「報告書を読んだ」
「第20次中間報告か」
「明らかに、碇は我らの意図と異なる方向を歩んでいる」
「補完計画は、すでに我らの手を離れた。あれは、碇の意志によって動く物になっている」
「どうする。NERVをあるべき姿に戻さねば、我らの計画は破綻するぞ」
「あれらを使うか」
「しかしそれでは、死海文書の記述を無視することになる。今までの我らの労苦はどうなるのだ」
「計画の修正が最優先事項だ。あれを使ったところで、情報を操作すればどうとでもなる。それに、廃物は処理せねばなるまい」
「やるつもりか」
「当たり前だ。我らの目標はただ一つ」
「世界を」
「そう、世界を」
「我が手に」
And live in the world forever
第1話:偽りの和は破れたり
「委員会の反応はどうだ」
NERV司令公室。冬月は緊張した面もちで、そう問いただした。
「問題はない。老人たちはあわてているが、それも計算のうちだよ」
碇ゲンドウは小さな笑いを浮かべると、傍らに置かれた書類を手にとった。
『人類補完計画第20次中間報告』
「こんなものを作ってまで老人たちを挑発したのだ。反応を示してもらわねば困る」
「・・・・いいのか、碇よ」
「何がだ」
「これから我々が歩もうとする道は、老人たちの計画とも、おまえのもくろみとも違う新たな道となる。それで、かまわないのかと聞いているのだ」
「・・・・誤りは、正されねばならない。わたしの計画が間違ったものならば、それは修正すべき物なのだよ」
「・・・・ずいぶん、丸くなったものだな。昔のおまえならば、現実をこそ計画に適合させようとしたはずなのに」
「時と共に、人はかわりゆくものなのだよ。それを教えてくれたのは・・・・・」
「・・・・ああ、そうだな・・・・」
冬月は小さくうなずくと、きびすを返して出口へと向かう。
閉じられる扉の隙間から振り返った彼の視界には、いつものように両手を組んで椅子に座るゲンドウの姿があった。
NERV本部直轄病棟、第303号病室。
碇シンジは、今日もここにいた。
むろん理由は、部屋の主の様子を見るためにである。
毎日毎日。彼はこの部屋に通い詰めていた。
「アスカ・・・・」
部屋の主は、焦点の定まらない瞳で天井を眺めていた。
惣流・アスカ・ラングレー。
セカンドチルドレンであり、シンジの同居人。そして、戦いの中で精神を破壊された少女。
「今日も、食べてくれないんだね・・・・」
いつものように持ってきたお弁当。それに手を付けようともしないアスカに、シンジは落胆の表情を浮かべた。
最後の使徒、渚カヲルの死からすでに2週間あまり。アスカがこの病院に入院してから、すでに一月以上が経過している。その間、シンジは毎日のようにここに来ているが、アスカの反応は決してかんばしいものではなかった。
どうすれば、彼女を救えるのだろうか。
自分に出来ることは、なんなのだろうか。
シンジは、アスカの姿をじっと見つめながら、心の中でそう考える。
「アスカ・・・・帰ってきてよ・・・・僕たちの所へ・・・・僕たちの場所へ・・・・」
やせ細った腕をとり、シンジはそこに顔をうずめた。
「お願いだから、僕たちの場所へ・・・・」
「エヴァの解凍作業・・・・ですか!」
葛城ミサトは、その命令に驚愕していた。
「そうだ。直ちに取りかかってくれ」
冬月は、そんなミサトの反応に無表情に答える。
「しかし・・・・エヴァの凍結は委員会の絶対命令なのではないですか」
そう質問したのは、赤木リツコである。
「これは司令の命令なのだ。・・・・ここだけの話だが、使徒に関する情報が入った。どうも、近日中にここを攻撃しようとしているらしいのだ」
「使徒!!」
「・・・・それは、どういうことなのですか?」
「わたしも詳しいことは知らない。碇があるルートから仕入れた情報らしい。委員会はこの件について情報を持っているらしいのだが、沈黙を守っている・・・・実は、委員会にも不穏な動きがあってな。どうも我々ネルフの権限を剥奪しようとしているらしい」
「なぜ、委員会が我々を?」
「それはわからん」
冬月は内心で自嘲気味に呟いた。何が知らないだ。すべてを進めているのは、わたしなのではないか。
「・・・・では、どういった手段で?」
「それも、不明なのだよ、葛城三佐」
