夢を見ていた。
 幸せな夢を。
 彼女と遊んでいた。
 彼女は笑っていた。
 はしゃいでいた。
 草原を走り回っていた。
 ・・・・幸せそうだった。
 それは叶わぬ夢。
 二度と、叶わぬ夢・・・・。
 憎い。
 憎い。
 あいつらが憎い。
 彼女の命を奪った、あいつらが・・・・憎い。




And live in the world forever

第10話:第二幕 開場





「どういうことか、説明していただきたいものですな」
 暗闇の中、いくつものモノリスがぼんやりと浮かび上がっている。
 その中にあって、ゲンドウは冬月と共にモノリスの群に囲まれながら平然としていた。
「どういうこととは、どういうことだ」
「今回の使徒襲来に関して、納得のいく説明をしていただけるものと思っていますが」
「・・・・なんのことかな」
「まあ、いろいろと、ですよ」
「我々が使徒を操っているとでも言うのか」
「そのあたりはご自分に尋ねた方がいいかと」
「証拠はあるというのか」
「那智三尉は、なかなか話が好きなようで」
「脅迫による自白が、何の意味を持つ」
「そうだ。那智がセカンドチルドレンを拉致しようしたとして、それが我々と何の関係があるというのだ」
「別に、那智三尉の話を信じたわけではないのです」
「だったら・・・・」
「今の発言が、決定的なものなのですよ」
「なに?」
 モノリスの答えに、ゲンドウはにやり、と口元をゆがめた。
「私は、「那智三尉は、話好きなようで」と言っただけです。あなた方とかかわりがあるなどとは、これっぽっちも言っておりません。そもそも那智という男を知っていると認めたこと自体が、あなた方が今回の件に関して関与していると言うことではないですか」
「ぐ・・・・」
 モノリスの一つが、声を詰まらせた。代わって、別のモノリスが発言する。
「・・・・要するに碇。おまえは何が望みなのだ」
「あなた方の計画。その目的・・・・などとは言いませんよ、キール議長」
「・・・・・・」
「行き詰まった人類に更なる進化を与えるための、徹底的な破壊と再生。そしてその全てを使徒、と呼ばれるモノを使い、死海文書に記述された神話の通り行うことで、自分たちを神へと昇華させること」
「・・・・・・」
「わたしとて、それくらいのことは調べればわかります」
「・・・・では、何が望みだというのだ」
「我々を敵と見なしたいのであれば、はっきりとそうおっしゃっていただきたいのですよ。駆け引きはあまり得意ではないものですから」
「・・・・つまり、私が「ネルフはつぶさねばならぬ存在だ。たとえタイムスケジュールが狂おうと、たとえそれがネルフ以外のモノを巻き込むことになろうと」と言えばいいわけなのか」
「有り体に言えば、そう言うことです」
「それが、何の益になるというのだ」
「踏ん切りがつくのですよ。私自身の心に」
「今更、何を言うか!」
 激昂するモノリスの一つを、キールは制した。そして、
「碇よ。私は正直、おまえを買っていた。状況が許せば、おまえを我々の後継者としてもいいと思っていたのだぞ」
「・・・・その地位と引き換えにするにしては、私は少々今の世界を気に入りすぎてしまいまして」
「支配者の地位を棒に振るというのか」
「行き詰まった人類、とおっしゃいますが。私はまだ、彼らを切り捨てるには早いと思っているのですよ。完全を求める。それは結構。しかし、完全な人間は全てに完全を求める。そしてそれがかなわぬものは排除しようとする。しかし人間は、完全になったとしても過ちを繰り返す。人間だけではない。その他の不完全なものを排除しようとする。それでは、あまりに救いがないのですよ」
「それを救うのが、我々支配者なのだ」
「あなた方とて、人の身体を捨てたとはいえ元は人間。人は人でしかない。決して、神にはなれないのです」
「つまり、おまえと我々は、もはや相容れぬ存在というわけだな」
「そういうことです。では、我々を本格的につぶしにきますか?」
「当然だ。ここまではっきりした以上はな」
「たとえ日本が、いや、アジアが壊滅したとしても?」
「もともと、アジアはなど我々が残すべき地域ではない。日本が滅びても、毛ほどにも痛みは感じぬよ」
「そうですか。残念です」
「私もだよ。碇」
「では」
「さらばだ」
