<オーバー・ザ・レインボー>の沈没。それによるしばしの沈黙を破ったのはマコトだった。<ルシタニア>の乗組員に向き直り、声を発する。
「艦隊の指揮権を継承したのは?」
「次席指揮官は空母<テンペスト>座乗のマッキンレー大佐です」
「では、通信回線を速急に確保して下さい。エヴァ六号機のバックアップについて協議しなければ」
「了解しました」
「シンジ君、聞こえているか?」
『はい、日向さん』
「使徒は現在こちらからはモニターできていない。済まないが、新たな指示があるまで現ポイントを確保の上、目標の攻撃は自力で退けてくれ」
『了解』
「ライフルは残弾数に制限がある。注意して使ってほしい」
「・・・・日向君」
「大丈夫ですよ、リツコさん。僕だってだてに作戦課に在籍しているわけではありません。二尉の階級も飾りじゃないんです。何とかしてみせますよ。・・・・僕を信頼してまかせてくれた葛城三佐の期待に、答えるためにもね」
  
  
  

And live in the world forever

第4話:人は変わりゆくもの




 海中をただよう巨人。
 エヴァ六号機は、時折バランス調整をしながら、<ルシタニア>からさほど離れていない海域を遊弋していた。シンジはインダクションレバーを動かし、各部の調子をチェックする。
「やっぱり、左半身の反応が鈍いや・・・・ロールアウトしたばかりの機体、それもB型装備で水中戦は、この間以上のつらさだな・・・・」
 瞳を閉じると、深紅のプラグスーツを身につけていたあのときの自分の姿が脳裏によみがえる。同じく海中で使徒と戦い、そして殲滅したあのときのこと。
 ・・・・しかし、その時共に戦ったもうひとり・・・・深紅のプラグスーツの本来の持ち主は、今ここにはいない。エントリープラグの中は、シンジ一人。
「・・・・傍らに誰もいないっていうことがこんなに寂しいなんて、いままで思いもしなかった・・・・」
 何気なくそう呟き、瞳を開く。そしてはっと身構える。
 モニター一杯に、巨大な物体が映っていた。上から下へ、ゆっくりと沈んでいる。
 灰色がかったそれが最初なんなのかシンジには分からなかったが、やがてその正体に気づいたとき、彼は戦慄した。
「<オーバー・ザ・レインボー>・・・・」
 つい先ほどまで自分の立っていた空母が、海をかき乱しながらゆっくりと沈んでいた。
 航空機用燃料や資材などが海中を乱舞する中、時折おこる爆発で所々海水が赤黒く染まる。それがかつて乗組員だったものの四散した姿であると気づいて、シンジは胸元を締め付ける激しい嘔吐感を耐えるのに少なからぬ努力を費やさねばならなかった。
『シンジ君、聞こえているか?』
 音声と共に、右のモニターにマコトの顔が浮かび上がる。シンジは先ほどの光景を無理やり脳裏から追い払うと、その声に返事を返した。
「・・・・はい・・・・聞こえます・・・・」
『どうした? 元気が無いけど』
「・・・・いえ、なんでも・・・・ないです・・・・」
『そうか、それならいいけど・・・・。目標を補足した。左舷10時半方向からそちらに直進している。速度が恐ろしく速いから、注意してあたってくれ』
「・・・・了解」
 そう答え通信を切る。レバーを引き、指示された方向へエヴァを正対させようとする。
「まだ、動きが鈍い・・・・」
 左腕が思うように動かないことにいらだちながら、視線を正面に戻し・・・・。
「!!」
 そこには巨大な口を広げてエヴァを飲み込もうとする使徒の姿が一杯に映っていた。
「う、うわああああ!!」
 シンジは構えていたライフルのトリガーを引く。まともな照準はついていないが、あれだけの巨体でこの至近距離ならばあたるだろうと踏んでのこと。しかし、
「外れた!?」
 海中を切り裂く閃光を、使徒はその巨大さからは想像できないほどの敏捷さで交わした。トリガーを引くタイミングが一瞬遅く、加えて相手が素早かったためだ。そして次の瞬間、シンジの左腕に激痛が走る。
「・・・・ヒレ!?」
 使徒の腹部についているヒレのようなものが、エヴァの左腕を切り裂いていた。体液が噴出し、海水をどす黒く染めていく。
『大丈夫か、シンジ君!』
「まだ大丈夫です! しかし・・・・日向さん、エヴァの動きが緩慢すぎます! これではまともな勝負になりません!」
『仕方ないわ、ロールアウトしたばかりの機体で、初号機並みの反応速度を期待するのは無理なのよ』
 リツコの声が回線に被さってくる。
『今できるものでできることを、済まないけどシンジ君、それでお願い』
「・・・・分かりました。でも、せめて相手の速度だけでも落としてくれないと・・・・・!!」
 シンジは自分のうかつさを呪った。通信に気をとられていて、一度遠ざかった使徒が接近しているのに気づかなかったのだ。
 六号機の胸の部分に使徒のヒレが食い込む。一瞬の後、激痛と共にモニターが赤く染まっていった。
   
