「天佑? 神様が空からミサイルでも撃ってくれるっていうの?」















And live in the world forever

第17話:BATTLE OF THE TOKYO-3







 Dデイ 0400時
   第三新東京市 ネルフ指揮管制車<ヘリオス>



「第11師団との戦術通信リンクが切断されました」
「第1護衛隊群、指揮管制システムをMAGIより分離」
「<とーる>部隊より『以後ノ戦闘協力ハ遺憾ナガラ不可能 貴隊ノ幸運ヲ祈ル』」
 日本政府の陸海空戦の四自衛隊への停戦命令は、彼らに続々とネルフとの戦闘協力体制を解除させつつあった。ディスプレイに映る各自衛隊の友軍マークが、戦闘協力を解消した部隊から順次中立部隊へと変更されていく。
「まだ敵に回ってくれないだけ、ましだと思わなくちゃね」
 ミサトは画面上のほとんどの友軍マークが中立に変わった様子を眺めながら、自らを慰めるようにそう呟いた。
 自衛隊のほとんどは、ネルフとの協力体制解除には応じたものの、政府の停戦命令を無視して戦闘を続けている。「国民を守らぬ政府に従う言われなし」と、抗命罪覚悟で彼らは戦っている。おそらくはこの戦闘後、人事部も真っ青になるほどの退役者がでるであろうと思われたが、現時点ではそれを推測することは意味をなさない。戦闘を続ける部隊のほとんどは第11師団麾下の将兵であるが、彼らは敵勢力である第1・第2特殊海兵団から民間人を守りつつ、困難な市街戦闘を行っていた。彼我の兵力差、装備を考慮したならば、善戦といってもいいだろう。
「人相手の戦いは引き受けます。後は、お願いしますよ」
 第11師団との最後の交信で、幕僚らしき人物が笑みを浮かべながらそう言っていた。平野とか平井とか言う名の男だったようだ。
 自衛隊も、案外捨てたもんじゃないわね。
 ミサトはそう呟くと、ディスプレイの中の一点。最後まで残っている友軍アイコンを持つ自衛隊のそれを見つめた。
 戦略自衛隊第1特殊戦中隊。
 そのアイコンがあるのは、ミサトの乗る<ヘリオス>のすぐ脇。第三新東京市を足下に望む外輪山の一角だった。
 ヘッドセットをコンソールに置くと、ミサトは扉を開けて外に出る。
 サーチライトに照らされた地上と、対照的に黒く、どこまでも暗い空。
 ライトがなければ、星が綺麗なのに。
 埒もないことを考えながら、ミサトはライトの中心で指揮を執る早川の方に歩いていった。鈍りがちな足を無理矢理動かして、目的の人物の脇に立つ。そして、
「一佐、他の自衛隊は全て我々とのリンクシステムを解除しました。残っているのは、ここだけです」
 早川一佐はその声に小さなうなずきを返すと、胸につけていたネルフのIDカードをミサトに手渡した。
「わかった・・・・。これはもう必要ない。返しておこう。我々の方の準備も整った。ここまで来て協力体制の解除は非常に遺憾だが・・・・」
「分からず屋の上司を持つと、苦労しますわ。その点は理解しています」
「申し訳ない」
 右手で軍帽のひさしをわずかに下げ、早川は感謝の意を示した。本当は全く感謝などしていないであろうことは、ミサトには容易に想像がついた。
「しかしながら、ネルフとのリンクシステムを解消した部隊のほとんどが未だに戦闘行動を継続している。我々もこのまま継続して作業を行いたいところだが・・・・」
「一佐。ここはネルフの作戦本部があるところですわ。いくら何でも、この場で作戦行動をとっていては言い訳できません」
 ぐだぐだいわないでいいのに。
 そう言いたげな口調のミサトの声に、早川は苦笑する。
「そうだ。よって、だ。我々はここから5キロ離れたところに司令部を移す。以後の戦闘はこちらで勝手にやらせてもらうつもりだ」
「それは・・・・」
 ミサトは表面上露骨に嫌な顔をした。
 昼間の作戦会議ではエヴァとトライデント級のペアでの戦闘を提案した彼女だったが、その内心はシンジたちのエヴァのみで戦いたいという思いだった。
 戦自の切り札と言われるトライデント級だが、それは所詮人の持つ技術の上での切り札でしかない。エヴァのように未知のテクノロジーを使用しているわけでない以上、同じテクノロジーをもつエヴァと戦うには正直見劣りがする。ペアを組む目的は、戦力の有効活用ではなく、トライデント級を相手のエヴァから守るためのものだった。
 甘いと思われるかもしれない。しかしそれでも、ミサトはその方針を変えなかった。これ以上、エヴァに関わる人間の悲劇を増やすのだけは見たくなかったから。
 そう。ムサシあたりが聞いたら激怒しそうなことだったが、彼のトライデント級ですら、トウジの「守るべき」ものに含まれていたのだ。
 それが、彼らが独自の作戦行動をとることで守ることが不可能になる。3体のエヴァが有効活用できるメリットであるとともに、最悪の場合ムサシとケイタを見殺しにしかねないものだった。
 さっさと帰ればいいものを。あるいは第11師団の救援に赴けばいいものを。
 ミサトは内心でそう毒づいたが、しかそれが無駄なことであるのはわかっていた。
 この男には、何を言っても無駄らしい。
「・・・・仕方ありませんね。ご自由にどうぞ。しかし、こちらは勝手に動きますから、そのつもりでいてください」
「分かっている。それに、勝手に動くのはこちらも同じ事だから。・・・時に、霧島はどこにいるかご存じか? 彼女も我々にあわせて動いて貰わなければならないのだが」
「ああ、彼女はもう一台の指揮通信車<アレス>で待機しています。が、おそらくあなた方の移動命令は届いているはずですから、そろそろ撤収の準備をしていると思いますが」
「そうか。ならばいい」
 早川はどこかとまどったような返事を返して、そしてミサトに向かって敬礼をした。
「では、われわれはこれで。天佑を期待して、せいぜい戦ってみるさ」
 ミサトもそれに応じて敬礼を返そうとして・・・・。
 不意に、サーチライトに照らされた空の下にサイレンが響きわたった。
『外輪山レーダーサイトより入電! 旧熱海市街方面より敵エヴァンゲリオン接近中! 敵エヴァンゲリオン接近中! 総員、第1警戒態勢!』
「もう来たって言うの! 早いわ!」
 ミサトはその放送に向かって毒づくと、きびすを返して<ヘリオス>へむかって駆け出していった。
「しまった!」
 早川も同じくきびすを返し、戦自の指揮通信車へ走り出す。
 その表情には、先ほどまでとは違って焦りの色が見えていた。



