ほどまでの相手とは勝手が違った。
 密接な連携。1体がトウジを襲い、1体がムサシを襲う。残る1体はその他の機体と共にアスカに向かってきた。最も厄介な相手を最初につぶしてしまうつもりらしい。
「このっ!」
 アスカは背後から飛びかかってきた七号機をATフィールドでたたき落とし、そのまま体を翻して十一号機の槍を横飛びしつつかわす。
「あんたたちダミープラグに!」
 ショルダーガードが跳ね上がり、そこから飛び出す数本の刃。それが狙い過たず十一号機の脳天を貫く。
 十一号機は瞬間勢いにのけぞり、しかし次には何事もなかったかのように姿勢を整える。頭部に刃を打ち込まれた状態でのそれは、まさに不死人を相手にしているかのようだった。
「アタシたちチルドレンが!」
 アスカはプログナイフを握りしめると、十一号機に向かって飛び込んでいく。
 ATフィールドを中和し、こじ開け、そのままエヴァの体をねじ込む。十一号機はATフィールドに気を取られているアスカに向かって、槍を両手で握ると大地を蹴った。
「負けるわけがない! 負けるわけには、いかないのよ!」
 弐号機のATフィールドの勢いが増し、十一号機のそれを浸食し続ける。最後には残されたフィールドを粉々にうち破り、弐号機は飛び込んでくる十一号機に対峙する。
「遊びの時間は終わり、おもちゃはおもちゃ箱に帰りなさい!」
 横薙ぎに振られた槍を飛び上がってかわすと、飛び降りたところは兵装ビルのすぐ脇。扉をたたき壊して陽電子砲を引きずり出すと、肩に装着するのももどかしく引き金を二度引いた。
 あっさりとATフィールドにはじかれる弾丸。しかしその間に、弐号機は十一号機との距離を積めている。
「喧嘩ってのはこうやるのよ!」
 地面に向かってさらに二射。土煙が弐号機を覆い隠す。十一号機がロストした弐号機を発見したのは、自らのすぐ背後で陽電子砲を構えている姿だった。
「いい加減に、しなさいよね!」
 至近距離での射撃。残弾全てをたたき込まれた十一号機はどう、と地面に倒れ伏す。アスカは陽電子砲を投げ捨てると、荒くなった呼吸を少し整えた。
「アスカさん、大丈夫!?」
 マナの声がヘッドセットから聞こえる。
「鈴原君もムサシも、今度の相手が手強くて精一杯なの!」
 サブパネルでは、九号機と戦うトウジ、そして十号機に追いかけられっぱなしのムサシの姿が見える。今回はさすがに、ムサシも見栄を張っている余裕はなさそうだ。
「わかってるわ。こっちは何とかする。でも・・・・」
 アスカは正面パネルを見据えた。
 さきほどATフィールドで叩き伏せたはずの七号機が、他のエヴァと一緒にアスカを取り囲んでいた。
「いったい、何回こんな事をやればいいのよ・・・・」



「兵装ビルの残存は?」
「戦闘開始当初の四十八箇所から、現存二十六箇所、うち完全稼働を確認できるのは十七箇所です」
「撃てるミサイルは全て出してください。弐号機を援助します。初号機の活動状態は?」
「未だ応答なし。接続回線はすべてカットされています」
「まだ、だめなの・・・・」
 マナは<アレス>のディスプレイの前でため息をついた。
「とにかく、ある装備は全て出してください! 参号機と震電の状況は?」
「双方ともに致命的損害は発生していませんが、時間の問題かと」
 特にムサシの震電は危なかった。たびたび十号機のATフィールドに捉えかけられている。通常装甲の延長線上にある装備しか備えていない震電であれば、それは即座に破壊されることを意味する。
「あの二体は自分のことで手一杯です。とても弐号機を助ける余裕は・・・・」
「そう、ですか」
 マナはぎゅっと手を握りしめしばし瞑目すると、やがて言葉を継いだ。
「ケイタ・・・・弐号機を、助けてあげて」
 雷電は、現在の戦闘には加入していない。いわゆる予備選力となって、離れたところに待機している。
「危ないのは分かってる。でも・・・・ケイタしか、いま投入できる戦力はないの」
 ディスプレイの向こうで、ケイタがマナを見つめていた。
「マナ。そんなつらそうな顔、しないでよ。予備選力の投入を決めるのは、君の仕事なんだから」」
「でも・・・・本当なら私も、そっちで戦っているべきなのに・・・・みんなを危険な目に遭わせて・・・・」
 雷電は、本来彼女の搭乗機だった。しかし激しい訓練とパイロットを軽視した設計から、彼女は内蔵をやられてしまい、パイロット資格を喪失した。あわせてケイタの機体であった槍電は研究開発機となり、ケイタがマナの雷電を受け継いだのだ。
「ケイタには、ケイタにしかできないことがある」
「!」
「そう、マナは言ってくれたよね」
 画面の中のケイタの顔は、笑っていた。
「だから、マナがすまないと思うんだったら、そこで自分にできることをやろうよ。ぼくもできるかぎりのことはやる。戦いは、正面だけでやるものじゃないんだから」
「ケイタ・・・・」
「で、弐号機を助ければ良いんだね? 戦術管制官殿の意見は」
 冗談めかしたその口調に、マナはふっと笑いを漏らした。
「お願い、ケイタ」
「了解、しました」
 すこし恥ずかしげに敬礼をかえし、画面が暗転する。
 それが内気なケイタが見せた珍しい表情だったことにマナが気づいたのは、ヘッドセットから通信終了を告げる空電が響いたときだった。