「・・・・まずいわね・・・・これは」
 ソナーから得たデータを合成CGに変換して表示するディスプレイをのぞきながら、リツコは小さなうなり声をあげた。
 画面には、周囲の海水を赤く染め上げながら使徒の攻撃にさらされる六号機の姿がある。カラーリングすら施されていない純白の機体はすでに傷まみれで、とても新品とは思えない。
「なぶり殺しって言葉がぴったり来るわ。やはり、六号機のシステムがシンジ君の反応について行っていないのが原因かしら・・・・微調整ができなかったのが痛いわね」
「しかし、いまさらどうこうできるものではないですよ。六号機の反応をあげることができない以上、シンジ君の言うように何とかして目標のほうを足止めしないと・・・・殲滅は難しいですね」
「で、作戦課の現場責任者としてはどうやってそれを実行するつもり?」
「簡単に答えが見つかれば苦労はしませんよ。今、方法を考えています」
「MAGIがあれば一瞬で見つかるのだろうけどね」
「機械に頼ってばかりでは人の存在意義はないですよ。それに、人にしかできないこともありますからね」
「・・・日向君、あなた、変わったわね」
「そうですか?」
 六号機を映し出すモニターを眺めたままそう呟くリツコに、マコトは以外、といった表情を向けた。
「以前はミサトの命令を処理するばかりだったのにね。なにが、あなたを変えたのかしら?」
「・・・・さあ、僕にも、分かりません。強いて言えば、生きていく過程の中で、以前の自分を捨てたんじゃないですか? 抽象的ですけど」
「そう・・・・」
「まあ、人は生きていくことで変わっていきますよ。誰も彼もが」
「そうね・・・・私も、そうだといいのだけどね」
 リツコはそう呟く。マコトがそれに対して何か答えようとしたとき・・・・。
『う、うわあああっ!!』
 スピーカー越しのシンジの叫び声が、<ルシタニア>の船内に響きわたった。
<エヴァ六号機、左腕部切断! パイロットの神経中枢に少なからぬ影響が出ています!>
「シンジ君、大丈夫か!」
『うくっ・・・・ま、まだ大丈夫です・・・・それに、ここで下がるわけには・・・・』
 マコトの叫びに、シンジはかろうじて返事を返してきた。しかしその声は弱々しい。
 まずいな・・・・シンジ君も限界に近い・・・・。
 何か解決策を探さないと。
 マコトは何か使えるものはないかとモニターのデータを必死に見つめる。
 何かないのか。
 使えるものは何でもいい。何かないのか?
<エヴァ六号機の損傷率、二五パーセントに達しています!>
<パイロットのシンクロ率、下降中!>
「日向君、どう?」
 リツコが、表面上は平静を保ったまま問いかけてくる。しかしそれに対し、マコトは無言。額を一筋、汗が流れる。
 と、突然、<ルシタニア>の船体が大きく揺れた。
「状況報告!」
<先ほど沈んだ軽空母<ミンスク>の水中爆発による水中衝撃波の模様。艦隊、エヴァ共に影響はなし>
「ふむ、そうか・・・・」
 報告を聞いて安堵し、再び思考に戻ろうとしたマコトは、その報告に何か引っかかるものを感じた。
「水中衝撃波・・・・?」
 それは、電光のようにマコトの脳裏にひらめいた。
「そうか・・・・その手があったか・・・・すると・・・・あれを使って・・・・」
「・・・・日向君?」
 ぶつぶつと何事かを呟くマコトに、リツコが不審そうな視線を向ける。しかしマコトはあいかわらず自分の考えに沈んでいる。
「日向君!!」
 しびれを切らしたリツコが肩を揺さぶって、ようやくマコトは現実の世界へ戻ってきた。
「・・・・リツコさん。なんとか、いけるかもしれません」
「・・・・?」
「<テンペスト>のマッキンレー大佐へ回線を繋いで下さい。大平洋艦隊の協力が必要です」
  