  第三新東京市
   戦闘指揮管制車<アレス>


「ムサシ、ケイタ、シンジ君、アスカさん、トウジ君! 来たわよ! 準備はいい?」
 ヘッドセットに向かってマナがそう話しかける。額には汗が浮かび、その視線は一心にレーダーディスプレイを見つめている。画面の端に光る5つの光点。バラバラに行動をとりながら、しかし第三新東京市を目指すオレンジ色のそれは、間違いなくエヴァンゲリオンだった。
「マナ! アンタまだ残ってたの? 戦自とネルフはもう別行動に入っているって言うのに!」
 通信ディスプレイに浮かび出た[EVA-02]の文字。アスカが画面の中からそう怒鳴りつけてくる。
「しょうがないじゃない! 今まさに撤収しようって時に相手が来ちゃったんだから! ここで事前の計画に固執したら相手の思うつぼよ。とりあえず今は、このまま行くしかないわ」
「いきなり計画を変更するほうが混乱するんじゃないの?」
「どっちがいいかを考えた結論よ。アスカさんだってそれはわかってるでしょ!」
「・・・・確かに・・・・そうね」
 アスカはしばしの沈黙の後、そういって引き下がった。
「いいのか? マナ」
 続いて「震電」からの通信。ムサシが操縦桿を握ったまま、心配そうな顔でマナを見る。それに対して笑顔を返しながら、マナは答えた。
「ムサシ、大丈夫よ。私は」
「ならば、いいが」
「霧島さん、そこは危ないから、すぐに後退して!」
 黙り込んだムサシの次は、シンジがエヴァのスクリーンを横目に見ながらそう提言してくる。
「今のエヴァとムサシたちの配置だと、そこは戦場になるよ! だから早く!」
 しかし、マナは首を縦に振らなかった。
「ここを撤退したら、戦闘指揮を執るのが難しくなる。だから」
「そんなこといったって!」
「大丈夫、いざとなったら、守ってくれるんでしょ? みんながさ」
「・・・・・・」
 その天真爛漫な笑顔に、シンジはなにも言い返せなかった。
「ケイタ、トウジ君も、みんないいわね!」
「大丈夫だよ」
「ああ、まかせとき」
 続いてわき起こる二つの返事。
 マナはそれを聞いて、安堵感とともにさらに言葉を継いだ。
「以後、ムサシ−トウジ君ペアをA、アスカさん−ケイタペアをB、碇君をCと呼称します。Aは向かって右側前方、Bは左側前方に展開し・・・・」
 通信機を流れるマナの声は落ち着いていたが、しかしどこか押さえつけるような響きのあるものだった。
 それを聞くシンジとアスカは、ふと軽い笑みを浮かべる。
 彼女も、初めての実戦なのだな、と。


