「戦略自衛隊第1特殊戦中隊所属。霧島マナです。よろしく」
そう言って、彼女はにこりと笑った。
マナ。青い空が連れてきた女の子。
And live in the world forever
第16話:Iron Girlfriend
Dデイマイナス1日 1200時
第三新東京市 ネルフ指揮管制車<ヘリオス>
ミサトの彼への第一印象は、「嫌な奴」だった。
衛星軌道への攻撃準備に追われる彼女を有無を言わさず呼びつけた。
こちらが忙しいからと抗議してもどこ吹く風。
そして渋々呼び出しに応じたミサトに対し、開口一番。
「エヴァの迎撃には我々も参加する」
これではミサトでなくても怒りたくなるだろう。実際日向などは拳を握りしめて激発するのを耐えていたほどだ。
「・・・失礼ですが、早川一佐とおっしゃいましたね?」
ミサトは内心のいらだちを自制心で押さえつけ、表面上は平静を保ってそう問いかけた。
「エヴァの迎撃と言いましても、あれを撃破できるのは我々の持つ同じエヴァのみです。今までの使徒とエヴァとの戦闘ケースと、そのことをご理解された上で、申し上げていると理解していいのですか?」
自衛隊の兵器は派手な花火でしかない、使徒には全くの無意味だ。暗黙にミサトはそう言ったのだが、言われた側・・・・戦略自衛隊第1特殊戦中隊・早川ジュウジ一佐はそれに対してこともなげに言い放った。
「知っている」
と。
「我々の通常兵器が使徒に及ばないこと。そしてその使徒を撃滅することのできるエヴァならなおさらである、ということは、我々も十分理解している」
「ならば、それでもそう言い続ける理由は、あるのですか?」
「私の今の言葉を、聞いていなかったのかね?」
早川はそう言って、ミサトの言葉を軽く笑い飛ばした。
「通常兵器では、と言ったはずだ。前例を活かさない奴は猿にも劣る。四自衛隊の貴重な経験から学ぶことは多い。通常兵器が通じないならば、通常でない兵器を使えばいい」
「・・・・通常でない、兵器?」
ミサトは、早川の言葉にぴくり、と反応した。
「そう。通常ではない兵器だ」
そう言って、彼は軍帽のひさしにわずかに手をかけた。
「時は確実に過ぎていく。我々とて、無駄に飯を食ってきたわけではないのだよ」
「しかし・・・・危険が高いのでは? 戦自が新兵器を正式採用したという話は過分にして聞いていません。一佐のおっしゃる通常でない兵器とは、おそらくは実験途上の物でしょう。だとしたら、実戦データのないそれを、同じく未知数の多いエヴァにぶつけるのは危険すぎます」
「危険は、十分承知の上だ」
「・・・・・・」
「確かに実戦経験はない。パイロットの危険も十分あるだろう。しかし相手が謎の生命体とはいえ、使徒は立派な「敵性体」だ。その撃滅をエヴァにばかり頼っていては、自衛隊は何の意味があって国民の税金を使っているのだ? 我々は、戦わねばならない。たとえ死すことがあったとしても」
「それが国と国民のためだと?」
うんざりした表情で、ミサトはそう言う。早川はそれに対し、さらりとこう答えた。
「軍人は、死なねばならないときもある」
「・・・・はぁ、そうですか」
ミサトは、内心でわき上がる嫌悪感を押さえることができなくなってきた。彼女の中での早川の印象は、「嫌な奴」から「嫌いな奴」に格上げされたようだ。
確かに、あんたは何とでも言えるわね。死しても戦わなければ行けない? 命張って戦うのはあんたじゃなくてそのパイロットじゃないの。
そこまで思考を巡らせて、ミサトはふと、あることに気づいた。
・・・・・え?
パイロットですって?
「一佐。その「通常でない兵器」というのは、パイロットが操縦する物なのですか?」
「当たり前だ。N2のような爆弾かと思ったかね?」
皮肉げな笑みを浮かべ、早川は遠くから響いてくる轟音にさらにその笑みを大きくする。さながら、玩具を見せびらかす子供のような・・・・子供と言うにはいささか邪気が多すぎたが・・・・それだった。
そのときになってミサトは、早川の傍らに立つ一人の少女の姿に気づいた。
ヘッドセットをかぶり、先ほどから何かと交信してしている姿。彼女はいくつかのうなずきを返すと、早川に向かって一言、こう報告した。
「一佐。ついたみたいです」
と。
「ん・・・。では葛城三佐。我々のトライデント型陸上軽巡を、お初にお目にかけよう」
大仰な響きで、彼はそれを紹介した。
芦ノ湖上を、二人の方に向かって二つの機影が疾走してくる。
ミサトはそれを見て、内心で呪いの言葉を吐いた。
聞いてないわよ。こんな話!