『艦隊の保有する全てのN2爆雷を、使徒の存在する海面に叩き込むだと!?』
 マコトの提案に対し、次席指揮官のマッキンレー大佐は画面の中で驚きの表情を浮かべた。
『大平洋艦隊の兵装が使徒に対して有効でないことは前回、今回といやというほど思い知らされた。それを君はまだやろうというのかね』
「この作戦の目的は使徒の殲滅ではありません。ほんのしばらくでいいんです、目標の足を止める。それだけを目的とします。N2爆雷はこの艦隊にどれくらいありますか?」
『・・・・残存する空母三隻に各2発、戦艦四隻に各1発、計10発、保有している』
「では、N2爆雷を最優先に、ありったけの爆弾を目標海域に投入、タイミングを計って一斉に爆発させてください。その水中衝撃波で使徒の動きを止め、その隙にエヴァ六号機を使って使徒を殲滅する、というわけです」
『しかし、それでは目標海域にあるエヴァも無事ではすまんぞ。N2爆雷10発といえば、並みの破壊力ではないのだ』
「爆発と衝撃波到達の瞬間だけ、エヴァとパイロットのシンクロを全面カットし、ダメージのパイロットへのフィードバックを防ぎます。パイロットさえ無事ならば、エヴァは動きます」
『・・・ダメージは防げても、純粋な衝撃波にパイロットは耐えられるのか?』
「それは、シンジ君・・・・パイロット次第です」
『ネルフというのはなかなか奇抜な発想の作戦をたてるものだ。希望的観測に頼る作戦など、国連軍では落第ものだぞ』
「あいにくと、これがネルフのネルフたる所以でしてね。国連軍の発想では、エヴァを操ることはできません・・・・時間がありませんから、準備を急いで下さい。一〇分以内に出せるものだけでかまいません」
「・・・・よかろう。ネルフ仕込みの君のその作戦、結果がうまくいくことを祈っているよ」 
 そう言って、回線は途切れた。
 祈っているよ、か・・・・だんだん。自分の作戦立案が葛城三佐のようになって行くな・・・・。
 マコトは内心でそう自嘲した。
「日向君、その作戦、かなり無理があるわね・・・・使徒が衝撃波の影響を受けなければアウト。エヴァが破壊されてもアウト。エヴァが破壊されなくても、シンジ君が気絶すればアウト・・・・まったく、ミサト並みの作戦立案ね」
「葛城三佐の薫陶よろしく、ですよ」
「朱に交われば何とやら、のほうが正しいんじゃなくて?」
「まあ、否定はしませんよ。それこそ葛城三佐ではないですが、死んでから後悔したくないですから。・・・・それに、最悪の場合も考えてありますし」
 そう言って、マコトはリツコの耳に何事かをささやく。それを聞いて、彼女の顔色がまともに変わった。
「それ、本気なの、日向君。作戦が失敗した場合、<オーバー・ザ・レインボー>の原子炉を誘爆させて使徒を巻き込むなんて!」
「だから、最悪の場合、といっているじゃないですか。使徒殲滅にエヴァで失敗した場合、これしかないですよ」
「しかし、反応炉を兵器として使用するのはまずいわよ。放射能汚染の危険もあるし」
「できれば使いたくないですね。ですが、最悪の場合は想定しておいた方がいいですから」
「・・・・それは確かに」
 リツコは、マコトの表情の奥に秘められた決意を見て取った。
 使徒殲滅のためにあらゆる手段を使う、その決意を。
「・・・・ま、今できる最良のことをやってしまいましょう。私も、あなたもね」
 だから、リツコは通信回線のマイクを握った。
「<テンペスト>に繋いで、以下の内容を伝えてちょうだい。全艦隊乗組員に、万一に備えて対核防護服を着用。作戦開始時刻を今から五分後に設定。当該海域から速やかに艦艇は退避。対閃光、対衝撃防御」
  