 侵攻を続ける5体のエヴァたちが第三新東京市の外周に到達したのは、朝日が昇る前、夜空がもっとも黒色に染め上げられる時間だった。
 民家を踏みつぶし、畑を荒らし、無人の広野をいくがごとく進む巨人。隊列を組むわけでもなく、共同して進むわけでもなく。バラバラに別々に、「それ」らは歩き続ける。
 5体のうち最初に異常に気づいたのは一番左端、第三芦ノ湖の湖畔を進んでいた1体だった。かつて八号機と呼ばれた「それ」は、何かに気づいたかのようにその動きを止める。
 だらりと垂らした腕、猫背の姿勢はそのままで、きょろきょろとあたりに首を振る。しかしなにも見つからない。巨人は先ほどとは比べようもないほどゆっくりと一歩を踏み出し、再び辺りを見回す。やはり、なにも見つからない。
 それを3度ほど繰り返しただろうか。
 ゆっくりと頭部を山側に向けたとき・・・・。
 八号機は、自分に向かってポジトロンライフルを構える黒い巨体を目にした。
 それは自らと同じ肉体。
 自らと同じ分子構成。
 自らと同じ「魂の匂い」を持つそれ。
 そして・・・敵。
 屠るべき獲物。
 八号機がそう認識した瞬間、トウジはスコープの向こう側に見える八号機に向けて一瞬の躊躇もなくポジトロンライフルの引き金を引いた。
「いけぇ!」
 叫び声と同時に、あたりに爆風を巻き起こしながら宙を斬る閃光。
 その軌跡の行き着く先は八号機の下腹部であり、そのまま胴体を一気に引きちぎるかのように見えた。しかし着弾の直前、八号機が展開した光の壁・・・ATフィールドがライフルの閃光をあらぬ方向へとはじき飛ばす。そのまま八号機は参号機の方に向き直ると、凶悪な笑みを浮かべながら攻撃の姿勢を取って歩みを進めようとした。
「させるか、次や!」
 トウジはそれに驚くことなく、さらに数発、引き金を引き続ける。二度・三度。閃光はそのたびに八号機のATフィールドにはじき飛ばされる。しかし、最大出力で防御を続けなければいけない八号機はトウジと対峙したままその場を動くことができない。
「鈴原君! そのままだと電流回路が焼き切れるわよ! はやく!」
「そないなことはわかっとる、今や!」
 マナの悲鳴を無視するように、トウジはそう叫んだ。
 瞬間、わき上がる轟音。
 芦ノ湖の水面が爆発するようにはじけ飛ぶ。その水煙を突き破るように現れたのは、ムサシの操縦する震電。胴体にお情け程度に取り付けられた腕には、エヴァが本来装備すべきプログナイフが装備されている。
「ムサシ! 狙うのは胴体中央のコアよ! 一発でしとめて!」
「わかってる! こんな奴らに手間取ってたまるか!」
 マナの声を耳に聞きながら、ムサシは操縦桿を力一杯押し込む。
 ラムジェットの轟音と共に、震電は八号機に向けて背後から突っ込んでいった。
 ATフィールドを前面に展開していた八号機は、後方からの攻撃に一瞬、対処が遅れる。振り向きざまに手にした槍を掲げ、ムサシの攻撃を防ごうとする。しかし
「トロいんだよ、間抜けが!」
 その緩慢な動きを、ムサシは見逃さなかった。
 振り上げられた槍の刃が空を切る。同時にその刃の下をかいくぐった震電の頭部からガトリング砲の炎が八号機の装甲板を舐める。実質的なダメージという点では何の効果ももたらさなかったが、物理的な勢いで八号機の姿勢をわずかに崩すという点ではムサシの予想通りの結果となった。
 自らの自重と槍の重さ、それらを微妙なバランスの上で保っていた八号機の体の均衡が崩れ、第三芦ノ湖のぬかるみに体が大きくよろめく。
「もらった!」
 右へ、左へ。小刻みにジェットを噴射しつつこちらは完璧な姿勢制御を行っていた震電のハンドアームが、寸分違わぬ鋭さで八号機のコアを貫く・・・かに見せた刹那。
「!」
 コックピットの画面上、震電の鼻先に巨大な八角形が突如出現し、ムサシと震電はしたたか跳ね飛ばされたのである。
「ATフィールドか! いまいましい!」
 憎悪にも似た口調でムサシは吐き捨てる。跳ね飛ばされたショックでわずかに口の端を切ったらしく、唇には血が滲んでいる。
 再び操縦桿を握る腕に力を込め、画面の向こうの八号機を視線で射抜く。突撃のためのジェットエンジンを吹かし、そのままフットペダルを一気に踏み込もうとして。
「ムサシ、左に飛んで!」
 レシーバーから飛び込んできたマナの声に、反射的に押し込むべきレバーを彼は違う方向へと倒していた。土煙を巻き上げつつ、芦ノ湖上へ飛び出す震電。八号機はそれにあわせて体の向きを変え、その長槍で震電を貫こうと振りかぶる。そして・・・・。
 結果として、トウジの構えるポジトロンライフルの眼前に、その無防備な背中をさらしてしまったのである。
「もろたわ!」
 裂帛の気合いとともに放たれたエネルギー弾は、八号機の背後に張られていたATフィールドをわずかな抵抗の後、粉砕。そのまま八号機の胴体に吸い込まれる。上半身と下半身にちぎられたエヴァの体は、次の瞬間、轟音と共に紅蓮の火球に包まれていた。
「つうっ!」
 爆風になぎ払われ、ムサシの震電はバランスを崩して危うく湖面につっこみそうになる。モニター上を赤く染める爆心を見つめながら、ムサシは小さなうめき声を漏らした。
「エヴァンゲリオン・・・・人が手にした神の力か・・・・」
 背筋を瞬間、冷たいものが走る。そんな彼を現実に引き戻したのは、<ヘリオス>からのマナの呼びかけだった。
「鈴原君、ムサシ、喜んでいる暇はないわよ! まだあと、4体残ってる!」
「わかってるさ、それくらいは!」
「霧島、次はどこや? はよいかんと、シンジや惣流が苦労するからな」
 二者二様の返事を返し、二人は即座にマナの指示するポイントへと移動を始める。
 残り4体のエヴァを倒すために。