「はあ、はあ、はあっ!」
 すでにアスカの疲労は極限に達していた。
「十一号機を二回、七号機を一回、八号機を三回・・・ええい、もう!」
 数え切れないくらい、エヴァを倒した。それでも、相手は立ち上がってくる。
「冗談じゃないわよ、アンタたちなんか、だいっっっ嫌い!」
 飛びかかってきた十一号機は、すでに人の原型を止めていない。それでも彼らは、まるで何かに操られるように弐号機に突進してくる。
 アスカはソニック・グレイブを振りかぶると、十一号機の突進にタイミングを合わせて薙ぎ払った。
 薙ぎ払ったはずだった。
 疲労が、わずかにその刃先を鈍らせていたようだ。十一号機は左腕を完全に切断され、その代わりに弐号機の右足を残った片手でつかんだ。
 あっと気づいたときには、弐号機は大地にしりもちをついている。
「こ、このぉっ!!」
 自らの失敗と十一号機の行動に激怒したアスカは、ATフィールドを最大出力で開放し、十一号機を吹き飛ばす。さらにそのまま起きあがりつつジャンプし、宙を舞う十一号機を追いかけ、その胸の装甲板をつかんだ。
「このこのこのこのこのぉぉぉっ!」
 ぐしゃり、といやな音がして、十一号機の装甲板がはじけ飛んだ。あらわになったコアを、エヴァの血にまみれた右手がつかむ。そのまま全体重を乗せて十一号機を大地にたたきつけると、アスカはコアを握りつぶそうとインダクションレバーを握る手に力を込めた。と、
「アスカさん、後ろ!」
 マナの悲鳴が聞こえたとき、「それ」はすでに動いていた。
「槍!?」
 十三号機の放った槍が、一直線にアスカを目指してくる。
「なによ、こんなもの !」
 コアにかけていた手を背後にかざし、そのまま意識を集中する。右手から発生するATフィールドが空間をゆがませ、オレンジ色の壁が、槍を空中に縫い止める。
「はん、アタシにかかればこんな・・・・も・・・・」
 アスカの声が、途中で切れた。
 槍が、まるで生き物のようにうごめいている。それは徐々に形を変え、色を変え、そして変化した。
「ロンギヌスの・・・・槍!?」
 次の瞬間、ぱりん、という乾いた音と共にアスカのATフィールドは破られた。
 槍は再び、弦から放たれた矢のように弐号機を襲う。
 避けられない・・・!
 アスカはそう感じた。画面いっぱいに刃が迫ってくる。
「!!」
 瞬間、思わず目を背けた。
 こんなところで、終わりなの!
 恐怖。
 そして次の瞬間。
「ぐあああああっ!!」
 悲鳴が、響いた。



