私はなぜ生きているの?
 私はなぜ、死んでいないの?
 心の内を全て吐露したのに。
 あの人の愛が、私にないことが分かっているのに。
 なぜ、私は生きているの?
 ・・・・ネルフはなぜ、私を生かしているの?
 利用価値があるから? 犯した罪を償うため?
 あの人は何も言わない。何も語らない。
 なぜ私は、この世を去らないの?
 自殺をしないの?
 生きていることが辛いのに。
 ・・・・それは、多分「あの女」のようにはなりたくなかったからかしらね。
 私が憎む「あの女」。
 あの人の愛を失い、そして死んでいった「あの女」のように。
 ・・・・皮肉なものね。
 まったく、憎んでいるはずの「あの女」と同じ道をたどっていたなんて。
 でも・・・・いや、だからこそ、私は生きているのね。
 最後まで「あの女」と同じじゃ、私の存在意義はないから。
 私は私にしかできないことをする。
 それが、今の私の存在意義。
 今後はどうか知らないけど、それが私の存在意義。
 ・・・・母さんと違う道を進むことが・・・・存在意義・・・・
「・・・・はかせ・・・・赤木博士、赤木博士!!」
 聞き慣れた声と共に、ゆっくりと肩が揺さぶられた。
 瞳を開くと、漆黒の闇は光あふれる世界へと変化を遂げる。
 日向マコトが、傍らの席で彼女を揺さぶっていた。
「到着しました。シンガポールです」
 マコトの声に、窓の外を見る。いつの間にか、VTOL戦闘機はシンガポール支部のヘリポートに着陸していた。差し込む日差しが目にまぶしい。前の席では、シンジが降りる準備をしている。
「・・・・あら、眠っていたみたいね。ごめんなさい」
「いえ、強行軍でしたからね」
「・・・・私、寝ている間に何か、私喋っていた?」
「いえ、何も」
「・・・・そう、ならいいわ」
 そう言って、赤木リツコは小さなのびをした。
「さあ、六号機を受け取りに行きましょうか」

 
 
 

And live in the world forever

 第3話:存在意義




「また、こういう形で再会するとは思わなかったよ」
 シンジに向かって、手をさしのべながらその男性は苦笑いを浮かべた。
「はあ、どうも・・・・」
 シンジはどう反応していいか分からず、戸惑い気味に握手を交わす。
「今回は彼女は来ておらんのかね?」
「あ、ミサトさんですか。ミサトさんはいま、ちょっと本部のほうが忙しいようで」
「そうか、それは残念だ。前回の謝罪をかねて、夕食でも招待しようかと思っていたのだがな」
「・・・・艦長。申し訳ないのですが、雑談はその辺にしていただけないでしょうか」
 マコトが、そう会話に割り込んできた。
「葛城三佐の代理として今回は小官がエヴァの引き渡しを承ります。作戦課の日向マコト二尉です」
「・・・・うむ。わかった」
 シンジに見せた苦笑いを消し、男・・・・<オーバー・ザ・レインボー>艦長は引き締まった表情を取り戻した。
 ここはシンガポール沖の海上。大平洋艦隊の全艦が遊弋している。
 戦艦4、空母5、軽空母3、巡洋艦、駆逐艦は数知れず。広大な海域が、水平線の彼方まで戦闘艦で埋まっている。
「エヴァは人類の希望だ。輸送に際してはネジ一本たりとも欠けさせてはおらん。これが報告書だ」
「では、こちらにサインをお願いします」
 ボードを交換し、二人はそれぞれにサインを交わす。と、マコトの視線が報告書の一点で止まった。
「艦長・・・・この、「破壊工作」という部分なのですが・・・・」
「ああ、それか」
 予想していたようで、艦長の反応は変わらない。しかし、その表情がわずかにゆがんだのを、マコトの傍らにたつリツコは見逃さなかった。
「<ルシタニア>・・・・ああ、エヴァを輸送する輸送船の名だがな、その船体に強力な爆弾が仕掛けられていたのだ。幸い爆発前に処理班が解体し事なきを得たのだ」
「爆弾!?」
「電算機の試算では、N2爆雷クラスの破壊力を持つらしい。詳しいことはわからん。輸送船に部品は置いてあるから、そちらで調べて欲しい」
「・・・・了解しました。それで、犯人は・・・・」
「犯人も抑えてある。好きにやってくれたまえ」
「ご協力、感謝します」
 マコトはそう言って敬礼し、リツコに小さく合図すると、そのまま艦橋を出ていった。
「・・・・では、エヴァの方、直ちに輸送船からおろさせていただきます」
「・・・・失礼、君は?」
「技術開発部、赤木リツコ。葛城三佐とは同じ大学で学んでおりました」
「ああ、君が赤木博士か。噂はかねがね聞いておるよ。国連軍技術部が喉から手が出るほど欲しい逸材だそうだな」
「お褒めの言葉、恐縮ですわ」
「君にエヴァをまかせれば、問題は無かろう。どうかね、葛城三佐の代理と言ってはなんだが、夕食でもご一緒に」
「ご招待はありがたいのですが、エヴァのパーソナルデータ書き込みや細部のチェックなどがありますので、今夜というわけには・・・・また、別の機会にに」
「そうか、そうだな。これは失礼した」
 艦長はそういって、小さく頭を下げた。
「データ書き込み用の設備は輸送船内にある。書き込み自体は10分もあれば終わるから、それからエヴァを降ろすといい」
「分かりました。それでは、失礼しま・・・・」
 リツコがそう言いかけたとき・・・・。
 閃光、爆発音、そして衝撃波が、艦橋を襲った。
  
