遥かなる空の向こうに
第6話:支えあう姿
コチ・コチ・コチ・・・・。
時計の針がゆっくりと時を刻んでいく。
二人は、無言のままだった。
時が止まったよな感覚。互いが互いを見つめ合ったまま、しかし声を発しようとはしない。
(シンジ・・・・)
(アスカ・・・・)
何を言えばいいのか、何を話せばいいのか、二人とも言葉が見つからない。
心の中にあふれる思いは山ほどある。しかし、それを相手に伝える手段が、みつからないのだ。
コチ・コチ・コチ・・・・。
「・・・・アスカ・・・・」
やっとの事で、シンジが声をしぼり出した。しかし、その一言で声が止まってしまう。
「その・・・・あの・・・・何て言うか・・・・」
「何も、言わないで」
「・・・・アスカ」
「言いたいことがあるのも、わかるわ。でも、今は何も言わないで」
「・・・・・・」
「アタシも、言いたいことはある。でも、言葉が見つからないの。たぶん、シンジもそうなのかも知れない・・・・だから、何も言わないで」
二度目のキス。前回とは、全く違う気持ちのキス。その気持ちを伝えたい。でも、アスカはじっとそれをこらえた。
「・・・・・・」
「今は・・・・アタシの気持ちだけ知ってくれればいいから・・・・あとは・・・・まだ・・・・今は・・・・」
「・・・・うん・・・・わかった・・・・」
シンジは、そんなアスカの気持ちを察して、にっこりとほほえんだ。
「・・・さ、結構時間過ぎちゃったね。早く行かないと、みんな待ってるよ」
「うん、そうね! 早く、ごはん食べちゃいましょ」
「・・・って、僕はもう食べちゃったから・・・・アスカだけなんだけど・・・・」
「なによ、言葉のあやってやつよ!」
「あ、あっはっはっはっ!」
「う、うふふふふっ!」
二人は先ほどまでの沈黙がウソのように、軽やかな笑い声をあげていた。
そして、アスカは少し冷えてしまったパンを手にとり、口にほおばった。
「いっただきます!」
「おまたせ!」
レイたちの元に二人がやってきたのは、四〇分ほど遅れてのことだった。
「あれ、トウジは?」
そこにトウジの姿がないのを見て、シンジは不思議そうに問いかける。ケンスケは、先ほどレイに言った内容を繰り返し、シンジも納得した。
「じゃ、早く行こうよ。遅くなっちゃったから、二人とも心配してると思うし」
「さ、じゃ行くわよ!!」
アスカはさっさと一人で歩き出してしまう。シンジもそれについて行こうとしたが、レイが傍らにそっとよってきたことに気づいた。
「綾波?」
「え?」
「・・・・どうかしたの?」
「・・・・ううん、なんでもないの」
「・・・・そう・・・・なら、いいけど・・・・」
シンジは、先ほどのアスカとのことがあるので何となくどぎまぎしてしまう。レイはといえば、無意識にシンジの側によって行ったことに驚きを感じていた。
何で、碇くんの近くに行こうと思ったのかしら・・・・。
よく分からない。さっきまで、碇くんが来るのを待っていたからかしら・・・・碇くんを近くに感じると、安心するからかしら・・・・わからない・・・・。
でも、こうしていると何か・・・・。
内心でそう思いながら、レイはシンジの側について歩き出した。
「・・・・・・」
そんな様子をアスカは横目で見ながら複雑な心境だった。
そしてケンスケは、レイの姿をカメラに収めながら、歩き出したのだった。
四人が病院についたのは、結局昼食の時間にほど近い頃だった。面会の手続きをとり、病室へと向かう。
アスカを先頭に、シンジ、レイ、ケンスケと続く。
「・・・・なあ、シンジ」
唐突に、ケンスケがシンジに顔を近づけてきた。
「トウジの奴、今頃どうしてると思う?」
「どうしてるって・・・・?」
「おまえバカか? 何であいつがわざわざ一人で先に行ってると思うんだよ。僕らが来るから、せっかくのいいんちょーとの二人の時間を邪魔されないように、だろ」
「あ・・・・」
「だから、どうしてると思う? ってきいたんだって」
さも楽しそうにケンスケは言葉を繋いでいる。
「今頃、ふたりで・・・・」
「・・・・なんか、ケンスケ、すごい言い方だね・・・・」
「想像するくらいしか、僕には楽しみがないからな〜誰かさんと違って」
「そ、それってどういう意味だよ」
「おや? シンジせんせえにはなにか思い当たるふしでもあるのかな? 僕は誰か、としか言わなかったんだけどなぁ」
軽口を叩きながら、シンジの顔をじろじろとのぞき込む。
「ぼ、僕は別に・・・・」
「美少女ふたりと楽しい生活って。なあ」
「ケ、ケンスケ!」
シンジは、顔を赤くしてケンスケに叫んだ。ケンスケはそれをかわすように、
「お、せんせえが怒ってるわ〜」
と言いながら走って逃げようとする。
「ほら、何騒いでるのよ! ここは病院でしょ!」
アスカの忠告も無視して、ケンスケは廊下をかけて逃げていく。
そして・・・・。
「きゃあっ!!」
どんっ!
