「市民のみなさまにお知らせします。
 本日正午、東海地方沿岸各県に緊急避難命令が発令されました。
 速急に最寄りのシェルターに避難し、各担当者の指示に従って移動を行ってください。
 なお、避難規模が従来よりも大きくなる恐れがあるため、携帯する手荷物は貴重品及び衣類のみとさせていただきます。
 くりかえし、市民のみなさまに・・・・・」











And live in the world forever

第15話:我ら何を守りて戦う





 Dデイマイナス1日 0800時
   第三新東京市
   ネルフ本部 司令公室


「太平洋艦隊の壊滅から、三日」
「・・・・ああ」
「敵部隊は、明日にも上陸作戦を開始するだろう」
 冬月はそう言って、視線をわずかに斜めに落とした。
「ああ、わかっている」
 その先に、微動だにしない背中。碇ゲンドウは、冬月の報告を聞いても眉一つ動かさなかった。
「自衛隊は上陸阻止のため、敵の予想上陸地点に迎撃体勢をとりつつある。が、現状から見て阻止はかなり厳しいだろう。何しろ、この国の海岸は広く、そして長いからな。相手はどこか1点を狙えばいいが、こちらは全てを守らなければならない」
「ああ」
「沿岸各県の避難は遅々として進んでいない。誰もが、命と同様に惜しいものを持っているからな。それをあっさりと捨てるほど強い人は少ない。おそらく、民間人にかなりの被害が出るだろう」
「・・・・人の弱さだ。長所であり、そして短所」
「彼らは、公式に我々に協力を要請してきた。せめて、時間稼ぎを、と」
「・・・・エヴァを、ここから動かすことはできん。それくらいはお前でもわかっているだろう」
「向こうも、そこまでは望んでいない。エヴァは我々に任せるつもりだろう。自衛隊の目標はあくまでも民間人の保護であり、撃退すべきは上陸部隊だ」
「人が武器もて人と戦う姿・・・・か」
 ゲンドウはちいさくそう呟くと、隠した口元をわずかにゆがめた。その意味するところを、冬月は知っている。
 その視線を振り払うように咳を一つ。そしてゲンドウは問いかけた。
「で、冬月。おまえは何をしようとしている?」
 その問いに、無言のまま冬月は書類を机の上に落とした。
「作戦本部からの提案書だ。彼らは、MAGIを自衛隊の戦術指揮システムにリンクさせて、効率的な部隊運用を行うように提案している。それから・・・・」



 Dデイマイナス1日 1600時
   太平洋上
   大西洋艦隊 空母<インディスペンサブル> CIC


「上陸予定地点まで、後9時間」
 レーダー手の報告に、トンプソンはしかめたままの眉を和らげることなくうなずいた。
 先日のマリアナ沖海戦で損傷を受けた彼の旗艦<ホーンブロワー>は、沈没のおそれはなく、主砲も十分使用可能であったが、通信設備に甚大な損害を被っていた。ために彼は旗艦を被害の皆無だった空母部隊に移し、上陸作戦の指揮をこちらで執っている。
「敵軍に関する情報は?」
「沿岸部には陸上自衛隊が展開中。部隊名は・・・第11師団ですね」
「第11師団? 初めて聞く名だな」
「使徒襲来で大損害を受けた各師団を再編した、残存師団です。恐れるに足りません」
 横から、冷笑とともに声がした。反射的に嫌悪感を覚え、トンプソンが振り向くと、そこには予想したとおりの顔があった」
「・・・・ルメイ少将か」
 アレクサンダー・ルメイ少将。上陸部隊の指揮を執る国連軍第2特殊海兵団の指揮官だ。線の細い顔に似合わぬ剛胆な指揮ぶりから「ブルドーザー」の異名を奉られている。目の前のものは全て壊して進む、という意味らしい。
「上陸地点の変更は行いません」
「事前計画通りに行くのだな?」
「ええ。変更すべき理由は、ありませんから」
 口の端をゆがめる笑い。トンプソンは彼の顔から視線を逸らし、内心で呪いの言葉を吐いた。
 彼は、ルメイが嫌いだった。
 セカンドインパクト後、国連軍は地域紛争への投入を目的に独自の兵力編成を行ってきた。第1,第2の特殊海兵団もその一つだが、第1海兵団に比べて第2海兵団はとかく悪い噂がつきまとっている。曰く、民間人の虐殺容疑、略奪、暴行など枚挙にいとまがない。特にルメイが指揮を執るようになってからその噂は事実という援軍を得て広まりを見せ、解任要求が出されたのも数多い。どちらかというと民間人への被害は極力抑えたがる古いタイプの軍人であるトンプソンにとって、それは唾棄すべき対象でしかない。
「上陸地点には、まだ逃げ遅れた民間人がいると言うではないか」
「避難命令は出ているはずです。逃げ遅れる方が悪い」
「君の家族がそこにいたとしても、同じことが言えるかね?」
 わずかな抵抗を試みてトンプソンはそう言った。しかし、
「むろんです」
 一言の元にそう切り捨てられては、返す言葉もない。
 上陸作戦の指揮権は、トンプソンにはないのだ。
「閣下には、事前の艦砲射撃と、太平洋艦隊の残存部隊への対処をお願いいたします。先日のような無様な勝ち方だけは、なされぬよう」
 太平洋艦隊との戦闘をそうあげつらわれ、トンプソンは頭にかっと血が上った。
 司令官席から立ち上がり、ルメイに対して何事かを怒鳴り返そうとして。
 そのままの体勢で、凍り付くように動きを止めてしまった。
「?」
 ルメイは、トンプソンの様子にわずかに眉をひそめた。ついに呆けたか、とも思い、そしていや違う、と思い直す。トンプソンの視線は彼の頭の上を越え、正面ディスプレイに釘付けになっていた。
 何事が起こったのかと振り向き。
「!」
 彼も同じく、声を失った。
 先ほどまで表示されていた上陸予想地点、そこに映っていた敵部隊を示すアイコンが、次々と消え去っていく。
「第59通信衛星よりの連絡、途絶!」
「ボストーク42号、応答しません!」
「衛星回線が切断されています。閣下!」
 二人の将官は、何事が起こったのかもわからなかった。むろんどう対処していいのかわかるわけもない。ただ、次々と消えていく情報を前に、呆然と立ちつくすしかなかった。



