遥かなる空の向こうに

第11話:幸せという名の時間



「さーって、食べるわよー!!」
 ミサトの元気な声と共に、全員が席についた。
「今日も元気だびーりゅがうまい!!」
「ミサトさん・・・・すでにろれつ、まわってないんですけど・・・・」
 シンジがひきつった笑みを浮かべながら、茶碗にご飯をよそってわたす。
「あっはっは、気にしない気にしない! さ、みんな食べましょ!」
 そういって、ミサトは傍らのペンペンに魚をあげはじめた。
「じゃ、アタシたちも食べましょ」
 アスカはそう言ってシンジから茶碗を受け取る。
「ありがとう、碇くん」
 レイは茶碗を受け取りながらそう礼を述べる。
「いや、気にしないでよ、綾波。じゃ、いただきます」
 シンジは箸を手に取ると、そう挨拶しておかずに手を付け始めた。
「うん、シンジの料理はいつもおいしいわね!!」
 豚の角煮をつつきながら、アスカがにこにこと笑みを浮かべている。
「どうやったらこんなにうまくできるのかしらね、レイ」
「・・・碇くんが、わたしたちのために作ってくれるから・・・かな・・・・」
 レイが、揚げ豆腐を口に運び、そう呟いた。
「そんな、綾波もアスカも・・・・」
 シンジが、照れながら笑いを返した。
「でもシンちゃんの料理って、本当においしいからね〜。レイの言うとおり、わたしたちのために作ってくれるからかな〜、あ、いや、わたしは別ね。シンちゃんのお相手はアスカとレイだから〜」
「ミ、ミ、ミサトさん!!」
「な、なに言ってんのよミサト!! 飲み過ぎじゃないの!」
「・・・・・・」
 ビールを驚くほどのペースで空け続けるミサトの一言に、3人は顔を赤くしながら反応を返す。
 そしてそれぞれがそれぞれの様子を見つめ・・・。
「あ、ははははっ!!」
「うふふふっ!!」
 しばしの後、全員が高らかに笑い声をあげた。
「みんなして、なにミサトさんの言葉にそんなに反応してるんだろうね」
「まったくよ、酔っぱらいの戯言だって言うのに」
「まあ、これがミサトさんらしいといえばらしいんだけどね」
 そう言って、シンジは空になった缶ビールをゴミ箱に捨てに行く。
「でも、もうちょっとお酒、ひかえてくれればいいのにね、ミサトったら」
 アスカはそう呟きながら、里芋を一口、ぱくりとほおばる。
「そういえばさ、シンジって何で、こういう家庭料理が得意なの? やっぱり、おばさんに教えてもらったから?」
「・・・・え、どういうこと?」
「だってさ」
 煮物を一つ、箸でつまんでアスカはそれを見せる。
「こういう料理ってさ、はっきり言ってアタシたちが好んで食べる物じゃないじゃない。なんていうか、ハンバーグとか、オムレツとか、そういう洋食のほうが、14歳なら好きでしょ? だから、なんでかな、って」
「うーん・・・・いちおうそういう洋食系統も作れるんだけどね」
 シンジは席に戻ると、コップのお茶を一口飲んだ。
「ホント言うと、たしかに和食って、あまり得意じゃないんだ。でも、綾波のことを考えると、肉主体の洋食はあまり出さない方がいいかな、って。それに和食も結構作ってて楽しいから、さ」
「碇くん・・・・わたしのために・・・・ありがとう・・・・」
 レイは、シンジのその言葉を聞いてうれしかった。
 自分のために、シンジがメニューを選んでくれていることに。
 自分のことを、考えてくれていることに。
「あ、うん、そんなことぐらい、当然だよ。・・・・でもアスカ、やっぱり洋食のほうが、いい?」
「いや、そんなことはないわよ。シンジの料理はいつもおいしく食べられるし、和食っていろんな味があるから、毎回新しい味を知ることができるしね。・・・・でも、ちょっとわがまま言うと、たまには和食じゃない別のも食べてみたいかな・・・・って」
 アスカは消え入りそうな声でそう言う。
「っていうか、その、シンジに作り方を教えてもらって、アタシも作ってみたいから」
「・・・・碇くん。わたしにも、いろんな料理を教えてくれれば、手伝えるから・・・・」
 アスカとレイは互いを見て、にこっと笑いあった。