 そして、全てのモノリスが消え、視界は再び闇に染まった。
「・・・・と、いうことですが」
 冬月がそうつぶやく。同時に、室内の一角にライトがともった。
「なんと・・・・」
「使徒が、彼らの差し向けたものだったとは・・・・」
 仕立ての良いスーツを着た、あるいは軍服に身を包んだ男たちが、ライトの光を浴びて呆然と立ちつくしていた。
「君たちネルフが我々を呼びだした理由は、これだったというのか」
「そのとおりです。ごらんのように、ゼーレと我々の交渉は決裂いたしました。彼らは今後も使徒とを送り込んでくるでしょう。加えて言うならば、今までの日本国、及び国連軍太平洋艦隊への使徒の攻撃は、彼らのなした業、そして今後も、です」
「君たちはそれを知っていたのか? かつては彼らの下にいたのだろう?」
「我々のネルフの目的は使徒の撃滅。それだけしか、私は彼等から聞いていませんよ」
「つまり・・・・ネルフを内に抱いている限り、我々は常に使徒の脅威にさらされていくことになる、ということか」
「ネルフを排除した場合、被支配者の席が用意されることになりますがね」
 そう言って、ゲンドウは目の前の腕を小さく握りなおした。
「確かに短期的には我々を排除して彼らに膝を屈した方が良いでしょう。しかし、それが結果として何を生み出すかは、今ごらんになったとおり。よくおわかりでしょう」
「た、確かに・・・・彼らが言う徹底的な破壊と再生・・・・そこに、我々の国土が含まれていると考えるべきだろうな・・・・」
「座しても死。しかし進めばまだ生を見いだすことができるでしょう」
「それでは、我々に君たちネルフと共に戦え、というのか?」
 そう言ったのは、テレビなどでよく顔を見る政治家だった。冬月の記憶によれば、「ないかくそうりだいじん」というたいそうな肩書きを持った人間であったはずだ。
 ないかくそうりだいじん。ああ、ないかくそうりだいじん。子供たちが一度は夢見るもの。冬月は内心で嘲笑した。
 こんなことでおびえるような人間がなることのできる「ないかくそうりだいじん」とは、なんと子供たちにはかわいそうな夢なことか。
「無理にとは言いません。自衛隊には、日本という国を守っていただくだけで十分すぎるほどの負担ですから」
「それぞれのできることをしろ、というわけだな」
「今までの使徒への対応と同様の行動を、お願いしたいのですよ。・・・・国連軍にも、同様に」
 ゲンドウの振り向いた先には、国連海軍太平洋艦隊の指揮官・・・・空母「テンペスト」艦長・マッキンレー大佐の姿があった。
「・・・・少なくとも、我々の受けた命令は、「ネルフへの協力」だった。それが変更されない限り、我々はあなた方に協力する用意がある」
「感謝、します」
「大西洋艦隊も近々補強のためこちらに回航される。それと太平洋艦隊の残存戦力をあわせれば、かなりの戦力が用意できるはずだ」
 もっとも、それが使徒にどこまで役立つものか・・・・。マッキンレーの顔には、ありありとそういう意志が読みとれた。先頃の使徒との戦闘を目の当たりにしたせいであろうが、ゲンドウは、
「海軍というのはある意味象徴です。そこにあるだけで、人々を力づける。そして、力づけられた人間は強い」
「・・・・確かに」
 マッキンレーの肯定。続いてゲンドウは首相の方を振り返り、
「さて、日本国としての対応はどうなさいます?」
「・・・・やむを、えんだろう」
 しぶしぶながらも、首相はそう答えた。
「一国を預かる身として、国民にどちらがよりよいかを考えれば、選択肢は一つしかない」
「・・・・政治家としては、失礼ながらあなたはかなり合格点のようですね」
 ゲンドウは、それを聞いて初めて口の端をつり上げた。
 国民が、ではなく自分が、というべきではないかな。
 冬月はそう、小さくつぶやいた。
 そしてゲンドウが同じように考えていることも、彼は知っていた。
 所詮は、こいつの手のひらで踊る・・・踊らされる程度の器か。
 ハンカチでひっきりなしに汗を拭く男を、冬月は蔑視に近い瞳で見据えた。
「では、ご足労をおかけしました」
 ゲンドウはそういう。
 スポットライトの消滅と共に彼らの姿は消え、後には冬月とゲンドウだけが残った。
「嘘、欺瞞。おまえは、相変わらずだな」
「・・・・」
 ゲンドウはそれに対し、無言だった。