「それではエヴァの解凍作業は・・・・」
「委員会が使徒に関して何も言わない以上、あらゆる状況へ対応しうるように我々の独断で、だよ。・・・・赤木博士。エヴァの解凍にはどれくらいの時間を要するか?」
「初号機の完全解凍にはおよそ15時間。とりあえず動く状況ならば、10時間で可能ですわ。しかし・・・・弐号機は・・・・パイロットがいませんが・・・・」
頭の中で素早く計算をしながら、リツコは抱いていた疑問を口にした。エヴァは、乗るべきパイロットがいないとその力が発揮できないのではないのか。
リツコの言葉に、ミサトも同様の反応を示す。
「そうね・・・・アスカはまだあんな状況だし・・・・鈴原君は、未だにエヴァに乗るつもりはないって・・・・」
「現在参号機は修復しているけど、予算の無駄かしらね」
「いや、パイロットがいなくても、ダミー程度にはなる。初号機を最優先で、弐号機も進めてくれ。急ぎでな、赤木博士」
「・・・・承知、しました」
「・・・・シンジ君にも、召集をかけますか?」
ミサトは、おそるおそるそう問いかけた。
シンジが毎日のようにアスカの元に通っていることは、ミサトも知っている。
できれば、ぎりぎりまでシンジの邪魔をしたくない。不確定要素で彼をNERV本部に拘束することは、シンジにとっても、アスカにとってもいいことであるはずはない。そう思ったのだ。
「いや、今はいい。何らかの手段を持って攻撃してくるとしても、エヴァを必要とするほどの相手であるならば確定してから召集をかけても遅くはない。監視がついていれば、どこにいるかは一目瞭然なのだからな」
「・・・・そうですね」
ミサトは最大限の譲歩を引き出せたことに、安堵のため息をついた。
「では、エヴァの解凍作業及び、第3新東京市の残存地域の第2種警戒体制への移行。とりあえずはそんなところでいいですね、副司令」
「ああ、それで頼む。葛城三佐、赤木博士」
プルルルルッ。
卓上に置かれた電話が、無機質な音をたてた。
「私だ」
「どうも、お久しぶりですね」
「ああ、君か。どうだね、向こうの状況は」
「12時間後です」
「予想より早いな」
「攪乱はしています。それでも、それが精一杯です」
「そうか」
「よろしく、お願いします」
「引き続き、頼む」
「了解しました。では」
プルルルルッ。
懐の携帯電話が、呼び出し音を告げた。
「・・・・はい、もしもし」
「あ、シンジ君?」
「ミサトさんですか?」
「そう。・・・・あのね・・・・悪いんだけど・・・・いますぐ、NERV本部まで来て欲しいのよ。速急に」
「え?」
「新たな使徒が、来るわ」
「・・・・使徒ですか?」
「国連軍からの情報提供で、第3新東京市への到達は8時間だそうよ」
「でも・・・・エヴァは・・・・」
「エヴァは現在急ピッチで解凍作業中よ。その・・・・あんな事があった後で・・・・またシンジ君を乗せるのはなんだけど・・・・」
「・・・・・」
「レイはもう初号機には乗れないし。トウジ君は・・・・。それに、アスカも・・・・」
アスカ・・・・。
シンジは、傍らのベッドに横たわる少女をはっと振り返った。
相変わらず、アスカは無表情のまま横たわっている。
やせ細り、無気力な表情のアスカ。
「アスカ・・・・」
シンジはその姿をみつめる。
使徒が来る・・・・僕が、僕がアスカを守らないで・・・・誰が、守るんだ。
みんなを守るなんて、大きなことは言わない。
僕の・・・・僕の好きな人を・・・・守るために。
そう。そのための手段が、あるならば。
カヲル君の時のような思いはしたくない。もう、僕の好きな人が死ぬのを、みたくはない。
「・・・・分かりました。すぐに、行きます」
「シンジ君・・・・」
「仕方なく乗るんじゃありません。僕は、僕の意志でえらんだんです」
「・・・・ありがとう」
「じゃ、本部で」
「ええ、待ってるわ」
ブツッ。
電話をきり、シンジはアスカの傍らに膝をついた。
「アスカ・・・・僕は行くよ。自分のできることをするために、僕は行くよ」
そして、自分の右手をアスカのそれに重ねる。
「怖くないわけじゃない。いや、本当は怖い。 僕の好きな人を守ることができるかどうか、わからないから。また、悲しい思いをするかもしれないから」
身体のふるえを抑えるように、シンジはぎゅっと、アスカの手を握る。