セントラルドグマ
司令公室
「詳細をつかんだのは、まだ加持の奴がここにいた頃でしたがね」
高千穂ヒロユキはそう前置きして、報告書を読み上げた。
「トライデント型陸上軽巡。戦略自衛隊が開発を進めている「二〇計画」の一環として試作された高機動兵器で、震電・雷電・槍電の3体が現在までに確認されています。主目的は6年後に勃発するであろう戦争での使用。現段階では兵器としての現実レヴェルでのすりあわせはできておらず、武装は・・・・」
銀色の義手でページをめくりながら、一通りの報告を済ませる。
「以上がハードに関する報告です。よろしいですか?」
「・・・ああ」
ゲンドウは言葉少なに応じると、手渡されたレポートを無造作に「処理済み」のボックスに投げ込んだ。
「続いてパイロットに関する報告ですが・・・・ああ、それは彼女の方から説明させます。大塚君。説明を」
「あ、は、はい」
ヒロユキの後ろでおたおたとしていた女性が、その言葉にはじかれたように一歩踏み出す。拍子になにを勘違いしたのか、手に持っていた書類を全て床にぶちまけてしまう。
「あわわ、し、失礼しました!」
狼狽したように、彼女はあわててそれを拾い出す。
「・・・・彼女は?」
床の書類を拾い集めるその姿に苦笑の色を浮かべながら、冬月はヒロユキにそう問いかける。
「ああ、まだご紹介していませんでしたね。大塚三尉は私の下で働いてもらっている人間です。こう見えても結構重宝するんで」
「重宝・・・・な」
冬月はそう応じ、ようやく立ち上がった大塚三尉に奇異の視線を向けた。
確かにヒロユキの言うように彼女と直接対面するのは初めてだが、事前に彼女に関するデータには目を通している。見知らぬ人間を司令公室に入れるほど、ネルフの警備体制はお粗末ではない。
コードネーム「カノン」。主としてアメリカ、及び国連に対する諜報活動を取り仕切っている人物とは、とうてい思えないな。
内心で冬月はそう思っていたのだが・・・。
彼女の報告を聞いて、ますますそう思わざるを得なかった。
とにかく要領を得ないのである。
「あー、トライデント陸上軽巡のパイロットは、そのー、名前はムサシ・リー・ストラスバーグ、浅利ケイタ、霧島マナの三名で、えー、今現在機動兵器の操縦資格を持っているのは・・・・と、霧島マナをのぞく二名です」
つまりパイロットは二名じゃないのか、と思わず突っ込みたくなる衝動を抑えて、冬月は根気よく彼女の報告を聞いた。
20分にわたる熱弁の結果、わかったのは以下のことだった。
従来のパイロットは三名だったが、操縦訓練中に霧島マナが内臓をやられてパイロット資格を喪失・・・どうやら機動兵器はパイロットにかなりの負担を与える設計になっているらしいということ。
彼らは全て14歳。計画が始まった2013年のはじめからこの任務に従事しているということ。
彼らが選抜された理由は、6年後を見据えて、2020年に20歳であることをまず主眼に置いていたということ。
戦闘時には資格を喪失した霧島マナが管制官となり、残りの二人をコントロールして戦うと言うこと。
それくらいだった。
「もうちょっとはっきり報告しろと、日頃からいってるだろうに」
額ににじんだ汗を拭いている大塚に、ヒロユキが苦笑いをしながらそう言う。
「でも、二尉だって私の欠点を知っていて報告をさせたんじゃないんですか?」
「こうやって練習でもしない限り、その欠点は一生直らないだろう? いくら情報収集に長けていたとしても、それを報告できないでどうする? 先輩のありがたい配慮だと思って、しっかり精進しろ」
「それは私にとってはありがた迷惑ですって〜」
「・・・・・・あー」
司令公室で漫才もどきの会話を始めた二人に、冬月はあきれたように咳払いを一つ。
「大体の事情はわかった。引き続き調査を進めてくれ。ご苦労」
そう言って、手を振る。
ヒロユキはつまらなそうに。大塚はうれしそうに。それぞれ敬礼を返すと、扉に向かって歩き出した。