 同時刻
   第三新東京市 
   指揮管制車「ヘリオス」


「第6射、目標を直撃。完全破壊を確認」
「5分後に次が来るわ。管制、急いで」
 葛城ミサトは指揮管制車の中で、傍らのマコトに矢継ぎ早に指示をとばす。コンソール上をマコトの指が軽快に走り回り、ディスプレイに表示される計測結果の列。そして最終的な数値。
「出ました! 仰角、α+4、β−3で行きます。2分後に発射」
「射角修正急いでね」
「発射可能まであと1分」
 マコトの声を聞きながら、ミサトは内心でぼんやりと考えていた。
 全く、ここまで大胆な行動に出るとはね。
 太平洋艦隊の全滅を聞いたときの台詞が、まじまじとよみがえってくる。
 ネルフ本部の武力制圧か。つまり、委員会もそれだけ本気だってことかしら。
 まあ、本気でなければ使徒をけしかけてくるわけでもないし。
 ただ・・・・今までの使徒の襲撃から一転して人間とエヴァを使った攻撃。
 つまり、あちら側の体勢は整ったっていうことなのね。
 ・・・・これから、本格的な戦いになるわね。
 いささか忸怩たる思いを胸に秘めながら、ミサトは叫んだ。時刻は、きっかりマコトが告げた時間。
「撃て!」
 壁越しに響く轟音。同時に、指揮管制車がびりびりと震える。発射の爆風による衝撃波だ。瞬間的に車内の電源が暗くなり、再びもとの明るさを取り戻す。また画面にノイズが走り、数秒の後に元に戻る。車外では爆風が未だに荒れ狂っている様子が、ディスプレイ越しに見える。
「強制冷却開始。目標の破壊を確認したら、第7射の準備急いで」
 そして通信回線を切り替え、
「シンジ君、大丈夫?」
「ええ、まだいけます」
 淡々とした口調が、帰ってきた。画面の向こうに、顔の上半分をバイザーで覆ったシンジの姿が見える。
 退院から1週間。トウジの事件があって退院が遅れたものの、その後の体の回復は順調だった。
 エヴァによる偵察衛星の破壊。敵部隊の上陸前に相手の情報収集を不可能にすべく、それはミサトが提案した作戦だった。
 部隊の移動や配置など、相手に自分の情報が筒抜けであると困ることは多い。それを先読みされた上で、もっとも弱いところに攻撃を掛けることができるからだ。一昔前の戦争と違って、偵察機の代わりにスパイ衛星が空を飛んでいる時代だ。破壊するためには特定の武器でしか無理である。そして自衛隊は、その手段を持っていない。
 衛星軌道に攻撃を仕掛けられるのがエヴァとポジトロンライフルのみである、そのことに気づく者が少なからずいたとしても、不思議ではない。
 相手が人でなく物だから、破壊することに迷うことなんかない、か。
 ミサトはそう思い、もう一つのディスプレイに目を転じた。
 地図上の第三新東京市から、一本の線が上空に延びていく。それはやがて中空を舞う一つの目標と一点で交わり、そして破壊を告げるメッセージが現れる。
「第6射、命中を確認。「サザンクロス」、完全に沈黙」
 アメリカ合衆国の無人偵察衛星「サザンクロス」は完全に破壊された。
 まあ、高価なおもちゃをぶっ壊すなんてこと、そうそうできるものじゃないしね。
 いささか物騒なことを考えながら、ミサトはわずかに笑みを浮かべた。
「第7射、目標補足急いでね」
 