「病院が、こんなにつまらないものだなんて・・・・」
 シンジは、真っ白な天井を見上げて、ぽそり、とそうつぶやいた。
 あれから、一週間。
 傷口もようやくふさがり始め、少し体を動かす分にはそれほど痛みも伴わない。もっとも、医者に言わせればまだ絶対安静なのだそうだが、14歳という健康的な肉体は活動を求めてうずうずしている。
 いささか、シンジは病院生活に飽いていた。
 何もすることがないと、どうしてもあの時のことを思い出してしまう。
 ゼーレ。
 組織力。
 都合のいい世界を作る。
 神の子。
 様々な言葉が頭の中を駆けめぐっていく。
 使徒・・・・。今回、アスカを拉致しようとするのにあわせて、使徒はやってきた。
 ゼーレ・・・・使徒・・・・一体、何のことなんだろう・・・・。
 考えまいとしても、どうしても手持ちぶさたな以上何かを考えてしまう。
 こんな時・・・・誰かが、いてくれたらな・・・・。
 よけいなことを考えずに、話をすることのできる相手がいれば・・・・。
 シンジは、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
 クラスの仲間は、ほとんどがこの街から疎開してしまった。トウジも、ケンスケも、今はこの街にはいない。
 ミサトさんは、相変わらずいろいろ忙しいらしい。アスカの誘拐未遂に関しての仕事も舞い込んできたらしく、一度見舞いにきたらしいが、そのときはまだ意識を失っており、目が覚めたときには一言、「がんばったわね」と書かれたメモだけが残っていただけだった。
 綾波・・・・彼女には、まだ会う勇気がない。いや、勇気がないわけではないが、会って話をして、気分が紛れるかと言えばそうはならないだろう。何を話せばいいかわからない。どう、話しかければいいかわからない。
 彼女がどこか母の面影を持っていることで、今まではなんとなく接し方に困った。今度は、彼女が造られた人間であるということ・・・・。それが、彼女のせいじゃないことはわかっている。望んでそうなったわけでもないし、たとえ彼女が造られた人間であったと知ったとしても、そのことで今までの彼女の性格が激変するわけでもない。
 しかし・・・・どうしても、気を使ってしまう。
 今まで以上に、話題に、困る。
 一番話し相手として手近で、それで気兼ねなく話ができるのはアスカだろう。が、彼女もシンジと同じくまだ病院のベッドに暮らす日々だ。この間はエヴァに乗って使徒と戦ったとはいえ、体力はまだまだ衰えたまま。ふつうの生活のできる状態ではない。当然、そうそう軽々しくシンジと会話をする時間を作れるわけがない。 
「アスカも、どうせ暇を持て余してるんだろうな」
 もともとじっとしているのが嫌いな性分なのだ。なまじ怪我などしていないぶん、シンジよりも退屈なことは疑いない。
 病室のベッドに縛り付けられるような生活に文句をつぶやいているアスカの顔をふっと思い浮かべ、シンジは苦笑ともほほえみともつかない笑みを浮かべたのだった。
 

「退屈だから、仕方ないのよね」
 内心でそうつぶやきながら、アスカは扉の前にたった。
「だいたいちょっと病院で寝たきりだったからって、体が回復するまで入院しろだなんて、ばかげてるにもほどがあるってもんだわ。これだから、日本の病院は病人を作ってる、っていわれるのよ」
 退屈しのぎのテレビもないし、雑誌もない。食事は薄っぺらくてまずいうえに、量も少ない。「あなたの胃はまだ弱っているから」って看護婦は言うけど、あんなまずい食事を食べてたら、治るものだって治らないわよ。あれならシンジの食事を食べてる方がましよ。
 その名前は、いまアスカのたっている扉の札に見える。
「1003号室 碇シンジ」と。
「・・・・別に、好きできているわけじゃないんだから。ほかに話し相手がいないんだし、やることがないんだもの。仕方なく、シンジのところに来てやってるのよ・・・・・ね」
 そう思いながら、扉に手を伸ばす。そしてふと、内心でそんな言い訳をしている自分がいることに、アスカは不機嫌な表情を浮かべた。
 ・・・・なにを考えてるのよ。たかが、たかがシンジと暇つぶしの世間話をしに来ただけじゃない。それに、わざわざなんで自分を納得させる理由を付けるわけ?