「二尉、ぜっっっっったいに私をいじめてるでしょう〜」
「まさか。俺はお前のためを思ってだなぁ・・・」
「好意の押し売りはよくないです〜」
「そこまで言うなら、次は全部一人でやってもらうぞ」
そんな話し声が徐々に遠ざかっていく。
「まったく、あの二人は」
苦笑したのもつかの間。冬月は再び表情を戻すと、ゲンドウに向かって尋ねた。
「どうする? 碇よ」
「奴らの魂胆は見えている」
「そうだ。彼らの目的は、エヴァとの戦闘データ収集。そして陸上軽巡とやらの性能アップだろう。諜報部から、いままでネズミの報告はあがっていたからな」
「放っておけ。大したことはできん」
「・・・・いいのか?」
「かまわん」
「・・・・ならば、いい。ほかにやるべきことは多いからな」
それだけを言うと、冬月は自分の作業に戻った。
どちらも、このことについて語らなかった。
Dデイマイナス1日 1800時
第三新東京市
合同指揮本部
作戦会議は、当初から紛糾した。
「我々の震電・雷電とそちらのエヴァを組み合わせて戦うだって?」
戦自の幕僚の一人が、語気を荒げながら机を叩く。
「その通りです。相手のエヴァは太平洋艦隊との戦いで5体が確認されています。こちらも我々のエヴァとそちらの陸上軽巡をあわせれば同数ですが、彼らには未だ3体のエヴァが残っています。戦力の消耗は押さえなければなりません」
ミサトのその声に、座がどよめいた。それは主に戦自の人々であり、ネルフのメンバーはその事実を事前につかんでいたため、全く動揺の色を見せない。
そのざわめきを破るように言葉を発したのは、マヤだった。
「秘匿事項ではありますが、エヴァは国連によって13体の予算が承認され建造が進められておりました。零号機はすでに失われ、初、弐、参、六号機の4体が我々の手元にあり、四号機は消滅。残るエヴァのうち5体が今回の侵攻作戦に参加していることから、残りは3体となります。この3体の動向が不明であることからも、長期にわたる戦力の低下は防がなければなりません。
太平洋艦隊との戦闘データを見る限り、相手側のエヴァには協調して戦闘行動をとる傾向が皆無であることから、こちらが2体で相手を1体ずつ倒していくことが、戦術的にもっとも適当であると思われます」
「それは結構! しかし今の発言でもあったが、ネルフは4体のエヴァがありながらなぜ3体しか出撃できんのだ?」
そう発言をしたのは、でっぷりと太った強面の幕僚だった。
ミサトが来たか、とばかりに顔をしかめる。
「辻三佐。エヴァはパイロットと機体の二つがシンクロして初めて有効な戦力となります。失われた零号機のパイロットが現在六号機で慣熟訓練を行っておりますが、未だに戦力として有効な状態には至っていません」
「なにを甘いことを」
ふっと辻三佐は鼻で笑い、対照的にミサトの顔が引きつった。
「慣熟訓練なんて必要ない。さっさと実戦に放り込んでしまえばいいのだ。生きるか死ぬかの瀬戸際になれば、いやでも戦うようになる」
「!」
「戦えるまで待つなんて甘いことを言うから、子供は大人をなめてつけあがるのだ。大人の世界の厳しさを教え込まないで、何のための教育か!」
周りの人間・・・ネルフのみならず、戦自側でも露骨に侮蔑の表情を浮かべるものがいるのにも気づかず、辻三佐はさらに言葉を継いでいた。
ミサトは引きつった表情を浮かべながら、それでも無言のままだったが、辻の、
「ネルフの作戦部長などといっても、所詮女ではな」
嘲笑するようなその一言を聞いた瞬間、内心で何かがはじけた。
「・・・・では、三佐はその方法こそが正しいとお考えなのですか?」
「無論! 私はそうやって、第7次秦越動乱でも台湾独立戦争でも部下を鍛えてきたのだ。今回もしかり。我々の陸上軽巡のパイロットは、ネルフの軟弱なガキとは違う!」
「我々のパイロットを、何のいわれで軟弱と言うのですか? 自分は安穏と司令部に鎮座しているあなたが」
「なんだと・・・!」
