「なに、それは本当か?」
 冬月は、電話回線を通じてもたらされた報告に愕然としていた。
「・・・・分かった。至急、作戦要員を会議室に集めてくれ」
 受話器を置く手が、少し震えている。
「どうした、冬月」
 ゲンドウが、司令室の椅子に腰掛けたまま、冬月を見上げる。
 卓上の脇に立った冬月は、その問いに短く答えた。
「東南アジアの各支部が、壊滅状態だそうだ」
「・・・・」
  
  
  

And live in the world forever

 第2話:途切れた糸




  
「では、報告を」
「はい」
 クリップボードを手に持った青葉シゲルが、緊張した面もちでその内容を読み上げていった。
「本日、日本時間0830時、大連の北中国支部が原因不明の爆発事故により消滅。
 同0835時、廈門の南中国支部が同じく原因不明の爆発事故で消滅。
 0842時、ハノイのインドシナ支部が消滅。
 0846時、マニラ支部、消滅。
 0852時、ジャカルタの東南アジア支部、消滅。
 0857時、キャンベラのオーストラリア支部、消滅」
「30分あまりで連続して6つの支部が壊滅か。明らかに事故ではないな」
 そんな冬月の指摘に、
「MAGIは、全会一致で使徒による攻撃と判断しています」
 赤木リツコが横から口を挟む。
「アメリカ支部と同様、ディラックの海を持つ使徒もしくは使徒と類似の存在が、これには関わっているものと」
「使徒が・・・・ここ以外の支部を攻撃?」
 小さくそう呟くのは、ミサト。
「現在残存する西太平洋の支部は、ここネルフ本部をのぞいて・・・・シンガポールの極東支部、ハバロフスクの極東ロシア支部、および沖縄支部のみです」
「まずいわね・・・・ヨーロッパ各支部との連絡ルートが、本部〜沖縄〜シンガポールのラインに限定されてしまったわ」
「この先沖縄・シンガポールのどちらかを断たれれば、情報、物資の供給に多大な損失だわ」
 リツコが、眼鏡をずりあげながら苦々しげに呟く。
「しかし、現時点で初号機をこの本部から沖縄・シンガポールの防衛に回すわけにはいかない。ここを叩かれれば一巻の終わりだ」
「では、あちらの支部の防衛は放棄すると?」
 それが、委員会の狙いだろうな。
 冬月は誰にも聞こえないように小さく呟くと、ミサトに向き直った。
「無理な命令とは思うが、作戦課の方で至急、対策案を検討してくれ。使えるものは何を使ってもかまわん。司令の許可は、おりている」
「・・・・了解、しました。しかし・・・・委員会の動向が不穏なこの時に・・・・」
 エヴァの無断凍結解除に関し、委員会は何も言ってこなかった。それが、かえってミサトにとっては不気味でもあった。
 あの、権威意識に凝り固まった委員会が、我々の独断に文句を付けてこないとは・・・・。
「ああ、委員会にも、作戦については内密に。計画立案にも、信用のおける職員のみを使ってくれ。内通者には、注意してもし足りん」
「はい。・・・・しかし、仲間を疑わなければならないなんて・・・・」
 ミサトはそうぼやくと、きびすを返して会議室をでていった。マコトがそれに続き、青葉、マヤ、リツコも順次部屋をでていく。
 と、
「赤木博士」
 冬月が、リツコを呼び止めた。
「・・・・なんでしょう?」
「ハバロフスクの状況は?」
「表面上、平穏です」
「使徒との関わりは?」
「支部職員から、使徒に関する情報は得られていません。同様に、物的証拠も」
「そうか・・・・」
「しかし、今回の使徒は明らかにハバロフスクからのものです。今までの太平洋側からの侵攻に比べ、今回の日本海側からの襲来・・・・ほぼ、間違いないでしょう」
「まあな・・・・以後の捜査、引き続き、頼む」
「はい。了解しました」
 リツコは淡々と答えると、冬月に背を向けて部屋をでていった。
「証拠か・・・・そんなものが簡単に上がれば、我々ももっと楽なのだがな・・・・」
 そんな冬月のつぶやきを、聞いたものはいない。
  