 Dデイマイナス1日 2000時
   大西洋艦隊 空母<インディスペンサブル> CIC


「・・・・見事に、やられたわけだ」
 トンプソンは歯がみしながら、眼前の兵力配置図を見つめた。
 そこには、自軍、そして敵軍の兵力配置図が記されている。しかし、右下に「time 1600」の文字。その後の新情報は、入らない。
「まさか偵察衛星を破壊してくるとは」
「敵も、それだけ必死と言うことですね」
 ルメイのつぶやき。
「しかし、計画は予定通り行います」
「相手の動静が不明だというのに?」
「単に、情報収集量が1940年代に戻っただけのことです。当時の軍人は、情報がないからといって逃げ出すようなことはしませんでした」
 ルメイは暗に、あんたは臆病すぎる、と言っていた。それに気づいたトンプソンの全身に一瞬怒気がこもったが、すぐにそれを沈める。
 傍らに置かれたコップを手に取り、水を一口。そして、
「当時の軍人とて、できる限りの情報収集をしていた。今の我々はきわめて情報に乏しい状態にある。私はそれを言いたいだけだ」
「ならば偵察機を飛ばせばいいでしょう。艦隊には十分な航空機があるはずです」
「いうまでもないこと。すでにやっている」
 情報の途絶が偵察衛星の破壊であることを知った時点で、トンプソンは即座に偵察機の発進を命じていた。すでに10を越える機影が、空母から水平線の向こうへ消えている。
「ならば、予定通り上陸作戦を開始しても一向に問題ないでは無いですか。情報がないのは、敵とて同じこと」
 勝ち誇ったような仕草。ルメイの言い分に、もはやトンプソンは何も言い返そうとしなかった。
「・・・・よかろう。貴官の言うとおり、上陸作戦は予定通り行う」
「ありがとうございます」
 恭しい一礼。それもまた、トンプソンの気に障るものでしかない。
「ただ、なるべくならば損害の少ないのにこしたことはない」
 そう言って、彼はCICの中の顔を一通り見回す。
「戦うばかりが勝利の道ではないからな・・・・ひとつ、絡め手からも責めてみるか」
 露骨に嫌な顔をするルメイを後目に、トンプソンはそう呟いた。



 Dデイマイナス1日 2300時
   第二東京


 額を、汗が流れた。
 手に持った書類の束が、音を立てて床に落ちた。
「・・・・・・」
 しばし、考えに浸るしかなかった。
 どうすべきだ。自分は、どうすべきなのだ。
「・・・・・・」
 執務机の前に、大きな時計が置かれている。左右に揺れる柱時計は、時間を刻み続ける。その時計の二本の針が12を指そうと言うとき、彼は卓上の受話器を取った。
「・・・・閣僚を集めてくれ。協議したいことがある」



 Dデイ 0200時
   新横須賀


 避難の準備に追われ、泥のように眠り込んでいた市民たちは、突然の大音響に文字通りたたき起こされた。
「な、なんだ!」
 ご多分に漏れずその轟音にたたき起こされ、青年は寝ぼけ眼に目をこすりながら窓を明けて外を見る。そして、その光景を見て唖然とした。
「港が・・・・」
 海上自衛隊、そして国連軍太平洋艦隊の本拠地であった新横須賀軍港。そこが、文字通り炎に包まれていた。
 次々と起こる爆発。燃料タンクが誘爆しているのか、巨大な火柱が天をつかんばかりに吹き上がっている。その一方、炎の中で時折閃光が上から下に降るのは、ジェット機の排気炎だろう。倒れるクレーン。ようやく鳴り始めたサイレンは、しかしすぐに爆発音によってかき消されてしまう。
 炎の中にとりわけ巨大な艦橋が見えることに気づき、彼はさらに驚きの声を上げた。
「<妙高>が・・・・!」
 戦艦<妙高>。新横須賀を母港とし、市民に長年親しまれてきたその姿が、炎の中で赤くあぶられている。轟音とともに飛来した数発のミサイルが艦橋を直撃し、閃光を放つ。一瞬の後、威容を誇っていたその姿は落城寸前の城のように醜い姿となっていた。
「なんだ、何が起こったんだ!?」
 青年は何がなんだかわからなかった。
 従来とは異なる避難命令。しかし今までと同じですぐに戻るんだろうからとたかをくくり、避難の列に加わろうとしなかった彼だったが、言いようのない不安感に襲われる。もしかして、自分は間違った選択をしたのではないか? と。
 いつもの悪趣味な生き物が相手じゃないのか?
 人間相手、だと?
 がたがたと体が震えてくる。
 あわてて室内の貴重品をかき集め、手近な鞄に突っ込む。そして靴を履くのももどかしげにドアを開けて飛び出し・・・。
 目標を見失って迷走するミサイルの姿が、彼の見た最後の光景となった。