 ・・・・しかし。
 二人は気づかなかった。マナも気づかなかった。
 誰も、気づかなかった。
 爆心地にうごめく影の存在に。
「いやな仕事だ」
 影は小さくつぶやく。
 そして、足下の小さな欠片を拾い上げると、それをゆっくりと手に握りしめた。
「死してなお、ゼーレは彼を縛るのか」
 そのまま瞳を閉じ、しばしのあいだ瞑目する。
「同じか。俺と。同じくゼーレに縛られているという意味では・・・・いや、死という手段とはいえ、そこからのがれることを選んだ彼の方が、俺の数百倍ましかもしれないな」
 そして、ゆっくりと掌を開く。
 赤い欠片はいつしか輝きを放っており、地面の各所で、それに対応する同じく赤い輝きがあちらこちらに見える。
 影の掌の欠片はやがてゆっくりと宙に浮かび上がり、対応するようにあたりの輝きが集い始める。
 数分。あるいは十分。輝きは一つの大きな球となり、やがてそれはあたりを圧する輝きを放ちだした。
 それは、まるで赤い月のような。
「エヴァンゲリオン。人の手にした堕天使の力・・・・こんなものがなければ、どれだけの人間が不幸にならずにすんだだろうか・・・・」
 視線を逸らすことなく球を見上げていた影が、やがて小さく嘆息するとそれに背を向けた。そのまま歩みを早め、その場から去る。
 影が去った後・・・・。
 あたりは、奇妙な雰囲気を漂わせ始めた。
 まるで、死者がよみがえるかのような鬱蒼とした雰囲気を。