「ねえシンジ、アタシたち、もっと料理覚えるからさ、いっぱい教えてね!」
「お願い、碇くん・・・・」
「あ、うん。わかったよ。二人とも、ありがとう」
 シンジはにこりと笑い、そして思い出したように手を打つ。
「そうそう、じゃあ、明後日のパーティで何か、二人に作ってもらおうかな」
「パーティ?」
「うん、洞木さんの退院祝いをここでやろうって、きょうトウジたちと話をしていたんだ。で、料理を作ってみんなでわいわい騒ごうと思って」
「あ、それいいわね!」
 アスカは笑いを浮かべると、傍らのレイに視線を向ける。
「ね、レイ、明日シンジに一品なにか教わってさ、それを作ってみんなに食べてもらわない?」
「・・・・うん。そうね。でも、わたしたちに、できるかしら・・・・」
「綾波もアスカも、だいじょうぶだよ。結構簡単に作れる料理もあるし、二人とも素質がいいから、ぜったいみんな、喜んでくれるって!」
「ほんと? 素質がいいって?」
 その言葉に、アスカが飛びつかんばかりの声でシンジに尋ねた。
「もちろんほんとだよ。だって二人とも、熱意はあるし、器用だし。僕が保証するって」
「ありがと、シンジ!」
 ぎゅっと、アスカはシンジの手を握りしめてそう笑った。一方レイは、
「・・・・・ありがとう・・・・」
 シンジの言葉に、もじもじと下を向いてしまっている。
「じゃあさ、明日、学校が終わったら材料とか色々買い物に行くんだけど・・・・二人とも、行く?」
「もちろんよ!!」
「うん・・・・行くわ・・・・」
 二人それぞれの反応。
「じゃ、結構いっぱい買い物するから、街中のほうに行こうね」 
 そう、考えるように呟き・・・・
「・・・・そうそう、綾波のエプロンも買わないといけないし」
 以前の約束を思い出して、シンジはそう言った。
「エプロン?」
 それを聞いて、アスカが不思議そうに問いかけてくる。
「ああ、綾波の今使ってるエプロンは僕の前の奴だから、新しいのを一枚、買いに行こうねって約束したんだ」
「・・・・アタシのは、ないの?」
「え・・・・?」
「アタシも持ってないのよ、エプロンなんて」
「あ・・・・」
 そう言えば、とシンジは思いだした。
 料理をしていないアスカが、自分のエプロンを持っているはずがない。前に料理の手伝いをしたときも、たしかエプロンを付けていなかった。
「・・・・そうだね、確か、アスカも持ってなかったんだよね。それじゃあ、明日は二人のエプロンも一緒に買いに行こう」
「もっちろん、シンジが選んでくれるんでしょ?」
 シンジの言葉ににこにこと笑いながら、アスカはそう尋ね返した。
「ぼ、僕が? 僕のセンスって、あんまりよくないけど・・・・」
「アンタバカ? センスの問題じゃなくて、アタシたちにプレゼントしてくれる物を、シンジが選ばななくてどうするっていうのよ!!」
「・・・・いつの間に、プレゼントになったんだろう・・・・」
「細かいことは言いっこなし! シンジはアタシとレイに、エプロンをプレゼントする! これで決まりよ!」
「・・・・全く、アスカはいつも強引なんだから・・・・」
 そうぼやきながらも、シンジの顔は笑っていた。
 こういう雰囲気って、なんか・・・・うまく言えないけど、なんかいいなぁ・・・・。
 内心で、そう思いながら。
 アスカは。
  なんだろう。いままで、こういう話を素直に出来なかったのに・・・・なんか、これからうまくやっていけそうな気がする。理由は分からないけど・・・・こういう、幸せな気分を、今までにない、幸せな気分を・・・・。
 ごはんを口に運びながら、そう考えていた。
 そして、レイは。
 今まで、こんな気持ちいいことを、知らなかった。知ることもなかった。
 初めての気持ち。
 幸せって、こういうこと?
 これからも、続いていくの? こういう気分。
 ・・・・そうだとしたら、うれしい・・・・。
 うつむきながら、この雰囲気をじっくりとかみしめていた。
 穏やかな時間。
 幸せという名の、この時間を・・・・。



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