  小田原市街
  第11師団本部


「始まったようだな」
 通信回線を通して伝わる悲痛な叫び声を前に、本間アキオ陸将は口元をゆがめた。
「新横須賀軍港は壊滅状態です。真珠湾奇襲を、73年ぶりにやられましたね」
 そういって笑うのは、幕僚の平井トモヒト一佐である。
「まあ、敵さんをだましているってところではこちらも真珠湾と同じですが」
 そういって、にやりと笑う。いたずらっ子の瞳だと、本間はそれを見て瞬間的に思った。こいつは、ガキの頃はいろいろと「武勲」のある奴だな。
「・・・・軍港への敵の第2次攻撃は?」
「このまま収束するようですね。航空戦力は上陸支援に振り向けられるようです」
「そうか。ならば<妙高>を犠牲にしたかいがあるというものだ」
 先のエヴァ6号機輸送に際して大破した<妙高>は、さしたる修理を行う暇もないまま新横須賀にその巨体を横たえていた。ドックが優先度の高い小型艦艇の修理に回ってしまったためであり、その処置に困っていたのが現状だ。
「しかし、戦艦1隻は決して安くはないですからね。国家予算を無駄につぶしたとの非難が上がりかねませんが・・・」
「問題じゃないよ、それは」
 危惧する平井に、本間は笑いながら応じる。
「勝てば我々の行動は全て正当化される。負ければ我々は文句なしに戦犯だ。だから、たかが戦艦1隻、気にすることはないさ」
「ああ、そうですね」
 そういって笑い声をあげる平井だったが、続いて入ってきた報告に冷水を浴びせられたように表情をゆがめた。
「閣下。いよいよ主力のお出ましのようです。『水平線上に敵艦隊見ユ』。上陸前の艦砲射撃と言うところでしょうか」
「上陸地点は?」
「ここと・・・ここですね」
 平井が指さしたのは、伊豆半島右上方、小田原市街を両脇からを挟むような位置になっていた。上陸に容易で、かつそのまま西進することで箱根を叩くことのできる最短距離である。
「つまり、主力は我々が引き受けることか」
「事前計画通りに、です。ほかに来られたらまずかったんですが、まあまあ、と言うところですか」
「陸上兵力には、敵さんも余裕がないということだね」
 そう返事を返すと、本間は傍らのベレーをとって頭にかぶった。本来ならばそのベレー帽は軍紀違反なのだが、そんなことを気にする人間は11師団のどこにもいない。
「さて、むこうさんはせいぜい敗残兵の寄せ集めと思っているだろうが・・・・せいぜい痛い目を見せてやるとするか」
 レシーバを耳に当てていた通信兵が、跳ね上がるように報告をあげる。
「敵艦隊、艦砲射撃開始しました!」
「味方は海岸には近寄っていないな?」
 無論です、と平井が自信ありげにうなずく。
 そのうなずきに満足げに応じると、本間は通信兵に命じた。
「空自、海自に連絡。敵艦隊は小田原沖にて上陸作戦を開始せり、だ。それ以上の内容はいらん。後は向こうの判断でやってくれるだろうよ」



  航空自衛隊
  <とーる>部隊


「利根一佐、陸自より敵上陸開始の入電です!」
 吐き出された通信を一読し、利根ヒデアキ一佐はわずかに眉をひそめた。
「戦闘配置。こちらは15分後に攻撃開始、と海自に伝えろ」
 そしてその後、ぽつり、と呟く。
「本当にいいのか? 本間よ」
 


  海上自衛隊
  第1護衛隊群 旗艦<せなお>CIC


 空自、陸自双方の通信文に視線を走らせて、吉澤海将補は小さく命令した。
「10分後に全弾発射」
 そのままシートに深く体を沈め、思考に浸る。
 いいのだな。本間。



  相模湾上空
  大西洋艦隊早期警戒機 スパルコーア03


「ん?」
 レーダーディスプレイをのぞき込んでいたレーダー手の声に、大西洋艦隊AWACS E−75Bの航空統制士官が反応した。どうした、と尋ねる。
「いえ、その、東京湾上空に妙な影が一瞬出たんですが、すぐに消えて・・・あ、これ、これです」
 レーダー手が指さした先、旧東京湾上空に、ぼんやりとした薄い影が見えた。
「走査モードを低空に切り替えてみろ。だめか?」
「やってみます」
 レーダー走査モードを低空目標重点探知に切り替え、しばし待つ。
「駄目ですね。今度は完全に消えちまいました」
「バグか?」
「はっきりとは言い切れません」
 今年の春に配備の始まったばかりのE−75B早期警戒管制機は、その走査能力において「史上最高の早期警戒機」(この呼称は新しい機体が現れる度に使われるのだが)とされていたが、それ故にシステム上のバグも多く、笑い話としては環境団体が調査用の金属板をつけてはなした渡り鳥の群を航空機の編隊と誤認したことがあるほどだ。
「どうします?」
「そうだなぁ・・・・衛星が攻撃食らってからいささかこちらの索敵能力が落ちていることもあるし・・・・もうしばらく走査して、何もなければ警報はなし、だ」
「どちらにしても楽な戦争はできないもんですね」
「相手がいる分な」
「じゃあ、あと五分ほど捜索して・・・少佐、緊急警報!」
「どうした、探知したか?」
「艦隊南方海上より多数のミサイル発射を確認。ジャップの残存艦隊と思われます!」
「何だと!」
 何時の間に、南に回り込んだのだ。
 指揮官は歯がみして悔しがった。
 そもそも、奴らの艦隊は新横須賀で叩いたんじゃないのか? 戦艦も沈んだというのに・・・・そうか。戦艦を沈めることでこっちの油断を誘ったか。事前に艦隊は外に出ていたに違いない。畜生、衛星が生きていれば。
「全艦隊に緊急警報を発令・・・・」
 しかし、レーダー手が再びあげた悲鳴によって彼の指示はかき消された。
「東京湾上空に複数の不明目標を感知。ジャップの・・・航空部隊です!」
「緊急警報をあげろ、すぐにだ!」
「スパルコーア03より全艦隊。緊急警報。艦隊南方及び東京湾上空に複数の敵目標を探知。攻撃目標は当艦隊。全防空戦及び打撃戦担当官は直ちにこれを攻撃せよ。スパルコーアは全兵器使用自由を勧告! 繰り返す。緊急警報!」