「『廃物』はあと何体残っている」
「7体。全てが、今すぐにでも出せる」
「ますはシンガポールだ。肝心なところを叩ききれずに消滅するとは・・・・」
「あれまさに『ゴミ』だったな」
「ネルフ本部に差し向けた1体と同様にな」
「今度からは複数で出すか」
「全てを一気に出すか?」
「いや、時間稼ぎはまだ必要だ。しばらくは1体でよかろう」
「エヴァシリーズの状況は」
「六号機はインド洋上を日本へ向かっている。あれは抑えるのに失敗した。しかし、残りは全て我らの手の内にある」
「8体のエヴァか・・・・しかし、パイロットがおらんぞ」
「適格者は全てあちらに回したからな」
「ダミープラグを使えばよい。そもそも、エヴァすら我らにとっては使い捨てにすぎん」
「神の御使い・・・・神の子か」
「我らの手にうちに、神の子が在る限り」
「そう、我らの手の内に神の子が」
「そしてそれを要する我らは」
「我らは」
「神」
「そう、神となるのだ」
   
 今日も、シンジはアスカの病室に来ていた。
 「使徒」襲来から2週間。アスカの反応は少しばかり、よいものとなっていた。
 今まで全く無反応であったのが、あの日を境に少しではあるが反応するようになったのだ。
 といっても、こちらからリアクションをしない限り反応が帰ってこないこと、そして話をしないという点は以前と同じだが。
 あの日、アスカが涙を流していたことをシンジは知らない。ただ無邪気に、アスカの病状がよくなったものと喜んでいた。そして、また毎日のようにお弁当を持って来ているのである。
「はい、今日もお弁当。食べるよね」
 そう言って、シンジはアスカに箸を手渡そうとする。しかし、それをアスカは受けとろうとはしない。
「・・・・また、僕に食べさせろって言うの?」
 無言の反応。それも、いつものこと。シンジはしょうがないな、と苦笑いを浮かべながら、箸と弁当箱を手にアスカの傍らに座った。
 おかずを一品箸に取り、アスカの口元へと運ぶ。
「はい、口をあけて・・・・」
 やさしげにそう言い、アスカが口をあけるのを待つ。しばしの後、緩慢ながらアスカが口をあける。そこに、シンジは壊れ物を扱うかのように慎重に、おかずを持っていく。
「・・・・どう、おいしい?」
 アスカは口を動かしている。しかし、返事はない。
「・・・・アスカ・・・・せめて、何か話をしようよ・・・・」
「・・・・・・」
「いつまでも一人の殻に閉じこもって・・・・何が、アスカをそうさせているの・・・・? エヴァに乗れなくなったから・・・・? 使徒に・・・・負けたから・・・・? なんなの? アスカ・・・・」
「・・・・・・」
「僕じゃ何もできないかもしれないけど・・・・それでも・・・・アスカ・・・・話をしようよ・・・・いいたいことを・・・・言ってみてよ・・・・」
 シンジは、箸を動かす手を休めて、そう話しかけた。
 沈痛な面もち。
 しかし、返事はない。
「アスカ・・・・僕に、心を開いてくれないの・・・?」
「・・・・・・」
「僕じゃだめなの? 僕の心に、アスカは繋がっていないの?」
「・・・・・・」
「アスカ・・・・」
「・・・・・・」
 プルルルルッ。
 と、シンジの携帯が乾いた呼び出し音をたてた。
「・・・・もしもし」
『あ、シンちゃん? ミサトよ』
「・・・・また、出撃ですか?」
『ええ、悪いけど、すぐに本部まで来てくれる? 今度はちょっと長くなりそうなの・・・・』
「長く?」
『ええ。二日か三日・・・・もっと、かかるかもしれない』
「・・・・・・」
『アスカのこともあるけど・・・・悪いわね・・・・』
「・・・・いえ、わかりました。すぐに、行きます」
『じゃ、よろしく』
 ミサトからの電話を切って、シンジは再びアスカに向き直った。
「・・・・また、行かなきゃいけないね。アスカ」
「・・・・・」
「前の時は、僕が帰ってきたら経過がよくなっていたね。今度も、そうあってほしいな・・・・」
「・・・・・」
「あ、いや、そんなことはいいや。とにかく、アスカ。はやくよくなってね」
 シンジは弁当箱を片づけると、名残惜しげに立ち上がった。
「それじゃ・・・・行って来るよ、アスカ」
 バタン。
 扉が、しめられた。
 そしてしばし・・・・。
「・・・・・・シンジ・・・・・」
 アスカの小さな、小さなつぶやきが、こぼれでた。
  