『というわけ。シンジ君、分かった?』
「はい。シンクロ全面カットで水中衝撃波をやり過ごして、ダメージを受けた使徒を殲滅するんですね」
『その通り。でもいい、シンクロカットでエヴァからのダメージはシンジ君には伝達されないけど、衝撃波そのものがエヴァに達しないわけじゃないの。むしろATフィールドが瞬間的になくなる分、衝撃波はまともにエヴァを襲うわ』
「・・・・つまり、僕が気絶してしまえば終わり、ってことですね」
『ご名答』
 モニターの中で、リツコが自嘲気味な笑みを浮かべた。
『毎回毎回綱渡り的な作戦で悪いね。シンジ君』
 マコトがそう言って謝る。
「いいえ、もう、ミサトさんで慣れていますから」
『ま、とりあえず、シンジ君は気絶しないこと、即座に使徒に攻撃を駆けることだけを覚えてくれていればいい』
『好きな女の子のことでも考えているのね。そうすれば、気絶なんてしないから』
「リ、リツコさん、何を言っているんですか!!」
『うふふっ、ま、それはともかく』
 そう言って、リツコは口調をあらためた。
『作戦開始まであと2分。いいわね』
「・・・・分かりました」
 そう言って、シンジはモニターのスイッチを切った。
 ・・・・リツコさんも、どこか変わったな・・・・。
 昔はあんな冗談を言う人じゃなかった。
 皮肉げな口調は変わらないものの、何か吹っ切れた印象を最近受ける。
 ・・・・あの、ダミープラグを破壊した時のあとしばらく姿を見なかったが、その後戻ってきてからは・・・・何かあったのだろうか。
 自分の意識を切り替えるような何かが。
 ・・・・それがいいことなのかどうか、僕には分からない。
 でも・・・・いいことであって欲しい。
 そう、人は変わって行かなきゃ、いけないんだ。
 それを、わかってよ・・・・。
 ・・・・アスカ、君も・・・・。
 ・・・・何気なく、腕の時計を見た。作戦開始まで、あと30秒だった。
  
<Tマイナス15秒。全艦隊、作戦配置つきました>
 スピーカーからの報告に、マコトは舷側の窓から艦隊の様子を見た。
 エヴァ六号機と使徒の存在する海面を遠巻きに、艦隊が輪形陣をしいている。
 上空にはN2爆雷を腹に抱えた航空機が旋回し、戦艦は砲塔を該当海域へと向けている。
<Tマイナス5秒・・・・4・・・・3・・・・2・・・・1・・・・0秒>
「作戦開始!」
 マコトの命令と共に、あたりは轟音に包まれた。
 残存する戦艦<モンタナ>・<メイン>・<甲斐>・<ロジェストヴィンスキー>が砲門を開き、一四式弾・・・N2爆雷を艦砲用に改造したものを轟音、閃光と共に吐き出す。さらに空母<テンペスト>・<レヴァイアサン>・<レーニン>から発艦したSu-27uやF-16改などが高らかな爆音と共に海面に急降下、かかえていたN2爆雷を投下し、海鷲のように翼を翻して上昇する。他の大平洋艦隊の艦船もあらゆる火力を動員して砲弾を撃ち込む。ためにその海域はまるで竜の大群が踊りまわるかのように沸騰していた。
 一方水中では。
 作戦開始を受けて、シンジが身構えていた。
 損傷とシンクロ率低下のため動きもたどたどしいエヴァを操り、向かってくる使徒と相対している。
『N2爆雷の爆発、シンクロカットまであと5秒』
 使徒が口をあけ、その牙でエヴァに食いつこうとする。それにシンジはライフルを向け、引き金に指をかけた状態で
『ゼロアワー、シンクロカット』
 全ての映像が消え、エントリープラグが暗闇に閉ざされると同時に、猛烈な衝撃が襲ってきた。
「わ、わあああああああ!!」
 無茶苦茶に引っかき回される振動の中、シンジはたまらず声をあげる。
 エントリープラグの暗闇とは違う闇が、視界をおおいつつある。
 それが、自分が気絶しかけているためであると気づき、シンジはあわてて頭をふった。拳を握りしめ、太股を二度、三度と激しく叩く。痛覚と共に意識が少し戻ってきた。
 ここで僕が気絶しちゃなんの意味もないんだ。だめだ。ちゃんと起きてるんだ!
 そうしないと・・・・みんなが死んでしまう。そう、日向さんも、リツコさんも、ここにいる艦隊のたくさんの人も、そして、日本に残るみんな・・・・みんなも、守ることができなくなるんだ。
 だめだ、それじゃだめだ。なんのために、僕はここにいるんだ。
 みんなを守るためにいるんじゃないか。
 みんな・・・・そう、アスカも、守らなくちゃいけないんだ。
 まだアスカは元気になっていない。洞木さんも疎開してしまった今、アスカのことを見ていられるのは、僕しかいないんだ。
 だめだだめだだめだ! アスカのためにも、僕は負けられない! 
 シンジは必死にそう思いながら、永遠に思える数十秒を耐えていた。
 そして・・・・。
『エヴァ再起動、シンジ君、大丈夫か!』
 モニターが復活し、マコトの叫び声が聞こえてきたとき、シンジはしっかりとインダクションレバーを握って真正面を見据えていた。
「大丈夫です、いけます!」
 爆発で泡立つ海中の中、使徒が衝撃波を受けてのたうちまわっている。その巨体に実質的な被害はないとはいえ、爆発による衝撃で神経系統に少なからぬ影響を受けたようだ。先ほどまでの敏捷さはない。
 シンジは素早くライフルの照準を使徒のコアにあわせると、力一杯トリガーを引いた。
 ほとばしる閃光は今度こそ使徒をとらえた。
 巨体に吸い込まれた光はしばしの後、より大きな衝撃となってエヴァ六号機に返ってくる。使徒の爆発といいう衝撃となって・・・・。
  