 
  海上自衛隊
  第1護衛隊群 旗艦<せなお>


「衛星をつぶしておいて助かった、と言うところか」
 次々とミサイルを打ち出す護衛艦群を見ながら、吉澤海将補は安堵にも似たため息をついた。
 エヴァンゲリオンによるスパイ衛星の破壊。そして奇襲を避けるための新横須賀緊急出航。ついてこれない艦は置き去りにし、結果として業火の中で沈めてしまうことになったが、それでも彼の麾下には、自衛隊区分で言う打撃護衛艦(巡洋戦艦)1,防空護衛艦7,ミサイル護衛艦8,対潜護衛艦8がそろっていた。その中には、太平洋艦隊の残存部隊も組み込まれている。
 大西洋艦隊の索敵能力が落ちていなければ、ここまでの奇襲をおこなうことは不可能だっただろう。そういう意味では、ネルフと自衛隊の連携が成功したと言ってもいい。
 彼らの戦意は高い。当然だろう。母港を(あるいは自らの艦隊を)滅茶苦茶に破壊してくれた艦隊が相手なのだ。もはや彼らは大西洋艦隊を「仲間」としては見ていない。
 それぞれの艦が各六発から八発のミサイルを撃ちだし、それらは事前にインプットされたデータに従って敵艦隊を目指す。ことにミサイル護衛艦の発射速度はすさまじく、二十発以上のミサイルを連続して打ち出している。それらを効率的に目標に配分するのが、打撃護衛艦<せなお>のレーダー管制システム、そしてそれにリンクされているMAGIである。
「発射の終わった艦から随時反転を開始しろ。敵の反撃が来る前に逃げるぞ!」
 潜水艦、航空機への警戒を怠ることなく、艦隊は即座に反転を開始した。
 第1護衛隊群から撃ち出されたミサイルは、トータルで200発を越えた。



  大西洋艦隊
  空母<インディスペンサブル>


 CICは混乱状態だった。
 しかし、それでもまだ余裕があった。
 護衛艦は多数いる。迎撃ミサイルも多い。命中率の低さを考えても、200発ならばまだ迎撃できるレベルである。
「防空迎撃戦開始。全艦進路及び兵器使用自由」
 命令の発令と同時に、空母部隊を囲むような陣形を敷いていた巡洋艦、駆逐艦が。進路を変更してミサイル迎撃にもっとも最適な位置を押さえる。
 対空レーダーと直結された管制システムが迫り来るミサイル群を走査し、どの目標の撃破が最適であるかを割り振っていく。開かれるミサイル発射口。轟音。白煙、その中から現れるミサイル弾頭。最後に閃光。
 トンプソンの命令から3分後、大西洋艦隊が迎撃のために打ち出したミサイルはすでに150発を越え、さらに続々と新たなミサイルが発射されていく。
 もう、大丈夫だ。誰もがそう思った。
 東京湾上空の不明目標が300発近いミサイルを発射したと確認したのは、それから三十秒後だった。
 CICは、本当の混乱状態に陥った。



  航空自衛隊
  <とーる>部隊


 日本人の作り上げた罠に大西洋艦隊が捕らわれていく様子を、利根一佐は何の感慨もなく眺めていた。
 足下からはミサイル発射の衝撃が断続的に伝わってくる。
「発射状況は?」
「<とーる><じーくふりーと>は、残り20パーセントで発射終了。<おーでぃん><くりえむひると>は第二射の準備に入っています」
 利根一佐はその報告に満足げにうなずく。しかし、顔色は相変わらず冴えない。
 視線を艦橋の横に転じると、そこにはミサイル発射の炎を「下」に向けて吐き出し、その光の中に浮き上がる巨大な船の姿。そしてその向こうには、射撃を終え、発光信号を出しながら位置を変更すべく転舵する同じく巨大な船の姿。
 航空自衛隊2013年度<とーる>プロジェクトによって建造された4隻の巨大硬式飛行船。それが利根ヒデアキの率いる<とーる>部隊の全容だった。
 彼らの主たる目的は使徒の迎撃である。全長四百メートルを超える船体に、十四式N2ミサイル「スレイブニル」を各船二十発ずつ搭載し、一斉発射によって使徒のATフィールドをぶち抜こうと言うものである。従来のN2爆雷では威力不足であったことから、「スレイブニル」は炸薬量を一気に三倍に引き上げ、結果として一発当たりの総重量が十トンという化け物的な数字になっている。飛行船でもなければ、実用的な運用は不可能であろう。
 今回の戦闘に際しては「スレイブニル」用のミサイルカーゴを換装し、空対地・艦ミサイルを1隻当たり150発搭載している。「空飛ぶ弾火薬庫」と言うのが、関係者の間でのこの船の異名だった。
「発射位置変更後、直ちに残存ミサイルを全弾発射。すぐに逃げるぞ」
 飛行船は動きが鈍重である。1900年代のレシプロ機に比べてですらそうなのだから、ジェット戦闘機などとは止まっているのと走っているほどの違いがある。建造に当たってその天は考慮され、十分な防空システムと護衛機は存在していたが、それでも万一ということも考えられる。利根は部隊の安全を第一に考え、「全弾発射即退避」という戦法を選んだのだ。
 足下の轟音が収まる。続いて周辺の視界が動き出した。彼の旗艦である<とーる>が発射位置の変更を開始したらしい。
 利根一佐は、再びぽそりと呟いた。
「いいのだな。本間。全てを艦隊に向けても」



