遥かなる空の向こうに
第8話:告白
「レイが倒れたって、ホント?」
「ええ」
「・・・・やっぱり、普通の生活は無理なのかしら」
「無理って・・・」
「病院に移さなきゃ、いけないのかもしれない」
「ダメよ! レイが今の生活を望んだんでしょ! それを奪って、病室に閉じこめるって言うの! 絶対にダメよ! それは・・・・」
「・・・・アスカ・・・・」
「病室の寂しさは、アタシが、一番よく知っているから・・・・」
「・・・・そうね・・・・ごめんなさい。こんな事言って、私が悪かったわ」
「レイの様子は、アタシがちゃんと見てるから。だから・・・・」
「わかったわ。アスカ。辛いことだけど・・・・よろしく、頼むわね」
「・・・・うん・・・・」
「おや、今日は惣流と綾波は休みか?」
学校に来たシンジが一人なのを見て、トウジはそう尋ねた。
「あ、ちょっと綾波の調子が悪くてね。今日はアスカが、面倒を見てるんだ」
「綾波が?」
ケンスケが、カメラを手に持ったままそう問いかける。
「昨日は元気だったじゃないか」
「いや、昨日の夜ね」
そう言って、シンジは手短に説明する。
「・・・・というわけで、まだ今朝になっても調子が悪くてね。大事を取って、今日は休むことにしたんだ」
「へぇー。こう言うのもなんだけど、綾波って怪我ならともかく、病気で学校休むようには見えないのに」
「うん・・・・だから、大事を取って、ってわけで」
「なるほどなぁ。しかし、惣流もけっこうええとこあるやんか。綾波の面倒見るやなんで」
「ホントは僕がやろうか、っていったんだけどね。アスカがどうしても、っていうから」
「そいつはめずらしい。今日は雨やな」
「槍が振るかもよ。前みたいに」
「・・・・トウジ、ケンスケ・・・・」
シンジが、笑いをこらえている二人にあきれたような顔で言う。
「冗談や、冗談。・・・・ところでなぁ、シンジ・・・・」
「ん?」
「その、なんや、昨日も言うとったけど、いいんちょーの退院、今週の半ばなんや。それでな、その・・・・」
「退院祝いをやろうって言うんだ、トウジがね」
いいにくそうなトウジに変わって、ケンスケが横から口を挟む。
「べ、別に特に何てわけやないけどな、その、いいんちょーも今まで病院で寂しかったやろ、とおもて、それでな・・・・シンジのトコでやろか思うんやけど・・・・」
「トウジはいいんちょーにやさしいからなーまったく」
「なんやケンスケ、その言いぐさは!!」
「別になんでもないって、はははっ」
ケンスケは笑いながら、トウジから逃げるように自分の机に戻っていった。
「・・・・まったく、ケンスケの奴、何考えとんのや・・・・で、その、どうや、シンジ?」
逃げていったケンスケを軽くにらみ付けてから、トウジはシンジにそう言って向き直る。
いつもの闊達さとは裏腹に、どこか照れた表情のトウジ。シンジはそんなトウジが、なぜだかかっこいい、そう思えた。
「うん、それは僕も大賛成だよ。それに、うちが一番そういうことには適した場所だしね。アスカと綾波には、僕が話しておくから」
「・・・・ありがとな、シンジ」
トウジが、そう言って笑った。
がらがらがら。
と、扉を開けて先生が入ってくる。
「ほな、くわしいことは後でな」
トウジはそう言って自分の席へ戻っていく。
「じゃあ、料理も何か考えないとな・・・・何がいいかなぁ・・・・」
どこかうきうきした気分で、シンジはそう考えながら席へとついた。
こん、こん。
「・・・・レイ、目、さめた?」
アスカが、薬と水ののったお盆を持って部屋に入ってきた。
「うん・・・・」
ベッドに横たわっていたレイは、ゆっくりと起きあがろうとする。アスカはそれを制して、
「寝てなさいって。まだ身体に痛み、少し残ってるんでしょ? リツコに持ってきてもらった薬でも飲んで、今日はゆっくりやすみなさい、ね」
そう言って、傍らの椅子を引き寄せてきてレイの傍らに座った。
「・・・・ありがとう・・・・」
「な、何言ってんのよ、これくらい当然じゃない。そんなんでお礼なんか言われたら、こっちが困るわよ」
アスカは突然レイにそう言われて、心なしか恥ずかしかった。
「今まで、こういうことがなかったから・・・・わたし・・・・」
「それは、そうね・・・・でも、これからは違うわよ。アンタとは仲間だし、同じ家に住む家族みたいなもんだし。それに・・・・」
「・・・・それに?」
黙り込んでしまったアスカを、レイは不思議そうに眺めた。
アスカの顔は、心なしか上気してる。
「アンタとアタシ・・・・二人とも、シンジを取り合うライバルみたいなものでしょ・・・・」
小さな、小さな声で、アスカはようやくそう言った。
「・・・・・・・」
レイは、その言葉を聞いて黙り込んだ。
ライバル? 碇くんを取り合う、ライバル?