廊下の角から出てきた人影と、まともにぶつかってしまった。
「あいててて・・・・あ、ど、どうもすいません・・・・って・・・・委員長?」
頭をなでながら顔を上げたケンスケの前には、同じように顔をしかめているヒカリの姿があった。それに、
「だいじょうぶか、いいんちょー!!」
形相を変えて駆け寄り、助け起こそうとするトウジの姿。
「ヒカリ、大丈夫!!」
アスカも、起きあがろうとするヒカリのもとへ駆け寄る。
「ケンスケ、アンタ、けが人になんて事するのよ!」
「あ・・・・ごめん、委員長」
「・・・・僕もだね。ゴメン、洞木さん。こんなところで騒いじゃったから・・・・」
ケンスケとシンジは、ヒカリに向かって頭を下げた。
「あ、ううん。気にしないで。ちゃんと前をみてなかった私も悪いんだから・・・・」
「でも、何かまた怪我でもあったら・・・・」
「ううん。身体はもう大丈夫なの。細かな精密検査を受けるために、入院しているようなものだから」
「じゃあ、もう退院できるの?」
アスカが、はじけるような笑顔を見せてヒカリに向き直る。
「今週の半ばには、ね」
ヒカリも、久しぶりの対面にうれしそうにアスカにほほえみ返す。
「よかったじゃない、ヒカリ!」
「うん、アスカ、ありがと」
「・・・・なあ、惣流。こんなところで話とらんで、部屋、行かんか? いいんちょーかて体力落ちとんのやから」
トウジが、ヒカリの腕を支えながらそう横から口を挟む。そして、心配そうな表情でヒカリの方をちらっと見た。
「・・・・あ、そ、そうね。じゃ、行きましょ」
アスカはそう言って、ヒカリの手をとって歩き出した。
ヒカリはアスカに続いて歩き出したが、その動きがどこかぎこちない。左足を、半ば引きずるように動かしている。そのことに気づいたアスカは、
「・・・・どうしたの? ホントに、さっきのは大丈夫なの?」
「・・・・うん。これはね・・・・怪我をしたときに、足を傷めちゃって・・・・お医者様に、言われたの。ふつうに歩く分にはそんなに不都合はないけど、走ることは・・・・」
「・・・・ヒカリ・・・・」
「そ、そんな深刻な顔、しないでよ。アスカらしくない。こうやって生きてるだけ、私にはまだ信じられないんだから・・・・」
「・・・・そうね。ゴメン」
アスカは、頭を一つ、二つ振ると、ヒカリに笑顔を向けて謝った。
「そうそう、そういうアスカの方が、碇くんだって、ね」
「・・・・どうしてここにシンジが出てくるのよ」
「・・・・ふふっ・・・・」
「な、何、その笑いは!!」
「ゴメン、トウジ」
シンジは、トウジに近づいていくと、ばっと頭を下げた。
「ホント、悪かったよ」
ケンスケも、すまなそうに謝る。
「・・・・いいんちょーがああ言うとるから、今日のトコロはワイは何もいわん。ただな、今度同じ事やりおったら、問答無用でシバキ倒すで」
「・・・・わかったよ。本当に、ゴメン」
「まあ、ええて。ほら、シンジもケンスケも綾波も、行くで」
トウジはそう言って、アスカたちの後を追っていく。ケンスケもそれに続いていった。。
「・・・・鈴原君・・・・本当に、彼女のことを思っているのね・・・・」
レイは、そんな姿をみてそっと呟く。
「・・・・そう、みたいだね」
シンジはレイの言葉にそう答えると、
「さ、僕たちも行こうよ」
「・・・・うん・・・・」
レイは、歩き出したシンジの後に続いて行った。
「だから、その時ね」
「うんうん」
病室では、アスカとヒカリの話に花が咲いていた。
必然的に残りの四人は疎外される格好になる。
「思ったより元気そうで、なによりだね、トウジ」
「ああ、シンジ。ワイもそれがうれしゅうてな」
「トウジ、ずいぶん熱心に通ってたもんな」
「そりゃ当然やろが! ワイの・・・ワイのせいでいんちょーは怪我したんやからな」
「トウジ・・・・」
「しかも、もう完全には回復せんそうや・・・・」