「また、ひどくやったわね」
 リツコは六号機の惨状を見て、やれやれと小さく首を振った。
「左腕消失。右腕もちぎれかけてるし、左半身のマヒは復旧にかなりの時間を要する。まったく、これが新品だったとは思えないほどだわ」
 <ルシタニア>に回収されたエヴァ。その姿は確かにリツコがいうように、新品であるとは思えない。スクラップ寸前という言葉がぴったり来る。
「修復には結構時間がかかるわね・・・・まあ、スクラップにならないだけ救いかしら・・・・」
「・・・・すいません、リツコさん・・・・僕のせいで・・・・」
 プラグスーツ姿のシンジが、すまなそうにリツコに謝る。
「もうちょっとうまく戦っていれば、こんなことには・・・・」
「いや、シンジ君のせいじゃないさ。僕の作戦指揮がまずかったせいだ。君は何も悪くない」
「日向さん・・・・」
 いつの間にかシンジの側には、マコトが立っていた。
「申し訳ありません、赤木博士。エヴァの破損は自分の責任です。五体満足に日本に持って帰れないとは・・・・それに、シンジ君もかなり危険な目にあわせてしまった。本当に、すまない」
「そ、そんな・・・・」
 いきなり頭を下げられて、シンジは戸惑い気味である。リツコはそんな二人の様子を見ていたが、
「大丈夫よ、日向君。ミサトだって結構派手にエヴァをぶっこわしているけど、目標を殲滅しているからクビにならずに済んでいるもの。あなただって同じ。シンガポールの防衛と使徒の殲滅を果たした以上、責任を問われることはないわ」
 軽い口調でそう言って、小さく笑った。
「本当ですか、リツコさん!」
「ええ、シンジ君。あなたもよく、がんばったわね。お疲れさま」
「・・・・はい、ありがとうございます!」
 シンジはうれしそうにそう挨拶すると、スーツを着替えに走っていった。
「赤木博士・・・・」
 マコトは、リツコの言葉と笑いににしばし声もなかった。
「・・・・まだ、わたしたちの戦いは終わってないのよ。碇司令も、貴重な人材をそんな責任問題で排除するわけがないわ。安心なさい」
 マコトの肩をぽんと叩き、リツコは再びエヴァの方を振り向いた。
 背後で、マコトが会心の笑みを浮かべて敬礼し、きびすを返すのを横目で見る。
 その誇らしげな顔を、リツコは脳裏に刻みつけた。
 やはり、日向君も前に比べていい顔をするようになったわね。強くなっている・・・・以前とは比べものにならないくらい・・・・。
 人は、変わりゆくもの・・・・。
 わたしも、そうなのかしら・・・・。
 内心の思いを表面に出すことなく、彼女は作業を続ける。
 シンガポールの長い半日が、ようやく終わろうとしていた。





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