「確かにあなた方のパイロットは厳しい訓練を・・・望んでいるかいないかは別として、重ねてきているでしょう。しかしそれを我が事のように誇り、他者を侮蔑する権利があなたにはありますか? 我々のチルドレンはあなたが経験していないような死線を何度もくぐっているのです。あなたには、彼らを侮蔑する権利も資格もない」
「き・・・・貴様・・・・!」
ミサトの痛烈なもの言いに、傍目にもわかるほど辻三佐の顔が赤くなった。
「あなたのいう「教育」というのは、大人の世界の厳しさを子供に教えるなんてものではない。指揮官の無能のツケを部下に支払わせるものだわ。訓練も満足にさせないまま部下を戦闘に出しても、百害あって一理なし。無駄に死者を増やすだけですよ」
苦渋に満ちた表情でのミサトのその言葉は、かつてシンジに初号機をいきなり扱わせたそれを思い出しているがゆえのものだった。あの戦闘によってトウジの妹が怪我をしたことが原因で、シンジは少なからず心に傷を負ったのだから・・・・。
「それは・・・・それは、兵士に戦おうという精神が足りないからだ! 死ぬ気になればできないことはない!」
「兵士を危険な戦場に出していながら自分が司令部で安穏としていれば、戦う気力も失せるってものだわ」
もはや敬語を使うことも忘れ、ミサトは突き放すようにそう言った。
「そりゃ、あなたは絶対安全な場所にいるのだから何とでもいえるわ。今の発言を見るからに、いくら部下が死のうと良心が痛むわけでもなさそうだし」
「貴様・・・・私を侮辱するのか!」
「私の発言が事実でないことを証明したいなら、いつでも言ってくださって結構ですわよ。人手はいくらでも必要なのですから。そうそう、ちょうど今回の作戦での現場指揮官が不足しているの。「危険な戦場」で指揮を執るいい機会ですよ」
とびきり上等な笑顔を浮かべながら、ミサトはそう言ってやった。笑顔の裏には皮肉のスパイスが思い切り振りかけてある。
・・・・少なくとも、私はシンジ君たちに危険なことをさせているという自覚はある。彼らに申し訳ないと思うからこそ、自分も危険を侵して現場にでるわ。たとえそれが、指揮官としては失格、あるいは自己満足でしかないとしても・・・・。
内心の彼女の思いには気づくことなく、辻はミサトの言葉に予想通りてきめんにうろたえていた。
「し、しかし・・・・私はそういったことをした経験が・・・・私を必要とする仕事もあることだし・・・・」
「あら、死ぬ気になれば出来ないことはないんじゃなかったんですか? 訓練もしない部下を生きるか死ぬかの瀬戸際に放り込んで鍛えるのがあなたの信条なのでしょう? だったら」
そこまで言って、ミサトはじろり、と辻をにらみつけた。
「あなた自身が、それを実証なさったらいいでしょう」
一転して怒気のこもった口調。辻三佐は助けを求めるように周りを見渡すが、ネルフ側からは侮蔑の視線。戦自側からは嘲笑のそれを浴び、誰も彼に助け船を出そうとはしなかった。
「い、一佐・・・・」
最後の助けとばかりに辻三佐は早川一佐にすがるような視線を向ける。
対して返ってきた答えは、
「バカが。一度くらい死んでこい」
と冷ややかなものだった。
がっくりと肩を落とした辻三佐には目もくれず、早川はミサトへ視線を向けた。
「余興はこのくらいにしておこう。当方としては当初の予定通りそちらのエヴァ3機とこちらのトライデント級2隻で迎撃を行うことに異存はない。迎撃体制についても、そちらの言うようにエヴァ1+トライデント級1という組み合わせもいいだろう」
「・・・・ずいぶんとあっさり承諾なさるのですね」
「なに、我々の兵士もあの2隻の操縦には慣れているが、なにぶん実戦経験がない。そちらのエヴァから学ぶことは多いだろう」
そう言って、小さな笑みを浮かべる。ミサトはその表情に何か引っかかるものを感じたが、しかしそれ以上のことは何も追求しなかった。
「では、どの機体同士を組み合わせるかについては、そちらのパイロットの資料を見せていただいた上で決定いたします。よろしいですね?」