「・・・・この間、アンタがここに始めてきたときには、「シンジなんて!」って言っちゃったけど・・・・やっぱり、自分の心って偽れないのね・・・・。アタシ、気づいたのよ。やっぱり、アタシはシンジを見ている。シンジしか、見ていない。シンジに、アタシを見てもらいたい、ってね」
「・・・・アスカ・・・・」
「何でそう思うようになったのかしらね、あんなさえない男の子に」
「・・・・碇くんは、やさしいし・・・・強いから・・・・」
「うん・・・・それもあるわ。でも、それ以上に、アタシはシンジが強くなっていく、その過程を見て、惹かれたのかもしれない」
「・・・・過程?」
「そう。最初シンジを見たとき、さえない男の子だって思った。思ったし、事実そうだったのかもしれない。でもその後、何度も何度も、アタシはシンジが苦境を克服していくのを見たの。それだけじゃない。アタシの苦悩も、一緒になって克服してくれた。今までのアタシは、一人で生きていけると思っていた・・・・でも、シンジは、一人ではなく、周りの人と一緒に、強くなっていった・・・・」
「周りの・・・・」
「人は一人では生きていけない。というか、支えあって生きていくことができる。それを、アタシはシンジから教わった。そしてアタシは、シンジと支えあって生きていきたい。強いシンジも、弱いシンジも、ひっくるめて一緒に生きていきたい。そう、思うようになったのね・・・・」
アスカは、自分がこんな事を話していることに少なからず驚いていた。
今日、シンジにレイの世話をするといった理由の一つに、ゆっくりとレイと話をしたかったから、という理由があった。シンジのことについて、話をしたかったからだ。
でも、こんな事まで話すなんて・・・・。
「・・・・で、レイ、アンタはどうなの? ホントのところ、シンジのことが好きだっていうことに気づいた?」
アスカの言葉に聞き入っていたレイは、その言葉にしばし沈黙した。
「・・・・まだ、分からないの・・・・」
「まだって、アンタ・・・・」
アスカは、その言葉にあきれたような顔をする。
そして、こう問いかけた。
「アンタ、シンジの事をずっと見ていたい?」
「・・・・うん」
「シンジに、自分のことを見ていて欲しい?」
「・・・・うん」
「シンジの側にいたい? いつも、シンジを自分の側に感じていたい?」
「・・・・うん」
「シンジがいれば、安心する?」
「・・・・うん」
「シンジがいないと、不安でしょうがない?」
「・・・・うん」
「いつでも、シンジのことを考えている?」
「・・・・うん」
「シンジと、生きていきたい?」
「・・・・うん・・・・生きて、いきたい・・・・碇くんと一緒に・・・・」
アスカはそれを聞いて、内心で嘆息した。
やっぱり・・・・。
そして、再び口を開く。
「・・・・レイ、それをね、好き、っていうのよ」
「・・・・そう、なの・・・・?」
「シンジのことしか考えられない。シンジの側にいたい。シンジに見ていてもらいたい。全部、今のアタシを同じじゃないの。他人はどうだかしらないけどね、やっぱりアンタとアタシは同じように、シンジを求めている。シンジのことが、好きなのよ」
「・・・・わたしが・・・・碇くんを・・・・求めている? ・・・・そう・・・・そうかも、しれないわね・・・・」
「じゃあ、素直に認めちゃいなさいよ。自分はシンジが好きなんだ、ってね」
「・・・・わたし、いままで「好き」っていう感情が分からなかったから・・・・」
「ふふっ、レイらしいわね、そういうのって」
小さな笑い。アスカは、レイのそんな台詞にどこかおかしみを感じた。
「でも、今、あなたに言われて・・・・なんとなくだけど・・・・分かったような気がする・・・・そう・・・・わたし、やっぱり、碇くんが好きなのね・・・・」
「そう言うこと。やっぱり、今のアタシとアンタは似たもの同士なのね」
「・・・・うん・・・・」
「ま、今は何となくしか分からなくても、これからはっきりと気づくようになるわ。アタシがいわなくても、自分で気づくようにね」
「・・・・そう・・・・かもしれないわね・・・・」
「ってことで、いっとくわね。いい、ことシンジに関しては、いくらアンタでも譲る気はないわよ! しっかりモーションかけないと、アタシがいただいちゃうからね!」
「モーション・・・・?」
きょとんとした表情で、レイはそう問い返す。それを聞いて、アスカは思わずあきれてしまった。
「ああああ! アンタってばそんなことも知らないの!! いい? しっかり自分の気持ちをシンジに行動なりなんなりでアピールしなさいってことよ!!」
アスカは、なんだか笑いをこらえるような表情でレイにそう言った。
「全く、アタシのライバルは、そんなことまで教えなくちゃいけないのかしらね・・・・アタシもホント人がいいというかなんというか・・・・ふ、ふふふっ」
小さな笑い。やがてそれは軽やかな声となって室内に広がっていく。
「あははははっ・・・・」
そして、
「うふっ、うふふっ・・・・」
いつしかレイも、その笑い声に触発されてか、小さな笑い声を上げていた。
アスカは、そんなレイの笑顔を見て、ふと思った。
そう言えば、レイの笑顔を見るのって、これが初めてね。やっぱり、この娘も、いい笑顔をしてるわ・・・・純粋で、無垢で。
天使の笑顔って、こういうのを言うのかしらね。
アタシも、こんな笑いを浮かべられるといいな・・・・シンジの前で。
「ま、とりあえず二人とも、自分の気持ちに気づいたってことで」
アスカはそう言いながら、レイに向かって手を差し出した。
「おたがいにがんばりましょうね。アタシたち。少なくともアタシたち以外の女の子に、シンジを取られないようにね」
「・・・・うん・・・・」
レイは、そんなアスカの言葉が妙にうれしかった。
わたしは今、一人じゃない。
こうして自分の気持ちを告白できる、仲間がいる。家族がいる。
一人じゃ、ない。
もう、昔のような・・・・。
「・・・・ありがとう・・・・」
レイは、恥ずかしそうにそう言うと、差し出されたアスカの手を握り返す。
カーテンごしの柔らかな陽の光の中、二人は、しばしの間そうしていたのだった・・・・。
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