  小田原市街
  第11師団本部


「どういうことだ、これは!」
 本間は眼前に展開するミサイル戦の様子を見て、愕然とした声を上げた。
「なぜ、全てのミサイルを艦隊に向ける! 平井! どういうことだこれは!」
 上官の怒声に、平井一佐ははじかれたように司令室を飛び出した。その顔には疑問符がべたべたと張り付けられているようなものだった。そして程なくして戻ってきたときには・・・・その顔色は一転して真っ青だった。
「・・・・閣下、原因はこの通信文のようです」
 差し出された紙面を本間はひったくるようにとると、素早く文面に目を走らせる。そして彼の表情も同じく青ざめていき・・・。はらり、と紙片は床に落ちた。
「暗号解読を遅らせるために、通信手が無作為の文章を末尾に入れていたのですが・・・・それが・・・・」
 平井はそう言いながら、床の紙片に目を走らせた。そこには、こう書いてあった。

「敵艦隊ハ小田原沖ニテ上陸作戦を開始セリ 上ノ掃除ハ任セロ」

「なんと言うことだ・・・・」
 本間は頭を抱えた。
 確かに敵の上陸部隊は2個海兵団と11師団に比べれば少ない。しかしまだ、戦場になるであろう市街地には多数の民間人が残っているのだ。
「すぐに利根に連絡を取れ! せめて残りのミサイルだけでも海岸へ・・・・」
 しかし、平井はそれに対してゆっくりと首を振るしかできなかった。
「駄目です、閣下。先ほど利根一佐から、全てのミサイル発射と退避の報告が・・・・」
 どさり、と本間は椅子に座り込んだ。その顔は、呆然としていた。
「明らかに・・・・」
 ・・・・・明らかに自分のミスだ。通信手が勝手に電文云々など、さしたる問題ではない。それに考えが至らなかったという点で、自分の作戦ミスなのだ。
 助かるべき人間を、自分のミスで多数殺してしまう・・・・。
 本間は両手で顔面を覆った。
 なんと言うことだ。なんと、言うことだ・・・・。
 室内には、しばし沈黙が満ちた。
 その、沈黙を破ったのは。
「閣下・・・・閣下!」
 何を、と室内の全員が驚いた。平井一佐が本間の肩を揺さぶり、それでも効果がないと見ると・・・・本間の顔を強引に引き上げ、頬に拳を一発、たたき込んだのだ。
 甲高い音が室内に響きわたり、次の瞬間、本間は椅子から床に崩れ落ちていた。
「な・・・・!」
 口の中に苦い鉄の味が広がる。見上げた平井一佐の表情は、天井のライトの逆光になっていてよく見ることができない。
「非礼を承知で申し上げます。ここで頭を抱えていても何の解決にもなりません。問題は、これからどうするかということではないのですか?」
「・・・・・・」
「我々自衛隊は何のために存在しているのか。それをお考えください。まず国土と国民を守ることではないのですか? だとしたら一度の作戦ミスで嘆いている暇などありません。泥にまみれても、血にまみれても、我々は民間人を守るべく存在しているのです!」
 ぴしゃり、とそういいきり、平井はそのまま手を差し出した。
「閣下。さあ、ご指示を」
「・・・・・・」
 本間は、しばし平井の手を見つめたままだった。やがてその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。床に落ちたベレーを広い、埃をはたくと、再びそれをかぶった。
「上陸地点に、ありったけの火力をそそぎ込め」
 その目に、先ほどまでの苦悩の色はもう無かった。



  大西洋艦隊
 
 ミサイル迎撃は見た目は順調だった。
 第1護衛隊群から発射されたミサイルは合計で205発。うち20発がインプットされたデータのミスや傍らを飛ぶ「僚機」の失速などに巻き込まれて墜落し、大西洋艦隊のミサイル防空網に到達したのは185発。「トライデント」防空ミサイルでそのほとんどが撃墜され、17発が防空網をすり抜けて艦隊に突き進んでいる。それも、近接防御火器を使用すれば難なく打ち落とせる・・・・そのはずだった。
 艦隊上層部はしかし、それを行うべきかどうか迷っていた。
 このまま護衛隊群のミサイルへの対処にはまり続けると、<とーる>部隊から放たれた300発のミサイルをまともに食らいかねない。彼らの発射位置からすると、3分後には全てのミサイルが空母群をとらえてしまう。
 トンプソンは舌打ちをしつつ命令を発した
「南のミサイルは<コロッサス>の空母群に任せろ。残りは北東のミサイル群へ対処!」
 それでも何発かは食らいかねないな。
 対艦ミサイル飽和攻撃。それをここまでの規模に発展させるとは。
 トンプソンは改めて日本人という人種に怖れにも近い印象を抱いた。
 何という人種だ、あいつらは。