「ああ、それで結構」
早川はそう言って、傍らのコップの水を一口飲んだ。
「まあ、我々が足手まといにならないよう、せいぜい気をつけるとしよう」
そして、多くの成功の果実を。
その早川の内心のつぶやきは、ミサトにはわからなかった。
「何で俺がこんな足手まといを引き受けなくちゃいけないんだ!」
パイロットルームに、怒声が響きわたった。
「冗談じゃない。こんなやつとペアで戦うなんて、俺はお断りだ」
そのまま椅子をたち、ドアに向かって少年は歩き出す。
それを引き留めたのは、一人の少女だった。
小気味いい音とともに、少年の頬に平手打ちがヒットする。
殴られた方は信じられない、という風な顔をして、彼を殴った少女をじっと見据えた。
「マナ・・・・」
「ムサシ、それは言い過ぎよ、彼に謝って!」
「でも、俺が言ってることは間違ってない。エヴァンゲリオンと一緒に戦うってだけでも虫酸が走るっていうのに、よりにもよってその中でも一番弱いやつと、なんで俺が組まなきゃいけないんだ!」
ムサシと呼ばれた少年は、そう言って室内の一人を指さした。
「・・・・ワシと一緒にやるんが、そんなにいやなんか」
トウジが、その台詞を聞いていささかむっとした表情でそう応じた。
「当たり前だ。強いやつの足を弱いやつが引っ張ってどうする? それこそ足手まといじゃないか。それに俺は、エヴァというやつが大嫌いなんだ!」
「ムサシ!」
再び少女・・・・マナがムサシを激しくたしなめる。
しかしそれでも、ムサシは自説を曲げようとしなかった。
「俺は絶対にいやだ! 一人でやらせて貰う!」
「でも・・・・」
「何だよ、マナ」
「これは・・・・早川一佐の命令なの・・・・」
その名前を聞いたとたん、ムサシの表情に形容しがたいものが表れた。
驚きと憎悪、そして動揺の色を混ぜ合わせたような。
「早川一佐が、何かを考えてこういう配置にしたんだと思うの」
「まさか・・・・あの野郎・・・・」
「大丈夫。ムサシとケイタは私の指示で動けば、絶対に大丈夫」
ムサシと、その背後で心配そうな表情を浮かべている少年に視線を走らせて、マナはそう笑った。
「二人とも、絶対に死なせないから。絶対に・・・・」
「マナ・・・・」
と、状況を眺めていたトウジが、三人に声をかけた。
「そこ、三人で完結せんといてくれへんか? ワシらがまるでアホみたいやないか」
その言葉にとっさに三人が反応しかねているときに、横から割り込んできたのはアスカ。
「アンタ、もうちょっと場の雰囲気考えた発言しなさいよね! せーっかくあちらさん3人が堅い友情を誓い合ってるって時に、なにその間抜けな関西弁は! ぜんっぜんこの雰囲気にそぐわないじゃない!」
「言うたな惣流! ワイの関西弁を馬鹿にするやつは、たとえシンジの同居人でも許さへんで!」
「そ、そこでどーしてシンジがでてくるのよ! 何も関係ないじゃない!」
「熱い友情を確かめあうんやろ? それやったらほら・・・・一つ屋根の下で・・・」
無言のままストレートを決めるアスカ。トウジは鼻を大きく広げたにやにや笑いの表情のまま、床にゆっくりと崩れ落ちていった。
「まったく、こ、この色ぼけ関西人が!」
「・・・・ねえアスカ・・・・今のトウジの話って、なに?」
「バカシンジは黙ってなさい!」
「・・・・はい・・・・」
「まあいいわ、だから・・・・」
「なになに? アスカさんだっけ? あなた彼と一緒に住んでいるの? ねね、もしかしてそれって・・・・同棲?」
しょぼんと黙り込んでしまったシンジを一瞥して口を開きかけたアスカだったが、それを遮ったのは満面ににんまりと笑みを浮かべて近づいてきたマナだった。
その瞳は、獲物を見つけた猛禽類のようにアスカをねらっている。瞬間的に、アスカは一歩半ほど後ずさっていた。
「な、何馬鹿なこと言ってるのよ! 同棲なんてそんなわけないじゃない! こいつと住んでるのはしょうがなく! 命令だからなのよ! そうでもなきゃ、誰がこんな軟弱男なんかと!」