 アスカとケイタのペアが先頭に突入したのは、トウジに遅れること十分。
 相手は二体、七号機と十一号機とよばれていたエヴァだった。
「右よ、右によけなさい!」
 アスカの叫び声にかろうじて操縦桿を倒すケイタ。次の瞬間、さっきまでケイタのいた空間を七号機の巨大な槍がが薙ぎ払う。
「この、ちょこまかと!」
 アスカも負けじとパレットガンを連射するが、ケイタをかばいながらの戦いではまともな照準をつけることができない。まれに直撃するものもあるのだが、それらはATフィールドによって完全にはじき返されてしまう。
「アスカさん、ごめん・・・・」
 安全圏に退避したケイタが、肩で荒い息をつきながらアスカにそう謝る。
「僕のせいでまともに戦えなくて・・・」
「謝る暇があったらさっさと行動しなさいよね! 今度は左!」
 いつの間に回り込んだのか、十一号機が咆吼をあげながら飛びかかってくる。左手にはあの巨大な槍、そして右手にはプログナイフ。
「くっ!」
 ラムジェットを全開に噴かし、間一髪で十一号機の攻撃圏内から逃れる雷電。
 そのまま体制を立て直しながら、ケイタは内心で自分の不甲斐なさにやるせない思いだった。
 自分はムサシほどに度胸があるわけじゃない。
 敵に積極的に向かっていくことができない。
 マナがパイロット資格を喪失しなければ、彼の代わりに雷電の操縦席には彼女が座っていただろう。ケイタはそう思っていた。
 ・・・・なのになぜ、僕は戦っているのか?
「ケイタには、ケイタにしかできないことがあるじゃない」
 管制官として彼らのそばにいたマナは、ケイタにそう言ってくれた。
「ムサシは確かにこの機体の扱いに慣れている。おそらく正面から戦えば誰も勝てないわね。でもそれはパワー面での話。機体の動かし方だけなら、ケイタの方がずっと上よ」
 大推力のラムジェットエンジンが叩き出す巨大な力。
 それをどう使うかっていう方向が二人はまるで違うんだから、いくら模擬戦闘で負けたからって、引け目に感じることはなにもないのよ。
「だって、戦闘なんて正面からぶつかるものでもないし、一対一でやるわけでもないんだからさ」
 ね、自信を持って。
 そう言ったときのマナの笑顔を、ケイタは忘れることができなかった。
 そうだ。だからだ。だから、僕は怖いのを我慢してこの機体に乗っているんだ。
 なのに逃げ回っていて、アスカさん・・・・彼女の足を引っ張ってどうする?
 ケイタはケイタにしかできないことを。
 マナの言葉を脳裏に思い出しながら、ケイタは右腕でしっかりと操縦桿を握りしめた。同時に左の手はコンソールのキーをいくつか叩く。
 手の平の汗が、じっとりとした感触で操縦桿にまとわりついてくる。
 それを無視するように握りしめた操縦桿を押し倒し、同時に右足のフットペダルをたたきつけるように踏み込む。
 わき起こる轟音。
 スロットルを全開に開いた雷電は、一気に加速しながら七号機に向かってつっこんでいく。
「なにを!」
「僕には、僕にしかできないことをする! アスカさん、だから君も!」
 スラスターの噴射方向を切り替え、絶妙ともいえるタイミングで進行方向を変える雷電。外面装甲版が七号機のATフィールドとかろうじてふれあうかの間隔は、神業といってもいい。そのまま進行方向を変えた雷電はATフィールドを展開させる余裕を与えず十一号機の右側面をすり抜け、おまけとばかりにガトリング砲をばらまいていく。そして背後に抜けた瞬間にラムジェットを全開に噴かし、衝撃波で背中から十一号機にショックを与える。バランスを崩しかけた十一号機が体勢を立て直したときには、雷電はすでに安全圏に脱出していた。
 怒りという感情をエヴァが持っているかどうかはわからない。しかし十一号機は少なくとも人間が見た限り、小馬鹿にした雷電を許すつもりはないようだ。手にした槍を振り上げ、咆吼と共に体の向きを雷電に向ける。そのまま槍を勢いよく振り下ろし・・・。
 同時に、オレンジ色の波が雷電に向かって走った。
「!」
 咄嗟にエンジンのスラスターを下に向け、全力で噴かす。跳ね上がるように上昇した雷電の下を、木々をなぎ倒しながら光は彼方に消えていき、盛大な土煙と共に着弾した。
「ATフィールドを・・・・投げた!?」
 アスカの顔色がさっと変わる。
 ケイタの表情も引きつったそれに変化していたが、腕と足は無意識のうちに操縦機構を操っている。二体のエヴァに近づき、離れ、翻弄する。