「だから。ほんの少しでいい。僕に、勇気をちょうだい。以前みたいに、僕の背中を、押して欲しい。お願いだよ、アスカ」
ゆっくりとアスカの手を持ち上げ、シンジはそこにほんのわずか、触れるか触れない程度に口づけをした。
「・・・・行って、来るよ」
立ち上がったシンジは、微笑みをアスカに向けると、扉を開けて出ていった。
・・・・・・部屋に静寂が戻ってしばらくして。
アスカの頬を、一筋の涙が伝った。
「パターン青、MAGIは目標を使徒と認定」
「第18使徒は新潟方面より上陸、現在第3新東京市に向けて侵攻中」
「第三護衛艦隊群より入電。『該当目標ヘ攻撃スルモソノ損害ハ軽微。我ガ艦隊ノ被害甚大ニテ撤退ス』」
「国連軍より通信『航空部隊ノ展開準備ヨシ』」
「そのまま待機せよと返信」
「冬月、どうみる」
ゲンドウは、傍らに立つ冬月へそう尋ねた。
「今のところ、従来の使徒の侵攻パターンと変わらないな」
「エヴァの解凍作業の進行状況は」
コンソールと向き合っているリツコは、それにてきぱきと答える。
「現在、所定の65パーセントをクリア。残り行程は3時間」
「1時間で完了したまえ。とりあえず動けばいい」
「分かりました。マヤ、急いでね」
『はい、先輩』
スクリーンの向こうから、現場で指示をとっている伊吹マヤが返事を返す。
「パイロットはどうなっている」
冬月が、各部署との連絡をとっている青葉シゲルに問いかける。
「2時間前に収容。現在待機中」
「ふむ、今のところ、問題はないようだな」
冬月が、そう安堵のためいきを漏らす。
「さて、どうなる事やら」
「いい、シンジ君。ほかのエヴァ及び通常兵器は目標の注意を逸らすためだけのものだから、あくまで最後にしとめるのは初号機よ」
「はい」
「分かっているだろうけど、シンジ君が失敗すれば、もう後はないの」
「分かっています。僕は、もう迷いません」
「・・・・また、つらい思いをさせるわね」
「いえ、大丈夫ですよ」
深刻そうな表情のミサトに、シンジは笑みを返した。
「いまは、戦うための目的がありますから。他人に命令されるのではなく、自分のために、僕はエヴァに乗ります」
「・・・・強く、なったわね」
「いえ、僕はまだ、弱いですよ」
「・・・・そう。とにかく、がんばって」
「ありがとうございます」
「さあ、行くわよ」
「はい」
ミサトに続いて、シンジはパイロットの待機所を出ていった。
「目標を映像で捕捉。メインスクリーンに回します」
「・・・・第三使徒に酷似しているな」
使徒の姿をみての、それが冬月の感想だった。
「失敗作だろう。あれほどの強さはないはずだ」
「まあ、な」
ゲンドウの冷静な反応に、冬月は小さくうなずく。
「あんなものまでひっぱりだすとは、委員会も相当焦っている証拠だよ」
「おそらくは、こちらの出方をみるためと、時間稼ぎだな。本番までの」
「ああ」
「出すか?」
「ああ。エヴァ弐号機射出、続いて、初号機を射出せよ」
ゲンドウは微動だにしない姿勢のまま、そう命じた。
「了解。エヴァ各機、発進します」
日向マコトがそう答え、数秒後、第3新東京市の外れにに見慣れたエヴァの姿が現れた。同時に、零号機の爆発から残存した各所兵装ビルから弾幕が展開される。
使徒がそれらに気をとられている隙に。
使徒の背後に出現した初号機が、ぎこちない動きでポジトロンライフルを斉射。
その一発が使徒のコアを貫き・・・・
目標は、消滅した。
「まあ、こんなものだな」
冬月が、無感動にそう評する。
「しかし、これで委員会の意志は明確になった。明らかに、我々をつぶそうとしている」
ゲンドウは、冬月にだけ聞こえる声でそう述べる。冬月もそれにうなずきを返し、
「・・・・そして、アダムの奪取か」
「そうだ。彼らの言う人類の補完に、アダムは必要な要素だからな」
「我々の計画には・・・・」
「アダムは、彼らとの戦いに必要なのだよ。今はな」
「・・・・また、息子に嫌われるぞ」
「かまわん。私一人が、全てを負えばいいのだ」
「・・・・・・」
冬月は、その声に答えることはなかった。かわりに、
「警戒体制解除。エヴァ各機の収容、急げ」
そう、命じた。
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