「で〜もさ〜、好きでもなければ同い年の男の子と一緒には住めないわよね〜ほら、いやよいやよも好きのうち、なんてね」
にっこりと笑いながら、そう言うマナ。先ほどの深刻そうな表情などそのどこにもうかがうことができない。
「そうなんか、そうなんか惣流? く〜しらんかったわ〜」
「がーっ! いつの間に復活したのこの関西人!」
「そないなことはええやんか、なあ、その辺、もうちょっと詳しゅうおしえて〜な」
「うんうん。私も知りたいわ〜アスカさんの恋に揺れる乙女ご・こ・ろ♪ もしかして、もうキスとか済ませちゃったの?」
「な、な、なんでシンジとキスなんか!」
そう言いながらもアスカは自らの頬が赤くなるのを押さえきれなかった。
「あ〜ら、てきめんにうろたえちゃってるって事は、もしかして図星だったり〜」
「センセ! こ、この裏切りもん〜!!」
あちゃー、とばかりに顔を手で押さえながら、トウジはそう嘆くふりをする。シンジはその様子に耳まで真っ赤になりながら、
「ト、トウジ・・・・そんな・・・・キスって言ったって・・・・あれは・・・」
「あ〜〜〜〜〜やっぱりしたんだ〜さっすが進んでる〜!」
「センセ〜〜〜〜〜〜〜」
「こ、こ、このバカシンジ!!」
「まあまあアスカさん、ここは一つ、穏便に、穏便にいきましょ」
「爆弾ばらまいた張本人がなに馬鹿なこと言ってるのよ! それにいつのまにかちゃっかり傍観者しちゃって!」
「え〜〜〜じゃさじゃさ、もしかしてキスの先も? しちゃったとか? きゃぁ〜!」
「だからどうして話がそっちに進むのよ!!」
「その先? ほんまか惣流!」
「二人してコンビを組むな!!」
「ぐはぁ! な、何も殴ることはないやろが!」
「うるさいっ!」
「むきになるところを見るとかえって怪しいわよね〜」
「そやそや。怪しい怪しい」
「むがーっ! あんたたち絶対殺す! 覚悟なさい!」
アスカとマナ、それにトウジがバカ漫才を繰り広げている横で、そこから抜け出したシンジは同じく取り残されたムサシ、そしてケイタと小声で会話をしていた。
「霧島さん・・・って、いつもああなの?」
「ああ。そっちの惣流か? あれもそうなのか」
「・・・・」
「・・・・一緒に住んでる・・・大変だな。同情するぞ」
「・・・・そっちもね・・・・あははは・・・・ところで、君たち二人は? 霧島さんとは・・・」
「同じパイロット養成課程で、僕やムサシ、マナも知り合ったんだ」
「ある意味、友達以上の友達、ってとこだな」
ケイタもムサシも、それ以上は言わなかった。
シンジはその様子をみて何か引っかかるものを感じたが、しかしそれ以上は何も言わない。代わりに、
「ムサシくん・・・・」
「ムサシでいい」
「あ、ごめん。その・・・・確かに僕らと戦うのはいやかもしれないけど・・・・でも、みんなで生き残るためには、犠牲は少なくしないといけないんだ。トウジだって僕やアスカに比べて確かに経験は低いけど・・・・それでも、足手まといにはならない」
「・・・・・・」
「だから」
「・・・・分かってるさ。それくらいは」
シンジの言葉に、ムサシはそっぽを向いたままそう答えた。浅黒いその顔立ち、そして視線は天井の一角を見据えている。彼が何を考えているのか、シンジには分からない。
「ただ、まだ俺の中で折り合いが付いていないだけだ。いろいろとな」
「・・・・・・」
「安心しな。もうおまえたちと一緒に戦わない、とはいわないさ」
「さて!」
と、ようやくマナとトウジの追撃を振り切ったらしいアスカが荒い息のまま全員を注目させた。
「改めて確認するわよ! 私がアンタ・・・ケイタとペア。バカ関西人がムサシとペア。シンジは単独行動。指揮はマナ・・・アンタとうちのミサトが執る。これでいいわね」
全員のうなずき。
そしてアスカは宣言した。
「さあ、ちょいとひねってさっさと終わらせるわよ!」
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