先ほど、ヒカリがアスカに説明した内容を聞き、シンジとケンスケは複雑な表情を隠せない。
「そう悲しい顔をすんなや、ふたりとも」
「・・・・・・」
「ワイはな、自分もそうやけど、足を怪我したとか、いいんちょーに怪我させてもうたとか、そう言うことで暗い表情をせんようにしとるんや。思うことは色々あってもな、それで気分が後ろ向きになってもうたらもう終わりや、と思とるからな。前を向いて歩いていれば、きっとええ事があるやろから、だから、ワイは悲しい顔はせん。いいんちょーの前でも、みんなの前でもな」
「トウジ・・・・」
「だから、みんなも頼む! いいんちょーに、そんなしけた顔をみせんといてや。この通りや!」
トウジは、三人に向かってぺこりと頭を下げた。
シンジは、驚いていた。トウジが頭を下げたことにではなく、そこまで考えていたトウジの内面にである。
僕は、トウジみたいに強い心を持っているだろうか・・・・。そんな風に、全てを納得させる考えを持つことが出来るだろうか・・・・。
「わかったよ、トウジ。おれは、この件に関してはトウジの言うとおりにするよ」
ケンスケは、トウジの肩にぽん、と手をおいてそう力強く言った。
「トウジは、強いね。僕も、ケンスケと同じで、トウジの言うとおりにするよ」
「みんな、ありがとな・・・・」
「綾波も、いいよね」
シンジは、さっきからずっと黙ったままのレイに向かってそう問いかける。
「ええ。わたしも・・・・碇くんの言うように、するわ」
「綾波、ありがとな。特にワイらは男やから、気づかん点もあるやろから、その辺は、惣流と一緒にフォローしてくれや。頼む」
「・・・・うん・・・・」
レイは、トウジにそう言われたことに軽い驚きを感じていた。
わたしを、信頼してくれる人がいる。
わたしを、信頼してくれる人が、碇くんの他にも、いる・・・・。
「・・・・どうしたの、綾波?」
考え込むような表情のレイに、シンジが問いかけてきた。
「あ、う、ううん・・・・なんでも、ないの」
「そう、それならい、いいけど」
「を、もうこんな時間か」
と、ケンスケが時計をみて声を上げた。
時間はすでに三時に近い。
「え? もう三時? ずいぶん話しちゃったわね」
「そうね。アスカと話すのって久しぶりだもん。楽しくてつい、ね」
「じゃ、そろそろ僕たちは帰ろうか。あまり長くいるのもあれだしね」
そう言って、シンジは立ち上がった。
「碇くんも、相田くんも、綾波さんも、今日はわざわざありがとう」
「いやいや。いいんちょー、はやく学校に出てこいよ。みんな、待ってるからな」
「そうだよ、洞木さん。はやく、帰ってきてね」
「うん」
「ワイはもう少し残っとるわ」
「あ、鈴原、私ちょっとそこまで、見送り・・・行ってもいい?」
「・・・・ま、ええやろ」
ベッドから床に降りたヒカリを、そう言ってトウジは支えるように寄り添った。
(なんか、いい雰囲気ね・・・・この二人・・・・)
内心でそう思ったアスカだが、それを言ってしまうとヒカリが恥ずかしがるだろうと思い、声には出さなかった。かわりに、
「学校で会えるの、楽しみにしてるわよ!」
そう言って、ヒカリの手をぎゅっと握りしめる。
「じゃ、アスカ、綾波、ケンスケ、行こう」
シンジはそう言って、扉を開けて出ていった。ケンスケ、アスカがその後に続き、さらにヒカリと彼女を支えるトウジがそれに続く。
レイは、ヒカリとトウジのそんな姿をじっと見つめていた。
鈴原君・・・・洞木さん・・・・二人で、互いを・・・・補いあっている・・・・。
私は、誰とこういう姿になるの?
誰と、なりたいの?
「碇くん・・・・と?」
小さく、呟いてみた。
そのつぶやきは、誰の耳にも届くことはなかった。
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