 速急に目標を変更した駆逐艦、巡洋艦群が放った「トライデント」によって、<とーる>部隊の放ったミサイル278発(22発は上記と同様の理由によって墜落していた)のうち86発が撃墜された。ミサイル防空網を突破した192発のうち、65発が爆発の至近弾やコントロール不全で明後日の方角に飛び去り、艦隊の驚異ではなくなっている。
127発が艦隊上空に近づいたところで、前衛警戒部隊の「ドラグナー」戦闘機20機が放った対空ミサイルによって39発がおとされ、88発が艦隊上空に達した。このころ、すでに第1護衛隊群が放ったミサイルはすでにその全てが撃墜されている。彼らは、自らの全滅と引き替えにもう一つの矢を艦隊に突き立てたのだ。
 
 艦隊上空の88発は、それぞれが個別の目標を定めるまでに75発へ減っていた。艦隊防御の近接防空ミサイル「ペガサス」や戦艦部隊が危険を承知で放った榴弾によって落とされたのだ。それと前後して各艦が自らを守る最後の盾・・・・バルカン・ファランクスや75ミリ砲などを打ち上げ、艦隊の上に濃密な段幕を貼る。電子妨害装置はもとより作動中だ。電磁パルスを叩き付けてチップを破壊しようと言う試み。
 これら全てによって、最終的に艦隊に突入したミサイルは42発にまで減った。
 だからといって、それが喜ばしいわけではなかったが。
 
 
 最初に被弾したのは、その巨大さ故に多くのミサイルが目標とした<ホーンブロワー>だった。
 まさに、槍ぶすまといっていいだろう。都合30秒の間に、15発の対艦ミサイルが相次いで命中したのだ。応急修理をしたばかりの射撃管制レーダーが再び破壊され、主砲と艦橋をのぞくありとあらゆる艦の上部構造物が一瞬にして鉄屑と変わった。致命的だったのは艦尾に相次いで命中した3発である。装甲板を食い破って船内に飛び込んだミサイルは、スクリューシャフトを吹き飛ばし、結果として<ホーンブロワー>を行動不能に陥れたからだ。
 激しい蛇行でミサイルを避けていた船足ががっくりと落ちる様子を見て、艦隊の乗組員に言いしれぬ恐怖が走った。そしてそれは次の瞬間、現実のものとなって彼らの元に訪れてくるのである。
 巡洋艦<ライプチヒ><ノーサンバーランド>はミサイルに気を取られているあまり、互いに危険なほどに接近していることに気づかなかった。気づいたときには、すでに遅かった。
 <ライプチヒ>の右舷中央に<ノーサンバーランド>の艦首が鈍い音とともに突き刺さり、突然のショックに双方の乗組員は床に投げ出される。そしてその瞬間を狙ったかのように、<ライプチヒ>に3発のミサイルが仲良く左舷中央に命中した。
 巡洋艦の薄い装甲をぶち抜いたミサイルはそのまま艦のCICを破壊し、併せて爆風を艦内余すところなくぶちまける。それが前部弾火薬庫に引火した瞬間、<ノーサンバーランド>の乗組員は自らが被弾しなかった幸運を喜ぶまもなく閃光に包まれた。
「何をしてる、馬鹿者が!」
 トンプソンはもつれ合った2艦が爆沈する様子を見て激しく罵る。
「周りをよく見て動け、愚か者!」
 とはいえ、次々と被弾する味方艦の様子を見ている今では、そうも言っていられない。彼らとて、自らの船と空母を守るために必死なのだ。
 最終的に、空母群をとらえたミサイルは7発。すでに艦隊は1隻の戦艦と3隻の巡洋艦、2隻の駆逐艦を失っている。
 7発のミサイルは空母群の中でも比較的外側に位置する<ヴェーゼル>をとらえ、5発が相次いで艦橋、甲板、エレベータと被弾していった。<ヴェーゼル>が再び戦列に復帰することはもうあるまい、というほどの被害だった。他に2発ほどが他の空母に向かったが、それは幸運なことに20ミリ機関砲で撃墜に成功している。
 トンプソンは流れ落ちる汗をゆっくりと拭うと、どかりと司令官席に腰を落ち着けた。
「空母1,戦艦1、巡洋艦3,駆逐艦2か・・・・痛い損害だな」
 しかし、また失態をやらかしてしまったという意識はトンプソンにはない。
 これは不可抗力なのだ。私は最善の迎撃措置を執ったのだ。委員会も、それはわかってくれるだろう。要は損害ではなく、上陸作戦が成功すればいいのだ。幸い、絡め手からの模索はうまくいっている。まもなく、戦闘は終わ・・・。
 自らの思考に没頭していたトンプソンは、遠くから自分を呼ぶ声がすることに気づくまでしばしの時間を要した。
 レーダー手が、震える声で彼を呼んでいた。
「なんだ、いったい」
「閣下、これを・・・・ご覧ください」
 正面ディスプレイを、彼は指さしていた。トンプソンはつられてそちらに視線を投げ、再び絶句した。今度は、先ほどの比ではない。
 そこには、新たに300発のミサイルが東京湾上空から発射されたことを告げていた。
 ミサイルは撃ち尽くした。陣形は乱れている。敵の第3波は、あと5分で到達する。
 艦隊に、まともな防御手段は残されていなかった。