「何事か!!」
 艦長の傍らにたつ副官が、マイクに向かって叫ぶ。
『艦隊外周のピケット艦、<マイアミ>、爆発、沈没します! 原因は不明!』
「隣接する<アルハンブラ>を<マイアミ>に向けろ! 速急に救助作業を急げ!」
 副官はそう叫んだが、次の瞬間、その顔色が真っ青に変わった。
 さらに爆発音。今度は前回の比ではない。
『戦艦<妙高>、第3火薬庫より爆発! さらに第4火薬庫へ爆発が広がっています!』
『レーダー室より艦橋。<妙高>爆発直前に水中レーダーに未確認目標を確認、速度・・・・70ノット! 潜水艦ではありません!』
「・・・・まさか・・・・」
 うめくようなつぶやきが自分の物であることに気づくまで、リツコはしばしの時を要した。
「艦長、速急に戦闘配備を、目標は使徒の可能性が高いです!」
「なんだと!」
 艦長は驚愕の表情を浮かべ、リツコに向き直る。
「しかし・・・・そうか・・・・これは前回と同じ・・・・よし、わかった。緊急警報、全艦に戦闘配備及び全兵装使用自由。回避行動は許可するが、我らの任務はあくまでエヴァ六号機とその輸送船の護衛であることを徹底させよ」
「了解、全艦戦闘準備、全兵装使用自由、直ちに当該目標に対し攻撃を開始せよ!」
 命令を発する副官と艦長。その二人に、リツコは更に言葉を叩きつけた。
「それと、私とパイロットを速急に<ルシタニア>に運んで下さい。エヴァを起動します」
「チェックもなしにいきなり起動かね!? それは無茶だ!」
 艦長はこれ以上は無いという驚きの表情を浮かべた。無理もない。ロールアウトしたエヴァ六号機。まだ一度も稼働試験を行ってはいない。しかもパーソナルデータはまだ入力すらされていないのだ。
 「パーソナルデータは普通なら10分で書き込めるのでしょう? 私がやれば五分で可能です。各部のチェックは、艦長の言葉を信頼します。ネジ一本欠けてはいない、という言葉を」
「・・・・ぬう・・・・」
「酷な言い方かもしれませんが、使徒に対してはこの艦隊の兵装では時間稼ぎにしかなりません。一刻も早くエヴァを動かさねば、下手をすれば全滅です」
 黙り込む艦長。そしてまたも爆発音。イージス艦『バンガーヒル』が黒煙をあげ、左舷に傾いている。
「・・・・わかった。博士の案が、最良だろう」
 艦長はリツコの言を認めた。椅子を回して副官に向き直り、
「飛行甲板で即座に発進可能なヘリをピックアップしろ。博士とパイロットを<ルシタニア>に降ろすのだ。時間の猶予はない。ここから船まで、五分以内に届けるのだ」
「了解しました」
 そう言って、副官とリツコは艦橋を飛び出していく。
『巡洋艦<スラヴァ>左舷より爆発!』
『軽空母<ミンスク>撃沈! 乗組員の救助を急げ!』
『駆逐艦<スプルーアンス>大破! 総員退艦命令出ました! 目標は依然健在の模様です!』
 スピーカーから次々と流れる音声が、艦長の耳に虚しく響いていた。
  