 アスカははっとスティックを握り直すと、雷電をうち倒そうと躍起になっている十一号機にパレットライフルの狙いを定めた。
「いい加減にしなさいよ、このっ!」
 劣化ウランを弾頭にしたライフルの弾丸は、彼女の叫びと共に次々と十一号機に命中する。しかし、その機体には傷一つつかない。ATフィールドによって護られた体に、弾丸が防がれているのだ。
「ええい、もう!」
 不意に、ライフルの発射音がとぎれた。弾丸が尽きたのだ。
 一万二千枚の特殊装甲とATフィールド。敵に回すと、こんなやっかいなものだなんて。
 アスカは悔しさに歯がみする。こうなったら、直接プログナイフでいくしかないのか・・・・。
 と、不意に一つの考えが脳裏にひらめいた。
 それが成功するかどうかはわからない。
 でも・・・。
 ケイタは自分にしかできないことであの二体を翻弄している。だとしたら・・・
「やってみなくちゃ、わからない。でもやるしかないってことでしょ!」
 しばし迷った後、アスカはそのひらめきに賭けてみることにする。
「あいつにできて、アタシにできないわけがないっ!」
 インダクションレバーを握りしめ、アスカはその体制のまま瞳を閉じた。
 イメージするのよ、強く、強く、それが実現するほど強く!
 時間にすればほんの数秒だったに違いない。しかしアスカにとっては、それはひどく長く、長い時間に思えた。
「お願い、いって!」
 彼女の叫びと同時に、弐号機の頭部が異音をたてた。
 がこん、と音を立て、四つの瞳を覆っていたカバーが上下に跳ね上がる。その内側に隠された瞳が外界にさらされ、そして・・・鈍い光を放った。
 手にしたパレットライフルを投げ捨て、代わりに肩部パックからプログナイフを取り出し、右手に握る。その腕を左の肩口にゆっくりと振り上げ、
「いけぇっ!」
 自らの体の前、なにもない空間に向かって腕をざっと振り下ろした。
 次の瞬間、振り下ろした軌跡にオレンジ色の光が出現する。そしてそれは次の瞬間、七号機の展開するATフィールドと激突し、まるで薄紙を突き抜くかのようにそれをぶち抜いた。
「!」
 ケイタは、我が目を疑った。アスカは、自らの行為の結果をにわかには信じられなかった。
 彼女の放ったATフィールドの刃は、七号機の頸部をすっぱりと切断していた。
 スローモーションのように転がり落ちる七号機の頭。一瞬おいて、切断面から吹き出す赤い液体。
「こんな・・・・すごい・・・・」
 それが自らの声であることにアスカが気づいたのは、頭を失った七号機の胴体がどう、と倒れ伏した後のことだった。
「アスカさん、危ない!」
 しばし茫然自失だった彼女は、ヘッドセットから聞こえるマナの声ではっと正気を取り戻す。気づくと、眼前に迫りくる十一号機の姿。
「!」
 振り下ろされた槍をかいくぐり、すり抜けざまに右膝を十一号機の胴体にたたき込む。激しい衝撃音と共に、相手は体をくの字に折り曲げる。さらにその体制から右肘を後頭部に勢いよく振り下ろす。
 常人ならば、その攻撃で気絶、もしくは死に至るだろう。それはエヴァに乗っているとはいえ、痛みがフィードバックされるならば同じだ。
 そしてそれを裏付けるかのように十一号機は大地に倒れ伏し、そのまましばし動くことはなかった。
「ふう・・・・これで・・・・終わりか・・・・」
 アスカは大きく息をつき、手にしたプログナイフを十一号機の頭部に振り下ろした。
 油断は禁物、というわけだ。
「アスカさん、大丈夫?」
「アスカさん!」
 ケイタの、そしてマナの心配そうな声。
「こっちは大丈夫よ。ほかは?」
「鈴原くんとムサシはそっちに向かってるわ。あっちは早かったみたいよ」
「そう」
「ケイタ! 大丈夫か!」
「惣流? どや、具合は!」
 安堵のため息をもらすのとほぼ時を前後して、当の二人から連絡が入った。同時に稜線の向こうに二つの影。参号機と震電のようだ。
「こっちは大丈夫。あんたたちこそ、遅かったわね!」
 精一杯の虚勢。
 本当はかなり厳しい戦いだった。
 特にエヴァとエヴァが相打つ戦いであるだけに。
 大きく息をつき、ふっ、と残るシンジのことがアスカには気になった。
「ねえ、シンジの方はどうなの?」
 残るエヴァは二体。シンジ一人では、重荷になりかねない。
 そう思って訪ねたのだが、返ってきたマナの返答はアスカの予想を裏切った。
「碇君は・・・・」