   小田原市街
  第11師団本部


「大西洋艦隊は無力化、か」
 戦場に向けて移動を開始した師団の動きを視界の端にとらえながら、本間はとりあえず安堵のため息をついた。これで、艦砲射撃を受けることだけは避けられる。
 敵の上陸を阻止することはできなかったが、まだ迎撃は可能だ。2個海兵団に対し、こちらは1個師団。残存戦力の寄せ集めである分、並の1個師団よりも数は多い。そしてこちらには、豊富な実戦経験がある。
「負けることはあるまい。大丈夫、大丈夫だ」
「閣下。そろそろ指揮車にお移りください。我々も移動を、開始します」
「うむ」
 室内に入ってきた平井の声に応じ、本間は椅子から腰を上げた。そのままディスプレイに背を向けて部屋を出ようとして・・・。
「閣下、お待ちください!」
 通信兵の叫びが、彼の耳に届いてきた。
「第二東京から、緊急通信です!」


  第1護衛隊群<せなお>

「停戦命令だと!」
 吉澤海将補は第二東京からの訓電を前に、やり場のない怒りに襲われていた。
「政府め、日和ったな!!」
 訓電の内容は、以下の通りだった。
 『日本政府は大西洋艦隊との交渉の結果、住民保護の約定と引き替えに彼らとネルフとの間の戦闘に関して傍観することとする。ネルフとの協力体制を即刻解消し、しかるべき処理の後に駐屯地へ帰還せよ』
「帰る母港は火の海だ、馬鹿野郎」
 CIC内のうめくようなつぶやき。吉澤はそれを無視するように、通信兵へ問いかけた。
「この命令は、間違いなく正規に届いたものか?」
「はい。間違いなく第二東京の首相官邸からだされたものです」
「そうか・・・・」
 吉澤は、しばし考えに沈んだ。
「閣下!」
「閣下!」
 血気盛んな将校は、口々に継戦を訴える。
「しかし、シビリアン・コントロールが自衛隊の存在意義だ・・・・」
 吉澤はうめくようにそう答える。
 目前のディスプレイ。第2海兵団は、小田原周辺に到達した模様だ。



  小田原市街
  第11師団


「閣下。停戦命令、どうなさるおつもりで」
 吉澤海将補と同じく、本間もまた考えに沈んでいた。
 すでに市街地近くで、第2海兵団との戦闘は始まっている。機動戦闘に適した平地が少なく、また住宅密集地でもあることから完全な市街戦の様相を呈しており、市民の死者が幾何学的数字で増えていく。そのほとんどが、第2海兵団による虐殺、略奪で、11師団は市民を守りながらの戦いに苦戦を否めなかった。
「ネルフとの共同作戦破棄はやむを得まい・・・・しかし停戦は・・・・平井一佐。貴官はどう思う?」
 ぽそり、と本間は平井に問いかける。
「それは、閣下が判断を私にゆだねると言うことですか?」
「・・・・どういうことだ?」
「私がここで賛成反対のどちらかの意見を言ったとしましょう。そのご閣下が何かを判断したとして、そこに私の意見が影響しなかったと言い切れますか?」
 その反論に、本間は暫しとまどっていたが、やがて納得したように顔を上げた。
「・・・・つまり、こう聞けばいいわけだな。私はこのまま戦闘を継続するつもりだが、貴官はそれについてどう思うか、と」
「はい。私は賛成いたします」
 今度は迷うことなく平井は答えた。
「閣下! それでは政府の命令は・・・シビリアンコントロールの前提が・・・・」
「石本三佐」
 本間は、声を上げた人物に向けて穏やかに笑みを浮かべつつこう言った。
「確かに政府のコントロール下にあることが我々自衛隊の存在理由だ。前世紀の大日本帝国陸軍の暴走を再び繰り返さないためにも」
「だとしたら・・・・」
「しかしそれ以前に、自衛隊の存在意義とは国民を守ることにある」
 戦況ディスプレイに視線を走らせながら、本間は言葉を継ぐ。
「民間人の保護を約定と言いつつ、彼らは市民の略奪暴行を続けている。国民を守るために、私は戦闘を続ける。それが、自衛官として長年給料をもらってきた男の国民に対しての義務だ」
「しかし・・・・それでは・・・・」
「ただ、貴官の危惧も納得できるものではある。だから、だ」
 本間は銃を抜き、それを石本の手に握らせた。
「戦闘終了次第、軍紀違反で私を処罰したまえ。上官の命令が絶対である以上、貴官らに罪は及ばないからな。私一人で十分だ」
「そんな無茶苦茶な!」
「戦場とはそういうものだよ」
 笑みを浮かべたままそういい、続いて平井一佐に向き直る。
「さて、諸君らにはよけいな血を流させてしまうと思うが・・・・」
「いえ。閣下が戦闘継続を拒否されたなら、私が行うつもりでしたから」
 平井は尊敬に満ちたまなざしで本間を見つめると、あざやかなしぐさで敬礼を一つ、やってみせた。
「そうか。この師団は結局そういう奴らの集まりというわけか」
 はじかれたような笑い声をあげると、本間も答礼を一つ。
「空自の利根一佐より入電。弾薬補給の後、もう一度はあがれるそうです」
「海自、吉澤海将補より『我海上ノ残骸ヲ駆除セントス』とのこと」
 相次ぐ通信に、二人は口元をゆがめた。
 結局、そういうことか。
 笑い声が二つ、司令室にこだました。



 第1,第2海兵団を囮にエヴァンゲリオン5体がひっそりと旧熱海付近に上陸したとき、小田原方面の戦闘はすでに佳境に入りつつあった。




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