「いいわね、シンジ君。六号機の操縦法は基本的には初号機と変わらないから、同じようにやっていれば大丈夫。装備はプログナイフの他に今回、水中用のポジトロンライフルがあるから、それを使ってちょうだい。ただし、陸上戦闘と水中戦闘はかなり勝手が違うから、注意してね」
 <ルシタニア>に向かうヘリの中で、リツコはシンジに顔を近づけ、ローターの爆音に負けない声で話していた。
「分かっています。アスカの時に、水中戦は経験していますから」
「そうね。じゃ、その時の感覚を思い出して、やってちょうだい」
「博士、着艦します!」
 マコトがそう言い、一瞬の後、ヘリは<ルシタニア>の甲板に降り立っていた。
「急いで、シンジ君!」
 飛び降りたリツコはそう言って駆け出し、プラグスーツを持ったシンジもそれに続く。マコトはトランシーバーを手にして、<オーバー・ザー・レインボー>と回線を繋いだ。
「日向二尉です。到着しました。起動まであと10分、何とか時間を稼いで下さい!」
『了解した。艦隊は現在、<ルシタニア>を中心に輪形陣を敷きつつある。国連海軍大平洋艦隊の名にかけてあと10分、何としても持ちこたえてみせる!』
「お願いします、回線はこのまま開きますので、何かあったら連絡を」
 マコトはそう言って、リツコたちのあとを追っていった。
「シンジ君、データを書き込んでいる間に、早くエヴァに乗り込んで! 今回はかなり無茶をするわよ!」
 リツコはそう言いながら、コンピュータのキーをせわしなく叩いていく。
「パスワード・・・・クリア・・・・データ読み込みシステム・・・・挿入・・・・サードチルドレン・碇シンジのパーソナルデータ・・・・圧縮のまま送信・・・・30%・・・・60%・・・・90%・・・・送信完了・・・・直ちにデータの解凍を開始・・・・」
「赤木博士、急いで下さい! 艦隊の防御がかなり薄くなっています、このままでは間に合いません!」
「分かっているわよ、待っていなさい!」
 マコトを一喝して退けると、リツコは更にキーボードを叩く。
「解凍・・・・40%・・・・60%・・・・90%・・・・100%・・・・解凍完了・・・・データ内容の確認・・・・クリア・・・・コアの書き換え・・・・終了」
『リツコさん、いけますか?』
 エントリープラグの中から、シンジが尋ねてくる。リツコはそれに、
「システムの書き込みは終わったわ。いまからLCLの注入を開始するから、直ちに補助電源で起動してちょうだい!」
『わかりました、急いで下さい!』
「エントリープラグ、挿入!」
 マコトの命令と共に、船員がエントリープラグをエヴァ六号機に挿入する。
 そして補助電源でエヴァが起動し始めたとき・・・・。
 オープンになっている通信回線から、艦長と副官の怒声が響いてきた。
『航空巡洋艦<グラーフ・ツェペリン>撃沈、艦隊外周に穴があきました! 目標、<ルシタニア>に向けて直進しています! このままでは!』
『弱気なことを言うな、何としても防ぐのだ!』
『ダメです、船の数も弾幕の数も、絶対的に足りません、このままでは防衛線が突破されます!』
『やむをえんか・・・・面舵一杯、機関全速! 機関室、全速発揮の後にエンジン停止、原子炉を緊急閉鎖! 全乗組員、放射能防護服を着用の上退艦準備! 総員上甲板!』
『艦長、何を!』
『この空母を盾にして、<ルシタニア>を守るのだよ。時間がない、君も、早く行きたまえ!』
『そんなむちゃな!』