「どうしてなの?」
 シンジは、エントリープラグの中でそう自分に問いかけていた。
 伍号機、十二号機。シンジの初号機の前に現れたその二体は、彼を見つけると、一瞬攻撃の姿勢を取りかけた。
 シンジも併せてナイフを構え、中腰の姿勢でいつでも相手の攻撃を受け止められる体勢をとる。
 しかし。
 数秒の後、二体は申し合わせたかのように武器を納めると、シンジなど眼中にないという様子で辺りを見回した。そして、アスカやケイタが戦っている方角に向けて足を踏み出した。
「なんだ、いったいこいつらは?」
 シンジの疑問は、さらに深まった。
 このエヴァにはチルドレンは乗っていない。太平洋艦隊との戦闘を分析した結果、シンジたちはミサトからそういう話を聞いている。
「少なくともこいつらは一個体ごとに行動をとっている。周りの「仲間」と連携をするようにはみえないわ。
 つまり、ダミープラグであるということだ。
 そしてダミープラグというものの恐ろしさについて、シンジはいやと言うほど知っている。
 目前の敵。倒すべき敵。それには一片の容赦もない。相手を倒し、息の根をとめてもなお攻撃を続ける悪魔のシステム。それがダミーシステムだった・・・・はずだ。
 ならば目前のこの二体の動きは何なのだろうか。初号機に無防備な背中をさらし、しかもATフィールドを張っている気配は微塵もない。
 シンジにはそれが疑問でならなかった。
「でも」
 小さく声を発し、シンジはレバーを握りなおした。
「でも、だからといって放っておくことはできない」
 アスカやケイタ、ムサシ、トウジたちがあっちでは戦っているはずだ。彼らの負担を増やすわけには行かない。
 初号機は一拍おいて、大地を蹴って駆けだした。そのまま伍号機の背後からプログナイフを振り上げ、そして振り下ろす。
 その瞬間。
「!」
 伍号機は初号機の方を振り返ったが、全く防御の姿勢を見せなかった。否、むしろ両手を広げ、初号機のナイフを迎え入れるような体勢をとる。そして。



 ありがとう。待っていたよ。



 懐かしい声。忘れられない声。
 シンジの脳裏にそれがはじけた瞬間、プログナイフは深々と伍号機のコアに突き刺さっていた。
 エヴァの命の源、活動の原点、そしてエントリープラグと対をなす必要なもの。
 コアは徐々に輝きを失っていき、同時に伍号機も糸の切れた人形のようにぐったりと初号機の腕の中に崩れ落ちる。
 しかし、そんなことはどうでもよかった。
「カヲル君!?」
 驚愕の叫び声をあげるシンジ。
 馬鹿な、カヲル君はもう、もうこの世にはいないはずなのに!
 しかし、同時に彼はもっとも最悪の想像をした。
 そう、考えるだけで怖気をふるうような。
 そして、彼はみた。もっともみたくないものを。
 衝撃で飛び出したエントリープラグ・・・・いや、赤いダミープラグ。
 プレートに刻まれた文字が、シンジの網膜に飛び込んでくる。



[Dummy System No.05 Kaworu]




 次の瞬間、悲鳴を上げている自分がいることにシンジは気づいた。





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