「!」
 トウジは、その悲鳴を聞いた。


「!」
 ムサシは、その悲鳴を聞いた。


「!」
 マナは、その悲鳴を聞いた。


「!」
 アスカも、その悲鳴を聞いた。
「え・・・!?」
 画面いっぱいに、すぐそれと分かる装甲板が広がっていた。
 人間でいう首筋を槍に貫かれ、潤滑油を盛大に噴き出している機体。
「ケイタ!」
 マナの悲鳴が、まるで遠くのもののように聞こえた。
 雷電が、深々と機体を槍に貫かれていた。
「どう・・・・して・・・・」
 地面に力無く崩れ落ちた雷電。火花がスパークし、もがくような手足の動きがすぐに止まる。断末魔のようなそれは、この機体がもう長くないことを語っている。
 ディスプレイに、ケイタの姿が映った。
 画面の向こうがかすんでいるのは、コックピットに火災が発生したのだろうか。
「約束したんだ。自分のできることを・・・・やるんだ、って」
 額から流れる血。弱々しい笑顔。
「脱出しなさい、すぐに!」
「もう・・・・間に合わない・・・・この機体に、脱出装置は・・・・ないから・・・・」
「なんで、なんでそこまでしてアタシの盾なんかに・・・・」
「僕は・・・・これくらいしか、役に立てない・・・・」
「なにをそんなこと! アンタは十分やってたわ! そこまで無茶しなくても・・・・!」
 アスカの言葉半ばで、ケイタがはじかけようにせき込んだ。口にあてがった手の間から、血が滴り落ちる。
「それに、約束したんだ・・・・。マナと・・・・できることをやるって・・・・」
「・・・・・・」
「弐号機を守って、って言ってた・・・・だから・・・・」
「アンタ・・・・」
 アスカは、もはや何も言えなかった。
「アスカさん・・・・ありがとう・・・いろいろと」
「お礼なんて聞きたくない! そんなこと言わなくていい!」
 涙声。アスカは、自分が泣いていることに初めて気づいた。
「短かったけど・・・・楽しかった・・・・。マナやムサシ以外にできた・・・初めてぼくにできた友達・・・・」
「そんなこと・・・・言わないでよ・・・・」
「ケイタ! おい、ケイタ! しっかりしろ!」
 ムサシのケイタを呼ぶ声が、回線を通して聞こえてくる。
「ムサシ・・・・」
「馬鹿かおまえは! 死ぬなんて考えるな! 帰るんだ。帰るんだよ! 俺たちのいる場所に!」
「ムサシ・・・・マナを・・・・マナを・・・・頼むよ・・・・」
「この、馬鹿野郎!」
 ムサシの罵声は、ケイタの発言に対してなのだろうか。それとも、自らの動きを邪魔する十号機へのものなのだろうか。それはわからない。
「僕は・・・・君になら・・・・」
「馬鹿・・・・やろう・・・・」
 ムサシの声が、詰まっていた。
 そして、
「ケイタ、ケイタ!!」
「・・・やぁ・・・・マナ・・・・」
 徐々に、弱々しい口調になっていくケイタ。マナは、もう彼が助からないだろうことに気づいていた。声に、涙が混じる。
「ごめんなさい・・・・ケイタ・・・私のせいで・・・・」
「マナが泣くことは・・・・ないよ・・・・」
「でも・・・」
「いいんだ・・・・これで・・・・」
「なにを言って・・・・」
「ムサシと・・・・一緒に・・・・僕の分まで・・・・」
 最後に、彼は笑った。
 ふっつりと、言葉が切れた。


「ケイタ!」


 マナの絶叫と、爆発音が重なる。





「ケイタ!!!」
「ケイタ!!!」
「ケイタ!!!」


 三人の絶叫が、重なった。



 シンジははっと、意識を取り戻した。
「・・・・・・」
 ゆっくりと頭をもたげる。
「悲鳴・・・・?」
 何かが聞こえたような気がした。
 のそり、と手を伸ばす。手探りで見つけたボタンを押すと、暗闇に光が点った。
 サブパネルに映し出されたのは、現在の状況。
 七機のオレンジ色の光点がみえる。対して、グリーン・・・アスカたちの光点は三つ。
「・・・三つ・・・・三つ!?」
 がばり、と跳ね起きた。サブパネルを凝視する。併せてスイッチをひねり、音声システムを再稼働させた。状況は、すぐに分かった。
「ケイタ、ケイタ!!!」
 流れてくるスピーカーが、マナの狂乱する声を吐き出したからだ。
「ケイタ君・・・・」
 パイロット控え室でただ一度会ったきりの顔が、脳裏をよぎった。
 印象はそれほど深くはない。しかし、この戦いで一緒に戦う仲間として、生き残ろうとみんなで誓ったはずだった。
 なのに。
「・・・・・・?」
 シンジは、自分が泣いていることに気づいた。
 ケイタの死。
 そして、それを傍観しているだけだった自分に。
「僕は・・・・」
 僕は、何をしていたんだろう。
 改めて問いかける。
 しかし、先ほどのそれとは違う。
 今、自分は何を悩んでいたのだろう、という問いかけ。
「決めたはずじゃないか」