『君は以前に言っただろう。我々の時代は終わった、とね。今の人類に必要なのは老いぼれた空母ではない。あそこにある、エヴァなのだよ。それを守るために、この空母を犠牲にするのは当然のこと。しかし、君たちまで巻き添えになる必要はない。さあ、行きたまえ』
『・・・・・・』
『聞こえているかね、日向二尉』
「・・・・は、はい・・・・」
 押し殺した口調のまま、マコトは艦長の声に返事を返す。
『聞いての通りだ。われわれは盾となってエヴァと貴官らを守る。あとのことは、よろしく頼む』
「艦長、脱出なさって下さい! そこに残ることはなんの意味もありません!」
『できる物ならそうしているさ。わたしがいまいるCICで、船を動かしているのでね。微妙な調整をするためには、ここにだれかが残らなければならないのだよ』
「しかし、それでは!」
 なかば泣き声のはいったマコトの声。しかしそれに対し、艦長の返事は淡々としたものだった。
『何も言う必要はない。エヴァを守ることが今のわれわれ国連海軍の任務。ひいては私の存在意義なのだ。ならば、それに準じるまで。まあ、好んで死ぬつもりはないがな』
「・・・・・」
 マコトは何も言葉を返せなかった。CICは艦の中心にある。船が沈めば、決して助かることはない。それを知っているからだ。
「エヴァンゲリオン六号機、起動!」
 傍らで、リツコの命令と共に新たな命を吹き込まれた巨人がゆっくりと動き始める。
『エヴァの起動は始まったようだな。あとは輸送船から電源ケーブルを繋ぐだけか。それだけの時間、稼いで見せよう』
「艦長・・・・申し訳ないです・・・・私たちのために・・・・」
 トランシーバーを受け取ったリツコが、沈痛な面もちでそう話す。  
『赤木博士か。別の機会に夕食を、といったが、どうやら無理になってしまったな。申し訳ない』
「・・・・いえ。お帰りになりましたら、その時は葛城三佐も交えて、ご招待をお受けしますわ」
『・・・・ありがとう。感謝する』
 その艦長の語尾に、副官の報告が重なった。
『艦長、目標と<ルシタニア>の軸線上に乗りました、このままの体勢を維持します!』
『何をしている、早く脱出せんか!』
『艦の扱いにかけては艦長よりも上と自負しております。小官の方が、うまく操れますよ』
『・・・・・すまんな・・・・』 
 しばしの沈黙。
 それを破ったのは、スピーカーから流れるシンジの声だった。
『リツコさん、電源ケーブル接続します!』
 そして、トランシーバーから流れ出る副官の叫び。
『目標、本艦と衝突まであと10秒!』
『接続完了、リツコさん、出ます!』
「シンジ君、お願い!」
『あと5秒!』
「エヴァ六号機、出撃!」
『直撃、来ます!』
 ・・・・轟音、そして空電。
 それきり、トランシーバーは沈黙した。
「艦長、艦長!!」
 マコトが必死に呼びかけるが、返事はない。
 かわりに<ルシタニア>艦橋から、
『<オーバー・ザ・レインボー>、中央部爆発、足が止まりました!!』
 という報告が入る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 リツコとマコトは、それに対し沈黙をもって答えた。
 ・・・・・エヴァを守ることが今のわれわれ国連海軍の任務。ひいては私の存在意義なのだ。
 艦長の言葉を、リツコは思い返していた。
 存在意義・・・・。

 
 


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