 ・・・・複雑な表情を浮かべたまま、アスカは扉を叩いた。
 こん、こん。
 返事は、ない。
「シンジ?」
 名前を呼びながら、再び扉を叩く。
 しかし、やはり返事はない。扉の向こうは、沈黙に包まれたままだ。
「寝てるの? 人がせっかく退屈なアンタの相手でもしてやろうと思ってきたのに」
 心にもない台詞。軽口を叩きながら、アスカは扉を開けた。
「・・・・シンジ?」
 答えるべき人物は、部屋の中にはいなかった。
 シンジのベッドは、空っぽだった。
 乱暴に放り出された毛布。
 ついさっきまで人の気配があったことを感じさせる室内。
「トイレでも行ったのかしら?」
 しかし、放り出された毛布の中に、シンジの病院服があることに気づいて、アスカはさっと顔色を変えた。ベッドの下には、あるはずのシンジの靴がない。
「外にでたの? あの体で、無茶な!」
 とりあえず、だれかに言って、連れ戻さないと・・・・。
 きびすを返して扉をでたアスカだったが、あわてていたのだろう。ポケットの中でふるえる携帯電話に気づいたのは、しばしの後だった。
「もしもし?」
「あ、アスカ! 私よ!」
「ヒカリ?」
 声の主は、委員長・・・・洞木ヒカリのものだった。
「よかった、やっと電話が繋がったわ。いきなりさっきは切れてしまって・・・・」
「さっき? それに、どうしてアタシが起きてるって・・・・」
 アスカが入院している間に、ヒカリは疎開でこの街をでていったはず。その後の消息など知るはずもないのに。
「碇君から聞いたのよ」
「シンジから? って、ヒカリ、シンジと話していたの?」
「そう、それなの。お願いアスカ、碇君を追いかけて!」
「ヒカリ、シンジがどこに行ったか知ってるの?」
「たぶん・・・・箱根湯本の駅・・・・鈴原を止めるために・・・・さっき話をして・・・・」
「はあ? あのジャージ男を?」
 アスカは話の展開が全く読めなかった。
 なぜシンジとヒカリが話をしていて、そこにあのジャージ男が関わってきて、アイツを迎えに、シンジが怪我した体をおして・・・・?
「復讐だって、鈴原の妹さんが・・・・怪我がひどくて・・・・それで、この間・・・・だから鈴原は・・・・復讐してやる、妹を殺した奴らに、復讐してやる、エヴァに乗るっ・・・・」
 ぶつっ、と言う音。『この回線は盗聴云々』のアナウンス。そして空電。
 そこまで来て、アスカはようやくある程度理解した。
 ヒカリが「電話が切れた」っていうのは、これのこと。エヴァの話は、機密対象だから。
 箱根湯本・・・・あのジャージ男が、妹を殺した奴らへの復讐のため、またこの街に帰ってくる。シンジは、それを止めに行った。復讐でエヴァに乗るなんて、と思ったのだろう。
 そういうことね。
 アスカは頭でそう考えながら、さっさと衣服をいつもの活動的なものに着替えた。
「冗談じゃない」
 髪飾りを止めなおし、鏡の前にたって自分の顔を見返す。
 いささかほほがこけたものの、惣流・アスカ・ラングレーの以前と変わらぬ精悍な顔立ちが、自分を見返していた。
「あのバカシンジに、そこまでやらせていいわけないじゃない」
 財布の残金を確認し、部屋の扉へと向かう。
「すこしは、自分のことも考えなさいよね」
 ほんと、お人好しなんだから。
 内心でそうつぶやきながら、アスカは扉を勢いよく開け放ったのだった。




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