「何かを切り捨てる事が、君にはできるかい?」
「・・・・どうしてもというのなら」



 山城との会話がまざまざとよみがえる。
 カヲル君。僕は君に、一生かかっても償えないほどのことをするかもしれない。
「でも、こうしないとだめなんだ」
 そうしないと、君の死さえも、無駄になってしまう。
「だから、ごめん・・・・カヲル君、ごめん!」
 泣きながら、シンジはインダクションレバーを再び握った。



「初号機、再起動!」
「データリンク回復。ただしエントリープラグ内回線状況回復しません」
「感情素子の二十五パーセント、接続回復できません」
「シンクロ率、七十パーセントからさらに上昇中」
「パイロットの精神レベルは不明」
「外部映像、出ます!」
 現れた画像に、全員がどよめきの声を漏らした。
「・・・・シンジ君・・・・?」
 マナは、あふれる涙を拭って画面を見た。
 初号機が、佇立している。
 弐号機の、横に。
「いつの・・・・間に・・・?」
 マナには、何が起こったのか分からなかった。
「なに・・・なんなの・・・・?」
 突然、初号機の咆吼が響き渡った。
 顎部ジョイントを引きちぎり、歯をむき出し空に向かって吼える初号機。まるでそれが悲しみの叫びであるかのように聞こえたのは、マナの気のせいだろうか。
 弐号機の手からソニック・グレイブを取ると、初号機はそのまま無造作に一歩を踏み出した。
 七号機が、八号機が、十一号機が、十二号機が、前に立ちふさがる。
「碇君!」
 マナが、我を忘れて叫びかける。
 いや、もういや。無茶をさせて誰かを死なせるのは、もういやなの!
 しかし、エヴァたちは彼女の予想に反して動かなかった。動こうとしなかった。


 ごめん。


 ふと、そんな声が聞こえたような気がした。


 いいんだ。ありがとう。


 また、別の声が聞こえたような気がした。
 画面の中の、初号機の右手が動いた。ソニック・グレイブの刃が、するり、と七号機のコアを貫く。ATフィールドすら展開せずに、七号機は崩れ落ちた。
 八号機。十一号機、十二号機。
 同じく彼らの全てが、無抵抗に初号機の刃を受け入れた。
 誰も、なぜそうなったのか分からない。


 シンジは、カヲルを殺した。再び。
 初号機の咆吼が、響き渡っていた。



  同刻 セントラルドグマ 最下層

「ついに、その時か」
 ゲンドウの声に、レイは振り向かなかった。
「レイよ」
 しかし、レイは相変わらず振り向かない。
 視線は、目の前のアダム・・・リリスを見据えたまま。
「やりたいように、やるがいい。今の私には。それしか言えない」
「碇君が・・・・泣いています」
「分かっている」
「行かなくては」
「あれには、私は何も言うことができない」
「・・・・」
「言う資格がない」
「・・・・」
「だから、ここで見届けさせてくれ」
「碇司令・・・・」
「自分の始めたことだ。終わりの始まりを、見る義務がある」
 レイは、無言のまま右手をかざした。
 空間が、奇妙にゆがんだ。
 次の瞬間、レイはリリスの前に立っていた。
 十字架に張り付けられた、罪を背負って天に召された聖人。それを模したリリスの前に、彼女は浮かんで、立っていた。
「・・・・還りなさい。私のもとに」
 レイは、つぶやく。
 併せて、リリスの姿が変化を始めた。
 右手が、左手が。楔の打ち込まれたそれらが伸縮し、全身が徐々に小さく、小さくなっていく。
「生まれる前の姿に。そして、生まれる前の場所に」
 やがて胎児のようにちいさな、小さな姿になったリリス。それはゆっくりと宙を移動し、レイの前で動きを止める。
「・・・・お帰りなさい。アダムの分身、そして、もう一人の私」
 いとおしむように、レイはそれを両手で包み込む。
「お帰り・・・・なさい」
 次の瞬間、あたりは光に満たされた。




 リリスは死に。
 そして、アダムが生まれた。





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