「シンガポール防衛にシンジ君をまわすというのかね?」
 冬月はミサトの作戦内容に驚きの声をあげた。
「そうです。防衛の優先順位を、シンガポール、沖縄の順におきます。最優先のシンガポールを守るために、シンジ君とインド洋を輸送中の六号機を使います」
「しかしそれでは、ここの防衛がおろそかになるぞ。パイロットが一人もいなくなるではないか」
「欺瞞工作は徹底的にやります。初号機がここに存在していることを示していれば、委員会といえども行動には出ないでしょう。使徒については・・・・レイに弐号機に乗ってもらうしかないでしょう。起動する可能性は非常に低いですが・・・・仕方ありません」
「レイを六号機の向かえに行かせるわけにはいかないのか?」
「・・・・残念ながら、レイを第3新東京市から離すことについては、司令の許可がおりませんでした。当初の計画では、レイを行かせる予定でしたが・・・・なにしろ、六号機はレイのために用意した新しい機体ですし・・・・」
「ふむ・・・・そうだな・・・・」
 しばし考えるように冬月は瞳を閉じる。
 レイをここから離すわけにはいかない・・・・それは、確かだな・・・・。
「・・・・よかろう。作戦を許可する。葛城三佐、直ちに、かかってくれ」
「了解しました。しかし・・・これでシンガポールに使徒が出てこなければ、取り越し苦労なんですけどね・・・・」
「いいや、使徒は、出てくるよ」
 委員会は、何としてもこのネルフ本部の孤立化を計るつもりだ。そのために、シンガポールはつぶすべき存在だからな。
 冬月の内心の思いは、しかし声には出ることはない。
   
「じゃあ、シンガポールで受け取った六号機に、僕が乗るんですか?」
「そうよ」
 シンジの驚きに、ミサトは淡々とした様子で答えた。
「でも・・・動くんですか? いきなり別のエヴァに乗って」
「六号機はレイの専用機になるはずなんだけど、パーソナルデータはまだまっさらなの。だから、データを入力すればシンジ君でも十分動くわ。それに、シンジ君はいきなりの戦いで初号機を動かしたじゃない」
「・・・・はあ・・・・」
「とりあえず、これがいまできる最善の方法なのよ。現在、速急にシンガポール以外でのヨーロッパとの連絡ルートを構築中だから、それが完成するまでの三日間、シンジ君にはシンガポールに滞在してもらうわ」
「・・・・アスカのことは・・・・」
 シンジは、いま彼が一番気にしている人物の名をあげた。
「アスカについては、こっちでしっかりと面倒を見てもらうように頼んであるわ。大丈夫、心配するようなことは、なにもないわよ」
「・・・・僕が、側にいてあげたいんですけどね・・・・仕方ないですか」
「悪いけど、シンジ君」
「・・・・わかりました。とりあえず、早くこっちに帰れるように、お願いしますね」
「ええ、わかったわ」
 シンジは小さく頭を振ると、手渡された書類に視線を落とした。
 赤い表紙には、『六号機操作マニュアル』と書かれていた。



続きを読む
前に戻る
上のぺえじへ